三馬鹿の中ではある意味で自分の欲望に正直であるのが一誠という男である。
とはいえ、欲望に忠実であるからといってその欲望が満たされているのかといえばそんな事もなく、欲望に忠実過ぎるが故にダメダメである事ばかり。
そんな端から見ればアホさ丸出しな彼だが、その内に隠す『傷』は決して小さくは無く、その傷を隠すために培い続けた『心』はある種の不安定さと危険性を持っていた。
その心の傷に触れられた瞬間、尋常ではない怒りと憎悪を剥き出しにするという――危うい爆発物のようた本性を真の意味で知る者は彼の友人二人と、彼に宿る相棒だけ。
そしてその傷を知ってしまった時が本当の意味で姓を捨てたただの一誠を知るという事に繋がるのである。
「ふ、ふふふ……クククッ! グハハハハハァ!! どぉした! 来ないのか腰抜けがァ!!」
「………」
「怖がってるって!? この腰抜けを!? 笑わせるんじゃねぇ!!」
「………」
「何故ふざけるだって?
戦いの時間まで待ってられねぇのさ、今すぐにでもぶっ壊してやりてぇ!!
ヴァーリの影響かもしれねぇが、殺し合いが始まるとよぉ、血が滾っちまうんだよォ……! 公然と殴り殺して良いんだぜ!? そんなもん興奮しちまうだろうが!
だから女をナンパすんだよ! 興奮したまんまじゃ眠れねぇんだ!」
「…………」
「大体テメー等みてーな貧弱生物共がこの俺に勝てる訳ねーだろ? どう足掻こうが無理さ!
そんなに俺に勝ちてーか! 俺を殺してねーのかア゛ーッ!? ならばこの世界の俺より年上の女を差しだせや! 俺の遺伝子をくれてやるぜ! この世界に俺の種でもぶちまいてやらぁ! 15年後にゃ最強人間軍団の誕生だぜ嬉しいだろぉ!? カーッカッカッカ!!」
『………………』
「―――――――とまぁ、少し前にテンション上がりすぎてこんな事を言ったら、めっちゃ石投げつけられたんだ」
「それは当たり前だと思うよ……?」
「オブラートに包もうと思いましたが、普通に最低だと思います」
「野生味のある男ですよアピールしたかったんだけどなぁ」
負ければ再び全てを失うという恐怖を根に抱える捨てられた野良犬のような心を……。
三馬鹿というイレギュラーの存在により、上手いこと活動ができなくなってしまった――いや、これまで以上に慎重にならざるを得ないという事で、ここの所割りと暇を持て余す少女は、暇すぎたのもあるし、その暇すぎる元凶となるイレギュラー三人組のひとりで『色が俺と被ってる』等とワケわからない因縁をふっかけてくる男をこっそり監視している。
『重要なのは気配の強さや動きを掴む事なんだよ。
キミは俺の動きを目で追おうとするから途中で見失うのさ』
自分達とは似て非なる力を保持し、デメリットなしで縦横無尽に駆け回る光景は、自分の一応は上司に当たる者にすれば悪夢そのものらしいし、実際自分も一度相対した際は比喩なしで死にそうになった。
『おっと、またキミか。
中々のハングリー精神なのは認めるけど、この際だからハッキリ言ってやろうか? 無駄なんだよ無駄、俺に勝とうなんて―――おっとと,怒った? はっはっはっー……残念だが、レンジャー・レッドの座は俺のもんじゃぁぁっ!!』
そのせいか知らないけど、最近の上司は割りと迷走し始めてしまい、なんと自分にその男――通称女好きバカに色仕掛けしろと訳のわからない事を命令し始める始末。
『残り二人についてはイマイチわからないけど、あのバカは単純に女好きみたいだわ』
当然そんな命令を受ける等嫌なのだが、そのイレギュラーの圧倒的なパワーを前に対抗策をアレコレ考えることに忙しいせいか、最近は命令に失敗しても仕置きをされる事が無くなってきた事を考えてしまう……。
『とにかくあのバカはアナタがなんとかしてみなさい』
とにもかくにも、神滅具というものを宿す存在の出現により、少女は皮肉にも仮初めの平穏を過ごしているのである。
「…………」
「うぬぬ……! 素敵なお姉さんは沢山いるけど、やっぱりガードが固いんだぜ」
そんな仮初め状態の平穏をどう過ごしているのかと言うと、パーソナルカラーが丸かぶりしていると因縁をふっかけてきた少年こと一誠の監視というか観察をすることに費やしている。
「…………」
といっても、大体はナンパしては派手に断られているという間抜けな姿を見て微妙な気分になるだけの繰り返しか、出会った当初から妙に気にくわない装者に秘密特訓を施している姿を見て気にくわない気分を更に増やしていくのどちらかである。
「あーちくしょう、綺麗なお姉さんとにゃんにゃんしてぇ……」
「…………」
欲望をそのまま口に出しながら公園のベンチに横たわる少年・一誠に少女はキョロキョロと辺りに人が居ないかを確認をし、居ないと確信をしてからダラダラしている一誠の前に立つ。
「よぉ……」
一応関係性は敵同士で間違いないのだけど、あまりにと暇過ぎたのと、ただただ気になる存在だからというのもあって話しかけてしまう訳で。
そんな少女の声が聞こえたのか、一誠はぐでーっとし表情を少女に向けた。
「あー? おー……元気だったか? えーっと、確か雪音だっけ?」
「…………」
年がほぼほぼ同じだからか、年上の異性に対する反応とは違った態度の一誠に少女――雪音クリスは『こんなのに殺されかけ、全然勝てないのかよ』と思う。
「最近騒ぎ起こさないみたいだけど、どうしたんだよ?」
「色々あるんだよ……」
「ほーん?」
「で、偶々ここを通ったらアンタが間抜けな顔してたを見つけてさ……」
「ふーん……?」
ダラダラグダグダとした反応に、クリスはちょっとだけムッとなりつつも偶然を装う。
「アンタこそこんな所で何してるんだよ?」
「俺か? 俺は――まあ、色々?」
「その色々を聞きたいんだけど……。
ああ、大方しょうもないナンパかなんかして失敗したってところか?」
「キミは相変わらず勘が良いなー」
そりゃあ見てたからな……。へったくそなナンパをしては悲鳴あげられたり傘でシバきたおされてる情けない姿を………と、勘が良いと言ってきた一誠に内心呟くクリス。
「アンタ一人か?」
「おう、神牙やヴァーリを付き合わせると全部持ってかれちゃうし」
一応この淡白なやり取りをしている間も、周りを警戒する。
「なぁなぁ、どうしたら年上のお姉さんとデートできると思う?」
「知るか。
ただ、アンタって見てる限りじゃ顔に出てるんだと思う――下心とかが。それと目線があまりにも露骨だ」
「目線? 目線……ねー?」
「そーだよ、目線――――ってど、どこ見てんだよ!?」
「いやぁ……何時見てもメロンで胸だけは最強だなぁと」
「め、メロン言うな! そういうのがダメなんだよ!」
身体を起こし、ベンチに座り直す一誠の視線が自分の胸元に向けられていると察知したクリスは恥ずかしそうに隠しながら、指摘をする。
一応これでも敵同士なのだが、やり取りはただの悪友のそれに近い。
「ビッキーにも同じような事を言われたけど、やっぱし視線とかわかるもんなのか?」
「アンタの場合は分かりやすすぎるし――って、ビッキーって誰だよ……?」
「立花さんの事だよ。立花響だからビッキーって勝手に呼び始めたんだが……」
「ああ、アイツかよ……チッ」
いつの間にか立花響とそこそこ仲良くなっていたらしく、変な渾名で彼女を呼ぶ一誠にクリスは思わず舌打ちをしてしまう。
元からそうではあったが、ここ最近は更に響が気にくわない。
『見えたっ!』
『なっ!? こ、コイツ……!』
『イッセー君に教えられた通り、相手の気配の強さと動きを読んだよ……!!』
労せず装者になっているのもそうだが、自分とは違って恵まれている環境に居るのが気にくわない。
しかも一誠に鍛えられているせいで、最近の小競り合いでは圧され始める始末。
「アンタが立花響を鍛えてるんだろ……?」
「んが? まあ……あの子もあの子で大変だしなぁ」
「…………」
気にくわない。
何でもかんでも労せず手に入る事が……。
クリスにとっての響はまさにそんな印象だった。
「………………」
「? なんだよ?」
「別に……」
気に入らない事だらけ。
それが最近のクリスの精神状態であった。
終了
ほんの少し先の未来。
おちゃらけていて、何時でもヘラヘラしていてた少年の奥底に秘めた果てしなき『憎悪と恐怖』は、あまりにも強すぎて……。
抱え込む心の傷が癒えぬ限りは真の意味で友にはなり得ない。
だからこそ『借り』を持つ少女は覚悟の炎を灯し――可能性という名の扉を開くのだ。
「アンタの無神臓を超え、そして絶対に止めてやる!
独りにはさせないという覚悟を。
その孤独への恐怖を癒す為に。
それはかつて彼が到達した人の限界を越えてしまうという意味もあった。
けれど少女は人で無くなるという代償を払ってでも彼を止める事を選んだ。
その覚悟が、恐怖を隠し、強がりながら生き続けた少年の『傷』を癒やす。
「最近イッセーに避けられる……」
「ほう?」
「どう避けられるんだ?」
「声を掛けると変な声出しながら走って逃げるし、物陰からジーっと見てくるかと思ったら振り向くと隠れたりする……」
「ああ……」
「それはー……うん」
「や、やっぱ避けられてるよな? 何でだと思う? イッセーと付き合いの長いアンタ等ならわかるだろ?」
「多分だけど―――」
「………………………むむむ」
「ねぇイッセーくん? いい加減にクリスちゃんから逃げようとするのはやめたら?」
「は? 別に逃げてねーし、その時偶々急用ができるだけだし……」
「じゃあどうしてコソコソしながらクリスちゃんを見るのさ?」
「み、見てねーしぃー! ふと見た先にアイツがいるだけだしー!」
「ふーん……? あ、クリスちゃん――」
「ひょえ!?」
「き、きたねぇぞ! こんなの苛めだ! ここから出せバカ野郎!!」
「閉じ込められちゃったな」
「く、クソ! 何のつもりだアイツ等……!?」
「ちょっとした悪戯だと思う。それよりさ……」
「う……な、なんだよ?」
「何でアタシの事避けるんだよ?」
「さ、避けちゃいねーよ別に……」
「でも前みたいにセクハラな言動とかしなくなったじゃん」
「そ、それは……! い、色々あんだよ!」
遅れた思春期の赤龍帝。
「こ、こっち見るなっての!」
「なんでだよ、お前だって散々無遠慮に見てたじゃん……アタシの胸とか」
「そ、そうかもしんないけど……! さ、最近お前見てると変な気分になるんだよ……!」
「ふーん……?」
「クソが……! お前にぶっ飛ばされた時からこんな調子で訳わかんねーぜ……!」
補足
三馬鹿の異次元過ぎる存在のせいで、下手な事が出来ずにぐぬぬなとあるお方。
ぐぬぬし過ぎて最近は割りと悪いことが出来ずに、自然と平和モードになってる模様。
なので必然的に暇になってしまうクリスさんは、コソコソとビッキーがパワーアップしていく様を見てぐぬぬしてるか、ナンパ失敗して公園で黄昏中な彼に絡んでは軽いセクハラ言動をされている模様。
その2
傷に触れられた瞬間、ガチギレして破壊し尽くそうとする彼を止める為に覚悟をした事で開けてしまった扉。
簡単に言えばアンチ無神臓というか、無神臓の一歩先から包み込むスキルみたいな。
その3
ナンパするし、お姉さんに鼻の下伸ばすが、本当の意味での恋心を傷のせいで抱いた事がなかったので、自分自身でも戸惑ってテンパってしまう模様。
保護された後のクリスさんにぶっ飛ばされて止められた後の彼は、彼女を見るだけでテンパって逃げようとするとかなんとか。
別に続きません