始まりはほんの小さな喧嘩の筈だった。
それがいつの間にか大事になってしまい、単なる業務提携な筈がそうはいかなくなってしまい……。
「人間って昔からこんなに居たんだなぁ……」
「圧巻だな」
「そこに突撃隣の晩御飯ばりに特攻しようとするんだから俺達もそこそこ悪い奴等だよなー」
三人のおバカ達は……。
「準備は良いか一誠、ヴァーリ!」
「いつでも……!」
「上等……!」
「「「突撃じゃぁぁっ!!!」」」
異界の地においてもおバカパワーをフル稼働させるのだ。
天ではなく未来からしょうもない喧嘩が理由でこの地にやって来てしまった三馬鹿が昔の中華の江東なる地域の方々のお世話になってから、割りとな時間が過ぎ去っていった。
相も変わらず元の時代へと帰還する方法を模索しようとはするのだが、困った事に日増しにお世話になっている方々からの妨害が露骨になっていき、結局巷で天の遣い等と呼ばれている同年代の青年との邂逅以降、これといった情報は手に入らない。
そしてそんなこんなで色々と間違えてるこの世界における女版孫策が史実にもあった江東平定の為に動き始める訳で……。
「軍の返還を求めた結果、袁術は何て言ったと思う? 『神牙、ヴァーリ、一誠の三人を渡したら返還することを考えてやっても良い』と言ったわ」
『…………』
「え、あの頭弱そうなお子様の部下に俺達がなれば良いって事ですかい?」
「微妙だな」
「ああ、見たことがあるだけに果てしなく微妙だ」
理由が史実から大分剥離してしまっているのはご愛敬である。
「特に袁術は何故か一誠を痛く気に入ったみたいでね?」
「は? 俺っすか?」
「ああ、子供だもんな」
「コイツ、子供には頗る好かれやすいからな。精神年齢が同じだから」
「ええ、恐らくは二人の考えているような理由でしょうね? 前に袁術と出会した時に何かしたらしいし?」
「? 暇すぎて作った竹トンボを飛ばしてたら、めっさキラキラした目で見られただけなんだけど……」
「それだけじゃないだろどうせ?」
「いや、その後世間話っつーか、蜂蜜で割った水貰って一緒に飲んだくらい?」
「………………それだろ大体は」
主に三馬鹿を寄越せと現状は上司となる袁術に言われたから。
それが主な理由で反乱することを決定してしまった孫策達。
「小蓮がね、袁術を取り敢えずこの世から消したいらしいのよ? 私もだけど」
「え、俺が原因なんすか……? 俺悪いの?」
「別にアナタ一人のせいではないわ。元々何時かはやるって決めていたしね。
蓮華も思春にもこの話をしたらやる気に満ち溢れてくれたし、士気的な意味を考えると今が好機かなって……」
「なんてこった、歴史を変えてしまったじゃないか一誠?」
「理由が軽い痴情の縺れとは……」
「はぁ!? おいこら待て待て! 痴情の縺れって人聞き悪いな! そもそもあの袁術って金髪っ子とはそれっきりなんだぞ!?」
特に一誠を寄越せ言われた事が、死ぬほど一誠ち懐いている者達に火を点けてしまったらしい。
本人はそんな馬鹿なと狼狽えるが、結局大雑把に言えば、一誠が袁術相手にアホかましてツボを押さえてしまったのが原因だったわけだ。
「な、納得いかねー……!」
こうして孫策こと雪蓮達は燻っていた現状からの脱却の為に動き始めるのだ。
以前袁術と出会し、暇だと喧しいのと雪蓮達の一応の上司的存在だからと、仕方なく竹トンボ遊びやら肩車やらなにやらとしてやっただけで廻り廻って戦争勃発とは思うわけもなかった一誠は、微妙に納得いかない気持ちが全面的に顔に出た状態で、やる気満々になっている雪蓮の妹達こと孫権=蓮華と孫尚香=小蓮と甘寧=思春と向かい合っていた。
「まずさ、えーっと小蓮ちゃまは百歩譲って別に良いわ。
けどよ、二人までなに乗っちゃってんの?」
「だって……」
「お前云々はどうでも良いが、あんな頭の弱そうな奴の言いなりになるお前を見るのは無償に嫌だ」
「…………。あのさ思春さん? 一応上司の上司さんなんだからさ……」
「知らん。お前が悪い」
「…………」
何時になく不機嫌な思春に、当たり前のように膝に乗ってきた小蓮の頭をなんとなく撫でながら一誠は困った顔をしつつ、当初はそのまんま『お前なんか死ねば良いのに』的な蔑んだ目をしていた筈の蓮華を見る。
「…………うー」
「いや、うーって……」
捨てられた子犬みたいな目をしてくる蓮華に、一誠はこれ以上言うに言えない。
当初は顔面に蹴りまでしてきた美少女だったのに、どうしてこうなってしまったのか……。
やることなすこと全部裏目に出た結果といえばそれまでだが、何時かは元の時代へと帰る気でいる一誠的には困るのだ。
色々と揺れるので。
「私も一誠様がここから去るのは嫌です。
一誠様のおかげでお猫様の肉球に踏まれるようになれたのですから!!」
「………………キミのそのすっきりとした欲望は嫌いじゃないぜマジで」
その点、蓮華親衛隊の一人である周泰こと明命のすっきりとした欲の方がマシに思える。
猫を妙に惹き付ける変な体質を持つ一誠の傍に居れば猫と触れあえるというのが明命の考えらしく、今もにゃんごろにゃんごろと鳴きながら屋敷に集まっては一誠に近寄ろうとする猫達に目がキラキラだ。
「シャオは変わらないよ。
袁術なんかに一誠は渡さないし、奪うのならどんな事をしても阻止するから」
そして最初から一誠に懐いていて、ほぼ昇華してしまっている小蓮に至ってはガチで袁術を殺るつもりである。
「ほんと……どーしてこうなるかなぁ」
寧ろ追い出されるつもりで好き勝手やらかしてきたつもりだったのにと、天井を見上げてため息を溢す一誠――いや、一誠のみならずヴァーリと神牙のそれぞれが割りと詰んでいた。
こうなってしまった以上はやれるだけやるしかない。
細かいことを基本的に考えずに本能で生きているような性格である一誠は、恐らく最早止められないであろう戦いを生き残る為に、本来の10%にも満たない力を少しでも取り戻そうと、主にスタミナ面の補強トレーニングに勤しむ。
そして今回はそんなトレーニングに同行する者が一人。
「一誠、一応形にはできたわ」
「お、上等上等。
やっぱ感覚掴んでからの飲み込みが早いね蓮華ちゃまは」
当初死ねば良いのにと思われていたのが、なんやかんやツンからデレ度に比率が片寄り――否、恐らくはほぼほぼデレ化してしまっている蓮華である。
「じゃああそこにある岩に向かって、投げる感じで放ってみな?」
「わかったわ―――はぁっ!」
ここ最近のトレーニングはこうして交代のマンツーマンとなった。
一誠は知らないのだが、どうやら蓮華達の中で決められたものらしく、一誠も一気に教えるよりは一人一人に教える方が自身の鍛練にも集中できるだろうという配慮だった。
「岩が砕けた……」
「もっと鍛えれば、山くらいは消し飛ばせるぜ」
「無いと思っていた私にもこんな力があったのね……」
そして今日の鍛練は蓮華の日であり、以前から力の使い方を色々な思惑込みで一誠が教えた甲斐もあり、自身のエネルギーを放出する事を可能にさせるまでに到達していた。
「でも実戦で使うとなるとやはりまだまだだわ。
凄く集中しないといけないし」
「それはその内慣れると思うぞ。
慣れたら呼吸する感じで出せるし」
一誠達の様に、万の軍勢を一瞬にして壊滅させる領域にはまだまだ程遠いが、それでも順当に一誠による『進化』を果たしている蓮華。
当初こそできるわけが無いと思い込んで中々モノにできなかったが、打算込みにしても意外な程に親身に根気強く教えてくれたお陰で、開くことは無かった筈の扉を解放したのだ。
「よし、今日はこんな所だな」
「ええ」
こと鍛練となると何時も以上に誠実である一誠との鍛練はこうして今回も無事に終わる。
そして帰る前の小休憩の為に地面に半分ほど埋まっている岩の上に腰掛け、何となく日がくれて星が輝く空を見上げているので、然り気無く蓮華もその隣に座る。
「…………」
「…………」
じーっと空の上にある何かを見つめているように見上げている一誠の横顔をただ黙って見つめる。
まるでここではなく――常々一誠達が言う『未来』の世界の事を考えているようなその表情を。
「彼は無事なんだろうか……」
「え?」
そんな時、ぽつりと一誠が呟く。
「彼って?」
「俺達と同じく未来からきた……北郷君だっけ? 彼は無事に生きてるのかなってさ。
俺達と違って本当の意味での一般人だから、ちょっと気になってさ」
「それは彼が未来に帰るための手懸かりだからって意味で?」
「それもあるけど、気の毒だろ。
俺達と違って一人だし、死ぬかもしれない状況なんだし。
―――まあ、あんな美少女達にご主人様って呼ばせてる辺りは流石っつーか、割りと尊敬しちまうっつーか、結構羨ましいっつーか……」
「………」
今頃蜀となる勢力で奮闘中であろう同じ未来人について、半分以上単なる羨みの本音をぶちまける一誠に微妙に呆れてしまう。
「そういう所は実にアナタらしいわね。本能的というか欲望に忠実というか……」
「まぁねー
けど俺は案外プラトニックな恋愛派なんだよね」
「ぷらとにっく?」
「あ、えーっとね……純粋なって意味? つまり、こう、真面目なお付き合いを――って、何喋ってんだか俺は……」
「ふーん……?」
「む、疑り深い目をしてるな? まあ、疑われても仕方ねーけど」
ヘラヘラと笑う一誠。
純粋な恋がしたいとの事だが、一度だけ一誠の内面を深く知った事のある蓮華は、そう願うのは本心にしても実際にはできないことを見抜いていた。
何故なら一誠はヴァーリや神牙とは違い、根の部分で人を疑っているのだから。
威嚇し、自分を大きく見せようとするが、その実……信じた者から捨てられることを極度に恐れる傷つきやすい性格であることを。
それは、かつて彼を見捨てた悪魔と呼ばれた者達がトラウマになっているから……。
何時もはふざけていて、他人を嘗めてるような態度を取るのも、そう思わせて遠ざけようとしているからに他ならない――それを知ったあの日の夜から蓮華は変わったのだ。
「あーあ、今頃ヴァーリも神牙もおねーさん達と楽しくしてんのかなぁ……俺もお色気お姉さんとイチャイチャしてぇぜ」
「色気無しで悪かったわね……」
「あははは、怒った?」
「言われ過ぎて軽く慣れたし、なんというか、アナタの内面を知ってからは怒る気にはなれないわ」
「ぅ……いやあれは一時的な気の迷いが暴走したようなもんだし」
「そうとは思えないけど?」
人との繋がりから逃げようとする癖に、人に優しくできる彼を……。
「そんな強情で寂しがり屋な一誠に少しだけお礼をしてあげるわ……ほら」
「え? あ、いや良いよ。普通に恥ずかしいぜ」
「百戦錬磨を自称しておきながら、そこで足踏みしちゃう今の一誠のような事を何て言うのか、ヴァーリと神牙が教えてくれたわよ? このヘタレ」
「あ、あの馬鹿共……! 余計な事教えやがって……!」
「私だってかなりの勇気を出したのよ?」
「ぅ……顔合わす度に死ねば良いのにみたいな顔してたのになんなんだよ……」
どんな事があっても裏切らないという誓い。
それが蓮華の小蓮にも負けない覚悟である。
「…………」
「…………」
「…………な、なんか言えよ?」
「い、一誠から言いなさいよ?」
「え、えーっと……柔っこくて良い匂いだね?」
「ば、ばか……! そ、そんな具体的に言わなくて良いのよ……! 余計恥ずかしくなるわ……!」
抱き、そして包みこむように。
蓮華と一誠の影は夜空の星達に見守られながら重なるのだ。
「えーっとね蓮華? 別にそこまで強く咎めるつもりなんて無いけど、お外でするのは……」
「し、してませんしてません! ちょっと肌寒かったので暖めあっていただけでそんな事はしていません!!」
「み、見られてたんかい……」
「次はシャオとだからね? 蓮華お姉様よりもっと凄いことしよ?」
「いやしねーっつーねん」
「むー……!」
「このヘタレ」
「思春さんにまでディスられるのかい俺は……」
終わる
補足
回数重ねるごとにデレ度が凄い蓮華ちゃま。
回数重ねるごとに認めるけどなんか腹立つ気分な思春様。
初期から一切ぶれ無しな小蓮ちゃま。
最初からお猫様らびゅな明命ちゃま。
ドタバタチーム化してるのは密に……。
ちなみに、一誠がぼやいてる通り、神牙はめっさ圧されては雪蓮さんとToloveる発生させ、ヴァーリくんは天然で母性本能を爆発させてる模様。