ある理由があって、執事である彼は金髪の異性が大の苦手であった。
その苦手っぷりたるや、相対するだけで妙な蕁麻疹が発生する程であり、出来ることならば永遠に関わり合いたくなんて無い――と思っている。
だからこそ、今の彼の心境はただひとつ………
『ここは地獄か何かに違いない』
自分を善人と思った事は一度も無いし、碌でもない死に方をするんだろうとも思っていた。
けれど今のこの状況は――地獄よりも最悪だ。
「…………………………………………………」
「何故私が朝っぱらからアナタの顰めっ面を見なければならないのでしょうか? 私の下僕ならもっとしっかりなさいな?」
これまで出会した中でも、文句なくぶっちぎりに頭がイッてる金髪の女。
そしてそんな女を筆頭とした頭の緩い連中共。
迷い込み、力の殆どを封じ込められ、自力でこの場から抜け出す事すら困難となってしまったコミュ障の執事は、外史なる過去の世界において地獄を見ているのだ。
「…………」
「まあ良いですわ、今に始まった事ではありませんしね。
それでわざわざこの私がアナタを呼びつけた理由なのですが、最近巷を騒がせているらしい賊の討伐を朝廷から命じられましたので、これは目立てると思い、アナタにはよりこの私が目立てるように働いて貰おうと呼び出しましたの」
「…………………………………」
見るからに頭が弱そうな事を言っているのは、彼が今現在の一応の雇い主であり、厄介なことに金髪の女性。
名を袁紹で真名を麗羽というのだが……一誠は名前だ真名なる聞きなれない制度云々以前に、この目の前の女性が死ぬほど苦手だった。
「わかりましたの? お返事は?」
「……………………………………………………………………………………………………」
まず口調からして元の時代において一誠が未だ勝てない壁であるサーゼクスと同等の領域に到達している人外悪魔のレイヴェル・フェニックスを嫌でも思い出す。
元々金髪アレルギーになった大半の理由がそのレイヴェルなので、口調が割りと似ている麗羽についてはそれはもう……ドロップキックでもしたくなる――いや、これまで何度か実際にドロップキックをしてやった程度には苦手だった。
「我が領土内で行き倒れになっていたアナタが今も生きているのは誰のお陰なんでしょうかねぇ?」
「……………」
「ああ、アナタがこれまで行った無礼の数々を寛大に許してあげたのは、どこのどなた様でしたっけ?」
「……………………」
「アナタの言う元の世界とやらに帰るお手伝いをしてあげているのは?」
「…………」
「アナタの――」
「うるせーんだよ! 少なくともテメーが役に立った事なんざ一度もねーよ!!」
これでレイヴェル並の強さが目の前の麗羽にあれば……まだマシに思えたのかもしれない。
だが実際この麗羽は――一誠が最早あきれるレベルの世間知らずのおバカで無能の極みだった。
全盛期の力を失い、まともに単独でこの世界を生き残るのが難しいから嫌々ながらある程度したがってはいるものの、全盛期のままなら間違いなくこの地域ごと消し飛ばしてやっていた。
しかも困ったことにおバカ故に一切自分の脅しが通用しないのだ。
金髪の女は基本的に話を聞かない……という一誠個人の偏見が具現化したような存在――それがこの麗羽という女性なのだ。
「ぬゎんですって!? この私があったからこそ生きていられたのでしょう!? それなのに何ですかその態度は!? 謝りなさい! 地に額を擦りつけながら私を崇めなさい!!」
「するかボケ!」
結果、力の殆どを失い、まずは全盛期の力を取り戻そうと割りとそこそこになる程度の期間を麗羽が率いる勢力に加わって嫌々働いているのだが、なにかにつけてアホな注文ばかりつけてくるのに我慢ならずに取っ組み合いの喧嘩に発展することが多い。
それは麗羽の治める地域や配下達の間では『ああ、今日もやってるなぁ』と思われる程度の頻度で。
「都合が悪くなるとすぐ暴力に訴えようとするなど下品の極みですわね! このっ! このっ!!」
「だったらテメーのその自分は死ぬほどバカですと垂れ流してるような思考回路を改めろ!」
周囲のものが散らかりながら取っ組み合いの喧嘩をする。
全盛期ならばこの時点で麗羽が物言わぬ死体に成り下がる筈なのに、大部分の力を落としたせいでまさかの互角。
互いの頬を引っ張り合いながら言い合う姿はまさに子供のそれであり……金髪の女はバカばかりだと見下している彼――日之影一誠も端から見れば全く人の事は言えないレベル。
これが今現在の執事の悲しき現実だった。
「完全に力を取り戻したら、あのクソアマだけは絶対に泣かす……!」
そんな訳で朝っぱらから一応三公を輩出してきた名門・袁家の現棟梁相手に取っ組み合いの喧嘩を引き分けという形で終わらせた日之影一誠は、ぶつぶつとほぼ強引に真名を押し付けてきた麗羽に対する恨み言を吐きながら、正直そこまで機能しているとは思えない訓練場でのトレーニングに勤しんでいた。
「落ち着けよ? 麗羽様の事は今に始まった事じゃないんだからさー?」
「一誠さんと喧嘩をした後の麗羽様はいつも機嫌が良いですし、正直助かってますよ?」
「………俺はあのアマの機嫌調整係じゃねーんだよ」
あまりにもぶつぶつとうるさい一誠に、空色の髪の女性と濃いめの藍色の髪の女性が宥めるように話しかけてくる。
空色に近い髪の女性の名は文醜・真名を猪々子
藍色の髪の女性が顔良・真名を斗詩で、どちらも麗羽が抱える武将である。
というか、この世界はどうやら色々と性別が逆転している世界で主だった武将がほぼ女性だった。
「前に一瞬だけ全盛期? ってのに戻った時からだよな? 麗羽様がなにかにつけて一誠を呼びつけておれこれ言う様になったのって」
「うん、魔力……という妖術で山を一瞬で更地にする姿を見てからだと思う」
「どっちでも良い……。
クソが、だから金髪は嫌いなんだ」
ぶつぶつと文句を垂れながら基礎トレーニングをこなしていく姿に二人の女性は苦笑いだ。
ところで、日之影一誠は過去もあって酷いレベルのコミュ障を拗らせていた。
しかしお気づきの通り、あの日之影一誠が今普通に会話をしている。
それは何故か? 答えは単純……ほぼ麗羽を筆頭としたどうにもこうにも冥界の者達とタメを張れる程の緩い面々達のせい――いやお陰で気付いたら自然とこの面々に対してだけは平常の会話を可能にしたのだ。
「そういや前に麗羽様が曹操と言い合いしてた時に曹操に絡まれたんだっけ?」
「絡まれたんじゃねぇ、あのバカ女に巻き込まれただけだ」
「巻き込まれたからって真顔で『失せろ』と言ってしまうのはどうかと思うのですが……」
「思ったんだからしょうがねーだろ」
が、ストレスはマッハで常に胃がキリキリするので、本人としてはさっさとおさらばしたい。
けれど未だ全盛期に戻れず燻っているという悲しき現実の日常がそこにはあった。
「はぁ……」
「ん? もうやめるのか?」
「ああ、あのガキにも呼ばれたんでな……。行かなきゃ喚かれる」
「ああ……色々と大変ですね?」
「そう思うならあのアホ女を何とかしてくれ……」
「いやー……恐らく手遅れかと」
「……………」
「麗羽様にバレないように行けよ? バレたらめんどくさいんだから」
「ああ……はぁ……げほっ、クソ、また胃に穴でも開いたっぽいぜ」
「血を吐いても平気な顔で走り回るお前も大概だと思うぞ……」
間が悪かったのか、それとも最初から実はそんな運命だったのか。
日之影一誠は口調は乱暴だし、燕尾服なんか着ているが基本的に短気だ。
そうなってしまったのには理由があるのだけど、とにかく彼が信じているのは『力』である。
その力の大半を失った今でも力を信条とし、取り戻す事を目的としている訳だが、先程のトレーニングの時に猪々子がチラッと言った通り、何を条件としているのか、一誠は過去に何度か力が数分だけ全盛期に戻った事があった。
その際……まあ、麗羽達にはその全盛期の姿を見られた訳だが、その中には麗羽の従妹に当たる人物も居た。
それが袁術という、これまた一誠的にどこかで聞いた事があるような名の……真名を美羽という――チビな少女であった。
この美羽というのも金髪で、麗羽に負けず劣らずのアホな子なのだが、困った事に一誠はその金髪アホの子に懐かれてしまった。
彼を物心がついた時から一誠兄さまと呼び慕うサーゼクスの娘ことミリキャスが見ていたらガチキレしそうや程度に。
そしてまた例のごとく直で呼び出されたので仕方なく荊州・南陽なる地域に赴きめんどくさい気分満載で美羽を訪ねると、金髪アホの子こと美羽はそれはそれは嬉しそうに一誠を出迎えた。
「よく来た一誠! さあ、まずは妾と蜂蜜水を一緒に飲もうではないか!」
「こればっかだなお前……貰うけど」
「…………………………………………………」
麗羽は『地味』と言ってくる燕尾服姿の一誠に、自分の好物の蜂蜜を分け、一緒になって飲む。
この対応からして麗羽と違って微妙にマイルドな気がするが、これは美羽が子供だと判断しているのと、アホだけどこれまで出会した金髪の中ではまあマシだと思っているからだ。
子供にはかなり懐かれやすいのもあってこうなったのだけど、逆に美羽の側近である張勲という、バスガイドみたいな格好をした女性からは美羽の懐きっぷりが悔しいのか、先程から一誠を隠しもせず睨んでいる。
「お前を妾に付けさせろと麗羽に言ったら喧嘩になってしまっての」
「…………。だからアイツに呼び出されて訳のわからんことを言われたのか……ったく」
「麗羽ではお前を持て余しているし、力を取り戻すのも何時になるかわからないじゃろう?」
「まぁな……けどお前に遣えた所で変わらないだろうし、うるせーからなアイツは」
「むぅ……」
ミリキャスが見たら、間違いなく美羽にサーチ&デストロイしそうな事を――具体的には座っている一誠の膝に乗っていて、胸元に背を預けているという真似をしながらお喋りをしている。
張勲がその時点で怒りのシャドーボクシングをしているのだが、一誠も美羽もスルーだ。
「それにしても一誠は不思議じゃのぅ。
何時もこうして貰うととても落ち着く」
「ミリキャスの奴も同じような事言ってたなそういや……」
「む、そいつの話はするでない。
妾をちゃんと見るのじゃ……!」
「はいはい」
「ぐ、ぐぬぬぬ……!!」
むっとしながら背を預ける美羽が落ちないように後ろから腕を回す。
子供と判断した相手には思いの外普通に優しく接するというのが彼の基本であるのだが……どこまでいっても子供扱いしたままなので後々困ることになるとこの時の一誠は知らない。
「ふふっ……一誠は優しい匂いがするの……」
「……。お前、ミリキャスより遥かにアホだけど、そいうところはなんか似てんな」
「む、だからそいつの話はするでない。
麗羽の話も、他の女の話もしないでくれ……今は妾だけを見るのじゃ……」
「ガキだなやっぱ」
終了
そんなこんなでアホ集団で全盛期を取り戻す為に足掻きまくる内に世の中がカオスになっていき、戦場なんかにも出なくてはならなくなる。
無論、全盛期ではないので割りと死にかけたりもするし、以前麗羽に巻き込まれる形で軽い因縁が発生してしまった『逆の意味で厄介な金髪』の曹操と賊討伐の際に出くわしたり。
「……!? ふっ、また戻ったか……!」
「は? 戻った? 戻ったってどういう―――っ!?」
戦争中に全盛期が一時的に戻ったり。
「どうやら戻ったようですわね。
ということはつまり……私が目立てる訳ですわね!? では早速、一誠を先頭に我が軍を進軍させて一気に叩き潰すのですわ!!」
目立てると調子に乗るお嬢様だったり。
「無神臓ver.セラフォルーモード」
久々の全盛期で同じく調子に乗ってハイテンションに自力で発現させた魔力性質の内のひとつを解放したり。
「さ、寒いっ!? 寒いですわ一誠! もっと他にありませんでしたの!?」
「知らねーよ」
一瞬で大地を凍結させたせいで全員でカタカタ震えたり――どうにも締まらない。
「むぅ、またしても戻った一誠の姿を見損ねてしまった。
麗羽ばかりずるいのじゃ……」
「戻る条件が俺にもよくわからねーんだよ。
また消えちまったし……」
暫くしてまたしても力を失ってしまい、その姿を見れなかったと美羽が拗ねてしまったり。
「まあ良い。
正直一誠が強かろうと弱かろうと関係ない気がしてきたのじゃ。
こうして貰う方が妾は好きじゃしな……ふふふっ♪」
「……………………………」
「お前の部下から親の仇みたいな顔されるんだけど……」
果たして彼は全てを取り戻し、そして先へと進めるのか。
それは誰にもまだわからない。
続かない
補足
アホの子ばっかのせいで逆にコミュ障がちょっと直るという皮肉。
ただし、金髪さんがあまりにもアホ過ぎて軽く吐血はする模様。
その2
逆に子供認定したら金髪でも割かしやさしめ。
……お陰で懐かれてしまってるけど。