最後はかなりふざけた
緊急的な召集が発令されるまでは、基本的に日之影一誠の行方を知る者は桃香だけである。
そして特に何も無い時の彼の行動といえば、もっぱら壁を乗り越える為の訓練か、この世界で手にいれる事が出来た、余り褒められたランクではない反物で戦闘服である燕尾服の複製である。
サーゼクスに勝てず、グレモリー家やシトリー家で繰らしていた幼い頃から嫌々ながら大人の女性悪魔達から色々と仕込まれたスキルがここに来て役に立っているらしく、一誠は見事なまでに燕尾服を複製しまくっていた。
それにより、最初の複製が完成していてからは元から着ていた、シトリーとグレモリーの紋章が金の糸で胸元に刺繍された『オリジナル』の燕尾服に袖を通すことは無くなっていた。
理由は単純……汚したくはなかったからである。
特に鬱陶しい程に構い倒してきた筆頭主であるグレモリー夫人ことヴェネラナとサーゼクスの嫁メイドことグレイフィアが一誠に着せる為に共同夜なべしたらしいこの燕尾服だけはどうしても壊したくはなかったのだ。
故に……うっかり興味本位で今現在彼――それと気付いたら桃香の寝部屋に大事に保管されている彼のオリジナル燕尾服に触れでもしてしまえば……。
彼のスイッチが一気に切り替わる……のかは不明である。
「―――――という訳で、今日から月と詠に使用人としての働き方なんかを教えて欲しいなーって……」
「………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………………」
「……お、おう、そんな今にも吐きそうな顔をする程嫌がるとは思わなかったよ。――なんかすいませんでした」
「「………」」
そんな一誠はといえば、普段は絶対といって良いほど人気を避け、殆どの者達にすらその行方を悟らせない生活をしているのだが、今日は一応蜀というチームのリーダー的存在になっている一刀に『緊急』という名目で呼び出されたので嫌々訪れてみれば、緊急とは程遠い話であり、その内容も『かなりどうでも良い亡命者二人に使用人としての働き方を教えて欲しい』というものであった。
「も、勿論それに対する対価も払うぞ?」
「……………………………――――――――…………」
「あ、あのご主人様……。日之影さんは嫌がっているようですし……」
「別にソイツに教えて貰わなくても給仕の真似事くらい
できるわよ」
くくりだけで言えば、現状一誠にとって目の前の人々は敵ではない。
しかしだからといって仲間意識を彼等に抱いているのかといえば、答えは皆無同然である。
冥界に戻る為に利用するだけの集団という認識の下、この桃香以上に虫も殺せなさそうな小娘同然の連中に、幼き頃からちょっとミスっただけで膝の上に拘束されて抱き枕みたいに扱われる罰ゲームを経て手にした使用人としての技術を教える? ……一誠の答えは『ありえない』である。
だから、他人からの視線を一手に受けてるせいで吐きそうになるのを我慢しながら、自然と嫌そうな顔をしてしまう訳で……。
そのあまりの露骨過ぎる表情は多くの者達の反感を買うに十分すぎるし、今現在間に入ってくれる桃香も留守だ。
「……………………………」
「と、桃香が通訳してくれないと会話が成り立たない……」
「この前の遠征の時も、一切声を発しませんでしたからね……」
「しかも気付いたら敵の生首を持っていたのだ」
一応退室する際の礼だけはしてさっさと去っていく日之影一誠の周りからの好感度はこうしてどんどん下がっていくのである。
誰も口にはしないが、今の一刀の率いる勢力の中で最強は彼である。
……と、以前の合戦で押し潰される形で叩きのめされた呂布はこの地に降ってから未だ会話どころか視線すら合わせてはくれない一誠にそんな評価を下していた。
そして過ごしている内にわかったことは、ー刀達は明らかに一誠を持て余している。
「…………」
「恋殿、いい加減あの不気味な男の事を調べるのはやめるべきですぞ」
ただ一人……劉備を除いて。
「どうやら月様達があの男にされられる仕事の監督を拒否したようですぞ」
「そう……」
近くで知れば知るほど、何故劉備がああも彼に近づけるのかがわからない。
いくらこの軍が発足されるよりも前から二人で行動をしていたらしいにしても、彼のあの態度を見れば劉備のような者とは根本的に合いそうも無いのに……と、呂布はただただ不思議に思う。
「聞いた所によりますと、以前曹操に勧誘をされた事もあったらしいですぞ」
「でも断った。だからここに居る」
「ええ……本当かどうかは疑わしいのですが、曹操からの勧誘を受けた際、本気で嫌そうな顔をした挙げ句、普段からは考えられない程に曹操をなじったとか……」
「それは凄い……」
好き嫌いが凄まじいとはわかった。
そして最近勢力が巨大化している曹操の事はかなり苦手なのもなんとなくわかった。
そういえばこの前、袁紹の勢力との小競り合いの時も派手に粉砕していたのを思い出した。
「不思議な人……」
「不思議を通り越して訳がわからない男ですぞ」
一体何を考えているのか。その目はどこへ向いているのか。
疑問に思うからこそ余計に気になる呂布は、下を向きながら町の外へと歩いていく一誠が、黄忠と鉢合わせした瞬間、鬼気迫る形相で逃げていく姿を眺めるのだった。
わかった事がひとつ。
どうやら冥界で暮らしている時の比ではないストレス要因がここには多すぎる。
元の世界での出来事によって総じて金髪女に対してアレルギーを持っているのに、この世界の金髪に絡まれてしまったり。
一切全く似てすらいないのに、ヴェネラナみたいな若作りババァみたいな女性が存在していたり……。
「ヴェネラナって人にそう呼んでたのと同じく、紫苑さんの事をそう呼んじゃったんだ……」
「脊髄反射的に口から飛び出ただけなんだよ。
クソが、そのせいであの若作り女に目を付けられた……」
「女の人に年齢の事で暴言はよくないよ一誠君……」
「よく言うぜ、俺が反射的にあの若作りに『うっせーババァ!』って言った時、お前だって笑ってたじゃねーか」
「だ、だってまさか黄忠さんに言うなんて思わなかったんだもん」
こう、悉く冥界に居た頃の事を思い出させる要因ばかりだった。
もっとも、その黄忠という人物に対して反射的に口にしてしまったババァ呼ばわりを訂正する気は一切本人にはないようだが。
「一応紫苑さんには代わりに謝ったし、曹操さんや袁紹さんに絡まれた時の方がもっと酷かったとも」
「………」
「一誠くんって好き嫌いが激しいけど、金髪の人に対しては本気だよね?」
「……………。今まで出くわした金髪が総じて人の話を聞かないで要求ばかり通そうとするせいでな……」
「こっちは冷や冷やしたんだよ? 前に曹操さんが一誠君と愛紗ちゃんを引き抜こうとした時も一誠くんが『そのうぜー色の髪を毛根ごと引きちぎってその無駄に喋る口の中にぶちこまれたくなかったら、今すぐ視界から消え失せろ』って言うから……」
「………。ストレス――心労が溜まってたんだよ」
危うく殺し合いに発展しかねない修羅場を思い出すだけで軽く震えが止まらない桃香に、一誠は自分に非があるのを認めているのか目を逸らす。
「今からでもあの時言っちゃった事について紫苑さんに謝ろうよ? 一緒に行ってあげるから」
「えー? 謝ったらあの若作りは調子に乗りそうじゃん」
「……やっぱり変な所で子供だよね一誠くんって」
だが曹操は当然として、黄忠に謝る気は一切無いらしい。
つくづく桃香は一誠と歳が近くて良かったと思う。
もしそこそこ離れていたら今ごろババァと呼ばれていたのかもしれないのだから。
終了
オマケ……ひとつの未来。
周囲が死にもの狂いで一誠の首吊り自殺を阻止した訳だが、かといって現実から逃げられた訳ではない。
間違えて飲んでしまった酒によって泥酔してしまった結果、よりにもよって借りがある相手である桃香に――恐らくは状況を聞いたら間違いなくやらかしてしまった。
今にも血を吐き散らかしそうな顔をする中、周囲の者達に引っ張られる形で大事を取っている桃香の下へと行った一誠は……最早どんな顔をしたら良いのか全然わからなかった。
「多分聞いたと思うけど……。うん、子供ができちゃったみたいなの」
「お、おう……」
「そ、それでその……どうして出来ちゃったのかなぁって考えたら、前に一誠君が酔っぱらった時の事しか考えられないというか……」
「…………すまん」
それは桃香も同じであり、まさか一夜の過ちで一誠の子を身籠るとは思わなかった。
「謝らなくて良いよ。
だってあの時、私も全く抵抗しなかったし……」
「………」
「それにね? 理由はどうであっても、一誠くんと一緒に生きているって証が欲しかったから……」
泥酔が免罪符にはならないというモラルは一応持っていた一誠は、まだ大きくはなっていない自身の腹部を撫でながら微笑む桃香から逃げる事は出来なかった。
「一生掛かっても返せない借りが出来ちまったな……」
だから――
「ふ……ふっははは! 冥界に居た時から壁を乗り越えられなかったのに、ここに来て突然乗り越えられた……! ふははははっ!! これは良い……今まで乗り越えて来たどの壁よりも充実感に溢れているし、前より更に力を感じるぞ!」
「て、敵は一人だ! 怯むな! 掛かれ!」
「ははははは―――――――ハァ……あぁ、さて、進化記念だ。
貴様等には特別サービスですぐ楽にしてやる―――ほんの少し苦しむだけだ」
執事は逃げるのをやめた。
そして……。
一誠くん、私頑張ったよ……だから一誠くんがこの子の名前を……
ああ、わかってる。この子の名は――
「…………」
「色々と聞きたいことは山ほどあるんだけど……それよりもまずさ―――」
「その女は誰? それとその女といーちゃんが手を繋いでる子供もダレ?」
執事は帰還する。
繋がりを持った彼女と後継者である我が子を連れ。
「嫁と嫁との子供……」
「あ、あはは……。
は、初めまして……! 一誠くんのお嫁さんになりました桃香です……!」
「お父さん、お母さん……。
あの人達のお顔が怖い……」
『…………………はぁっ!?』
そして更なる騒動に続く―――――――かはわからない。
こうなると決まった訳ではないのだから。
終了
「おーっほっほっほっ! さぁ一誠! 何時ものように派手にやっておしまいなさい!」
「………………………………………こ、の……! うるせぇんだよボケが!! バカだろテメーは!? いや間違いなくバカだ!」
「なんですって!? この私への恩を忘れてなんたる無礼な――」
「無礼もクソもあるか! だから金髪頭の女は嫌いなんだ!!」
「こ、このっ! 一誠の分際でこの私に触れ……いたたたたっ!?!?」
「まーた喧嘩してるよあの二人……」
「普段は石像みたいに無口で無表情なのに、あのお方とだけは感情を丸出しに――あ、また何時もの取っ組み合いが……」
「ぜぇぜぇ……よ、用無しになったら覚えてやがれあのノータリンのクソアマめが……!」
「なにをそんなに苛立っておるのじゃ一誠? ほれ、妾の蜂蜜水を特別に飲ませてやるから落ち着くのじゃ」
「んぐんぐ……ぷは! はぁ……はぁぁ……」
「また麗羽と喧嘩をしたようじゃが、そんなに麗羽に遣えるのが嫌なのなら妾に遣えれば良い。
麗羽とは違って妾は一誠に無茶な事は命じないと約束するぞ?」
「……………………」
「妾はお前が過去にであった金髪共とは違うと解って貰うまで諦めんぞ! ふふふ♪」
「生意気言ってんじゃねーぞガキが」
「あたっ!? むぅ、そこまで妾は子供じゃないぞ……!」
解除・ストレスマッハルート
嘘です
補足
脊髄反射的にババァ呼ばわりしたせいで目を付けられた模様。
その2
それでも俺は謝らないと言うせいで変に拗れてる模様。
その3
もしこの状態で帰還したらハルマゲドン。
その4
そして解放されてしまった新ルート――ストレス・マッハモード
おおまかな内容。
桃香さんと行動するよりも更に弱体化してしまった状態でよりにもよってのおーっほっほっほさんに捕まり……小間使いさせられ、常にブチギレるか血をゲホゲホ吐き散らかしてる。
そして皮肉にも蜂蜜水大好きのじゃ金髪娘には死ぬほど懐かれてしまっている模様。
ただし、蜂蜜水のじゃ娘が割りと進化し始めてる模様。
そしてこのルートは始まるわけもない