紆余曲折あって多次元犯罪者の仲間入りをしてしまった青年は、こっそり何度も自殺を試みた事もあった。
しかしその無限の進化と現実をねじ曲げる気質が彼の死を許さず、死ぬことは叶わない。
だからこそ青年は憎悪を糧にその壁を越えてくるであろうと思ってフェイトという少女に殺される為に、わざわざ煽ったり悪役ムーブをかましてきた。
が、基本的に彼は抜けている所の方が多すぎるので、フェイトや管理局と相対していない時はそこら辺の女にだらしのない単なる青年でしかない。
「鬼ババァはまだ生きてるのかい?」
「生きてる所か、最近妙に若返ってる気がするぜ。
あの女は文字通りの魔女だわ」
「………そうなんだ」
そんな青年こと一誠は、周期的にある人物と会って話をすることがある。
その人物はあろうことかフェイトの使い魔という立場である者であり、正体が大型の狼だったりする女性――アルフだった。
普通なら主であるフェイトと同じように一誠を嫌悪して敵対していてもおかしくはない筈なのだが、アルフの場合は一誠自身がしてしまったことでフェイトの人生をねじ曲げてしまった事への贖罪の為に生きていると知ってしまっている。
故にアルフはどうしても一誠を嫌悪する気にはなれず、唯一『素』に戻る一誠の話し相手になっていた。
「アリシアの死を否定した事やプレシアの病を否定した事に後悔はない。
けど、やっぱりあの子のその後の事も考えずにやってしまったのかと思うと、やりきれない気分だぜ」
地味に誰にも見せない弱さを見せてくる一誠を、基本的に姉御肌な性格であるアルフも見捨てる事ができない。
ましてや、どうであれ一誠によってかつてフェイトがプレシアから受けていた虐待紛いな事が止まったのは事実。
そんな意味ではアルフは一誠に感謝している――その後アリシアを取り戻したプレシアが本当の意味でフェイトを捨て、フェイトが多大に傷ついた事はアルフとしても複雑なものがあるが、その全部を一誠のせいだとはどうしても思えなかったのだ。
「何度か自分の頭を潰してみたりとかはしたんだけど、どうしても否定されちまうんだ……。
ガキの頃よりどっちの性質も強くなっちまってて滅入る気分だわ」
「そんな馬鹿な真似はもうやめなよ。
今アンタが死んだら、フェイトが本当の意味で立ち直れなくなっちゃうよ……」
「ああ、出来ることならあの子に俺を越えて、あの子の手で殺された方が、あの子自身の人生を取り戻せるからな。
一応自殺の真似事はもうしないさ」
自分のしたことで一人の人間を不幸にしてしまった。
それが一誠にとってもっとも自分が許せない理由であり、アルフも何故そこまで思うのかを知っていた。
「これじゃあ、あの自称姉の事なんて言えやしねぇ。
俺もガキのころ、沸いて出てきた自称姉を嫌悪しまくってたが、今の俺はまさに自称姉そのものだ」
「その事は前に聞いたよ。
でもさ、その姉ってのは結局流されるままに生きてたんだろ? アンタとは違って覚悟も無く……。
なら……これが正しいのかどうかはアタシにもわからないけど、覚悟してる分アンタの方がわかりやすいよ」
「どうかな……はぁ」
「ほ、ほら元気出しなって! このハンバーグあげるからさ!」
割りと地味にこの世界ではプレシア並に一誠の事を深いレベルで知っているアルフは、地球のファミレスで肩を落とす一誠を元気付けようと、自分が食べていたハンバーグの欠片を分けてあげる。
「ああ、さんきゅーな」
その欠片のハンバーグを貰った一誠は小さくお礼を言いつつ食べる。
「というか、お前も奇特な奴だよな。
普通主が毛嫌いしてる奴と飯なんて食う気なんてなれないだろ?」
「あ、アタシは別にアンタは嫌いじゃないし……」
「それに、誘っといて言うのも変だけど、こんな所をあの子やその友達達に見られたらヤバイんじゃ……」
「だ、大丈夫だよ! アタシはあくまでもフェイトの使い魔であって管理局には入ってないし、フェイト達はそもそもミッドチルダに居るから……」
一誠の指摘に対して、フェイトにバレたら確かに危険な気はしたが、やはり一誠の事は放っておけないからと話すアルフ。
それを聞いて一誠も微妙に嬉しそうにパクパクと食べ始めるのだが、二人は全く知らなかった。
そのフェイトと仲間達が現在任務で地球に来ている事を……。
そしてギャグ漫画みたいなタイミングで、その話をした次の瞬間に、フェイトがえげつない形相で窓の外からこちらを見ていることに揃って気づいてしまった、
「ふぇ、フェフェ、フェイト!?」
「マジかよ、最悪のタイミングってこの事だな……」
なんかもう、人一人余裕で呪い殺してきそうな形相のフェイトが、他のお客さんや店員さんの怯えているのも何のそので見ていた事に気づいてしまったアルフは盛大に狼狽えるし、流石にフェイトの前ではヘラヘラと小馬鹿にした態度を崩さない一誠も目が泳ぐ。
しかしフェイトは無言でそのままファミレスに入ってくると、完全に怯えている店員の接客を無視してあわあわとしているアルフと軽くテンパっている一誠の席の前に立ち、急ににこやかに微笑みを浮かべると……。
「へー? 楽しそうだねアルフ?」
ハイライトがオフになった目を使い魔に向けるのだった。
まさかここに来て訳のわからない修羅場に遭遇するとは全く思わなかった一誠は、内心はかなり狼狽えたものの、ここでそんな姿を見られたらダメだと思い、南砺か何時もどおりの軽薄な態度でフェイトに口を開く。
「誰かと思えばお嬢ちゃんか。
ミッドで公僕の真似事をしている筈なのに、偶然だなオイ?」
「………………………………」
「あらら、無視されちゃったよ……?」
取り敢えずアルフを庇うつもりで挑発めいた台詞を吐く一誠だが、ものの見事にフェイトは無視をすると、慌てているアルフをただじーっと見ている。
「ち、違うんだよフェイト! べ、別にフェイトを裏切ったとかそんなつもりじゃなくて、た、ただイッセーに誘われたから……」
(正直に話しすぎたアルフ!?)
テンパりすぎて全部ぶちまけてるアルフに内心盛大に慌てる一誠。
「名前で呼ぶ程度には仲良しさんなんだねアルフ?」
「うっ……!?」
そんなアルフの言葉にフェイトはといえば、何気なくアルフの隣に座りながら小さく呟く。
「別に良いよ。昔からアルフはこの人の事を庇おうとしてたのは知ってるし、理由も一応知ってるから。
決して納得はしないけど、アルフがそうしたいなら私は反対もしないよ」
「フェイト……」
「けど、アナタはアルフとは会うんだね? しかも普通に楽しそうにお話してさ?」
「あ?」
「そうやって、私からアルフまで奪うんだね?」
「……っ」
輝きの無い赤い瞳と共に放たれた言葉は、一誠の心に甚大なダメージを与えるに十分だった。
だが一誠はそれでも顔には出さなかった。
「別に奪ってねーけど、そう思うんだとしたらどうするつもりだ? まさかここでやろうってのか?」
「………。今日は別の任務で地球に来ただけだし、はやてやなのは達に迷惑はかけられない」
そう言いながら何故か一誠の食べかけのステーキが乗った皿から、今一誠が使ってたフォークを使って一切れ食べたフェイトは、そのまま立ち上がる。
「……次会ったら、確実にアナタを捕まえますから」
「フェイト……」
「………へ、やれるもんならやってみろ」
そしてそのまま去ってしまった。
重苦しい時間はこれにて一応終わったのだが、アルフはフェイトが去った後頭を抱えていた。
「ど、どうしよう……? 絶対フェイトは怒ってるよ……」
「……。悪い、俺のせいだな」
まさかドンピシャ過ぎるタイミングで……しかも地球で鉢合わせするとは思わなかった一誠は割りと真面目に謝る。
「アンタのせいじゃないさ。
アタシがちゃんとフェイトに話をしていれば――多分反対はされていただろうけど、こうはならなかったんだ……」
「いや、多分あの子からしたら母親や姉のみならず、キミすらも奪い取ろうとした野郎ってなった筈だ。
こうなった以上は、もう会わない方が良いな……」
「そ、そんな! こういう事はプレシアには話してないんだろう!? アンタ一人で抱え込んでたら、本当に潰れちゃうよ!」
「そんな柔な精神だったらもっと楽に死ねたさ。
確かにキミに色々と他には話せない事を多く話せて良かったけど、キミの人生までねじ曲げたくはない。
ましてや、姉妹みたいに仲良かったんだからさ……」
「イッセー……」
「今までありがとうな?」
こうなった以上、アルフと会うのはやめようと決意した一誠は、アルフの分のお会計の伝票を持つと、穏やかな笑みを浮かべながらアルフに頭を下げた。
「い、嫌だよ、アンタがフェイトに憎まれながら死のうとするのを黙って見てるだけなんて嫌だよ!」
「……………。はは、あの子がキミを使い魔にした気持ちがわかった気がする。
だからこそキミはどんな事があってもあの子の味方になってあげてくれ。
それこそ『敵』となる俺から守ってやるんだ」
「そ、そんなの……。アンタの事を知っちゃったのに、出きるわけ無いよ……」
「余所者で、風紀も守れやしない逃げ腰チンピラ風情には勿体ない言葉だ。
はは、楽しいデートだったぜアルフ? ありがとさん」
そう言って一人アルフの分まで会計を済ませた一誠は追いかけようとしてきたアルフを振りきるように去っていった。
改めて世界の『癌』として消える覚悟をしながら……。
「ど、どうしたのフェイトちゃん?」
「…………………で、デートしてた」
「はい? で、デートって……?」
「あ、アルフがあの人とデートしてた。楽しそうにしてた……。
あの人があんな顔するのも初めて見た……」
「あ、あの人? ………………………!? ま、まさかフェイトちゃん! もしかして兵藤さんを見たの!? しかもアルフさんと一緒だったって」
「確かに昔からフェイトちゃんの使い魔のアルフは兵藤一誠の事を庇うような事を言っとったけど、ま、まさかデートするとは……」
「だ、だって!! だって私見たんだもん! アルフが自分の頼んだ料理をあの人に食べさせてる所とか見たもん! あ、あーんって奴やってたもん!!」
『』
「なんでよ!? この前だってアリシア姉さんと腕なんて組ながらミッドの街を歩いてたし! 許さない……!今日は別の任務だから我慢したけど、今度会ったら絶対に捕まえるんだから……! 捕まえて、アリシア姉さんやアルフには見つからない所に閉じ込めてやるんだから……! そしたら絶対に死なない程度に生かしながらずっと――」
「あ、あかーん!! またまたまたまたの発作や!」
「な、なんで地球まで来て……! フェイトちゃん!!」
「ここまで来ると腐れ縁を通り越した何かだな……」
「フェイトの使い魔さんと会ってたんだ? ………………………なんで黙ってたの?」
「黙ってたっつーか、別に言う必要が無かったからというか……」
「そっかー……イッセーってホント浮気者さんだね?」
「う、浮気? なんじゃそら、朱乃姉ちゃんみたいた事を言うなよアリシア……」
「ふーんだ……。浮気者のイッセーなんて今日は無視するもーん」
「お、おいおい……」
「そのまま嫌われてしまえ……」
「アンタは後ろでうるせーよ……ガキか」
「黙りなさい、アンタみたいな女にだらしない男なんて認めないわ……!」
「言われなくてもそんな気もねーよ……!」
「ダメだ、今度はアタシからイッセーに会いに行こう。
やっぱり放ってはおけないよ……! 何が正しいかなんてアタシにはわからないけど、アイツとフェイトの蟠りだけは……!」
終わり
補足
拗れさせたのは確かだけど、虐待をやめさせた事への恩と、罪悪感ばかり抱え続ける元風紀委員長のことは放ってはおけなかった狼っ娘使い魔さん。
割りと好感度は高いらしい。
そして地味に別の意味でプレシアさん並に一誠を深いところまで知ってる模様。
なのでフェイトさんはその意味でハイライトが消えてる模様というか、実の所アルフさんがちょいちょい会ってるところを知ってた模様。