当たり前の幸せに生きていた。
当たり前の生を享受していた。
当たり前の『普通』の日常があった。
けれどたった一夜にしてその当たり前の全てが失われた。
何故自分達だったのかなんてわからない。
もしかしたら偶々自分達が選ばれてしまったのかもしれない。
抗う術は無くただ蹂躙される。
両親が目の前で殺され、そして幼かった自分も……。
そう、確かに自分は一度死んだ。
身体を貫かれた瞬間のあの冷たさは今でも忘れることができない。
けれど……。
『へぇ……? どうやらオルフェノクに覚醒したみたいだねキミは?』
『だ、だれ……?』
『僕はキミと同じさ。
ああ、心配しなくても良いよ、キミを襲った連中は皆倒したからさ?』
気紛れの灰色の龍が現れた事で、何より死を乗り越えて覚醒してしまった事で、普通だった少女もまた灰色の怪物へと成り果てる。
『凄い! 僕が触れても灰にならない子なんて初めてだ! あはは! 温かいなぁ……』
気分屋で、無邪気に見えるけど残忍な少年に導かれるように……。
北崎零と桐生藍華は人類の進化系たるオルフェノクである。
そして北崎はこことは異なる世界にてオルフェノクの王の餌となって完全なる死を遂げた筈の者である。
そんな死んだ筈の北崎が何故生きていて、オルフェノクが自分を含めて今のところ二人しか居ない世界にて生きているのかは北崎にもわからない。
深くは考えた事なんて無かったし、何よりオルフェノクとは違う、人ならざる存在は北崎の退屈をそこそこ紛らわせてくれるのだから。
だから北崎は変わらない。
面白いかそうでないかで物事を判断し、気分で敵を襲い――そして戦いに勝つ度にその強さを増していく。
いつぞや、人類に絶望してオルフェノクとして生きると決めた木場勇治が言っていた、『オルフェノクが短命』であるという話は何となく覚えていたが、弱るどころかその力を増していく。
そしてなにより、偶々人ならざる存在達に襲われて殺されたとある人間の家族の一人が自分と同じくオリジナルとして覚醒したのは北崎にとって幸いだった。
何故なら以前なら可能だった人を襲って仲間を増やす使徒再生がこの世界では不可能になってしまったので、同じオルフェノクの存在は、北崎の思っていた以上にわくわくしたし、何よりもその覚醒した少女はかつて出会ってきた数多のオルフェノクとは違い、自分が触れても一切灰化することがなかった。
オルフェノクとして覚醒し、自分の意思とは無関係に触れた全てが灰となって消えてしまうが故に、人の温もりを忘れてしまった北崎にとって、藍華に触れられるというものは思っていた以上に心地の良いものだった。
その忘れていた温もりが果たして北崎に何をもたらすのか……それは北崎自身も含めてまだだれにも分からない。
だって北崎は藍華には同族であることもあって彼女の言うことは耳を貸すものの、他はかつてと変わらないのだから。
「へぇ? 面白そうな事してるじゃん?」
「っ!? お、お前は北崎……!?」
「やあ……えーっと、兵藤君だっけ? 最近なんか面白いことあった?」
気紛れに現れ、つかみ所のない残虐性を見せる灰色の龍として。
藍華に引っ張られる形で渋々学校に登校した北崎。
何時ものボサボサとした頭髪も藍華が『みっともない』と言いながら整えられている。
「ほわぁ……ぁ……」
「零のせいで確実に兵藤経由で悪魔達に知られたわ。その内接触してくるかもしれないからって、アンタを無理矢理にでも学校に連れてきているけど、視線こそ感じるものの今の所は接触してこないわね」
「別に気にしなくても良いんじゃない?」
「あのね、変身しなかったとはいえこの前零がフラフラと堕天使の連中を皆殺しにした所を完全に兵藤達に見られたのよ? 散々言ってるように、零は強いかもしれないけど大勢で来られたら勝てるかなんてわからないの。
こうしてアナタと居る私も殺されるわ」
「ヤダなぁ~? 僕が殺される訳ないじゃないか? それにキミだって強いし、何より僕が殺させる訳ないじゃないか」
「零を疑う訳じゃないわ。でも余計な労力は避けたいのよ」
ボサボサとした頭と普段の身形で隠れがちだが、北崎の顔立ちはかなり整っている。
故に身形さえきちんとすれば学園の生徒達にそこそこの視線を向けられる―――という事に気付いてもないしまったく興味もない北崎は、一見すれば地味な風体の桐生藍華と屋上にてお昼を食べながら、先日北崎のやらかした気紛れによる『厄介事』ついて怒られていた。
悪魔が管理するこの町に現れた堕天使一派が何かを企んでいて、悪魔側がその証拠を抑えて乗り込もうとした時に、何を考えてたのか北崎がそれよりも早く堕天使の潜伏場所に現れて、堕天使一派を皆殺しにしてしまったのだ。
しかもオルフェノク態の姿こそ見られやしなかったものの、遅れて乗り込んできた悪魔――リアス・グレモリー達に見られてしまったというオマケつきで。
元々その前に現在オカルト研究部という、悪魔達が隠れ蓑に使っている部活に入部した新人悪魔にてクラスメートの兵藤一誠に灰化の力を見られてしまっていた。
その時点で既に北崎の存在はリアス達に知られていたものの、接触は無かったので放置されていたと考えても良い。
だが今回は身柄を押さえ込もうとした堕天使を北崎が一人で全滅させてしまった。
つまり、北崎の存在は恐らく悪魔達にも無視はできないものになっている筈……と、割りと本気で北崎の身を案じる藍華は何時でも接触を受けても良いように身構えているが――今現在接触はない。
「昨日転校という形で悪魔になったアーシア・アルジェントは兵藤と親しいようだし、その兵藤からずっと見られていた……。
多分放課後になったら話し掛けられるとは思うんだけど……」
とはいえそれも時間の問題だと考えている藍華は、もし北崎に悪魔達が接触してくれば、その時は自分も出張る覚悟を固めながら、お昼も食べ終わり、気分よさそうな顔で自身の膝に頭を乗せて横になっている北崎の額に触れる。
「大丈夫だよ藍華ちゃん……僕もキミも死なないよ。
だって世界一強いんだもん」
「まったく……どこまでも零らしいわ」
それでも能天気な北崎に、藍華は呆れてしまう。
殺された自分と両親の仇を一応は取ってくれ、怪物となった自分を導いてくれた少年。
気分屋で残虐で、善か悪かを人間の価値観で判断すれば間違いなく善人ではないのかもしれない。
けれど藍華にとって北崎零はまさに『
だからこの先彼がどうなろうとも、その最期の瞬間まで共に居る。
「私もそろそろ覚悟しないとね……」
背に一瞬だけ広がる灰色の翼が藍華の死と生の証なのだから。
そんなこんなで午後の授業も普通に終わり、放課後となると案の定藍華の予想通りに北崎に悪魔の接触が開始される。
「よ、よぉ北崎……」
「そ、その節はありがとうございました……」
クラスメートでもある一誠と転校生であるアーシアがおっかなびっくりな面持ちでぬぼーっとした顔をしていた北崎に話しかけてきた。
ちょうど北崎の隣の席に居た藍華は『ついに来ちゃったか』と内心思いつつ、ぬぼーっとしていて反応が薄い北崎の代わりに二人に返答する。
「やっぱりこのままほっといてはくれない訳ね。
アナタ達の主さんの事だから、零の人間関係は調査済みでしょう?」
「え、あ、ああ……そうだ」
「その、部長さんが北崎さんと桐生さんを部室に連れて来てほしいと……」
「でしょうね。内容はこの前零がやらかしてくれた事でしょう?」
「ま、まあ……」
「………………」
既に悪魔側には北崎の身辺調査が把握されていて、当然藍華との関係性事も知られているらしい。
ある意味で話が早いと思った藍華は、眠そうな顔をしている北崎を無理矢理経たせると、一誠とアーシアに部室へと案内させる。
「別に抵抗はしないわ。だから連れていってくれるかしら?」
「お、おう……」
「ではついてきてください……」
「ねむい……」
異様ななにかを持つ北崎の手綱でも握ってるような振る舞いを見せる藍華も別の意味で不気味に思った一誠とアーシアは、二人を部室のある旧校舎へと連れていく。
その間も北崎はといえば眠そうに目を擦ろうとしては藍華に『目を擦るな』と母親みたいな注意をされている。
「だって眠いし……」
「もう少しだから頑張って起きてなさい」
「藍華ちゃんはたまに厳しいなぁ……」
「「………」」
その妙に所帯染みたやり取りが、堕天使達をたった一人で殺害したあの姿とのアンマッチさを引き立たせ、一誠とアーシアを緊張させる。
「こ、ここだ」
そんな緊張感の中、旧校舎にあるオカルト研究部の部室に到着すると、一誠とアーシアに促される形で中へと入る。
「ああ、確かにオカルトっぽい内装だわ」
「あんまり面白くなさそう……」
部室の中は一応オカルトを研究してます的な内装で、藍華と北崎が其々そんな感想を呟いていると、赤い髪の女子、黒髪の女子、白髪の女子、金髪の男子が出迎える。
「イッセー、アーシア、ご苦労様。
そしてようこそ北崎零君、桐生藍華さん。
我がオカルト研究部へ」
部長である赤髪女子のリアス・グレモリーがそう迎えの言葉を告げる。
笑みこそ浮かべているものの、その瞳の奥には決して油断の無いという感情の火を灯しながら……。
終了。
Open your eyes for the next――
「何故堕天使達を殺したの? いえ、その前にアナタの持つその力は一体なに?」
「……」
「話しても良いわよ零」
「ん……。何で堕天使の人たちを殺したのかは――えーっと、気分かなぁ? どうやって殺したかについてはオルフェノクの力?」
「オル……フェノク?」
隠している意味もないのでさっさと教える北崎達。
「つ、つまり桐生もそのオルフェノクってやつなのか……?」
「そうよ。
一度死んだ事でオルフェノクとして覚醒したわ」
「死んだ事でということは、もしかして他にもそのオルフェノクになっている人間が居るかもしれないって事なのね?」
「さぁ? 少なくとも私は自分以外のオルフェノクは零しか知りませんけど、もしかしたら世界のどこかで九死に一生を得た人間が知らないで覚醒しているかもしれないですね?」
オルフェノクという存在をしる悪魔。
「それにしても、眼鏡かけてない桐生って意外と……」
そして相変わらずな兵藤一誠。
「事情はわかったわ。
この町の管理を任されている私としては、アナタ達をこのまま野放しにはできないわ。
ましてや上級ではないとはいえ堕天使達を苦もなく殺害できるそのオルフェノクという力は……」
「つまり?」
「出来ればアナタ達を部に引き入れたいわ。その方が行動が掴みやすいし」
監視という形で部に勧誘をされる北崎と藍華。
「ヤダなぁ~? なんで僕より弱い人達に命令されなくちゃいけないのさ?」
しかし誰かに従うタイプではない北崎がここにきて反発。
「ちょうど良いや、悪魔とはそんなに戦った事が無かったし、面白そうだから――――――試してやるよ……? お前達の腕を……」
『っ!?』
ヘラヘラとしていた北崎の雰囲気が変質する。
そして……。
「な、なんだよ……その姿……!?」
「こ、これがオルフェノク……!」
灰色の龍が姿を顕にし……。
『ふぅ、やっぱりこうなっちゃうか。
仕方ない、まだ死ぬ気は無いし、かといって零から離れるつもりもないから我を通させて貰いますよ―――悪魔さん達?』
藍華の姿も灰色の怪物へと変わるのだ。
『あはは、弱い弱い……』
『やっぱり、こういった種族に勝つ度に強くなっていってる気がするわ』
フェニックス・オルフェノク(格闘態)
不死鳥の特質を備えたオルフェノク。
時速500㎞で自在に飛び回ることが可能で、背に広がる翼から放たれる炎は同族のオルフェノクの傷を癒し、他種族を焼き尽くす。
また短命の宿命とされる他のオルフェノクとは次元の違う生命力と再生力を備えており、彼女に北崎の灰化の力が効かないのはこの特性によるもの。
つまり生命力は王であるアークオルフェノクをも凌駕し、さながらオルフェノクの女王。
フェニックス・オルフェノク(激情態)
より女性らしい体格となり、ドラゴンオルフェノク(龍人態)に迫る速度で動き回れるに加え、周囲の分子と原子を操り、プラズマ化させる能力が扱える。
ちなみに、通常のドラゴンオルフェノクの魔人態と龍人態からそれぞれ激情態に変化可能となった北崎にも同等の能力が備わっている噂。
「あれ? なんでコレがここにあるんだろ?」
「なに、このメカメカしい腰巻きみたいなのは?」
「うん、デルタギアってベルトなんだけど……」
嘘だし続きません。
補足
仕方ない、気分で行動するのが北崎さんなのだから。
その2
そんな北崎さんを555世界含めても多分桐生さんが一番コントロールできてるし、琢磨君と違って全然恐れてない。
その3
まー……普通に考えて北崎さんが何のメリットも無く従うとは思えないし。
その4
オルフェノクのセオリーを完璧に無視した生命力と再生力。
北崎さんと同じく架空の生物をモチーフとしている。
何気に超自然発火能力まで使えてしまう。
藍華さん……強し