自分を強く見せようと必死になって吠える子犬。
他人を信じずに、強さだけを絶対視する孤高の狼。
一見すれば傲慢にも見えるかもしれない。
けれど、受けた恩は恨みも含めて必ず返す律儀さを知っている。
ボロボロになりながらも強くあろうとし続けるその努力の姿を知っている。
失った『個』を取り戻すではなく、新たな個を形成し、守ろうとする姿を見続けてきた。
だからそんな彼を構い倒す。
鬱陶しいと思われても、ウザいと言われても……決して掴んだその手は離さない。
それが抱く事の無かった彼女の想い。
皮肉にも、憑依ではなく全くの同一人物に転生したことがそもそもの間違いであったと兵藤一誠が気付いた時には全てが遅かった。
「………………」
「ひゅー……! ひゅー……!」
兵藤一誠として生きなければならなくなったとある転生者は、開き直って第二の人生を好き勝手生きると本来の物語の大半を行動によった滅茶苦茶にした。
早死にせず、厄介な事は誰かに押し付け、美少女達と楽しく生きる。
実に人間らしい欲望を持ち、それを可能にできるだけの力を神から与えられていた兵藤一誠。
誤算だったのは、本来の兵藤一誠が存在していた事ぐらいだったが、兵藤一誠である全てを奪い取り、追い出した。
追い出すではなく、消してしまえば良かったというのに……。
「あの時逃げたお前を殺しておくべきだ――ごばっ!?」
「…………………」
そのツケが――転生者・兵藤一誠の最初にて最大の誤算として現れた時には全てが遅かったのだ。
兵藤一誠と全く同じ容姿――されど放たれる雰囲気はどこまでも冷酷な燕尾服を着た青年に八つ裂きにされ、全身を丹念に破壊されていく兵藤一誠には全てが遅かった。
「ひ、ひぃ……!」
「………………………………………」
一誠としての力は何一つ消えていた筈。
だというのに、最早兵藤一誠では無くなった青年――日之影一誠の力は人智を遥かに超越していた。
その彼と共にある二つの悪魔の家族もまた……。
「ま、待て……! 俺を憎んでいるのはわかっている。
だ、だがここで死ぬわけにはいかないんだ……! アーシアとゼノヴィアとイリナと黒歌と一緒に――ギィッ!?」
「クズが、俺の猿真似の顔で命乞いをされると殺したくなる」
全てを失った日之影一誠は、本来とは違った人生を辿った。
その結果、やかましくて鬱陶しいと悪魔の家族達と本来よりも早く巡り会えた。
赤龍帝としての運命の代わりに、彼等の執事となる運命が待っていた。
そして何より――徹底的な非情さを身に付けた。
「ま、まだ死にたく―…ない……! 俺はまだやり残した事が―――」
だから命乞いは彼には通用しない。
敵であれば女だろうが子供だろうが殺す彼には関係ない。
「消えろ、ムシケラが」
既に兵藤一誠が形成したコミュニティは破滅させた。
後はこの男のみ。
自分が変質した全ての元凶を破壊することで日之影一誠としての全てが漸く始まる。
だから最早虫の息となって倒れた兵藤一誠の首を掴み、締め上げた日之影一誠は、最後まで無様に命乞いをする彼の喉を潰し、手刀で胸を貫き――そのまま首の骨をへし折って絶命させたのだ。
これにより、転生者である兵藤一誠はこの世から消え失せた。
そして本来の一誠である彼は全てを取り戻した。
だが既に彼は兵藤一誠としての人生には何の興味も無い。
そう、彼が本当の意味で歩むのは――日之影一誠としての道。
「どうだった? 自分の模倣擬きを殺した気分は?」
「思っていた以上に何も感じない。
何時もと同じ、そこら辺のムシケラを一匹潰して殺しただけだ」
「そうだろうさ。
もうお前は兵藤一誠としての個を奪われて10年以上経っていたし、お前の模倣にしてはあまりにもお粗末な男だったからね」
愛情を疑い、どれだけ突き離そうとしても、家族のような愛情を向ける変人悪魔の想いを背に突き進む進化の道。
この世に赤龍帝・兵藤一誠は居なくなった。
存在するのは赤龍帝としての運命ではなくなった日之影一誠という、悪魔の執事だけ。
そして悪魔の執事である彼は、常に自身の上に立ち、平等なだけの人外によって最初に出会った悪魔ことサーゼクス・グレモリーを越える為に進化を続けていく。
己がサーゼクスという強大な壁を乗り越えようとするように、己の背中を追いかけては構い倒してくる悪魔の家族達と共に……。
その構い倒してくる者達の一人……。
ちょうどサーゼクスと同世代の悪魔が居るのだが、普段は無口でコミュ障である日之影一誠が色々な意味で生き生きとした感情を爆発させるような相手であった。
名をセラフォルー・シトリー。
サーゼクス・グレモリーが魔王ルシファーの名を持つように、彼女はレヴィアタンの名を持つ四大魔王の一人である女性の悪魔なのだが、このセラフォルーを相手取る時の一誠は、初対面の時からずっと――妙にテンションが上がる。
その理由はセラフォルーが趣味としている格好がそうさせている様で、しょっちゅうセラフォルー相手にトレーニングをする時の一誠は決まって、器用にセラフォルーが着ている魔法少女コスプレ衣装だけを消し飛ばして素っ裸にするのだ。
その時の一誠の表情たるや、まともな思春期を送らなかったせいか微妙に遅れてしまっているようで、とても楽しそうなのだ。
まるで、気になる女子をつい苛めてしまう男子みたいな意味合いで。
無論、セラフォルーとてやられっぱなしではなく、やり返す時はやり返すのだが、そうすると一誠のセラフォルー専用のS心にスイッチが入るのはお決まりだった。
このやり取りは一誠が初めてセラフォルーと出会った時から変わってはおらず、決まってセラフォルーを相手取る時だけは子供じみた意地悪を発動させる姿は、セラフォルーだけが特別扱いされているような気がして、同じ様な時間を過ごしてきた妹のソーナをやきもきさせる。
つまり何が言いたいのかというと、一誠本人は絶対に認めたがらないし、指摘すれば逆ギレして暴れそうだが、彼はセラフォルーが気になる相手――なのかもしれない。
そうでなければ、誤って飲酒してしまい、泥酔した時にキス大魔王へと変貌した時に真っ先にセラフォルーを押し倒してキスしまくる訳がないし、セラフォルーの身にどんな些細な事でも危険が迫れば、真っ先に守ろうともしないだろう。
それこそ、そんな一誠の感情を見抜いていたサーゼクスの『冗談』を間に受けてセラフォルーのもとへと襲撃同然に向かい、それがサーゼクスの嘘だとわかって内心ホッとしたりもしないし、セラフォルーの告白に動けなくなってしまい、今度は泥酔の勢いではないキスを交わしたりする程度には……。
さて、そんな執事こと日之影一誠とセラフォルー・シトリーは只今とてつもなく困った事になっていた。
「ねぇいーちゃん、変な事を聞いちゃうけど、ここって何処なんだろう?」
「…………………さ、さぁ?」
「? 何で目を逸らすのよ……?」
「う、うっせー……」
「? 変ないーちゃん」
サーゼクスの嘘にあっさり騙され、セラフォルーの仕事場に乗り込み、それが嘘とわかってサーゼクスに報復しようと戻ろうとしたらセラフォルーに真面目に想いを告げられ、その流れで素面でキスをした。
つい数時間前までは『ただのイタイ格好したアホな悪魔女』と認識していた筈が、今さっきした事のせいで完全にテンパってセラフォルーを直視できない。
キスしたら変な光に包まれて、人間界と思われる夜の公園のど真ん中で、セラフォルーに抱かれた形で立ってました事への疑問が消し飛んでしまっている一誠。
「感じる空気からして人間界かな? 転移を発動していた訳でもないのに変なの……」
「…………」
「第一ここは駒王町じゃないみたいだし、さっきの変な光が原因かな?」
「…………………」
ちょうど正装と嘯いている姿ではなく、まともな格好のセラフォルーの呟きに頷く事さえできない燕尾服姿の一誠。
完全に遅れた思春期が発動している感は否めないが、それも仕方ない事なのかもしれない。
何せ悪魔の美男美女に構われながら育ってきたせいで、目が完全に肥えてしまっていたのと、他人をそうやすやすと信じない性格が形成された結果、どんな美女や美少女の全裸ですら無反応でいられる枯れた精神を生成させていた。
それは悪魔の家族達も例外ではなく、サーゼクスの妹のリアスやセラフォルーの妹のソーナの入浴の際は身体や髪を洗ってあげていて、それでもやはり淡々としていた程度なのだ。
無論、セラフォルーの正装を吹き飛ばして裸にひんむいてもケタケタ笑うだけで性的な意味ではまったく興味を示さなかった。
「うーん、取り敢えずここから出てみて――って、さっきからどうしたのいーちゃん?」
「………い、いや」
「何時もならこういう状況でも冷静に警戒するのに……」
「な、なんでもねーよ……!」
だが今イッセーは非情に困った事に、今まで異性としては一切の認識をしていなかった筈のセラフォルーに困惑していた。
セラフォルーが心配そうに顔を覗き込もうとすれば、反射的に目を逸らしてしまう。
(ち、ちくしょう、何だこの気持ちは? セラフォルーが直視できない……)
まさに己の感情に困惑中の日之影一誠。
(ぅ……いーちゃんに目を逸らされた。
で、でも私の方がお姉さんだから何時も通りにしないと……)
そしてセラフォルーも実は内心は動揺していた。
つまる所、どっちも案外中学生みたいな感情を抱いていたのである。
「本当に大丈夫? その……やっぱり迷惑だった?」
「べ、別に……て、てかわかんねーよそんなの。
だって、俺はお前の事を散々馬鹿にしてきたってのに……」
「グサッとくることもあったけど、いーちゃんとのコミュニケーションだと思ってたから……」
「………」
少しだけ落ち着いたのか、やっとセラフォルーと目を合わせ始めたイッセーは、セラフォルーの唇を見て再び目を逸らしそうになるのを堪える。
「サーゼクスちゃんがいーちゃんにした嘘はムカつくけど、その嘘を聞いていーちゃんは私の所に来てくれたんでしょう?」
「…………」
「だから、皆には悪いと思うけどやっぱりいーちゃんが好き。これからどうなろうともそれだけは変えられないかな……あはは☆」
儚げに微笑むセラフォルーのその表情に、それまでセラフォルーをおちょくるだけの奴と認識していた一誠は目を奪われた。
「さ、なにはともあれ、まずは此処が何なのかを調べなくっちゃね☆ 行こ、いーちゃん!」
「あ、ああ……」
自分の手を引いて前を歩くその姿を含めて、日之影一誠はやっとセラフォルーを異性を意識し始めたのかもしれない。
そして始まるは、魔王少女と執事の―――
――どこかの世界における
「や、やめろセラフォルー! お、俺にひっつくな!」
「な、なんで? 今までだったらうざそうな顔はするけど嫌がらなかったのに……」
「い、色々あんだよ――っあ!?」
「やだ! いーちゃんと――ぁ……」
「ち、違う! 違うからなっ!? そうじゃねーから! こ、これはただ……」
「…………いーちゃん」
「……………………。わ、わかったよ! 言うよ! あの時お前とアレしちまってからはお前見てると妙な気分になるし、今までなにされても平気だったのに、そうやってひっつかれる度にこうなるんだよ!! だ、大体ババァ達もそうだったけど、一々距離が近いんだよ! あーそうさ! 俺はお前に発情してますよ!? 悪かったなバカ野郎!!」
色々あって開き直ってしまうかもしれないし。
「ごめんねいーちゃん……。でも嬉しい……いーちゃんにそう思われてる事が本当に嬉しいよ☆
だから……ね、いーちゃん、我慢しなくて良いから、おいで?」
「セ、ラ……ッ!!」
「きゃん♪ あは、いーちゃ……ぁん……☆」
冒険旅行中の夜にこうなっちゃうかもしれないし。
「………」
「や゛め゛っ……で!? ゴバッ!?」
「その辺にしてあげたら?」
「ダメだ、このカスはお前に触れようとした。だから確実に殺す」
目立つセラフォルーにオイタする輩を前以上に粉砕するかもしれないし……。
「ねぇいーちゃん、驚かないで聞いて欲しいのだけど……」
「何だ?」
「えっとね……赤ちゃんが出来ちゃった?」
「………………………………。誰の?」
「うん、びっくりするのもわかるよ? でも本当だし、誰のかなんてわかるでしょう? だってその……いーちゃんったら毎日――」
「ま、マジか。
い、いや、ふざけたつもりは無くて驚いただけで……」
多分冒険の最中に案件が発生するかもしれない。
執事一誠と魔王少女――始まらない
舞台・不明
公開・しない。
補足
本編的にどうも魔王少女さんがいちばん執事にマッチしてなくもない。(ママンはママンなんで例外)
執事の性格的に、落とせさえすれば一気に扱いが180°変化するのは間違いない。
……ただ、これはR-18描写化するから投稿できなかったので、大分マイルドに修正しまくった訳ですが。
その2
異世界については特に意味は無いです。
どこの世界とも考えてませんので。
ただ、新婚旅行した場所かなんかだと思っててください。
その3
行方不明から戻ってきたらセラフォルーさんと執事が見知らぬ子供と手を繋いでいて、それが誰の子供と聞いた途端、修羅場が待ってたらしい。
なにせ行方不明になってからこちらの世界では二ヶ月程度しか経ってなかったので。
それなのに帰って来たかと思えば黒髪の小生意気そうな子供は連れてるし、明らかに執事とセラフォルーさんがナチュラルにイチャついてるし、部屋で大人なやり取りやってる声が聞こえるしと、大騒ぎする種だかけだったらしい。
その4
これ、修正する際、折角だしママンじゃなくてセラフォルーさんと飛ばされたら的なクロスに改造しちまおうか迷いました。
……まあ、その場合どういうシチュにするか考えてなかったので断念しましたがね。
もしくはIS世界に飛ばされました的な。