精々頑張ってシリーズ『決別の始まり』
織斑千冬は思う。
自分のこれまでの人生は一体何だったのか。
放すべきではない手を離し、掴むべきではなかった他人の手を取ってしまった。
弟の一夏……そしてずっと一夏の味方であり続けた箒を、見失っていた自分の代わりに面倒を見ていた用務員と保険医に言われてやっと全てを思い出してしまった千冬は今がとてつもなく苦痛であった。
本当の弟である一夏は最早自分に関心を持っていない。
一夏を傷つけてきた自分を、一夏を守る為に未知の領域へと到達した箒は決して許しはしない。
かといって、弟擬きと知ってしまった春人の姉を演じる事は最早できない。
一体自分はこれからどうすればいいのか。
どっぷりと春人側である筈の束に相談なんてできやしない。
春人のような存在に人生を奪われた一誠はそんな自分に同情なんてしなかったし、いっそ清々しいまでに拒否感情を向けてくる。
唯一リアスだけはそんな千冬に思うところがあるのか、多少は親切にしてくれるが、今まで散々千冬の方から一方的にリアスを敵視してきたせいで、罪悪感で押し潰されそうになる。
そう、それはまるで迷子の子供のよう。
織斑千冬は今、絶望の淵から抜けられずに居た。
「最近どうしちゃったんですか織斑先生?」
「……何がだ?」
そんな千冬は、今までの行いのツケにより担任から副担任に降格されてしまい、担任に昇格した真耶の補佐をしていた。
一応授業に復帰した春人は、あれ以降、存在が発覚した用務員の一誠に並々ならぬ憎悪を抱いている様なのだが、今の千冬はその憎悪に賛同することはとてもではないができなかった。
いや、正気にさえ戻らなければ今頃なにも知らずに春人に同意していたのだろうが、今となっては想像するだけで背筋が凍る気分でしかない。
故にそんな心境が春人を好いている者達には勘づかれ始めてきたのだろう、鈴音、ラウラ、セシリアといった面々に千冬は詰め寄られていた。
「あんな暴力用務員をいつまでも学園に置いておくなんて、おかしいですし、織斑先生ならすぐにでも学園長に抗議しに行くのに、最近様子がおかしいですよ?」
「私達が春人になにかしても怒らなくなりましたし……」
「なにかあったのですか?」
「…………別に何でもない。抗議だってしたが、却下されただけだ。
勿論、他の方法だって考えてはいる」
全てを知り、全てを思い出してしまって以降の千冬はあからさまに春人から距離をおいていた。
勿論、その心境を知られたら何をされるかわかったものではないので、それっぽい理由で今の所は誤魔化している。
しかし、束にはこの前の件でバレてしまっているので、それも時間の問題だと千冬は考えている。
もし今の千冬の気持ちが春人に知られてしまったら、一体何をされてしまうのか……。
一誠とリアス曰く、そういう輩は強い力を与えられているという事なので、逃げようとしてもすぐに捕まってしまう可能性もあるし、最悪殺されるかもしれない。
それに加えて今の千冬にはバックボーンが一切無い。
つまり、誰にも頼りにできない孤立無援の状態なのだ。
「お前達はそのまま春人の傍に居るんだ」
「「「………」」」
その春人を叩きのめせる領域の一誠は、千冬に手助けするとは思えない。
今の千冬は世界最強のブリュンヒルデではなく、以前一夏と一誠に言われた通り、恐怖を抱く普通の女性なのだ。
「…………」
何とか三人を煙に撒いた千冬は、皮肉なことに以前よりも遥かに教師としての仕事の質が上がっている。
それは少しでも春人との接触を避ける方便でもあったのだが、最近皮肉な事にその質が上がる度に、生徒達から見直されている様な状況だった。
「これからどうしよう……」
千冬は廊下を歩きながらひたすらに悩む。
全てを知ってしまった今、これまでのような振る舞いはどうしてもできないし、かと言って今更一夏と元の関係になんて戻れやしない。
抗う暇なんて無く、織斑春人という名の何者かを受け入れてしまった代償がこれ程までの苦痛に繋がるとは思いもしなかった。
同じように、早い段階で利用されていると悟った簪ですらあれほどの精神ダメージを受けたのだ。
十何年も続いていた千冬はそれ以上のダメージなのは云うまでもない。
「……………」
そんな迷子状況の心理状態が行動にも反映されてしまっていたのだろう。
気が付けば辺りが暗くなった完全下校時刻が過ぎ、生徒達が次々と寮へと帰っていった後も、千冬は校舎内をうろうろとさ迷い続けた。
「はぁ……」
行く宛を失った浮浪者のような今の自分に対して、情けなさでため息が出てしまう。
何時までも無意味に真っ暗になりかけている校舎内を彷徨いていても仕方ないと、思い足で寮へと戻ろうとした千冬だったが、突如として眩い光が千冬の視界を遮る。
「うっ……?」
思わず目を覆う千冬。
警備の者と鉢合わせしてしまったのかと思って、慌てて謝ろうと頭を下げた千冬だったが……。
「ぁ………」
「…………」
そこに居たのは、懐中電灯を片手に無表情で佇む作業着姿の一誠だった。
ある意味で気まずくて会いたくないと思っていた矢先の遭遇に、千冬も思わず固まってしまう。
「…………」
どうやら生徒が完全に校舎から居なくなったタイミングを見計らっての仕事をしていたらしい。
右手で懐中電灯を持つ一誠の反対側の手には、工具の入った箱が握られていた。
「…………」
「あ、あの……」
そんな一誠と暫く向かい合う形となった千冬だったが、一誠は表情を変える事もなく千冬へと近づき……。
「………」
「ぅ……」
そのまま、一切誰とも出会してなんてございませんとばかりに通りすぎた。
それはもう見事なまでのスルーっぷりであり、最早何度目になるかもわからないが、千冬は普通に傷ついた。
とはいえ、話そうにも何を話して良いのかもわからないし、話しかけても間違いなく嫌そうな顔をされるのは解りきった事。
だから先頭を歩く一誠の後ろをただ無言で……気まずい気分で寮に繋がる道まで歩き、そのまま別れ道に差し掛かるまで会話ゼロだった。
「何をしているんだ私は……」
結局一瞥たりともくれられずに用務員室へと続く廊下の奥へと消えていった一誠を見送った千冬は、自分の弱腰さに情けなさを覚える。
考えてみれば、今までISにおいて一度は頂点に到達し、何もせずとも周囲が勝手にお膳立てするような状況ばかりで、それに慣れきってしまってた。
それが、明らかに異常な存在で明らかに自分より格上の存在の出現にビクビクしてしまっている。
それが情けなくて、千冬の心をますます落とし込む。
「…………」
ある意味で人生における挫折を覚えさせられてしまった千冬は気落ちしたまま、今日は早く寮に戻って眠ろうと校舎を出ようとしたその時だった。
「あら、織斑先生?」
「こんな時間にここでなにを……?」
またしても何者かと鉢合わせをしてしまったらしく、しかもその相手が……。
「ぐ、グレモリー先生と山田先生ですか……」
ある意味一誠と同じくらい気まずい相手だった。
明らかに落ち込んでいる千冬と鉢合わせした真耶とリアスは、かなりビクビクしていて断ろうとする彼女を連れて、用務員室に連れていくことにした。
「い、良いですよ私は! い、今さっき彼と鉢合わせした時、完全に無視されたばかりですし、私が行った所で嫌そうな顔をされるだけですからっ!」
「でも最近の織斑先生はかなりお疲れの様子ですし、やっぱり胸の中に色々と溜め込んでいるでしょう?」
「イッセーさんには私達からもお願いしますし、少しは愚痴ったりした方が楽になりますよ?」
「で、ですが……」
どうせ行ったって舌打ちされるが関の山だと、確かに当たってはいるネガティブさを発揮する千冬を、このままでは精神的に潰れてしまうと察したリアスと真耶が無理にでも連行する。
「お、来たなリアスちゃん? それに山田先生――――……………」
「ほ、ほらぁ! 今私を見た瞬間あからさまにイラっとしたじゃないかっ!」
「その内慣れますよ。イッセーもそんな顔しないの? 私達が無理言って来て貰ったんだから」
「このままでは先生がストレスでやられてしまうと思ったので……」
「……………………………ちっ」
案の定リアスの時は優しげな笑みで出迎えた癖に、千冬がその後ろに居ると知った途端、まるでどこかの白いおひげがトレードマークの大海賊とその兄弟分の侍を思わせる『嫌そうな顔』を露骨にする一誠に、千冬は色々とメンタルが弱ってた事もあって泣きそうな顔と声だ。
「ストレスで潰れてしまったらそれまでだろ。俺達がどうこう出来る事じゃないし」
「そうは言うけどねイッセー。
彼女だって『被害者』なのよ?」
「そういう解釈だって出来るかもしれないが、だからって一夏にしてきた事は免罪符にならないよ」
「…………」
「ま、まあまあ、今日はそういうお話ではないですから……」
全く懐かない野良犬みたいなツンケンっぷりに、ずーんと肩を落とす千冬を見かねて、真耶が必死にフォローする。
とはいえ、リアスにも説得されれば嫌々でも譲歩する一誠は、本当に渋々ながら千冬にもお茶をいれてあげる。
「ど、どうも……」
「……」
しかしそのお茶も、リアスと真耶のお茶は程よさげな温度でとても美味しそうに見えるのに、千冬が出されたお茶は温度が高いのか、軽くまだ沸騰している程にお粗末なものだった。
そしてその感、イッセーは一切千冬を見ることも無かった。
そんなイッセーの子供じみた嫌がらせを見て、後で割りと本気で怒ろうと思いつつ、リアスは千冬に訊ねる。
「あの日以降、織斑先生は織斑春人との接し方が変わったようですが……」
「え、ええ……。
事実を知ってしまった今、彼を弟とは思えなくなりましたし、なんというか――薄気味悪いとすら思うように……」
ボソボソとした声で答えながら、まだ熱湯レベルに熱いお茶の湯飲みに手を伸ばし、やっぱり引っ込める千冬。
リアスがここまで千冬を気にかけるのは、最早過去に戻れない自分と違い、まだ千冬は戻れる可能性があるのを感じるからだ。
確かに全てが元に戻れる訳ではない。
一夏自身も千冬は姉ではあると認識こそしているもの、肉親としての情は限りなく薄くなっている。
けれど、どんなに気まずくとも戻れるのなら戻るべきだと――余計なお世話なのはリアスも重々承知しているが、思うのだ。
「今のところ、イッセーの存在が彼に対する抑止力となってくれているけど、それも何時まで続くかわからないわ。
自棄になる可能性だってある」
「そう……ですよね。
束の事もありますし、もし束と組まれたら一筋縄ではいかなくなるはずです……」
「その篠ノ之博士もあの日以降何もしてきませんし、予断は許されないですよね……」
「……………」
真耶の言葉に千冬は小さく俯きつつ、チラリと離れた席でつまらなそうな顔で週刊紙を読んでいる一誠を見る。
一誠とリアス達なら、束と春人が徒党を組もうが叩き潰す気がするが、自分一人では対抗できる自信は無い。
ひょっとしたらあの『暗闇』に戻され、閉じ込められるかもしれない。
そう考えるだけで千冬は小さく震えてしまう。
『自由』を奪われ続けたあの暗闇へ……。
「大丈夫ですか? 顔色が……」
「っ……! い、いえ……少し昔を思い出しただけです」
それは奇しくも――ほんの少しだけリアスの過去に似ているのかもしれない。
互いに教えあってはいないものの、リアスはひょっとしたらそんな千冬の過去を端的に感じ取っているのかもしれない。
学園祭の日まであと僅か……。
終わり
その時が全ての始まりであり、終わりであるのかもしれない。
「ほらイチ兄、リアス姉! こっちだこっち!」
「これが学園祭ねぇ……」
「学生時代を思い出すわねぇ……」
約束通り、初めて学園祭に客として来た一誠とリアス。
「お、お願いします! 織斑春人を呼んでください!」
「何度も申している通り、入場券の無い方の入場はお断りしています」
「だ、だから春人が持っている筈ですから、ここに呼んで――」
「例の彼の知り合いかしら? 入り口で揉めている彼は?」
「さぁ? 一夏は知ってるか? あのV系崩れっぽいの」
「確か中学生の時、よく凰さんと春人と一緒に居た奴だったよーな……」
変な場面に遭遇したり。
「俺達のクラスは無難に喫茶店なんだぜ」
「まあ! こういう雰囲気が懐かしいわ!」
「……ちょっとよくわかんないけど、楽しそうで良いじゃん」
一夏のクラスで行われている喫茶店に入ってみたり。
「げっ!? 何故暴力用務員がここにいるのですかっ!?」
「帰れ!」
「………」
クラスの一部からは春人を含めて入店拒否をされてしまうが、もう半分のクラスメート達が抑える形で入店し、色々と頼んでみたり。
「お、恐ろしく似合うし、そういう方面の人達に人気が出そうね、真耶のメイド姿は……」
「は、恥ずかしいのでそんなに見ないでください……」
一誠がジーっと見るせいで、かなり緊張してしまうメイド真耶だったり。
「………ん? なんだこの、『特別おもてなしコース』ってのは?」
どこかの世界みたいに一誠がメニュー表から見つけてしまったり。
「じゃ、じゃーん♪ と、特別おもてなしコースを見つけてくれてありがとうございますっ♪
今からご主人様にご奉仕さてて頂く千冬だにゃん☆」
特別おもてなしコースがB2爆撃機ばりの衝撃度で空気が完璧に凍りついてしまったりとか。
「ふ……ひ……! ヒャッハハハハハ!!!」
「ちょ、イチ兄?」
「腹抱えて爆笑する兄さんなんて久しぶりだな……」
それ見て、普段他人に見せる無表情さが嘘みたいに、机をぶっ叩きながら千冬を見て大笑いする用務員だったり。
「な、なんだそりゃあ!? あははっ! 今世紀最強のギャグか!? だとしたらセンスあるぜアンタ! あっひゃひゃひゃひゃっ!!」
「い、イッセー……! し、失礼よ!」
「で、でもよぉリアスちゃん……! ヒヒッ……! リアスちゃんなら似合うのに、こ、こうも言動含めて全てが似合わない人材もそうはいねーだろ? も、もう―――ブワッハハハハハハ!!!!」
「……………ぐすっ」
丈短めのメイド服のスカートの裾を掴み、羞恥で顔を真っ赤にしつつ涙目で一誠を睨む千冬を前に、何のそので指まで指しながら爆笑する用務員に、一夏や箒以外のクラスメートまで微妙に気まずい。
「わ、私だって絶対に似合わないし、なんなら織斑先生の方がずっと可愛らしいと思ってますから……ね?」
「い、良いんです。
自分で痛さ爆発だって自覚してましたし、学園祭を盛り上げる為にやってることですから……」
「ひひひ! あひひひっ! ちょ、こ、こっち見るなっつーの! 俺を笑い死にさせる気か!? グハハハハ!!」
「……………ぅ……ぐ……!」
春人すらもどうしたら良いのかわらずに居る中、それでもケタケタ笑う一誠に、遂に何かがぶちギレてしまうかもしれないし。
「も、もう酷いゾご主人様☆
こうなったら『ちふゆん』の魔法で美味しいケーキを食べさせてあげるんだからっ☆」
「あ……いや、もう無理しなくていいっす。
笑ったのも一応謝りますし」
「無理なんてしてないぞっ♪ はい、あーん♪」
「おいやめろ気色悪い、そんな事頼んでな――むごががっ!?」
「お、織斑先生!?」
「そ、そんな無理矢理口に入れたら窒息しちゃいますよっ!?」
「い、イッセーが圧される姿なんて見るの久しぶりだわ……」
「変な意味で吹っ切ったようですね。一誠兄さんが余りにも笑うから……」
「何気に後ろから首を締めながら無理矢理口にケーキ捩じ込んでるのが怖いな……」
「でも口調は凄いキャピキャピしたままだし……」
「軽いホラーだねー……」
バカにしてきた報いが今ここで返されるかもしれない。
そして……。
「何時まで付いてくるんだアンタは! さっさと帰れ!」
「特別おもてなしコースは学園祭が終わるまで続くんだぞご主人様っ! だからだいじょーぶ♪」
「その声色をやめろ! 何かムカつく!」
刀奈達のクラスに行こうとしても付いてくるし……。
「ちょ、ちょっとイッセーさん! 何で織斑先生がリアス先生とは反対側から腕を組んでるんですかっ!?」
「精神崩壊した女の末路……」
「せ、精神崩壊? 一体何の――」
「ぶー! 酷いよご主人様。他の女の子ばっかり見るなんてっ!」
「―――――………え、えぇ……?」
「い、一体全体何が……?」
何度吹っ飛ばされて頭から流血してようが、ニコニコしながら引っ付いてくる千冬は言動も含めてホラーそのものだった。
そして……
『やあボンクラ諸君。
この姿を見てお察しの通り、天才の篠ノ之束さんだよ』
そんなカオスな状況に現れる篠ノ之束が仕掛けてきたせいで、学園祭は滅茶苦茶になるかもしれない。
「やあ出来損ない。ハル君が動けないのを良いことに随分と調子に乗ってるみたいだけど――」
「うーん、この角度からのメイドバージョンの箒も可愛いぜ」
「お、おい一夏。
恥ずかしいからそんなに写真を撮らないでくれ……」
「と、というか二人とも、篠ノ之博士が……」
「ん、何だ? 箒のお姉さんがなんだって? どうせ春人と何かしに来たんだろ? そっとしてやれよ?」
「そういうわけでも無いっぽいんだけどねー……?」
「…………………」
一夏にどこまでもガン無視されて人知れず傷ついたりするし。
「な、なにしてんのちーちゃん?」
「っ!? た、束か……! は、春人なら教室に居るぞ……?」
「……いや、それよりも束さん的にはちーちゃんの今の状況が知りたくてしょうがないんだけど?」
「こ、これはあれだ……! 学園祭の催し物だ!」
キャピキャピしてる千冬を見て軽く引くかもしれないし。
「た、束お姉ちゃん……!」
「!(チッ、こんなタイミングで来るんじゃねーよ紛い物が……!)な、なぁにハルくん?」
春人が中途半端に出現してきたせいで思った通りに出来ず内心イラつくかもしれないし……。
「え、えっと……取り敢えずハル君とちーちゃんを迎えに来たって言いたくてさ……」
「ふーん?」
「そうですか、ではどうぞご自由に」
「ま、待て束! わ、私はここから離れる気は無いぞ!
そうだ! 春人はこれ以上この学園に置いておいたら、この暴力用務員に傷つけられてしまうかもしれないから、春人だけは安全な場所に連れていってはどうだ!?」
「え、千冬お姉ちゃん……?」
「……。やはりこの前から教官はおかしい……」
「以前なら、今の博士の言動に烈火のごとく激怒されていたはずなのに……」
「そこの暴力用務員と関わってから妙に変だわ……」
「っ!? そ、そんな事は無いぞ!? わ、私はただ春人の安全を考えてだな……!」
千冬がその出で立ち通りのぽんこつっぷりを無駄に発揮してしまったり……。
「あらま、これぞ所謂修羅場って奴か?」
「何気に巻き込まれてる一誠兄さんが心底嫌そうな顔をしているぞ……」
「…………。けど箒のお姉さん、どこか様子がおかしいわ」
あたふたしつつ、不安なのか、何気に一誠の腕に組み付いて離れない千冬を見る束の様子が変であることに気づくリアスがいたり。
「や、やっぱりあの用務員が千冬お姉ちゃんに何かしたに違いないよ束お姉ちゃ―――」
「………さ……い……」
「……お姉ちゃん?」
「……………さっきから、うるさいって言ってんだよこの紛い物が……!」
あまりにも一夏が束に無関心過ぎたせいで、最悪な意味でブッチギレてしまった束が、これまでの『恨み』も込めて、遂に春人に隠していた牙を向けてしまったり。
「こっちは、アンタみたいな奴に媚びてまで『いっくん』に恨まれて、何時かはいっくんに殺されるつもりだったのに、アンタが全部中途半端にしたせいで、いっくんは束さんに対して恨みを持ちやしないじゃないか。
束さんのやり方が間違えてたのは認めるけどさ………ちーちゃんや束さんに何かしてたのは――――オメーだろうが?」
「い、いっくん……?」
「いっくんって誰だ?」
「…………多分だと思うが、お前の事だと思うぞ一夏」
束自体が素直になりきれなかったのもあったせいで、ここまで拗れきってしまい、結果完全に『篠ノ之束』を取り戻しす皮肉な事になったり。
「ねぇ、いっくん? この紛い物の事はどうでも良いとして、正直に答えて―――私の事、殺したいくらいに憎い?」
「は? なんすかその重い質問は? 別に俺は貴女に思う事なんて無いですけど? そもそも箒のお姉さんとしか思って――」
「じゃあ、ここで箒ちゃんを傷付けたら――束さんに殺意を持つ? いっくんを導いたそこの彼と彼女と敵対すれば、いっくんは私を殺してくれる……?」
押さえ付けていた感情を解放してしまった束の想いはどこまでも強大で……。
「そんなことを私が許すとでも思いですか姉さん?」
「私は箒ちゃんみたいにはなれなかったからね。
こうでもしなければ、箒と同じ土俵にすら上がれない。
だからこうするしか無かったし――――」
――――――――箒ちゃんといっくんの持つものは、時間こそかかったけど束さんも『持った』よ」
「っ!?」
どこまで狂気に包まれているのかもしれない。
「あ、あんな束……見たことがない」
「お、お前ら! 束お姉ちゃんにまで何をしたっ!?」
「何でもかんでも俺達のせいにしてんじゃねーぞボンクラ……。
だが……チッ……一筋縄ではいかなくなったようだぞ箒、一夏」
「……………」
「っ!? あ、あはは……や、やっといっくんが私を『見て』くれた……! 嬉しい……あぁ、心の底から嬉しいよいっくん♪」
「今更何故……何故あの時点で一夏の味方になってやれなかったんだ貴女は!?」
「下手に私までいっくんの傍に居たら、いっくんだけではなくて箒ちゃんも傷つけられると思ったからだよ。
もっとも、時間はかかったけど、そこの彼が紛い物の力を壊してくれたおかげで、私は解放された」
「………。随分と勝手っすね。そんなに死にたければ自分一人で勝手に死ねばいい」
「そうだね。でも私はいっくんに殺されたい。
ずっとずっと……いっくんが大好きだったから」
「……………」
「だからいっくん達の持つ繋がりを自分なりに解釈した結果掴んだ。
………名付けるならそう――――混厄者なんてどう?」
自分という我を奪われぬ為に独り抗い続けた結果到達してしまった領域。
それが篠ノ之束の選んだ道なのかもしれない。
「わかったよ篠ノ之束さん。
確かに今の貴女は俺の――敵だ」
「ふ……ふふっ! 涙が出るほど嬉しいよいっくん。
いっくんはこれからも箒ちゃんだけを愛してくれるかもしれないけど、今だけは私を――――
そこには最早転生者も、一誠達も入る余地はない。
過去への決着が始まるのだ。
「あははっ!! 自分に正直になって解放するのってこんなに気持ちいいんだねっ! もっとだよいっくん! もっと束さんを傷つけてよっ! いっくんから貰う痛みが好きっ!」
「鬱陶しいな……! アンタとは相容れねぇよ!!」
「ぼ、僕は一体今まで……。束お姉ちゃんにそんな風に思われてたなんて……」
嘘だよ
補足
ちっふーがどっちにも行けず、暫く悩むのが今回の章の題材です。
既に簪さんはへし折れてしまっているので、出番はほぼございません。
悩んだ結果、嘘予告みたいになるのかは知りません。
その2
イッセーが意地悪気味なのは、警戒心は完全に先走ってます。
……まあ、グラグラに熱した茶をわざわざ出さんでもええやんという感じですが。
その3
反対にリアスさんは結構ちっふーを気にかけてます。
当然やまやも色々とあったけど気にかけてます。
その4
キャピキャピメイド状態のちっふーは、どこぞの中の人繋がりかなんかで想像しとけ。
ただ、あまりにもキャピキャピし過ぎてそれまで無表情が舌打ちばっかだったイッセーが大爆笑したので、ある意味成功したのかもしれない……
ミニスカメイドコスであろうともな……。
んで、束さんもまた押さえ付けていた感情を一夏からの無関心がトリガーとなって完全解放されてしまった場合、一気にラスボス間違いなしにジョブチェンジする。
まあ、どれもこれも嘘予告だけど。