最大の違いその1
保護者龍がいます。
その2
お互いに結構素直。
だからナチュラルに――
古賀いたみが、二人を知ったのは中学時代に遡る。
当時から名瀬妖歌と霧島一誠は『その異質さ』という意味で名前も周囲に知られていた訳で、とりわけ名瀬の場合は周囲の対応までも含めての『異質』だった。
教室のど真ん中の席で、行儀悪く穴の空いた紙袋みたいな被り物を被って座り、辺りにはその異質さに嫌悪を抱いた他の生徒達が投げつけたゴミの山。
あきらかに普通ではないその光景は、精神的には普通である古賀には別世界の存在にすら見えた。
教師も、生徒の誰も彼もが名瀬の異質さを前に近寄ることも話しかけることもできない。
しかし、そんな異質さだからこそ、それまでごく当たり前の普通を享受していた古賀には、劇的な何かに見えたのだ。
そして更に言えば、誰も近寄る事すら躊躇わせる程の異質な名瀬に唯一『当たり前のように』話しかける存在。
その存在こそが、見た目だけならそこら辺に居そうな少年――霧島一誠。
「あーあ、昨日掃除してやったのに、たった半日でここまで汚すかね?」
他の生徒達が投げつけたゴミのような物を、毎度毎度平気な顔をして名瀬と話をしながら片付ける彼は、確かに一見すれば普通の少年にしか見えない。
けれど、あの名瀬に平気な顔で接する時点でどこか頭のネジが外れているのではと、周りは解釈するのは必然だし、その実……彼の異質さはある意味で名瀬をも凌駕している。
「ほれ、早く帰ろーぜ? お好み焼きが急に食いたくなっちまった」
「歩くのがだるいしめんどくせー」
「えぇ? ……ったくしょうがねーなオメーは?」
とある時、名瀬に対して『やり過ぎてしまった者』が居た。
『面白い奴だな、気に入った。殴り殺すのは最後にしてやる』
その時、普段はヘラヘラしかしていない彼が豹変し、そのやり過ぎてしまった者を死ぬ寸前まで、嗤いながら殴り続けた。
『ああ、お前は最後に殴り殺してやるって言ったな? ………ありゃ嘘だよボケ』
泣こうが、わめこうが、命乞いをしようが、一切ので心無く、ただ嗤いながら。
『オイオイオイオイ? 今更命乞いとか眠たい事抜かすなよ? そんなのダメに決まってんだろ? はははは、つーかまるで潰れたトマトだぜテメー?』
だからこそ彼の場合は紛いなりにも認識されている名瀬とは違い、存在すらしていないもの扱いをそれ以降されるようになった。
誰も関わりたくない。見たくもないとばかりに……。
けれど、普段は何をされても口を聞くこと無く本を読んでいる名瀬は、そんな彼にだけは普通に会話をする。
仲の良い兄弟のような……連れ添った恋人のような……異体同心のように。
だからこそ古賀いたみはそんな異質な二人に普通であったからこそ抱いたのだ。
己の人生を変える何かを。
箱庭学園で密かに行われていた『完全な人間の創造を目的とした研究』であるフラスコ計画を凍結に追い込んだのも束の間、負完全・球磨川禊が転校した事により、箱庭学園生徒会は、いつ何かをしでかすやもしれない球磨川に対する――それからそんな球磨川に引き寄せられるかの如く次々と転校してくる過負荷と呼ばれる者達への傾向と対策に追われていた。
そして暫く経った後に、全校集会の場において球磨川が発した言葉によって勃発する事になった生徒会戦挙。
早い話が、現生徒会と球磨川自身と球磨川が集めた者達による、生徒会役員を賭けたバトルのようなものであるのだが、球磨川が生徒会長・黒神めだかに向けた解任請求の理由の通り、現在の生徒会は副会長が不在であった。
選挙ならぬ戦挙の為には放置してはならない案件であり、今の状況で急に副会長を任せられる相手は限られる中、黒神めだかはある意味の適任を既に立てていた。
「くじ姉だ。くじ姉なら私が理想とする『副会長像』と一致する」
めだかはそう言うや早いか、周囲の『何とも言えない目』に気づく事無く、サポートとしてその場にいためだかの兄である黒神真黒の賛成の声だけを耳にしながら、早速姉である黒神くじらにコンタクトを取ったのだが……。
「フラスコ計画が凍結となった今、余程オレが暇そうに見えるんだろうが、断るに決まってんだろ」
名瀬妖歌として行動中の黒神くじらは当たり前のようにめだか達の嘆願を断った。
「理由を聞いても……?」
半ば予想はしていためだか達は動揺はせず理由を訊ねる。
くじらだけを呼んだ筈なのに、何故か同行している古賀いたみと霧島一誠―――特に一誠の方をジロリと真黒と揃って睨み付けながら。
「単純にオメー等の小競り合いなんてオレからすりゃあ知ったことじゃねーからだ」
古賀いたみは別に良いのだが、めだかと真黒は十三組の十三人とフラスコ計画の一件で再会したくじらが、普通科クラスにて、最高峰の問題生徒にて、未だめだかの影響が全く効いちゃいない一誠と繋がっていた事に関しては真黒共々嫉妬込みでお気に召していない。
「お、喜界島さん元気? 今夜暇?」
「話しかけないで。私、チャラチャラした男キライだから」
何せ見境がないレベルで女にだらしがない。
会う女子や女性に手当たり次第ナンパばかりするし、苦情レベルとなっても全くやめようともしない。
そんなちゃらんぽらんな男がよもや何年も前に黒神家から去って行方知れずだったくじらと知り合いだったばかりか、聞けば家出後のくじらと同じ時間を過ごしていたらしいではないか。
真黒とめだかにしてみたら、それはもう気にくわないし、腹が立つことにこの男は自分達が見抜けなかったレベルの異常者で、都城王土に敗けを認めさせる異常に到達しためだかをしても赤子扱い同然に叩きのめされたのだ。
「名瀬ちゃんが話してるんだから、少しはおとなしくしてなよ……?」
「どーせすぐ終わるんだろ? だからこうして、水泳部の眼鏡っ娘ちゃんを網膜に焼き付けてるんだぜ」
だから、ハッキリ言えばお前だけは今すぐ帰れ――とめだかと真黒は言いたくて仕方ない。
しかし、厄介な事にそんな霧島一誠をくじら自身が認めている。
こんなちゃらんぽらんな男を……。
「だから断るし、話がそれだけなら帰らせて貰うぞ。
一誠のバカが急に回鍋肉が食いたいって言い出したから、今から材料買わなきゃなんねーんだよ」
「………。くじらお姉さまは料理ができたのですか?」
「……。知らなかったな、僕もめだかちゃんも……」
「一誠と古賀ちゃんと日替わりの当番制なもんでね。
嫌でも覚えただけだ」
「へぇ、つまり奴はくじらお姉さまも作った料理を食べられる訳ですか……」
「実に羨ましいね……!
呪ってあげたくなるくらいに……!」
協力する気ゼロなばかりか、長居する気も全く無いくじらの態度とその理由がまたしても一誠にあると知っためだかと真黒が、嫉妬に染まる。
しかしくじらはそんな二人を無視していると、生徒会・会計である喜界島もがなに何時も通り拒否られてしまった一誠が諦めたのか、くじらに声をかける。
「話は終わったか?」
今の状況に対する無関心極まりないその一言に、めだかと真黒だけでなく、人吉善吉や阿久根高貴といった者達も微妙に腹を立て始めるのだが、本人は至ってマイペースだし、くじらもマイペースだ。
「ああ、終わったから何時までも脈の欠片も無い真似してんじゃねーよ」
「あるかもしれないから声を掛けるんだぜ」
「いや、一誠君は多分どんな人でも脈は無いと思うな?」
古賀も加われば、三人は仲の良い友達同士に見えなくもない。
特に一誠とくじらは、本人達にその自覚は無いにせよ、妙に距離感が近いように見えてしまう。
「おい霧島、一々私の大事な姉にベタベタ触れるな」
「キミがセクハラ気質なのは知っているけど、くじらにまで手を出すのは実にナンセンスだ」
「は?」
だからつい脊髄反射的にめだかと真黒が一切笑ってない目で割り込もうとする。
ここ最近一誠とくじらの関係性を知ってからというもの、この二人は物理的な意味も込めてなんとか一誠からくじらを取り戻そうと必死だ。
「別にベタベタしてないんだけど……。
なぁくじら、俺今お前にベタベタしてるか?」
「いいや別に。
まあ、コイツ等的にはそう見えてんだろうが、オレは思ってないな」
「だよな? ほら、ぐじらがこう言ってるんだから、キミ達の勘違いだ」
「嘘だ!! だって兄であるこの僕が触れようとしたら蹴り飛ばしてくるんだぞ!? なのにどうしてキミなんかがそうやって平気な顔でくじらの頭に手を乗せられてるんだ!!!」
「今すぐにくじ姉から半径五メートルは離れろ!!」
「お、おぉ……?」
無遠慮にくじらの肩やら頭に手を乗せた一誠に、烈火のごとき形相で捲し立てる黒神兄妹に、さしもの一誠も微妙に圧されてしまう。
「第一貴様が何故偉そうにくじ姉に夕飯のリクエストをするんだ!」
「だって当番制で今日はくじらが用意する日だから……」
「それ以前に当たり前の様な態度でくじらの作った料理を食べようとするのがおかしい!」
「おかしい言われても、俺ばっかが用意するのも面白味に欠けるからってくじらが言うから……」
どうやら家出する前のくじらは少なくともこの二人からは家族として見られていたんだな……と、古賀と何やらこっちを見ながらヒソヒソやっている名瀬モードのくじらに対して思う一誠。
元々黒神めだかとは反りが合っていた訳ではなかったのだが、先日に発覚したこの一件以降は、完全に敵視されてしまっている。
別に敵視をされようとも一誠は気にも止めないし、変わりもしないのだが、ここまで来ると一種の鬱陶しさを覚える訳で……。
「一々うっせーな。
別にオレが一誠と何をしてようが関係ねーだろ。
あんまり恥ずかしいから言いたくねーけど、ガキの頃は、コイツにオレは世話になってたしよ……」
「し、しかしくじらお姉さま! 霧島一誠ですよっ!? 目安箱に一日に30件は名指しで女子生徒に対する不埒な行いを辞めさせろと、苦情混じりで投書される霧島一誠ですよっ!?」
「コイツの女へのだらしなさはガキの頃からだし、とっくに『慣れてる』っつーの」
「ま、まさかとは思うが、彼とは不埒な事をしてはいないだろうねっ!?」
「しっ!? ………………………し、してねーよ」
「霧島ァ!!!!」
「のわぁっ!? あ、あっぶねーな!? 確実に後頭部狙ったろ今!?」
「妹を毒牙にかけた時点で死刑確定さ! 黙ってめだかちゃんに蹴り殺されてしまえ!!」
「ごめん被るわ!!」
まさかと思っての質問に対して、顔面が包帯で覆われているとはいえ、明らかに目を逸らしながら動揺したくじらのそのリアクションのせいで、一誠は乱神モードになっためだかに襲い掛かられる。
もっとも、逆ギレ気味にそんなめだかを某伝説の超サイヤ人が、サイヤ人の王子を岩盤に叩きつけるかの様にラリアットでめだかを生徒会室の壁ごと吹き飛ばし、そのままくじらと古賀を抱えて逃走したので、事なきは獲たのだが……。
一誠の性格が万人受けどころか、殆どの異性から嫌われるタイプであるのは一誠の中に住んでいる龍の次くらいにはよく知っている。
知っているからこそ、コイツが女に対してアホな真似をしてようともある程度許容してやってる訳だが、まさか一応の兄と妹がああも一誠に対して敵意を向けてくるとは少しだけ予想外だ。
「なんてバイオレンスなんだ、お前の兄妹は……」
「殆ど縁なんて切れてるんだから、ほっとけと思ってるんだがな」
「そうはいかないでしょ、向こうからしたら……」
まあ、誰であろうが一誠を排除なんて無理だし、オレとしてもコイツの傍を離れる気はねぇ。
コイツの異常性が、限界の無い成長とありえない適応性であるから―――ってのは所詮副産物であって、コイツが本来どういう奴なのかをオレは知っているからだ。
「つーか、くじらに協力を頼もうとしたんじゃなかったのか? いつの間にか俺に対する殺意ばっかだったけど」
「球磨川って人よりもある意味一誠君が大敵ってだけでしょ? 黒神達にとっては……」
「そこまで嫌われる事をした覚えなんて無いんだけどなぁ……」
そういう意味でもオレは一誠から離れない。
憎まれ口だ軽口を叩いてきたりはするが、結局コイツはオレに何かがあれば、
これまで足ばかりを引っ張り続けてきたオレを。
こんなオレを……。
「いっそのこと、一誠君も他の女子に変な事するなをやめて、名瀬ちゃんとそういう関係になってみたら? アタシから見たらもうそんな関係に見える訳だけどさ?」
「俺がくじらと? いやぁ、ちょっとこの子は目付きが悪すぎるし……」
「あ? じゃあ今日はオメーの抱き枕にはなってやれねーな?」
「! う、嘘だよくじら! あ、あれだホラ! 目付きは悪いけど嫌いじゃねーぞ!?」
「……必死過ぎるよ一誠くん。
そんなに名瀬ちゃんを抱き枕にしたいの?」
「冗談で頼んでみたら、普通にさせてくれたばかりか、思いの外具合がよすぎて、最早俺の安眠グッズになっちまったんだよ……」
最初から変な奴だとは思ってたが、今も変な奴のまんまで変わりゃしない。
その癖、わざわざオレに構うんだからよ――ホント、バカだぜお前は?
「その今の言動と普段の行動が伴ってないことへの自覚ってあるの?」
「最近はちょっとだけ……」
「いいよ古賀ちゃん。
コイツが誰にアホ顔晒そうが、どーせ断られて終わりなてわかりきってるからよ」
「く、くじら……! お前はなんて良い奴なんだ……! 俺のこのアホみたいにめんどくさいキャラにまともに付き合ってくれるのはお前と古賀だけだよ……!」
「はいはいはいはい、わかったから一々抱きつくんじゃねーよ、家まで我慢しろ、この図体だけがデカくなった餓鬼」
「………そうやって名瀬ちゃんもなんだかんだで甘やかすから……」
出会った当初は同じくらいの背丈だったのに、いつの間にか俺が見上げるくらい大きくなっただけの、中身はあの時からほとんど変わってない、腐れ縁男に背中から抱き着かれ、古賀ちゃんに呆れられながらオレは一誠の向かう先をこれからも付いていくことを心に刻む。
『……感謝してるぞ、小娘。そして願うなら、これからも頼む』
云われるまでもねーよ、一誠の保護者ドラゴン。
終わり
補足
ぐぬぬされてるけど、ナチュラルに煽っちゃうので、余計敵視されるという泥沼状態。
なにより、名瀬ちゃんもかなり素直なんで、どうしょうもねぇ。
その2
そして、そんな名瀬ちゃんと古賀ちゃんに変な真似をする輩には、スイッチオン……。