……多分ほのぼの
修学旅行の二日目。
何も知らない殆どの生徒達にとってすれば、アスナやネギといって面子達のテンションがかなり低い事に疑問を感じるし、普段は生徒達のノリにそこそこ乗る筈の一誠が無駄にクールに朝食を食べていて、そこに同席する筈の楓や古菲がかなり複雑そうな顔で見ている事も気になるし……。
「おい、口にソースが付いてる」
「食い終わったらちゃんと洗う」
「食事のマナーについては最早何も言わんが、そういうはしたないのだけは控えろ。
そら、拭いてやろう」
「良いよ、自分でやるか――むぐっ」
「全く、世話の焼ける副担任だ……ふふ」
エヴァンジェリンが一誠の世話を甲斐甲斐しく――若干楽しそうに焼いている。
元から変な怪しさを一誠とエヴァンジェリンの間にはあった気はしたが、ここまで大々的な接し方を見たのは多くの生徒達にとっては初めてだったし、普段は何をしても退屈そうな顔ばかりのエヴァンジェリンが、あれこれと小言を言いながらも、満更ではない顔をしているのを見るのも初めてだ。
「前からちょっと怪しいと思ってたけど、まさかよね?」
「いや、アレってそういう感じというよりは、お母さんと子供ってな気がする」
「あぁ……なるほど。
というか、やっぱり仲良かったんだねあの二人」
ひそひそと、独り身には入り込めない様な気がする空気を醸し出している二人に、生徒達は驚き半分でただただ眺めている。
そんな中を古菲と楓は昨日知った一誠の放つ『洒落ではない殺意』を今の今まで気づけなかった事を悔やみながら、寂しげに見つめているし、ネギ、アスナ、カモ、刹那はスイッチの切り替わった一誠の凶悪さに、これまでの接し方が出来ずに足がすくんでしまっている。
「今日は奈良で自由行動だが……」
「生徒達の事はネギ先生に任せて、俺は残りの鬱陶しい連中を片付ける」
「………。まあ、今のお前ならそう言うだろうな。
良いだろう、私と茶々丸もお前に付き合ってやる」
「……別に俺一人で良いぞ。
お前だって折角自由に戻れたんだから、観光でもしてれば――」
「もうそういう事も何時でも出来るし、お前に単独行動をされると、京都と奈良どころから、関西地方より南側を地図から消し去ってしまうかもしれんだろう?」
「…………」
「別にそこまで強く止める気はないが、その内鹿児島や沖縄にも行きたくなるかもしれないから、お前に消されては困る――まあ、そういう事だ」
「今のイッセー様の心理状態で激怒されれば、下手をすれば日本が地図から消滅するとデータに出ています」
「そこまで思いきらないよ俺だって……」
「万が一の保険だよ。とにかくお前に拒否権は無いからそのつもりでな?」
「………わかったよ」
京都に良い思い出が無いせいで、怒りの沸点が極端に低かったりと不安定な今のイッセーを一人にはできないとエヴァンジェリンの半ば強引な同行に渋々頷く。
この時点で最早ナンパがどうとかという件もイッセーの頭の中から消し飛んでいるので、エヴァンジェリンの判断はほぼ正解だったりするのだ。
テーブルから身を乗り出しながら、イッセーの口をエヴァンジェリンに拭かれたイッセーは、そのままもそもそと食事を続ける。
そしてエヴァンジェリンは、昨日の現場に居た面々が困惑した顔で此方を見ている事に気付くと、取り敢えず悪の魔法使いっぽい笑みを見えておいた。
……まあ、容姿のせいで幼子のドヤ顔にしか見えなかったのはご愛敬だ。
そんな予定をイッセーが立てた事を知らない状態で、奈良県へと移動したネギと生徒達。
そして、自由行動の時間となったと同時に、イッセーとエヴァンジェリンがネギに一言声をかけようと話しかける。
「申し訳ないけど、暫く生徒達の事を頼んでもよろしいか?」
「っ!? そ、それは構いませんが……」
いきなり話しかけられてビックリ――とは明らかに違う、戸惑いと困惑の表情のネギの態度を敢えてイッセーもエヴァンジェリンも無視して話を進めようとすると、同じくスイッチの入ったイッセーの凶暴さを目の当たりにしたアスナが、少し警戒した面持ちで話に入ってくる。
「ふ、二人で何する気よ? 例の猿女はアンタが昨日半殺しにしたんだし、その前にも何人かやっちゃったんでしょう?」
「結局あの後仲間の有無を確認したんだが、歯をブチ折ったせいで何言ってんのか聞き取れなかったんだ。
だから、それらしい連中を探しだして、何かされる前に消えて貰おうってな」
「……あの猿女みたいにするわけ?」
「猿女とは言い得て妙だな。
なに、コイツがうっかり殺しそうになる前に私が止めてやる。
良かったな、別に坊やがあのジジイからの頼み事とやらがどうなろうが、近衛が拉致されてしまおうが正直私はどうでも良いが、紛いなりにも副担任のコイツが動く以上は、私もそれなりに手を貸してやる」
『…………』
ニヤニヤ顔のエヴァンジェリンに、アスナとネギとカモはこれまでも、手段こそどうであれ結果的にイッセーに助けられているので何も言えなかったし、ここで断った場合、襲撃者の残党達からの攻撃から生徒達を守れる自信が無いので断れもしなかった。
昨日の出来事を目の当たりにしたせいで、ネギにはすっかり自信が無くなってしまっていたのだ。
「す、すいません……! 僕が不甲斐ないばかりに……」
「ふん、初めから坊やをあてにした事なんてない」
「うぅ……」
「そ、そんな言い方しなくても良いじゃない。
ネギだってネギなりに――」
「子供には手に余るなんて私でも見てればわかる。だから、コイツが動いているのだ。
手段はどうであれな――だからお前達はこの一般人共を上手くコントロールしてれば良い」
「「………」」
スプリングフィールドに対して最早因縁も関心も消し去っているエヴァンジェリンの言葉に、ネギとアスナも何も言い返せない。
結局、やり方はどうであれ、京都に到着したと同時に動いたイッセーのお陰で、未然に防げた事の方が多いのだから。
「それじゃあ頼むぜ」
「精々観光を楽しめよ坊や?」
「それではまた」
奈良公園の出口に向かって去っていくイッセー、エヴァンジェリン、茶々丸を複雑な眼差しで見送ったネギ達は、これからどうなってしまうか……別の意味で不安を感じるのだった。
そしてその別の意味での不安は、またしても魔法関連の事が生徒の一人にバレてしまったというある意味で的中する事になってしまい、ネギの自信は更に無くなってしまう。
だから、ホテルに戻ってきてイッセーとエヴァンジェリンに相談してみようと合流したのだが、妙にスッキリした顔のイッセーの拳にべっとりと血と何者かの奥歯と前歯が刺さってたのは見なかった事にした。
「またバレた? しかもベラベラ喋りそうな朝倉に?」
「く、車に猫がひかれそうになったので、つい魔法で助けたらそれを朝倉さんに見られてしまって……」
「それで? 確かあの朝倉和美というのは、マスコミ思考のはずだ。
そのまま面白おかしく世間に広めようとしたんじゃないのか?」
「は、はい。
でも何とか説得して広めるのは止めて貰えましたけど……」
「ご覧の通り、協力させろって訳か………朝倉?」
「この朝倉和美、カモっちの熱意にほだされてネギ先生の秘密を守るエージェントとして協力させてもらう事にしたよ! それにしても、兵藤先生とエヴァンジェリンさんがネギ先生の秘密を知ってるということは、二人も魔法使い?」
「いや、俺は違う」
「大まかに言えば私はそうだ。
もっとも、これはただの親切心で言ってやるが、そこの坊やについては誰に言いふらそうが構わんが、死にたくないなら特にイッセーについては誰にも喋るな。
その首と胴体が明日の朝日拝む前に別れる事になるということが嫌ならな……?」
「え……あ、う、うん」
異様な迫力のエヴァンジェリンを前に、マスコミ思考の朝倉和美も素直に頷いた。
イッセーとの変な距離感について聞ける空気では無かったし、結局和美は黙って従うのだった。
この日、結局古菲と楓は何時もの調子でイッセーに話しかけられなかった。
いや、本当は奈良での班別自由行動の時点で話しかけてやろうとは思っていたのだけど、エヴァンジェリンとさっとどこかへ行ったきり見つけられなかったのだ。
お陰で昨日からギクシャクしたままだし、その間にエヴァンジェリンに先に行かれるしで、二人のモヤモヤさはピーク状態であった。
だからこそだろう……急に和美が、ネギ先生とラブラブキッスがどうたらこうたらと言い出した時、二人は便乗する事にした。
要は学年主任の新田先生の監視を掻い潜ってネギ―――もしくはイッセーの部屋にたどり着いてキスしたら勝ちというゲームのようだが、参加人のほぼ全員の目的はネギだし、和美も何故だかネギとキスした方がポイントが高いとやけに推している。
和美が何を企んでいるか――等はこの際二人にとってはどうでもよかった。
「こ、これしか無いアル」
「ああ、幸い他の参加者は全員ネギ坊主目的で、イッセーの事は眼中にすら無いみたいだからな」
もし成功したら賞品がどうとか和美は言っているが、楓と古菲は賞品には何の興味も無い。
とにかく他の連中がネギに群がっている隙に自分達はイッセーの部屋に向かえば良いし、あわよくば……。
「昨日はちょっとビックリしただけアル。
イッセーくんがちょっとクレイジーだったとしても関係無いアル」
「ああ、寧ろああいう野性的な一面も良いでござる。
というか、あの状態のイッセーともし接吻なんてしたら一体どうなってしまうか、そっちの方が興味深いでござるよ」
そんな事を思いながら徒党を組んだ二人は、他の者達が倍率MAXのネギの部屋に向かっては新田先生に取っ捕まっている隙に、割りと簡単にイッセーの居る部屋に到着した。
「よし、開けるアル……」
「う、うむ。何故か緊張してきたが、ここで退いては何時まで経ってもエヴァンジェリンに勝てないでござるからな。
せーので一気に入ろう……!」
「「せーのっ!!」」
そして二人で同時に部屋の扉を開け、勢いそのままに中へと上がり込むと……。
「「…………」」
「「…………」」
ちょうど耳掻きを持っていたエヴァンジェリンと、そのエヴァンジェリンの膝に頭を乗せて横になって耳掃除して貰っているイッセーの姿がそこにはあり、暫く沈黙した空気が流れたそうな。
「………。何だお前ら? そろそろ消灯時間だろ」
「…………。イッセーくんこそ、エヴァンジェリンと何してるアル?」
「見ての通りの耳掃除だが?」
「………。さも当たり前みたいな顔して言われると腹が立つでござるな」
まさかエヴァンジェリンが先客で居るとは思わなかったし、またしても……しかも今度は物理的な意味での距離感の近さに、さっきまでの気まずさも消し飛び、エヴァンジェリンに抗議する。
「というか、何でゲームに参加してないエヴァンジェリンが普通に居るアル!」
「ゲームだと? 何の話だ?」
「実は和美が言い出した事で、新田先生に見つからずにネギ坊主かイッセーくんの部屋にたどり着いてキスできたら勝ちってゲームアル!」
「もっとも、参加者は拙者達以外ネギ坊主目当てだったから簡単にここまで来れたけどな」
「朝倉が? ……………何か裏がありそうだな」
二人の説明に、和美が黒幕と知ったイッセーが和美が何かを企んでいると、エヴァンジェリンに耳掃除されながら考える。
「だからキスするアル! したら勝ちアル!」
「何がだからだよ。
やらねーよ、部屋戻って早く寝ろ」
「………。まあ、そう言うだろうとは思ってたでござる。
だが、エヴァンジェリンとそのようは事をしているのは納得できないでござる」
「お前等の納得等私は知らんよ。
そら、今度は逆側だイッセー」
「ん」
だが今は耳掃除の最中なので、考えるのをやめたイッセーは、うーと唸ってる楓と古菲を半ばスルーし、エヴァンジェリンに言われた通り、逆側の耳を掃除して貰う為に古菲と楓側に向けていた身体を反転させ、エヴァンジェリン側に向ける。
「む、こっちも結構溜まってるぞ」
「綿棒切らしてたからなぁ……頼むわぁ。
お前の耳掻き結構良い感じだし」
「褒められてる気がしないな」
「「………」」
とか言いつつ満更でもなさげにやってあげてるエヴァンジェリンに対してムカッとなる古菲と楓は、ちょうどイッセーの顔がエヴァンジェリンの腹部に密着していることに気付き、スケベだハレンチだと騒ぎ立てる。
「す、スケベアル! それは駄目アルイッセーくん!」
「そ、そうだぞ! そ、それじゃあまるでエヴァンジェリンのアレにアレしてるみたいで……!」
「……。どうしてお前ら小娘はそういう色ボケた事ばかりなんだ?」
呆れた顔をするエヴァンジェリンの余裕さに、二人はますますモヤモヤさせていく。
「だ、だったらそっちの耳は私がやるアル!」
「いや、ここはイッセー好みの身体である拙者が……!」
「………。だ、そうだがどうするイッセー?」
「コイツ等にやらせたら耳掻きで鼓膜貫通させてきそうだから嫌だ」
エヴァンジェリンの腹部に顔を埋めた状態で断るイッセーに、ぐぬぬと悔しがる。
「キスとやらは諦めるんだな。
元々コイツの女の趣味は知って――」
「………。エヴァって良い匂いするよな。
結構安心する匂いで、俺好きかも……」
「―――い、イッセー、この状況でいきなり何を言い出すんだ?」
「や、ふと思ったから……」
「「…………」」
「お、おい小娘共、お前達にそんな目で睨まれる謂れは無いぞ?」
エヴァンジェリンが二人に諦めろと言うのと同時に、突然イッセーがポロっと言ったせいで、暫くエヴァンジェリンは二人から悔しげに睨まれ、イッセーの言動もあって微妙に居心地が悪かったのだった。
「あとエヴァの腹って良い感じに温いから、良い感じに眠れそうだ。
なぁ、今日このまんま寝て良いか?」
「へ………?
あ、べ、別に私は良いが……お、お前酒でも間違えて飲んだ訳じゃないだろうな? さっきから――っ!? ちょ、おい!? く、くすぐったいから顔をグリグリするな!!」
「なんだこれ? 何で今まで気づかなかったんだ!? エヴァ、お前すげーぞ? めっちゃ寝心地が良い」
「私は枕かっ!!」
「……泣いていいアルカ?」
「奇遇だな、拙者も泣きたくなってきたでござる」
終わり
補足
奈良に行っても探しに行き、始末したもよう。
これで少なくとも、色々な展開が無いまま終わりそう。
その2
例のイベントがあっても、皆ネギきゅん目当て立ったのは言うまでもないので、楽に来れた。
しかし、いろんな意味でのラスボスが立ちはだかったとさ。
その3
急に素直に言われて、割りとテンパるエヴァにゃん。
その後、腰に腕を回されてホールドされてしまったので、動けなくなったとかなんとか。