世界を――いや
ただの人から
自身の全てを奪い取った者達への底尽きぬ報復心が、ただの人から最後の赤龍帝へと変え―――――やがて星をも超越した化け物へと変貌させた。
その果てに男は全てを壊した。
自分の自由を奪った者達と、自分の生き方を奪おうとする者達の全てを。
それでも人でなしへと変わり果てた青年の進化は止まらない。
全ての龍の頂点へと到達した相棒と共に、人でなしと化した青年の成長は永遠に止まることはないのだ。
その赤き龍の――ある意味で正しき系譜に乗り込んだ者達もまた……。
私は姉という存在が怖い。
規格外とも呼べるなにかを保有している以上に、何を考えているのかがわからないからだ。
このISが国の中心となる世界を作り上げたのも姉だし、まるで姉が世界を手に転がしているような気がしてならないもの恐怖でしかない。
しかしそれ以上に怖いのは、姉が常にその場には居ない『誰か』を見ている様な気がしてならないのだ。
肉親でもなければ、姉の唯一といえる『友人』でもなければ妹の私でもない――きっと私の知らない『誰か』の幻影を追い求めている……そんな気がするのだ。
それが一体誰なのかはわからない。
私から聞いた事なんて無いし、聞いてもきっとあの姉の事だからはぐらかされてしまうだけだから。
唯一の手がかりといえば、姉がその誰かの事を考えている時は、常に何時負ったのか誰にもわからない、肩の傷跡に触れている。
親にも世界にも関心を持たない姉が、下手をすれば唯一の友人よりも執着する者とは一体誰なのか……。
妹なのに私は知らない。
だから私は姉が怖いのだ……。
そんな姉に頼る形で、私は一夏の傍に少しでも近付こうと、専用機を作ってくれる様に頼むと、姉は専用機を私に『プレゼント』しに来た。
臨海学校の課外授業の最中に、慌ただしくやって来た姉に、クラスメート達は驚いた様子なのは、姉がISを生み出した張本人だからなのは今更の事だ。
一夏や、姉の友人である千冬さんや私に対する『挨拶』もそこそこに、『紅椿』と呼ばれる機体を大袈裟なデモンストレーションと共にお披露目する姉。
私がその紅椿を受け取った時、クラスメート達の一部が『不公平』だと呟いているのが耳に入ってしまった時は少し居たたまれない気持ちにさせられたけど、そんなクラスメート達を姉が一言に切り伏せてしまった。
そしてセシリアが挨拶をした時も、姉は『確実に見下す様な目』と、他人ごときが自分の
それにより、この場に居る者は、篠ノ之束がどんな人間なのかを少しは知る事になった訳だけど、姉は他人からどう思われようが知った事ではないとばかりに、私に紅椿の機体説明とフィッティング作業を同時に、マイペースに行う。
そんな姉を久々に見て私が思った事はひとつ――相変わらず他人をどこまでも見下している目をしている……だった。
そして思うのだ。
姉にとっては千冬さんや一夏も……そして私にですら本当の意味では心を許してはいないのだろうと。
そして、そんな姉が執着する『誰か』は一体何なのだろうか……。
紅椿をある程度乗り回し終えると同時に、慌てた様子の山田先生が千冬さんに何かを伝えに来たと同時に私を含めた専用機持ちが呼び出されるその瞬間まで、私は何と無く考えるのだった。
とある軍用ISが暴走してこの近くの海域を通過する―――という事で、一夏、セシリア、鈴音、シャルロット、箒―――そしてラウラは千冬に命じられ、その暴走した軍用ISを止める緊急任務を言い渡された。
その作戦会議中、束が現れて箒にプレゼントをした紅椿が使えるとセールスマンみたいな売り込みをしたりと色々とあったが、問題はそこではないのだ。
束にとってこれは
この作戦に加わったラウラがその邪魔をするとは考えにくいが、一夏と箒に経験を積ませる為にはラウラにでしゃばられても困る。
だからわざわざ現れて、わざわざ『紅椿と白式』の機能をペラペラと喋ったのだ。
ラウラもそれに気付いたのか、何か言いたそうな顔をしながらも必要最低限のフォローをすると無言で気づかれないように頷いた。
これで良いと束は少しだけ満足そうな表情を浮かべる。
これでアイツから暫くの間おチビちゃんを引き剥がせると……。
「よしっと、紅椿の展開装甲の調整は完了したよ。
後は箒ちゃん次第だけど、お姉ちゃんは大丈夫だと思ってるから頑張ってね?」
「…………」
「おい待て束。
………何処へ行く?」
「んー? ここに来たのは展開装甲の説明と調整の為に来ただけで、用も済んだしちょっと遊びに行こうかなってね……」
「遊びに……?」
「そーそー、今なら『邪魔』されずに済みそうだしねー……?」
『邪魔?』
「ん、こっちの話さ。
じゃあ頑張ってくれたまえよ若人達?」
「……………」
目の上のたんこぶであるラウラが傍に居ない今こそ、アイツを呼び出すチャンスである事を千冬達には適当な事を言って煙に巻いた束は、去り際にラウラに意味深な視線を一瞬だけ向けながら部屋を出ると、ここ最近は無かった、『とても軽い足取り』で密かに相手を呼び出しておいた海岸に向かう。
「…………」
嵐を予期するかの様な風が吹く海岸に、束の云うアイツ―――一誠は居た。
規格外を越えた
人から人でなしへと変貌した怪物。
赤き龍を宿した最後の赤龍帝。
そして、束がこの世で最も嫌いな男。
「やあ、一応指定した時間通り来てはいたんだ?」
嵐の前触れを思わせる暗い灰色の空を見上げていた一誠に、束はほんの少しだけ間を置いてから話しかけた。
すると一誠はラウラとは違った――どこか憂いを帯びた視線を束に向ける。
「束ちゃま……」
唯一この世で彼だけが呼ぶ彼なりの束の愛称。
最早そう呼ばれる事に束は抵抗を覚える事は無かったが、やはりこうして一誠と向かい合うと思う事はひとつ。
そんな顔をするお前が大嫌い。
「その腹が立つ腑抜け顔はやめてって言ったよね? アンタの頭脳が鳥並みなのは知ってるけど、何度も同じ事を言わせないで欲しいね?」
「ああ……ごめん」
だから束はつい攻撃的な口調になる。
それは奇しくも妹の箒が一夏に対する照れ隠しにも似たものであるが、束の場合はそんな単純なものではない。
「俺に何か用なのか?
ラウラ師匠とイチ坊達がこれから一仕事するのを見てなくて良いのか?」
束にとって、目の前の―――今は一応年下となっている男との関係はそんな薄いものではないのだ。
「何? 用が無いとアンタを呼び出しちゃ駄目なんて決まりは無いでしょう? 随分と偉くなったもんだね?」
「そういう訳じゃないんだけど……。
イチ坊達のサポートは大丈夫なのかなって……」
「お膳立てはしてあげたし、後はいっくん達次第だよ」
それなのに、一誠は何時もこうだ。
常に束に気を使う様な態度。
それが束は気にくわない。
……ラウラにはそんな態度をしないで、アホみたいに懐いている癖に、自分と居る時は居心地が悪そうな態度なのが束にとっての苛立ちのひとつなのだ。
「やっぱり、仕組んだのは束ちゃまか」
「だから何? 人を勝手に自分側に引きずり込んで量産しまくったどこかの種蒔き男に比べたら可愛いもんだと思うけど?」
「…………」
「怒った? 好き勝手罵倒されて怒った? 逆ギレしたければしてみなよ?」
「いや……ある意味束ちゃま言うとおりだよ。
俺はどこまでも中途半端だったよ――あの子達を育児放棄したも同然だ」
どれだけ挑発をしても乗って来ない。
何時だって自虐的な表情で束から目を伏せる。
これまでも、そし今も。
ラウラには向ける表情を自分には向けない。
「へー……? この束さんとあのおチビちゃんとじゃ随分態度が違うんだ? 私におチビちゃんの事を黙ってたのも嫌味のつもり?」
「てっきりキミも知ってるとばかり思ってたんだ。
だから嫌味とかじゃなくて――」
「馬鹿な犬みたいにあの子にだけは懐いて、アンタの方が遥かに化け物の分際で、師匠だなんてくだらねぇ呼び方して、あの子に優しくされりゃあアホみたいにコロッと落とされてんじゃねーよ……!」
ラウラには子供みたいな顔で笑う癖に。
ラウラの傍では心底安心しきった顔して眠る癖に。
「その同情でもするような顔を私に向けるなっ!!」
何時だって自分にはそんな顔をしたことは無かった。
それが束には何よりも気に入らない。
「いっくんもちーちゃんも、あの暗部の姉妹もこの時代ではアンタとは関係無い。
関係があるのはあの子と私だけ……! なのにアンタはどうしてあの子には向けるものを私には向けないんだよっ!?」
「…………………」
「私がアンタの肉片を食いちぎって奪ったから!? アンタの領域に無理矢理入り込んだ紛い物だから!? ああ、そうだよ、私は所詮あの子とは違った邪道さ!」
気付けば束は一誠に詰め寄りながら、心に抱える大きすぎる感情を爆発させていた。
何をしても、どんな事をしても振り向かない……。
どこまでも思い通りにならない――越えられぬ壁であり続ける男に。
「嫌い……! 大っ嫌い!! そんな顔をするアンタが。
あの子だけを贔屓するアンタが大嫌い!!」
「俺は――」
「知ってるよっ! 私よりあのおチビの方をアンタが好いてる事なんてね!!
そうさ、こんな態度しかできない私なんかより、あの子の方がそりゃ良いよな!?」
まるで今の束の感情を思わせる強い風が吹き荒れる中、束と同じ箇所に唯一残る一誠の腕の傷跡を爪が食い込んで血が滲む程に強く握り、駄々をこねた子供のように感情を剥き出しにする。
唯一挫折と敗北を植え付けた男が、本当の意味で見てくれない事が……。
「許さない……。
今更アンタを手放すもんか……その為にここまで来たのに、アンタと同じように、そう簡単に死ねなくなったのに……。
良いさ、アンタがこの先も私を見なくても、私はアンタを逃がさないし許さない……! 永遠にアンタに付きまとってやる! あはっ♪ あはははっ! ザマァ見ろ、アンタは―――アナタは、私から逃げられないよ? 永遠にねっ……!」
全てはこの男を自分のモノにする為に。
ラウラとこの先どうなろうが、自分を見ずとも関係無い。
束が今を生きる理由は彼の存在があるからなのだから。
「アナタみたいな変態男は閉じ込めた方が世の為だもんね?
だから私しか知らない場所に閉じ込めて、ずっと監視して……ふふ、もしアナタがヤりたくなったら、嫌で嫌でしょうがないけどヤらせてあげる……。
あー……嫌だなぁ、リミッターの外れたアナタに無理矢理孕まされるなんて……ホント嫌だなぁ……♪」
「……………………」
『……どうする気だ一誠? この小娘はそう簡単に折らんぞ?』
それが篠ノ之束の、意地だから。
補足
黒いウサギさんに赤い龍犬が懐いてるのが、死ぬほどムカつくクレイジーなウサギさん。
ごめん言われてるから、余計クレイジーメーターが振りきれた模様。
それでもこの時代のちーちゃん達には普通の天災を演じてる辺りの精神力もぶちギレてる。
その2
好きか嫌いかでいえば、大嫌いです。
大嫌い言いながら、目を逸らすと抱き締めながら嫌い言うので、一誠もどうしたら良いのかわからないらしい。
その3
悪い意味で束ちゃまの覚悟入りました