規格外と呼ばれても、彼の到達した側の才能は欠片も無かった。
だから、親友とその弟を自分が理解できない領域へと連れ去った龍を宿す異常者を憎んだ事もあった。
その感情は自分と同じく、扉を開く事が出来ない者達も同様であり、妹もまた想い人を変える事になった男を最後まで憎み続けた。
しかし彼女は――天然の規格外と呼ばれた彼女だけは憎むだけに留めることは無く、強引に彼の立つ領域へと侵入した。
彼の肉体を食いちぎり、その一部をその身に埋め込むという歪な方法で。
だから彼女は、方法こそ違えど、ある意味でラウラに似ているのだ。
彼という存在によって、永遠に開ける事など無かった筈の扉を開いたという意味では……。
そんな特殊な繋がりとなったからなのかは定かではないが、彼女は同じように過去をやり直す事になった。
徹底的に親友とその弟との接触を彼に禁じ、されど自衛手段を失うことになる姉弟を影ながら守れと命じて。
本当ならその役目は自分がするべきなのだろうが、近くに居続ける事はできない。
なので、かつて二人の親代わりであった彼にその役目を嫌々ながらも譲ったのだ。
決して姉弟に深入りせず、その技術を教えず、ただ悟られずに守る事を。
認めたくはないが、彼は自分に――――篠ノ之束に唯一初めて『敗北した者』の気持ちを叩き込んだ男なのだから。
だから……だから……。
『すぴー……』
『そろそろ着くみたいだけど、まだ兵藤は寝てるのか?』
『着いたらちゃんと起こすつもりだから、あまり気にするな』
『気にするなと貴女はおっしゃいますがね……。
当たり前のように貴女の膝で眠っているようなお姿を見せられるせいで、微妙に恥ずかしい空気になってしまっているのですけど』
自分に黙って、
『すぴー……』
『幸せそうな顔して寝てるわ……』
『ホントにラウラちゃんが好きなのね、兵藤くんったら』
『どうかな……。
コイツの中での『好き』と、私の中での『好き』の意味は違うのかもしれないからな。
……まあ、それでも構わないがな……ふふっ』
『聖母だ……聖母が居るぞ……』
ここ最近不覚にも知ることになったラウラという、自分と似た理由で扉を開いた少女に対して異常に距離感が近い一誠の姿に、篠ノ之束は、右肩の傷跡を強く――爪が食い込む程に押さえながら視ているのだ。
「………………。
私にとって、一番の脅威と呼べるのが篠ノ之束である。
三年前に一誠と僅かな時間の再会を果たした時から、彼女がこの世界の普通の彼女ではない事は既に聞いたので知っている。
彼女は、私以上に強引な方法で一誠の領域に踏み込んだ者だ。
それは今生でも変わらないらしく、年齢が逆転して今の一誠より年上である彼女から色々とされたのも知っている。
その証拠に、かつて様々な傷跡を全身に刻まれていたものが消えた一誠の身体には、ただひとつだけ傷跡がある。
「うーむ、イチ坊が女の子とあんなにも普通に遊んでいるとはなぁ……」
「ああ、本当に別人そのものとしか思えないぞ」
その傷跡は、寮の部屋が一緒になってからは毎日一緒になって風呂に入る時に見ている傷跡。
腕にある――何者かに食いちぎられた様な痕。
「お、見ろ。凰さんに肩車させられてフラフラだ。
……意外と足腰弱いのか?」
「私が知る織斑一夏だと、乗られた瞬間、凰を水切り宜しくに海に向かって投げ飛ばした後、お前に肩車をせがむだろうな」
「あー……あんまり否定はできないかも」
その傷跡の正体は知っている。
だからこそ、私は彼女を脅威に感じている。
彼女は初めて会った時から、一誠に対して憎悪に近い感情を向けていた。
「お? ちーちゃんと山田先生だ。
ふっ、こうして見ると、ちーちゃんも普通に育てば、普通の女の子なんだなぁ……」
「……。今の教官も充分教官らしいのに、お前くらいだろ、教官をただの女の子だと思えるのは」
「そうっすかね? にしても、何時見ても山田先生ってすげー
「…………どうせ私は戦闘力3のゴミだよ」
「う……!? い、いや大丈夫っす!
だが、私だからあの時から解った。
篠ノ之束は確かに一誠を本気で憎んでいたのだろう。
だが、それと同時に一誠が到達し、自身が理解できない領域に一種の羨望を抱いていたのだと。
だから、初めて本当の挫折と敗北感を叩き込まれた一誠に対する憎悪と同時に持つ感情を……。
それはまだ一誠を知らなかった私が抱いていたものに近く、一誠を知ってから抱いたものにとても近い……。
「…………。篠ノ之ちゃんの様子がおかしいな。
何時もだったらオルコットさんとか凰さんなんかと張り合ってるのに、妙に静かだ」
「劣等感だろうな。
自分だけ彼や彼女達と違って専用機を持っていないという疎外感さ……」
「あの時と同じか。つまり――」
「間違いなく彼女は現れる」
「……。だよな。
まあ、他人のフリをしてくれる筈だから、大丈夫だと思いたいけど……」
そうでなければ、一誠の身体の一部を自分の身体に埋め込んでまでして、一誠に近づこうだなんて考える訳もない。
………指摘したところで、彼女は絶対に否定するだろうがな。
その点においては私と彼女は違う。
「ところで、三年前に一度会っていた事を彼女に言わなかったのか?」
「へ? そうだけど? だって別に言わなくてもあの子にはすぐバレてるだろうし……」
「……………。嵐が来るな」
「へ? そんな気配なんてしないっすよ?」
それなのに、一誠自身は例え互いの年齢が逆転しても彼女を子供扱いする。
だから拗れるというのにな……。まあ、わざわざ脅威相手に塩を送るような真似なんて私もしないから言わんがな。
「もたもたしていると、一誠を本当に私の嫁にしますよ……博士?」
「師匠師匠……? それ昔から思ってたけど逆っすよ?」
一夏と千冬が
そうする事で妹の箒の想いが最期まで報われないという未来を今のところは回避しているという意味では束とて満足である。
この状態で果たして報われるかは別にしても、一夏から徹底的に他人扱いをされないだけでも大分マシなのは間違いないのだから。
だから、今の世界については特に不満はない。
領域を知らない事で、一夏と千冬の力はその特殊な出生を除けばただの
後は、一夏と千冬を取り巻く厄介な事を所々消し、一夏が自立をしさえすれば、
そうなれば、一誠が今後余計な真似をしない様に束だけしか知らない場所に封じ込め、永遠に飼い続ける。
それが今生における篠ノ之束の目標だった。
だから、年下となった一誠を探し当てた時から、徹底的に一誠に釘を刺してきた。
絶対に一夏と千冬に余計な事をするな。教えるな。話すな。触れるな――と。
何の因果か、今生では一夏と同い年である一誠をIS学園に送り込む決意をしたのは賭けにも近かったが、確かに一誠は約束した通り、必要以上に一誠や千冬――そして箒と関わることを避けた。
そして、あの忌々しい暗部の姉妹とも、全くの接触をせずに。
自分の言うことを聞いているという点では、束はゾクゾクとした。
最期まで自分をガキ扱いしてきた一誠が自分より年下で、自分の言うことをなんでも聞く。
まったくもって愉快で、愉悦で、ゾクゾクさせる。
…………。あの銀髪の小娘さえ居なければ。
「…………」
唯一一誠が自分に背を向けた真似とすれば、まさにこれだろう。
まさか一誠が三年も前に自分に近いやり方で一誠の領域に踏み込んだ小娘……ラウラと会っていたなんて。
だからIS学園に入って二人に悟られずに守れと言った時、一誠は素直に頷いたのだと思うと、腸すら煮えくり返るし、何よりも腹が立つのが、一誠がラウラに対して明らかに好意を持っている点だ。
自分より弱いラウラを師匠だなどと呼び、飼い犬みたいに懐き、イチャイチャばっかりしている。
「私の言った事を忘れて、盛ってんじゃねーよ……!」
ムカつく……。ムカつく……! ムカつくっ……!!
自分に見せた事なんて無い、楽しそうなその顔をラウラには向けているのも。
ラウラがそんな一誠を受け止めていて、一誠もまた幸せそうな表情であることも。
当たり前みたいに同じ部屋で、同じ寝具で眠るのも。
当たり前みたいに互いにその力を高め合う鍛練を楽しげにしているのも。
当たり前みたいに風呂に入っているのも。
当たり前みたいに、寝起きの一誠にキスをするのも。
そんなラウラに心底心を許している顔の一誠が。
それ以上に、そうさせているラウラが。
束は自分でもわからない程に気にくわなかった。
『もたもたしていると、一誠を本当に私の嫁にしますよ……博士?』
挙げ句の果てには、空から視ていた自分に向かって宣ったラウラのこの台詞は、束のプライドを刺激した。
「オーケー、この束さんに喧嘩売ってるって事だね? 上等だよおチビちゃん、買ってやるさ」
ラウラの存在を感知できなかったのは自分のミスである事は認めてやる。
「別にそんな奴なんて要らないけど、売られた喧嘩は買う主義だからさ。
誰に喧嘩を売ったのかを教えてやるし、後悔させてやる」
一誠を制御できるのはこの世で自分だけだと慢心していたのも認めてやる。
だから束はそんなラウラからの『宣戦布告』に応じるかの様に……一誠やラウラと同じ赤きオーラを全身から解き放つ。
「ホント、別にキミと違ってアイツなんて『大嫌い』なんだけどねっ……!」
左肩に残る彼の一部を指でなぞりながら、不敵に笑う――これが篠ノ之束なのである。
「!? 師匠……」
「ああ、やはり上から視ている様だ……彼女が」
「大丈夫かな? 微妙に不安だ……」
「大丈夫さ。彼女は少し意地っ張りなだけなんだ」
「そりゃ知ってるけど……嫌われてるからな俺……」
「……………。まあ、そう思っても仕方ないか」
終わり
この世でたった三人である赤き龍の系譜を持つ者達は、邂逅する。
「ひとつ聞いても良いか?」
「なに?」
「……師匠がイチ坊達と押さえ込んだISを暴走させたのは束ちゃまか?」
普通に育った一夏が仲間達と共に、ラウラの影ながらの援護を受けながら、ISを進化させることで倒した軍用ISについて、嵐が去って天の川が広がる夜の海岸にて訊ねる一誠。
「だったらなに?
そこそこ修羅場を潜らせないといっくんも自立なんてできないでしょう?」
「……………」
「あっれー? 怒った? 怒ったの? 他人を異常者に引きずり込んで人生滅茶苦茶にしてきた男にとって、こんな程度は可愛いものじゃん?」
「……。ああ、確かに否定なんてできやしないよ俺には。
キミをそうさせたのも――元を辿れば全部俺のせいだからな」
「………あ?」
そんな束の挑発的な返しに、一誠は目を伏せるだけで束を咎める様な事はしなかった。
「キミがそうなったのも、全部俺が中途半端にしてきたせいだ。
だから俺はキミのやり方を否定する気なんてない」
「…………」
肯定するような言葉に、束は苛立つかの様に一誠に近づく。
「なにそれ? この束さんに対する罪悪感ってだけで今まで言うことを聞いてきたって訳?」
「…………」
束の質問に一誠はなにも答えない。
しかし、その無言が肯定を意味するとすぐに理解した束は、怒りに駆られるように一誠の手首を爪が食い込むように掴む。
「あの子にはそんな顔をしない癖に……! 私にはあの子に向ける様な顔をしない癖に……!! やっぱりアンタなんて大嫌いっ!!」
「…………ごめん」
「うるさいっ! アンタのそういった言葉もう聞きたくもない!! いつもそうだよアンタは!! 私に対して何時も暗い顔だ! あの子にはしないくせに! あの子にはアンタ自身の弱い所をさらけ出す癖に! なんで……どうしてよっ!?」
「…………」
束に捕まれた手首から血が流れる。
それほどに強く握られ、愛憎入り交じった表情で叫ぶ束に一誠は何も言えない。
それが余計に束の感情を爆発させる。
「許さない。アンタだけはこの先どうなろうが絶対に許さない……!
あんなおチビちゃんなんかにアナタは渡さない……! アナタは私のだ! 私だけがアナタを好きにできるんだっ……!
ふふふっ……! あっははははははっ!!」
「た、束ちゃま……」
愛憎入り交じった表情から、何かに吹っ切れたかのような笑顔と共に涙を流す束は、受け止める事も拒絶することもできずに戸惑う一誠を抱く。
「ふふ、アナタなんか大っ嫌い……♪ だからあんなおチビちゃんには負けないよ」
「……………」
そんな二人のやり取りを、少し離れた所からただ黙って見守っているラウラ対して向けられた束からの言葉。
向け方こそ違えど、やはり同じだとラウラは思うからこそ、黙って見ていたのだった。
これは、一夏と箒が別の場所で若干良い雰囲気になりかけたところに、女子達が襲撃して騒ぎになっている現場から少し離れた所で起こっていた、複雑なやり取り。
続かない
補足
まあ、クレイジーなウサギさんが居ない訳もないわけで。
その2
ラウラたそーはそれでも毅然としてます。
そして束ちゃまは相変わらずの束ちゃま……いや、ラウラたそーに一誠が完全に懐いてるせいで、拗れ度が増してるかな……。