603話の先がここだったらってだけの話
執事と魔王少女の二人旅
日之影一誠は人間なのに悪魔の執事である。
そこに至るまでの話は割愛するけど、とにかく兵藤という姓を捨てて日之影という姓となった彼はグレモリーとシトリーの執事である。
そんな執事な一誠は、基本的に極度のコミュ障であり、グレモリー家とシトリー家以外の者に対しては殆ど喋らないし、表情も固いし、いっそ無愛想ですらある。
本来の兵藤一誠としての人格とは全くの真逆であるその理由もここでは割愛するが、ともかく日之影一誠とはそんな青年なのである。
さて、そんな性格の日之影一誠でも例外という状況が存在する。
例えば家族を自称するグレモリー家やシトリー家の者達に構い倒された時のリアクションなんかが、まるっきり思春期入った少年の反抗期みたいなソレになるというのもそうなのだが、そんな彼等の中の一人となる、とある悪魔に対しては、寧ろ一誠が生き生きとした表情に変わるのだ。
その悪魔の名はセラフォルー・シトリー。
現冥界に君臨する四大魔王の一人であり、最強クラスの女性悪魔の一人で、性格から趣味からが色々と軽い悪魔だ。
そんなセラフォルーと人間である一誠の仲は良いか悪いかのどちらかといえば良い方だろう。
何せ、他人には殆ど心を開きもしなければ喋りもしない一誠が、年相応の態度になる相手の一人なのだから。
もっとも、セラフォルーが他の者との違いは、しょっちゅう一誠に小バカにされながら、魔法少女めいたコスプレ衣装を消し飛ばされて全裸にされ、ケタケタと笑われるという、セクハラでしかない真似をされるという所だろう。
これは一誠がまだ幼い頃からのやり取りで、セラフォルーをおちょくる時だけは本当に楽しそうな顔なものだから、最近周りは思うのだ――一誠って、もしかしてセラフォルーが好きなんじゃなかろうか……と。
だから一誠が超えるべき目標となる存在、サーゼクス・グレモリーが割りとストレートに聞いてみた時は、一誠は否定こそしていたものの、明らかに動揺していたし、冗談半分でセラフォルーにお見合い話があると煽った時なんか、窓を破壊しながらセラフォルーのもとへと跳んで行ってしまった。
そしてその後、何も知らないセラフォルーがちょうど着替えていた所に乗り込み、ちょっとした騒動になったりとあったが、セラフォルーが一誠に告げる事で、漸く一誠がほんの少しセラフォルーに対して――――――
――――と、なった瞬間に事件は起こったのだ。
そう、二人が謎の光に包まれて冥界から――いや、この世界そのものから消えるという事件が。
これは、執事と魔王少女の帰還の為の二人旅の話である。
部屋でセラフォルーにキスされたら、全く見知らぬ場所に二人で立っていました。
………という説明をする他に上手い説明が出来ない程度の怪現象を体験させられてしまった日之影一誠とセラフォルー・シトリーは、どう考えても冥界でもなければ、自分達の知ってる人間界でもないこの場所で、帰る手立てを探りつつ、まずはこの世界がどこで何なのかを調べる為に、あちこち歩き回った。
「あっちに温泉が沸いてるみたいだよいーちゃん?」
「……」
その結果判ったのは、ここが大分昔の人間界であるということ。
文明が割りとガチャガチャしているということ。
そして――自分達の力が本来の3分の一以下にまで弱体化をしているという事であった。
それはつまり、強引な力技を駆使して帰る事ができないという事でもあるし、一番の問題は、この世界に飛ばされる直前では、一誠迫る程の進化を果たしたセラフォルーの力が普通の人間よりも強い程度にまで落ちてしまっている点だった。
それはつまり、セラフォルーは今自分の身を自分で守る事が難しくなってしまっている事に他ならない訳で、ましてや強盗やら殺人なんかが当たり前になってる様なこの世界では、セラフォルーの容姿はかなり目立つ為、こ汚い盗賊めいた格好の男達に拐われかけもした。
まあ、その時はキレた一誠がその者達を比喩無しにバラバラに解体してから、川にばら蒔いてやったので、セラフォルーの身が汚されたということも無かった。
「それにしても不思議な世界だよねー? 大分昔の人間界なのに、現代で見そうな服なんかあるし」
「そうだな」
「昔の中国の人の名前の子が、女の子だったり」
「ああ……」
セラフォルー本人は一誠が絶対に助けてくれると信じているものだから、自分自身の身の危険に対してのほほんとしているが、一誠はセラフォルー程の弱体化ではないにせよ、かなり必死だ。
この世界に飛ばされる直前に交わしたセラフォルーとのキスの事もあるし、こうして二人で宛もなくこの世界を歩き回っている内に―――いや、それ以前から一誠はセラフォルーを含めた家族を自称するグレモリーとシトリーの悪魔達に対して受け入れている面が多かった。
だからこの世界に共に飛ばされたセラフォルーだけは何が何でも守ると―――恥ずかしいからセラフォルーには絶対言わないけど思っているし、こうして偶々見つけた天然の温泉に共に浸かっている。
「今頃、ソーたん達はどうしてるかなぁ……」
「そうだな……」
「私といーちゃんが二人同時に消えちゃったから、駆け落ちでもしたとか思ってたりしてね?」
「さぁな……」
「でも実質今ってそんな感じじゃない? ふふっ♪」
お湯に浸かる一誠の隣に近づき、身を寄せるセラフォルー。
そんなセラフォルーを拒絶するでもなく、好きにさせている一誠。
少し前までならありえない光景だったのだけど、今の二人を見て驚く近しい者達は居ない。
「むむ……」
まあ、そんな二人の様子を影から覗いてる者が居たりするのだけど……。
何れは混沌とするだろう世に、自分の力と名を知らしめてやりたい。
そんな想いを胸に、まずは忠を誓うに値すべき者を探してみようと旅に出た。
色々な場所に趣き、色々な者と出会ったが、『これだ』と思う様な主には中々出会えない。
そんな時に出会ったのが、不思議な格好をした青年と女性だった。
複数の賊の類に囲まれ、賊達が女性に対して下劣な目を向けてつつ、女性を渡せと賊達が武器で青年を脅しているという――今の時代ではそこまで珍しくない光景を前に、一応助けてやるかの気分で青年に助太刀しようとしたのだが……。
『も、ゆ、ゆるひ――がびゅっ!?』
『お、おれたひが悪――ぎゃっ!?』
一方的な殺戮とはこういう事なんだろうかと思うくらいに、青年は賊達をまとめて捻り潰していた。
命乞いをしても容赦をせず、泣こうが、喚こうが、青年は顔色も変えずに賊達を八つ裂きにしていたのだ。素手で。
『もう良いんじゃないいーちゃん? さっき後ろから捕まれた時、胸を触られただけだし……』
『じゃあダメだ。確実にブチ殺してやる』
女性は見慣れてるのか、呑気な事を言ったつもりなのだろうが、それが青年の線に触れたらしく、賊達はあっけなく屍に変わった。
『あーあ、時代が時代なせいか、こんな人間ばっかりだね?』
『お前はもう少し危機感を持てよ……! 俺以上に力が出せなくなってるんだぞ!?』
『封じられてるって感覚じゃないから、鍛え直せばきっと戻るし、いーちゃんが絶対に助けてくれるって解ってるからねっ……☆』
屍と化した賊達を放置し、女性が青年の腕に甘えるように組つきながらその場を後にする。
そんな光景を離れた所で窺っていた少女は、ほんの少しの興味を抱いた事で、その青年と女性の後を追いかけ……そして声をかけた。
そして、少女には少々小難しい話ではあったものの、二人が別の場所から不本意で来てしまい、帰る為に旅をしているのだと聞き、その旅に暫く同行したいと願い出た。
『うーん、この世界について殆ど知らないし、良いと言えば良いんだけど……』
『………』
そんな少女に女性は訝しげな顔になりながらも了承し―――――青年は露骨に嫌そうな顔をされた。
女性にだけしか声を出さず、その女性に無表情で無口な青年は説得を受けて、渋々頷いたので同行こそ出来たのだけど……。
「はぁ、お風呂にも入れたし、今日はどこに泊まろうかな?」
「この先に大きめの町があります。
宿もある筈ですぞ」
「ん、じゃあそこに行こっか! 案内よろしくね………星ちゃん☆」
「お任せください……!」
「……………」
空色の髪に赤い瞳――という、どこかの暗部当主っぽい特徴の……趙雲という姓と名らしい少女は、そこそこ気が合ったセラフォルーの言葉に張り切りつつ、殆ど自分に対して口を聞かない一誠をチラチラと気にしながら、そこそこ充実中の旅をするのだった。
「にしても、真名ってものに関しては教えられておいて良かったよ。
私達の時代には真名なんてないもん」
「私にしてみれば、真名を持たないお二人が不思議ですぞ?」
「まあ、こっちのしきたりに従うなら、私の真名はセラフォルーで、いーちゃんは一誠だし」
「…………。それを知らずに私はアホみたいにお二人を真名で呼んでいましたね……」
「………………」
これは、力の殆どを失った魔王少女と、彼女を死ぬ気で守ろうとする余り、ある意味余計コミュ障になってしまった執事に惹かれてしまった少女との珍道中話。
「それにしても一誠殿は一体どれ程の鍛練を? 男性でそれほどの力を持った者は初めて見ましたぞ?」
「……………」
「ま、色々あってね……」
「はあ……何時か一誠殿から聞きたいものですなぁ?」
「…………………」
「きょ、今日もダメか……」
「こういう性格だから……ごめんね?」
「い、いえ……」
セラフォルーを守る事に全神経を張り過ぎて、コミュ障が倍増しになってしまった一誠となんとかコミュニケーションを取りたいと奮闘しては跳ね返されてしまったり。
「公孫瓚という者が管理をしているようです。
暫く武官として仕えてみようと考えたのですが……やっぱりやめます」
「へ? なんで?」
「あ、いえ……どうも先にお二人と出会ってしまったせいか、誰を見ても普通にしか思えなくなりまして……」
「あれま……だってさいーちゃん? どうしよう、普通に人間界の歴史をねじ曲げてる気がしてならないや?」
「…………」
一々個性的過ぎるセラフォルーと一誠に近づき過ぎたせいで、どうも他人が普通に見えてしまって困ってしまう星。
それでも暫く、地味だなんだと妙に自虐的な公孫瓚の下で暫く働いてみた結果、天の使いという青年と劉備御一行と出会う。
「へー? キミも未来から来たんだ?」
「ま、まさか同じような経験をした者とこうして会えるなんて……!」
「……………………」
「同じ……でも無いんだけどね」
「え?」
その青年が未来から来たのだと知ったけど、帰る手がかりにはなりそうも無かったので、ほんの暫くは共に行動するだけだった。
「えーっと、趙雲は俺達と来ないか? キミの力が必要なんだ」
「あー……嬉しい申し出ですが、お断りします。
自身の目で主になるべき方は見定めたいですし――」
「ほら見てよいーちゃん!? この反物だったら何時ものコスチュームを復活させられるよ!」
「是非犯してくださいって言ってるような格好を俺が許すと思うのか? 絶対にダメだ」
「えー? ……………まあ、でもしょうがないか。今のいーちゃんの言い方も嬉しかったし、コスチューム復活はやめるね?」
「ん」
「――――あのお二人がどうなるのか、今の私はそっちが気になりますからな」
「そ、そうか……。てか、日之影がまともに喋ってるの今初めて聞いたんだが……」
「セラフォルー殿にのみごく年頃の青年といった感じで話はします。
………私とは未だ一言も話はしてくれませんが」
「へ、へぇ?」
濃すぎる二人組の毒されてしまってるせいで、本来の目的から離れていく星だったり。
「…………」
「お、お見事……感服致しました」
スイッチが入った執事が、黄巾党だかなんだかの賊集団を、静かに息切れをしながらも返り血を一滴も浴びる事無く全滅させる様に一種の美を感じて呆けたり。
「綺麗な黒髪ね……。アナタ、私の所に来ない? 可愛がってあげるわよ?」
「えー……? いや、うーん……」
「何か不満があるの? それなりの報酬も約束するわよ?」
「そうじゃなくてさー…………」
「え……?」
「………。あんまりいーちゃんの事を刺激しないで欲しいんだよね? 好き好んで殺戮現場を見たい趣味はないし?」
「………………………………殺す」
「お、落ち着いてください一誠殿!! い、今ここで騒ぎを立てるのは得策ではありませんぞ!?」
百合気味の金髪覇王がセラフォルーをヘッドハンティングしちゃうものだから、執事の殺る気スイッチがONになり、金髪覇王が危うくバラバラ死体に変身しそうになるのを星が必死こいて止めたり。
「二度とそのツラを見せんな――ぺっ!!」
『………』
「くっ……」
止めたおかげでバラバラ死体現場にはならなかったが、チンピラよろしくに金髪覇王の部下達をボコボコに伸し、中指を立てながら唾まで吐き捨てたせいで、そこそこ厄介な事になるフラグが立ったり。
「あの曹操とかいう者、あくまで私の勘でしかありませんが、後々その勢力も大きくなると思います」
「あー……多分そうなるかもね?」
「そうなったら確実に一誠殿に報復を行う可能性もあります」
「……………。それが?」
「そ、それが? …………っ!?!? い、今初めて私に!? って、違います! いくら一誠殿が天下無双のお力を持っていても、数の暴力には敵わないのかもしれないと私は心配なのですっ!!」
「わざわざいーちゃん一人を殺すためにそこまでやるかな、あの子は?」
「そ、それはわかりませんが、曹操の部下は曹操に心酔している様ですので、ありえない話ではありません」
「……………。その時はその時だ。
その前に力を完全に取り戻せば良い」
「いーちゃんにしては随分温和だね?」
「本来の力が使えるなら、その前に潰してたさ。
だが、妙ちくりんな世界とはいえ、歴史人物を消すのはまずいだろ?」
「どっちにしても、力を取り戻さないといけないって訳だね?」
「ああ、そういう事だ……」
「は、初めて私と話してくれた。
な、なんだこの胸の高鳴りは……?」
微妙ながら仲良くなっていったり……。
「い、一誠殿!? わ、私の手足を縛る意味は一体……?」
「これ以上俺達の後を付いてくるつもりなら、それ相応の力を付けて貰う」
「そ、それはつまり―――ひゃぁぁぁっ!?!?」
「……………そこから手足を使わずにここまで上れ」
「い、いたたた……。そ、そんな無茶な……!?
いきなり崖から突き落として、手足を使わずに昇れというのは些か鬼畜では――」
「…………………」
「うっ!? い、一誠殿の目……。
まるで家畜を見ている様な冷たい目だ。
『可哀想だけど、明日には食材にされてしまうんだな』って感じの……!」
「………」
「わ、わかりました! や、やってみせましょう! た、ただし! 出来た時はそれなりの褒美を頂きたい!」
「………。なんだ、金か? それとも見つけては買ってアホみたいに毎日食ってるラーメンの具材か?」
「ち、違います! え、えーっと、アレです! セラフォルー殿に何時もやってるアレです! 頬を優しく撫でてるアレ!」
「………………は?」
「見せられてる此方は何時も疎外感ばかりだ! それに、あんなにもセラフォルー殿が心地良さそうな表情をされているのを見ていると、気になって仕方ないのです!」
「…………」
セラフォルーを守る為の駒として利用すべく事を決めた一誠から、鬼畜トレーニングをさせられたり。
させられる替わりにそこそこな事を要求しようとしたり。
「魔王少女・レヴィアたん……ふっかーつ!☆」
「華蝶仮面! 参上!!」
「……………………………………」
結果、力を取り戻し始めたセラフォルーとの波長が爆発して、進化したのに変な方向に振り切れてしまったり。
普通にそのまま戦場でセラフォルーと暴れ始めたり、一誠が他人のフリをして逃げようとするのを二人して取っ捕まえて巻き込んでやったりと――自由きわまりなかった。
そして……。
「……セラフォルー様」
「ん、どうしたの星ちゃん?」
「死を覚悟して言わせて頂きたいことが……。
そのー……一誠と毎晩くっついて眠るのを見せられるのが最近辛いというか、寂しいというか……」
「あー……そうなんだ。
またいーちゃんに何かされたね?」
「ま、まあ……普通に話をしてくれるようになりましたし、口こそ素っ気ないですけど、律儀に面倒も見てくれるもので……」
「私の妹や妹の友達達なんかもそんないーちゃんに惹かれたからなぁ。
敵は結構多いよ?」
「で、ですよねー……? はぁ、困ったなぁ」
「確か北郷君だっけ? 少しで良いからいーちゃんも見習えば、事は簡単だったんだけどねー……」
「ああ、この前の晩の……。
偶々三人で見てしまったせいで、微妙に気まずかったな……」
「いーちゃんは知らない顔してたけどねー……」
珍道中の終わりは何時になるのか。
それは誰にもわからない。
補足
どこにも属しません。
誰の指図も聞きません。
ただ、帰る方法だけを探しつつ、其々の争いごとに軽く巻き込まれてるだけの話。
その2
たっちゃんじゃないよ。
たっちゃんっぽいけど、色々とファンキーな子だよ!
その3
変な賊に一瞬でもセラフォルーさんが触れられたという事で、徹底的な面が倍増しになりました。
そらもう、変な人に勧誘されても許さずスイッチONよ。
その4
そんな二人に付いていったせいで、そこそこ大変な子。
でも、魔王少女とコンビ組んではっちゃけるのは楽しいらしい。