完璧なるイレギュラーであり、最初は取るに足らぬ主人公とヒロインの一人でしかなかった。
それがあまりにも欲を持ちすぎた一人の転生させた人間によって本来なら持つ事さえ無かった力を覚醒させてしまい、反逆者へと変わった。
そしてその転生者にこそ勝つ事は叶わず……逃走という形で共に生きる選択をしたものの、彼と彼女の力はあの日よりも更なる領域へと進化し続けていて、今では神の領域に到達している可能性もある。
………そう己をこの世界に転生させた女神が恐怖した表情で語るのを夢の中で聞かせれるはめになってしまった織斑春人は、別世界の存在である一誠とリアスを生かしたままにしていた別の転生者を恨んだ。
そうでなければ今頃自分はこんな惨めな姿にされる事もなかったし、刀奈を横取りさせる事も無かったのだからと。
しかも絶望的な事に、その本来持つ筈の無いとされる一誠の力によって傷つけられた傷は、転生の女神でも治す事は出来ないものであった。
曰く、概念ごと破壊する技術であり神を直接殺せる力。
そして無限に進化し続ける力。
女神曰く、転生した人間とそれを促した神に対する永遠に尽きる事の無い報復心と、同じような傷を転生者によって負わされた悪魔のリアス・グレモリーを守るという覚悟と
そして彼の中に宿る赤い龍もまた神滅具という概念を超越し、既に二天龍という枠をも突破した唯一無二のドラゴンへと進化している。
つまる所、織斑春人の知識とはまるで違う兵藤一誠は、転生者だの転生者を一々量産する神を嫌悪する存在であり、確実に下手を踏めば殺しに来る恐怖そのものであるのだ。
『今の彼は私でもどうする事はできません。
………アナタを転生させた者としてはとても心苦しいですが、死にたくなければ大人しくする方が懸命かと』
『そ、そんな! だったらせめて力だけでも……!』
『無理です、彼の破壊の技術は神にとっても猛毒なのです。
直しても瞬く間に壊れてしまうのです』
『………』
そんな存在と何故一夏と箒が……それも一体何時から。
ただの赤龍帝だとしても厄介な神器使いと純血悪魔の存在は織斑春人にとって何時自分を殺しに来るのか解らない恐怖を煽る―――不幸の象徴と化してしまっているのだ。
結果、これ以上壊されたくなければ大人しくする他無い――と告知されてしまった織斑春人は醜く変形した顔半分を覆って隠しながらなんとか授業復帰を果たした訳だけど、これまでの様に一夏や箒に刀奈関連の事で話しかける事ができないでいた。
何故なら下手を打てば奴が殺しに来るから。
ハーレム王だなんだとしょうもない事を宣っている本来の兵藤一誠とは何もかもが違う――自分と同じ転生者によって進化してしまった用務員が。
「春人を傷つけたあの用務員の男を探してるんだけど、全然見つからないわ」
「まるで存在などしていないかの様に影も形も無い」
「それに最近は織斑先生や更識さんも付き合いが悪いですし……」
「あ、あの……やめた方が良いよ。
その用務員を探すのは……」
しかも、自分を慕う者達が義憤で用務員を探して謝らせようとしているのを止める事が最近多くなっている。
そんな春人を横に、一夏や箒はシャルロットや本音といった者達と楽しげに会話をしているのだから、春人にしてみれば面白くなんてない。
けれどそれに対して具体的な真似が出来ない。
もししてしまえば……今度は完全に壊しに来るかもしれないから。
だから余計に春人はストレスを溜めるのだけど……。
「あの報道から実は学園の用務員さんだったらしい兵藤さんって人を探してみたりしたんだけど、全然見つからないのよね」
「代わりに見つかったのは、凄く美人の非常勤保険医のグレモリー先生だったわ」
「あー……あの人は基本的に俺達生徒が居ない時間を使って仕事をするからな。
あんまり見られたくも無いらしいし」
一夏と箒の変化の理由がそんな理由だった事に何故もっと早く気づけなかったのか……。
春人は今更ながらに後悔していくのであった。
ありもしないゴシップ記事のせいで世間的にはそこそこ顔と名前が割れてしまった一誠。
別にメディアだ何だから誹謗中傷されようが、本人は全く気にしないタイプなので流している。
短気で粗暴という点においては一誠自身も『まあ、当たりだわな』と認めているし、一度そうだと決めてしまえば、女であろうが子供であろうが殺す事に躊躇いも全く無い時点で、人格的にはイカれているのも自覚している。
それを全く直す気も無いし制御だってしない。
それが復讐を志して力を磨き、その復讐よりもリアスと生きる事を選んだ今の兵藤一誠なのだから。
「あ、あの……」
「………」
つまり、彼は好き嫌いが実に激しい。
本来の一誠であるなら、こんな風にちょっと気弱そうな表情の美女やら、わくわくしてる顔の美少女に該当する者が目の前に居たら鼻の下でも伸ばしそうなものだが、生憎彼はリアスしか見てない。
そうでなくても、転生者の放つ得体の知れない魅了の力から偶発的に解放された各々の親しい者の肉親であったとしても、一誠にしてみればそれだけでしない存在であり、ハッキリ言ってしまえば嫌いな存在であった。
「あの……。
春人というか、転生者とやらについて相談したいことが……」
「仕事の邪魔」
「ぅ……」
「あの赤い奴をもう一度見せて――」
「邪魔だって言ってるのがわからないのか? それとも言葉も通じない能無しか?」
ウザい。
一誠にとって一夏の姉である織斑千冬と刀奈の妹である更識簪は、まさにそんな程度の認識だった。
正気に戻された途端、露骨に掌を返してくる言動ばかりだし、これなら正気になんぞ一生戻って欲しくもなかった……一誠は少なくとも別の現場に向かおうとするその後ろを、勝手に付いてこようとする二人に対して苛立ちばかりであった。
「うっとうしい、 付いてくるな」
「だ、だが……」
「だがもへったくれもあるか。
一夏と箒と刀奈は何時もあのガキに引っ付いて毎日楽しそうだったと言ってたが? だったら何時も通りあのガキの傍に居れば良いだろうが」
「あんな事を知ってしまった今、無理だ……。その春人って名前すら本当の名前かどうかもわからないし、顔だって……」
「? 春人って誰? 知り合い?」
どっちも一誠にしてみれば掌返し人間なのだが、どうやら感じ方は違うらしい。
千冬は弟だと思ってた者が実は全く違う者で、本当の意味での弟の一夏を蔑ろにしてしまった事に対する途方もない罪悪感と、先の見えない未来に対する不安によって、現状その暗闇を照らしてくれそうな一誠にすがりつきたがってる。
対して簪はといえば…………。
「あの高速移動ってどうやってるの? あの赤い腕はISとどう違うの?」
ショックが大きすぎたせいなのか、それともそのショックが更識簪自身も気づかなかった本質という名の心のリミッターを破壊してしまったのか……。
完全に織斑春人の存在を無かった事にしているのだ。
「…………」
「更識……」
「え、二人してどうしてそんな目で私を見るんですか?」
姉の刀奈に近づく為に自分を利用していた春人に対する未練めいた感情は一切感じさせない――どこか壊れている精神が感じる表情に、そうさせてしまったのは自分にも原因があるのではと顔を歪める千冬と………ウゼェとひたすらに簪を単にうざがる一誠。
「傷つきたくないからか何だか知らないが、それまで持ってたテメーの興味の対象を俺に向けるな。迷惑でしかないんだよ」
「別にそんなんじゃ……」
「それとアンタもだ。
テメーが弟だと思ってたのが全くの別人だったと知ってショックを受けたのか何だかなんてのは俺にしてみればどうでも良いんだよ」
「わ、私もそんなつもりじゃ……」
「はん、じゃあ何か? お前等は自分の肉親を蔑ろにしたクソ共とでも言って欲しいのか? それとも転生者の力で正気じゃなかったからお前らのせいじゃないとでも言って欲しいのか?」
「…………ぅ」
「む……」
「俺はな、アンタ等のくだらない罪悪感だか自己憐憫に付き合ってやる暇なんぞ無いんだ。
そんなものは俺とは無関係な所でテメー等で処理しろ。一々俺にすり寄るんじゃねぇ……」
折角刀奈が覚悟をしたというのに、これでは刀奈も中々に報われやしないという意味でも、一誠は簪を――それに千冬を認める気は全く無いのだ。
「あのガキならお優しい事でも言って慰めてくれるだろうし、前みたいにすり寄れば良いだろう? さっさと失せろ」
そう言って俯く簪と千冬に背を向けて去ろうとする一誠。
これが一夏や刀奈といった者達ならば、躊躇いも無く手を差し伸べるが、彼女達はそうではない。
被害者だから何だ? 一誠にとって二人はその程度の認識でしかないのだ。
「自己憐憫……か。
はは、彼から見れば私はそう見えてしまっているのか……」
何時も以上に辛辣に言われて中々に凹んでしまった千冬は、乾いた声で笑い、同じような立場の簪を見る。
「更識、どうやら私達は彼にとってどこまで言っても『肉親を蔑ろにした者』みたいだ。
きっと仮に一夏やお前の姉が許した所で、彼は絶対に私達は認めてはくれないだろうな……」
「………………」
「更識……?」
一夏や箒達を強くした者であり、同時に守ってくれるという意味では頼りに出来てしまう。
だからこそこの先の事が解らなくなってしまった千冬は色々な理由を引っ提げて彼の元へと近づくのだけど、結局は全て拒絶されてしまった。
反対にリアスは結構話を聞いてくれたりはするのだけど、千冬は最近までそのリアスに自分でも今にして思えば訳がわからない程に敵意を抱いていたので、その罪悪感が彼女と話をする度に沸いてしまう。
結局の所、どうしようとも自分のやった事は取り返しなんてつかないのだと自覚させられてしまうだけであった千冬は、こうして同じような立場となっている簪を一応大人であり教師としてフォローしようと声をかけたのだけど……。
「…………………」
「っ!? さ、更識!!?」
簪が徐に手を差し出す様に前に伸ばしたかと思えば、ポケットに入れていたらしいカッターナイフで自身の手首を突然切りつけだしたのだ。
虚ろな瞳で……それも以前からしていたのだろう傷跡の上から何度も……。
「やめろ!!」
「離してくださいよ先生。あの人にああまで言われたらこうするしかないじゃないですか?」
「何を馬鹿なことを! それにこの跡は前にも何度かしているのか!?」
血の流れる手首を押さえつけ、カッターナイフを取り上げた千冬は、虚ろな瞳で拒絶された事への心境を吐露する簪を連れて急いで保健室へと向かう。
そして運よく出勤日だったリアスに事情を説明し、簪を治療したのだが、虚ろな表情は一向に晴れなかった。
「リストカット……ですか」
「恐らく正気に戻った――というより、彼の本心が彼女にとって大きなショックだったのでしょうね。
だから一誠の力を見ることで心の均衡を保とうとしたのだけど、その一誠からも拒絶されたから……」
「………ではどうすれば?」
「一誠も頑固ですからね。
転生者とそれに与した者達に散々傷つけられてきましたし……」
「………」
止血され、包帯の巻かれた腕を力無く落としながら俯く簪にリアスも千冬も深刻そうな表情でいると、保健室の扉が勢いよく開けられる。
「リアス先生! 簪がここに居ると聞いて……!」
やって来たのは事前にリアスに連絡を受けた刀奈であり、血相変えた表情で力無く座っている簪を見つけて駆け寄る。
「簪! どうしてこんな事を……!」
いくら覚悟を決めたとはいえ、やはり妹は妹だ。
ましてや自分で自分を傷つける程精神的に追い込まれているとも知れば、放っておける訳もなく、力無く項垂れている簪を揺さぶりながら、少し強めの口調で問い詰めようとする刀奈。
「だって、あの人に拒否されたから」
「あの人? イッセーさんの事ね? でもそれは――」
「わかってるよそんな事は。
私がやって来た事は全部あの人にとって嫌悪の対象でしかないんだもんね? そりゃあああも言われて当然だよ。
でもね……もうどうしたら良いのか私にはわからないんだよ。
私の事が必要だなんてアイツは言ってた癖に、蓋を開けてみたらアナタに近づく為に利用してただけだった。
それに気づかせてもらえただけ、私はきっと幸運だったのかもしれない。
今更アナタをお姉ちゃんと呼ぶ資格なんて私には無いしさ……私の生きてる意味って何なんだろうね?」
「簪……」
龍帝の力に目を輝かせている簪ではない――きっとこれが本心であろう簪の言葉に刀奈と千冬も上手い言葉が見つからなかったと同時に、リアスは簪を見て『もし自分がイッセーに助けられなかったら、こうなっていたのかもしれない』と思った。
「もっと早く、アナタみたいにあの人の事を知っていれば、こんな事にはならなかったのに……。
アナタが羨ましいよ……お姉ちゃん」
そう自虐的に笑った簪は、精神的な限界が訪れたのか、そのまま意識を失ってしまった。
そのまま簪をベッドに運んで寝かせると、刀奈とリアスと千冬は今後について話し合う。
「初めて簪の本心を聞けましたけど……」
「そうね。
知ってしまった以上はなんとかしてあげたいけど……」
「一番は兵藤さん……ですか」
要はすがれる相手さえ居れば良いのだけど、一番の候補となる一誠がああなので、望みはかなり薄い。
刀奈とリアスが頼み込めばそれこそ嫌々ながらもそれっぽく振る舞ってはくれそうだけど、そんなものは互いにとって精神衛生的によろしくはないのだ。
「何か吹っ切れるきっかけさえあれば……」
「理由が理由だからそれも難しいですよ。
私だって今でもこんな調子ですし……」
「…………」
意識を取り戻した簪が同じ事をまたすると思うと、放置なんてできないと三人は深刻そうな顔をしている最中、またしても保健室の扉が開けられる。
「簪がここに運ばれたって聞いて……」
最悪のタイミングとはこの事なのだろう。
今度やって来たのは、あろうことか織斑春人だった。
「…………………。今更何をしに来たの?」
その瞬間、刀奈から殺意が放たれる。
散々自分達の周辺を引っ掻き回した張本人なので当たり前の態度だ。
だが春人本人はあくまでも友人の簪を心配したからと宣っていて、帰る気もないらしい。
「更識なら大丈夫だから、お前はとにかく出ていけ」
「……。最近、簪もそうだったけど、千冬お姉ちゃんも変だよ。どうして?」
「っ……!」
泣きそうな眼差しを向けてくる春人に千冬は背筋が凍る。
以前までならこんな表情に対して意味もなく心を奪われていた気がしていたが、改めて見てみれば――嫌悪感しか沸かない。
「わ……私は普通だ。
とにかく戻れ」
「嘘だ。
あの兵藤って用務員と会ってから千冬お姉ちゃんも変わってるって束お姉ちゃんが言ってたもん。
あの男に絶対に何かされ――」
そこまで言って刀奈とリアスが本気になろうとした瞬間だった。
保健室のベッドで眠っていた簪が意識を取り戻したのは。
「簪……?」
「………………」
むくりと身体を起こす簪が何故か不気味に見える中、織斑春人が隙を見て簪の傍に近寄る。
「簪、良かった……倒れたって聞いたから」
『……………』
いけしゃあしゃあとよく言えるなと三人が思いつつ、取り敢えず追い出さないと簪の精神がまた持たないと考えていたその時だった。
「ごめん簪、僕が間違って――――」
「おい」
「――――え?」
「テメェごときが何気安く私に触れてんだ―――アァ?」
姉の刀奈と同じ赤い筈であるその瞳が、縦長に瞳孔が開いている
「グゲェ!?」
包帯の巻かれた左腕による裏拳が、奇しくも一誠によって壊されたままの側の顔面に突き刺さり、織斑春人は信じられない速度で窓ガラスをぶち破りながら吹き飛び……痙攣しながら動かなくなった。
「か、簪……?」
「な、何だ? あんな簡単に人間を吹き飛ばす程の力は更識には無い筈だが……」
「一体何が……」
運良く他の生徒には目撃されてはなかったものの、そのあまりの光景に刀奈も千冬も――そしてリアスですらも絶句していた。
「はぁ……」
そんな三人を余所に、織斑春人を殴った方の手の甲を着ていた制服の裾で拭きながらベッドから降りる簪。
「本当に腹が立つ。
アレなんかに良いように利用されていた自分を蹴り飛ばしたいくらいに……。
まあでも……過ぎた事を気にした所で帳消しにはならない訳だし、いい加減ウジウジするのも飽きちゃった」
意識を失う前とはまさに180°違う物言いに、三人は違和感を感じながら見ていると、その視線に気付いたのか、簪が振り向き――そして微笑む。
「お姉ちゃんが先に進めたのはあの人のお陰なんでしょう? だから私も先に進んでみることにするよ。
じゃないと何も変わらないって教えて貰ったしね―――まあ、夢の中でだけど」
「夢……?」
うってかわって弾んでいる声の簪の口にする言葉に刀奈と千冬は意味がわからなかったが、リアスだけは思い当たる節があったのか、質問をしてみる。
「その夢でアナタに教えたって人は安心院なじみって名乗っていなかったかしら……?」
かつて一度だけ一誠と共に会った事のある存在であり、精神の力について教えてくれた者。
簪がもしその者と夢の中で会ったとするなら、それはつまり簪にもまたその才があるという事になる訳なのだが……。
「? 違いますけど?」
「え……?」
簪から返ってきた反応は、『誰それ?』といった、本当に知らない者の反応だった。
では一体簪が会ったとされる者は誰なのか……? それはリアスにとって『忘れられないトラウマのひとつ』であった。
「確か白音……って名乗ってましたけど? 白髪で私よりも更に小柄で猫耳つけてた可愛らしい女の子で――」
「な……!」
かつて自分を見捨てて転生者に与した仲間だった者の一人の真名。
決してもう他人からは聞くこともないであろうその名はリアスにとって衝撃的だったことに加えて、だからこそ余計に混乱する。
「な、何で彼女がアナタの夢に……」
「ちょ、ちょっと待ってください。
その夢だとか白音とは一体……?」
「簪がいきなり変わった理由っぽいというのは何となくわかりますけど……」
転生者によって急激に成長した彼女に受けた痛みはリアスにとって未だ忘れられない。
だが何故その白音が簪の夢に現れたのかもわからないし、そんな力は彼女には無かった筈だ。
過去を思い出して少し震えながらも考えるリアスに、簪は笑う。
「ほんのちょっと似てるのと、『イッセー先輩からの拒否られ方が同じだから』って言ってましたね……ふふっ♪」
「拒否られ方……? 拒否もなにもイッセーは確かに彼女達を再起不能にはしたけど――」
何かがおかしいとリアスの思っている白音と簪の語る白音にズレを感じ始めた頃、偶々外を通りかかって顔半分がえげつない形に変形しながら一人倒れている春人を発見し、足首をもって引きずりながらイッセーが保健室へと入ってきた。
「何か死にかけてるし、後片付けすんのも怠いから持ってきたんだけど………何この状況?」
そこら辺にぽい捨てするかの様に織斑春人を床に投げ捨てたイッセーが、変な空気になってることを察して首を傾げている。
すると突然簪の表情がこれでもかと明るくなり……。
「イッセー先輩だ! あはっ!」
いきなりイッセーを何故か先輩呼ばわりし始めたのだ。それはもう花が咲いたような笑顔で。
「あ? 何だ?」
先輩なんて呼ばれる関係でも無いイッセーにしてみれば、馴れ馴れしい態度にイラッとするのだが、簪は吹っ切れてしまってるかの如くイッセーの傍まで近寄ると、突然――
「すんすん……あぁ……やっぱりあの子が言った通り、すごく美味しそうな匂いがする。
なんで今まで気づかなかったんだろ……? あはぁ……」
「な、なんだ、コイツ……」
そんな趣味は断じてイッセーには無いのに、犬や猫みたいにうろうろと周りをうろつかれながら匂いを嗅がれているイッセーは、凄まじく嫌な顔をしつつも困惑する。
「ちょ、ちょっと簪! な、なにをやってるの!?」
無論それまで唖然となっていた刀奈がハッとなって簪を止めようとする。
ちょっと羨ましい……とは断じて思ってはいない。
「何で止めるの? 良いじゃん、別にとって食べるって訳じゃないんだから……」
「だ、だからってそんな変態ちっくな……!」
「しょうがないじゃん。本当に美味しそうなんだもん……。
ほら、試しにお姉ちゃんも嗅いでみなよ?」
「わぷっ!? ちょ、にゃ、にゃにすんのよ!?」
「? あれ、わかんない? そういえば私にしかわからないってあの白い子は言ってたっけ……?」
「あわわわっ! い、イッセーさんに私……こ、こんな事しちゃってる……!?」
「……で、何があったの?」
「多分だけど、ややこしい事があの子に起きちゃったとしか……」
「だろうね。今まさに俺にそのややこしい事が――――だぁぁっ! 邪魔だってんだよクソガキィ!!」
「ほ、ほら怒られた! さっきから変よ簪?」
「っ………ぁ! い、今私に――私にだけ罵声を浴びせたんだよね? あはっ……! あはははは! これもあの白い子の言ってた通りだ。
今の瞬間だけ、あの人が私を見てくれたって事だもんね!? あははは……………あ、あれ? ど、どうしよう、お腹の中が疼いて変な気持ちに……」
更識簪は頭のネジが引っこ抜けた。
そして何かが原因でタガまで外れた。
どうなるかはわからない……。
補足
実の所、転生の神はここまで進化させてしまった事に恐怖してます。
その2
拒否しまくった結果、パッカーンしてしまった。
………………までは良かったのに、変な方向に。
しかも促したのが例の方の猫という。