些細な小競り合いの果てに、確実ともいうべき異世界にすっ飛ばされてしまった三馬鹿トリオは、危うく無銭飲食で御用になりかけたところを、年頃の近い女学生に助けられた。
見ず知らずの他人の為に飲食代を立て替えてくれたという初めての経験を前に三馬鹿は名前すら碌に聞きもせず、その少女達をラーメン女神さんと呼んだ。
その後、上手いこと派遣業務員としてその日暮らしだけは出来る足場を固める事に成功できた三バカは、まずはラーメン女神さんにお礼とお返しをした。
そしてその数日後、とにかく元の世界へと帰る為に奮闘する三バカは見たのだ。
歌って踊り――は流石にしないが、歌と共に謎生物と戦うラーメンの女神さんを。
それを見た三バカは、取り敢えずあの時のお礼も兼ね助太刀し、その謎生物を――――消し飛ばした。
ほぼ生身で、謎生物の影響を受けず、一方的に。
その光景をラーメン女神さんが最近所属する事になったらしい組織に見られてしまったお陰で、そのまま敢えなく御用されてしまい、三バカは組織の方々から尋問等々をされることになった。
しかし――
「一誠がビデオ屋から借りてきた刑事ドラマみたいなものは無いのか?」
「そうだ、取り調べをしたいならまずはカツ丼を食わせてくれ」
「俺はうな重! 肝吸い付きでね!」
『……………』
「一誠がうな重セットなら、俺はラーメンだな」
「俺は取り調べをされてる気分を味わいたいからカツ丼だ」
三バカは今措かれてる状況が決して良いとは思えないというのにも拘わらず、思わず組織の皆さんの力が抜けてしまうほどのマイペースさで出前を取れと逆に注文をつけてきたのだ。
顔立ちなんて全く似てないのに、まるで兄弟の様な息のピッタリさで『出前! 出前! ギブミー カツ丼・うな重・ラーメン!』と催促してくるそのあまりの馬鹿っぽさっぷりに、黙らせるという意味でも取り敢えず要望通りにしてあげた。
それに気を良くしたのか――それともやはり馬鹿だからのか、三人から聞かされた事はあまりにも荒唐無稽なものであった。
「つまり、キミ達は全くの別世界――所謂パラレルワールドから来たと?」
「うっす」
「まさか餅ひとつの取り合いでこうなるとは俺達も予想外だったよ」
「危うく無銭飲食で捕まりかけるし、とんだ災難さ……」
『………………………』
ちょっとコンビニで飲み物買いました! みたいな、あまりにも軽いノリで言われたせいで、彼等の話を聞いていた組織の皆さん達は『この三人はきっとふざけているに違いない』と、信じなかった。
しかし装者でもないのにノイズを殲滅した光景については嘘ではなかったし、何より彼等が持っていた聖遺物の様な力。
歌をキーとせずに起動したその力は未知のものである。
そしてそれを彼等はこう呼んだのだ―――
「つまり、キミ達の話が本当とするなら、キミ達の世界には他にも大勢の神器使いという者がいるのかい?」
「大勢って訳でもないっすね。
例え宿していても、大概はそれに気付かずに生涯を終えるとかですし」
「それに発現させたとしても、力の度合いはピンからキリだ」
「だがそのノイズ……だったか? 多分だがその生物には神器の力は有効らしいな」
『………………』
この話が本当の事だとするなら、彼等はひょっとして装者と同等の――聖遺物と同じ力を持っているということになる。
ましてや――
「ああ、俺達の神器は普通の神器とは違う。
神器の中でも最上位に位置する七つの神滅具の一つを其々宿している」
『……………』
それは最早装者と呼べる者かもしれない。
三人揃って緊張感の欠片や威厳が無いけど、このまま野放しにする訳にはいかない。
だから組織の皆さんは、司令と呼ぶ豪胆な男性に彼等の処遇の判断を仰いだ。
生身でありながら装者と呼ばれる少女達に退けを取らぬ男――特異災害対策機動部二課の司令官・風鳴弦十郎に……。
結果……。
「や、やった! いややったのかはわかんないけど、暫く寝るところと食うのに困らないぜ!」
「牢屋にぶちこまれると思ってたが、まさか雇われるとはな……」
「近辺のラーメン屋のマップまでくれたぞ」
彼等は条件付きながら雇われた。
聖遺物に酷似したものを肉体に宿す男性というイレギュラー。
何より『歌う』必要が全く無いという彼等の今後の課題を克服しているという状態。
何よりもパラレルワールドから迷い混んでしまったが為に、戸籍も家も無い彼等をこのまま外に放り込むというのは風鳴弦十郎的にもナンセンスだった。
そんな理由で彼等はアルバイトという形で二課に雇われたのだった。
「へぇ~? アルバイトとして……」
「そういう事だラーメン女神ちゃん」
「ラーメン女神ちゃんは止めて欲しいんですけど……」
そして彼等は奇しくも少し前からこの二課に入る事になってしまったラーメン女神ちゃんと再び再会する事になる。
「ちゃんと立花響って名前があるんですから……」
「そりゃ失敬。
んじゃ改めてよろしくな立花さんや」
ラーメン女神ちゃんこと立花響は、どこまでもノリが軽すぎる三バカと改めて自己紹介をする。
思えば無銭飲食で警察に連行されかけていた所を何と無くで助けてからの縁だけでこうなるとは――響はヘラヘラと笑ってる三人を見て、ここ最近の慌ただしさによる精神的疲労を少し忘れられた気がした。
ただ、訓練に参加したこの三バカが生身ではあり得ない動きでそこかしこを破壊し、嗤いながら殴り合ってるのを見た時はドン引きしたけど。
こうして言うなれば響の少し後輩となった三バカとは、年が近いのとほぼ同時期に入隊させられたのもあってか、そこそこ仲良くなっていく。
そして数日後。
三バカは当たり前の様に知らないが、このバイト先には世間的に有名でもある先輩が居る――と言っても歳はほぼ変わらないが。
そんな先輩とはあまり接点は無い三バカだけど、響はどうやらその先輩と仲良くなりたいらしい。
「あ、あのさ……怒らせちゃった人と仲良くなる方法ってあると思う?」
「んぁ?」
まだ色々と慣れてなく、これまた色々と空回りしてしまっている響は酷く落ち込んだ様子で、施設の床磨きをしていた三馬鹿アルバイターの一人、一誠に相談をする。
「何かあったのか? てか何で俺に?」
ご丁寧に頭に三角巾をしながらモップがけをていた一誠が作業の手を止めて、眉尻を下げながら笑ってる響に聞き返す。
「うん、ヴァーリ君はラーメンばっかりだし、神牙君は――なんか嫌な予感しかしなくて……。
その点一誠君は――なんだろ、バ――じゃなくて、明るいから友達とか多そうだと思って……」
「今俺を馬鹿って言おうとしてなかったか?」
「言ってない言ってない! や、やだなーもう!」
思わず本音が飛び出そうになった響は必死に笑って誤魔化す。
三人に対して響は名前で呼んでいるのは、決して親しくなったという訳ではなく、三人とも姓に当たる名前は捨てたと言って決して口にしようとしなかった為に自然とそうなっただけである。
とはいえ、特に一誠はストライクではない異性に対しては基本的に面倒見が良い気の良い若者なので、馬鹿そうだと言い掛けた響の額を軽く小突いてやりながら、その悩みを律儀に聞いてあげる。
「ヴァーリと神牙に相談しなかったのは正解だな。
あの野郎共に相談したら余計なことにしかならないし。
で、その怒らせた相手って誰?」
「……翼さん」
「? ……ああ、堅物そうな姉ちゃんか」
風鳴翼という響と同じ装者の一人で、かなり有名な歌手の一人でもある。
そんな彼女の性格は一言でいうなら堅物であり、一誠も何度か遠くから見たことはあるが、未だ近付いた事はない。
ただのバイト清掃員なので、接点なんてあるわけもないのだ。
「か、堅物そうな姉ちゃんって……」
「だって実際そうなんじゃないの? ああ、これあくまで俺の勝手なイメージだからな? あのままだとあの姉ちゃんは将来三十路になっても恋人もできず、コンビニ弁当と発泡酒で生活する干物女コースに突入する気がする」
「ひ、干物って……」
あまりにも思ってる事をそのままぶちまけ過ぎてる一誠に、どこかで聞かれてやしないかと響はハラハラするのと同時に、相談相手を間違えてしまったのかもと後悔する。
しかしこんな相談が出来るのは今の所他に居ないのもまた事実だし、何やかんやと掃除する手を止めて響の相談に乗ってくれている。
「ちゅーか、何で怒らせたの?」
「いやその、翼さんと一緒に戦いたいって言ったら翼さんと戦いかけたり、私の失言で翼さんのビンタされちゃったり……」
「クッソ嫌われたなオイ……」
それは最早修復できなくね? と響の話を聞いて思ってしまう一誠は多分悪くはない。
それに聞いてみると、どうやら響の纏うシンフォギアなるシステムのほぼ前任者たる天羽奏と翼が戦友の関係で、二年前に響を救うために命を落とした――ともなれば翼にしてみれば、天羽奏は響のせいで死んだ……そう思われるかもしれないという、とても複雑な状況なのだ。
「お、思ってたよりも重いな……色々と」
「そうだよね……やっぱり」
「待て待てしょげるな! きっとまだ芽はある筈だ! 諦めたらそこで試合終了なんだぞ!」
一誠をして重くて複雑と言わしめる状況に、響のテンションは更に下がる。
一誠自身の過去もまた複雑なものだが、こういう複雑さとはまた別物だ。
「よ、よし俺に任せな!」
しょげる響をなんとか元気付けつつ、つい言ってしまった一誠にプランなんてありはしない。
しないが……何と無く放っては置けなかったので、つい一誠は強がったのだ。
「友達作りの天才こと一誠様に任せろってんだ!」
友達なんて神牙とヴァーリくらいしか居ないというのに、さも友達沢山と豪語してしまった一誠。
こうして一誠は割りとピンチな状況の中、響を翼に認めさせる為に奮闘する事になってしまう。
その第一歩は、まず一誠自身が翼の人となりを知らなければ話にもならないということで……。
ちょうど施設に赴いていた翼を発見し……。
「あ、あのっ! お、お嬢さん、よろしかったら、あんなノイズ退治より、俺とお股のノイズを退治しに行きませんか?」
「………………………」
別にそんな気はまるで彼女には沸かないが、声の掛け方が全く分からなかったので、取り敢えず一誠流の声かけをしてみた――まるで原始人みたいなナンパ文句で。
当然――
「まさかのグーで殴られた……。マジのグーだったぜ」
「…………」
「お、おい何だその目は? 俺だって不本意だったんだぞ……?」
「えっとごめん……だとしても最低だと思う」
見事なまでのショートフックからの右ストレートを貰い、一誠は鼻から流れ出る血をティッシュで止血しながら、響にまで幻滅されるのだった。
終わり
原始人みたいなナンパをする変態――ですっかり馴染んでしまった一誠は、今日も街に出てナンパをしては玉砕し、大人のおねーさん職員をナンパしては玉砕し続けた。
「ギャハハハ! モテ無さすぎドラゴン波ァァッーーー!!!!!」
そのあまりの玉砕っぷりに対する八つ当たりに使われるなんて、ノイズ達にしてみれば良い迷惑でしかない。
しかしモテない事への僻みが皮肉にも一誠を変化方向に進化させているのも事実だった。
「女性に振られる度にパワーを増している様ですね彼は……」
「理由としては俗物そのものですが、ある意味で戦力として安定しています。
どうも彼の力は装者に分け与えて一時的に倍増までさせられるようですし」
「うぅむ……」
普段は清掃員のバイターである三バカ達の戦闘力は対ノイズ達にとても役に立っている。
「しかしなんというか、ああも玉砕し続けてるのを見るのは、同じ男として不憫に思えてならないのだが……」
しかし司令をして、不憫に見えてしまう程度に酷いものらしい。
半泣きな顔で龍の帝王と呼ばれる力を奮ってノイズ達を次々とぶちのめしていく一誠の姿は、同性の職員達には見てられないものがあった。
「………………」
「お、お疲れ様一誠くん……」
いっそ呪われてるレベルでの玉砕っぷりによるテンションの落ちっぷりには、最近は肩を並べてノイズ達と戦うレベルにまで到達している響達にも伝わっている。
誰よりも身体を張り、誰よりも先んじて敵と戦う三バカの内の一人のあまりの情けなさ残るその姿は哀愁が漂ってしょうがない。
「女ってなんなんだろうね……」
「そ、そんな悟りを開いた仙人さんみたいな顔しないでよ……?」
一誠のストライクゾーンの微妙な狭さのせいもあるのだが、流石に堪えたせいか悟りの境地でも開いた笑みを浮かべながら緑茶を静かに飲んでる姿はとても痛々しい。
何だかんだと翼といった先輩達に認められるまでの装者に到達できたのは、三バカ達――特に律儀に付きっきりで『戦いかた』を教えてくれた一誠のおかげだと思ってる響は、ぶつぶつと『ああ、刻が見える気がしてきた』と、ヤバイ電波でも受信してるとしか思えない事を呟いている一誠を元気付けようと必死だ。
「ほ、ほら! そんなに女の人とデートがしたいなら私がしてあげるからさ!」
「キミの親友の子にぶち殺されるからいい……」
どーせ俺なんて……と、今度は地獄に落ちた兄貴みたいなヤサグレオーラを醸し出そうとしている一誠のめんどくささは、ただ今ピークに達している。
「そ、そんな即答で断らなくても……」
その癖そこそこ緊張しながら出した響の提案にはノータイムで断るものだから、さしもの響も軽く傷つく。
本人は玉砕されまくってて自覚ゼロだが、何故玉砕するかにしても、あんなスケベ心丸出しな顔して、原始人みたいな口説き文句でナンパしようとすればそうもなるに決まってる訳で……。
逆に一誠にとってストライクから外れてる異性に対しては律儀な程面倒見が良く、其々持つ暗い過去を氷解させる程の明るさで接する気の良い青年なのだ。
その面をストライクになる女性に見せれば良い――と、一誠に結構懐いている『響達』は思うが、それを口に出して指摘した者は一人もいない。
何故なら、それで急にストライクゾーンに入る女性にモテだしたら嫌なので。
「歌えば良い。
一誠が作った変な歌」
「そうデス。
歌詞は最低ですけど、聞いてると癖になるあの歌を!」
「……………」
そんな一誠に懐いてる娘さん達が、歌って忘れろと言う。
そう、気分が落ち込んだ時こそ歌って忘れるべきなのだ。
「俺のおっぱいドラゴンの歌を聞けぇぇっ!!」
二人に乗せられ、あろうことか響達が通う女子高の放送室をジャックし、一誠は熱唱ならぬ絶唱した。
皆大好きおっぱいドラゴンの歌――そして。
「そしてお次は世のおっぱい好きの国歌! チチをもげも聞けぇぇっ!!!」
国歌こと世の中のおっぱい好きの聖歌を。
結果――
「減給と謹慎のダブルパンチです。どーもありがとうございました!」
「玉砕のし過ぎで迷走するにも程があるだろ……」
「流石に庇えないぞ……」
しこたま怒られたとさ。
ある者は余計に幻滅し、ある者は見ただけで石を投げ付けてくる。
尊厳なんて地に墜ち過ぎて地面をめり込んでしまった。
しかしそれでも一誠は変わらない。
「そこのお姉さぁん! 俺と一発どう――あべしっ!?」
「いい加減にしろこの馬鹿!」
どれだけ嫌われても、どれだけ蔑まれようと、どれだけ裏切られても、どれだけ見捨てられようとも――もう二度と泣かないと誓った。
馬鹿みたいに笑って――もっと先の先へと進む。
「ええぃ邪魔するな胸以外はお子様二号! 俺は今日こそ素敵なおねーさんとウヒャヒャな一時を――いだだだだ!? お子様に蹴られる趣味はねーんだよ!」
「うっせー! あんなクソ恥ずかしい思いさせておいて懲りねーのが悪いんだよっ!!」
「諦めたらそこで試合終了という言葉を知らないのか! 俺は絶対に諦めねぇ……! だから放せぇぃ!!」
かつてそんな友の生き方によって救われた。
そして今を生きる一誠の生き方は多分きっと少女達の心を溶かしていくのかもしれない。
「こ、このお子様二号めが……! 第一お前はパーソナルカラーから何から俺と被ってんだってんだ! ファンか!? 俺のファンですかこのやろー!」
「お前がアタシに被ってんだろーが! そっちこそ真似すんじゃねー! 今すぐその籠手の色を変えやがれ!」
「なんだぁ!?」
「やるかぁ!?」
「と、取っ組み合いになって喧嘩してるあの二人……」
「うるさい……」
「でもなんだろ……ヴァーリくんや神牙くんみたいな仲の良さを感じる気が……」
「あーっ!? 楽しみしてた俺のプリン食いやがったな!?」
「その前にあたしの唐揚げを食ったじゃねーか!」
「じゃあかしぃ! 返せゴラァ!」
「こ、このっ! ば、馬鹿! ど、どこ触ってんだよ!?」
「うるせー! 返せー!」
「ぜぇぜぇ……きょ、今日の所は引き分けということにしてやるぜ」
「ふーふー……あ、ああ……。
てかお前……」
「あんだよ?」
「な、なんでもねーよ馬鹿! 足の小指ぶつけて苦しんじまえ!」
終わり
補足
ヴァーリと曹操(神牙)と一緒ならデフォでこんな性格です。
例え過去に親に捨てられ、悪魔達に裏切られ、龍神にすらも見捨てられたとしても、彼はそんな過去を欠片も出さずにただアホやって笑って前に進む道を歩んでます。
……ただ、何個か爆弾を抱えたまま。
その2
原始人系のナンパの極意1……すぐそっちの方のワードで口説こうとする。
結果、マジなグーパンチを無料でプレゼントして貰えるんだぜ! やったね!
その3
主人公達の通う学校の放送室をジャックし、例の歌をに連発した一誠はある意味で伝説化した模様。
尚、同僚達からの顰蹙は死ぬほど買った模様。
その4
パーソナルカラーが被るとかいう理由でとある子とはしょっちゅう小競り合いする。
その際、ナチュラルにセクハラやらかして余計変な事になってるが、本人はレンジャーレッドはこの俺じゃあ! と無駄にその子と張り合ってる模様。