色々なIF集   作:超人類DX

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中途半端に600話まで来たので無駄に長くした。

ただそれだけ。


執事と対抗心

 もう二度と誰であろうと奪わせない為に、小さな子供は他人を信じるという事を辞めた。

 それは例え、奪い尽くされて何も無くなってしまった自分の中にある、本来ならば開く必要の無かった可能性扉の開け方を教えてくれた人外であろうとも例外ではない。

 

 誰も信じず、誰にも与せず、ただ孤独に進化という己の道を駆け上がる。

 そうすればもう誰にも奪われないと信じて。

 

 だけど小さな子供は、化け物へと変わる宿命を宿しても所詮は子供でしかない。

 ただの子供にそんな可能性が宿っていたとしても、突然強くなる訳だってない。

 

 結局その決意は自分よりも遥かに長く生きる人ならざる者によって叩き伏せられ、小さな子供は人ならざる者の家族達の下へと連れていかれてしまった。

 

 

『僕に勝てれば、キミを一人前と認めてここから出ていく事を認めてあげる。

でも今のキミは可能性を持っただけの人の子――そうだな、あんまりこういう言い方は好きじゃないけど、キミは僕に負けた。

負けた以上、勝った僕の言うことは聞いて貰う。なに、キミが僕に勝てれば良いだけさ。

そうすればキミがどこに行こうと僕たちは引き留めはしないって誓う―――簡単だろう?』

 

 

 正真正銘の化け物。

 悪魔と呼ばれた種族の中においても、種の力を越えた力を持った超越者と呼ばれた男は、それに加えて自分の可能性を教えた人外と同じ性質までも持っている。

 

 そう、自分とは違って生まれながらの人外。

 負けてしまった少年は、その言葉に従うしかなかった。

 

 それから月日は流れ……。

 子供から大人へとなろうとする年齢へと成長していった青年は、他人を信じない気質は変わらなかったけど、そんな青年を他人の筈なのに構ってきた悪魔の家族達の執事となった。

 人外の悪魔の母や嫁さんといった悪魔の女性達に徹底的にその作法等を教え込まれた事で完成した人でなしな執事。

 それが日之影一誠という存在を確立させるに至った半生の記録。

 人外の悪魔の青年に敗北する事で自然と形成された、彼の繋がり。

 

 だからなのだろうか、本人は間違いなく否定するだろうけど、実の親からの愛情までも奪い取られた事もあるし、悪魔の女性達が挙って年上風を吹かせまくって青年に構いまくってきたり、人外の悪魔の母が特に我が子同然に反抗期真っ只中な性格になってしまっても青年に愛情を注いできたせいで、青年は潜在的な意味でマザコンになっていた。

 

 その証拠に、どこかの馬鹿が人外の悪魔の母であるヴェネラナ・グレモリーにちょっかいを掛けた時があったのだが、青年はその馬鹿を徹底的に、しかも執拗に、それも残虐に潰した。

 周りが止めたから青年は止まったものの、その馬鹿はいっそ死んだ方がマシな呼吸をするだけの肉塊になったらしいが……。

 

 まあつまり、カッコつけて独り身を装いたがっていても、結局の所青年は日之影ではなく兵藤一誠なのだ。

 ………ちょっと極端になっただけで。

 

 

 そんなヴェネラナの孫娘……本来ならば男児として生まれる筈だが、この時間軸では人外の悪魔の娘となるミリキャス・グレモリーは、物心がついた時から居た日之影一誠を兄と呼んで慕っていた。

 

 種族も違えば、血の繋がりも無い人間を兄と慕ってくるミリキャスを当初一誠は拗らせた警戒心のせいで物凄くぞんざいに扱っていたが、それでもミリキャスは一切変わることなく一誠を兄と呼び続けたし、彼が意識を向ける絶対条件である『強さ』も、ただ彼に認めて貰う為にクリアした。

 

 その執念は最早血の繋がらない兄に対して向ける物でない領域へと昇華していたし、実際ミリキャスは一誠さえ居れば例え自身の種族が死に絶え様が知った事ではないと平気な顔して言い切れるまでの極端なものへと変わった。

 

 つまり何が言いたいのかというと、日之影一誠は潜在的なマザコンであるのと同時に、子供にはどうにも好かれやすい性質がある。

 といっても、彼を深く知った者が――というかなり難しい条件を乗り越えなければならないのだが。

 

 それは甚大なるダメージを負った拍子に悪魔や冥界の存在しない世界へと弾き飛ばされてしまったこの世界でもあまり変わっていない。

 

 極限なまでのコミュ障こそ、彼を保護し、彼がやらかして背負う事になった借金を肩代わりしてくれた――あんまり10代に見られない哀しみを背負う少女の尽力で腰は改善されてきたものの、子供に好かれやすいのだけはそのまんまだった。

 

 ……いや、癖の強い子供に好かれやすいといった方が正しいのかもしれない。

 現に彼は全く気づいてないが、借金返済とその後の帰還の為の足掛かりとして異界の地で執事を一年近くしている間に出会った癖のある子供に好かれていた。

 

 その筆頭が恐らく――

 

 

「あ、待ってくださいイッセー様……!」

 

「うぜぇ、掃除の邪魔だからナギの近くで大人しくしてろ」

 

 

 おっとりとした少女こと鷺ノ宮伊澄であろう。

 ほぼ無表情で無口。されど口を開けば辛辣な言葉しか出ない拗らせ執事をこの様な少女がこうも懐くのは全く以て不可解だが、彼女はこの化け物じみた力を持ち、無愛想な執事が意外な程に律儀で、口では辛辣に悪態をついても、どうしてもと言えば断れないタイプで、なにより面倒見も良いことを出会ってから今までの期間の間に知った。

 故に少女は、ミステリアスなヒーロー気質を感じさせる日之影一誠に懐いた訳であり、今も友人のナギが居る屋敷の清掃をしてる一誠の後をとてとてと付いていく。

 

 

「まさかあのお方がナギの新しい執事さんだったなんて思いませんでした」

 

「ナギが直々に雇ったから俺よりも期待度は上で、めでたく解雇されると思ったが、世の中ってのは本当に不条理だ」

 

「もしそうなったら私がイッセー様を雇いますよ……?」

 

「冗談じゃねぇ。オメーみてーなド天然のガキの面倒なんて見たかねぇよ」

 

 

 せっせと、手早く清掃を済ませていく一誠は伊澄が話し掛けてくるのに対して律儀に応じる。

 無視をすれば良いのだが、結局の所、伊澄の天然過ぎる性格を警戒したところで無意味と理解したせいなのか、無視した方が面倒になると一誠も一誠で一応伊澄の人と成りを理解はしているらしい。

 

 

「こんなもんか……」

 

「終わりですか……?」

 

「ああ、元々年末に徹底的にやっといたのもあるし、メンテナンス的な意味での軽い清掃で十分だ」

 

 

 三千院家のものとはデザインが違う燕尾服を着た一誠が掃除を終わらせ、用具を片付ける姿を飽きることなく見てくる伊澄は、この時間が意外なほど好きだ。

 特に誰にも邪魔されず一誠と二人になれるこの時間が……。

 お陰でナギの屋敷に来る頻度がかなり上がってしまったし、周りもそんな伊澄をなんとも言えない目で見たりするのだが、これに関してだけは伊澄に控える気は無い。

 

 

「あら、地震かしら?」

 

「…………」

 

 

 少し遠くの所で何かが破壊された音と大きめの地揺れが発生しても、一誠が傍に居たら怖くない。

 だからこそちょっとだけ……それまでは決して思った事なんてなかったが、ナギが羨ましいと思った。

 

 そんな一誠が自分と話すときよりも気安く話している様に見えたマリアはもっと……。

 

 

「また綾崎君辺りが壊したな……はぁ」

 

「直しに行くのですか……?」

 

「めんどくせぇからマリアに言って業者を手配させる……そこまでやってやる必要も義理もねぇや」

 

「マリアさん……ですか……」

 

「あ?」

 

「いえ……」

 

 

 彼を執事にすべきと推薦したのは、ナギから聞いた限りではマリアだ。

 三千院家の本家の執事やボディガード……果てには私兵軍隊すらも10分も掛けずに本家の屋敷の半分ごと全滅させた際、止められたのもマリア。

 

 

「仲、宜しいのですねやっぱり……」

 

「誰と誰が?」

 

「イッセー様とマリアさん……」

 

「あ? 俺がマリアと?」

 

「そう見えますから……」

 

 

 なんやかんや言っておきながらマリアからの頼みは全部断ってないのも……。

 伊澄にはその意味はわからない。けれどどうにも嫌な気分になる。

 

 

「一応上司的な存在だからな……。

それに、アイツには借りを作ったまんまにしたくはない……それだけだ」

 

「………」

 

 

 ナギの居る部屋へと連れていこうとする一誠はそう言うし、実際はそういう関係性なのかもしれない。

 けれど伊澄はそれが不安だった。

 

 不安で、寂しくて……そんな一誠と二度と会えない別れになりそうな気がして。

 歩くのも普段は穏やかな伊澄は、前を歩く一誠の隣を歩くのも、そんな不安の表れかもしれない。

 

 

「………」

 

(ぁ……歩幅を合わせてくれた……)

 

 

 そしてそんな伊澄に、一誠は何も言わずに自然と速度も歩幅も合わせる。

 

 

「ふふ……」

 

「あ? なんだよ?」

 

「いえ、ちょっとだけ嬉しいことがあっただけです」

 

「………。ミリキャスかお前は」

 

「…………みりきゃす?」

 

「……。何でもねぇ」

 

 

 だから伊澄は不思議な力を感じる青年に懐くのだ。

 

 

 

 

 さて、そんな天然少女を連れてナギの居る部屋に行ってみると、部屋の中はかなり散らかっており、主であるナギが同い年くらい目付きの悪い少年とギャーギャー言い合いながら喧嘩していた。

 

 

「お前みたいなガキに言われたくないわっ!!!」

 

「なんだとこのブース! ブース!!」

 

 

 実に年相応の男女の喧嘩といえばそれまでだが、物がとっ散らかってるせいで仕事が増えてる時点で一誠は微妙な気分だし、それを止めずに苦笑いしながら見てるマリアとハヤテに一言もの申してやりたい。

 

 

「……おい」

 

「あらイッセー君、お掃除は終わったの?」

 

「ガキ共をお前らが止めないせいでたった今増えたがな……」

 

「ここの片付けは僕がやりますよ? それに良いじゃないですか、聞けばあのワタル君とナギお嬢様は許嫁なんでしょう? 見てくださいよ、あんなにも相思相愛に……」

 

「………………。キミの認識力と頭の中身はどうなってるんだ?」

 

「さっき私も言ったわ。

あのやり取りがハヤテ君には仲良しに見えるみたい」

 

 

 ニコニコしながらワタルなる目付きの悪い少年とナギの大喧嘩を見守ってるハヤテの、天然通り越して最早馬鹿なのではとしか思えない発言に、一誠も流石に引いたし、マリアもなんとも言えない顔だ。

 

 

「というか、あの小僧付きのメイドはどうした?」

 

「サキさんなら、少し前にちょっとした事故が発生して水浸しになってしまったのでお風呂に入ってるわ」

 

「ふーん?」

 

「え、先輩もあのメイドさんの事を知ってるんですか?」

 

「知ってるだけで話した事は無い。

興味もねーし」

 

「あ、そ、そうですか……」

 

 

 ワタル専属のメイドことサキに対して真顔で言い切る一誠に、ハヤテは『好き嫌いの基準がよくわからない』と思っていると、ちょうど一誠に付いていっていた伊澄は喧嘩真っ最中の二人に近づく。

 

 

「ワタル君」

 

 

 伊澄にとっても顔馴染みであるワタルに話しかけたその瞬間、それまで互いに火山の爆発を思わせるやり取りをしていた筈だったのが、一瞬にして止まる。

 

 

「あ……え……い、伊澄……」

 

 

 微笑む伊澄を見た瞬間、嘘みたいに大人しくなるワタルは顔を赤くさせながら目をあちこちに泳がせてる。

 

 

「こんな朝早くからどうしたの? もしかしてワタル君も新年のご挨拶?」

 

「お……ぅ、ぼ、僕も新年の挨拶に……」

 

 

 嘘だろ? と思う他無い豹変っぷりに、新参のハヤテも気づく。

 

 

「な、何ですか? まるで一度ノートを手放した事で綺麗な月君になった様な豹変っぷりは……」

 

「えーっと、見てわかる通り、ワタル君は伊澄さんの事が好きって事ですよ」

 

「ええっ!? お嬢様の許嫁なのに酷いじゃないですか!?」

 

 

 無言で影を薄くさせながら散らかった物を片付ける一誠は、やっと終わった騒ぎにため息をついている中、マリアからの話にハヤテが軽い憤慨をしている。

 

 

「でも本人同士が納得している話ではないですからね……」

 

「じゃあお嬢様もワタル君と婚約する気はないと……?」

 

「あ、当たり前だろう! お互い好きでも無いのに結婚してたまるか!

……まあ、本当なら伊澄がワタルを好きにでもなってくれたら丸く収まるのだが、見ての通り、ワタルは伊澄の眼中にない」

 

「た、確かに……。緊張しているのはワタル君の方だけですからね……」

 

 

 割れたカップや散らばったガラス片を丁寧に片付ける仕事人のイッセーのおかげで凄まじい速度で部屋が修復されていく。

 

 

「そして困った事に、伊澄はといえば……」

 

「あ、ああ……」

 

「ま、そういう事ですわハヤテ君……」

 

 

 ナギ、ハヤテ、マリアの視線が黙々と仕事を完了させていくイッセーに向けられる。

 今この瞬間でも律儀に仕事をするイッセーに対するあの懐き方を見たハヤテですら、一瞬でわかってしまったのだ。

 

 

「おい、そこ退け。

カップの破片が落ちてる」

 

「っ!」

 

「あ、ごめんなさい……」

 

 

 

 

 

「本当に動じませんねあの先輩は……」

 

「更に困った事に、イッセーは伊澄を完全に手間の掛かる子供としか見てない」

 

「まあ、異性と見たらそれはそれで問題ですがね……」

 

「お陰でワタルはイッセーを敵認識してしまってな。顔を合わせる度に無謀きわまりない勝負ばかりを吹っ掛けるのさ」

 

「…………絶望的な戦力差ですねそれは」

 

 

 ある意味空気を読んでないくらい仕事に徹しているイッセーに気づいたワタルが、敵愾心の塊みたいな顔で睨んでいるし、どんな状況であろうとブレることなく仕事をする姿に伊澄は逆にキラキラした眼差しだし、外様から見せられるナギ達は困った表情。

 

 

「と、取り敢えず朝食にしましょう? ね?」

 

『…………』

 

 

 このままにしたら嫌な予感がしたので、ハヤテが空気を変える為にそう提案する。

 お陰でぴりついた空気は一旦緩和しそうになったのだが……。

 

 

「伊澄さんは朝は和食が宜しいですか?」

 

「え……イッセー様がお作りするのでは?」

 

「今日は僕が当番なので……」

 

「そう……ですか……」

 

 

 ハヤテに朝食の中身を聞かれた伊澄は、片付け終えて首の関節を鳴らしてるイッセーを名残惜しそうな目で見つめている。

 その時点でハヤテはとても嫌な予感がしたわけで……。

 

 

「あ? なんだよ?」

 

「いえ、イッセー様がお作りするのではないと聞いたので……」

 

「飯なんぞ誰が作ったって同じだろ。文句言ってねーで黙って食え」

 

「………………」

 

 

 遊びにくれば、グレイフィアによって叩き込まれたイッセーの手料理が食べられると思っていた伊澄はバッサリしたイッセーの言葉に対して、目を潤ませた。

 

 その瞬間、ワタルがカッとなってイッセーに食って掛かろうとしたのだが……。

 

 

「……………。はぁ、ガキ共が。

余計な仕事ばかりさせやがって――綾崎君、悪いがコイツの飯以外はキミが出してやれ。

コイツのは俺が用意するから」

 

 

 そんな伊澄を見て深くため息を溢したイッセーの方が折れた。

 その瞬間伊澄の表情が花開いた様な笑顔になってしまった訳で……。

 

 

「ワタルが後ろから刺し殺そうとせん形相だな……。刺した所でイッセーは死なんが」

 

「れ、冷静に言ってる場合ですか…!? ぼ、僕が余計なことを言ったせいで余計煽ってしまったのに……」

 

「遅かれ早かれこうなってましたよ。

これも何時もの事ですので、気にしないでくださいな?」

 

 

 ワタル少年は日之影一誠が死ぬほど嫌いなのだ。

 程度は違えど、かつて一誠自身がサーゼクス・グレモリーに与えられた強烈な敗北感による対抗心と似たようなそれと……。

 

 

「なぁチンピラ執事ィ……」

 

「あ?」

 

「朝飯の前にちょっと決闘しようぜ……」

 

 

 無謀な戦いを挑もうとする所なんか本当に似ていた。

 

 

「馬鹿だなアイツは……。どう逆立ちしたってイッセーに勝てるわけないのに。

というか、これまで散々負けてきたのに、いい加減理解しないのか?」

 

「そ、そういう理屈じゃないと思いますよ? それより大丈夫なのでしょうかワタル君は?」

 

「大丈夫でしょう。

イッセーくんも加減はしますから―――といっても勝ちをわざと譲った事は無いですが。彼ってナギに匹敵するかそれ以上に負けず嫌いですからねぇ」

 

 

 

 

 

 

 

 さて、本来ならば天然君こと綾崎ハヤテに対抗心を燃やして決闘を挑むワタルだが、この世界では伊澄が明確にイッセーに対して懐いているせいで、その決闘対象が変わっている。

 

 

「………」

 

「おーい、何度目になるか数えるのも馬鹿らしいが、いい加減やめた方が良いぞ?」

 

「うるせぇ! やるったらやるんだよ!」

 

 

 屋敷の庭に移動したハヤテ達は、怠そうに立っているイッセーとは対照的に、まさに殺る気満々でございますな雰囲気を出しながら、用意して貰ったサーベルを持ってるワタルに、ナギが呆れた顔で一応忠告だけはする。

 

 もっとも、言っても聞くタイプではないこともナギは知ってたし、サーベルを持ってるワタルは案の定ナギの忠告を突っぱねてマリアに『加減だけはしてあげて』と言われながら渡してきたサーベルを受け取らないイッセーを睨んでる。

 

 

「おいチンピラ執事、なんで剣を持たないんだよ?」

 

「必要性が皆無過ぎる。将来脅威になると判断した相手は消すと決めてるが、そうではない相手にわざわざ付き合ってやる程無駄な真似はしない。

俺は兎を食い殺すのにわざわざ全力を出す馬鹿な獣じゃない」

 

 

 そう淡々とした顔で言ったイッセーにワタルはカチンとする。

 

 

「ど、どこまでも見下しやがって……!!」

 

 

 初めて見た時からそうだ。

 この男は自分をそこら辺の消しゴムの欠片でも見るような目をする。

 伊澄に対してもそうだ……自分が好きな異性に対してすら心底うざそうな態度するのも気に入らない。

 

 というか、どう考えても嫌われるだろう態度なのに伊澄は――

 

 

「イッセー様……」

 

 

 あんな、あんな顔をする。

 それが気に入らない。それが悔しい。

 だからワタルは最初の敗北からずっと―――

 

 

「だったら教えてやる! 何時までも見下される様な男じゃねぇってなァ!!!!」

 

 

 頂上が見えぬ程に高い壁となった日之影一誠を超える。

 

 

「行くぞチンピラ執事ィ!!!」

 

 

 

 それが橘ワタルの抱いた精神なのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 さて、くどい様だが、本来の世界ならばここにきて無駄に気を利かせたハヤテのせいで台無しにさせられる決闘。

 当然ながら相手が日之影一誠ではそれ以上に台無しにされるのではとお思いだろうが、実際は少し違う。

 

 

「ラァッ!!」

 

「……!」

 

 

 橘ワタルはまだ子供だ。

 しかしながら子供は意外な程適応する力が大人と比べて早い。

 今まで触ったことない大人がテレビゲームの操作を覚える時間が意外にも掛かったりするが、子供は不思議な程瞬く間に操作方法を覚えてしまう。

 それと同じ様に、イッセーによって敗北を与えられたワタルはそれ以降、その悔しさをバネに自分なりに対策や努力を重ねた。

 

 それは、かつてイッセー自身がサーゼクスに勝つために積み上げてきたものに近く……。

 

 

「…………」

 

「チッ!」

 

 

 その一撃はイッセー自身に『避け』を選択させるまでに到達するのだ。

 

 

「オラオラオラオラァ!!!」

 

「…………………」

 

 

 型もなにもない、がむしゃらなワタルの振るう剣は尽くイッセーに避けられる。

 手こそイッセーは出してないものの、その攻撃はその手には強いハヤテを意外なまでに驚かせていた。

 

 

「荒削りですけど、ワタル君って意外に強いかもしれません」

 

「イッセー君に敗け続ける中、ただ弱音を吐いてるだけではありませんでしたからね。

本人は知りませんが、前にイッセー君は言ってましたよ……『あの小僧はガキの頃の俺に似てる』って……」

 

「それは……」

 

「意味はわかりませんでしたが、決してイッセーくんも最初からあの強さではなかったという事でしょうねぇ……」

 

 

 最小限の動作でワタルの剣を避け続ける光景を見ながら、ハヤテはマリアの言葉を飲み込みかけたが、手から平気でビーム出す様な人間が最初は弱かったなんてちょっと信じられなかった。

 

 

「くっ!」

 

 

 そうこうしている内に、避けていただけのイッセーがワタルの剣先を指二本で掴み、そのまま根本からへし折る。

 

 

「満足か小僧?」

 

 

 そして珍しく、そしてわざとらしく見下した様な笑みを浮かべると、ワタルは即座に折れた剣の柄を投げ捨てると、剣は折れても闘志は折れて無いとばかりに構えた。

 それは奇しくも……イッセーが戦う気になった時と同じ――両手を軽く握りしめた構えに酷似していた。

 

 

「剣が無くなった程度で諦められるかってんだ!!!」

 

「……………ふっ」

 

 

 その目付きには闘志の炎で燃えている。

 諦めの色は当然見えない。

 そんなワタルの気位を前に、イッセーは何故だか知らないが自然と笑っていた。

 

 そしてイッセーもまた……珍しく構えた。

 

 

「!? 先輩が構えた……初めて見ます」

 

「そろそろ終わりですね」

 

「ああ、イッセーが構えたら最後……相手は終わる」

 

「イッセー様が笑ってる。

私は見たことないのに……ワタル君と遊んでる時はいつもそう……ずるい」

 

『え゛?』

 

 

 そんな光景を見ていた伊澄の一言に、ハヤテ達はギョッとする。

 そう、悲しいことにワタルはワタルで嫉妬されているのだ――他ならない伊澄から。

 

 

「オラァッ!!!」

 

「甘い」

 

「うわっ!?」

 

 

 そんな伊澄の小さな嫉妬を知らずに、ワタルは全身のバネをフル稼働させながらイッセーに飛び掛かるが、カウンターで繰り出された手に顔を掴まれると、そのまま投げ飛ばされた。

 

 

「うぐっ……!」

 

 

 背中を打ち付けたワタルは、その衝撃と苦しみで涙目になる。

 

 

「ま、まだまだァ……!」

 

 

 だが戦えない程のダメージではない。

 震える足に鞭を打ちながら立ち上がろうとするワタルをイッセーはただ冷たい目で見据える。

 すると……。

 

 

「わ、若ァ!」

 

 

 なんとか立ち上がったワタルの耳に、家族同然の女性の声が聞こえた。

 振り向くと、そこにはワタルに仕えるメイドのサキが泣きそうな表情で走ってきているではないか。

 

 

「な、何をしているんですか若は! お風呂に入ってる間に日之影さんとまた……!」

 

 

 どうやら何度も自身の主を泣かせるイッセーとの決闘を止めに来たらしく、外傷こそないものの、投げ飛ばされた衝撃で目が軽く泳いでるワタルを心配しながら――イッセーを睨んだ。

 

 

「やめてください! これ以上若に――」

 

「黙ってろサキ、 これは俺が挑んだ事だ。

お前は下がってろ……」

 

「で、ですがっ!」

 

「今はまだガキかもしれない。

けど、何時までもガキのままじゃ居られない――そして俺が俺として成長するには、コイツに勝たなきゃならない。

コイツに勝たなきゃ――明日なんて来ないんだ!」

 

「……………」

 

 

 

 

 

「何主人公みたいな事を言ってるんだあのアホは?」

 

「先輩が困った顔してますね……」

 

「そういえばイッセーくんが前に呟いてましたね……気質がまんま主人公タイプだって」

 

「まるで恐怖の帝王に戦いを挑んで傷つき、ヒロインが駆け寄ってる様な構図ですもんね……」

 

 

 サキを説得し、下がらせるワタルを見て映画でも観てる感覚で呟くナギ達。

 事実今のワタルからは迸る程の主人公めいた気配を感じるし……。

 

 

「とはいえ、一回投げ飛ばされただけで膝が笑っちまってる。

だから言ってくれよサキ……俺を止めるんじゃなくて、俺を応援する言葉をよ?」

 

「わ、若……」

 

「…………………」

 

 

 

 

「寸劇が始まってるぞ……」

 

「先輩が珍しく笑ってますね……」

 

「何か思い当たることでもあるんですかねぇ?」

 

「…………」

 

 

 イッセーが笑えば笑うほど、伊澄の表情が曇っていくことに気づかず、サキを説得したワタルはといえば――

 

 

「わ、若――頑張って!!」

 

「おう! 頑張る!!」

 

 

 どこぞの生徒会長が幼馴染みの庶務に向ける様な激励で気力を回復させていた。

 

 

「ver,黒神ファントム」

 

「うぎゃっ!?」

 

「わ、若ーーっ!?!?」

 

 

 しかし悲しいことに、強制敗北イベントみたいな差だけは覆ることはなかったけど……。

 

 

終わり

 

 

 

 橘ワタルは綾崎ハヤテよりも主人公気質だ。

 それ故にイッセーは意外とワタルの進化っぷりをそれなりに認めてはいた。

 悲しいかな、その認めが伊澄をムッとさせてしまってるのだけど。

 

 

「イッセー様はワタル君と遊ぶ方が楽しいですか?」

 

「は?」

 

「だって、何時もワタル君と遊んでいる時のイッセー様は楽しそうに笑ってるから……」

 

「……………………」

 

「あー……まあ、見た限りではそう見えるわよ?」

 

 

 え、そうなの? といった顔をしてきたイッセーに、マリアは苦笑いしながらうなずく。

 

 

「仮に笑ったからってお前に何の関係がある?」

 

「…………」

 

「アナタって人は……。

伊澄さんはアナタに笑って貰った事が無いのが寂しいって事よ……」

 

「意味がわからねぇ……」

 

 

 凄まじく寂しげな表情の伊澄の考えが全然わからないイッセーは、取り敢えず言われた通り笑ってやったが、某マッチョなターミネーターばりの不自然すぎる笑顔にドン引きされてしまった。

 

 

「なんなんだよ……」

 

 

 昔から女性のそういった面を理解したがらないし、理解もしてないイッセーは不貞腐れてしまう。

 

 

「アナタにとってはナギのお友達でただの子供でしかないでしょうけど、彼女達はそうじゃない様に見て欲しいって事よ」

 

「見てなんになるんだ? 俺の仕事が減るのか? お前への借りが減るのか?」

 

「減るどころか増えるでしょうね……。けどそういう問題ではないわ」

 

 

 不貞腐れるイッセーをマリアが宥める。

 年はほぼ同じながら、どうにもヴェネラナやグレイフィアに近いものを感じるせいか、つい素直に聞いてしまうが、それでも機敏な心を察する気はないらしい。

 

 

「それよりどうこの服? これでアナタにお婆さん呼ばわりされなくて済むかしら?」

 

「……お前のセンスも大概というか極端だな。

なんでそんな小学生みたいな服をチョイスするんだよ――ドン引きするわ」

 

「む……アナタが服装を若いものにしろと言うからでしょう? 私はまだ17だし、そこから逆算すればそれくらいの年齢の服装になるじゃない」

 

「そんな格好した、見た目20代後半の17の女と一緒に歩きたくねぇよ」

 

「に、20代後半は言い過ぎでしょう!? せ、精々20歳くらいって……」

 

「そう見えんだからしょうがねーだろ。

だから一々気にしすぎなんだよお前は……。

まあ、逆に良い年こいて未だに女児アニメみたいな格好してる女を知ってるが……。ソイツは実年齢はともかく見た目は10代で通じるからなぁ……。

マリアの場合はその真逆なんだよ」

 

 

「だ、誰よ!? わ、私だってその女児アニメめいた格好したって問題ないわ!」

 

「いやー……セラフォルーと比べてもマリアはなぁ―――くくっ!」

 

「わ、笑ったわね!? い、良いわよ、着てあげるわよ!」

 

「やめろやめろ、ナギ達に見られたら大騒ぎするのが目に見える」

 

 

 察せないくせに、マリアの服のチョイスには笑う執事。

 後日、散々嫌と言うほど見せられてきた魔王少女みたいな格好をしたマリアを見たイッセーは、多分生まれて初めて心の底からの優しい眼差しでマリアの背中を叩いてやったらしい。

 

 

「その……なんだ、俺が悪かったよ。

お前は普通通りの方が良いよ……」

 

「な、ナギとハヤテ君があんな恐怖におののいた顔をされた挙げ句、ゾンビでも見るように逃げられるなんて……」

 

「俺はほら、ガキの頃からその趣味の女に散々見せられてきたから慣れてるからよ……。

でもだからこそ言うけど、お前は普通の方が良い……ほら、茶ァ入れてやるから落ち着こうぜ? な?」

 

「……。アナタのせいよ、ばか……」

 

「ああ、そうだな……」

 

 

 その優しさが逆にマリアへのダメージになっていたけど、ドン引きすると言った割りにはあんまりドン引きはしてないイッセーに若干マリアは救われたのだという。

 

 

「ところで、セラフォルーって誰? 随分と女性の知り合いが多いみたいだけど……」

 

「うざいくらい構ってきた女だよ。

多分お前も一度会ったら二度と忘れないタイプ」

 

「ふーん……?」

 

 

終わり




補足

簡単にいうと、伊澄さんラブなワタルくんは、とにかく執事イッセーに対抗心を燃やしてリベンジしまくる。

それに対して執事は、結構認めるレベルで成長してるので内心ワクワクしてしまい、自然と笑う。

そんな笑みを引き出してるワタルくん――じゃなくてワタルきゅんに伊澄さんは対抗心を燃やすという……悲しきトライアングル。


その2
そんなワタルくんとメイドのサキさんは善吉くんとめだかちゃんみたいな強固な繋がりがある。

決してサキさんがショタコンだからではないぞ!


その3
流石に魔王少女めいた格好したマリアさんは――無理があるとか言ってはならない(戒め)

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