はい。すんませんでした。
先に謝りますわ、色々と
ただの子供だった私は、姉が一夏に向けたあの目を忘れないし、赦しもしない。
あの時抱いた怒りを――何も出来なかった自分への怒りも忘れやしない。
肉親であろうがなんであろうが、私には関係ない。
いや、肉親であるからこそ赦せない。
例え赦しを請われても……私はもう変わらない。
これまでも、そして―――――これからも。
上を見上げれば姉―――――いや、篠ノ之束が遠隔操作しているだろう無人の機械が10体程、イッセー兄さんに向けて武装の照準を向けている。
春人を傷つけた報復をする――等とあの女は息巻いているが、私に言わせてみれば、10体程度で兄さんに傷をつけられると思っている天才の考えに笑ってしまうしかない。
てっきり、もっと警戒するか念入りな準備でもしてくるのかと思っていただけにな。
もっとも、あの女が直接ではなくて遠隔操作をしている辺り、少しは考えてはいるのたろうが、どちらにせよ兄さんや姉さんの相手にはならない。
というより、私が一切手を出させない。
イッセー兄さんやリアス姉さんだけではなく、この場に居るもの全員には欠片ひとつ触れさせやしない。
『邪魔しないでよ箒ちゃん。
お姉ちゃんは箒ちゃんを傷つけたくないし、そこの奴に何を吹き込まれたかは知らないけど、誤解してるよ』
「誤解してることが正解なのだとしたら、私は永遠に誤解したままで構わないね篠ノ之束。
それと、その程度のガラクタで兄さんを傷つけられると思っているのなら、勘違いも甚だしい。
ふっ……暫く見ない内にすっかり馬鹿になってまった様でガッカリだ」
『…………』
ただの機械共を見上げ、機械越しに此方を見ているだけの篠ノ之束を私は煽る。
そうだ、少なくとも昔ならもう少し頭が回るはずだったのだあの女も。
すっかり織斑春人に熱を上げすぎてレベルが低くなったか――まあ、そんな事は今となってはどうでも良い。
「皆、一応私はあの女の妹だ。
奴の始末は私が着ける」
仲良く退場して貰う。
そして精々壊された織斑春人と仲良くすれば良い。
私達の関係の無い場所で永久にな……。
イッセー兄さんを含めて全員に手出し無用と告げた私は、遠くから覗き見る事しか出来ない姉の寄越したガラクタを始末する為、何より先程一夏に向けて放った言葉に対する報復をする為……。
「すぐに終わらせてやるから……」
イッセー兄さんから叩き込まれた技術を解放する。
妹の箒が一夏に好意を持っている事は、初めて出会った時から何と無く見抜いては居た。
それが篠ノ之束にしてみれば気に入らなかった。
(気に入らない……。
ねじ曲げた紛い物の全てが気に入らない……!)
10体程度の無人機を操る束は現在、IS学園の遥か上空の移動式のラボの中から無人機のメインカメラに映る箒を歪んだ表情で観る。
「っ……!?」
そんなイレギュラー達をこの世から消すのは容易ではない―――――実の所、束もそれは知っていた。
人でありながら人智を越えた現象を可能とさせる――科学では証明できない存在であることも、そしてそんな悪魔じみた化け物二人によって箒と一夏がその領域に踏み込んでいるのも、束は知っていた。
『一体目』
だが知っていた所で束は手出しが出来なかった。
空から監視しようにも、まるでゴミ箱に空き缶を投げ捨てるかの様に、監視用の衛星を打ち落とす一誠だったりと、未知の化け物共が尽く邪魔をしてきたから。
だから直近の箒がどうなっていたのかがまるで把握出来なかったのだが、今の箒が到達していた領域は束の予想を遥かに越えたものであったと思い知るのは、生身で空へと跳びながら一体の無人機を一撃で殴り壊した、冷徹無比な表情の箒の姿を見てからだった。
『二体目だ!』
僅か5秒で今度は二機目の無人機が、箒と並んだ一夏によって蹴り壊された。
直ぐ様束は残りの無人機達を遠隔操作してエネルギー式の武装で迎撃しようとするが、箒も一夏も人としてはあり得ぬ速度でその全ての砲撃を避けながら次々と無人機を破壊していく。
『7体目』
『8体目!』
これでも念入りに調整をした筈の自身の作品を簡単に破壊していく箒と一夏に、束は歯噛みをする。
『箒! 今更調子はどうよ?』
『普通だな。こんなガラクタをいくら壊した所で肩慣らしにもならないよ』
9機目が一夏と箒の拳によって頭部と腹部を破壊され、残りは1機。
その時間は僅か20秒で、しかも生身の人間二人。
人の限界を完全に無視した結果――まさに異常な光景はISを支持する者達からすれば恐怖そのものであろう。
しかし束は恐怖を抱くよりも思ったのは、そんな領域に到達した箒と並ぶ一夏の存在だった。
「出涸らしの癖に……! この私を見下してる……!」
箒と肩を触れ合いながら、笑みを溢している一夏の、最後の1機から送られた映像がモニターに映し出され、束の表情は憎悪にも近いものへと変わっている。
「あんな出涸らしが……! あんな失敗作が……! 私を、この私に全く興味を持たず、脅威にすら思ってない顔をしてる……!!」
最後の1機も抵抗虚しく、一夏と箒の下から突き上げる様な跳躍によるアッパーカットでもろくも砕かれ、映像が途切れた。
結局これは単なる牽制だったに過ぎないが、箒は異常な領域に到達し、一夏もまた自分を見下す領域へと到達していたという現実は、束がこれまで意図的に目を背けてきた『挫折』を植え付けるものであった。
「ふ………ふふっ」
最後の1機も破壊され、向こうの様子は見られなくなった束だが、観るだけなら手はあると目の前のコンソール機を凄まじい速度で操作するその表情は―――何故か笑っていた。
そして程なくしてハッキングした学園の監視カメラに映された映像に無人機の後始末をしている箒や、唖然とした表情で箒と一夏を見ている千冬――そしてそんな二人を親の様に笑ながら褒めてる一誠とリアス達――と、まるでハッピーエンドの様な楽しげな様子が映し出されている。
『この程度で終わるとは流石に思ってない、次がある。直接篠ノ之束を叩かなければ……』
『でも不思議だったな。
イチ兄を消すなんて言ってた割りには全然イチ兄を狙う気配が無かったぜ?』
『それだ。
……織斑先生を捕らえる為に、あのガラクタ共を陽動に使ってた訳でもない』
『私もそれは思った……。
なんだか何時もの束にしては単純過ぎた気がした……』
『言ってた事は全部ブラフで、他に目的があったのかもしれないわね』
楽しげに輪に加わってる箒、弟の異常な結果に戸惑いながらも束のやり方に疑問を感じてる千冬等など、其々が会話をしている映像をじっと眺めていた束。
その表情は本当に何故か『笑っている』。
その時だったか……。
『アレじゃね? その隙に春人を拐ってどっかで仲良く暮らすとかじゃね?』
『は、春人――えっと、奴をか? 確かに有り得なくもないかもしれんな……』
『でしょ? 正味それだけで二度と姿を見せなければそれで良い気とかしないか?』
『……。えらくどうでも良さそうだな……。
命を狙われたんだぞ? それに、あんな事まで言われたというのに』
『んぁ? あぁ、出涸らしがどうとかって話っすか? 何の事か―――ま、ちょっとは予想できますけど、別に言いたければ好きなだけ言わせりゃ良いじゃないですか? そもそもさ、俺は――――――――――
――――――――――――箒の姉ちゃんって事しか知りませんし、興味なんてありませんからねぇ?』
笑いながら束の存在そのものがどうでも良いと言い切る一夏の声がラボ中に響いた。
「………………………………………は?」
その瞬間、束は10秒程時間が止まった。
そして何度も一夏が放った言葉が束の頭の中を駆け巡り続けた。
今コイツは自分にたいして何て言った?
興味が無い? この天才を? 散々見下してきた相手がどうでも良い存在? 誰にも言われた事なんて無かったのに……? こんな出涸らしが?
『俺自身、箒の姉ちゃんに何を言われようがどうでも良いし、何にも思わないっすからね。
その人が俺を凡人だと思うのならそうなんでしょうし、そんな評価された所で所詮はただの他人ですから』
『…………。そうか……そう、だよな。
そう思われる程の事を私達はお前にしたのだから、当然だよな……』
『箒、イチ兄、リアス姉――俺にとって大事に思える人さえ居たら後はなんにも要りません。
だからアナタに春人の事の雑用を押し付けられても何にも思いませんでしたからね。
ボランティアみたいな感覚でやってましたから』
『…………』
「……………」
心底他人事の様に言う一夏に、千冬は俯いた。
そして偶然にも束もまた同じように俯いた。
『今更お前に謝る資格も私には無いが、すまなかった……』
『あー……えーっと、困ったな。謝らなくても良いですよ? 本当に何も思ってませんから。
ただ、春人が刀奈先輩にストーカーするのは止めさせてほしいっすけどねー?』
『え、まだそんな感じなの彼は……?』
『あの執着っぷりだったんだ。
そらそうだろ……下手すりゃ、刀奈の素っ裸でも想像してテメーでヤッてる可能性も――』
『ひっ!? じょ、冗談でもやめてくださいよイッセーさん! 本気で寒気がしたじゃないですかっ!』
一誠の冗談に一夏がヘラヘラ笑っている。
しかし束はそんな映像を見ることなく、暫く俯き―――
「ふ、ふざけるな……!」
見下されていたのではなく、そこら辺に落ちた塵以下の認識しかされていなかったという現実に、束の自尊心はこれでもかと破壊され、やがて憎悪へと変わっていた。
「お、お前みたいな出涸らしがこの私をどうでも良い? あ、あんなに見下してやったのに、お前は私を見もしてない? やり返すつもりすらも無ければ見返す気も無い!? ふ、ふざけるな!! お前ごときが! お前ごときが!!!!」
コンソールを叩き割る束は全力の殺意を抱いた。
見下していた存在が逆に見下していたというのならまだしも、実際は見下す見下さない以前に、一切の関心が無かったというフザケタ現実。
「な、何の為に……! 何の為に私は………!!!!」
千冬に似ても似つかない凡人さ。
ただ、誰かの後ろに着いていくだけの、守られてるだけのちっぽけな存在。
そんな存在に興味どころか関心すら持たれてなかった。
それは今まで培ってきた束のナニかを破壊する一言だった。
「あんな虫けら以下の失敗作が……! あんな虫けら以下の失敗作に!!!」
培ってきた精神が壊れていくというなら、まさに今この瞬間がそうだろう。
束は自分の手が自身の爪によって血に染まるのもお構い無しに強く握りしめた拳で周囲の物を殴りながら抑えきれないナニカを爆発させる。
さて、ここに来て疑問に思うだろう。
仕向けた無人機越しに千冬へと放った言葉以降、篠ノ之束は一度たりとも織斑春人について言及しなかった事に。
「お前が、お前が出涸らしでさえなければ―――
実際無人機を仕向けたのも、一誠を消す気だったのも確かな事ではある。
だが同時に、箒を異次元の領域に到達させたイレギュラーの一誠とリアスをこの程度では消せない事は実の所束も承知していた。
では何故、意味の無い行為とわかっていても行動に移したのか――
―――――私が、反吐の出る思いであんな虫以下の紛い物なんかに媚を売ることなんて無かったんだ!!!!」
全ては――いや、全てを察してしまったからこそ起きてしまった、ある種の悲劇のようなものであったからだった。
爆発した感情を撒き散らす様に、子供の癇癪の様に叫ぶ束は自身の腕が変色してもお構い無しに壁や機材を叩き、やがてその場に崩れ落ちる様に蹲る。
「あ、あんな紛い物なんかに傾倒したように見せておけば、あの紛い物に殺される確率は下がる。
事実、出涸らしだったし、あのままではあの紛い物にとって邪魔に思われていたお前は殺される……だから率先して私が見下してやったのに……!」
束は最初から知っていた。
紛い物――それがつまり織斑春人であることを。
そして織斑春人が異質な力を保持して、下手に逆らえば殺されると感じたからこそ傾倒したように見せ掛けた。
「お陰で箒ちゃんと一緒に、あの化け物二人に拾われた……。
それを紛い物やちーちゃんに隠してやったのも私なのに……!」
事実その思惑は成功した。
春人は束を信用したし、何ならアホみたいに自分の力を見せびらかしてくれた。
もっとも、その力が束でもどうしようもない程強すぎる力だった。
だからこそ束は、二人を拾った存在がそれ以上の化け物であった時は歓喜した。
その二人……一誠とリアスによって引き上げられていけば少なくとも殺されやしないし、なんならその化け物二人が春人を始末してくれるかもしれない。
けれど二人は今になるまで春人に手を出すことはしなかった。
「は、はははは……お陰で私もこんな思考回路になっちゃったんだよ。
あの紛い物の放つもののせいで、ちーちゃんもどんどん変わっていって、出会った異性は殆どアイツの言いなりになっていって。
それでもギリギリ耐えてきた私でも、こんな考え方になっちゃったっていうのに……!」
恨むのはお門違いではあるだろう。
あの化け物二人は箒と一夏に春人を越えて貰う為にその技術を教え込んでいたのだから。
だが長い年月は傾倒した様に見せ掛けて耐えてきた束を少しずつ蝕んでいった。
「兵藤一誠が紛い物をぶっ飛ばした影響か知らないけど、やっと解放されたと思ったのに。
こうすれば私を楽にしてくれると思ったのに……なんで無関心なのさ……」
それはきっと篠ノ之束としての本心の言葉なのかもしれない。
傾倒する様に見せかけ、一夏に敵と認識させ、それを糧に箒と共に成長して貰う為にしてきた事だった彼女の……。
「箒ちゃんだけじゃん。こんなの酷いよいっくん……」
解放された心の叫びなのかもしれない……。
『あ、あの……』
『……なに? 今急がしいから話しかけないでくれる? これからハル君に見せたいものがあるし』
『ぁ……ご、ごめんなさい……。
こ、これ……近所のお祭りで買ったからあげます……』
『は?』
『じゃ、じゃあ!!!』
「私を……楽にしてよいっくん……」
密かに抗い続けられた小さな小さな思い出と、その証を血に染まった両手で握りしめながら蹲る束は、呼びたくとも呼べなかった、自分で考えた愛称を口にしながら、小さく震えるのであった。
補足
すっげー簡単に説明すると。
実の所即座に違和感に気付いたけど、あまりにも春人が一夏を目の敵にしてたし、千冬がそれに傾倒し始めてると見たので、敢えて自分も傾倒した様に見せ掛けて、一夏を煽りまくってその反骨心で成長を促そうとした。
その後、イレギュラーたる一誠とリアスに拾われて、箒共々人の限界を越える可能性を見出だしてホッとしつつも、傾倒したフリをしている自分は春人の放つ異質な魅了になんとか抗いつつ情報を引き出そうとする。
だけど流石の束もその魅了に抗いきれずに、何割かはその影響によりマジで一夏を出涸らしであると見下す。
だけどそれならそれで箒と一夏が自分に対して敵意を抱いてもっと成長するならと受け入れる。
それでも完全に心が塗りつぶされなかったのは、常に姉や春人を見てビクビクしてた頃の一夏に貰ったたったひとつのプレゼントがあったから。
そして一誠が春人の力を破壊した事で解放されたので、後は適当に殺されてやろうと思ってたが、肝心の箒は目論み通りだったのに、一夏の方が全く自分に敵意を持ってないどころか関心も持ってなかった事に色々と決壊。
ここまでイカレた自分を一夏に殺して貰う事が目的だったのに、それも叶わないかもしれないと今の束は結構疲弊中。
つまり、春人はアホでしたという感じでしたね。
まあ、セシリアだのラウラだの鈴音は一夏と一切関わりが無いので普通にああなりましたし、戻れもしませんが。
そう、つまり例えるとアラン・リックマンさん――じゃなくて某魔法薬学の教授さんみたいな生き方をしていたという感じです。
…………見下してたのは結構マジで、その見下してた相手に殺される事を望んでいたという辺りは相当歪んでますけど。