確かに意思を無理矢理歪まされたという見方も出来るのかもしれない。
その者に対して盲目的な信頼と好意を抱かせる魔力めいた力には逆らえないから仕方ないと言えるのかもしれない。
だが俺にしてみればそんなものは所詮自分を正当化させるだけの言い訳にしか聞こえない。
知らなかったから、抗う術を知らなかったからと聞いて理解は多少なりともしてやるかもしれないが、それを理由に、自分を助けてくれた者を傷つけて良い理由にはならない。
知らなかったからだとか、抗えなかったからとか言えば自分を保てるのかもしれないが、やられた側にしてみれば笑って許せる話ではない。
いや、例えリアスちゃんがあのカス野郎に与したボケ共を許したとしても、俺は死ぬまで奴等がリアスちゃんにした事を忘れやしないし、許しもしないし、二度と近づかせさえもしない。
俺の父と母を殺したあのカス野郎と同じような目を一度でもした奴等が例え正気に戻っていたとしても、俺は絶対に過去の事は帳消しにしやしねぇ。
それはこの世界のカス野郎が一夏と箒にした事や、それに与した連中もまた同じだ。
例え織斑千冬が正気に戻ったとか、更識簪だったかが引き返したとしても、それまで一夏や箒、それから刀奈にしてきたり言ったりした事は俺は忘れない。
フッ、箒が前に俺に言ってたが、俺は凄まじく根に持つタイプなんでね。
そういう意味では箒は本当に俺に似てるよ……。
この気質が正しいのかは別にしてもな……。
だから俺は持ち得る経験と技術の使い方を箒に叩き込んできた。
それは箒自身がかつて俺に懇願したからというのもある。
この世の全てが敵に回っても構わないから、一夏をこれ以上傷つけさせない為の力が欲しい。
その為には人を辞めたって良い……。
まだ小さかった箒がその言葉を俺に言ってきた時、俺はその覚悟に驚いたし、ドライグは笑いながら言ってたよ。
『この小娘はお前に似てる』
ってな。
だから教えた。
持ちうる全てを教えた。
結果、俺よりもちょっと頑固な子になっちゃったけど、ふふ……あの子は全くぶれる事は無い。
今のあの子は……本当に強い。
「話はわかったけど、やはり私はどうして許せはしない。
例え織斑千冬が正気に戻ったと聞いても……」
「それで良い。
結局の所、戻ろうが何しようが、奴等が一夏にした過去が帳消しになる訳じゃあ無いんだ。
それが間違ってるだとか、許すのが大切なんだとか、知った様な台詞をほざくバカが居るなら、殴り飛ばしちまえ。俺もそうする」
「はは、やっぱりイッセー兄さんだな。
血は繋がらないが、本当に考え方が似すぎて安心すらするよ……ふふっ」
俺はリアスちゃんに、箒は一夏にしてきた奴等の事を忘れることな死ぬまで無いんだから。
新学期が始まってから一週間。
本人よりも過去にされた事を許しはしないという似た者義兄妹である一誠と箒が、その気持ちを糧に更なる進化を続けていく。
リアスと一夏を守る為なら人である事も捨てる覚悟は何年経とうが揺らぐ事は無い。
だから人の身のままではあり得ぬ領域へと到達してきた二人の生き方は、まさに常人には理解できない異常者の域であろう。
師と弟子。
先を行く者とそれを追う者。
言葉にした事は無いが、自然とそんな関係となっている似た者同士の進化はまさに限界なき無尽蔵である。
「で、新学期初日はどうだった? 何か変わりはあるか?」
「そうだな、担任が織斑千冬ではなく山田先生に変わったぐらいだな。
正気に戻る前のあの人の行動があまりにも行きすぎていたせいで、一定の生徒達から不満が出てしまった様でな。
担任と副担任の位置をそっくり入れ換えたみたいだ。一部の生徒は驚いたが、もう一部の生徒は納得した顔だったし、普通に受け入れられてたよ」
「なるほど。
それで、例の奴等は?」
「春人は兄さんから受けた傷が治らないままとはいえ、新学期には復帰したらしい。
……未だに学園の用務員として働いてる兄さんに納得できずに喚いていたがな。お陰で兄さんの名前だけが広まってしまっていて……」
「それくらいなら問題はねぇな。
どうせ他の生徒が居ない時間帯に仕事してたし、殆ど見られた事もこの一年以上は無かったからね」
ニュースの件もあって、用務員としての名前が知られてしまった一誠は、箒から新学期の様子を聞いても特に気にした様子も無く、自分の事が見出しになっているゴシップ雑誌の記事を読んで鼻で笑っている。
あまりにも内容が捏造されまくっているのもあるが、結局の所、こんな事ではダメージにもならないのだ。
「更識家がノーカットの映像をばら蒔いたお陰で半々になったみたいだけど、正味何を思われようが関係ないしな」
「春人に対する批判の声が大きくなりつつはあるらしいから、全く影響が無いわけではないと思うけど……」
「まぁな。それよりも気になるのは織斑千冬だよ。
あの女、正気に戻ってからは随分と戸惑ってたが、あからさまな真似はしてなかったろうな?」
「大丈夫……とは言い難いかな。
副担任となってからは随分と一夏を気にしてしまってるみたいで、違和感を感じさせつつある」
「……チッ、散々今まで通りに振る舞えと言ったのに、下手かあの女は?」
正気に戻ってからも、一誠から『今まで通り』にしてろと言われてしまった千冬は、それからも一応春人贔屓をさせていたのだが、やはり一夏を見ると動揺してしまうらしく、ボロが出そうになるのもちらほらあったらしい。
自分の事が記事になってるゴシップ雑誌を、スケベな袋とじを当然開くこと無くさっさと閉じて適当に放り投げた一誠は、もう少し対策を施す必要があるのかもしれないと考える。
「それ以上に更識がマズイのではないのか? 随分とその……イッセー兄さんを気にしてる様だが」
「チッ、本当に鬱陶しい……」
無論、もう一人の対策という意味も込めてだが。
心の整理がまだつけられない更識簪に、最早今まで通りに春人と行動するという事が出来なくなっていた。
つまりそれは、完成間近であった自身の専用機を放棄することにも繋がる訳だが、簪はそれ以降完全に――それはもう露骨に春人達を避けていた。
「本当に止めたほうが良いってばかんちゃん……。
イッセーさんって、意外と気は長いかもしれないけど、一定の地雷を踏むと電子レンジみたいに気が短くなっちゃうんだから……」
「………嫌われてるのは知ってるよ。
だってハッキリ言われてるもん」
簡単に言ってしまえば、今の簪にすがるものが全く無い状態。
少し前までは春人という存在が居たからこそ何とか自分を保てる様にはなれだが、結局その春人も姉の刀奈に近づく為に自分を利用していたに過ぎないと知ってからは、かなりの人間不信に陥ってしまっていた。
だからこそ、刀奈が見てわかる程の成長をし、そしてあの刀奈が心底惚れ込んでるらしい男である用務員の一誠は一体どんな存在なのか――という疑問だけが今の簪の行動する上ですがれる唯一の理由なのだ。
「イッセーさーん!」
「おう……って、また生徒会の仕事とやらをサボってんじゃないだろうな?」
「ふふーん、大丈夫大丈夫。
ちゃんとやるべき事はやってから来てますから!」
「なら良いけど、あんまり従者の子達に心配かけんなよ?」
「わかってますって~? そんな事よりお仕事ですか?」
「ああ、学園内の空調設備の点検」
「じゃあ私もお手伝いしますよ? 良いでしょう? ア・ナ・タ♪」
「……………その呼び方はやめろ」
「あの人があんな顔するの初めて見た……」
「まあ、本当に好きだからねイッセーさんの事」
「………」
地味で目立たない色の作業着姿に目深く被った帽子で顔を隠しているイッセーに、子供みたいに甘える刀奈の見たこともない姿に、遠くから窺ってた簪は、本音の言った通り、本気で彼を好いてるのだというのがわかる。
「でもあの人って確か……」
「うん、イッセーさんはずっと昔から大切にしてる女の人が居るよ」
「じゃあなんであの人は……」
「それでも好きなんだってさ。
その人に追い付いて絶対にイッセーさんを振り向かせるって」
「そこまで……」
暗部の後継者として情に左右されない訓練を叩き込まれた姉が年頃の女の子みたいな恋をしてる事自体が、妹の簪にしてみれば信じられないらしく、仕事道具片手に歩くイッセーの横をニコニコしながらついていく刀奈の姿にちょっとした羨ましさすら感じてしまう。
「言っておくけど、弟君みたいに曖昧な事とかは絶対にしてないからねイッセーさんは。
最初からお嬢様には『自分には好きな人がいるからそんな感情向けられても普通に困る』って、寧ろ辛辣に返してるくらいだし。
困ったことに、お嬢様はそれでも好きみたいだけどね」
「………」
そこまでの感情を引き出すイッセーという存在がだからこそ簪は気になる。
あの死にそうな程の熱気を帯びた謎の刀を振り回していた春人を一撃で粉砕した際に見えたあの赤い腕の事も含めて。
誰かにすがれなくなっていた簪は、今まさにそれだけが行動する上での動機であったのだ。
「………………………で、キミの妹は本当になんとかならないのか? ここん所毎日あんな調子でコソコソと付いてきやがるんだが」
「え、えーっと……止めろとは言ってるのですが、完全に生きる目標を無くしてしまって、下手をしたら本当に自殺しかねない所まで追い込まれちゃってたので、私からはこれ以上は言えなくて……」
「チッ」
勝手に支えにされてるイッセーにしてみれば、迷惑この上ない話なのではあるが、実の妹が精神的に追い込まれて自殺未遂までに発展しかけてる姉としては強くは止めきれないと聞けば、嫌そうに舌打ちだけに留めるしかないのだ。
「紛いなりにも君の妹だから黙ってるだけだからな……ったく」
「ご、ごめんなさい」
「キミが謝る事じゃない。
だが予想した通りになりやがって――だから嫌いなんだよ」
それまで信じてた真実を捨てて別の真実にすがろうとする。
いや、捨てるのは本人の自由なので構わないと思うが、捨てた後に散々敵意を向けてきた相手にすがるのが気にくわない。
そうやって掌を返す人間が死ぬほど嫌いなイッセーにしてみれば、今の簪はただの鬱陶しい小娘でしかない――恐らくその認識は一生変わらないだろう。
「あ、あの……」
「あ……織斑先生」
「その、だ……。偶々お前達が歩いてるのを見たものだから……」
それも一々自分を巻き込もうとする場合は嫌悪通り越して殺意すら沸いてくる。
簪にしても―――それまでは全く存在しない者と認識してた筈の織斑千冬にしても。
「チッ!!!!!!」
「うっ……」
イラッとしたイッセーは特大の舌打ちをする。
それはもう、嫌悪感丸出しの形相でもあったせいで、千冬は一撃で萎縮するのだった。
「あー、先生。今イッセーさんはかなり機嫌が悪いので……」
「そ、そうみたいだな……。
だがその……ちょっとした提案が――」
「もう良い。
アンタと―――おい、本音! そこで一緒に居る小娘連れてちょっと来い!」
「ぅ……」
「あーあ、私知らないからね?」
どいつもこいつも……。
これが元の世界で、リアスを裏切った連中も同じ様な事をしたら警告無しで八つ裂きにしてやってただろうイッセーは、離れた箇所から見ていた簪と本音を呼び出すと、イライラした調子で月500円で貸して貰ってる本校舎からかなり離れた訓練場に向かうのであった。
刀奈と本音は意外な程イッセーが激昂した所は見たことが無く、精々辛辣な皮肉を飛ばす程度だ。
だからどこからどう見ても『俺超キレてる』といった雰囲気をバシバシ出すイッセーは見たことは無かったし、キレた場合どうなるのかが地味に気になっていた。
「おい……大概にしねぇと殺すぞ」
「ひっ!?」
「ぅ……!」
そしてその答えは、自分達が密かに使ってる秘密の特訓場で出た。
地雷を踏まれたイッセーはドストレートに殺意を剥き出しにするタイプであったと。
「テメー等が正気に戻ったとか、引き返したとかなんてのは俺にとってはどうでも良いんだよ。
なのにテメー等は揃いも揃って俺に何を期待してるのか知らねーが、蝿みてーに集ってきやがってよォ……! 俺はテメー等が散々可愛がってたカス野郎の代わりじゃねーんだよボケがッ!!!!」
目が真っ赤に輝き、全身から暴風を思わせる赤きオーラを放出させながら、圧倒されて動けない簪と千冬に吐き捨てるイッセー。
「そ、そんな! そんなつもりで来た訳じゃ……ない……」
「………」
辛辣通り越して、ただの暴言を吐かれた千冬は直ぐにでも否定しようとするが、語尾がだんだん小さくなっていくのに対して、簪は――
「す、凄い……」
どこかで頭のネジが抜け落ちてしまったのか、寧ろキラキラした眼差しだった。
どうやら簪は、恐怖よりも目の前の超常現象に目を輝かせるといった、そういうお年頃だったらしい。
イッセーが頭に来すぎて赤龍帝の籠手まで纏い、3秒後にはそのままドラゴン波でも撃ちかねない状況においても、その籠手にキラキラした眼差しを送ってる程度には、今の簪は頭のネジが抜け落ちていた。
逆に千冬は、想定していたよりも遥かに兵藤イッセーという存在の巨大さにビクビクするしかない。
「ち、違うんだ! 私はただお前に束の事を教えようと思っただけで……」
「要らねぇな……! 何をして来ようがそんなものは皆殺しに――」
「ストップストップ! ちょっとだけ落ち着いてくださいってイッセーさん!」
「ほら、だから言ったのに。
こんなに怒ってるイッセーさんは、私たちだって初めて見るくらいだよ」
手から赤く輝く光弾を生成し始めてるイッセーを見て、流石にマズイと思った刀奈と本音がなんとか説得する事で、この世から千冬と簪が消え去るのだけは回避したものの、それ以降のイッセーの不機嫌度は常時カンスト状態であったのは言うまでもない。
「今リアス先生に連絡してここに来て貰うんで」
「悔しいですけど、リアス先生が来てくれたらイッセーさんも冷静になる筈なので」
「あ、あぁ……グスッ」
「………」
「あ? テメー何見てんだクソガキァ……!」
「チンピラヒーロー……アリかも」
「あ゛? このガキ、やっぱり今殺して――」
「かんちゃーん、ちょっと本気で黙ろうか?」
そのあまりの機嫌の悪さのせいか、最早態度がそこら辺のチンピラ臭丸出しであり、本音が早急にリアスに連絡をして連れてくるまで、千冬は最早涙目だったし、簪は余計思考回路のネジと回線がぶっ壊れていた。
本音が咄嗟に簪を首を叩いて気絶させたのでイッセーによる殺人現場の再現だけはなんとか回避したものの、リアスが到着するまでイッセーの機嫌はとても悪かったのであった。
「えーっと、本音から連絡があって一応一夏達にも声を掛けて皆連れてきたのだけど……」
「いやー、このかんちゃんと織斑先生がイッセーさんの地雷を全部踏んじゃったせいで、危うく八つ裂きの現場が再現される所だったんだよ~」
「だよーって呑気にいうことじゃないでしょう本音! まったく貴女はそうやって楽観的なんだから……!」
「ギリギリまで私と楯無お嬢様の二人で止めたんだから、そんなに怒らないでよお姉ちゃん~」
完全に拗ねて後ろ向いてるイッセーや、涙目で凹んでる千冬、ひっくり返って気絶してる簪と、妙な光景を目にしたリアス達は取り敢えず刀奈と本音からこうなった経緯を聞くと、まずリアスは不貞腐れてるイッセーを宥める事にした。
「もう少し流す事を覚えたほうが良いんじゃないの?」
「俺には出来ないよ……」
「私にはわかるぞ兄さん。
私も同じく激昂していたと思うしな」
「二人は気にしいなんだよなぁ」
気にしないというか完全に関心を持たないリアスと一夏とは違い、箒は寧ろイッセーに同調している。
とはいえ、リアスのお陰でどうにかイッセーは殺意を抑える様になれた訳だが、千冬はといえばほっとする前に、それこそ10年振りとなる一夏とまともに向き合う事になって戸惑っていた。
「い、一夏……」
「あ、どうもお姉さん。
一応リアス姉から聞きましたけど、色々と大丈夫っすか?」
「………あ、ああ」
しれっとした顔の一夏のほぼ他人事めいた言い方に、千冬はわかっていたとはいえ複雑だった。
その昔は千冬姉と呼ばれていたのにお姉さん。
代わりにそう呼ばれているのはリアスとイッセー……複雑になるもの無理はない。
例え自分が間違えてしまったとはいえだ。
「や、山田先生まで二人を知ってたのですか……」
「か、隠すつもりは無かったんですよ? ただ、言う必要も無いかなって思っただけで………」
「デュノアも……」
「あー……僕も山田先生と同じ様な理由です」
意外な程二人には知り合いが多かった事に驚きと戸惑いを重ねていく千冬は、何故だか後輩だった真耶に高速で抜き去られた気がした。
「で? 篠ノ之束がなんだって?」
独自の繋がりを持ってるイッセー達を暫く複雑な気持ちで見ていた千冬に、不機嫌さは変わらないものの、殺意は無くなっていたイッセーに質問される。
「……。あの人が何か?」
その瞬間、今度は箒の方が重苦しい重圧を放ち始め、声も低くなるのに少し千冬は圧倒されつつ、ふとリアスと箒の声がかなり似て居る事に気付いたが、それよりも早く言わないと怒られてしまいそうな気がしたので、千冬はビクビクしながら話し始めた。
「それがその……私の様子があの日以降から変わった事に束がすぐ気づいてしまったんだ」
「で?」
「流石はアナタの親友を自称しているだけありますね、あの姉は? それで?」
「い、いやその……」
「………。二人とも、織斑先生にそんな威圧的になってもしょうがないでしょうが……」
「ホント似た者同士だぜ、イチ兄と箒は……」
まるでどこかの圧迫面接状態ですっかり縮こまる千冬を見かねてリアスと一夏が助け船を出す事で取り敢えず話は進んだ。
「それがその……束はどうやら私が春人――というかあっと、弟ではないそれに対しての態度が変わったのは――アナタのせいだと」
「あ? 俺が?」
「そ、そうだ。それを束が奴にも吹き込んだら、今度は奴が私が変わったのはアナタが私を――えーっと、洗脳したからと……」
その瞬間、それまで穏やかだったリアスや一夏達までもが無表情に変化した。
その洗脳という全員共通の地雷ワードのせいで。
『…………』
「ち、違うからな!? 私が言った訳じゃないし、私だってそんな事は思ってないぞ!!? だ、だから全員して……そ、そんな目で、み、見ないでくれ……よぉ……グスッ……うぇぇん……!」
その余りの無表情の冷たい雰囲気を前に、ついに決壊してしまった千冬は、子供のように泣いてしまった。
「あっははは、聞いたかよリアスちゃん? 洗脳だってさ、俺が? こりゃ良い皮肉飛ばして来たんじゃねーの?」
「いえ、流石に笑えないわね」
「どうでも良かったが、今本気でぶっとばしたくなってきたよ俺」
そんな中で、イッセーだけがケタケタと意外にも笑っていたが、リアス達にしてみればそれは許されない言葉であった。
「で、織斑先生? 私たちを洗脳したイッセーに彼女は何をしようとしてるのかしら?」
「グスッ……正気に戻すからと、近々彼を消すと言ってた。
その時まで、私を拘束するとまで言ってたが……」
「アナタは逃げて来たのね?」
「あ、あぁ……そんなのごめんだし、暗闇は嫌いなんだ……」
どうやら相手は形振り構わなくなって来たらしい。
千冬を拘束するといった行動までしようとしていた程度にはイッセーを消そうと躍起になっている。
となれば、それ相応のおもてなしをすべきであるとリアスは思っていると、訓練場の天井が激しい爆発音と共に破壊され、太陽の光が降り注ぐ。
「言ってる側からお客さんの様ね……」
空を見上げれば、10機程のIS無人機が此方を無機質に見下ろしている。
『はろはろー……っと、可愛らしく挨拶する必要なんかお前達には無いか』
その中の一機から、恐らく遠くから遠隔操作しているだろう者の声が聞こえる。
そう篠ノ之束の声が……。
「た、束……」
『やあやあちーちゃん。
もう、駄目じゃない! せっかくそこの連中を始末するまでは安全な場所に避難させてあげるって言ったのに、言うことを聞かないなんて。
ハルくんも束さんも心配してるんだよ? ほら、こっちに来なよ? また前みたいに仲良くハルくんと一緒に生きようよ? あ、勿論箒ちゃんもね?』
あまりにも一方的な主張に千冬は顔を歪めた。
少し前までならば何の疑いもなくその案に乗っていたのかもしれないが、今となっては歪んでいるとわかってしまうのだから。
それに千冬にしてみれば確認したかったのだ。
「お前は何故、一夏の事を一言も言及しないんだ……? この子だって――もう名乗る資格なんて私にはないが、弟なんだぞ……私の……!」
「…………」
「いや、俺の事は別に……」
無言で殺意を放つ箒と、訴えるように言う千冬だが、当の本人は寧ろ眼中に無い扱いされてる方が都合が良かったりするので、微妙に嫌そうな顔だった。
『……。本当にハルくんの言った通り、そこの男に洗脳されたみたいだね。
一体どんな方法かは知らないけどさ、早急にこの世から消えて貰わないといけないや』
「答えろ束! 何故昔から一夏を―――」
『だってちーちゃんやハルくんに似て無いし、出涸らしじゃんそれは? そんなのに興味持てると思う? この束さんが』
虫けらだと言い切る束に、千冬の表情が激しく歪んだ。
そして悟るのだ。今の自分とは絶対に相容れなくなったと。
だから千冬は言う。
「お前の案に乗る気はない。
私が間違えていたのだ……今更私が一夏の姉である資格は無い。
だから今まで何もしなかった私がやることは一つ……一夏がこの先の未来を歩む為の踏み台になる事だけだ! その為にはお前達の様なやり方には付いていかない!」
決別の言葉を……。
その言葉に一夏は意外な表情をさせ、イッセーと箒は無表情ながらも思うところが少しはあるのか、無人機を見上げて宣言した千冬に視線を向けさせた。
『……。そっか、そこまでその男にあることないことを吹き込まれちゃったんだね。
なら仕方ない、ちょっと無理矢理になるけど、今ここでちーちゃんを連れていくよ。
大丈夫……絶対に元に戻してあげるから』
その宣言に束は少々残念そうな声色を放つと、空に浮かぶ無数の無人機の持つ武装の照準を一斉にイッセーへと向けさせた。
『お前は確実に殺すよ? 大事なちーちゃんをたらしこんだ罪は殺しても晴れないけど』
「たらしこんだだってよ? 悪いがこの女に欠片の興味もねぇよ。
例え目の前で素っ裸になった所で勃たねぇ自信もあるぜ」
「…………」
「あ、うん、多分マジだと思うから安心して良いぞお姉さん?」
「リアス姉さん一筋だからな」
「……。言わなくて良い。何となくわかるし、ああまでハッキリ言われるとそれはそれで傷つくんだよ」
「ね、ねぇ、私はどうかな? どう思いますリアス先生?」
「うーん……あ、今度試してみる? 山田先生も」
「ええっ!? そ、そんな……! ま、まだ更識さんと違って両親に紹介もしてないのに!?」
微妙に緊張感が抜けてるが、それはきっと余裕の表れなのだろう。
無論、一切の慢心はしない余裕……。
「兄さん私も手伝うよ。
もうあの女にはうんざりしてたんだ」
「良いぜ、天才の姉とやらをぶちのめしちまえ」
人を辞めて到達した領域に国家程度の武力では止まらないし、止められない。
天才ではなく異常者。
それがイッセー達の到達している天才には理解不能の世界なのだから。
終わり
※ここからは全く以て本編とは関係ありません
子供だった少女はずっとその背中を追いかけた。
造られた存在であろうとも、関係なく孤独な領域へと到達していた青年は手を差し伸べた。
大人に頼る事を知らなかった少女はその背中に乗せて貰えた。
広くて……暖かくて、優しい背中に。
だから少女はその背に追い付こうとした。
そして少女から大人へとなっていくにつれて、その憧れは昇華していき、ついには彼の領域に踏み込めた。
そんな彼に惹かれる者は確かに居たし、嫉妬もした?
でもそれでも、彼は変わらずその優しい手で撫でてくれた。
これまでも、今も……そしてこれからもずっと、彼と共に。
一時の別れが来ようとも必ず捕まえてみせる。
千冬と呼ばれた女性はそんな彼の隣に追い付き――――
「可能性の私か。
もしかしたら私もそうなっていたのかもしれないと思うと感慨深いが、自力で戻れたのは称賛に値するぞ」
「お、お前は……!」
別世界で到達した世界最強は、潰れそうになっていた別世界の自分自身の前に降臨した。
「む、別世界の一誠と――誰だ?」
「リアス・グレモリーですね教官。
アイツの記憶の中ではアイツに殺されたのですが、この世界ではそうではないらしいです」
「となると、あの一誠は元の世界では彼女と親しかった訳か。
……ちょっと複雑だ」
覇気からしてまるで違う織斑千冬と、彼女を教官と呼ぶ銀髪で――眼帯をしていない赤と金色の瞳を持つ少女、ラウラにその場に居た者達はその放つ雰囲気もあって驚く。
『誰? ちーちゃんだけどちーちゃんとは違う……。
例のクローンでも無いらしいけど』
「そういうお前は束か? ……………ああ、普通過ぎるな、どうやら糧にはしなかったらしいし、この状況からして一誠とは敵同士か? まあ、こんなもしももあり得るって事だな」
「代わりに篠ノ之箒がはっきりと此方側の領域に侵入しているようですね。
しかも一誠に物凄く近い」
「みたいだな……皮肉だ」
そう少し苦笑いする千冬にそっくりな女性は、ゆっくりと組んだ腕を外しながら上空を見上げる。
「せっかくだ、軽い運動をしてから帰るぞラウラ」
「よろしいのでしょうか? 正直あの篠ノ之束なら彼等だけで十分――」
「この世界の私へ軽い置き土産をしたいだけさ。
それに……この世界の一誠や一夏に見せてやりたくなった」
―――私達も同じだということをな。
そう言ってラウラと共に一誠を思わせる赤いオーラを放出した。
それは二人ともがあまりにも一誠にそっくりで――それで一誠よりもどこか神々しかった。
赤から黄金へ、黄金から澄みきった蒼へ――そして白銀へとオーラの質を昇華させていく二人の力は――
「……。俺とリアスちゃんがまだコントロールできない領域……だと?」
この世界の一誠を少しだけ上回っていたのだ。
「私達の知る束は更に上だぞ? もっともこの時代の束よ、お前では残念ながら一生到達することは無理だがな」
白銀に輝く織斑千冬とラウラ。
それは可能性の世界にて出会いを経験することで到達したひとつの領域。
彼を独りにはさせないと誓った印……。
「邪魔したな。
そろそろ帰らないと私達の旦那が心配する」
「だ、旦那? おい……誰の事だよ?」
「可能性の世界のお前だよ一誠。
お前にしてみれば本当に信じられないかもしれないが、一応篠ノ之束もそんな感じだ」
「なっ!? お、おい! その世界とやらの俺は一体――」
「ここまで到達した後、三人で思いきり襲撃して既成事実まで漕ぎ着けたのさ。
心配しなくても、それなりに上手くやってるさ……ふふふ」
「私はアイツの師匠だからな!」
「はぁっ!?」
それは上手いこと多分行ってしまった世界からの来訪者だったのかもしれない。
衝撃的な発言だらけだったとはいえ……。
「やべーよ、逃げられねぇよ……どうしたら良いよイチ坊?」
「無理だろ。てか俺も千冬姉以外は気にくわないけど、しゃーないと思う事にしたし、元士郎さん見てみろよ? もうあの人の所なんて5人目だぜ子供生まれんの?」
「アイツはあのマドカって子一人と完全に籍まで入れたんだから良いけど、俺そうじゃねーし、そもそも俺とどんだけ歳離れてると思ってんだよ?」
「もう誤差の範囲じゃねーか……」
「いやでもよ……。
さ、最近ガチって来るから対応しきれないんだよ……」
どこかの世界はとても平和だった。
「ご主人様~!」
「暇だから来たよ一夏」
「げっ!? また来た!?」
「お前も大概だなイチ坊……」
「俺はハッキリ断ってるっつーの!」
終了
補足
本当にどこぞの世界のモモさんばりに毛嫌いされまくりのちっふーさんとかんちゃん。
問題は、ちっふーさんはビクビクだけど、かんちゃんは頭のネジが消し飛んでるせいか、リアクションがおかしい。
その2
洗脳とか言っとけば良い感丸出しにした結果、一気にこうなってしまったし、ちっふーさんが監禁されかかる事態に……。
その3
本当に本編とは関係ありません。
ただ、全部がそれとなく上手くいったらの場合、おっさんイッセーはあしながおじさんになりましたとさ☆
……ただ、ラウラ師匠とだけ編とかなんとなく書いてみたい気はする。
例えば――元の世界にラウラ師匠と一緒に戻ってしまい、両親も生きてる世界でのほほんと生きるとか。
ラウラ師匠に犬みたいにひっついてるせいでロリコン扱いされたりとか。
要らん運命力のせいで悪魔達にラウラ師匠が絡まれてプッチンプリンしちゃう元おっさんイッセーだとか。
…………ねーな