前半は適当に動かし、後半はひたすらイチャイチャやっとるだけの話
『遊びは終いだ』
その一言を放った瞬間、織斑春人はそれまで持っていた自信という名の力を砕かれた。
『一々見てやる程、俺は自信家ではないんでな』
神から貰った力を砕き、そのまま顔を殴られて吹き飛ばされた春人の記憶に残るは、どこまでも見下した冷たい目をした『存在しない筈の男』の姿。
自分の記憶には存在しない人間。
物語には存在する筈の無い異物。
普通ならばとるに足らない存在の筈だった。
刀奈の婚約者候補の一人だったとしても、容易に捩じ伏せて刀奈を手に入れられる筈だった。
だがしかし結果はどうだ? 力は壊され、顔の半分は未だに治らない傷を負わされ、学園の息がかかった医療施設に押し込められてしまっている。
顔半分が骨を含めて砕かれ、何故か治らない。
どんな手を尽くしても、この傷だけはまるで時間が止まったかの様に治らない。
そればかりか、日に日に腫れが酷くなり、顔半分が醜く歪んでいくのを鏡で見る度に発狂しそうになる。
何故自分がこんな目に……。全部奴のせいだ。
刀奈を奪ったと思い込む歪んだ精神が表れているかの如く、春人は結局は知ることも出来なかった男に憎悪を募らせ続けていくのだった。
そういった憎悪を抱え続けながら、完治の目処すら無い治療の日々を送っていく内に新学期は近づいていくある夏休みの後半の日。
「大丈夫か春人……?」
「うん……」
顔半分が包帯で覆われている春人は毎日の様に訪れている姉や仲間達の見舞いに対して気丈に振る舞う。
未だに回復の兆しが見えない顔半分の傷による痛みは、当初眠ることさえ許さない程であったが、現在は鎮静剤の効果もあって痛みだけは抑えられている。
「春人に怪我をさせた男についてだが、今のところ接触出来ずに居る」
「春人さんの友人故に、個人的な報復に走る可能性があるからと学園側に止められてしまって居たのが、最近では国の政府からも釘を刺されてしまいましたわ。まったく、只の用務員の男と春人さんのどちらが大切かなんてわかりきってる事ですのに……!」
「まあ、遅かれ早かれあの男がクビにされるのだけは間違いないわ。連日学園側から事情聴取を受けているみたいだし」
「…………」
治療施設に押し込まれてしまっていて身動きがとれずに居る春人にとって仲間達の情報は現在とても貴重だった。
まさかあの男が去年から学園の用務員として働いていた事には驚かされたし、雇い主が真の学園長である事にも驚いた。
原作とは違う状況がそこから始まっていたのかと春人は頭を抱えたし、だからこそ刀奈とそれだけ親しい間柄になれていたのにも納得がいった。
(もしかしてアイツは僕と同じ転生者かもしれない……)
そして至った結論が、自分と同じ転生者であるという可能性。
自分と同じく知識を持っていて、恐らく刀奈の好意を自分に向ける様に立ち回った。
そうでなければ刀奈があんな事を言うとは思えないし、簪に対してあんなに冷たくなる筈もない。
……と、本人が――いや、本人よりも本人の最愛の女性が聞いたら激怒しそうな考察を立てながら鈴音が持ってきた見舞いの果物を食べる春人は、ふとここ最近姉の千冬が妙に元気が無いのと、簪が来ていない事に違和感を感じる。
「どうしたの千冬お姉ちゃん?」
「っ……いや、何でもない」
一人で考え事でもしていたのか、春人の声にハッとしながら取り繕おうとする千冬に、やはりおかしいと感じる。
「簪も最近見ないけど……」
「そういえば来ないなアイツは」
「実家に呼び出されているとは聞きましたが……」
何かを隠している千冬と、めっきり来なくなった簪。
何かが変わり始めているのかもしれないが、今の春人にはそれに気付く余裕はあまりなかった。
彼にあるのはあくまでも、転生者かもしれないあの男から、刀奈を奪い返す事ばかりなのだから。
なんでも良いからもう少し情報が欲しい……そんな事を思っている春人だが、ここに来て思わぬ来客者が現れた。
「ハルくーん! 愛しの束お姉さんがお見舞いに来たぜ!」
病室の窓をぶち破りながら……。
そう、篠ノ之束が。
「た、束さん……」
あまりのエキセントリックな登場に微妙な顔をしていた千冬以外が面を喰らってる中、突撃してきた束は病室のベッドに居た春人にこれでもかとベタベタ触れまくっていた。
「本当はもっと早く来たかったんだけど、その前にやることはちゃんとやっておかないとと思ってさ? ……………ハルくんにこんな酷い事をした虫けらに仕返ししなきゃいけないでしょ?」
「なんだと……? 束、お前何をしたんだ?」
それまでハイテンションであった束の顔が無表情となり、包帯に覆われている春人の顔半分を優しく撫でながらの言葉に、千冬が目を見開きながら訊ねる。
「世界で最初の男性IS起動者に対して暴力を振るった男って名目で各国のマスコミに顔写真付きで情報を送り込んでおいたのさ☆ まあ、こんな程度で済ませるつもりは無いし、ほんの序章だけど。多分明日か明後日にはニュースで大騒ぎになるんじゃないかな?」
『…………』
世間的にまず殺すと宣う束の行動に、千冬達は束の行動力になんともいえない顔だ。
「えーっと名前は兵藤一誠。
轡木十蔵に直接雇われて直接学園の用務員として去年から所属してるみたいだね」
「兵藤……一誠……?」
いつの間にか用意したプロジェクターを使って白い病室の壁に作業着姿で淡々と電灯交換の作業をしている時のイッセーの姿を映し出しながら、調べた名前や経緯を説明する束。
その瞬間、春人は初めて名前を知った事になるのだが、何かに引っ掛かる様な気持ちになりながらも束からの情報に耳を傾ける。
「ま、名前や経歴なんてどうでも良いよね? ハルくんを傷つけた代償はしっかり払って貰うんだから」
「いや束……そう簡単に行く相手では無いと思うが……」
「んー? ちーちゃんにしては弱気だね? ……なにかあったの?」
「い、いや……直接対峙してわかったが、あの男は理屈でどうこうなる相手で無い気がしたんだ。
春人にした事は許せないし、報復はしたいが……念入りな準備をしないと……」
『………』
あの千冬にしては怯えた様な物言いに病室の空気は少し重くなる。
「ふーん? ちーちゃんがそこまで言うなら参考にするよ」
そう言ってプロジェクターのスイッチを切る束は、監視に使っていた衛星カメラが何度も破壊される元凶がその男であることを知らない。
「んで? ハルくんの兄と箒ちゃんは?」
「ここに入る事になった後に一度だけ来たけど……」
「そっか……」
そして出涸らしと興味すら示さなかった一夏。
その一夏を庇い続けてきた箒がその男と10年以上も前から知り合っている事もまだ……。
更識刀奈は妹の簪が一誠の言葉で泣きじゃくった後、本当に久々に話し合った。
その話し合いの内容を一誠は聞いてもないし、聞く気もなかったが、その日以降、少しだけ姉妹の関係が変わっているので、多少なりとも良い方向に向かったのだけは察することは出来た。
もっとも、一誠自身は簪を嫌っているが。
「少しは良い方向に話し合えたみたいで何よりだな」
「まあ、ほんの少しはですけどー……怒ってます?」
「別に。ただ、俺には関係ない事だから興味がないだけさ」
自分で散々刀奈に対してアレコレと言って拒絶した癖に、自分の信じた者に不信感を抱いた途端掌を返して話し合う。
一誠にとってすれば刀奈の実の妹であろうが、反吐の出る話であり、理由がどうであろうとも嫌悪する事であるのだ。
特に肉親なのに肉親に対して拒絶するような真似をしたという点に関しては、かつてリアスがされた事と同じ事であったので、もっとも許せないのだ。
それが例え子供のやったことであろうともだ。
故に一誠の反応はどこか刺々しく、刀奈も察していた。
「それで、その妹が最近俺の後を付いてこようとするのとキミ等の話し合いに何か関係があるのか?」
「私も本音ちゃんもやめてくれとは言ってるんですけど……。あのー……弟君を叩きのめした時に赤龍帝の籠手って奴を使ったじゃないですか? それがあの子にとって気になるみたいで……」
「教える気はまったくねーな。赤の他人なんぞにドライグの事なんか絶対に教えねぇ。例のガキに流すつもりかもしれないしな」
「で、ですよねー? そもそも普通に説明しても荒唐無稽過ぎる話ですし……」
凄まじく無愛想な――それでいて不機嫌そうな言い方の一誠に、刀奈は苦笑いを浮かべることしかできない。
というか、ここまで誰かに対して敵意を剥き出しにしている一誠を見るのも初めてだった。
「それとあの……ウチの両親からの手紙って読みました?」
これ以上簪についての話題で話をしてたらふて寝でもしてしまいそうな雰囲気だったので、折角リアスも一夏達も出払っていて、現在用務員室で二人きり状態というチャンスをふいにはしたくなった刀奈は、話題をあの婚約騒動に変える。
すると一誠の表情はこれでもかと苦々しい顔になった。
「婿殿だなんて書いてあった手紙なら読んだぞ。
両親に言えよ? 送る相手の手紙の内容が完全に間違えてるって」
「間違えてませんからね? 父も母も一誠さんならって認めてくれたので……」
「リアスちゃんって女性が居るって散々説明して、死ぬほど謝り倒したのにか? ……おかしいんじゃないのかキミの両親は?」
「かもしれませんけど、私にとってすればラッキーだし……。
それに一誠さんの事はこれからも大好きですから……」
「…………」
反対させるつもりが、何故か気に入られてしまったばかりか、婚約者に昇格してしまった一誠。
ある意味名実共に刀奈との将来が決まってしまってる訳であり、刀奈本人はそれはそれは……もう子供みたいに喜んでしまっているわけで……。
「だ、だからですよ? 婚約者になった事ですし、今日から毎日一回は――ちゅ、ちゅーとか……」
「する訳ねーだろ。
くそ、近い内にキミの両親と話し合う必要があるな……」
恐らくは一誠とかリアスといった者にしか見せないだろう、初な少女全開に頬を染めながら自身の人差し指をちょんちょんする刀奈に一誠は盛大なため息を吐く。
自分と添い遂げる者は自分で決めさせる事は約束させられたが、自分がそうなる気が無いというか、いくらなんでも失礼過ぎるし、リアス一筋であるのは変わらないのだ。
だからこそ突き離そうとする一誠だが、刀奈はちょっと拗ねながら言うのだ。
「酔っぱらった時、私を抱き枕にして、おっぱいに顔埋めて寝た癖に……」
「う……! アレは―― 」
「リアス先生と間違えたばかりか、おっぱいが萎んだなんて言った時は、本気で泣いたんですからね……」
「そ、それは悪かったよ。…………でもリアスちゃんと比べたら小さいのは事実――」
「少しは覚えてるじゃないですか!!? ひ、酷い! 男の人にあんな事までされたのだって初めてだったのに!」
「さ、酒が悪い! 酒のせいだ! お、俺じゃねぇ!!」
「そんな言い訳は流石に通用しないですからっ!!」
珍しく圧され始めてる一誠。
確かに酒のせいというには言い逃れは無理がある真似を刀奈にしてしまったのは事実だ。
しかもリアスと間違えたばかりか、寝ぼけて余計な事まで言ったらしいのも強く出れない理由だった。
「ちくしょう、飲むフリでやり過ごせば良かった……」
「今更遅いですからね? それにしても、普段リアス先生とはああやって寝てるんですか?」
「ま……まあ」
「じゃあ今後は私も混ぜてくださいね? 先生にちゃんと許可取りますから」
「俺以外にしろよ……。何で俺に……」
「何度も言わせないでくださいよ……。好きなんです一誠さんが。
リアス先生だけしか見てないのだとしても、大好きなんです。地球上に居る全ての生物で一番好き……それだけです」
「………」
本当にブレの無い刀奈の主張に段々負けてきた気がする一誠。
その証拠に、刀奈が寄り添うように一誠の肩に頭を預けてくる行為も、少し前までなら避けていただろうに避けようとはしなくなっている。
「勝手に居なくなったら、きっと私は死んじゃいます。
だから居なくなる時は私も連れていってください……なんて。
えへへ、リアス先生の言うとおり、一誠さんって優しい匂いがしてやっぱり大好き……」
「…………………」
甘える様に身を寄せてくる刀奈に無意識に抵抗しなくなった一誠は返す言葉が見つからず、一夏達が戻ってくる間、彼女の空色の髪に擽られながら支えてあげるのであった。
「あ……そ、そういえば抵抗しないんですね? な、なんか恋人みたいですよね? あはは……き、緊張してきちゃった」
「……」
リアスが気に入ってる理由がなんとなくわかる夏休みの午後であった。
補足
まあ、ある意味その考察は正解ではあります。
一誠も半分は似たもんだと自覚はしてますから。
ただ、寧ろそれを聞いたら怒るのがリアスちゃんとかたっちゃん達でしょうね。
箒さんと一夏が聞いたらガチギレ確定でしょうし。
その2
婿殿呼ばわりに渋い顔。
酔った日の夜の事を引き出されて何も言えない。
たっちゃんからのスキンシップも当初程抵抗しなくなる。
頑張れたっちゃん! 多分きっと前進だ!