……てかやべーよ。
猿山やべーよ。
どれ程に忙しくとも、結城リトは必ず鍛練を欠かさない。
どれ程夜更かししていても、機械の様に正確に決まった明け方の時間に起きて一人――いえ、これこそ正確に言えばドライグと鍛練をする。
それが当たり前であるかの様に。
殆どの地球人が睡眠を取っている時間を削ってまで結城リトは自分で『今や完全にただの無駄な行為』と言っている行為をやめない。
それは兵藤イッセーの時から、復讐を決めた時から定められた彼自身で決めた事。
それが無意味でも止めることができない。
それが無駄だと思っていてもやめられない。
それが虚しさを残すだけだと解っていても歩みを止められない。
自分自身の自我が。
自分自身に押し付けられた運命が。
自分自身が一度踏み込んでしまった精神が。
人を辞めてしまっている領域から更に先へと進む事を止められない。
「
『限界稼働時間は約三時間だ。
戦闘の激しさを差し引いても今のお前のリトとしての身体では精々30分だろう』
「それを聞いて思うのは、やはりこの身体は本当の結城リト本人のものでなければならないって事だな……」
『小僧の魂はお前や俺に関係なく生まれ落ちたその瞬間に生を終わらせてしまった。
俺達はその空っぽとなった器に入り込んでしまったなた過ぎないんだぞ。俺達の責任ではない』
「お陰で、母親が俺に対して未だに過保護になっちまってるからな。
………俺が結城リトじゃないのに」
『母親……林檎か。
毎日の様に電話してくるものな』
「美柑以上に接し方がわからねぇよ……俺には」
辞めてしまったら、それこそ結城リトでも兵藤イッセーでも無くなってしまうという恐怖をもっていがるゆえに……。
何と無く、ただ何と無くでしかないけど、私はそう感じている。
兵藤イッセーという個を無くし、本来の結城リトに対する罪悪感を抱えたまま何年も……。
だから彼は誰も自分の中には踏み込ませない。
土足で入り込んできた者は殺してでも追い出そうとする。
その心の奥には例え結城リトとしての肉親であるうとも踏み込ませない。
踏み込ませてしまったら、兵藤イッセーとしての全てを見られてしまうから。
本当の結城リトではないと告白しなければならないから。
だから私は結城リトを視る。
彼がこの先どうなるのか。
これから先、結城リトと兵藤イッセーのどちらを選択するのか。
『私達はもう存在しない。
でも、ふふ……私の気質はアナタが受け継いでくれた。
あの子はそれに怒ったみたいだけど、あの子の言うとおりアナタはアナタの道を生きなさい。
私……リアス・グレモリーの模倣には決してなってはいけないわ』
私はその瞬間まで彼を視ている。
夢の中でしかないけど、私は私と同じ気質を持っていた、兵藤イッセーが今も大好きなリアス・グレモリーにそう背中を押されたのだから……。
『あの子をお願いね……? 私も相当甘えていたけど、今のあの子はあの時の私以上に独りが寂しい筈だから』
リアス・グレモリー……。
兵藤イッセーと共に運命に抗った者。
ええ、私も私の運命に抗ってやりますよ。
私は決してアナタの模倣にはならないし、なれはしないのですから。
所属クラスがアニマル喫茶となった学園祭を前に、ここ最近は準備に忙しい。
こればかりは流石にリトも彩南学生としては無視で通せないので、準備作業だけはきっちりとしている。
主に小道具製作に……。
「嘘だろリト!? ほ、殆どマジもんのフィギアじゃねーか!?」
「手先器用過ぎんだろ!?」
「………しまったつい」
元々紙粘土ひとつでリアスを完全再現可能な手先の器用さが無駄に発揮され、リトの隠された特技が露呈する事になるのは別の話かもしれない。
つい渡された紙粘土でリアスを完全再現した作品を完成させてしまったとかにしてもだ。
「でもモデルは誰なんだ?」
「アニメのキャラか……? すっげー可愛いけど……」
「…………」
「あ、馬鹿!? わざわざ作ったのに崩す必要なんて――」
わざわざ色まで塗って完成させたリアス紙粘土フィギアを無言で崩して無かった事にしてしまうリトに、見ていた周りの男子達が止めに入るが、リトは完全に崩した紙粘土を処分してしまう。
(俺は何をやってしまってるんだ……)
『………』
自己嫌悪がすさまじい。
こんなものを使ってまでリアスと会いたがる気持ちの強さが却って自己嫌悪を助長させてしまい、それを忘れるかの様に紙粘土製作から小道具製作に移る。
「えっと、飾り付けの花を……」
「ん」
小道具製作と飾り付けは春菜が中心に進められていて、そこに無理矢理合流したリトは、春菜に言われた通りの作業を淡々とする。
『ララちゃんはこっちで上手いことコントロールするから、その間にリトと上手くやるんだぞ?』
そんなリトの淡々なる作業を春菜は造花作りをしながらチラチラと伺う。
ケンイチにアドバイスされた通り、一歩だけでも良いから踏み込む勇気を持つ為に。
他に関心が極度に薄いリトに近づく為には、踏み込み過ぎず、退きすぎずの加減を上手くしなければならない――というのは中学時代の時点である程度ケンイチ共々解ってはいる。
ミスは許されない。
淡々とした顔で無駄にハイクオリティな造花を作るリトの隣を然り気無く、そして何気なく占拠しながら春菜は慎重に行動していく。
『この小娘……』
「……?」
だが春菜もケンイチもまだ知らぬリトの真実の一つであるドライグの存在は流石に見抜けてなかった。
そしてそのドライグが何気に隣に来た春菜の『精神』に反応を示していたことも。
「どうしたの結城くん?」
リトにしか聞こえないドライグの声に一瞬気を逸らされたリトに気付いたのか、春菜がチャンスだとばかりに話しかけてくる。
「いや、なんでも……」
(何だよドライグ?)
話し掛けてきた春菜に対して、あまり抑揚を感じさせない声で無難に返し、平行して自分の中に居るドライグに話しかける。
『いや、なんでもない』
「?」
そのリトに対してドライグは意味深な間を置きつつ何でもないと返すと、それ以降話すことは止めた。
悲しいことに、かつてのイッセーであるならこの時点で春菜に芽生え始めた人格としての異質に気付けたが、他に対するその無関心さと無意識のガードが気付かせる感覚を鈍らせていた。
何だったのだろうか……? あくまで春菜の変化すらにも気付いてないリトは首を傾げながらも造花作成作業に戻る。
「ゆ、結城君って手先が本当に器用だよね……? 私はこんな下手なのに」
『一歩だけ進む勇気を』
ドライグにこの瞬間完全に理解されてしまった事を知らない春菜が恐る恐る話しかけてくる。
「別に、普通だと思う」
そんな春菜の勇気なんてまるで察しないリトはこれまた無難な返しを春菜の作った造花をチラ見しつつする。
「その手の本物のプロに比べたら所詮は素人でしかない。
別にその道を目指している訳でもないしな」
「そんな事は……。
えっと、結城君は将来なにをしたいとかあるの?」
ここで話を切るわけにはいかないと、春菜は慎重にかつ必死に話を膨らませようとする。
質問にしてもどこにも違和感のない、有りがちなものだし、リトが気分を害した様子もない。
しかし……
「将来……? 将来………」
「結城君……?」
春菜に悪意なんていっさい無い。
そもそもリアスの事を訊ねたララにだって悪気なんてある筈もない。
しかし『将来』……今まではただ漠然と目標もなく、無駄に鍛練し続ける生活を続けて心の底で誤魔化してきたリトにとって、その質問はある意味で真理を突かれたものだった。
(俺は何がしたいんだ? リアスちゃんも皆も居ないこの世界で、結城リトにすらなれない中途半端な俺は一体どうすれば……?)
解らない。分からない。判らない。
ドライグが居たから、リアスと同等の性質を覚醒させたヤミを暫く何と無くで鍛えていた事で忘れて誤魔化そうとしたけど、所詮自分は結城リトではない。
そして兵藤イッセーでも無くなっている。
そんな自分が近い将来親元を離れる事になった時、何をして居るのかの
この世界を踏み台にしてまでリアス達のもとへと戻るのか……。
いや、それにはあまりにも――
「っ……!」
わからない。
自分は一体何の為に今を存在しているのかが。
周囲に虚勢を張っている自分こそが空っぽの存在である事や、このままこの身体で全盛期を完全に取り戻して先の領域に進んで意味などあるのか?
皮肉にも、前に進む事こそが生きるという事である事を兵藤イッセーであった頃は考えるまでもなく理解して信じていたのが、結城リトとなってしまった今は幼少期に人吉善吉と出会う前の『黒神めだか』と同じ……満たされていないことに気付いてしまった。
「結城くん……?」
「っ!? あ、い、いや……将来はまだ何も考えてない。
に、ニートにならない様にとは思ってるけど……は、ははは!」
様子が少しおかしくなったリトに春菜が話しかけ、咄嗟に似合わない誤魔化しで笑う。
(わ、わからない。
俺は――オレは…………おれはいったいなんのために、ココニイルンダ?)
もっと進化する為? いや違う。その意義が薄れてる。
では誰かを守るために? もう守ろうと思う者がいない。
よりにもよってリアスと同じ気質を持ったヤミを引っ張りあげること? 違う、それはリアスと同じ気質を持った分際で弱いのが許せないからというだけの事。
「………………セロテープ」
「え?」
「テープ類……切れただろ? ―………新しいの持ってくる」
自分は何故――自分だけが何故生き残ってしまったのだろう。
ちょうど小道具作成に使うテープ類が無いことを理由にぐちゃぐちゃになった感情を静めないといけないと爆発させてしまう。
「ま、待って! 私も――」
流石にこの場所で爆発させてはならないという理性は残っていたらしいリトはフラフラとした足取りで教室を出ていこうとするので、心配する春菜が同行すると言う。
何か聞いてはならないことを聞いてしまったかもしれない……という不安もあって。
だがリトはそんな春菜の同行を拒否する。
「問題ない。
独りでできる……独りで…………」
「独り……」
どう見ても無理した作り笑いを浮かべながら出て行くリトを春菜はそれ以上追えず、ただ見送る事しかできなかった。
暗闇の荒野に進むべき道を切り開く黄金の様な覚悟も無い。
守る為には殺人をも辞さないという漆黒の様な覚悟も無くした。
今改めて空っぽである事に気付いたリトは今完全に迷子になりかけた。
(ドライグ、おれはいったい
この歩いている廊下ですれ違う学生達の様に、今を楽しむ気力が無い。
未来を夢見る精神も無くした。
ドライグにすがりつくように問い掛けるリトは自分自身がわらなくなってしまっていた。
『自分の生き方は自分で決める。
誰かの決めた『正しさ』なんぞに興味は無い……それがお前だろう?
何を難しく考えている、リアスを守る為には何でもやり続け、そのリアスが居ないからと止めるのか?』
(…………)
『だからお前はずっとガキなんだよ。
だが、それがお前だイッセー――いや、リト。
半端だと思うのなら半端者なりに足掻け。ララの小娘の結婚を婚約者共に諦めさせる――あの小娘の自由という道を歩ませる手助けをする。忘れたとは言わせんぞ?』
(………………)
『その後の事はそれから考えろ。
誰もが自分が決めた通りの未来へと進める訳ではない――自惚れるな』
そんなリトにドライグは敢えて厳しい言葉を送った。
ここで甘やかしてもコイツの為にはならないと、ドライグはイッセーとしての両親を殺されて孤独だった彼の父代わりとして……。
「わかった……」
『ふん、何時までも世話の焼ける相棒だ。
最後の宿主だから我慢してやるがな』
「悪いドライグ……」
『気にするな、この甘ったれ坊主め』
リトの目に力が戻り、足取りもしっかりしたものへとなっていく。
そう、リアスはもう居ない。
どれ程にリアスを愛していたのかはドライグが一番よく知っている。
『去っていった者の意思は更に『先』へ進めないとならない。
そうでなければ、お前に命を託したアイツ等の誇りをお前自身が壊す事になる。
……殺し合う程憎みあったあの白いのからをも託されたからこそ、俺はお前を死なせはしないしアイツ等の誇りも壊させやしねぇ』
託された者として、父代わりとして、ドライグは彼の進む未来を見守り続ける。
決してこんな事では死なせない。
それがドライグの覚悟であり、誇りなのだ。
「…………」
その言葉がリトの心を立て直し、眼にも光が再び宿る。
生き続ける。自分達に託して去っていった者達はきっと自分達が生きる事を望んでいたから。
「…………。さっさとテープを持って戻ってさっさと終わらせるぞドライグ。
急に腹減って美柑の飯が食いてぇや」
『おう』
去っていった者達の借りは帳消しになる。
その借りを継ぐのは生き残った者だけ……。
芯を再び立て直したリトは、その借りを背負い込む覚悟を今この時をもってするのだ。
「ちょっとそこのアナタ!」
「…………」
だから――だから……。
「聞いていますの!? この二年B組、天条院沙姫が今アナタに――――」
「うるせぇんだよボケ!! 軽く気分良い時に水差すってんなら粉々にすんぞクソが!!!」
「」
やはりリアス達が大好きで、そんな気分に浸ってる最中に邪魔する奴は取り敢えずウザい。
やはりリアス馬鹿は直らないリトは、どっかのお嬢様っぽい美少女に向かって怒鳴り散らし返す。
『誰だか知らんが、またタイミングの悪い……』
「どけゴラァ!!」
「き、貴様っ! 沙姫様に――うっ!?」
「廊下は、皆が使う場所だろ……? そう横に並ばれると通行の邪魔だろうがァ……!」
見たこともなければ、クソ程にどうでも良い謎の三人組に向かって殺意を剥き出しに血走った眼で睨み付けてビビらせたリトは、そのまま立ち尽くす謎の三人を通りすぎていく。
結果的に彼は変わらないのだ。
他人の本質を一々気にする気もやっぱりないのだ。
終わり
オマケ1・猿山ケンイチの黄金の精神。
猿山ケンイチは中学時代にチャラくて怖いお兄さん達にボコボコにされてからは、守る為には強くならないとならないと、実は誰にも言わない努力を密かに重ねていた。
様々な格闘技に挑戦して習って自己流にアレンジした戦闘術。
それは本当に偶然にもリトがかつてイッセーであった頃と同じ道を知らずに辿っているものだった。
とはいえ、ケンイチはその格闘術を無闇に他人に振るう事はしない。
強さを決してひけらかさない。
あくまでもお調子者である事が自分の本質であって、華麗にクールに悪者を成敗するのは性分ではないとわきまえているのだ。
彼がその力を使う時は――守らないといけないといえないと思った時。
それも相手には反撃せず、相手が疲れて諦めるまで食らい付く……それが猿山ケンイチであった。
「いててて……。
殴られる時に力を逃がしてダメージを最小限に抑えてたとはいえ、やっぱ漫画みたいにはいかないか……」
彼は殆ど人を嫌わない。
苦手と思う者は居るが、決して嫌悪は抱かない。
それは彼がとても人懐っこいからに他ならない。
ドスケベで実に年頃らしい思考回路なのもそうである。
漫画の様なヒーローにはなり得ない。
ヒーローの様に颯爽と女性をお助けすることなんて自分には似合わない。
しかし、守ることは出来る。
それが猿山ケンイチの根であり、西連寺秋穂を最初に怖いお兄さん達からギリギリで守った時に抱いた精神なのだ。
「リトだったら上手くやれたんだろうなぁ。
たはは……まだまだたぜ俺も」
無口で無愛想な――先へと行ってしまいそうな親友に友として認めて貰いたいから。
――――同じ心を持つ者とその姉と会わなければ。
「ご、ごめんケン君、またこんな傷付いて……」
「たはは、秋穂さんはモテモテですからね。
でも、モテモテ過ぎて怖い人達まで引き寄せちゃうんだし、こうもなっちまいますぜ……へへへ」
西連寺秋穂。
春菜の姉。
彼女はとてもモテた。
規模こそ違えど、邪な思いをララに抱く数多の婚約者達の様な輩まで惹き付けてしまうほどに。
今もまた、背中に彫り物でもしてそうなゴツいチンピラ達に絡まれて変な事務所に拉致されそうになっていた所を、ケンイチがそのゴツい者達にヘラヘラ笑いながら散々わざと殴らせて騒ぎを起こすことで警察を出動させる様に仕向ける事で事なきを得た。
その都度、ケンイチは何時でも笑いながら『偶々通りかかっただけだから』と言って自分を守ってくれた。
本当なら反撃もできる筈なのに、『手を出す時は覚悟をした時だけ』と言って殴られて……。
「まあ、前よりは上手くダメージを逃がせる様になれたし、この通り普通に歩けるんで問題ないっす」
「…………」
最初は震えながらも自分を守った。
今もそれは変わらない。
頼り無い背中に、頼りない顔で笑いながら……。
『友達のお姉さんだからって理由でも充分俺は動ける』
なんて当たり前の様に言って。
「あぁそうだ。古手川先輩に言っとかないと…『仕返しとか要らない』って。
あの人がいくら強くたって、マズイものはマズイですからね……」
顔を腫らしながら携帯を操作するケンイチ。
顔立ちはどう見ても三枚目だ。それこそナンパしてくる男達よりも劣る。
だけどそんな男達には無い心の強さ。
まるで黄金に輝くような心の強さが秋穂は………好きだった。
「これで良しっと。
秋穂さんの事になると手が早いっすからね先輩は。
後は家まで送れば一先ず安心っす」
秋穂もケンイチも知らない。
その行動や意思が本当にかつてのリト――イッセーに似ている事を。
そしてそんなイッセーよりもケンイチは確かに甘いかもしれないけど、既にリトとリトに宿るドラゴンが『自分以上』と認めている事を。
そして家庭環境も、状況も違えど――
「っと……顔の半分が腫れて右側が見えない……。
やっぱまだダメダメだな俺……」
「………どうしてそんなになってまで私を?」
「んー……最初に秋穂さんがヤバそうな奴等に絡まれてるのに飛び込んじゃったから……ですかね? この先もあり得そうだし、秋穂さんが古手川先輩みたいな良い人とちゃんとゴールできるまでは――と思ったんで、投げ出したくはないっす」
かつてのイッセーとリアスにとても似ているのだ。
ただ、ケンイチ本人は秋穂にそんな感情を持ってないという違いがあれど……だが。
「私の事なんてほっとけば良いのに。
苦手なんでしょう?」
「え……あ、い、いや、苦手なのは確かにそうですけど、嫌いって意味での苦手ではないっすよ!? なんというか、ララちゃん――あ、学校の同級生の子なんですけど、元気な子が好みで、お姉さんタイプは……えーっと……」
アタフタするケンイチのストライクはララなる人物らしい。
会ったことは無いが秋穂は状況も状況なので完全に脳裡にその名を刻んだ。
「そっか……私みたいなキャラは苦手なのねケンくんは?
そっかー……泣いちゃおうかしら?」
「ええっ!? いやほら! 先輩としては尊敬はしてますからね!? それにほら! 俺こんな顔してるし、バカだしアホだしドスケベですからね! なははは!」
学園祭の日になったら見に行くのもアリかもしれない。
慌てるケンイチにクスクス笑いながら秋穂は密かに思いながら家の前に着く。
「えーっとそれでは俺はこの辺で……」
本当に何の下心も無く自分を助けてくれる年下の男の子は、今もそのままそそくさと帰ろうとする。
見返りも全く求めないというタイプも秋穂にとっては新鮮だったので気に入ってるが、こうも逃げようとされるとそれはそれで複雑だ。
「待ってケンくん」
仕方ない。
だったら年上としての威厳を保つという意味でもここは少しだけ教えてあげよう。
中学時代の出会いによってケンイチを愛称で少なくとも呼ぶようになった秋穂は、ビクッとしながらも立ち止まるケンイチが振り向くと同時に前に立つ。
「背、また伸びたね」
顔はお世辞にも良いとは言えない。
けど秋穂にはそんな他との違いはどうでも良かった。
年下の癖に、同い年くらいの女の子にデレデレする癖に、自分にだけは誠実で、献身的で、簡単に受け止められる変な男の子。
だから……だから秋穂はきっと、見た目ではなく吹き抜ける黄金の風の様な信念を持つケンイチが良いと思った。
ただそれを態度にわかりにくく示しても、この男の子には伝わらない。
だから――だから………………―――
「え………」
今だけ、この瞬間だけは素直になろう。
中学の頃よりも身長が伸びたと言いながら少しだけ爪先で立った秋穂が腫れていない方の頬に、唇で優しく触れた。
何をされたのか、その瞬間はわからないで目を見開くケンイチは三十秒程の短い時間がとても長く感じた。
「何時もごめんね? そしてありがとう……。
ケンくんのそういうところ、私好きよ?」
「……………………ぇ、あ……」
離れ、優しく微笑む秋穂にケンイチは言葉が出ない。
というか考える事もできない。
「また、会えたら嬉しいな?」
そう言って家に入るまで、ケンイチは固まって動けなかった。
「……………。冗談、なのか? て、てか古手川先輩に知られたらぶっ殺されるぞ俺……!!」
彼の黄金の精神はこうしてより輝きを放つのだ。
主人公には決してなれはないけど、走り続ける影の
「うー! うー……!!!」
「ちょっ!? 帰ってくるなりどうしたのお姉ちゃん!?」
「あぅぅ……! うー!!」
「く、クッションが潰れちゃうよ!? って、顔真っ赤じゃない!? 何があったの!?」
「…………な、なんでもない。
ホントに……なんでも………」
「…………。猿山くんと何か――」
「なんでもないっ!! 何もないわ! ほ、ホントだからねっ!」
「………………あったんだね?」
そして秋穂はクッションに顔を埋めてバタバタしてたとか。
終わり
補足
ギリギリ立て直したタイミングだったからね。
タイミングが全てなのだよ……。
その2
猿山ケンイチ
黄金の精神でコカビームーブ覚醒。
しかも、ラブコメまでしてる……。
猿山じゃねぇぞこれ!?
ラスト
それは果たして幻なのか、ヤミたそ、リーアたんと夢で邂逅する。