ナンパ成功率……驚異の0%
ありとあらゆる環境・状況・力に即時適応し、自己進化を果たせる異常。
本来持つべき赤き龍としての宿主の運命を転生者という女によって外される事で、一誠の人格そのものに生まれし異能。
一京の個性を持つ人外と酷似した性質を宿す事で、独自の存在へと昇華した一誠は、あくまでこの技術の全てを守るべき母娘の為に注ぎ込んだ。
堕天使である娘の父が守れない代わりに、自分が守る。
ただそれだけの為に自分がこの先どうなろうが関係無しに自己進化を達成し続けた。
その結果、ただの人間である一誠は堕天使父と人と堕天使のハーフである娘と同じ性質の力を、繰り返し続けた自己進化と、死んだ方がマシに思える絶え間ない鍛練によって覚醒させた。
赤き雷鳴の力を……。
直接的な戦闘術教官として、それなりに厳しく、それなりに楽しくと硬軟取り混ぜて六課の者達を指導していく一誠。
逆にデバイスを必須とする訓練を他の者達に混ざってなのはやシグナムといった隊長格の下で行うと、大体落ちこぼれだった。
もっとも、一誠が持たされてるアームドデバイスが一誠本人の拘束具のような効力しか持たぬ代物なので、常時力を抑制されている様なものなのだ。
だって仕方ない。
10年程前に自ら極限まで押さえ込んで封じてきた異常と過負荷を再び甦らせて以降、一誠の肉体的な強さは最早人とは違う領域へと再び進み続ける事になってしまったのだ。
「諸君、別に腹筋背筋をアホほどやってマッチョになれとは言わない。
というか、諸君の基礎体力は特殊部隊に属する者としての最低値は越えているし、正味、女の子がムキムキになったら……なぁ?」
だからこそ、生身の戦闘能力と継続能力が管理局内でも指折りというか、一人独走でぶっちぎってる。
単身で次元犯罪者がうようよ居るような場所へと突撃し、単身で完全に制圧する。
例え相手がミッド式だろうがベルカ式の魔法行使が可能だとしても、彼は真正面から全てを捩じ伏せる。
故に彼はまことしやかに囁かれている。
『不可能を可能にしてしまう男』
と……。
「例えばだ、鍛えてみれば人ってのは案外――」
その最たるものが、持ってた輪ゴムを輪ゴム鉄砲の弾にして指で発射すれば、仮想訓練場のビルを文字通り爆砕する。
「こんな事もできる。
故に諸君も大きな声で言ってみよう! 『凄いね、人体!』と! せーの――」
『出来るかっ!!!!』
まあ、それこそ一般人からしてみれば正真正銘の化け物で、それをやってみろと言われてしまえばこんなリアクションも出る訳で……。
「無茶言わないでください! 何で輪ゴムでビルを粉々にできるんですか!!」
「普通に物理的法則を無視し過ぎです! この前だってシグナム副隊長のレヴァンティンにそこら辺で拾ったみたいな枯れ枝でさも当たり前みたいに応戦して、普通に勝ってましたけど!」
「決まってる、修行の賜物だ。
諸君達も鍛えればこの程度くらいは――」
『だから出来るかっ!!』
もし全員がデバイスをそこら辺にほっぽって枯れ枝やら輪ゴムやら眼鏡を駆使した戦闘を可能にしてしまったら、それこそ上層部の何とも言えない顔が量産されてしまう事請け合いだろう。
「な、なんだよ……。
じゃあ基本的な近接戦闘術の訓練に変えるよ……」
「それでお願いします」
「ちょっと興味はありますけど、いきなりは流石に無理といいますか……」
「いきなりどころか一生無理だってば」
力こそパワー軍団なんて――頭痛の種にしかならなそうなのだ。
高町なのは、フェイト・T・ハラオン。
管理局ではエースクラスの魔導師としてあくせく働くキャリアウーマン的な存在で、局内問わずその名が知れわたっている。
しかし、19という大人の女性となった今でも彼女達に浮いたお話はない。
それは両者が拳骨煎餅よりも固い友情で結ばれているのが周知の事実で、ある界隈からはあの二人は『デキてる』という、百合百合的な妄想をされる程に強い繋がりを持っているからだが、事実の程は限り無く近いが微妙に違うものだった。
「地球?」
「そや、うちらにとっても馴染みのあるあの地球や。
実は少し前に、その地球に別部署が運んでいたロストロギアがぽろっとひとつ落ちてもうてな。
その回収任務をうちらで引き受けることになったんや」
「ぽろっと落としましたで済む話ではないでしょうに……」
「勿論、責任者は降格と減給と謹慎のトリプルパンチをくらったようやで? まあ、正味ウチ等としては落としてくれてラッキーと思たけどな?」
「何故?」
「それはやなー……あ、ここから個人的な話になるから、口調は何時ものに戻してな? というか、イッセー君にそんな畏まられるとムズムズして嫌や」
「……はいよ。で?」
「うん、提出した任務期間申請をギリギリの最長に伸ばすやん? んで、最速でロストロギア回収すれば、申請した任務期間内は自由やん? 遊べるやん? 素敵やん?」
「あぁ、なるほど。はやて殿、お主も中々悪よのぉ?」
「ふっふっふっ、お代官様程ではございませんで~?」
この日、はやての補佐官でもあるイッセーは、はやての悪代官的なノリに割りとノリノリで付き合っていた通り、こっちに就職してからは寄り付かなくもなかった地球に行くという話を受けた。
「それに、なのはちゃんもご家族と会えるしな?」
「あぁ……」
「? なんや微妙そうな顔やな?」
「いやさ、あの子の家族って良い家族なのは認めるけど、微妙に苦手でさ……」
その際、なのはの故郷の家族の事をはやてに言われて微妙な顔をする一誠。
どうやら過去に一度何かあってから、軽く苦手意識を持ってしまっているらしいが。
「特にあの子の兄貴な。
まだあの子が小学生の時に、ただで飯食わしてくれるってんでホイホイ付いてったら、あのシスコン兄貴に変な勘違いされて木刀片手に追い回されてよ……」
「あー……そんなこともあったなぁ。
フェイトちゃんやウチや、すずかちゃんやアリサちゃんと一緒だったせいで、イッセー君ったら恭也さんにロリコンて疑われとったもんな?」
「そうそう、違うって証拠になのはちゃんのカーちゃん口説こうとしたら親父さんまで出撃されるし、フェイトちゃんとなのはちゃんからは暫く無視されるしで、災難な記憶しかねぇや……ははは」
冷静に考えたら追いかけ回されても仕方ない真似をしてるのだが、懲りに懲りたという意味で一誠はあまり近づきたくはないらしい。
「あ、でも美由希ちゃまがどうなってんのかは気になるな。
あの子は成長したら絶対に良い女になってそうだし、今も独身なら………」
「それはなんとも言えんけど……」
「ん、なに?」
「……………後ろ」
「ん、後ろ?」
なのはの姉で当時高校生だった高町美由希の事は現在とても気になってる――と口に出す一誠は、突然目を逸らしながら後ろと呟くはやてに釣られて後ろを見ると………。
「…………」
「…………」
「おう? どした二人してまた合コン失敗したみたいなオーラ出しちゃって?」
間違いなく美由希の件までバッチリ聞いていただろうなのはとフェイトが、例の負のオーラを撒き散らしながらそこに立っていた。
悲しいことに、一誠にとって二人が19の女性になろうとも、子供という認識が全く取れてないので、二人の抗議とも取れるオーラに対しても平然と的が外れてる事を口走ってしまっている。
「お姉ちゃんなら、素敵な男性と一緒だよ?」
「え、そうなの? なんだ、ちょっと残念かも……」
「へぇ、どうしてかな?」
「年も近いし、フリーなら是非おデートでも………と思ったけど、シスコン兄貴が出撃しそうだから怖いなそれはそれで……」
「うん、きっとお兄ちゃんが許さないと思う」
「もっと身近な人がイッセーにはお似合いだと思うよ?」
「身近ねぇ……? 全敗中なんだよなぁ……」
「「………」」
「な、なのはさんとフェイトさんの怖い雰囲気を前になんで平然とできるんですかあの人……?」
「昔っからイッセー君がちょっと他の女の人にデレデレするとあんな感じやったからなぁ。
イッセー君にとって二人はまだ子供だって認識をしてるからというのもあるやろうけど」
「あ、アインス姉さんは大丈夫なんですか?」
「大丈夫やろ。
…………寧ろあの二人とまともにやりあえる唯一とも言えるし」
なのはとフェイトは、一誠がまだ未成年だった頃からの知り合いで、とても頼りにできるお兄さんという気持ちが強かった。
事実、一誠は二人のそれぞれの苦労を素知らぬフリをして逃げようとは結局出来ず、色々な面で助けられた。
まだマイナスが復帰せず、母のプレシアについて謝り続け、立ち直るまでずっと傍に居てくれたり。
一度なのはが重症を負った時に魔法が扱えなくなった時も、リハビリからなにまで全て付きっきりで居てくれたお陰で、半年どころか一ヶ月で復活したり。
その人懐っこさが二人にとっての精神的な支えとなり、そして今の場所まで歩く事ができた。
だから、そんな頼りになるお兄さんが、特に胸の大きめな女の人にデレデレして今にして思えばド下手にも程がある口説き文句を垂れてはさっさと振られまくってる姿は見たくなんて無いし、極稀に居た『満更でもない反応』をする女性を見るのは激しく嫌だった。
というか、今でこそ『完全に脈がない』と理解して諦めて良い友人同士になったが、シグナムやシャマルといったヴォルゲンリッターの騎士との初邂逅の際は軽く修羅場になった事だってあった。
主に、就職したばかりの業務を放り投げて、二人をこれまた死ぬほど下手くそなナンパを仕掛けたのを見てしまったなのはとフェイトが、潜在能力を限定的に完全解放して二人を蹴散らしたというプチ思い出が。
「イッセーくんも地球任務に同行するみたいだから、実家に来てよ? 皆に改めて紹介するから」
「えー? やっぱ留守番したいんだけど?」
「なに言うてんねん、ロストロギアを最速最短で永続的に沈静化できるのはイッセー君なんやから、当然行くに決まっとるやん?」
「流石だねはやて。
ほら、はやてもこう言ってるんだから決定だよ?」
「おう、別に嫌ではないから良いけどさ。
何故二人ともそんな必死なんだ……」
ニコニコしてくるなのはとフェイトに一誠は首をただただ傾げる。
今現在も子供と思ってる二人が、よもやまだ19才なのに、軽く焦って拗らせてる未婚女性みたいになってるだなんて……それがほぼ間違いなく己のせいなんて自覚するにはまだ早いのだ。
終わり。
オマケ
金髪少女のもやもや。
子供の警戒心を即座に取り除き、そしてあっという間に仲良くなれる。
自分もそのクチにやられた側としては、とある理由で現在引き取っているエリオとキャロが一誠に懐くのも納得ができるのだ。
「1,2,3……『結婚してマイホームを建てる!』――よっしゃあ! 俺もリア充の仲間入りだぁ!!」
「りあじゅう?」
「それってどんな拳銃なんですか?」
「拳銃じゃなくて、リアル――あーつまり現実の生活が充実しているという意味だよ。
結婚して、マイホーム建ててイチャイチャする……どこからどう聞いてもリアルが充実してる生活だべ?」
「でもこれは人生ゲームですよ? リアルじゃないですけど……」
「……………。エリオ君や、それ言わないでよ。
おじさんの幻想が今ぶち壊されてちょっと虚しくなったぞ……」
「あ、あぁ! ご、ごめんなさい! そんなつもりで言った訳では――」
「いや大丈夫大丈夫……、
ふふ、だよなぁ、実際の現実じゃあ恋人なんかいやしないもんな俺……。
エリオ君、キミは絶対にこんなおっさんにはなるなよ? 寂しくてホントもう――やばいよ?」
「は、はぁ……」
顔を合わせてものの一時間もしない内にはもう懐かれてたいた。
子供タラシとはやてが言っていたが、まさにその通りだろう。
なんというか、一誠は子供と同じ目線に立てて語る事が出来るのだ。
本人は『精神年齢がガキの単なるロートル』と卑下するけど、エリオとキャロに本気で慰められてる、ちょっと情けない一誠だからこそ一誠なんだとフェイトは思っているし、イザという時は決して見捨てないで最後までその掴んだ手を握り続けてくれる。
だから頼りにもなるし、だから――
「よし、子供が生まれた! 全プレイヤーからお祝い金げっつ! ヌハハハ! こうなったら人生ゲームだけはせめてリア充になってやるぜ!!」
一誠は一誠のままで良い。
良い年になっても子供達と人生ゲームにきゃっきゃっ騒ぎ、子供みたいな笑顔の一誠を、フェイトはただポーッと眺め続けるのだ。
3年程無かったこの時間がフェイトは好きだし、3年経っても変わらなかった一誠に安心もした。
だから今後は、勝手にフラフラと雲隠れされないようにしっかり見張っているつもりではある。
しかし、この下手くそナンパ師に好意を持つ者は子供以外はそんな多くもないが、フェイトにとっては少ないは無いと思っている。
「スバルやティアナが大はしゃぎしてるイッセー君に呆れちゃってるや……」
「良い年した大人が……って思ってるんだよ。
けど、それもひとつの意見だよ」
「うん、そうだね。
私達にとっては変わってないって安心するんだけどねー……」
なのはは良い。
殆ど出会った時期も一緒だし、同じような苦楽も一誠とは半分半分で共にしてきたし、何より共に子供扱いをされている。
「あ、エリオとキャロが頭を撫でてもらってる……」
「いいなー…………って、ダメだよフェイトちゃん! これじゃあずっとイッセー君に子供扱いされちゃう!」
「あ! そ、そうだった! うー……でも良いなぁ」
「そ、それは否定できないけど……」
だからどうにかして、なんとかして、子供扱いするのを止めて貰おうと手を組んでる訳だけど、問題は更にもう一人、勘でもなんでもなく一誠に対してそんな感情が見え隠れしてる者が居る。
それは――
「子供相手にムキになりすぎだって引かれてたけど……」
「子供達が楽しくするには、変な接待プレイじゃダメなんだよ。
つーか、結局総資産で二人にボロ負けしたし」
夜天の書の意思人格であり、一誠により『何かをされて今を生きる事が出来る様になった』リインフォース・アインスと名付けられた女性。
彼女はある意味なのはとフェイトにとっては最大の壁だ。
まず、出会った当初から成熟した姿だったし、何よりもアインス自体が一誠の何かを深い所で理解している節があるし、そもそも本人がまず『この命はイッセーによって救われた』と、多大な恩義と個人的なる絶大な信頼を寄せているのだ。
この前も、冗談だったとはいえ、イッセーにナンパされたと口走っていたし……。
「何時も夜になると、アインスさんと二人でお話してる……」
「しかもアインスの方が結構楽しそうだし……」
イッセーが六課配属になってからは、毎晩二人してお茶を飲みながら会話をしている。
イッセーの態度からして、アインスに対しては当初のシグナムやシャマルに対して行ったナンパやら、そんな目を向けるといったものは皆無の様だが、アインスの方は本当に楽しそうなのだ。
「んでさー、今日なんかザフィーラとアロガント・スパークの掛け合い合戦で勝負したんだけど、アイツ暫く見ない内に成長したよなー?」
「イッセーにコテンパンに伸されから、ずっと暑苦しい筋トレに精を出すようになってしまったんだよ」
「だからか、妙に二の腕の太さを自慢してきたのは。
筋トレマニア化とはまた斜め向こう側に行っちゃったんだなアイツ……」
一部電気がついてる薄暗い食堂の外から、アインスとイッセーの会話を盗み聞きしているなのはとフェイトは、もやもや値をアインスが微笑む度に現在進行で蓄積していく。
「それで、シャマルさんって何時からあんな感じになったん? 冗談でお食事のお誘いしたら笑顔で『後ろから刺されないのわからないのですか?』って言われちゃったんだけど……」
「それはイッセーが悪い」
「なんでよ? 流石に無理なのはわかってるし、単にご飯誘っただけなんだぜ? そりゃ、シグナムさんよりお胸がゆさゆさしててワクワクドキドキだけども……」
「………」
「? どうした? 何身体揺らしてんだよ?」
「…………べつに」
「………よし! ある!」
「………わ、私もあるよね?」
その性癖も全然変わってないし、何気にアインスが然り気無く自分もあるぞ的な意味で身体を揺らしてるのだが、イッセーは気づいてない模様。
そして盗み聞きしていたフェイトとなのははそれぞれあるか無いかを確かめて不安になったり、勝ち確を確信したりと忙しい模様。
だが、然り気無さだけでは鋭い様でポンコツなイッセーに気付かせる事なんて無理だと判断したアインスが突然言い出す。
「主・はやてに新しい衣服を頂いたのだけと、今度の地球での任務が早く終わったら着てみようと思う。
だから、どこかに連れていって欲しい……なんて」
「「!?」」
普段、実ははやてにそういうことを色々と教えられて来たアインスが、本人的にも気恥ずかしいのか、軽くもじもじしつつの上目遣いでイッセーに切り出した。
その瞬間、自分の胸の大きさで一喜一憂していたなのはとフェイトが固まってしまう――のも知らずにイッセーは……。
「んー? 別に良いよ」
本人は本当にただ遊びに行くだけのつもりなのか、簡単に頷いてしまった。
その瞬間、アインスは珍しく花が咲くような表情となるのだけど……。
「「だ、ダメ!!」」
これ以上は介入しなければヤバイとなのはとフェイトが突撃敢行をしてしまう。
「うぉい!? な、なんだ二人とも!?」
「む……」
「た、偶々通りかかっちゃっただけなの!」
「そ、そう! 偶々! それより休暇に遊びに行くんだったら私達も良いよね!? 人数は多い方がきっと楽しいよ!?」
と、如何にもそれらしい事を言う二人だが、目がどっちもかなり血走っているので軽くホラーでしかない。
「お、俺は別に良いけどアインスは……?」
「……………。私も別に」
「「ほっ……」」
アインスが二人に対してとても何か言いたげな目をしてるが、二人は知らんぷりをしながら胸を撫で下ろす。
「取り敢えず詳しい話は明日の休憩とかにするけど……」
「う、うん!」
「忘れちゃ嫌だよ?」
「…………」
アインスの独走を阻止したばかりか、思わぬデート(一誠は単にボウリング的な場所で遊ぶと思ってる)に漕ぎ着けられたと喜ぶ二人。
こうして本人の預かり知らぬ所でのプチ修羅場は終わったかに思えたのだが……。
「取り敢えず今日はもう寝よう。
夜更かししてたら明日起きんの辛いぜ?」
「わかってるよ、そんな子供扱いしないで」
「俺にとっては子供なんだっつーの」
「もう……」
「…………」
解散空気となった状況でアインスが静かに立ち上がった。
「イッセー」
リインフォース・アインス。
夜天の書の意思人格は本来ならば主であるはやてとヴォルゲンリッター達を守る為、自らの消滅という運命を受け入れて散っていく筈であった。
だがしかし、血の繋がりは無かったけど、血の繋がり以上の愛情を与えてくれた家族を守る為に――守るからこそ自ら去っていった青年の持つ、世界の理すらをもねじ曲げてしまう極大なるマイナスによってはやての家族としての生を手にできた。
故にイッセーには多大なる恩義がある。
そしてイッセーのマイナスが復活した際の接触により、アインスはイッセーの生きざまを知る唯一の存在だった。
守る為に人である事を辞め、自然に老いて死ぬことも許されぬ化け物へとなった男の人生を。
そしてその歩みを決して後悔はせず前を向こうとする所も。
そんなイッセーを哀れんだ――訳ではない。
ただ、全てをねじ曲げてくれたイッセーとその後近い場所に居た訳ではないし、寧ろ軽く疎遠にもなっていたのだが、アインスはイッセーがこの先どんな道を歩むのかが気になっていた。
気になりすぎで、しょっちゅう主のはやてにイッセーの事を聞いみたりすることも多かったし、その内はやてが女性らしい服装の指南やら、再会した後はとにかく押せという事を教わってきた。
なのはとフェイトがイッセーに一番懐いているのはよく知っている。
本人達は子供扱いをまだされている事に不満そうだけど、他には無い繋がり方だと、アインスにしてみれば思う。
だから……。
「なんだよ?」
はやてにアドバイスされた事を試しにやってみたらどうなるのか。
キョトンとした顔でなのはやフェイトと共に振り返ったイッセー向かってアインスは動く。
「ちょっと屈んで欲しいのだけど」
「屈む? 俺の頭に何か付いてるのか?」
「良いから……」
「「?」」
以前、はやては言っていた。
『そんなにイッセー君が気になるんか……? うーん、なのはちゃんとフェイトちゃんの手前、あまり大きな事は言えんし、かといってアインスの気持ちも大切やし。
せやけど、とっておきの良い秘策があるので、それをアインスに教えたる!
ズバリそれは――』
どこまでも変わらず、どこまでも子供っぽくて、どこまでも
何故かニタニタとするはやてから教えられた、魔力の無い魔法……。
「はい、こんなもん?」
「………」
少し背の高いイッセーをまず屈ませ、成功したらすかさず彼の頬に触れて固定する。
そして少し爪先立ちになり、自身の顔を接近させ――
「……………」
「……………」
「……………」
「……………」
『ちゅーしか無い! あの唐変木――というよりは、口だけで本当はのらりくらりしとる罪男をちょっとその気にさせるにはそれしかあらへん!』
はやてに教えられた通り、イッセーの唇と己の唇を重ね、そのまま彼の背中に腕を回して包容した。
「…………………え、は?」
「ん……。どうだったかな?」
「どうって……えぇ?」
「「………」」
時間にして数十秒。
薄暗い食堂のど真ん中で行われたそれは、ある意味その場に居た者の、アインスを除き、その時間を完全に止めたというか凍りつかせた。
流石に無知では無いアインスは、少し頬を上気させながら、思いの外困惑しているだけで慌てふためいた様子の無いイッセーに感想を問うが、本人はただ単純に自分のされた事が信じられない様子。
まあ、今更キスのひとつやふたつでテンパるには年を取りすぎてるし、そもそもその経験はある。
だが流石に突然……しかもアインスにされたともなればイッセーも動揺くらいはする。
「姫島朱乃とどっちが良かったかな?」
「な、何故ねーちゃんの名前を……?」
そして姫島朱乃。
イッセーの記憶の中でも最大級の無償の愛情を持っていた相手を引き合いに出せば、イッセーの精神は流石に揺らぐ。
「今までのお礼と思ってくれて良いよ。
お互い、普通には死ねない身だから……ね?」
「色々と間違えてるぞキミ……」
「これが間違いだと全員が言うのだったら、私はずっと間違いで構わないですよ? ふふ……」
「何をバカな事を――」
「アインスさん、ちょっとお話しようよ? 割りと真剣にさ?」
「流石に笑えないよ? ねぇ、どうしてくれるの?」
もっとも、そんな光景を見せられてしまった娘っ子二人が一気に爆発したお陰で、色々とうやむやにされてしまったのだが。
………その後四人は徹夜でお話していたらしい。
補足
ガチモードは例の風紀スタイルになるとか。
その2
彼の印象は、やっぱりロリコンと誤解されてるらしく、その昔、シスコンさんには追いかけ回されるし、軽く何度か通報もされて大変だったので、あんまり地球には寄り付きたくはないとかなんとか。
その3
こんな状況で、シングルファザーになったらもっと大変になりそう。
……いや知らんけど