ただの落書きみてーなもんだから
俺は見ていた。
まだ何も知らぬ餓鬼が、世界に拒絶されていく様を。
俺は見ていた。
未だかつて見たことのない異質なる才を持っていながら、持たぬ有象無象共に利用され尽くしていく様を。
俺は見ていた。
結局、いかなる才があろうとも、人間一人で出来た事は微々たるものだったと。
そう、人間一人なら。
しかしコイツは一人ではない。
俺を宿している。
ならばどうするか? カス共によって歪み、腐りきった世界に抗える為の力と知恵を貸してやろう。
未だかつて見たことのない、異質な才を開花させる手伝いをしてやろう。
そして、この腐りきった世界を逆に見下せる男にしてやろう。
掌を返すバカ共をまとめてなぎ倒す――史上最高で最後の赤龍帝にしてやる。
そうすればもう、コイツは誰にも利用されはしないのだから。
孤高の龍帝。
特に理由なんてなかった。
ただ、何となく月が綺麗だったので、密かにお気に入りである池の畔で、世の腐敗を今だけは忘れて月明かりを眺めていただけだった。
つまりこれはただの偶然だった。
「……………え」
まるで闇夜を照らす満月から堕ちてきたかの様に、空から池のど真ん中へと、激しい水しぶきと共に落ちてきたなにかに、勿論少女は驚いて固まってしまった。
「ひ、人……!?」
だがやがて、激しくうねっていた水面が静まり、プカプカと人と思われる物体が浮かび上がるのを見た少女は、何があったとか考える前に、そこまで深くは無い池に飛び込み、プカプカと浮いている人らしきものに手を伸ばす。
「うー……! お、重いぃ~!」
どうやら、紛れもない人だったが、体格が少女よりも大きく、少女の腕力ではとてもではないが引き上げることはできない。
だが、この時の少女は所謂火事場の馬鹿力……つまり脳のリミッターが一瞬だけ外れたらしく、息はしているがぴくりとも動かない人間をなんとか引き上げることに成功した。
「はぁ……はぁ……」
ぐっしょりと濡れてしまった衣服が肌にまとわりついて少し気持ち悪い。
だが、うつ伏せになったまま少女によって引き上げられた――どうやら男性らしい人間の事が気掛かりだった少女は、まずは生きているかの確認をしようと全く動かない男性に声を掛け―――――絶句した。
「ひ、酷い傷……!」
引き上げる事に無我夢中で今まで気付かなかった。
意識の無いその男性は着ている衣服がボロボロで、全身に大小様々な傷が刻まれていて、出血までしていた。
何より酷いのは背中を縦に切り裂かれたと思われる傷、そして意識があるかを確かめるために身体をなんとか仰向けにさせた際に見えてしまった、顔にある焼きただれたかの様な火傷。
「……………ぅ」
「! い、生きている……? え、えーっと、だ、誰かに知らせて手当てを……!」
ほんの小さな呻き声をあげた男性に、まだ辛うじて生きていることを知った少女は、急いで誰かに知らせなればと思い、その場を立とうとする。
しかし……。
『おい』
「うぇ!?」
低い男性の声によって少女は呼び止められた。
誰だと思って周りを見渡していても、死にかけている男性と自分しか今はこの場に居ない筈なのだが……。
『こっちだ小娘。そいつの左腕を見ろ』
「え……」
男性の声は死にかけている方の男性の左腕を見ろと命じるので、恐る恐る振り向いて左腕を見ると、確かに今さっきまで無かった筈の、赤い甲冑の様ななにかが男性の左腕全体を覆うように存在している。
「あ、あの……?」
『俺達を見て介抱しようとする奴は居ないと思っていたが……。
小娘、貴様はコイツをどうする気だ?』
「ひ、酷い怪我をされてるし、私一人ではどうすべきかわからないので、仲間の方々を呼ぼうと……」
さっきから左腕が普通に喋り倒しているのだが、少女はそれに錯乱するでもなく、とにかく重症の男を治療する為だと話した。
すると左腕から声を発する男は、少女に向かって『応援なぞ要らん』と地味に偉そうな口調で断る。
『治療なんぞ今更必要無い』
「で、ですが……」
『その理由は見ていればわかる』
治療は必要無いと返したと同時に、左腕が赤く輝きを放つ。
赤く、幻想的なまでの輝きはやがてかすかに呼吸をしていた男性の身体を覆うと、信じられない事に男性の全身を蝕んでいた傷が塞がり始め、顔にあった重度の火傷も嘘の様に消えてしまったのだ。
「う、うそ……?」
当然、目の前でそんな神の所業とも呼べる奇跡を見せられた少女は唖然とする他無かった。
『おい、起きろ』
「…………!!」
そんな少女を尻目に、左腕のから放たれる声が、意識の無い青年に声を掛けると、カッと目を見開き、勢いよく身体を起こした。
「こ、ここはどこだ?」
『知らん。カス共からお前を逃がす為に必死だったからな』
キョロキョロと周りを見渡す青年は、どうやらここが何処だかわかってないらしい。
「あれ、傷が……」
『俺自身のパワーをお前に送り込んで傷の再生を早めた。
完全な全開には至らんが、動ける様にはなっただろう?』
「あ、ああ、悪いなドライグ……」
『ふん、お前の甘さが招いた自業自得の尻拭いを務めるのも相棒の役目だろうが、そうだろう一誠?』
空から文字通り堕ちてきた傷だらけの青年。
その傷をも一瞬で回復させる様を見てしまっていた少女が唖然としながら居る中を、ゆっくりと立ち上がった一誠と呼ばれし青年は、ここはどこなのかと改めて辺りを伺う。
「………。ここはどこだ?」
『俺に聞くよりも、すぐ横で唖然としてる小娘に聞いた方が良いんじゃないか?』
「え?」
ドライグと呼ばれる男性の声に促される形で視線を横に向けると、殆ど白に近い薄い藍色の髪を持つ少女と目が合う。
「えーっと……」
『多分敵ではない。
そこの池に墜落したお前を引っ張り上げたのがその小娘だからな』
「そう……なの?」
『ああ、礼はちゃんと言っておけよ』
「お、おう……。えっと、この度はとんだお騒がせをしてしまったといいますか、お助け頂いてありがとうございますといいますか……」
ぺこぺこと頭を下げる青年。
少女はまだ知らない。
未来という世界に拒絶されても抗い続け、この地に偶発的に流れ着いたこの青年と青年の宿す龍との出会いが、自身の運命を少しだけ変える事になるという事を。
「そこの奴! 月に何をしてる!!」
「え……ぐへぇ!?」
「え、詠ちゃん!?」
『む、真空飛び膝蹴りとやらか。
やるな、あの小娘』
意外と助けてくれた少女が結構実は偉い地位の方だったと知ってビビったり。
「董卓……? 何故かどこかで聞いた事があるような無いような……」
『大分過去の人間にそんな名前が居た気がしないでもないが……』
「じゃあ何か? コンビニもゲーセンも、ソフトクリームも無いこの場所は間違いなく過去の時代ってか? はははー……………………マジかよ」
その自分を助けてくれた董卓という少女が治める地域が死ぬほど前時代的過ぎて、確実に現代ではないことを知ってしまう一誠。
「あ、いや、俺達は所謂流れ者的なアレなので、ご迷惑掛けずにそそくさと退散させて頂きます故……」
「アンタ、月にあんな事までされてタダで帰るって訳? アンタの左腕とやらの声曰く、それなりに武には自信があるんでしょう?」
「なっ! ど、ドライグ! お前何を勝手に……!」
『目立つ傷は俺の力を流し込んで再生させたが、完全には力を取り戻しては居ない。
現にお前は鎧すらまともに扱えなくなるほどに弱りきっているだろうが。ならば、力を蓄える為には暫く拠点が必要だろう?』
「そんなもん、適当な山に引き込もって暫く寝てりゃあ――」
保護者・ドライグがペラペラと董卓少女をとても大切にしている賈詡少女に話してしまい、怪しいとはいえ駒としてなら使えそうと判断され、董卓少女からの恩を返せと言われて渋々軍門に降る一誠。
「ぐぅ!? な、なんだこの子!? なんつー腕力だ!」
「…………」
『ほらみろ。相手が武官とはいえ、小娘一人にすら手こずる今のお前ではとても単独行動など無理だ。
ましてや、俺達の時代とは別物となるこの時代ではな……』
「こなくそ! 人間の女の子にまで負けてたまるか!!」
お試し試合で、自分の弱体化がすさまじい所までになっていて焦る一誠。
「素手で恋と真正面から互角にやりあえるなんて……」
「やるやん、あの『みらい』とやらから来た男」
とは逆に、呂布相手に素手で渡り合える姿に一定の評価をする少女達だったり。
「あ、董卓様に賈詡様」
「こんにちは一誠さん。
あの、もしかしてなのですが、一誠というお名前はアナタと真名なのでは?」
「へ? ああ、確かにこの時代の風習に従うなら、俺の名前はそのまま真名に相当しますけど、別に気になさらずとも構いませんよ?」
「そ、そういう訳には……。知らなかったとはいえ、私達は皆アナタの真名を口にしてしまってますし……」
「アンタ、月を落ち込ませる気?」
「め、滅相もない! じゃ、じゃあどうしたら……?」
「仕方ないから、ボク達の真名をアンタ達の両方に授けるわ。
これでおあいこでしょ?」
『別に要らんのだが……』
真名に相当する一誠と呼ばせていたせいで、変なゴタゴタもあったり。
「賊軍団ね……。まるで世紀末のモヒカン野郎だな」
『あんな体格した連中で構成されていたとするなら、この世は終わりだろ』
賊軍団を少しずつ回復していく力で、討伐し、月という少女の名をあげる為に彼女の仲間達と貢献していったり。
「くっ、どこまでも腐った連中ね。
月を暴君呼ばわりするなんて……!」
『……』
「なによ?」
『いや、あの小娘は餓鬼の頃の一誠に似てるな。
どこぞのカスの口車に乗せられて、極悪人に仕立てあげられる所なんてそっくりだ。
そしてその様を俺は一誠の中から見てきたもんでね、似た話を聞くと全部ぶち壊したくなる。
小娘――いや、詠……今回の件に関しては手を貸してやる』
月がでっち上げで暴君呼ばわりされる様に怒る詠に、ドライグが力を貸そうとしたり。
そして――
『その目に焼き付けるんだな』
「これが俺達――赤龍帝の真の力だ……!」
「『ファイナル・ドラゴン波ァァッ!!!!」』
溜め込んでいた力を再び失う事を覚悟で、襲い掛かる連中達に見せつける。
「まだだ! まだ終わりじゃねぇ!!」
『死を懇願した時、勝負は決まる!!』
最後の最後まで、力を使い果たしても尚、連合軍達な前に立ちはだかる龍の帝王。
何度切り刻んでも、何度矢で射ぬいても、決して倒れずに血塗れになって兵をなぎ倒す姿は恐怖の権化。
そして――
「全盛期だったら一発で逆転できたのに……」
『力を完全に取り戻す為の時間が足りなかったからな……。というか、一年近く過ごしてあの程度しか力が戻らなかったというのは……』
龍と龍を宿す青年はまだ終わらない。
「しかし、あの北郷くんだっけ? 彼が俺達みたいに未来から来たとは驚いたぜ」
『神器使いでもない、ただの一般人のようだがな』
「いやぁ、彼のお陰で月や詠さんが名を捨てる事で生き永らえるように手を回してくれたんだから、感謝しないといけないぜ」
『俺達が蜀に降るが条件だがな』
再び零からのリトライを強いられた龍帝。
「え、俺が二人の上司的な位置にならないとダメ?」
「じゃないと嫌だって賈詡が言うし、俺としてもお前の下という体の方が二人も過ごしやすいと思うから」
「………。まあ別にそれで良いなら構わないけどさ」
完全なる力を今度こそ取り戻す旅はまだ続く。
「み、未亡人だとぅ!? しかもナイス過ぎるおっぱい!? み、見ろドライグ! 黄忠さんのお姿を!」
『……。バカかお前は』
「ええぃノリの悪い奴め! 良いもん! 黄忠さんにデートの申し込みを――――」
「ぐすん……」
「!? ど、どした月? どこか痛いのか?」
「こ、心が、心が痛いんです……!」
「このバカ一誠! また月を泣かせたわね!」
「ぎぇぇ!? な、何の事だかわかんねーよ!?」
『………』
年上フェチ病が蜀に降ってから再発してしまい、基本的に年上相手にはアホになり、同年代や下には、無自覚に無類の包容力を持つ一誠は、名を捨てても自分から離れずにいてくれた一誠が、黄忠等といった蜀の年上にデレデレしまくりな姿を見て月が涙目になったり。
「やった成功だぞドライグ!」
「意味が無さすぎる技術がここに来て役に立つとはな」
ドライグが一誠の中から時間制限付きとはいえ、一誠が一回り年を重ねた赤髪の男性として実体化したり。
「んお、どうした詠さん?」
「べ、別になんでもないわ。
ドライグが最近劉備に連れ回されてるわねと思ってるだけ」
「ああ、そういえば変な小娘に最近付きまとわれてウザいと言ってたな。
さっきも死んだ目をしながら、妙にうきうきしてるその女の子に連れ回されてたし」
「もしかして詠ちゃん、ドライグさんに……」
「は!? んな訳ないでしょ! あんなおじさんみたいな声した男に興味ないし!」
「……………………………。どう思う月?」
「多分思ってる通りかなって……」
パパドラゴンが微妙にモテ期入ったり。
「チッ、実体化なんぞやはり無駄だな。
お陰でわけわからん小娘に引っ張り回される」
「まーまー、それよりも詠さんがお困りみたいだからよー?」
「あ? 詠が?」
パパ化し過ぎてあんまり異性に関心がなかったり。
「詠、一誠が、お前が困ってると言ってたが、何か手伝えるか?」
「うぇ!? あ、アイツ……また余計な事を……! え、えっと、あ、あるにはあるけど……」
「?」
「す、座り仕事が多すぎて腰が痛くて……えっと、横になりたいから、ドライグの膝をボクに貸して欲しいというか……」
「ああ、構わんぞ」
詠に膝を貸しながらまったりとするパパドラゴンだったり。
「ドライグがまさかのモテ期。
く、くそぅ、俺へのモテ期はいったい何時になるんだ……!」
「あ、あの!」
「んぉ? どうした月?」
「わ、私も……えっと……背中が凝ったので、横になりたくて……で、できたらお膝を貸してくれたらなー……なんて」
「おう良いぞ! てか背中大丈夫か?」
まあまあ忘れていた平和な時間を過ごしていくのであった。
そして―――
「ほ、北郷さん達がお部屋であんな……す、凄い……!」
「だ、だめだ月……! そっとしとけ、見てはならねぇ! 部屋に戻るぞ!」
大人のひとときを見てしまった月を慌てて部屋に連れ戻す事で、付かず離れずだった関係は――
「じゃ、じゃあ俺も自分の部屋に戻るんで……」
「ま、待って!」
「! な、なにさ?」
「そ、その……一誠さんは、お嫌いですか?」
「な……なにが?」
「北郷さん達みたいな事……」
「え! あ、いや寧ろそんな経験できるなら泣いて喜べる――って、何を言ってんだろ俺は? と、とにかく月は動転してるだけだから、大人しく寝て――」
「私は! わ、わたしは……一誠さんとの日々をずっと大切にしたいです。
でも、もっと先の……深い繋がりをアナタと持ちたい……!」
「ゆ、月……」
「私は、ぺったんこかもしれないです。
一誠さんのお好みではないです……。で、でも私はそれでも――ぁ……!」
「言うな。それ以上は……言わなくて良い」
「いっせー……さん……」
「ありがとうな月。
俺にそんな事を言ってくれたのは、月が初めてだ。
……昔から死ぬほど嫌われてきたからな」
きっと、繋がる。
「……ふわふわします」
「……ああ、俺もふわふわしてらぁ」
別ルート。
永遠に続かない。
補足
あのね、続けない前提だけど、続けるなら恋ちゃま編みたいにほのぼの日常ばっかだよ。
ただそれだけ