堕天使・アザゼルにとって、この世界は中々に興味をそそるものだった。
そもそも同じ人生をやり直すという事すらが不可思議なのに、他にも数名居るし、なんなら完全な異界からやって来た者も居る。
異界からというと、あまり良い思い出はアザゼルにしても無いのだが、その者が手の掛かる三バカ義息子達となれば話は別だ。
しかもパラレルワールドの過去の者達と三人は未来である今の時代に戻ってきた筈だったらしい……。
パラレルワールドの過去ってだけでも荒唐無稽だが、事実三人はパラレルワールドの過去――人間の間では三国時代と呼ばれる時代を生きた者達と同じ名前を持つ少女やら女やらを連れてきてる。
どうやら、姓や名や字の他に真名という特殊な意味のある名前を持っている様だが、ともかくアザゼルにとっては大変興味深い。
もっとも、三人にそれぞれ付いてきた者達は其々三人に対してそんな感情を持ってるらしいので、興味深さよりも一人の親として三人のこの先にきちんと付いていけるかをちゃんと見定めないとならない訳で。
「さて、本日ご足労願った理由はただひとつだ。
親を自称させて貰っている俺としては、本当にお前達が其々あの三人にこの先付いていく気があるかどうかについてだ」
『…………』
意外と過保護なアザゼルは、摩訶不思議な三国時代を駆け抜けた女性陣をアザゼル個人が所有するどこかの別荘へと招待し、彼女達を見定めていた。
「しっかしまあ、一番そんな展開になりそうなイッセーが一番普通に落ち着くとは思わなかったし、ヴァーリに関しては――アイツ、ちゃんと反応できたんだな。ジンガは―――――あー、うん」
「おい、ジンガに関してのその微妙な顔はどういう意味だ?」
「いや……まさかアンタみたいな未亡人まで攻略しちまったのかと思ってよ。
意外性という意味の潜在能力が一番高かったんだなぁと」
まごうことなき未亡人の炎蓮とそうなったというよりは、今もそうなってることを知ってるアザゼルは、炎蓮のみならず炎蓮の娘から率いてた軍の武将から軍師に至るまで落としてみせた一応の長男のやり手っぷりに、改めて苦笑いが止まらない。
「ヴァーリも似たようなもんだが……うーん、アイツに人並みの感覚があったと俺は逆にホッとしたぜ」
「最初の頃は――あ、いえ、今もだけど、基本的に鈍いわよ?」
「だろうな。
けど、お前等がその壁を壊したのは事実だ」
平行世界の彼等とはいえ、若くしてEDを心配してたアザゼルにしてみれば、華琳達とそんな関係に発展できてきた事自体にちょっとした安心がある。
そもそもそういう事は大体イッセーがバカみたいに正直だったし、イッセーはイッセーでアザゼルにしても逆に驚いている。
「まさかイッセーが一番まともに落ち着いたのがなぁ」
「…………」
聞けば年上フェチ……それはアザゼルの居た世界のイッセーにも少しあったイッセーの性癖なのだが、ハーレムだハーレムだとバカみたいに騒ぎ散らしてたエロ小僧がよもや、ハーレムなんてどうでも良かったと言わんばかりに一番落ち着いたのがやはり一番驚いたし、その理由となった赤髪の少女である恋がどんなマジックを使ったのが気になる所だ。
「元々イッセーにとって一番大切だったのは、あの二人。
初めて出会った時は恋に欠片の興味も持ってなかったと思う」
「そういえばアナタが守ってた虎牢関攻めの時は、彼
容赦無くアナタを嬲ってたわね」
「あー、そのオレ等も見てたわ。
気ィ失うまで本気で殴り続けてたもんな……目を血走らせて」
「恋殿が敗けたと聞いた時は信じられませんでしたし、ましてやそこまでやられたと聞いた時は血の気が引きましたぞ……」
「そこら辺は俺の知るイッセーとはちょっと違うみたいだな。
けどよ、そこからどうやって親密になったんだよ?」
どうやら恋の話を詳しく聞くと、アザゼルの知るイッセーとはほんの少し価値観が違っている様なので、そこまで最初やられた恋がどうして今その位置に居るのかを改めて問う。
「戦に敗けた後、月と詠とねね達と話し合った後、一緒にご主人様の軍に行くことになった」
「あ? 月? 詠? それにご主人様ァ?」
全然知らない名前と、怪しさも感じる呼び名にアザゼルが訝しげな顔をすると、横に居たねねが慌てて補足する。
「れ、恋殿、アザゼル殿にわかる様にご説明しないといけませんぞ。
えっと、月様や詠というのは、元々の主といいますか……董卓や賈詡といえば伝わりますか?」
「あー……なんとなく。けど、そいつ等も女なんだろ? まぁ良いや、その二人と……ご主人様って誰のこと?」
「北郷一刀って名の――多分この時代に近い場所から来たと思われる男よ」
「ほーぅ? そいつは男みたいだな。
しかしご主人様ねぇ……?」
北郷一刀に対してほんの少しの因縁があったりする華琳が更に補足する。
それを聞いたアザゼルは内心、割りと良い趣味してんなソイツと思う。
本当は劉備とか関羽とか張飛にほぼ無理矢理呼ばれてしまって、訂正しようにも聞いてくれなかったから仕方なくという事情が彼にはあるのだが、アザゼルは寧ろその男こそが、自分の生きた時代のイッセーに近いのではと誤解してしまっていた。
「とにかく、ご主人様の軍に降った恋達なんだけど、恋は元々恋に勝ったイッセーが気になったら付いてきた。
イッセーはあの時ご主人様の軍に居たから」
「なるほど……」
『………』
あの獣を越えて破壊と憤怒の権化の様な男と呂布こと恋がそんな関係になった経緯を実はあまり知らない華琳や炎蓮達も、軽く興味深げに耳を傾ける中、恋は続ける。
「月と詠はご主人様の傍で保護された。
それで恋とねねはイッセーがご主人様から貰った家で暮らしてたから、そのままイッセーの家に行って、住まわして欲しいって頼んだ」
「正直あの頃は反対したのですけどね」
「ふむ、それで?」
「頑張って頼んだら、殆ど嫌々で、ご飯も自分でなんとかしろっていう条件で部屋を貸してくれた」
「嫌々って、よくそこから今みたいな関係になれたわねアナタ……」
「その時のアイツって相当激怒しやすかったんじゃねーのか?」
「それはヴァーリとジンガがアナタ達に対する恩を返せてないからまだ戻れないと言った後。
その事についてはアナタ達もよく知ってる筈」
「………。まぁね、我が兵はほぼ消し飛ばされるし、なんなら私達も危うく死ぬ所だったわ」
「手から妖術放っては破壊しまくってたからな。
天災かなんかだと思ったよ」
遠い目をする元魏軍と呉軍の面々。
獣の雄叫びの様な憤怒の怒声と共に、大陸全土を滅茶苦茶に破壊しまくっていたイッセーの姿は、ある意味でトラウマ物でしかない。
「大陸程度も破壊できなかったとなると、当時は相当力を失ってたのか? 運が良かったな、ヴァーリとジンガが二人がかりで押さえ込めた様だし」
「うん、敗けて落ち着いた後、暫くイッセーは荒れてた。
民には決して何もしなかったけど、何時もギラギラと殺気立ってた」
「よくそんな状態のイッセーに近づけたなお前は……」
「怒ってるんじゃなくて、本当は泣いてたってわかってたから……」
「恋殿も相当無茶をなされましたからな」
何をされても根気強く、逃げずに傍に居続けた。
ただそれだけしかしていない。そう語った恋になんとアザゼルは、頭を下げた。
「礼を言わせて貰う。
お前のお陰だな」
「気にしなくて良い。
恋が好きでやった事だから」
既にイッセーの傍に居るという事を認められてた恋は、あの時代には無いお菓子をパクパク食べながらアザゼルに返す。
それを見ていた華琳達や炎蓮達は、どこか微妙に悔しげだった。
お父さん化してるアザゼルがそんな話をしている頃、駒王町に残っていた三バカは、偶々発見したラーメンの屋台で仲良く麺を啜っていた。
「美味い。コクのあるまったりとした醤油ベースのスープに絶妙に絡む麺とのコラボレーションが実に――」
「わかったからさっさと食えや」
「ヴァーリはラーメンの事になると煩いからな」
ヴァーリがブツブツとうんちくというか、感想を並べてる左右で、イッセーとジンガは言われてみれば確かに美味いラーメンを楽しんでいた。
屋台の主人は大分若いみたいだが……。
「確かに美味いなこのラーメン」
「当然だ、美味い様に作っているのだからな」
「あ、はい」
どうもこの屋台の主人は、今のヴァーリ並に癖のある人物であり、妙に顔立ちの整った青年は人差し指を空に向かって立てながら口を開く。
「おばあちゃんが言っていた。
本当の名店は看板さえ出していない――とな」
「はぁ……」
「か、変わった人だな……」
「いや、実に理にかなった言葉だ。
アンタの腕は確かだ、名はなんという?」
変な雰囲気を出す青年に若干引くイッセーとジンガだが、すっかり味の虜になったヴァーリは目をキラキラさせながら青年に名を訊ねた。
「俺は天の道を往き、総てを司る男……天道総司」
訊ねたヴァーリに対して、再び気取ったポーズをした青年の名前は何故か三人の記憶に深く刻まれた。
………ラーメン屋台の変な主人という意味でだが。
「なんだったんだ、あのイケメンは?」
「わからん。世の中には変わった人間も多いという事なんだろう」
「フッ、わかってないな二人は。
あの男はまさにその名の通り、天の道を往き、総てを司るラーメン職人さ」
「「………」」
ラーメンとなるとテンションがずっと高くて、軽くウザいとすら思えるヴァーリの手放しの称賛に、イッセーとジンガは黙って顔を見合わせてやれやれと苦笑いをする。
ラーメンとなるとレシピから語り出すくらい煩いヴァーリは、過去の世界でも猛威を奮ったのかと思うと、魏の者達に軽く同情する。
「むっ、あの団体はリアス・グレモリー達か?」
「こっち歩いてくるじゃん。
会釈くらいはしとくか……」
「アザゼルに上げて落とされたと聞いた時は思わず笑ってしまったが、あの分では大丈夫そうだな」
悪魔管理の町なので、当然出会す可能性があったリアス・グレモリー達がこちらに向かって歩いて来る。
三バカ――特にイッセーに気づいた瞬間、リアス達の顔色が一斉に変わったが、イッセーは一切気にせず、軽く会釈だけしてさっさと通りすぎる。
「顔がひきつってたな」
「まさか連中がオーフィスと結託してたのには驚いたが、そのオーフィスまであんな顔になるとはね」
「仮にも神滅具使いが三人つるんで行動してんだから警戒してんじゃねーの? 正しい反応だと俺は思うぜ?」
「いや、お前が呂布を嫁さんと紹介させられたショックが抜けてないんじゃないか?」
歩いていく三人を――というかイッセーをジーっと立ち止まって見てくるリアス達の視線も全く気にしてないイッセーに、ヴァーリとジンガは、心底彼女達の存在がどうでも良くなったんだなぁと思う。
「謝ってきたから許したってことで完結したしな。
今度はあの人達も変なやつに引っ掛からん人生を送って欲しいものだね」
(その人生にお前を求めてるんだろうに……)
(まあ、求めた所で奴等にくれてやる気なんて俺やジンガや呂布達には無いがな)
バカにしてる訳でもなく、リアス達の今度の人生の幸せを願ってる様子のイッセーに、ヴァーリとジンガの二人は彼女達からイッセーを守るのだと固く誓う。
理由が理由だったのは理解する。
だが、再びイッセー――いや、イッセーの並列進化の特質にすがっている様にしか見えない連中にイッセーを渡す気なんてなれない。
なんだかんだとヴァーリとジンガの方が、ドライグ同様にイッセーが彼女達にされた事を根に持っているのだ。
「黄昏の聖槍使いと、白龍皇と今日は一緒なのねイッセーは……」
「軽く会釈してもらっちゃった……」
「イッセー……」
「うぅ……あの人達や恋という人だけがどうして……」
そんなリアス達は、イッセーが確かに普通に出会せば挨拶もしてくれるし、毛嫌いした反応も無いのだが、全く自分達に対する関心が零である事を感じ取って、傷付いていく。
「…………あの、実はなのですけど、先輩の自宅にカメラと盗聴機を――」
「なっ!? な、なんて事をしてるのよ小猫は!?」
「だ、だって……!」
「もしバレたらどうなると思ってるのよ……! 早く回収しないと……!」
それのせいか、一部が暴走し始めてる。
小猫のカミングアウトに慌てたリアスは、直ぐ様回収しようとするが、回収できるタイミングがわからずに困り果てるのだったとか。
「留守のタイミングしかないけど、それを調べる為には知らないといけないわ。
……仕方なく全員で調べるわよ」
だから仕方なく……本当に仕方なく留守のタイミングを掴もうと全員で小猫の仕掛けたカメラと盗聴機を使ってイッセーの生活を覗く事になる。
そのその夜、ヴァーリとジンガと心行くまでバカやって遊び終えたイッセーが自宅に戻る姿を、ずーっとオカルト研究部の部室からモニターしていたリアス達は、先に家に戻ってた恋とねねに出迎えられてるイッセーの表情に、まずチクリと心を針でつつかれた気持ちにさせられる。
『おかえり、今からお風呂入る所だけど、イッセーも一緒に入る?』
『おう』
帰って早々、風呂に入る――しかも一緒にというやり取りを見せられて凹むリアス達。
「い、一緒に入るみたいですね……」
「うぅ……イッセーさん……!」
「…………」
アザゼルの設計により、大きめの風呂に共に入ったり、ご飯を食べたり、楽しそうにねねを交えて会話していたりと、どう見ても幸せそうな生活を見せられてしまって、余計凹むリアス達。
知らない間に知らない女と幸せになってる。
裏切った自分達が悪いのはわかっているが、やはりイッセーには戻ってきて貰いたかっただけに、映像に出る楽しげなやり取りは精神的ダメージが凄まじい。
「寝室に行く様だけど……」
「大丈夫です、水道業者と偽って先入したので仕掛けてます」
「……………」
寝室へと入るイッセーの姿を出力する小猫の、行動力にリアスは何も言えない。
しかし、この行動力が甚大な精神的ダメージを負わされるのは――自業自得だったのかもしれない。
『ねねは先に寝た。だからイッセー……』
「「「「「…………………」」」」」
映し出される二人の男女のやり取り。
決定的なやり取り。現実逃避すら砕く真なる現実。
『ぁ……♪ いっせー……恋、幸せ……』
『わかってるよ、俺もだ……』
「「「「「「…………………」」」」」
この日以降、リアス・グレモリー達は引きこもりになった。
終わり
ソーナ・シトリー達からの面倒な状況を掻い潜りつつ、彼等を知る。
家が無いので廃墟となった教会を根城にただ今貧乏な生活をしている匙元士郎と木場祐斗の剣士コンビと、その二人と一緒に居る麗羽と白蓮。
一番わがままを言いそうな麗羽が意外な事に何も言わず、ソーナ達に対する警戒を強めている中、祐斗と白蓮は奇妙な縁で友人みたいな関係と互いになっていたまま現代を生きている。
「昨日、試しに元主達の真ん前を素通りしてみたのだけど、何の反応も無かったんだよね。
もしかしたら、あの人達の中に僕という存在は無かったんだと思う」
「そうだとしたらお前もとことん――アレだな」
「いやいや、却って都合が良いさ。
元士郎君よりも動きやすくなるし」
器用貧乏過ぎて影が薄い事を地味に悩む白蓮の同情の言葉に、祐斗は笑って応える。
祐斗に救われて以降、親しくなってよくこんな空気でのほほんとした会話を楽しむ事が多くなった白蓮は、この現代においてもそのスタンスを変えない。
何故かというと、あまり踏み込み過ぎて嫌われたらどうしようと不安だったからだ。
「それにしても、私や麗羽みたいに曹操や孫堅や呂布がこの時代に居たとはなぁ。
桃香達は居ない様だけど……」
「複雑な事情があると思って良いね。
殺されたイッセーくんが生きてるし」
祐斗が買ってきたジュースを二人で分けて飲みながら、世間話をする。
白蓮はこの祐斗とのなんてことない時間が好きだった。
好きだからこそ、それ以上深く踏み込む勇気がなかった。
「少し冷えるな……」
「大丈夫? 僕の上着で良かったら貸すよ」
廃墟なので、建物のすきま風が強く、軽く震える白蓮に、祐斗は着ていた上着を脱いで肩から掛けてあげる。
「あ、ありがと……」
ストレートに気遣いができる祐斗に声が少しどもってしまう。
こういう所に好意を密かに持っているのだけど、自分に自信が無い白蓮は、どうせ祐斗はなにも思っちゃい無いと思ってしまっている。
「あたたかい……」
「ん、それは良かった」
微笑む祐斗にドキリとして目を逸らす白蓮。
両手に剣を持ち、白銀の鎧を纏い、輝く馬に乗って駆けていくその姿を見た時から――どうせ忘れられてると思っていた自分を助けてくれた時から……。
「寒いですわ元士郎! 私をきちんとその身で暖めなさい!!」
「お前! 一応女なんだから少しは遠慮しろ! お前のせいで最近寝不足なんだよこっちは!!」
「あらあら、この私に欲情なんて―――まあ、別にそれならそれで構いませんけど?」
「嫌だ! 俺はもっとプラトニックな恋愛主義だ!」
「ぷらとっにっく?」
「清純で清らかな恋愛がしたいって意味!」
「へぇ? アナタがそんな信条をねぇ……?」
「うっ……な、なんだよその目は?」
「いーえ? とにかく、寒いものは寒いので暖めなさいな?」
「うぐぐぐ……あ、アホの癖に妙にアレな事を……! また寝不足だ……」
「ふふふ……♪」
「お、おいやめろ、急に可愛い声で微笑むな……!」
「あら、別に良いでしょう? うふふふ……♪」
「ぐうぅ……!」
「大変だなぁ元士郎くんも」
「麗羽もかなり変わったよ。
…………私はずっと地味だけど」
「そんな事は無いさ。
キミだって変わってるし、地味なんて僕は思わないよ」
「うぐ、お、男前な台詞ばっかり私に言うなよ……変な期待をしてしまうだろ」
彼女は生きる
補足
別に天道さんはこの先出ません。
ラーメン回があれば別だけど……
その2
完全に引きこもりになったせいで……………………
その3
元ちゃんは振り回されてナンボなんだい!
木場きゅんはのほほんとしてるんだい!
……みたいな