何をされたか。
どんなことをされたのか。
あまりにも一瞬の出来事だった。
初めて入る屋敷の地下へと連れてこられたのは覚えている。
クウラが小猫ちゃんに命令して、俺と向かい合ったのも覚えている。
殺しはしないから戦えと言われ、咄嗟に神器を使った所までは覚えている。
しゃくっ!!
けれど、小猫ちゃんの姿が消え、そんな音が耳元で聞こえたと同時に意識を失うまで、俺は一体何をされたのか…………………わからない。
『うぅ……やっぱり不味い』
意識が途切れる直前、俺が見たのは口を押さえながら不愉快そうな顔をした、少し大人びた姿の小猫ちゃんだった。
クウラの部下……小猫だったか白音だったか? 恐らくクウラが呼ぶ白音の方が本当の名前で小猫は通名か何かなんだろうが、とにかく奴はクウラの部下なんて名乗れる精神性だけあって、かなりやべぇ。
まだ確証は無いが、今さっきここに来てさっさと送り返されたセラフォルーの魔力を取り込みやがった。
それが何なのかは俺にもまだ解析できないが、あの猫娘は他人の力を無差別に喰うことで自己進化を可能にする性質を持っているのかもしれない。
となれば、下手をすれば将来クウラよりも更に危険な生物へとなる可能性がある。
そもそもヴァーリを一撃で殺しかけたパワーを既に持った怪物なのに、俺の予想した通りの性質まで持っていたらそれこそ悪夢以外の何物でもない。
だから地下へと連れていかれた兵藤が心配だったんだが……。
「小僧にもう用はなくなった」
「え……?」
「聞こえなかったのか? 最早貴様等には用など無いと言ったのだ」
や、やりやがった。
兵藤自身のパワーが明らかに減ってやがるし、クウラも用が無いと言っている。
それはつまり、さっきからクウラの横で口直しとばかりに飴を舐めてる猫娘がセラフォルーにした時と同じ事を兵藤にした訳で……。
兵藤本人は自分でもわかってない疲労感に満ちた顔をしているが、間違いなく猫の娘が兵藤の力を神器の潜在パワーもろとも喰いやがったんだ。
「よ、用が無くなったって、イッセーに一体何を? 凄くフラフラなんだけど……」
「貧血みたいに足が……」
「さぁ? その内お分かり頂けると思いますがね。
ペロペロ……」
本人は惚けた顔をしてる。
けどそこを突っ込む勇気は俺には無い。
殺される可能性の方が高いから。
情けないが、俺は――いや、俺を含めた全ての生物はこの二人の前では等しく塵なんだ。
「よ、用が無くなったのなら私たちはもう此処に居ては……」
「仮初めの安全は保証しただろう? その対価にそこの小僧への用件を済ませたので契約は完了している。
そのストーカーとやらの対処は今後貴様等で勝手にやるんだな」
「そ、そんな……」
そう、元々クウラの目的はたぶん猫娘に兵藤の神滅具の力を喰わせる事だったのだろう。
最初からアーシア・アルジェントのストーカー被害の事なんて考えてすらいないし、クウラはきっとアーシアの事なんて認識すらしていないだろう。
「い、イッセーくん? 大丈夫なのかい?」
「お、おぉ……なんか身体が怠いんだよな……」
疲労を訴える兵藤。
セラフォルーにも言える事だが、これが一過性のものなのか、それとも永続的なものなのか……。
もしも永続的なものだとしたら……この猫娘の性質はもはや神の領域を犯したものだ。
兵藤が仲間達に肩を貸して貰いながらなんとか立ってる姿を見て、押し寄せる不安を抱く俺は、取り敢えず出て行くのを渋るリアス達を無理にでも引っ張ってこの屋敷から一刻も早く抜け出そうとしたのだが……。
「お邪魔します、えーっと、アーシア・アルジェントさんは居ますでしょうか?」
ある意味で兵藤以上の大馬鹿野郎が出現し、俺は胃がオカリナになるんじゃないかという気持ちで一杯になったと同時に、悪魔の餓鬼共は馬鹿ばかりなのかと俺はこの世を恨んだ。
予想外の状況が起こった。
その予想外とはクウラにとって悪い意味では無く、寧ろ良い意味で裏切られた予想外だった。
それ故にクウラはほんの少しだけ気分が良く、見たこともなければ餌の価値も無さそうな虫けら一匹が勝手に屋敷に上がり込んで来ても、即座に殺すことはしなかった。
「お初にお目にかかります。私はディオドラ・アスタロトと申します。
我が同族がここ最近、アナタ方のご迷惑となる行動をしていると聞き、お詫びのご挨拶と彼等の回収に参りました」
「………………」
ディオドラ・アスタロトと名乗るどうでも良い虫けらが何やらへりだくってご託を並べているが、既にリアス達から名前だけは聞いていたので、何者なのかはクウラも白音も、この青年が例のストーカーとやらなのだろうと……一気に顔が強張るリアス達を見て察した。
「わ、私達が彼等に迷惑を掛けているから回収に来たなんて、それらしい建前ね」
「実際そうじゃありませんか? 貴女は眷属の者も巻き込んでいる。
アーシア・アルジェントさんにもしもの事があっては困りますからね」
「っ……」
「やっぱりアーシアを……!」
白音から貰った白湯で胃薬を飲み、一気にゲッソリと老け込んだ顔をしながら椅子に凭れるように座っているアザゼルが、半ば『もうどーにでもなれ』的な雰囲気を醸し出している中、ディオドラの正論を建前にした言葉にリアス達の顔が歪む。
まさかリアス達もクウラの屋敷に直接やってくるとまでは思わなかったのだ。
「そのお話は一先ずここから出てからです。
これ以上この方々のご迷惑になってはいけません――と、上層部からのお達しでもありますから」
不気味な程無言のクウラ達を一瞥しながら、自分が有利になる状況へと事を運ぼうとするディオドラに、リアス達は悔しげに俯く。
今さっきそのクウラから『用無し』の烙印を押されたばかりなので、助けを求める事もできないし、そもそもディオドラの件に関しては自分等で処理しろと言われているのだ。
助けなんて期待出来るはすもない。
「重ねて申させて頂きますが、この度は我が同族とその眷属達が大変なご迷惑をおかけいたしました。
すぐにでもこの者達をこの屋敷から連れていかせて頂きますが、今回のお詫びは後日必ず致します」
それを恐らくディオドラも見抜いているのだろう。
人の良い笑みを浮かべながらクウラに頭を下げている。
リアス達はそれをただ黙ってディオドラを睨む事しか出来ない。
「では我々はこれにて―――」
だが、そんな時だったか。
それまで無言で冷たい赤い目を何時も通り向けていたクウラが口を開いたのだ。
「一方的に御託を並べている様だが、貴様とてそこの餓鬼共の事は言えんだろう?」
「は……?」
横に立つ白音だけが察した、僅ながら『機嫌の良い声』のクウラのその言葉にディオドラは顔を上げてポカンとする。
「どういう意味でしょうか……?」
「そこの餓鬼共から聞いている限りでは、この状況を作り出したのは、貴様が余計な茶々をそこの小娘の下僕とやらにしたから―――俺はそう聞いたが? だから俺は用件が済むまでソイツ等が此処に滞在する事を許可してやったのだ。
もっとも、その用件も最早無くなったがな」
「……………」
「な、何よその目? 本当の事でしょう? アナタがアーシアに嫌がらせをするから……!」
そこまで話をしていたのかと、内心舌打ちするディオドラ。
しかしあくまで笑みは崩さない。
「それは大変失礼致しました。
我々悪魔の些細なやり取りの為にアナタ方まで巻き込んでしまいまして……」
この目の前の化け物共にはあくまでも無害である事を示さなければならないし、どうやら様子から察してもクウラ達は自分の事なんてどうでも良いと思っている。
だからとにかく今はこの場から安全に去る事を目標に言葉を選びながら動くディオドラ・アスタロト。
しかし彼はあまりにもクウラ達を知らなすぎた。
しかも今はあまりにもタイミングが
「まったくだな。
しかし俺は今それなりに気分が良い。
何故俺の気分が良いかなど、一々貴様等に語るつもりは無いが、これだけは言える―――」
ゆっくりと椅子から腰を上げたクウラにその場の全員の視線が注がれる中、音も気配も、前挙動も無くクウラの姿が消える。
「!」
クウラにしてみればただ移動しただけ。
しかしその速度はかつてメタルクウラの時に会得した瞬間移動である為、白音ですらその動きを捉える事は出来なかった。
つまり白音以下である彼等にしてみれば突然消え、突然現れた様にしか見えず。
「ガッ!?!?」
『っ!?』
片手でディオドラが締め上げられる事で、漸くクウラの姿を捉えられたのだ。
「な……にを……っ!?」
首を片手で締め上げられたディオドラは、酸素を求めるように口を何とか動かすと、珍しく………本当に珍しくクウラはくつくつと嗤い始めた。
「さっき言っただろう? 俺は今それなりに気分が良いと」
口を歪めて嗤うその表情は冷酷な宇宙の帝王そのものであり、締め上げられてもがくディオドラにクウラは戦慄した面持ちで立ち尽くすリアス達を一瞥しながら、更に笑みを深める。
「どうやら同族である餓鬼共は貴様を助ける気は無いらしい。
貴様が単純にそこの餓鬼共から毛嫌いされているからなのか――そんな事情は俺にとってどうでも良いことだ。
故に光栄に思うが良い虫けらよ……。
この俺の一部甦った復活した能力の記念すべき初の餌になれることを」
「が……あぁあぁぁぁっ!!!?」
メキメキと締め上げられるディオドラの首の骨から軋む音が大広間中に響き渡り、リアス達は思わず耳を塞ぎたくなった。
イッセーも謎の身体の疲労を押して流石に止めるべきか迷ったが、ゲッソリしたアザゼルが無言でイッセーの肩を押さえながら首を横に振ったので何もできないままただ見ていると、締め上げているクウラの肘辺りに掛けての部分が銀色に変色していく。
「う、腕の色が変わった……」
「なんだアレは……?」
「そ、それにディオドラの魔力を奪ってる……?」
まるで機械の義手を思わせる機械的な腕へと変化させたクウラが笑いながらディオドラのパワーを、どういうカラクリなのか、奪い取っている。
そして――
「ひぃっ!?」
「あ……あ……ぁ……」
ディオドラはミイラの様に干からびてしまい、全てを奪い尽くされてしまった。
皮膚の張りを失い、手足は骨と皮だけのものへと成り果て、ディオドラ・アスタロトの残骸となった姿に、被害にあっていたアーシアやトラウマが残り続けたギャスパーは悲鳴をあげた。
「ディ、ディオドラが……」
「だから言ったんだ……! 大馬鹿野郎……!」
右腕を白銀色に輝かせるクウラが搾りカスとなったディオドラの残骸を投げ捨て、その様を戦慄した面持ちで見ているだけしか出来ないリアス達。
そんか彼女達の反応を無視し、クウラは白音を呼び寄せる。
「白音、その虫けらの残骸を連中の元に送り返せ」
「了解しました」
後処理を命じるクウラ白音が返事をする。
「喜べ餓鬼共。
貴様等を煩わせていた虫けらをついでに処理してやったぞ? これで貴様等がここに居る理由もなくなった訳だ」
『………』
ディオドラの残骸の後始末を淡々としている白音を横にクウラはリアス達にそう告げる。
こうしてアーシアのストーカー被害は終わった。
凄まじく後味の悪いまま……。
ストレス性の病気で早死にするのではなかろうかというアザゼルに連れられ、完璧にお通夜状態のまま屋敷から逃げるように立ち去ったリアス達――というよりアーシアは確かにストーカー被害から解放されたが、そのストーカーを目の前でミイラにされた事は、トラウマになって夢にまで出てきそうだ。
まあ、クウラがそんな事を一々気にする訳も無く、寧ろ今彼は中々に機嫌が良かった。
そう、彼の銀色に変色した彼の右腕にその理由があって。
「わかっていた事だが、所詮虫けらの抱えるエネルギーなどたかがしれていた」
「奪い尽くされた挙げ句殺されたこの人も報われませんねそれじゃあ」
鈍く輝く、変色した右手を開いたり閉じたりしながら話すクウラに、白音は言われた通りディオドラの残骸を冥界の都市のど真ん中に投げ捨て、そして戻ってきていた。
しわしわのミイラになった悪魔の死骸が空から降ってきたせいで大騒ぎになるし、死体がディオドラ・アスタロトだったと発覚したらもっと騒ぐだろうが、そんな事は白音はどうでも良かった。
「小僧のパワーをお前に喰わせた時、もしやと思って試してみた甲斐はあった。
俺はどうやらビッグ・ゲテスターの能力が肉体の中に残っていた――くくく、互いに少しはパワーを増しただろう?」
「まあ、味の質はともかく、確かに私自身も力を増すことに成功はしましたが、生かしておいて良かったのですか?」
「ああ、俺達が小僧から奪ったエネルギーは、あくまでも小僧自身の神器とやらの基本パワーに過ぎん。
本体である赤い龍だったか? そのパワーを直接奪い取るまでは生かしておく」
自分に近いものをクウラも持っていた。
それは確かに親近感的な意味で嬉しいのだが、餌をわざと作る事に最近考えが向いてるのが少しだけ白音には不安だった。
クウラのパワーを疑うつもりは無いが、かつてそのたったひとつの見落としが、全てを失った事を白音は知っているから……。
「お前が心配せずとも、二度同じ失敗を繰り返す気は無い。少しでも俺達の脅威となるのならその時点で確実に始末する。
あくまでも奴等は俺やお前の餌として様子を見ていくだけだ」
「……。クウラ様がその様にお考えならば、私もそれに従います」
イザとなれば自分がクウラの障害となる存在全てを消す。
イッセーから喰い取ったパワーにより、更なる戦闘力の飛躍に成功した白音の決意はより強くなる。
「そうと決まれば、別室に待機させた黒歌達への訓練を再開させる。準備をしろ白音」
「かしこまりました……と言いたいのですが、もう10分程お待ち頂けませんか?」
「? 何故だ」
「いえ、最近は八坂さんや九重がすっかり住み着いてしまって、こうして二人で話すのも中々少なくなってきたと思いましてね。
折角ですから、もう少しこのままで居たいなと思って……」
「……好きにしろ」
「ふふ、ありがとうございます」
クウラの所有物として。
補足
一瞬でイッセーのパワーを喰わせ、制御の手伝いで気を失ってるイッセーを放置して二人でやり合ってたら、右腕のみメタルクウラ化したという。
そして右腕から喰えるという……。
その2
記念すべき初餌が、たまたまやって来たストーカーさんだった。
まさに運が悪かったんだよ状態。