当然の事ながら、リアスは現在でも自己を高める鍛練を欠かしてはいない。
蹂躙されかけた過去の自分の弱さと決別する為に。
這い戻って全てを取り戻した後だとしても。
生まれ直した現在だからこそ、自分達が知らない強大な敵と遭遇する事を見越して密かに鍛え続けてきた。
その強さは既に悪魔という種を超越し、並みの者には理解できない領域へと到達している。
己の精神に直結する能力。
他者の特性をそのまま再現可能とする異常性。
その異常性は一誠が持つ異常性と信じられない程に噛み合い、互いに互いを引っ張り上げる。
故に、端から見れば本当の殺し合いにしか見えない一誠との鍛練も、本人達にしてみれば単なるじゃれ合いでしかないのだ。
その事実をリアスの肉親達は知らない。
何かしらの恩恵を持ち、才溢れるあの弟も……悪魔の誰もがリアスの本気を知らない。
知った所でどうにもならない領域に到達した彼女の姿を……。
そうとは知らず、彼女の眷属と本来なる筈だった眷属達を先んじて保護して眷属とし、変態で神器が強力なだけの運だけで成り上がっただけの余り物の……男だからくれてやったと思って小さい優越感に浸るアルス・グレモリーは、最近になって少し焦りを覚えていた。
(眷属すらまともに揃えて無いばかりか、完全にゲーム云々で決められない様に仕組んだ筈なのに、何でリアスとライザーの婚約の話が消えているんだ……)
自分の予想に反した展開が発生した。
という理由での焦りを表には出さないが思うアルス。
もののついでに匙元士郎もソーナの眷属にしないように……という根回しはしてないが、結果的に彼はソーナの兵士にはならなかったという時点までは機嫌も良かったが、問題はその匙がリアスの眷属に――一切記憶には存在しない、片眼だけが赤い特徴的な少女と共になった。
別にそれだけならアルスとしてもどうせ何もできやしないと思っていたのだが、問題は匙ばかりではなく、どうせ記憶通りバカやって自爆すると思っていた兵藤一誠が、記憶とは違って犯罪の真似事をしないばかりか、記憶よりも遥か前にリアスの眷属になった。
(しかも鬼の一族ってなんだよ……! そんなの記憶にないのに……!)
しかも一誠と匙……それと柳生茜という口調こそ男っぽいがよくよく見ると結構な美少女である彼女は、記憶には全く存在しない鬼の一族なる謎の存在の血を引いていて、兄か親の世代以上の悪魔達から恐れられてるという始末。
そもそもが鬼の一族の事を知らないし、リアス達の監視の意味を込めて学園に通わせているのだが、どうも一誠の父親がその鬼の一族出身者らしく、自宅が純和風の結構な大きさの屋敷で、しかも部外者が覗いたり侵入できないように特殊な結界で覆われていて、そこに出入り出来るリアスの事が把握できやしない。
(補正チートと思って削ってやったと思ったら、今度は血筋チートかよ。ふざけやがって……!)
元からリアスと一誠という存在が寧ろ嫌いだったアルスは上手く事の運ばぬ現状に内心苛立つ。
「アンタまであのエロコンビと同種だったわけ!? 最低!」
「えっ!? お、俺は先生に頼まれてプリントを運んでて、更衣室を通りかかっただけで」
「じゃあ何で元浜と松田が逃げる時にアンタも一緒に逃げるように呼んでたのよ?」
「い、いや俺知らない……。なんか二人が更衣室の前でこそこそやってたのは見たけど……」
「言い訳しないでよ! 最低!」
「いてて!?」
まあ、普通の女子に嫌われやすい呪いみたいなものはあるみたいなので、ほぼ言い掛かりと冤罪で女子達に袋叩きにされてる一誠を見て少しはスッとした気分にはなれたが、それでも気に食わないのは気にくわなかった。
「プリント運んでたら、冤罪で袋叩きにされたんだけど、俺ってそんな覗きかなんかやりそうな顔してる?」
下手に抵抗したら相手が死ぬ可能性もあったので、黙って泣き寝入り状態で袋叩きにされた一誠は、世の中の不条理さについてを友人達に思わず相談した。
「なんだそりゃ? その松山だか元島だったかが覗きしてただけでイチにぃは関係なかったんだろ? なんでそれを言わなかったんだよ?」
「いや言った。
言ったけど面白いくらいに信じてくれんかった」
「タイミングが悪かったかもな。
どうにもその二人は校内でも屈指の変態コンビらしくて、女子達から蛇蝎の如く嫌われているらしいぜ?」
「それであんな気が立ってたのか……。
確か同じクラスだけど……はぁ」
その冤罪以降、今まではほぼ空気でしかなかったので関心も示されなかった自分への視線が蔑んだものへと変わって微妙に居心地の悪さを感じてしまう様になった一誠は深くため息を吐く。
「ムカつく。その女共と男二人にオレが言ってきてやるよ」
「いや良い。
どうせその内冤罪だったとわかるだろうし」
「どうかな。
そういうのってかなりの間尾を引くと思うぜ?」
「だったらそれで良いわ。
ハッキリ言って心のそこからどうでも良い小娘の着替えなんぞ興味なんぞ無いし、リアスちゃんと比べるまでもなく一山いくらだろ」
「それをソイツ等に言ってやりゃあよかったじゃんか……?」
「言ったら言ったで図星になって火に油を注いでしまうべ? お前達が信じてるだけでそれで十分だ」
あの冤罪以降、リアスと一緒に居るとかそんな理由で変な敵意を向けてきた元浜と松田は、巻き込んだ事に対して一切何も言ってこない一誠を不気味に思ったのか、こちらを見ることは無くなった。
何故かアルスだの眷属達だので影に隠れがちにされてるが、リアスの美貌は文句無しで茜共々一部男子の的にされている。
もっとも、変な真似をしようものなら怖いお兄さん二人が出撃するので何にもできやしないのだが。
「ごめんなさい、ちょっと遅れちゃったわ――って、どうしたの?」
「なんでもない。
全員揃ったし飯食おうぜ」
そんな訳で、女子生徒達の中で一誠は例の二人に加わった変態男として認識され、瞬く間に学園に広がってしまうのだが、結局の所本当にリアスしか見てないし興味も無かったので、痛くも痒くもなかった。
「そうそう、ライザー・フェニックスさんとの婚約の話だけど、上手く破棄という方向に持ち込めたわ。
彼が引き下がる様な事を説明してくれてね? 今度菓子折りを持ってご挨拶しましょう」
「うーん、俺達の記憶する彼とは偉い違いだ。
その理由がまさか幻魔の存在だったのも皮肉というか……」
「幻魔の存在がリアスねぇを助けたってのはオレからすればかなり複雑だぜ……」
「たまには良いんじゃね? 悪ささえしなければ人も鬼も幻魔も関係ねーだろ」
旧校舎のフェニックス――アルスの目論見を笑うかの如く穏やかに一旦終了。
代償……一誠が学園の女子達に変態男の一人と誤解されたまま。
終わり。
オマケ
思っていた展開がやって来ない事に苛立ちを募らせれる弟。
聖剣に関しての騒動や事件すら起こらないとなれば派遣されてくるだろう悪魔祓いとの関わりが持てない。
そんな事を考えてはいるものの、周りに色々と起きすぎて最早自ら行動する事が出来なくなってしまった中、彼の望みとは裏腹に、ひっそりと展開は進んでいた。
………自分の預かり知らぬ所で。
「ここに居たかフリード……探したぞ」
「ん? お主はもしやゼノヴィアか!? おぉ、見違えたぞ!」
「だ、誰ですかあの方は!?」
実はアルスの管理するガバガバ警備の町中で普通にのほほんと暮らしていた元幻魔界最高の剣士と、助けられてから行動を共にしてる元シスター見習いのもとへと現れた、どうみても怒った顔をした青髪の少女。
こんな性格だから自分の他に歳の近い異性との交流なんて皆無に違いないと思ってたシスターことアーシアは、怒った顔も様になる青髪の美少女の出現に焦りを覚えてしまう。
「あぁ、アーシアには言ってなかったか? 彼女は拙者がかつて所属していた場所で共に修行をした仲なのだ」
「い、一緒にですか……?」
「あぁ、もっとも、剣の模擬戦では拙者の全勝だった訳だが」
「…………。その間違った日本人みたいな口調は相変わらずだな」
「フッ、拙者の強さに惹かれて追い掛けてきたのかゼノヴィア? 良いだろう、ならば決着でもつけるか?」
「ちょ、ちょっと神父……! こんな場所で暴れてもし悪魔の方々に見つかったら……!」
「拙者が華麗に勝利すれば問題はないだろう?」
どこからつついてもナルシスト全開な元幻魔界最高の剣士さんは、イラッとしながら普通にデュランダルを引っ張り出して来たゼノヴィアに向かって例の名乗りをあげる。
「拙者の名前はフリード・セルゼン。
悪魔祓い界最高の……剣士!!」
「何百と聞かされたせいで久々感がまるでしないぞ!」
昔から楽観的というか、ナルシストというか、なにがあっても自分を称えて動じる事が皆無な癖に無駄に強くて何度も悔しい思いをさせられてきたせいか、聞き慣れたくもなかった台詞を聞いた瞬間、ゼノヴィアは猪の如く突っ込んできた。
が、人の身となって弱体化したとはいえ、そこは元幻魔界最高の剣士さん。
半ば制御できてないデュランダルを振り回すゼノヴィアの太刀筋を全て見切って呆気なく彼女の手元から弾き飛ばし、喉元に刃を突き付けた。
「おやおや? もう終わりか? お楽しみはこれからですよ?」
「くっ……こ、殺せ! 勝手に教会から脱退して好き勝手やっているお前を斬ると命令され、それが果たされなかった以上、生き恥なんて晒せない! だから私を殺せ!」
また負けた。
何度挑んでも勝てない。
数年懸けて必死に勝とうと鍛練したのに結局差は縮まらなかった。
その現実を突き付けられたゼノヴィアは、あの元幻魔界最高の剣士さんが逆に若干引く程に『くっ、殺せ』を連発して喚き散らし……。
「こ、殺せ……ころせぇ! これ以上私を辱しめるなっ……うわぁぁぁん!!」
「あの……泣いてしまいましたけど?」
「お、おぉ……。拙者に負けるとすぐ泣くのも変わらんな……」
遂には泣いた。
清々しい程に泣いた。
アーシアも引くほど泣いた。
「くすん…くすん……」
「ええっと、泣くなゼノヴィア。
拙者の華麗な躍りを見せてやるから……」
「………」
仕方ないのでめそめそと泣くゼノヴィアに変な躍りをしてみせるのだが、あまり効果は無かった。
「うぅむ、困ったぞ。
女性を泣かせてしまうとは拙者もまだまだ―――いや、女性扱いすると怒るからこそ誠実に対応したつもりだったのだが……」
「泣いている理由はそれだけじゃない気がしますけど……」
無駄に紳士だけど、変な所が抜け落ちている。
人の話を基本的に聞かずに我が道を行ってしまうからこそ対応出来ずに困ってしまったフリードにアーシアも少しジト目だ。
「ぐすん……泣くのはやめるから協力しろ」
「む?」
そんな時だったか、涙を拭いながらゼノヴィアがそんな事を言い出したのは。
「だから協力すると今ここで言え」
「内容も聞いてないのにそんな安易に頷ける訳なかろう。
いくら拙者でも――」
「す、するって言えよ……! 言ってくれないとまた泣くぞ……? ふ、ふぇぇ……!」
「わ、わかったわかった! 協力しようではないか!」
「ん、じゃあ泣くのやめる……えへへ……」
「ぬ、ぬぅ……! この幻魔界最高の剣士だった拙者が人間の少女に振り回されるとはヤキが回ったものだ……」
「それ、小さい頃に何度か言ってたが、幻魔界とはなんの事だ? フリードではなくゴーガンダンテスが本名だとも言ってたし」
「遠い昔の拙者の華麗なる経歴さ……はぁ」
「……………」
地面にへたりこんでめそめそしていたゼノヴィアを紳士的に立たせ、膝についた汚れを払ってあげながらゴーガンダンテスと呼ばれし元幻魔は苦笑いを浮かべた。
「協力って一体何をしなければならないのですか?」
「さぁ、拙者にもわからんが、まぁ大した事ではないだろう」
「………。おい、何をこそこそ私を除け者にして話してるんだよ? というかそこの少女は行方不明になったと記録されてるアーシア・アルジェントではないか?」
「へ? あ、いや……はい」
「……。キミはフリードのなんだ?」
「え? え、えーっと……助けて頂いたのでお供になりましたというか……」
「………何故?」
「何故と言われましても……」
「そうじゃなくてキミさっきからフリードと近くないか?」
「そ、そんな事は……」
「何を怒ってるのだ? うーむ、人間の小娘の考えることはよくわからん」
じとっとした目で質問攻めをするゼノヴィアと、あたふたするアーシアを見て、人間になったけど人間の事はまだいまいち理解できてないフリードなのだった。
嘘松
補足
リーアたんは守られるだけではなくなってます。
少なくとも一誠とタッグを組めばマッスルドッキングくらいならできちゃうよ。
その2
変態ではないけど、リーアたんにひっついてるもんだから冤罪吹っ掛けられてしまう。
………まあ、だからどうだこうだという訳ではないのですがね。
その3
くっころ泣き虫女悪魔祓い剣士。
…………なんてこったい!