憎かった。鬱陶しかった。大嫌いだった。
何度も叩き伏せても死なずに現れる。
その都度力を増し、笑いながら近寄ってくる。
手足を引きちぎろうとも、目を抉ろうと、喉を切り裂いても、内蔵を引きずり出してやろうとも、白い猫は不死身の如く復活し、自分を大好きだなどと吐き気のする台詞を吐き続ける。
そんな猫が彼は大嫌いだ。
しかし何時しかその白い猫は己の力を凌駕する領域にまで到達してしまった。
自分が好きだからたどり着いたと宣い、既に殺せる筈の自分にわざと殴られ、それを愛情だなどとほざく破綻した精神と共に。
彼は嫌いだ。
人ではない生物達が。
人間を下に見て調子くれてるバカを見てると殺意が押さえられなくなる。
それは今でも変わらない。
悪魔が嫌いだ。天使が嫌いだ。堕天使も嫌いだ。この世に蔓延る人ならざる存在全てが大嫌いだ。
かつて悪魔に身も心も蹂躙された恨みは永遠に晴れはしない。
でも、白い猫だけはどうしても殺すことが出来なかった。
……完全に力の優越が逆転してしまったから。
「神器を持たない人間がよもやこれ程の力を持つなんて、ますます俺はキミを仲間に迎えたい! 俺達と一緒に人ならざる者達を倒して英雄になろう!」
「…………………」
時間が逆行した世界においてもそれは変わらないし、その憎しみは変わらない。
「テメー等で勝手に馴れ合ってろ」
憎いから殴る。
ムカつくから殴る。
顔が気に入らないから殴る。
全体的にウザいから殴る。
赤髪の雌を見てしまってイラつくから殴る。
石ころに躓いたから殴る。
噛んだ食パンの耳が固いから殴る。
天気予報が曇りだったから殴る。
お風呂を沸かすスイッチを押し忘れたから殴る。
かつて白い猫と組んでた記憶を持つ龍が鬱陶しいから殴る。
何の記憶もないけど、何故かウザい黒い猫に話しかけられたから殴る。
3分待ったカップ麺を一口食ったらまだ麺がパリパリしてたので殴る。
この世界の自分が明るくて人ならざる者とも仲良くやれてるのを聞いてイラつくから殴る。
この世界の大人しい白い猫を見てると余計ムカつくので殴る。
英雄気取りのバカ共に知ったような口を叩かれて殺したくなったので殴る。
そいつらが自分を見て掌を返して化物だと怯えたので殴る。
この世界の白龍皇が戦えと煩くてイライラしたので殴る。
先代魔王の血族者を名乗って調子くれてる悪魔を見てプッツンしたので殴る。
気に入らないものは誰であろうと殴る。
それが別世界で可能性として存在した彼の生き方であり、とにかく彼はある意味自分に正直だった。
気に入らない相手は力で黙らせる。
それが彼の今尚変わることのない生き方。
「コンビニ行ったら、お気に入りのアイスが売り切れていた。だからぶちのめす」
これが人から生まれた災厄とまで怖れられた男の成の果て。
凶悪な獣の様な眼差しは変わらない。
常に何かに怒り続ける様なオーラも変わらない。
という感想を彼に対して何となく抱く無限の龍神・オーフィスは、狭苦しくて閉鎖的な部屋の片隅に小さく丸まりながら腰を下ろし、暗い瞳で虚空を眺める青年を前に恐れる事無く近づいた。
「白音にも言ったけど、我の力に惹かれて集まった者達が勝手にやりはじめた」
「………………………」
概念的な意味では少し違うけど、同じ無限の力を持つ人間の青年。
人間以外の全ての生物を憎悪し、最善期は目の前を横切ったからという理由だけで惨殺した狂気の人間。
最終的には白音に敗北する事で、時間を逆行した今、少しは大人しくなっている様だが、その暗い眼だけはまるで変わってないとオーフィスは何度も殺され掛けた記憶を思い返しながら、青年にこの世界で起こっている事を語る。
「白音とアナタを見付けた時点で我の目的は達成している。
組織自体も最早要らない。けれど、嫌いな人間ではない者が人間界で好き勝手するのはアナタとしても嫌な筈」
「………………………」
カーテンを閉めきり、薄暗い部屋の隅に座る青年にオーフィスは反応を伺いながら話を続ける。
彼は自分を含めた人間以外の生物が基本的に嫌いだ。
それは多少丸くなった所で変わらない。彼を遂には降した白音以外は。
「……………………」
「………」
それは白音と彼の内包する力に惹かれたオーフィスとて変わらない。
言葉を間違えれば即座に八つ裂きにされる……少女の姿をした無限の龍神なりになんとか言葉を選びながら、語り続けたオーフィスだが、目を合わせなかった青年の暗い瞳がオーフィスへと向けられた。
「じゃあまずはテメーが死ね」
「……!」
低く、獣の唸りの様な殺意に満ちた声に世界最強クラスの龍と呼ばれているオーフィスの身体が硬直した。
(し、しろねの言っていた『じらい』を踏んでしまったの?)
かつての頃から白音から色々と彼を怒らせてしまわない為の方法をそれなりに聞いていたつもりだったオーフィスはヒヤリとした汗を頬を伝わせながら、ただ一言『死ね』と呟きながらゆっくりと腰を上げた青年の放つ強大な殺意に、失敗してしまったと震える。
「テメーのせいで人間様の世界にゴミ共が蔓延る事になったってんなら、テメーをまず処理しなければ話にならないだろ」
「あがっ!?」
彼の力は強大だ。
人間の身でありながら、その力はどこまでも凶悪で、殺意に満ち溢れていて、どこまでも怒りに支配されたものだった。
それは何百とその身に受け続けていたオーフィスには嫌というほど解っていた事であり、低い声と共に少女の姿をしていたオーフィスの首を掴み上げられる事から力の上下関係は既に決定付けられていた。
「ご、ごめ……! い、イッセーの敵を作っておけば、姿を現してくれると思っ――ぐぶっ!?」
首を締め上げられ、苦しそうにもがくオーフィスが怒らせてしまったと謝ろうとするが、彼は容赦せず自分の頭上まで持ち上げたオーフィスの腹部に拳を叩き込む。
「がふっ!? ぎぃっ!? ひぎぃっ!?」
「目論見通りになって良かったなぁ? だったら安心して死ね」
無限の龍神にダメージを与える人間が果たしてこの世界に後どれほど存在するのか。
首を締め付けられ、腹部に何度も強烈な拳を叩き込まれて苦しいオーフィスが涙目になっても彼は容赦しない。
「ゆ、許し…て……我が間違えたから……!」
己と同じ孤独を持つ彼に嫌われたくはなかったが、オーフィスは何時も彼を怒らせてしまう。
白音に教えられた通り、懸命に考え、慎重になっていたつもりだったのに何時もこんな風に殴られる。
かつて悪魔に身も
「ぎゃっ!?」
その懇願に対して更に怒りを増幅させた、今は零という名前を使うイッセーは襖の扉に向かってオーフィスをボロ人形の様に投げつけると、襖の破壊する音と共に彼女の身体が隣の部屋へと転がる。
「けほ! けほっ! う、ううっ……」
彼女の存在を知る者が見たらどんな顔を果たしてするのだろうか?
無限の龍神と呼ばれたドラゴンが、ただ一人の人間に締め殺されかけ、苦しそうに床に這いつくばりながら咳き込んでいるだなんて……。
しかし生憎ギャラリーは誰もいない。
居ないからこそ、咳き込みながら涙目になってるオーフィスの背中をゆっくりと薄暗い部屋から出てきた青年に踏みつけられても、誰も驚く事もない。
「あうっ……!」
「俺にテメーの尻拭いをしろとは、随分と馴れ馴れしくなったもんだぜ? 勘違いすんなよ木っ端ドラゴン、白音とつるんでたからって理由で俺がテメーと馴れ馴れしくするとでも思ってたのか? あぁっ?」
絶望的なまでの殺意。
悪魔によって変わり果ててしまった少年の成の果て。
背中を踏みつけ、床に縫い付けながら青年はオーフィスを罵倒する。
その眼は殺意を象徴するように赤く妖しく輝いていて、獲物を刈り殺す猛禽類の様にギラギラしている。
「ち、ちが……う。
我は、ただ……白音とイッセーに逢いたかっただけ……!」
「俺は二度とテメーの殺したくなるツラなんざ見たくもなかったぜ。
あぁ、今死ぬから二度と見ねーな?」
「く……あ……ぁぁっ……!!」
ミシミシとオーフィスの背中から何かが軋む嫌な音が聞こえ、零の足に込められる力も万力の様に強くなる。
「ご、ごめん……なさぃ……!」
ありとあらゆる環境や力に適応し、凌駕するレベルまで無限に昇華する。
それが彼の持つ『適応進化』という名の無限。
人の社会が生み出した突然変異にて、悪魔によって完全に爆発させた憎悪の塊。
「い、良い子になる……から……! イッセーに嫌な気分にさせないように……がんばる、から……! 我を……見捨てないで……!」
「話にならねぇな」
人外絶対殺すマン。
それが可能性の世界にて歪められた結果生まれた怪物の正体。
例え多少自分を知った存在だろうとも、人で無ければすぐにでも殺意が爆発する。
「死にやがれ、クソボケ」
背中を踏みつけていた足を振り上げ、泣きながらただひたすらすがり付こうとするオーフィスの頭を踏み潰してトドメを刺してやろうと躊躇も無く振り下ろ――――
「ただいま……っと? 何してるんですかセンパイ?」
そうとした所で、ある意味の救世主が帰ってきた。
「あれ? オーフィスじゃありませんか?
なにしてるんですか? 床に這いつくばってるし」
「イラッとしたから殺してやろうと思っただけだ」
「イラッと? ……ははーん、またセンパイを怒らせたんだ? オーフィスもわかってないですねぇ」
「けほ! けほっ! う、ううっ……し、しろねぇ……!」
外に出ていた白音――今は白雪と名乗る猫の帰宅により、トドメが一旦止まってしまった零は、泣きながら彼女にしがみつくオーフィスを見て舌打ちをする。
「チッ」
萎えた。
この猫と長年つるんでた存在というのもあるせいか、殺意が引っ込めばやる気が失せてしまうらしい。
「殺さないんですか?」
「萎えた」
「あらら……。
良かったねオーフィス、センパイの気紛れでまだ生きてられるみたいだよ? でも何をしたわけ?」
「わ、我がイッセーを怒らせた。我が悪いの……」
「ふーん? アナタといい、黒歌姉様といい、どうしてこうも的確にセンパイの地雷が踏めるのやら。
この前でしたっけ? 私とどんな関係なのかとしつこかった黒歌姉様の手足をへし折ったのって?」
「しつこい上に触れて来ようとしたからだ。
奴は正真正銘この世界のお前の姉貴らしいが、ウザいものはウザいんだよ」
「まあ、センパイがそう言うなら今度は助け船も出さないことにします」
おいおいとこの世界の白音より少し膨らんでる白雪の胸を借りて泣くオーフィスを間に挟んで物騒な会話をする二人。
オーフィスの他にも、双子姉妹の姉である黒歌なる猫が殺され掛けたらしい。
「部屋に誰も入るな。
クソ気分が悪いから俺は寝る」
「了解です。
オーフィスの事は私に任せてください」
「ふん、そんな虫けらを何時まで生かすつもりだ? 俺には理解できないぜ」
「まぁまぁ、紛いなりにも私達の事を知る存在に加えて力だけならこの世界でも上位に入る抑止力にもなりますし、隠れ蓑に使う分には中々便利ですよ?」
「だがソイツの能無しの行動のせいでバカがゴキブリみたいに数を増やして人間界で調子くれてる様だぞ? そのバカは俺にその尻拭いをさせようとしやがった」
「それは違うと思いますよ。
たぶん、センパイの性格を考慮して生け贄にしようとでもしたんじゃありません? でしょうオーフィス?」
「う、うん……。イッセーのストレスが解消されればと思って……」
「くだらねぇ……」
めそめそしながら白雪の考察に頷くオーフィスに零は心底馬鹿馬鹿しいといった声で背を向けると、そのまま薄暗い部屋の奥へと消えていった。
「相当怒らせたみたいだねオーフィス……」
「………」
また部屋を暗くして隅っこで怪我した獣みたいに丸くなってるのかと思うと、そのまま食べてやりたくなる衝動に駆られる白雪だが、 今日の所はそういう空気は読んでやめる事にして、しょんぼりしてるオーフィスに『人の良い笑顔』を浮かべながら慰めてあげる。
「下手したらそのまま死んでたかもだけど、運が良かったねオーフィス? 大丈夫、今度は失敗しなければ良いよ?」
「しろね……う、うん……!」
己よりも遥かに永い時を生きる無限の龍神すら手玉ちとる白雪の笑みの含んだ言葉に、オーフィスは心底安堵した表情を浮かべる。
次は失敗しなければ良い……その言葉が今の彼女にとっての麻薬のような依存性を高めるものなのだ。
「それにしてもオーフィス? センパイに殺されかけたのは良いけど………ちょっと下半身が湿っぽくなってない?」
「? …………あ」
それが利用する為の言葉だとしても、オーフィスは彼女を信頼し続ける。
「どうして我は……? んっ……なんだろ、前みたいに
「………へぇ?」
「え? しろね……?」
「ん、なんでもないよオーフィス? ふふ、どうしてお腹が熱いか知りたい?」
「しろねは知ってるの? 我のお腹が熱い理由……」
「勿論。
それはね、オーフィスが今『幸せ』って感じてる証拠なんだよ?」
だから白雪の言葉の全てをオーフィスは信じてしまう。
「センパイに殴られた時、オーフィスはどんなことを思ったのか思い出してみて?」
「痛かった……けど、安堵……にも似た気持ちも同時に抱いた」
「それが幸せなんだよ。
ふふ、センパイに八つ裂きにされる事はとても幸せなんだよオーフィス」
「幸せ……。イッセーに叩かれるのが我の幸せ……」
「そ。ほら、その証拠にちょっと想像しただけでオーフィスの……」
「……あぅ、びしょびしょになっちゃった」
ある意味もっとも危険な存在になってしまうのかもしれない。
(精々私とセンパイのための盾にでもなってくださいよオーフィス
貴方が表向きに出てれば面倒事も少なくて済むしね。
ただ……チッ、オーフィスもとうとう私の『幸福』を理解し始めたのはちょっと危ういかも)
「イッセーに叩かれると幸せ。
お腹がぽかぽかする……ううっ、しろね……我、なんだかムズムズする」
終わり。
漆黒の髪を靡かせ、その眼はどこまで暗い。
一誠に姿がそっくりだけど、根本的に何かが違いすぎる謎の青年の存在を知った一誠は、両親に生き別れの兄弟が実は居たのではないのかと聞いてみたが、そんなものは当然居ないと言われた。
「あいつは一体……」
髪の色や目付きは違えど、自分にそっくりすぎる零という名前らしい青年の事が気になって仕方ない一誠。
どうやら小猫の双子の姉と共に行動し、テロ組織の構成員らしいが、それ以上の事はよくわからない。
小猫自身も双子の姉の事もあって気になっているらしいが……。
「この世で一番嫌いな生物を教えてやる――お前ら悪魔だよ」
そんな謎の男は悪魔が心底嫌いだととある時に宣言し……。
「これはキミの宿敵だったかな? 悪いんだけどさ、見てるだけでぶち殺したくなるもんだから、ついやっちまったよ」
「あ、あのヴァーリを……こ、こんな……!」
テロ組織に渡った宿敵をボロクズにした挙げ句、一誠の目の前に投げ捨ててきたり。
「確かに嫌いだけど、何もしないなら俺は何もしない。
今更悪魔を殺し回った所でなんにもならないしな」
「ほ、本当か?」
「……その言葉をそのまま我々が信じるとでも―――」
「テメーは黙ってろ……! そのうぜぇ赤髪を毛根ごとひきちぎられたくなければなぁ……!!」
転生悪魔の一誠には何故か態度が柔らかいけど、逆にリアスといった他の悪魔には殺意剥き出しに罵倒したり。
「何なんだテメェは
「し、白雪さん……?」
小猫の双子の姉がチンピラ口調で激怒する様にびびったり。
「し、白雪ちゃんって怖いのな……凄い顔しながら敵をぶっ飛ばしまくってたぜ?」
「……………あの人は一番感情の起伏が激しいんです。
その癖、天才的に戦いの才能まである……だから嫌いなんです私は」
「そんな事……。
兄弟なんだし……」
「一人っ子の一誠先輩にはわかりませんよ一生」
その白雪に恐怖する小猫との溝はますます深まり。
「……………………なんの用だ猫ガキ」
「お願いします。私を鍛えてください」
その意趣返しのつもりで小猫が戦闘スタイルが酷似する零に頭を下げたり。
「へぇ、白音~? 愛しの一誠先輩さんがありながら、私のセンパイに近付くんだぁ?」
「アナタが嫌いだから、アナタを越えてやりたいからです」
「………………いい加減にしろよお前」
双子の姉妹の仲が更に強烈に悪くなったり。
「あの、零さん……。
どうして零さんはそこまで悪魔のことを?」
「存在そのものが気に食わない」
「それじゃあ私の事も……?」
「あぁ、嫌いだね。
鍛えろ鍛えろとうるせぇ猫は特に大嫌いだね」
「…………」
一誠と違って優しさの欠片も無い、野獣の様な殺意を持つ彼に何故か惹かれ始め。
「くくっ、あははははっ! やっぱり私達って姉妹だね! みーんなセンパイに惹かれてるんだもん!」
「えぇ? 白音まで? むー……複雑にゃん」
「趣味が同じだったのは気に入りませんけどね……」
「……。おい一誠君、俺を今すぐ殺して――」
「ごめん無理。
殺ったら刹那で俺が死ぬし……」
一誠には無い猫惹き付け体質は健在だった模様。
「どいつもこいつも……!!」
「正直彼の良さだけは理解できないというか……一誠様の方が絶対にカッコいいですわ」
「お、おう、サンキューなレイヴェル。結構嬉しいぜ……」
逆に彼の野蛮さは鳥さんには受け付けられない模様。
………なんてことにはなりません。
補足
オーフィスたんは彼等がぶち壊した世界を生きた記憶持ちです。
故に二人にめっさ懐いとりますし、白雪たんに大体良いように騙されてます。
その2
結果、白雪たんみたいに彼に八つ裂きにされる事も愛情と解釈し始める危険生物に……。
その3
一誠君に対する殺意はゼロだし、寧ろ利用されてないかと心配ぐらいはしてる零。
ちなみに、その他の悪魔にはめっさ塩対応ですけど。