神々のほんの気紛れ。
悪魔に身を落とし、後悔と絶望に落とされた人という種がどれ程の者なのかを余興のつもりで見て、『こんなものか』と笑ってやろう……。
そう思っていた神々はその常識を根底から否定された。
英雄の素質を持ちながら、英雄である事を否定した青年二人の『殴り合い』を見て……。
片方が拳を叩き付ければ大地が割れ。
片方が剣で斬り裂けば天が裂け。
二人の力が衝突すれば星が震え。
その力はまさに鬼神そのものであり、神では無い存在がここまでの力を有するとはと、神々の誰しもがその力を持つ青年二人に『英雄の器』を垣間見た気がしたし、無論下界へと降りる際の切り札として欲した。
だが青年二人は其々、ある女神の下に元々つくことを決めていた為、あらゆる勧誘を断った。
そして二人共が『英雄なんかじゃない。これまでも、これからも』と、否定し続けた。
復讐の為に力を磨き続け、復讐の為に生き続け、遂にはかつての主もろともその手に掛けた二人の青年にとって、英雄と呼ばれるのはあまりにも滑稽だったのだ。
復讐を果たした今、誰かの為に身を費やすつもりもない、誰かの役に立とうと生きるつもりもない。慈善事業をする気だって更々無い。
殺戮を正当化する気も、善人面する気も、自慢する気も何もない。
ただあるのは、其々自分の精神を立ち直らせてくれた者の為にこの培った技術を投入する。
だからもしその者に何かをしたら決して自分達は許しはしない。
それが彼等の生きる動機なのだから。
『えーっと……ごめんなさい、ちょっと無理ですねぇ』
『悪いけど、約束してる相手が居るんだ他を当たってくれ』
器がありながら英雄である事を否定する。
神々の中にはそれを惜しむ者も中には居た。
そしてその中でも更にほんの一握りの神は青年二人の精神的なものに『英雄』の力を持つ事を見抜く神も居た。
「お久し振りねお二人さん」
青年二人が自力で到達した、神の恩恵にも酷似した人格と精神力に直結した
全ての環境という名の毒に対して瞬く間に適応し、抗体を作り上げ、やがてその抗体を糧に永続的な成長を促す
如何なる強大な力を前にしても、その報復心が途絶えぬ限りはゾンビの如く這い戻り、その都度力を増し続ける
青年二人の心を射止めた女神が与える事無く、壮絶な経験の果てに到達せし、
神を必要としない神滅の力を持つ人間二人に対し、特に執着を見せるその女神の名はフレイヤ。
絶対的な自負を持った己の
堕落しまくりな女神と女としての色気に欠ける女神。
その二人の女神に其々この青年達が何故そこまで拘るのか? そして何故愛想を尽かさないのか。
「暫く直接会う事も無かったし、時間もあったからアナタ達が二人で遊んでいる所にと思ったのだけど……」
「げっ、フレイヤ!?」
「また懲りずに来たんかい!? 帰れ帰れ!」
悔しいがその理由は既に知っているし、そこに付け入る隙も一切無いのはこれまで使ったあらゆる手段の果てに大分痛い目にあったから理解はしている。
だがしかし、それでもフレイヤは例え英雄の器を放棄したとしても――――いや、放棄したからこそ欲しい存在だった。
故にタイミングを見計らい、『器』を介さず直接こうして、定期的に彼等に声を掛けるのが最高クラスの人材をそこかしこから引っこ抜くフレイヤの行動な訳だが、今日はどうやらヘスティアとロキも居るらしい。
「あぁ、居たのね貴女達も」
「何だよ、居ちゃ悪いっての?」
「寧ろアンタが現れる方が不自然やないか!」
ならず者達が跳梁跋扈してそうな安酒しか売ってなさそうな店で四人で何やら飲んでる様だが、こんな店じゃなくても良いのではなかろうかと、さっきからデフォルトで出してる誘惑のオーラに当てられて下衆な視線を寄越してくる他の客の目に鬱陶しさを感じながら、フレイヤは威嚇してくる、嫉妬通り越して時折殺意すら覚える女神二人を無視して、青年二人――イッセーと元士郎にとても『人の良さそうな笑み』を浮かべながら、さも当然の様に彼等の座る席に同席し始める。
「何で座るのさ!」
「せやせや! アンタが現れると碌でもないことしか起こさへんのやから、さっさと帰れや!」
「話が進まないから少し黙ってて貰えるかしら?」
痩せた野良犬みたいに威嚇してくる二人に対してそう言い返したフレイヤの声はどことなく低い。
死んでも悟られたくは無いが、フレイヤはヘスティアとロキに対して一種の羨望と嫉妬を抱いていた。
自分がどれだけの手を尽くしても手に入れる事の出来ないイッセーと元士郎二人の心を手に入れている。
奪おうと誘惑した時も、二人に鼻で笑われた屈辱は今でも忘れられないのだ。
「どうするんだよ? また来たぞ……」
「チッ、ここは公平にジャンケンして、負けた方が適当に対応するってのはどうよ?」
「うっわぁ、負けたら地獄だな。
マジで疲れるだけだしよ」
挙げ句の果てに、二人して下を向いてると思っていたら、何やらどっちが自分の対応をするかの押し付け合いをしている。
そんなに嫌なのか? そんなに自分の相手をするのが疲れるのか? 変わらぬ態度にフレイヤはこれまで何度そのプライドを粉々にされてきたか……。
「プークスクス……!
聞いたかいロキ? イッセーも元士郎君もフレイヤの相手は疲れるだけで嫌だってさ?」
「聞いたで聞いたで~ そらしゃーないもん、ウチ等と違ってフレイヤはどうも嫁に行き遅れてる女の必死さみたいなもん出しとるもんなぁ?」
「あーヤダヤダ、何度も断られてる癖にしつこいのはね。
僕もこんな風にはならないようにしないとねー?」
「そうはならんやろうねぇ? フレイヤとはちゃうし?」
「そういうロキこそ~!」
「「へーい!」」
挙げ句の果てにはこんな時だけ、不倶戴天の敵同士みたいな事を互いに主張してるロキとヘスティアが、そんなものなど無かったかの様に結託して、自分を笑ってくる。
一発ずつあの二人の顔にビンタでもしてやりたい……という衝動を必死に抑えながら、それでもフレイヤは押し付けあってる二人のやり取りに気付かないフリをしながら、わざと扇情的な衣服で胸元を強調しながら二人に話し掛ける。
「二人とも私のモノに―――」
「「ジャンケンホイ!! あいこでしょ!! あいこでしょ!! あいこでしょ!!! あいこでしょ!!!!! あいこでしょっっ!! うゎいこでしょぉぉぉ!!!!!」」
元士郎はともかく、イッセーの異性への好みのリサーチ等はとっくの昔に知ってるし、自分はまさにストライクな部類――と、この期に及んでそこら辺の自信はまだあるフレイヤの発声は、全力で目を血走らせながら必死のじゃんけんをし始める二人の声に無惨にも消し飛ばされた。
「「あいこでしょっ!! あいこでしょっ!! しょっ!! しょっ!!! しょぉぉぉっ!!!!!」」
「…………………」
「うっわぁ……」
「全力で嫌なんやろうなぁ……」
そのあまりの必死なる形相に、フレイヤは久々に直接会ったというのもあって割りと本気で傷付き、ヘスティアとロキはそんなフレイヤに同情の言葉も無く無情な一言で援護する。
「な、互いに全力でじゃんけんしてまでアンタの相手するのは嫌なんやと。
せやからとっとと諦めて永久にお帰りくれないか?」
「イッセーは確かにスケベだけど、フレイヤだけは例外的に『相対するだけで疲れそうだから無理』って言ってたよ。
ね、だからもう諦めて他の誰かでも誘惑してしっぽりしてたら良いんじゃないの? それなら僕も応援できるぜ?」
「勿論、ウチんところの子達以外やったら同意」
「………黙らないと今すぐその口を縫い合わすわよ」
遂には席を立ち、ドデカイ声でじゃんけんを続行するイッセーと元士郎のあんまりな対応と、ヘスティアとロキのトドメにフレイヤは割りとマジの殺意が芽生えた。
どうしてそこまで自分を拒絶するのか、どうしてこんな二人を選ぶのか。
間違いなく自分の方がこの二人を導けるし、愛せと言うなら二人まとめて愛せるというのに……。
「っしゃあ!! 俺の勝ちだなイッセー!!」
「さ、三回勝負にしようぜ!?」
「残念だな、最初に言わない時点で無効だぜ!」
「クソォォォッ!!」
どうして理解してくれないのか……。フレイヤはそれが悔しくてならないのだ。
よりにもよってロキと……このどうしようもないだらしないヘスティアに負けているのが。
「はぁ……チッ、ドーモコンニチハ、フレイヤサン。ホンジツハイッタイナンノゴヨウデゴザイマスカ?」
「イッセーイッセー、棒読みだ」
「だってマジ嫌なんだもん。
何百……下手したら千年単位でしつこいしさ、いや、美人でスタイル良いってのはハッキリ認めるけど……わかるだろ?」
「分かるぜ。
お前にとっては特にあの声がな……」
「いや別に声はどうでも良いんだけどよ……。
確かに元部長の声にめっさ似てるけど」
本気で嫌そうな顔をしながら、一切こっちを見ずに居るイッセーと元士郎との会話に出てきた声という単語。
それはかつてイッセーの主だった悪魔のリアス・グレモリーの声にこのフレイヤの声がめちゃんこ似てるらしく、本人は声が似てるから嫌だって訳ではないと供述しているが、それでもほんの少しは要因になってるのかもしれない。
「私の声はそんなにアナタを捨てたバカなリアス・グレモリーの声に似てるのかしら……?」
「やっべ、聞こえてたみたい……。
あ、いやー……そんな気がするだけで、別に貴女様のお声がそれに似てるからって理由ではありませんからね?」
「それなら何故二人は私を拒絶するのかしら? 何かしらの要因がなければここまでの拒絶はしないでしょう?」
確かに声が似てるから嫌だって訳ではないのは本当らしいが、それにしても潔癖なレベルで拒絶の壁が厚すぎると感じるフレイヤは、フレイヤともあろうに四人が注文していたらしい飲み掛けの安酒をぐびぐびと飲みながらその理由を、しつこく問う。
その姿勢は美の女神としての自信に若干陰りが見え隠れしていた。
「元士郎と同じで、単純にしつこすぎるんですよ貴女って。
……マジで三十路中盤の行き遅れてる独女みたいな雰囲気を感じてドン引くっていうか」
「行き……遅れ……」
「プークスクス! また言われてやんの!」
「天上の頃からそやったもんな。
当時から元ちゃんにも地雷女扱いされとったし!」
「じ、地雷……」
ケタケタと笑ってくるヘスティアとロキには腹立つが、二人にまたしても行き遅れてそうなオーラだの、地雷女認識されてると言われてグサリと心の中の何かを槍でぶち抜かれた気になってショックが隠せないフレイヤ。
「それと単純に、俺はヘティの眷属で、元士郎はロキの眷属だって知ってる癖に尚もしつこすぎるのが鬱陶しいってのもありますよ」
「そもそも何でそこまで俺達に拘るのかも意味不明だしな。
勘弁してくれって感じだ」
「………」
「もうやめて! フレイヤのライフは0だよ!」
「0通り越してオーバーキルや!」
本気で鬱陶しい。
その理由に尽きるという二人からの返答に、フレイヤは今改めてショックを受けた。
天上時代、まだギラギラしてた頃の二人に『うるせぇんだよババァ!!』と罵倒された時は思わず本気でその場で泣き出してしまったが、今の丸くなった二人からのこの少しはやんわりとした口調での拒絶もまた心に来る。
「………」
「不思議な事にヘティにはそれを全く感じないんだよな。やっぱロリ顔だからか?」
「ロリは余計だよイッセー。
まぁ、年増顔って言われるよりはマシだけど」
「地上に降りとる男神の殆どと関係持っとる時点で地雷なのは間違いないで。
元ちゃんも、この先も騙されたらイヤやで?」
「騙される要素が無いから心配すんな」
改めて思うが、何故私ではダメなのか。
美の女神としての自信はあるのに、どうしてこの神でもない二人だけがここまで自分に心を揺らす事無く、呆気なく拒否してくるのか。
あまりにも理不尽。あまりにも配慮の欠片も無い物言い。あまりにも酷い……。
「そう、そんなに嫌なのね……」
「えーっとほら、オッタルくんでしたっけ? 彼や貴女を慕う眷属さん達としっぽりし続けたら良いと思いますよ……」
「俺達の関係ない所で思う存分色気でも何でも振り撒いてれば良いと思う」
身も蓋も無い言い方。
まるでそこら辺に落ちた石ころでも見るような目……。
どれもこれもフレイヤにとっては自身のプライドを破壊する屈辱的な仕打ち。
故にその枠から外れてるヘスティアとロキが怨めしいと思う反面……。
「今日の所は大人しく帰るわ」
「あ、そっすか。お疲れしたー」
「出口はあちらでーす」
「二度と来るな」
「次、元ちゃんを無意味で無駄な誘惑しようとしたら、マジで潰しに行くからな」
「お、覚えてなさいよ……! ……………………ふ、フフフッ♪」
二人からの他には無い完全な拒否態度に対して妙にワクワクしてしまう。
四人揃っての送り出しを受けたフレイヤは、見えないところで『グッ』と拳を握って軽くガッツポーズをし、あれだけボロクソに言われてたにも拘わらず、ホームに帰る道中はずっと一人ニコニコしてたのだった。
「神ではない存在、そして人からもかけ離れた存在。謂わば全く新しい種族。
そんな新種の二人だけにあんな屈辱的な言葉を……ふふ、ホント――だからこそ余計に欲しいのよ」
結果、イッセーと元士郎のハッキリし過ぎた拒絶対応が一周回って逆効果になってしまっていたのだ。
「~♪」
初恋拗らせた少女みたいなニコニコ笑顔で、スキップまでしてるので、きっと間違いない。
「……はぁ、疲れた」
「結局アレは何をしに来たんだ?」
「さぁな。けど、さっさと帰ってくれただけ今日はマシだと思わないと……」
「だね。
ベル君みたいな子とかも手を出しそうだし、帰ったらブラックリストとして教えておいた方が良いよね?」
「だな。
ただ、ベル坊は思ってる以上にアイズに夢中だからなぁ、多分割りと簡単にあの鬱陶しい誘惑も撥ね飛ばすんじゃね?」
「ただ、それでもまだ子供だから警戒はしてやれよ?」
「まだ認めた訳やあらへんからな、アイズの事は」
お陰で、フレイヤの眷属全員から殺意を向けられてるのだけど、本人達はどうでも良さげに飲み直すのだった。
補足
英雄になれる器はあるけど、それを拒否した。
これまでも……そしてこれからも彼等は己を英雄だとは断じて思いません。
その2
フレイヤ様を攻撃する時だけ異様に仲良くなるロキ様とヘスティア様。
お陰でフレイヤ様の頬がピクピクしてるぜー