色々なIF集   作:超人類DX

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……続けるつもりはないんだけどね。


その後の元英雄と女神様

 共に戦った者達が居た。

 共に苦しみの中を生きた友達が居た。

 共に生きる事を誓い合った恋人が居た。

 共に強く在り続ける事を願ったライバルが居た。

 

 碌でも無い世界だったけど、確かに生きる希望はあった。

 けれどそれも最早消えてなくなり、望みのない死んでいないだけの無意味な生だけが残ってしまった。

 

 ならばどうするか? 生き残ってしまった青年はどうするのか? その答えはもう決まっている。

 

 ただ死を待つだけ。

 

 

 死にたくても死ねないから、考えるのを辞める。

 死にたくても死ねないから、頑張るのも辞める。

 死にたくても死ねないから、行動する事も辞める。

 死にたくても死ねないから、鍛えるのも辞める。

 

 死にたくても死ねないのだから――――

 

 

「淫魔のお店?

ふむふむ、期間限定で一時間四千エリスか……悪くないな、いや寧ろちょっとだけ興味がなくもないぜ」

 

 

 そうだ、ニートになろう。

 

 

「あらお兄さん初めて見るお顔ね? ふふふ、どお? サービスしちゃうわよ?」

 

「マジで? ちなにみどんな子が居るの? 例えば長い赤髪でアホ毛がチャームポイントな女の子とかは――」

 

「はーい、働いてもないのにそういうお店は禁止だからねー!」

 

「うげぇ!? え、襟首を引っ張るな……! し、締まるぅぅ……!!!?」

 

 

 異界の地へと確実なる死の約束の代わりに暫く住み着く事になった、元赤龍帝の青年は、生前のギラギラ加減が嘘みたいにだらしない男へと変貌してしまったのだ。

 そう、ニートとして。

 

 

「げほげほ! い、いきなり後ろからの不意打ちは無しだろ! 言っとくがいくら進化したといっても痛いものは痛いし、苦しいものは苦しいんだぞ!!」

 

「昼間っから如何わしいお店でお金を湯水の如く使おうとするだらしのない男の人にはちょうどいいお仕置きだね」

 

「く、クソ……。良いだろ別に、リアスちゃんも居ないし、寂しいんだよ……」

 

「寂しさを理由にするのは卑怯者だ」

 

「……………。チッ、確かに正論過ぎて何も返せないぜ」

 

 

 親を殺され、自身も殺されかけ、それでも憎悪と報復心を糧に自立した人生を送り続け、愛する悪魔の女の子との出会いがより強くさせ、何時しか忘れられた英雄の一人とまで神々の中で吟われた男の成の果てがだらしのないニート。

 

 

「クソが、酒でも飲んでなにもかも忘れたい」

 

 

 このちょっとしたファンタジーめいた世界に居着いてからは、昼間っから酒は飲むし、博打は打つし、官能小説的な本は堂々と読み散らかすし、部屋は片付けないし、パンツ一丁で部屋から出ないしで、とにかくだらしのない事ばかりやっていた。

 

 そんな青年を見かねた――というよりは、そんな青年の姿を見たくないと思ってしまったのが、今軽装めいた服装の銀髪少女。

 名をクリスというのだが、その正体は死を望む青年に確実なる死を約束した代わりにこの世界へと導いた女神のエリスだ。

 

 

「飲みたいなら働いてからだよ」

 

「へーへー……」

 

 

 女神……つまり神。

 青年にしてみれば神という存在は憎むべき対象であるのだが、根気のあった対話の果てと、導いて一ヶ月後に様子を見に来た際の、あまりにも酷い青年の生活態度のお陰か、エリスの性格らしからぬ強引さで青年と共に軽口を叩き合える程度の仲には、約半年経った現在はなっていた。

 

 

「こんなお仕事なんてどう? 『誰にでも出来る簡単なクエスト、溝さらい』」

 

「やだよ。そんなのより治験みたいなものはないのかよ? 新薬の実験体になって寝ながら金が貰えるだけの簡単な――」

 

「無いし。仮にあったとしても危ないからやらせないよ」

 

「危なくねーだろ、俺だぞ?」

 

「適応進化という意味で言ってるのなら否定はしないけど、精神衛生的な意味でよくない。

とにかく駄目ったら駄目、汗水たらして働いたお金でご飯を食べる生活こそ大事なんだからね」

 

「……。クソ真面目が」

 

 

 ギルド場という、所謂ハローワーク的な施設に強引に引っ張り、かつての輝きを少しでも取り戻して欲しいとクリスはあれこれと仕事のお世話までする。

 更に言えば、最近では炊事から洗濯や掃除まで、あまり得意とは言えない家事まで必死になってマスターし、イッセーというニート予備軍の身の回りの世話まで焼き始めてしまっている。

 

 少しでも目を離すとあっという間にだらしなくなってしまうからこそ、離れたら駄目になってしまう……という変な使命感が今の彼女にはあるらしい。

 

 

「じゃあ農園の草むしりはよ?」

 

「ん、まぁそれなら良いかな? 言っておくけど、力を使って農園のごと更地にして草むしりしたなんて真似したら怒るからね?」

 

「………………そこまで馬鹿じゃねーやい」

 

 

 『この人は私が居ないと駄目になるから一人にできない』―――という、言ってしまえば駄目男と別れられない女の人みたいな思考回路に半年の間に陥ってるのだけど、クリスもといエリスはそんな生活が厄介なことに気に入ってしまっている。

 

 

「あらお二人さん、今日もクエストですか?」

 

「はい、農園の草むしりのクエストをお願いします」

 

「わかりました。ですがお二人のレベルならもっと高報酬のクエストも可能だと思いますけど……」

 

「ま、まぁ勇気が出たらその内チャレンジしてみます。

ほらイッセー、現場に行こ!」

 

「はぁ、働きたくねぇ……帰りてぇ……」

 

 

 それは彼が神々の間で英雄の一人と数えられているから―――というよりは、彼のあまりにも報われなさすぎる呪いじみた人生を知っているからこそ、せめて唯一この世界で彼を知る自分が出来るだけの事をしてあげたい―――という彼女の生真面目さから生まれた妙な母性本能みたいなものなのかもしれない。

 

 悲しいかな、イッセー的にはそんな彼女を若干鬱陶しがってるのだけど。

 

 

「まるでガブリエルさんみたいだぜ……。あの人にもよくヴァーリ共々生活態度について怒られたし」

 

「神の領域を越えた天使の事? 照れるなぁ、アタシがガブリエルさんみたいな美人だなんてっ……!」

 

「……」

 

 

 ちょっとした皮肉もポジティブに捉えてくる。

 クリスは中々に強敵だとイッセーは、勝手にガブリエルの容姿と同等と解釈して照れながら背中を叩いてくるクリス……てかエリスにげんなりするのであった。

 

 

「お疲れ様、報酬はきちんとギルドに送ってあるからね!」

 

「どうも!」

 

「っす」

 

 

 さてさて、そんなニート予備軍化してるイッセーは、ギルドに登録した今でもまともな戦闘クエストは一度もしてない。

 やってる事といえば、街の住人達から依頼される雑用めいたクエストばかりであり、今も農作業場の草むしりをほぼ一日使って終わらせた所である。

 

 

「ほら見てイッセー、夕焼けが綺麗だ」

 

「そーだね」

 

「この夕日を見ていると、一日働いた達成感も思い出せるんじゃない?」

 

「リアスちゃんが居た時はとにかく早く帰ってあげないとと思ってたからそんな感傷は無かった」

 

 

 ちょっと恰幅の良い、依頼主の嫁さんにお礼を言われ、夕焼けが照らす現場を後にして街へと戻ってきたイッセーとクリス。

 

 

「じゃ、お風呂入ったらまた集合ね? 先に帰ったら駄目だよ?」

 

「はいはいはいはい」

 

「はいは一回!!」

 

「はーいっ!!! ……ったく、毎日毎日小姑のババァみたいにうるせぇったらありゃしない」

 

「なんか言った?」

 

「言ってません! ……あぁ最初の一ヶ月だけだったぜ、楽に思えたのが」

 

 

 取り敢えず一旦別れてお風呂へと入って今日一日の汚れをきれいきれいし、再び集合する。

 

 

「一日働いて一万エリスね……」

 

「お金の問題じゃなくて、きちんと働いている事に意義があるの。

さ、お夕飯にしよう」

 

 

 服も着替え、この世界に溶け込んでも違和感の無い軽装姿であるイッセーは、相変わらず盗賊だからとかいう理由でヘソまで出してる格好のクリスと共にそのままギルド場の食堂で夕飯を食べる事に。

 

 

「今日は一日イッセーも頑張った事だし、奮発して少し豪勢なものにしようか!」

 

「やめろ、ガキじゃないんだぞ俺は」

 

 

 と、妙にニコニコしながら水をチビチビと飲みながら、嫌がるイッセーの頭を撫でつつ言うクリス。

 見た目は17歳で、そこから全く容姿の変わらないほぼ不老不死状態まで進化してしまってるイッセーが、15か16程度の中身年齢不詳の盗賊少女から妙に優しくされてる……という、何も知らない者達からしたら単なるバカなカップルに見られてしまうのだが、本人達にその自覚は無さそうだ。

 

 

「ほら、これも美味しいから食べなよ?」

 

「ん……」

 

 

 盗賊というジョブに在るが、どこか品のある食べ方をするクリスと、チビチビとクリスが頼んだ食事を適当な作法で食べるイッセーという絵面だが、徐々にクリスが食べる手を止めてイッセーにあれ食えこれ食えと世話を焼く方の時間が多くなっていく。

 

 

「ほら口開けてよ? 食べさせてあげるから」

 

「だからガキじゃないんだから自分で食えるし、そんなに食べられねーっつーの」

 

「目を離すと本当に何も食べようとしないからでしょ? ほらあーん?」

 

「やめろって! お前は母親か何かかよ!」

 

 

 肉が刺さったフォークを口許に寄越してくるクリスを拒絶しようとするイッセー。

 ここ最近、口うるさいだけじゃなく、まるで餓鬼でも扱うような接し方をしてくるクリスが嫌でしょうがないというか、微妙に恥ずかしいのだ。

 今だってこんなアホみたいなやり取りを出歯亀の様に見てくる野次馬共が……。

 

 

「「「「………」」」」

 

 

 ほら、居た。

 嫌がるイッセーがクリスの頭を掴みながら拒否した拍子に隣の席に視線が向いたら、イッセーとクリス――というより二人の席の多くの食事を涎を足らして腹の虫すら鳴らしながらガン見してる変わり者達が。

 

 

「よ、よぉ、今日もまた美味そうなものを食ってるな?」

 

 

 その変わり者団体の中で唯一の男である、今のイッセーとそう歳の変わらそうな少年が涎ダラダラな間抜け顔で、さも偶然隣でしたよ? 的な感覚で話しかけてくると、残りの色々な格好をした女子三人も涎ダラダラでコクコクと頷く。

 

 

「おいクリス……」

 

 

 イッセーはこの妙に各々が個性的に見えてしまう集団を知っていた。

 というのも、初めて偶発的に出会してから定期的に飯をタカられるのという意味でなのだが。

 だから相手にするのが非常にめんどくさかったイッセーは、まだフォークをこっちに向けて彼等に気付いていないクリスに全部丸投げする事にした。

 

 

「また例の人達がこっちガン見して食いたそうにしてるから、お前が対応してくれよ」

 

「え? ……あぁ、うん」

 

 

 俺は寝る。

 と、押し付けるだけ押し付けてテーブルに突っ伏してしまったイッセーにクリスは残念そうに眉を下げると、こっちの料理をガン見しながら実に貧相な食事をしてる例のグループに向かって口を開いた。

 

 

「また会ったね。

………何となく目的は察してるよ、食べたいんだろう?」

 

「! よ、よくわかったな! もしやエスパーか!?」

 

「………………」

 

 

 いけしゃあしゃあと……。

 大袈裟なリアクションをする少年とその仲間達に対して内心呟きながらクリスはテーブルに突っ伏してしまったイッセーを横目に、ため息混じりに料理をくれてやることにする。

 

 

「食べたいのならあげるよ。

ウチのイッセーがすっかり食べる気を無くしちゃったみたいだからね」

 

「! 聞いたか皆! 全部食って良いってよ!」

 

「よっしゃあ! やっぱ駄目なんて聞こえないし聞かないわ!」

 

「いい人ですねアナタ達は!」

 

「恩に着るぞ!!」

 

 

 良いと言ったその瞬間に待ってましたとばかりに無遠慮に料理を行儀悪く食い散らかす集団にクリスは大きなため息を吐く。

 

 

(行方不明かと思いきやこの世界に居て、一体何をしてるのですか先輩は……)

 

 

 それはこの乞食みたいな集団の中に、エリスとしての先輩が混ざって、我先にと少年と取り合いになりながら料理をかっ込む先輩女神が居るからだった。

 元々かなりだらしない女神ではあったが、何がどうなってかその力を極限まで制限された状態でこの世界に住んでる今となっては更に意地汚さまで追加されてしまっている様子。

 

 

(まあ、それはもう良いのですが……)

 

 

 しかしエリス的には先輩女神の―――確かカズマと呼ばれた少年と肉の取り合いで大喧嘩までし始めてる水色髪のアクアについてはどうでも良かった。

 問題なのは殆ど何も食べずにそのままテーブルに突っ伏したまま身動きひとつ無いイッセーの事が普通に心配だった。

 

 

「なあクリス、さっきから連れの彼は動かないけど大丈夫なのか?」

 

「大丈夫だと思うよ。キミ達がいきなりタカりに来なければもっとね」

 

「ぅ……い、嫌だなぁ。これはお恵みを頂戴しただけであってたかるなんてそんな酷いことする訳ないだろ?」

 

「そう願いたいよ。

まあ今日のイッセーは一日中きちんと働いたから少し疲れてるだけだと思う。

ふふん、一生懸命だったからかな?」

 

(じ、慈愛にみちた表情で兵藤の頭を撫でてる……)

 

 

 折角一日ちゃんと働いて頑張ったのに、すっかりやる気のスイッチをoffにしてしまったある意味元凶のカズマ達に内心毒づきつつもイッセーの頑張りについてはとても嬉しく思うクリス。

 ちなみに別に彼等の事は嫌いではないのだけど、イッセー自身が彼等に対して……。

 

 

『進んで関わりたいとはそんなに思えない』

 

 

 と、彼等とは殆どコミュニケーションを取らないで居た。

 そしてクリスもクリスで、今の嫌味に対してすっとぼけた態度をしたカズマという少年に、以前小さな親切心でスキルについてを教え、試しに自分のジョブである盗賊の基礎スキルであるスティールを覚えさせたら、刹那で履いていた下着を盗まれたという嫌な思い出があった。

 

 

「なぁなぁ、俺達の仲間になる話については考えてくれたか?」

 

「…………。スティールで人の下着を盗んでくれた人の仲間になりたいと思うの?」

 

「い、いやあれは只の間違いというか……。

俺としても()()()そうというか、常識的な仲間が欲しいというか……」

 

 

 珍しくその時はイッセーが大爆笑してたので、なあなあで許したものの、冷静になって後から考えたら恥ずかしいにも程がある。

 なので何度かパーティに誘われたけど、今のところは全部断っていた。

 

 

「常識的ね……」

 

 

 アナタがそれを言うのか……。

 自分は常識人ですと、アクアや、確かダクネスやめぐみんなる名前の仲間達を非常識人みたいに言ってるカズマに向かって内心思うクリス。

 クリスにしてみればカズマもまた立派な非常識人に見えるのだ。

 

 …………もっとも、隣で最早一言も喋らずテーブルに突っ伏して死んだ様に動かないイッセーも非常識人なのだけど、クリス的には半年の付き合いのせいですっかり甘く判定してしまう様になってしまってるのでカウントには入れてないらしい。

 

 

「もう少し考えさせて。

私だけの話じゃないし、イッセーとも話し合わないといけないから」

 

「おう……。

てか本当に大丈夫か? まるで死んでる様に動かないぞソイツ?」

 

「………………………」

 

 

 考えさせてと言葉を濁すクリスだけど、今のところ彼等に加わる気は無い。

 彼等はどうやら低レベルのクエストとはいえ、戦闘系の仕事も何度かしているのは知ってるし、以前巨大蛙にアクアが丸のみにされてしまったのも聞いて呆れたのも記憶に新しい。

 面子としては冒険者であるカズマ以外は上位職で構成されてるのだが、いかんせん個性的過ぎて低レベルクエストにすら手こずる……。

 

 それはつまり、戦闘に置いては単独で今から魔王軍を絶滅させにすら『やる気』にさえなれば可能なイッセーまで加えて、その力の一端を知ったら間違いなく――特にあのアクアとカズマは高報酬の討伐クエストを遠慮なく受注してイッセー一人にやらせて報酬だけがめよとする、所謂『寄生』をやる可能性が十二分にある。

 

 この世界に転生させる際、魔王軍と戦う事をなるべく避けて欲しいと、パワーバランス的な意味で頼んでいたクリスとしては、だらしない生活態度をなんとか直させる為の軽いクエストは良いとしても戦いになるクエストは避けさせたいのだ。

 

 

(程度は遥かに違うのかもしれないけど、もうこれ以上戦う必要は無い。

赤い龍という最大の相棒すらも喪ってしまってる今の彼はもう……)

 

 

 本当の死を迎えるその日まで、イッセーには戦いとは無縁の日々を送って欲しい。

 人の身である事を犠牲に到達してしまった遥か彼方と領域に君臨してしまった代償に全てを喪ってしまった事を知るエリスは、残された時間を穏やかに生きて欲しい。

 自分等神々の尻拭いまでして貰った侘びとしては少なすぎるものなのかもしれないけど、せめて死を望むその日までは――

 

 

(死……)

 

「うめーうめー……!!

? どうしたんだクリス?」

 

「! いや、何でもないよ」

 

 

 死を与える。その約束の為にこの世界に暫く留まって貰う事になった約束の事を回想していたクリスは、ふと自分の中でひとつの疑問が宿った。

 

 

(死を与える事を私が望んでいない……?)

 

 

 全てを喪った彼が望む完全な死。

 それは自分達の尻拭いをして貰ったのだから、本人が望むのだから叶えるべき願いなのかもしれない。

 

 

「……」

 

「お、兵藤が起きたぞ? 大丈夫か? 飯食わせて貰って言うのもなんだけど」

 

「………いや」

 

 

 生きる気力が見えない暗い瞳。

 彼を知らない者からは根暗な性格だと思われるだけのもので、身体を起こしたイッセーに対してカズマは特に気にするでもなく礼を言ってる。

 けどクリスにしてみれば、彼の『全盛期』を知っているだけにとても複雑で物悲しい気分にさせられる程に、生きる希望が無い目……。

 

 

(本当に彼に本当の死を与えるのが良いことなの? それが我々が彼に対する誠意なの……?)

 

 

 彼を本当に死に誘うべきなのか。

 半年の間に生まれてしまったひとつの疑問がエリスとして悩ませてしまう。

 

 

『掃除したよ……これで文句ないだろ? ………エロ小説も捨てろ!? それはありえないだろ!? だったらエロゲーとPCを寄越せし!』

 

 

 生きる希望を失い、全てにやる気が無い彼を最初は見かねてフォローしようと考えただけかもしれない。

 

 

『街に出て仕事ォ!? 冗談じゃねぇ! 死ぬまで金の面倒を見るって言ったのはアンタなのに、働く意味が――こ、今後は小遣い制にするだと!?』

 

 

 あまりにも見ていられないから、本人にしてみれば要らぬ迷惑だったとしても荒れた生活を正して全盛期の頃の強い意思を持った青年に少しでも戻って貰いたいと手伝いたかった。

 

 

『働きたくねぇ! 俺は働きたくねぇ!! 大体なんだそのギルドってのは!? ハローワークがなにかか!? 絶対に行きたくない! 俺は飯食ってエロ本読んでその日を死ぬまでダラダラ過ごせたらそれで良いのに……!

ええぃ、HA☆NA☆SE!!』

 

 

 悪の神を打倒した英雄の一人にて唯一生き残った者。

 彼の事は直接向かい合う前から知っていた。

 というか、女神達の中では英雄の中では実はかなりの人気があった。

 

 

『え、英雄? …………馬鹿馬鹿しい、俺達はアンタ等に感謝されたいから奴を殺した訳じゃない。

それに、神に感謝されてもな』

 

 

 彼が神の対極に位置する悪魔じゃなかったというのと純粋な人間だったというのもあったからなのかもしれないし、エリスも実の所結構な憧れを持っていた。

 神が人に対して敬意を持つ事自体がおかしな話なのかもしれないけど、それでもエリスは他の女神達がキャーコラ言ってイッセーについて語る後ろで密かにそう思っていた。

 

 だから、彼をあの悪夢みたいな世界から抜け出す手伝いをどうにか成功した時、誰が彼に直接会って説明するかで女神達の間でかなり揉めたりもし、そのどさくさに紛れて勝ち取ったりもした。

 

 

『マジ働きたくねぇ。働いたら負けだろもう……』

 

 

 だからこんな姿は見たくなかった。

 そんな意味で無理矢理上司を納得させてお目付け役を買い取ったエリスは、彼の身の回りの世話までした。

 

 

『はぁ? 足を岩で挟んで怪我ぁ? アンタのその神の力とやらでそんなもん―――え、この世界に居るときは制約がかかって使えない? ……はぁ、しょうがない』

 

 

 その間に彼について色々と知れた。

 本来は人懐っこくて、献身的で……。

 

 

『皮肉なもんだぜ、この俺が神様にこんな真似してるだなんてよ……。皆には見せられないぜ』

 

 

 例え憎んだ存在と同じ者だろうとも、その手を差し出してしまう甘い人。

 

 

『にしてもリアスちゃんをおんぶしてたから、余計にわかるが、やっぱアンタ胸小さ―――いででで!?!? か、髪を引っ張るな!!』

 

 

 より深く知ってしまう程、エリスは彼に対して己の抱いていた英雄像を求めることを徐々にやめていった。

 

 彼には彼の強さと弱さがある。

 

 

『そんな気にしてるのか? だから元の姿の時に胸に何か詰めてた―――オーケーオーケーわかったわかった、それ以上は言わない。

けど、小さいことは気にするなよ? 世の中にゃあその小ささを気に入る輩も居るんだしさ? 俺は鼻で笑ってやる―――あうちっ!?』

 

 

 それで良いのかもしれない。

 強さも脆さも含めて彼は彼なのだから。

 

 

『というか足大丈夫か? やっぱり痛いもんは痛いよな神だろうとも。

え、心配してるのかって? まーね、アンタに消えて貰ったら死ねないだろ俺は』

 

 

 これが半年、彼に付きっきりであったエリスが知った彼の中身。

 その小さな積み重ねが、現在、彼女の中に疑問を残してしまったのだ。

 

 

「なぁなぁ、出来れば二人して仲間になって貰いたいんだけど……。クリスにはさっき話したんだけど、考えてくれないか?」

 

「俺はできれば働きたくないんだ」

 

「わかるっ! それなっ! 俺も出来たらこんな事したくないで一日中ダラダラしたいと思ってるぜ! けどその金を集める為にもさ……。ほらそれに見ろよ? 見た目だけなら良い女比率とかも高いんだぜ?」

 

「…………まあ、確かにあの小さい魔女っぽい子供以外はそこそこの胸があるな」

 

「だろ!? 仲間に入ったら毎日拝めるぜ?」

 

「…………………」

 

「その誘い文句で入るって言ったら、アタシ本気で怒るよ?」

 

 

 本当に死に誘ってしまうべきなのか。

 彼と本当に別れてしまう事を望んでいるのか?

 バクバクと行儀悪くご飯を食べる軽装姿のアクアとダクネスの胸元をジーっと見てるイッセーにムッとした気分になるクリスは、心の内にそんな疑問を残しながら暫くは彼等の仲間になるのは止めようと思うのだった。

 

 

「別に言わないし、自分の胸の無さに対しての八つ当たりはよくないと思っ――あ、わかったわかった。今のは失言だったと認めるからそんな顔すんなって……」

 

「……………………」

 

「胸がなんだっての!? それとカズマも『いいこと聞いた』みたいな顔しないでくれない!?」

 

 

 ただ、貧乳を弄る時だけ生き生きし始めるのはかなり嫌だが。

 今も急に目に生気が宿ってにやにやし始めるイッセーと、コンプレックスだと聞かされてにやにやし始めるカズマが即興コンビを組んでるのが堪らなく嫌だった。

 

 

「そんなに良いかな!走ると邪魔じゃんか!」

 

「お、おい、かなり怒ってるぞクリスが……」

 

「大体こうなるし、何時もの事だよ」

 

「ちょっと! 話を聞――――」

 

 

 ひょっとして自分の胸はイッセーにある種の生きる気力を与えるのでは? と前に一度アホな思考に至りかけた事はあったが、やはり嫌なものは嫌なのだ。

 だからこの即興コンビの二人には胸で弄るのは止めようと怒気を強くしようとしたのだけど……。

 

 

「ん」

 

「っ!?」

 

 

 何を考えてその結論に至ったのか、突然イッセーが怒るクリスの胸に手を当ててきたのだ。

 この行動にカズマもギョッとなり、食べてたアクア達もビックリして食事の手を止めてしまう。

 

 

「若干はあるよ。気にするな」

 

 

 そんな空気の中をイッセーは平然と、それだけを言うと手を引っ込め、コップに残ってた水を飲むのだった。

 

 

「お、おい!? 今衝撃的な光景が……!? それとまずいんじゃ……」

 

「だが静かにはなったろ?」

 

「いや余計火にガソリンをぶちまけてるような………」

 

 

 そう思って恐る恐るクリスを見るカズマだが。

 

 

「ぁ……あぅ……うぅ……!」

 

 

 本人は想定もしてなかったのか、触れられた部分を両手で隠しながら真っ赤になって俯いていた。

 暴れだす気配はもちろんない……。

 

 

「ま、まさかの反応……」

 

「? あれ、フォークでも投げつけてくると思ってたのにな」

 

「お前も想定してなかったのかよ!?」

 

 

 あうあう言ってるクリスを放置し、チビチビとお酒まで飲み始めるイッセー。

 とことん不思議なコンビだとカズマはただただ思うのだった。

 

 

「おい大丈夫か?」

 

「! だ、大丈夫……です」

 

「おいおい、口調が変わってんぞ? そんなに驚いたのか?」

 

「ま、まあ……だ、だって初めて男の人に……」

 

「? あぁ、そういう……。

それは悪い事したわ」

 

「い、いえ……別に……」

 

 

 普段は母親みたいにあれこれ口煩く言っていたクリスもといエリスが初めて完全に負けた瞬間だったのかもしれない。

 この後暫くイッセーを正視できなかったとか。




補足

大体半年の間に多少の生活態度は改善させはしたけど、相変わらず働きたがらないのは変わらない。

けどクリスさんとなって嫌がるイッセーくんを連れ回すので中々ニートに戻れない。


その2
で、その間に叱る比率の多さが、逆に何をしても褒める比率に変わってしまってへんな意味で駄目になってきてる模様。
でも胸についておちょくられると怒るヨ?


その3
実の所、女神達の中でイッセー達は英雄視され、その中でも純人間であるイッセーが一番人気だったらしい。
なので彼に真実を伝えにいく役割は誰にするかで相当揉めたとかなんとか。

結局、騒がずに居たエリス様がその役になって棚からぼた餅だったらしいですが。


その4
アクア様はそんなイッセーの中身がそれである事を知りませんし、見抜けてもいません。
ご飯をタカる相手としか今のところ認識してないとか。

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