流石に引っ越しになる―――と、姉のあまりの執念深さを予想していなかった春人はシャルル・デュノア――という名の男装をするシャルロット・デュノアがよりにもよって一夏と同室になってしまっている事に焦りを覚えていた。
「おはようデュノア君!」
「おはよう」
「ふわぁ……ぁ」
「一緒に来た一夏君は随分眠そうね? 眠れてないの?」
「えっと、この学園について無理をいって一夏に色々と教えて貰ってたものだから、寝不足になっちゃったみたいで……悪いことをしたよ」
「あらら……コーヒーでも飲む?」
「んー」
まだ一夏にシャルルが男装しているという事に気付いてる様子は無い。
無いが、既にシャルルが一夏を名前で呼んでいる辺りはそれなりに仲を深めてしまっているのかもしれない。
「どうされました春人さん?」
「いや……」
「あの二人が気になるの?」
ならばその間に割って入ってしまえば良いのだけど、生憎今春人はセシリアやラウラや隣のクラスから平然と来ている鈴音や簪に囲まれているので身動きがとれない。
だから眠たそうに箒と話をしてる一夏やそれに自然と混ざっているシャルルの元へと近づけない。
自分が蒔いた種に拘束されているのは果たして皮肉なのか……。
呑気に話す一夏を恨めしそうに見据える春人なのだった。
完全に己のミスでバレてはいけないだろう相手に自分の本当の側がバレてしまったシャルル・デュノアことシャルロット・デュノアだが、彼女はそのバレた相手に恵まれていたといえるだろう。
「本日の授業はここまでです! それでは皆さんまた明日!」
何せ今もシャルル・デュノアとして活動できているし、何より本当の自分として振る舞える居場所を見付けられたのだから。
「箒~、今日出た宿題一緒にやろうぜー」
「そうだな。ならば早速何時もの場所に行くとしよう」
「待って~ それなら私もやるー」
昨日の晩深夜に部屋を抜け出した一夏を追いかけてみたら偶然発見できたあの場所で自分の本当の姿を知られてしまった時は、完全に退学を覚悟していた。
けれど一夏も、山田先生も――そしてその時出会った用務員と非常勤保険医の誰もが黙っている事を約束してくれた。
そしてあの場所に居る時だけは本当の自分で居られる様に言ってくれた。
「あ、ね、ねぇ二人とも、宿題をやるなら僕も――」
やりたくもない事をさせられるストレスは並大抵のものではない。
だからこそ本当の自分でいられる場所があるだけでも救いになるのは必然的であり、箒と一夏とのほほんさんと呼ばれる女の子の会話から三人があの場所に行く事を予想付けたシャルロットは自分も同行したいと話しかけようとしたのだが……。
「ねぇデュノア君」
そのタイミングで入ってきたのが、周囲の人間関係がキツい春人だった。
「! な、何かな?」
条件として、あの場所の事は一切誰にも話さない事を約束していたシャルロットは春人から話しかけられた事にドキッとしながらもシャルルとして対応する。
「良かったら今からISの訓練を……一緒にしない……?」
「え……」
ピタリと箒と一夏と本音が然り気無く立ち止まる中、春人に誘いの言葉を向けられたシャルロットは上目遣いっぽく見てくる春人――――――の少し後ろから自分を殺気めいた目で見てくる女子達に気付いて返答に困った。
「専用機を持ってるなら、色々と教えてくれたら嬉しいし……」
「えーっと……」
キミのすぐ後ろの女子達の目が怖すぎて出来ればお断りしたいのだけど………と、実家から命令されていたとしても嫌すぎる空気に入りたくは無かったシャルロットはどうしようかと迷いの表情を浮かべていると……。
「ごめんなさい! デュノア君にお伝えすることがあったことを忘れてました!」
「!」
帰りの挨拶と共に一度教室から出ていった筈の真耶が戻ってくるなり、シャルロットにそう告げる。
「少し込み入ったお話なのでお時間が掛かってしまいますけど……」
「あ、はい大丈夫です! えっとごめんね織斑君、折角のお誘いなんだけど……」
「…………。うん、用事があるならしょうがないよ」
まさにファインプレーだったと真耶に内心感謝するシャルロットはそのまま何か言いたげな顔をする春人からそそくさと離れると真耶と共に教室を出ていく。
「ご用事なら仕方ありませんわね」
「私だけで十分だと言っただろ?」
「アンタだけってのはどういう意味よ?」
「言葉通りの意味だが?」
「聞き捨てならないね、その話は」
「………」
残された春人は思い通りにならない今に内心舌打ちをする。
「…………。行こうぜ」
「あぁ」
「やまやも中々やるねぇ~」
何事も無かったかの様に続けて教室を出たこの三人は真実を知るともわからずに。
「た、助かりました先生!」
「嘘はよくありませんけど、デュノアさんの事情を考えたら織斑君達にバレた方が色々と大変かと思いまして……」
「それもありますが、その……彼を慕う女子達からずっと目線で『断らなかったら酷いぞ?』的な感じで睨まれてましたので……」
「それは――確かに大変かもしれませんね」
そんなファインプレーにて上手く逃げ出せたシャルロットは、ドジな面はあるけど割りと思いきった事をする時は度胸がある様に見えてきた副担任に心の底からお礼を言いつつ、第二校舎の隅の廊下を歩いていた。
勿論用事なんてある訳もなく、全ては昨晩知ってしまった複雑な事情を持つ生徒を考えた上での自分なりの行動という奴であり、これまた二人が向かっていた場所は当然……。
「しつれいしまーす……」
「し、しつれいします!」
物置を一年掛けてプチリフォームして作り上げられた用務員室である。
先行する真耶に続いて少しだけ緊張しながら入るシャルロットは、昨日の晩出会った若い男性用務員に挨拶しなきゃと思いきり頭を下げたのだが……。
「現役女子高生のハグ攻撃~!」
「残像だ」
「へぶ!?」
聞き覚えの無い女性のテンション高めの声に頭を上げたシャルロットの目に飛び込んで来たのは、水色髪の女子生徒が床にしこたま顔を打って悶絶してる姿とそれを椅子に座って呆れた様子で見下ろしてる用務員さんだった。
「は、早いですね更識さんは何時も……」
「えっと、そちらの人は?」
「更識楯無さん。デュノアさん達よりひとつ上の先輩さんで生徒会長をやってます」
なんと生徒会長らしい。
その生徒会長がこの場所に居るという事は昨晩聞いた『この場所を知るかつ出入り可能な数少なき人』の一人である事は間違いないが、何故床にひっくり返ってるのだろうか……。
というシャルロットの疑問に誰も答える事はせず、こちらに気付いた用務員さんことイッセー
「山田先生……と、昨日の子ですか」
「放課後等は此方に居た方がデュノアさんにとっても安全かと思いましたので……」
「それは構いませんが……」
『痛いよぉ、お嫁に行けない~』と宣う生徒会長はスルーしたイッセーと目が合ったシャルロットはペコペコと頭を何度も下げる。
「ご、ご迷惑をお掛けします……!」
「いや……」
昨日出会ったばかりだからというのもあるが、殆ど会話をしたことがまだ無いシャルロットから目を逸らすイッセー。
するとすかさず真耶が小声でシャルロットに話す。
「イッセーさんはシャイな方であって、悪気はありませんからね?」
「そ、それはもう……!」
「…………」
リアスと真耶が居なければ恐らくまともに会話にすらならないだろうというのはシャルロットも昨晩疑り深い目で初めはイッセーに見据えられてたのでよくわかってる。
「おいーっす、宿題やりに来たぜ~」
「あ、一夏」
「お、やっぱし山田先生のフォローで来られたみたいだなデュノアさん?」
まぁ、最後の方はそのイッセーから『此処でならその事情を忘れて自分らしく振る舞えるんじゃないの?』と言ってくれた訳なのだが。
とにかく一夏達も合流し、リアスと虚は居ないものの何時もの面子は揃った。
「事情は聞いているわシャルロット・デュノアさん。
私は更識楯無、ふふん、将来はこのイッセーさんのファーストレディになるつもりだからよろしくね?」
「………………」
「は、はぁ……。(そ、そのイッセーさんの顔がとても可哀想なものを見るようなものなのですけど……)」
個性的通り越して変人にも思えてしょうがない楯無のキャラに圧されるシャルロットは既に着替えていて本来の姿だった。
「それにしても……むむ、意外とおっぱいがあるわねアナタも」
「うぇ!? と、突然なんですか!?」
「いえね? 最大のライバルであるグレモリー先生も山田先生も大きいから最近親しくなる女の子の胸の大きさが気になってしょうがないのよ」
教師の仕事があると一旦職員室へと出ていった真耶とリアスの胸の大きさを思い出して悔しいのか、イッセーをチラッチラ見ながら話す楯無。
「ほら、イッセーさんっておっぱい大きい女の人が好きじゃない?」
「好きじゃない? と言われても、僕は今初めて知りましたよ」
「あらそうなの?」
「そうですよ、第一会ったのだって昨日夜中ですし……」
「俺の完全な不注意だった。
いやまさか眠れなくなるとは思わなくて……」
「今後は絶対に注意しろよ一夏? デュノアだったから良かったものの……」
「そうだよー、楯無お嬢様みたいにもし弟君がグレモリー先生にあんな事故やらかしたら私………結構頭に来ちゃうかも?」
「その前にイチ兄を止めないとヤバイけどな」
日報らしきものを黙々と作成しているイッセーの人となりが何となくわかって来た気がしてきたシャルロット。
どうやらあの赤髪で箒にかなり声が似てる引くほどの美人であるリアスが余程大切らしい……。
「あれは一生の不覚だったわ……。けど気にしないわ! だってイッセーさんならそんな私だって受け入れてくれるし!」
「さも俺がキミにどうこう思ってるって前提で話すのはやめてくれるか?」
そしてそれを知ってる上でこの生徒会長さんがイッセーに好意を持っていることも……。
「なんだか不思議。織斑君の周りの女子達は互いに殺気を向けあってるのに、それを此処では感じないや」
「最初からイチ兄がリアス姉しか見てない事をハッキリ言ってるからってのがあるからな」
「その上でこの先輩は諦めてないから、リアス姉さんも認めてるっていうのもあるし、山田先生の場合は姉さんと友人というのが大きいしな」
「え!? や、山田先生もそうなの!? それは驚いたかも」
「お陰で一番の貧乳枠が私なのよ? これでも結構あるのに……」
「貧乳だなんて貴女が言ったら石でも投げられますよ、世のマジ貧乳に」
「本音ちゃんも着てる服が大きいから目立たないけど、実は結構大きいし、虚ちゃんもそうだし、箒ちゃんだって……はぁ……デュノアさんも見た感じ中々だし」
「レベルの高い悩みにしか思えねぇっすよ俺には。
てかふと思ったんだが、デュノアさんってどうやって胸とか隠してたんだ? 結構ある感じなのは俺も思ったけどよ、それ隠すのかなり難しくね?」
「包帯を巻いてだけど……」
「サラシの様にか? ……………………変な話だけど、痛くねーの?」
「それは窮屈に思ったりはするけど……」
不思議と居心地が良い。
やはり男装しなくても良いというのがそう思わせるのかもしれない。
「あまり聞くとセクハラになるぞ?」
「そうよ? けど確かにそんな隠し方をしてるとその内形が崩れてしまうわよ?」
「うっ……や、やっぱり良くはありませんよね?」
「常にイッセーさん好みのおっぱいを目指す私としてはオススメできない隠し方だわ。
本当は男装自体を止められる様に出来たらそれが一番なんでしょうけど……」
悩みも聞いてくれる。
きっとそれが一番居心地の良さを感じさせる理由なのかもしれない。
更識楯無にとって、最早織斑春人は妹が惚れてる女みたいな男という認識でしかなかった。
故に出会したとしても、話し掛けられたとしてもその態度は一貫している。
「あの……更識先輩、この前は……」
「またその話? もう良いって言ってるのに中々しつこいわねキミも?」
「だって……」
「そこまで気にするなら少しは簪の事を気にしてあげて欲しいものね。
流石に泣かせる真似をしたら殴るだけじゃ済まされなくなると思うし?」
「………」
「それに、さっきからアナタのガールフレンド達から睨まれてるし、この話はもう永久におしまいって事で」
「ま、待ってまだ……」
こっちはシャルロットの事情をどう上手く切り抜けさせてやるかを考えるのに忙しいというのに、一々以前の事故についてを理由に話し掛けられては集中もできやしない。
イッセーとリアス相手には精神年齢が子供になるものの、それ以外では割りと真剣に後輩の為にと考える楯無はまだ呼び止めようとしてくる春人を無視して離れる。
「デュノア社の規模を考えたら裁判を起こしても年単位になりそうだし、国家代表候補生としてフランス政府に取り入らせても結局はIS企業だから距離はそこまで離せない……うーん」
自分の立場を使うとしても限界はある。
ともなれば一番簡単なのはこの学園の状況を利用してシャルロットを一時的にデュノア社から引き離してしまう事だけど、それは単なる問題の先延ばしでしかない。
イッセーとリアス関連だとアホの子な面が目立つものの、ちゃんとすべき所はちゃんと出来る子ではある楯無は、取り敢えず先程用務員室で話した事を教える為に、勤務日となってる筈のリアスが居る保健室へと足を運び、話をした。
「………と、いう訳で、デュノアさんの実家の規模を考えたら、弱るのをひたすら待ってから潰すか、それとも原因不明の事故で引退をして貰うかぐらいしか思い付かなくて」
「私も調べてみたけど、フランスでも五指には入る大企業らしいわね。
確かにこの規模なら裁判を起こしても決着までに数年は掛かるでしょうし、かといってゴシップネタで揺すっても握りつぶされそうね」
「そこなんですよねー。
だからデュノアさんも逆らえなかったのだと思いますし……まったく、自分の娘を利用してまで守る価値のある会社には思えませんよ私は」
「……そうね。あの子は昔の私によく立場が似てるわ」
白衣を着たリアスが座る机のすぐ近くに椅子を置いて座り、シャルロットの事情についてを話し合う二人。
特にリアスは、過去の自分の立場に被るせいか、シャルロットに対して一番同情的だった。
「そういえばグレモリー先生のご実家って……」
「ちょっとした貴族の家系で、今はもう完全に消えて無くなったけど、昔は私も色々あって縛り付けられてたのよ。
結婚相手なんかも寧ろ嫌ってた男とさせられそうになったりとかね」
「それは……家出したくもなりますね確かに」
「その家出のお陰でイッセーと出会えたのだから運命というものはわからないものよ。
今ではこうして保険医なんかやれるのもそのお陰ね」
シャルロットがもしイッセーの様な守ってくれる人と出会える事が出来るのなら心配はしないけど、それも難しいだろう。
「現時点ではこの学園に在籍してる以上は外部から手を出されないという決まりを利用しつつ対策を考えるべきかもしれないわね」
「やっぱり今の所はそれしかありませんか……。
一夏君が生徒手帳の校則を確認しながらデュノアさんに言ってたのを聞いて悪くは無いと思ってはいましたし」
「あまり使いたくは無い手ではあるけど、卒業と共に事故を装って完全に姿を消してしまうとか。
私とイッセーであの子を引き取っても構わないし……」
「それは最終手段と考えるとしても……微妙に羨ましい位置になりますよねそれって」
だからこそ、事情を知ってる自分達くらいが味方になったってバチは当たらない。
それがリアスやイッセー達の考えなのだ。
「取り敢えず、デュノアさんには男装をやめさせ、シャルロット・デュノアとして転校し直す様に言ってみましょう。
そこら辺の手続きは私が上手いことさせますから」
「そうね、お願いできるかしら?」
「任せてください。
………本音を言わせて貰うと、成功した暁にはイッセーさんに褒めて貰いたかったりしたいけど」
「勿論、きっとイッセーも褒めてくれる筈だから大丈夫よ。
それにしても……ふふっ、てっきりキスのひとつでも要求するのかと思ったけど?」
「それは考えましたけど、それだとまるでそれを目的に動いてる気がして自分が許せなくなるし……そ、それに、中身の無いちゅーはしたくないというか……」
最後の最後で運に見放されなかったという意味ではシャルロットは幸運なのかもしれない。
「そ、それと多分ドキドキしちゃってまだできないと思うから……」
「…………。アナタって本当にかわいいわね」
「や、やめてくださいよ……!
先生に言われると負けた気分になりますし」
「普段はあんな調子で迫ってるのに、なまじ成功しちゃったらどうする気なの? 大丈夫なの?」
「た、多分大丈夫じゃないかもしれません。
こ、この前もイッセーさんに冗談を返された時も顔も身体も熱くなってイッセーさんを見れなくなっちゃったし……」
「ウツホから聞いたけど、自分の部屋のベッドの上で悶絶してたらしいじゃない? ホントかわいいわアナタって子は」
「虚ちゃんめ、よ、余計な事までグレモリー先生に!」
補足
バレて理由を話したら、思いの外皆して真面目に聞いてた上に黙ってくれるし、対策まで考え始めてくれたという驚き。
そして用務員室に居る時は男装せずの自分として振る舞えるお陰てストレス軽減。
やったねシャルちゃん!
その2
最近のたっちゃんは、取り敢えず初対面の女の子と挨拶をすると、おっぱいスカウターが発動してしまうとかなんとか……。
そしてリーアたんとやまやを計測する度に凹んでしまうのだとか……。