名も無き無数の星を吹き飛ばして以降、胡夢も銀影も月音に何か仕掛けようととはしなくなった。
力の大妖たる萌香よりも下手をしたらヤバイという認識を持ってしまえば――ましてや相当丸くなったとはいえかつては人間以外の種族を毛嫌いして絶滅するまで暴れまくった史上最悪の赤龍帝とまで呼ばれた男だ。
銀影と胡夢の選択は間違いでは無い――もっとも、白音がそうである様に、猫目静はそれを知らないままヒヤヒヤする行動を起こしたりする訳だが。
「うげ、テストの結果が貼り出されてるし」
「あんまり見たくねー……」
そんな何時爆発するかもわからない爆弾認定を銀影と胡夢にされてからは割りと普通に過ごす学園生活は、先日行われた中間テストの結果を壁に張り出される所から始まった。
「私は……あ、13番――」
「おおっ! 萌香さんは13番だってよ!」
「学園一の美しさを誇りながら頭もいいなんて、性格もよくてイヤミじゃないし完璧だッ! 理想の女性No.1だ!」
「ひゃっ!?」
テスト内容は人間が通う高校生と殆ど同じ内容のものであり、萌香は学年の中で13位という好成績を叩き出したらしい。
萌香の名前を見つけるなり騒ぎだす他の生徒達の声に驚きながらも隣までつれてきた月音に結果を問う。
「びっくりしたぁ……。ねぇ、月音はどう?」
「普通」
「普通? ………あ、58番かぁ」
可も不可も無い月音の結果にちょっとリアクションに困った萌香。
これで下から数えた方が早い成績なら教えてあげようかとか言えたが、150人強居る一学年中の58番目なら決して悪い訳じゃないし、本人の様子を見ても特に上を目指してる感じもしないので教えようかとは言わなかった。
「テストの結果もわかったし、今日はパーっと遊ばない?」
「遊ぶったって何をしたいんだ?」
「えーっとね、この前月音とやったゲームを……」
代わりにもう一人の人格を経て殆ど恐怖を抱かなくなったせいか、懐き度が上がりまくりで遊びたいとねだる。
月音本人はそんな萌香に対して微妙にめんどくさそうな顔をしており、またそんな態度を萌香にするものだから周りで聞いていた生徒達の嫉妬じみた視線を一斉に受ける事になる。
「………」
そんな生徒達と同じ様に、一人の女子生徒――にしては色々と小さくて変わった格好をした者が見ていた。
「……」
他の生徒達と比べると一回りは軽く背の低いその生徒がじーっと萌香を見ていると、クラスメートらしき男子生徒が後ろから声をかける。
「おめでとう紫さん。また一番だったようですね」
「……」
何処か委員長の言葉に嫌味が含まれた言葉に紫と書いてゆかりと呼ばれた女子生徒は顔を険しくする。
「さすが天才少女、まだ11歳なのに飛び級で入学したのはダテじゃなさそうだ。
でもいいですか、調子に乗らないでください! 私から見れば君なんて乳くさいだけの青二才なんですよ」
そう言いながら、まず委員長は彼女の格好について指摘をし始めた。
「だいたい何ですかこの格好は! 完全に校則違反でしょう!?」
確かに委員長の言うとおり、少女の格好は学園指定の制服ではなく、どこぞの魔女っ娘コスプレに見える衣装だ。
個人的に嫌っているのか、少女の腕を掴みながら小うるさく怒鳴り散らしている。
「きゃっ!? やめて下さいです~!」
「何だ何だ?」
「ああホラ……例の天才少女」
「また自分とこの学級委員長にいじめられてるよ」
「あんな恰好してりゃなぁ」
そんなやり取りをしていれば目立つのは必然だが、誰も助け船を出そうとはしなかった。
いや――いた。
「やめて!」
萌香だった。
少女が腕を掴まれて吊るされそうになっていた光景を見て即座に割って入ったのだ。
しかも意外な事に……。
「廊下の真ん中で邪魔なんだけど」
あくまで自分は別に何もしてませんし、助ける気はございませんよといった態度を全身から放出しているものの、その男子生徒の前に立って邪魔と言って追い払おうとしていた。
(赤夜萌香と……確かその腰巾着。
チッ、見てる者が多いですね)
月音を萌香の腰巾着と認識しているらしい委員長は、他のギャラリーの多さに不利を悟ったのか、小さく舌打ちをすると踵を返して去っていった。
何人かの部下を連れて。
「あっ、ありがとうございます、助かったです~! 私は仙童紫っていいます!」
委員長が去ったのを皮切りに紫はお辞儀して礼を言いつつ自己紹介する。
もっとも、礼を言われたのは萌香だけなのだが。
「えっと、月音も助けてくれたんだよ?」
「へ? あ、えっと……ありがとうございます……」
「………」
「ほら月音も何か言わないと?」
「………。気にするな」
流れで間に入っただけで別に助けたつもりは無かった月音としても礼を言ってくれる必要は無いと思っていたので、紫から目を逸らす。
他人から礼を言われ慣れてない悲しき性だ。
「それにはしてもさっき聞いてたけど、同級生なのに11歳なんだってね?
しかも1番頭もいいんだね紫ちゃんって、その服も素敵だし」
「やっ! そ、そのっ……素敵だなんて……! そんなことないですよ!」
「…………」
褒められて嬉しいのか、照れる紫と萌香のやり取りを見てる月音は……ふと紫の気配に気付く。
(妖怪とは違う……?)
かと言って人間とも違う、微妙に懐かしい気配に月音は暫くじーっと紫をガン見していると、その視線に気付いたのか、紫と目が合った。
「あ、え、っと……な、なにか?」
「いや……」
萌香と違って妙にどもってる紫に月音は『まぁ、関係ないか』と再び目を逸らす。
どうせ関係ないし、人でも無ければ妖怪でもない生物が存在していようが自分の人生には何の関係もない……ただそれだけの事なのだから。
「教室戻ってるわ」
関係ない。ていうか寧ろ、萌香もこれを期に彼女と友達にでもなって自分との関わりを薄めてくれたら万々歳だ――等とこの期に及んでまだそんな事を考えていた月音は一人教室に帰ろうとしたのだが……。
「あ、あの!!」
意外な事に紫が呼び止めたのだ。
「なに?」
足を止めて振り向く月音。
「あ、ありがとうございます、さっきは助けてくれて……」
「助けたのは赤夜さんだ、俺はなんにもしちゃいない」
そう言いながら萌香に視線を移すも、萌香は首を横に振る。
「で、でも少なくとも私は助けて頂いたと思っています! だ、だから……その!」
「わかったわかった。わかったから少し落ち着けよ? な?」
何をそんなにテンパっているのかが分からなかった月音は、否定するなと無言で首を横に振って伝えてきた萌香に従う。
丸くなってる今、流石に子供相手に攻撃的になる気はしなかったのもある。
「ご、ごめんなさい……その、萌香さんもそうだけど、何時かお話できたら良いなと思ってたらこんなに早く叶うとは思っていなかったから……」
「は?」
「? 月音とお話がしたかったの?」
「は、はい! だ、だってこの前見たんです私! つ、月音さんが凄い力を使ってかっこよく手からビームを出している所を!!」
どうやらどもっていた理由は、萌香共々月音に対しても憧れじみたものを感じていたかららしい。
銀影相手に手加減ドラゴン波を脅しでかました時の状況を見ていたと言う紫に一瞬驚いて月音と萌香が顔を見合わせる中、ある程度吹っ切れでもしたのか、紫は月音と萌香二人に向かってもじもじしながら言った。
「私、月音さんと萌香さんが好きなんです~!!!」
紫はそう言って萌香に抱き着いた。
「はぁ!?」
「な……!」
流石に驚く萌香と月音に、紫は更に告白する。
「最初は隣のクラスの萌香さんを見かける内にだんだん好きになっちゃったんです」
「あ、あぁうん……でも月音はどうして?」
「月音さんについては最初は寧ろ嫌いでした。いつも萌香さんと楽しそうにしてるし、いっつも一緒だしで単なる腰巾着だと思ってました」
「腰巾着……」
腰巾着扱いされていた事に軽くイラッとするが、グッと我慢する月音。
「でもこの前、腰巾着じゃないと分かったしさっき助けてもらった今、心が決まりました! 付き合ってください! ……嫌ですか?こんな私じゃ……?」
「ちょ、ちょっと待って? それってどっちに言ってるの?」
「勿論お二人にです! どっちも好きなんです!」
「………………ガキの持論全開かよ」
腰巾着では無いと理解していたものの、今度は反転して好きになったら二人とお付き合いしたいと言い出す紫に、さしもの月音も困惑だ。
「あ、あの……お友だちとかなら……」
月音も好きと宣い始めてから、さっきからロザリオの中から見ていた裏萌香が『私と入れ変われ!!』と大騒ぎしている中、萌香が取り敢えず戸惑いながら友達ならと返すと、それでも嬉しいのか、紫は嬉しそうに飛び付いた。
「わーい、嬉しいですぅ!!」
「きゃ!? ちょ、ちょっと紫ちゃん!?」
パフパフと萌香の胸に顔を埋めて抱きつくせいで、少し声が出てしまう。
暫く抱きついた後に紫は離れると、今度は微妙に困惑しっぱなしの月音に問う。
「つ、月音さんはダメですか?」
「いや俺は……」
「だ、ダメですかぁ?」
「ぐっ……!」
これが完全に妖怪の気配のする少女なら『失せろ』とでも言えたのかもしれないけど、妖怪なのかどうかも判断しにくい微妙に人にも近い気配がする少女な為、返答に困ってしまう。
しかも涙目になりながらこっちを見るものだから、妙な罪悪感も凄まじい。
「あ、赤夜さんと同じく、トモダチくらいなら……」
結果、自分の力を前に怯えるどころか逆に憧れを抱いた少女に頷いてしまった。
その瞬間……感激した紫が萌香にしたのと同じ様に抱きついてきた。
「嬉しいですぅ!」
「お、おい!」
グリグリと胸板に顔を埋めて抱きつく紫にどうしたら良いのか分からず困る月音。
「な、何でこうなるんだ……」
丸くなりすぎたせいなのか? 自問自答を繰り返してもドライグは答えてくれないし、結局わからない。
『おい代われ!! あ、あの小娘め!!』
「お、落ち着いてよ……」
『これが落ち着けるか! 何だか気に食わんのだ!』
「べ、別に悪気がある訳じゃないんだから……一応まだ11歳だし」
『お前は悔しくないのか!? 月音があんな小娘に……!』
「私はそこまでアナタが月音が好きだなんて思わなかったわ……」
『なっ!? ば、バカを言え! 誰があんなデリカシーの欠片も無い変態男を好くか! あの小娘に時間を取られて遊ぶ時間が減るのが嫌なだけだ!』
裏萌香さんが凄まじく取り乱しているのを表萌香が宥めてるものの、言われてみれば確かに複雑な気持ちにはなる。
自分みたいに最初は怯えたということも無く、普通に月音に近づける紫の勇気に。
「えへへ~ 月音さんって優しい匂いがしますぅ」
「俺じゃなくて赤夜さんのとこ行けよ……」
「良いなぁ……」
『だろう!? そうだろう!? あんな事したことすら無いのにあの小娘が横から割り込んだのだ! 許さんぞそんな事は!』
こうして紫という、微妙によくわからん魔女っ娘に懐かれた月音と萌香だが、当然その夜……微妙すぎる空気が支配する部活を終えた途端、月音は裏萌香にめっちゃ怒られていた。
「おい月音、お前ならあんな小娘なぞに飛び付かれた所で投げ飛ばせた筈だろう? 何故やらなかった」
「何故って、ガキだしな」
「ガキだろうがお前は気に食わん相手をぶちのめすタイプだろうが!!」
「何怒ってるんだよ……?」
『ごめんね? 紫ちゃんに抱き着かれたのを見てからずっとこんな調子で……』
「はぁ? あのガキに俺が抱き着かれとしても、キミが何で怒るんだよ?」
「そっ……それは、き、気に入らんからだ!」
「だから何が気に入らないんだよ?」
「な、何だって良いだろう! とにかく気に入らんのだ! 私はぞんざいに扱う癖に、お前は表の私とあの小娘には妙に甘いんだ!」
「別に甘くした覚えが無いんだけどな……」
「私がそう思ってるのだからそうなんだよ!」
「うっさいな、じゃああのガキみたいに抱きついたら満足すんのか?」
「!? あ、い、いや……え、えっと……お、お前がどうしてもと言うのなら許可してやらんことも――」
「おやすみ」
「ま、待て待て待て待て! 良いだろう、お前に私を抱く名誉を与えて――」
「要らねーよそんな不名誉」
「ふ、不名誉とはなんだ! お、おい寝るな!」
『もっと素直になればいいのに……』
もっとも、裏萌香さんが月音相手だと非常にぽんこつ化するので、単なる痴話喧嘩になってしまうのはお約束。
「zZZ……」
「あ、呆気なく寝てしまった……」
『残念だったね?』
「ぐっ、さ、最初はお前の方が戸惑っていたのに、いつの間にか月音と普通に接する事ができてしまうとは……」
『アナタの言うとおり、普段の月音は然り気無いけど優しいから……』
さっさと寝てしまう月音を恨めしそうに睨みながら表萌香と話をする裏萌香。
すると眠る月音の左腕から籠手が出現する。
『珍しく月音が先に寝たか……』
『あ、ドライグ君だー』
「どうした急に?」
初めはビックリしたドライグの存在もすっかり慣れた二人の萌香は、聞こえるおっさんボイスのドラゴンからこんな事を聞かされた。
『忠告しておこうと思っていてな。
月音は凄まじく寝相が悪いので、寝てるコイツに近寄るな』
『寝相が悪い? それって寝ぼけて蹴られちゃうとか?』
『違う』
「力を暴発させるとかか?」
『それも違う。
まぁ、余程コイツが心を許さないとそうはならないから、まだお前達が被害を被る事は無いとは思っているが……』
普通に寝ている様にしか見えない月音のどこが寝相が悪いのかわからない二人は首を傾げる。
『コイツが他人の前で眠るのはある程度そいつを信用し始めてる証拠だ。
現にお前等が部屋に毎晩押し掛けてもコイツは寝なかったろう?』
『あ、そういえば!』
「言われてみれば、確かにこんな時間に眠る月音を見るのは初めてかもしれない」
『つまりはそういう事だ。
お前達はかなり変わってるからな、普通俺達の力を前にそこまで平然と近付こうと思う奴は居ない――まぁ、あの餓鬼もだが』
「『……』」
ドライグのどこか優しげな声に二人の萌香はこれまでの人生で月音がどれほど恐れられてきたのかと考えさせられた。
『まるでお父さんみたいね、ドライグ君って?』
『そんな器にはなれんよ俺は……ただのドラゴンだからな』
そんな月音は自分の前で眠る程度には信用し始めてる。
それを教えられた裏萌香は紫の件での怒りがいつの間にか消えていくのを感じながらスヤスヤ寝てる寝顔を見ていた。
『あれ、ひょっとしてドライグ君に教えられて嬉しいの?』
「っ!? な、何をバカな……ど、どうせ月音の事だから私に寝込みを襲われても問題ないとバカにしてるだけなんだと思ってるだけで別に……」
『もう、どうしてそこで意地を張るのよ?』
「意地なんて……」
そうは言うものの声は小さい裏萌香なのだった。
『そういう訳だから、寝てるコイツに近付くのはオススメせんぞ? 覚悟があるなら別だが』
こうして寝相が死ぬほど悪いとだけ忠告したドライグはそのまま引っ込んでしまう。
しかしそんなに寝相が悪いというのなら逆にどう悪いのかが気になるわけで……。
「zZZ」
「………」
『近づくの?』
「逆に気になるだろう? ちょっとした調査みたいなものだ」
こそこそと眠る月音のベッドに近寄る近寄る裏萌香。
力を暴発させるとか言うものでなければ危険では無いのは間違いないし、普段の仕返しにちょっと顔に落書きでもしてやろうとマジックペンを片手に近づいたその瞬間――
「っ!?」
『あ……!』
まるでセンサーに反応したロボットを思わせる正確さでマジックペンを持っていた裏萌香の腕をがっつり掴まれてしまう。
思わずビックリして固まってペンを床に落としてまった裏萌香だが、それよりも驚いたのは。
「あ……!?」
そのまま腕を引かれ、ベッドに引きずり込まれてしまった。
「な……なっ!?」
『こ、これは……』
あまりに唐突で身体が動かない。
何故なら、昼間紫に表の萌香が抱きつかれた時みたいに、裏萌香さんは押し倒された様な体勢でめっちゃ抱き着かれていたのだから。
「お、おい月音! な、なにをする! こ、こんな急に……!」
がっつんがっつん頭を叩いても起きる気配が無い。
いやそればかりか、胸に顔を埋められてしまう。
『あ、あらー……か、感覚が共有されてるから私も変な気持ち……』
「い、言ってる場合か! こ、心の準備もなしにこんな――」
「むにゃむにゃ」
「や、やめろ! ま、まさぐるな……ぁ……!」
『あぅ……! こ、これがドライグ君の言ってた事なのね』
感覚が共有されてるせいか、微妙に声が艶かしい表萌香だが、直接被害を受けてる裏萌香さんはただただテンパってしまっている。
「くー……くー……」
「はぁ……はぁ……、な、なんて酷い男だ。こ、この私にこんな辱しめを……」
『言ってるわりには殴り飛ばそうともしないし、今然り気無く抱き返して頭撫でてない?』
「だ、だ、黙れ! こ、これは引き剥がせなくて仕方なく……」
『はいはい。はぁ……今度私もやってみようかな? ふふっ』
「だ、ダメだ!」
仕方ないと言うわりにはそのまま抵抗せずに居る裏萌香さん。
次の日、起きた月音の目の前に飛び込んだのが半裸の裏萌香さんで大騒ぎになるのだが……まぁ、別の話だろう。
補足
惹き付け属性発動。結果最初からMAX! まあ、理由はドラゴン波ですけど。
その2
人でもなければ妖怪でもない。
ある意味今の月音に近いので微妙にどうしたら良いのかわからん。
その3
裏萌香さんは中から見ててぷんすか。
表萌香さんも複雑。