リアスとの出会いがあったからこそ今がある。
親を奪われ、その復讐の為に身を費やしてきた兵藤イッセーにとってリアスとの出会いはまさなた人生の転機だった。
そういう意味では転生者にはありったけの皮肉を込めて礼を言いたい――いや、実際に絶命寸前に笑顔で言ってやった。
お前のお陰で真の仲間に出会えた、お前のお陰でリアスちゃんと出会えた。
ありがとうよゴミ野郎!!
その後、転生者の背後に居た神を滅ぼす戦いに趣き、勝ちはしたが最後の悪あがきにより世界ごと道連れにされ、完全な消滅を覚悟した。
しかしイッセーとリアスは――そして仲間達は生きている。
別の世界へと偶発的に流れ着くことで復讐の果てに掴んだ自由を謳歌している。
今まで出会ったクソッタレな連中共が嘘だったように感情豊かで良い意味で神らしくない女神のもとで……。
異界に住む様になり、その習わし等にある程度適応し始めていたイッセー
転生者の目に煩わされる事も無く、自由にリアスと街を散策……まぁつまりはデート出きるこの世界はまさに最高であり、資金稼ぎのアルバイト以外の日はアホなんじゃなかろうかと思うほどリアスと共に過ごしていた。
「豊穣の女主人? 何だそりゃ?」
そんなイッセーでも毎日リアスと共に――という訳にもいかない。
いくらなんでも互いの個人的な時間というものもあるし、それが今のこの時だったりする。
リアスがガブリエルと姪のミリキャスとヘスティアの四人で女子会的な事をするという事で出払っていて、アルバイトも無く暇を持て余していた時、普段は理由をつけてはミリキャスの後ろをひっついていた新人加入者であるベル・クラネルが、足りまくりな男手をフル動員して補強と改修したヘスティア・ファミリアのホームである教会のイッセーとリアスが就寝共にする部屋にやって来て何やら一緒について来て欲しいと言ってきたのだ。
「何だか怪しげな単語だが、何だそれは?」
「酒場の名前なんだ。そこの店員さんとたまたま知り合って、是非来てくれって」
「ふーん?」
イッセーは名前を既に忘れているが、先日このオラリオで行われた祭り事の際、ある意味的な活躍をしたベルはどうやらどこぞの酒場の店員だかなんだかに誘われたらしい。
そういえば先程ベルが店の名前を言っていたが、その店の名前を最近聞いた気がする。
確かアザゼルから聞いた様な……、
「ミリキャスは出掛けてるし、アザゼルさんもコカビエルさんもサーゼクスさんもヴァーリさんも居ない。
でも一人で行くのもちょっと心細いから……」
「同じく暇を持て余していた俺に着いてきて欲しいってか?」
「う、うん……駄目かな?」
とにかくその店に一人で行くのはちょっと心細いので、バグ面子の中ではミリキャスを除いて一番気安く話が出きるイッセーに着いてきて欲しいらしい。
「別に良いぞ、俺も暇だし」
そのベルの懇願に対してイッセーは軽い調子で頷くと、壁に掛けていた上着を取る。
その酒場の場所は何となく解っていたのもあるし、何よりあまり近寄らなかったエリアだったので、興味本意で見てみたかったのだ。
「酒場かぁ……酒飲める歳じゃねーし、縁の無いもんだとも思ってたが」
「普通のご飯もあるから大丈夫みたいだよ?」
「だろうな、じゃなかったらベル坊を誘ったその店員の神経を軽く疑うわ」
既に時は夕方。
時間としてはそういう酒場関連の店の一番稼ぎ時間であるし、現にそのエリアに入れば多くの呼子だの仕事帰り的な人々が行き交っている。
「ひんっ!? そ、そこのおにーさん!」
「は? 俺……?」
「そ、そうそう! そこの堪らないお兄さん! よ、良かったらウチに来ないかにゃ……?」
「? いや、これから知り合いの店に行くので悪いんですけど……」
「そ、そう……」
ほぼ未知のエリアの為、イッセーも少しわくわくしながら元の世界の人間界の都市の夜の歓楽街的な空気を醸し出してるこの場所を歩いていると、何故か一部の呼子が上気した表情で止めてくる。
それも数メートル歩く度に……。
「はぅわ!? お、お兄さぁん……お兄さんならもっとサービスしたいからウチにぃ」
「いや、良いっす。あの……ベタベタ触るの止めて貰えます?」
「うぅ……お腹が熱いにゃー……」
人間の呼子……では無く獣人属辺りの目にすぐ止まっては艶かしい声で呼び止められる。
本人はめんどくさそうに一蹴しているので尚更変な空気になる。
「さ、さっきから直ぐ呼び止められるね……」
「金持ってそうに見えないのにな。
確かに今日は多めに持ってきてるけど、そういうのを嗅ぎ付けるスキルでも養ってるのか?」
どこかの世界と違い、他種属に対して嫌悪感が無いので当たり障り無く断っているものの、獣耳を生やした種族……というか口調からして猫科に物凄い頻度で呼び止められるのはやはり『人間以外の生物をナチュラルに惹き付ける』隠れ特性があるせいなのかもしれない。
ただ本人に自覚も無いし、筋金入りのリアス馬鹿なのと、元の世界では転生者の持つ強引に惹き付ける力の方が強かったのと、その猫科種族がリアスを裏切って転生者に行ったというがあるので気づき様もなかったのだ。
いくら発情しようが、多めに金を持ってるのを見抜かれているのかもしれない程度にしか思ってないのがまた哀しい。
「ここみたい」
「ほー、他の店より大きいぞ、立派なもんだぜ」
「ど、どうしよう。僕そんなに手持ちが……」
「あー心配すんな、足りなきゃ俺が出すから。そら入るぞ」
「う、うん……!」
ちょっとした予定外な事があったものの、無事に豊穣の女主人なる店へと到着し、その盛況っぷりと大きさにちょっと後込みするベルの背中を押しながら店へと入店したイッセー。
中は清潔感ある大きなテーブルが沢山あり、そこには仕事帰りの者達や冒険者達がわいわい楽しそうに盛り上がっていて、ウェイトレスをしている店員も皆綺麗所ばかりだった。
「なーるほど、男に人気ありそうだなこの店。んでベル坊、今見た限りでお前を誘った店員さんはいるか?」
「えーっと…………あ、居た! シルさん!」
このまま入り口に突っ立ってたら邪魔になるので、ちょっと端に寄りながらベルに店へと招待したらしいウェイトレスを探させると、程なくして発見したのか、ほんのちょっと注目を浴びるレベルの声で客にドリンクを出していた灰色に近い銀色をしたウェイトレスの名を呼ぶと、その声に気づいたシルなるウェイトレスはベルを見るなりにっこりしながら寄ってきた。
「ベルさん、お待ちしてました!」
「は、はい来ちゃいました……」
声を張り上げたのが後々になって恥ずかしかったのか、少しだけ俯くベルにシルは微笑み……隣に立っていたイッセーと目が合った。
「あ、ベルさんのお友だちでしょうか?」
「はいそっす」
「そうですか、では二名様ご案内ー!」
見てくれはそこら辺のバンピーにしか見えないせいか、特に変な目を向けられる事もなくカウンター席にベルと一緒に案内される。
「シル! これ持っていって!」
こうして初めての酒場に来た二人は、この店の女主人らしき恰幅の良い女性に運べと言われて言ってしまったシルを見送りながら、何を頼むかを話し合おうとすると、そのシルに命じた女主人が話しかけてきた。
「アンタがベルかい? シルから聞いてるよ、たくさん食べるんだろう?」
「は!?」
「もうひとりのアンタは見ない顔だけど、連れかい?」
「うっす」
豪快というかサバサバしているというのか、シルになにかを吹き込まれたのか、大量注文する前提で話している主人にベルは困った様にイッセーを見る。
持ち合わせも心もとないのに、この女主人は大量に頼むと思っている……しかもぼったくるとかではなく本当にそう思わされている。
シルの方を見てみれば、ベルと目が合った瞬間チロリと舌を出したので、恐らくは彼女の策略だろう。
仕方ない……。
イッセーは懐から大量の通貨がねじ込まれた袋を取りだし、カウンターの上に置く。
「前払いっす、取り敢えずおすすめの料理をください。
あぁ、飲み物は酒じゃなくてジュースとかでお願いします」
リアスとのデート時でもほぼ金を使わずに居たせいか、貯金だけは無駄にあったイッセーの出した金に女主人はにっこり微笑む。
「期待して待ってな! そらお前達! 気合い入れな!!」
『アイアイサー!!』
よし、これでベル坊が恥をかかずに済むと、一安心しながら通しで出された飲み物に口を付けるイッセーにベルが申し訳なさそうに謝ってきた。
「ご、ごめんイッセー……」
「気にすんな、金は使ってナンボだしな。
それ、お前も飲んでろ」
「う、うん!」
所謂頼れる兄貴分として大きく見えたベルはキラキラした顔で元気を取り戻し、次々と出される料理を食べていく。
「ふーん、旨いな」
「そうだね、ガブリエルさんとリアスさんの料理と同じくらいかも」
「ほーぅ、作った本人の前で言うとは度胸があるねぇ?」
「いえ、そういうつもりじゃ……」
「はは、冗談よ冗談。お褒めに預かり光栄だよ」
カッカッカッ! と軽く女を捨てまくりな笑い方をする女主人のパワーに軽く圧されつつも、確かに空腹だったのもあって出されていく料理を完食していくと、少し店が落ち着いたのか、ベルをこの店に招待したシルがやって来た。
「ベルさん、こんなに頼んでありがとうございます!」
「あ、あはは……お金出したのはこのイッセーなので……」
「イッセー? ……あ、ごめんなさいありがとうござます?」
「いえ別に……」
ぺこりんと頭を下げてきたシルにイッセーはちょっと目を逸らした。
(ここにサーゼクスさんとミリキャスとリアスちゃんは絶対連れてこれねぇな)
シルの格好もそうだが、なんというか色合いは違うしスタイルも違うし容姿も違うのだが、何となくグレイフィア・ルキフグスを思い起こさせるので、絶対に三人をこの場に連れてくるのはやめようと内心誓うイッセーは、若干テンションの低い反応をされてキョトンとしているシルから目を逸らし続けた。
「物静かな方ですね?」
「いや、普段はもっと元気なんですけど、どうしたんだろ?」
「……………」
シルとベルが小声で何やら話しているのを横に、ちょっと下がったテンションを持ち直す為に料理に没頭しているせいか、あっという間に皿が空いてしまう。
…………。そしてその騒動は此処から始まった。
「はい追加にゃー…………………あ?」
「あ、どーも」
明るい茶髪のウェイトレスが空になった皿を重ねたイッセーの前に追加の料理を持ってきた瞬間それは起こってしまった。
「っ……ふっ……!」
「?」
何故か追加の料理を出した後もその場から去らず、ブルブルと震えている。
「アーニャ……?」
不審に思った同僚のシルが話し掛けるも、アーニャと呼ばれたウェイトレスは返事も無ければ微動だにもしない。
「あのー……何か?」
勿論ジーっとガン見されてるイッセーも何だか気味が悪くなり、かなり低姿勢になって全然知りもしない店員さんに話し掛けた…………その瞬間だった。
「ニャァァァッ!!!!!」
「なっ!?」
突然火山が噴火したかの如く大声をあげたアーニャなるウェイトレスが片付けようとした皿を放り投げた。
まさに奇行であり、その場に居た全員が唖然として音が完全に消える中、放り投げた皿が床に叩きつけられて割れると同時にアーニャなるウェイトレスは……。
「にゃー!!」
「な、にぃ!?」
座っていたイッセーに飛び付き、椅子ごと転倒させたのだ。
あまりに唐突なのと殺意が感じられなかったので、そのまま押し倒されたイッセーも何が何だかわからないし、もっといえば周囲の者達なんかはギョッとしている。
しかし、そんな中、何の目的かもわからず飛び付いて押し倒してきたアーニャなるウェイトレスは、同僚や主人すら見たこともないくらい潤んだ瞳で頬を上気させていると……。
「す、好きぃ……♥」
『…………………………』
伝説のセンターバックスクリーンばりの衝撃的すぎる一言をぶちまけた。
「何を言って……んむ!?!」
完全にお通夜状態な店内。
何かを焼く音等だけが支配する中、やっと我に返ったイッセーが退けと言おうとしたその時、更なる爆撃が店内に落とされた。
なんと……あろうことかこのウェイトレスはイッセーに接吻したのだ。
「………………」
「えへ……えへ♪ はぁ……ぅぅ……あ……♥」
ショックで完全に動かなくなるイッセーの腹部あたりに股がったウェイトレスはこれでもかというくらい蕩けた表情で満足そうにしている。
「にゃ!?」
だがそれもすぐの事であり、一足早く我に返った女主人がアーニャの首根っこを掴んで引き剥がしたのだ。
「何をしてるんだいアーニャ!!!」
当然、上客ともいえるイッセーに対してこんな無礼を働いたともなれば激怒するのは当然だ。
だがしかし首根っこを掴まれて軽く宙に浮いているアーニャははにかむばかりでまるで反省していない。
ともあれ、こんな奇行をした店員よりもまずは失礼を働いてしまったお客に謝罪しようと主人がイッセーをに視線を移したその瞬間。
「り、リアスちゃん以外と……う、う、うぁ……うわぁぁぁんっ!!!!!」
物静かに見えた少年は泣いていた。
それはもう、見ていられない程にその場に蹲って大泣きしていた。
「い、イッセー!」
そのあまりの大泣きにベルが駆け寄ると、涙で真っ赤に目を腫らしたイッセーは、立ち上がるやいやな、厨房に駆け込み、熱湯グツグツの大鍋目掛けて頭から突っ込むというアーニャ以上の奇行に走った。
「あぁ!? い、イッセー!!!?」
「ガァァァッ!!!!!」
まさにカオス。
溶岩すら耐えられる今のイッセーにとって熱湯など火傷にもならないが、それでも重ねられた唇を消毒するかの如く何度も何度も熱湯鍋の中に頭を突っ込んだ。
「離せベル坊!! り、リアスちゃん以外の知らねぇ奴にこんな事されただなんて……!!」
「だからってそんな事をしたら駄目だよ!!」
『…………』
結局この凍りついた空気は解消される事も無く、店じまいを早く済ませた女主人は、その原因たるアーニャを横に何度も何度もイッセーに謝り倒す事になった。
「申し訳なかったねウチの者が……」
「………」
「も、もう良いです。二度と近寄りませんから」
「アーニャ! アンタも謝りな!!」
「ごめんなさい……」
あれだけの熱湯を頭から浴びて火傷のひとつも無いその姿に、ただ者ではないと感じながらも主人は謝り、アーニャもまた謝る。
「あの、そもそもその方は何故イッセーにあんな事を?」
「わからないにゃ。……あ、イッセーっていうんだ? うん、覚えたにゃ」
「っ!?」
とはいえ、ベルの質問の際に名前を知った瞬間、何とも言えない目でイッセーを見るので軽く怯えられる。
「アーニャ!!」
「は、はいはい! えっと、何であんな事をしただっけ? えーっとね、わかんない」
「っ!? ふざけるなよお前!! わかんない奴があんな真似を俺にしたのかよ!!」
「ふざけてないでちゃんと理由を言いな!!」
「だってわかんないんだもん。イッセー君を見たら全身が熱くなって、堪らなくなっちゃったにゃ♪」
「こ、コイツ……!」
まるでサイコパスを思わせる理由には流石に異界では暴れないという仲間達との約束を忘れて激昂し、全身から赤いオーラを放出させる。
「にゃ!? …………あはぁ♪」
「うっ……!?」
だがその力を前にしてもアーニャは寧ろ悦んでおり、心無しか下腹部に触だしてるので、怖くなったイッセーは殺意を引っ込め、力が抜けた様に座り直してしまうと、項垂れながら頭を抱える。
「ど、どうすりゃ良いんだ。リアスちゃんに嫌われる……クソッ!」
「そのリアスって子はアンタの恋人かい?」
「そうですけど!? それが!?」
「……いや、ますますウチの子が取り返しのつかない真似をしたんだなと……」
「当たり前だばか野郎!! そもそも俺は猫科が嫌いなんだよ! 犬派じゃい!!」
「い、イッセー? それを今言うのとは違うと思うよ?」
「えー? 猫族ダメなのー? そんなに優しい雰囲気なのに」
「優しいって何だ気持ち悪い! 出してる覚えもねーやい!!」
「そ、そういえばこのお店に来る前も他のお店の呼子さんに止められてたよね? 今にして思えばこのアーニャさんみたいな人だったよーな……」
「!? ま、まさかそんな馬鹿な事……」
「あ、多分あってるにゃ。今は冷静になれてるけど、イッセー君ってなんていうか…………私達の種族にしか感じないものを感じるにゃ」
アーニャの説明にこれでもかと苦虫を噛んだ顔のイッセー
言われてみれば確かに昔から純粋な野良猫に寄られていた気はした。
しかしそれは普通の猫であり、元の世界でリアスを裏切った猫妖怪やその姉……それに準ずる種族共からは敵意を持たれていたはずだ。
だというのにそんな要らんオーラを醸し出してると言われても納得できる訳がない。
「そういえばもう一人猫族がいるけと、試しに対面するにゃ? そうしたら本当かどうかわかる――」
「嫌だ!!! ぜっっっっっったいに嫌だ! 二度と来るかこんな所!!」
「………。そう言われてなにも返せないね。それだけの事をアンタにしてしまったのはこっちだし」
「あ、いえ、決して店自体が悪い訳じゃないっす。すいません……」
「え!? じゃあ今後も来てくれるにゃ!? いや、それだけじゃなくてどこに住んでるのか教えて――」
「ふざけんなボケ!! 絶対に教えるか!! おいベル坊、絶対に口を割るな! それとシルさんつったか? ベル坊からどこまで聞いてるかは知らねーが、絶対に余計な事は言うなよ!!!」
「う、うん」
「は、はぁ……」
皮肉にも転生者の存在により開花しない筈だった特性が、異界にて自由な生活を送る事で開花してしまった。
これぞまさに……にゃんこホイホイ。
「り、リアスちゃんに正直に言うのは当然として……クソ、完全に油断していたテメーをぶっ飛ばしてぇ」
「そういやアンタ、さっき異様な力を感じたけど……」
「そうそう! お腹の中がキュンってする! あれなぁに?」
「言うかばか野郎!!」
終わり
補足
一生の不覚。
軽く平和ボケしてたせいでこんな事に。
ちなみにお祭りはベルきゅん以外不参加だったらしい。
その2
多分リアスさんは怒りはしないけど、イッセー本人はもうね……