生前――兵藤イッセーとして生きていた頃の力の限界は対転生神クラス、つまり神域を完全に超越していた。
イッセーとしての同志であり、宿命のライバルでもあった白龍皇ヴァーリ・ルシファーもその域であるし、更に云えば全てを清算させる為に集った魔王サーゼクス・ルシファーやその妹にてイッセーが生涯ただ一人愛した悪魔、リアス・グレモリーも神域超越の領域であった。
もっとも、他の同志たる天使ガブリエル等はある意味その上に立っていたとも云えなくもないが、とにかくその領域へと到達することで転生の神を殺したイッセーにしてみれば先日の宇宙人との戦闘は新しかったものの、特に脅威とは感じなかった。
いや、それどころか無限に進化し続ける異常性は結城リトとして生き直している今も尚健在であり、今のリトは切欠さえあれば更に上の領域へと到達できるだろう。
……もっとも、本人に最早進化する意味も意思も無いらしいが。
「大儀だの、義心だの、忠義だのを掲げるのは結構だと思うぜ宇宙人。しかし所詮はこんなオチだ……少しはやると思ったんだけどね」
「……………」
それでも結城リトはあまりにもこの世界では理から外れすぎていた。
「この前のヤー公みたいな連中とは一線を画していた様だけどさ……ハァ、世の中って儘ならないよな」
明らかに浮いた格好をした青年を見下ろす。
真っ黒なマントを羽織り、骸骨の様な物をあしらった鎧を身につけ、サソリの様な尻尾を生やした青年。
それはララの出身星から来たとされる男であり、用件は勿論ララを連れ戻す事であった。
聞けば王族の護衛を勤める男との事で、当初ララと帰る帰らないの言い合いになり、そのままララごと放置して一人帰ろうとしていたリトを見た男が何を勘違いしたのか、『ララ様に相応しいかどうか試す』だなどと宣い、どこかのSF映画の様な剣を片手にリトへと襲い掛かった。
しかし結果はごらんの通り。
傷ひとつ負わせられず、自慢の剣は文字通り握り潰され、どこかどう見てもやる気を感じられない表情のまま片手間に叩き潰されてしまった。
『ザ、ザスティン殿まで……』
「…………」
先に言えば珍しくリトは『動いた』。
先日の様にただその場に突っ立っていたのでは無く、襲いかかってきた男……ザスティンの剣をほぼ紙一重で躱していた。
そしてそれにも飽きたと云わんばかりにザスティンの剣を左手で掴んだリトは――
『起きろドライグ』
ララやペケ、そして剣を掴まれて驚愕していたザスティンの目の前でそれを見せた。
血の染まったかの様な赤く、そして異質な力を感じる龍帝の籠手を。
『たまには小出ししとかないと、欲求不満になっちゃうんでね……まぁ、死ぬな?』
『Boost!』
そして少し笑いながら掴まれた剣を離さないザスティンに向かって言ったリトは、一度目の倍加と共に剣を握りつぶすと、そのまま戦意を奪う一撃を見舞ったのだ。
「ま、待て……!」
脳天に喰らった一撃により脳震盪を起こしながら地面とキスしたザスティンは確かに身体を起こしたが、立ち上がる事が出来ず、それまで培った自信を壊されたショックにより膝をついたまま口を閉ざしていた。
それを見てやはりつまらなそうに暫く見ていたリトは、最早用も無いとばかりにそのまま帰ろうと踵を返そうとした瞬間、ハッとしたザスティンが呼び止める。
「貴様は地球人……なのか?」
まず知りたかったのはそれだった。
既に部下から明らかに異様な地球人のせいでララを連れ戻せなかったと聞いていた。
故にザスティンは『ララ様に相応しいかどうか』等と理由を付けてリトに襲い掛かり、その結果は言わずもながらだ。
だがあのパワーといい、自分の攻撃を全て避ける身のこなしといい、明らかに非力な地球人を超越していた。
しかも様子からして全く本気にもなってない。
ザスティンは身をもって体感する事で余計に混乱してしまっていたのだ。
「見ての通り、地球生まれの地球育ちだよ俺は」
そんなザスティンの質問にリトは軽く……どこか皮肉っぽく笑いながら地球人だと答えた。
ザスティンも、ララもペケも、そんなリトの笑みの真意は解らない。
「私の負けだ……地球人」
だがザスティンは完全に己の敗北を認めた。
ただひとりのちっぽけな地球人に……。
「ララ様の様子がおかしいと思っていた理由もこれで完全にハッキリした」
認めよう、この強さ……この強さであるなら間違いなくララ様を守れる。
『王』ももしかしたら認めてくださるかもしれない……そう思いながらザスティンがその先を言おうとした時だった。
「待ちな。薄々感じていたが、俺は別にそこの小娘――じゃなくてララとアンタ等が考えているような関係になるつもりはないぞ?」
「なに?」
「っ……」
制服の第二ボタン外していたリトがハッキリと否定の言葉を放つ。
その瞬間ララが自分の制服の胸元をギュッと握りしめながら悲しそうな表情を浮かべた事にザスティンは驚きながらも何故かと問う。
「何故だ地球人? 貴様はララ様から話を聞いているのだろう? それでいてララ様と婚約を……」
「バカ言うな。昨日今日会った様な、しかも宇宙人と婚約したいだなんて思うわけないだろ。
元々会ったのだって単なる偶然だし、アンタの部下だったかを撃退したってのも向こうが勝手に人様の家に土足で入り込もうとしたから追い出しただけだ。
まぁ、こうしてなんやかんやと行動を共にしてる訳だけど、その理由は妹と仲良くなってくれたから……だしね」
「……………」
あまりにも無情な言い方にある意味でザスティンは驚いた。
ララはあのデビルークの王と王妃の血を紛れもなく引いている容姿と地位を持つ。
故にこれまで全宇宙から集めたお見合い相手はこぞってララと結婚できる可能性を持つ事を喜んだ。
だがこの目の前の地球人は何だ? ララとの婚約者候補になれるかもしれないという話に対して本気で拒否し、そればかりかさっきからララの容姿に対しても無反応だったという態度だ。
「そこのララがアンタ等宇宙人にとってどれだけの価値があるのかなんて知らないし、正直どうでも良い。
まぁ、お金持ちのお嬢様の苦悩は『一応』知っているつもりだし、同情はできる。
けどだからといって俺がその宇宙人共を蹴落として婚約者とやらになる魅力や価値がララにあるとは―――思えないね」
「うっ……り、リトー……」
『こ、こんのっ! 手足さえもっと長かったら今すぐ張り倒してやりたい!!』
ここまで来ると女嫌いなのかと疑いたくなるレベルの拒否っぷりに、ララが涙目になり、ペケがバタバタと暴れながら怒りを露にする。
要するにリトにとってララとはなし崩し的に今日まで行動を共にしただけの、それ以上でも以下でも無い相手なのだ。
あまりにハッキリ言い過ぎて逆に面を喰らってしまったザスティンは、ちょっと半泣きになってるララが意を決して近付いて抱きつこうとするのを、片手で顔を掴んで止めるリトを見て、心境は別にして違う意味で信用できるのかもしれないと判断する。
「今の話が本当なら貴様を別の意味で信用しようと思う。
まさかララ様自身がお認めになった相手がこうもあれとはな……」
「て事はなにかい、連れ帰ってはくれんのか……チッ、まぁもう良いけど」
「宇宙ひろしといえど、ララ様に向かってその態度を貫くのは貴様ぐらいなものだろうからな」
顔を掴まれてそれ以上リトに近づけないララが意地になって抱きつこうともがくのをめんどくさそうにあしらう……なんてやり取りを見てザスティンは笑みを溢す。
「宇宙に数多くいるララ様の許嫁候補どもが君のそれに納得するかどうかはわからぬが、デビルーク王には私から報告しておこう……」
「報告するのは良いけど、くれぐれもさっきの婚約者候補的な話に持っていくのはやめてくれよ?」
「解っている。だが王が貴様を気に入ってしまわれれば私にはそれ以上どうする事はできん。それに今言った通り他の婚約者候補にも必ず貴様の事が漏れる筈だ。そうなれば……」
「あー……妹と仲良くしてなけりゃあそのまま無理矢理にでも連れて帰って貰ってたのに。
はぁ、つくづく中途半端な甘さな自分に反吐がでるぜ」
片手でララをいなしながらため息を吐くリト。
どうもこの三日、押さえ込んでいたイッセーとしての自分が引きずり出されている気がして嫌になってくる。
「ではさらばだ!」
ザスティンやララにしてみれば、今のリトこそがリトなのだが、本人にしてみれば他人の身体を乗っ取った死に損ないという自己嫌悪でしかない。
軽くビルを越える高さでザスティンが飛び去った後も、リトはただただ深いため息を吐くのだった。
「帰ろ……」
そんな自己嫌悪に苛まれ続けるリトは、ザスティンが去っていったのと同時に諦めたのか離れたララを背にテクテクと歩き出す。
放課後の帰宅中だったのに、ザスティンのお蔭で少し濃い時間を過ごせたのだが、終わってしまえばなんて事はない、あとは普通に帰って風呂入って飯食って寝るだけだ。
「ねぇ、リト?」
「なに?」
まったくもって濃い数日だぜと、宇宙人のララと出会ってから妙に慌ただしい連日を思い返しながら帰宅を再開して少しした頃、ひょこひょことリトの後ろを着いてくる様に歩いていたララが不意に話しかけてきた。
既に辺りは暗くなっており、家のあちこちから美味しそうな匂いが漂う。
「ザスティンがリトの事をパパに話して、もしパパがリトの事を気に入ってくれたらどうする?」
「は? お前の親父に気に入られたところで何も変わらないだろ」
「そ、そっか……」
リトと出会ってから見せる様になったしおらしい姿とララにアッサリと答える。
仮にララの父親がリトを気に入って婚約者候補にした所で、本人は真顔で拒絶するだろうし、いくらララでもリトが自分に何の気持ちも抱いていない事は理解している。
「話は終わりか? 早く帰るぞ」
「待って、もうひとつだけ聞いてもいい?」
「ハァ? ……しょうがねぇな、何だよ?」
だからララは聞いてしまえば後悔してしまうという予感を押し殺し、気だるげに此方を見るリトに意を決して聞いてみた。
「あのねリト――
―――――――――リアスって誰?」
初めてリトと出会った日の夜、リトと寝ようと寝室に入った際何度も寝言で口にしていた知らない誰かの名前を……。
「……………………………………………………………………」
その瞬間だったのかもしれない。
リトの表情が一気に冷たくなったのは。
「………。どこでその名前を聞いた?」
いつもよりもより冷酷で、まるでお前は敵だと云わんばかりの低い声となるリトにララはしかられた子供の様に目を泳がせながら口を開く。
「あ、あの……ね? リトと一緒に寝ようと思って部屋に行ったら、リトが何度もその名前を言ってて……」
「……………………………………………」
「が、学校にはそのリアスって子は見当たらなかったし、どこに居るのかなって……」
「……………」
もしかしたらそのリアスという誰かがリトは好きなのかもしれない。
そう思ったからこそ半ば強引に学校に入り込み、探してみたけど見当たらなかったので意を決して聞いたララだが、それが完全な地雷であることは既にリトの様子からして理解してしまった。
「俺の前で二度とその名を口にするな」
いっそ激怒してくれほうが良かった……そう思えてしまう程に冷たく、無機質な言い方にララは身を震わせるが、リトはそんなララを気遣う事もせず、顔を見ることもせず歩く速度を早めた。
「っ! ま、待って!!!」
完全に地雷だった。聞いてはいけないことを聞いてしまったんだと悟ったララは慌ててリトの手を掴んだが、リトは此方へ振り向く事はしない。
「ご、ごめんね? へ、変な事聞いちゃったね?」
「…………」
とにかく謝った。だがリトは何も答えない。
まるで最小限あったララへの関心を完全に消去したかの様に。
「ご、ごめんなさい……! も、もう二度と聞かないから、言わないから!」
「離せよ鬱陶しい」
「い、イヤ! 私リトに捨てられたくない! 今離したらリトは私を……! だ、だから……お、おね……が……い……! う……うぅ……!」
無情な一言にララは泣きながら、すがり付く様にリトに身を寄せた。
何時もなら引き剥がしてくるのにそれすらしないのは、きっと自分を最早人としてすら認識しなくなりはじめてるからだと本能で察知したララは必死になってすがりついた。
「リトの言うとおり、出会ってまだ少しだけどリトが好き……。だ、だからリトに嫌われたくないし、リトの為なら何でもするから! だから……だから……捨てないで……!」
この地雷を踏み、リトの反応を知ってしまってからやっとララは自覚したのかもしれない。
自分にまるで関心の無い地球人の男の子――リトを本気で好いている事に。
それを自覚してしまえば最早止められない……ララは王女もへったくれもなくただひたすらリトに懇願し続けたのだ……見捨てられたくないと。
「うぅ……」
「その名を他の誰にも言うな」
「!? う、うん……! 絶対に言わない……!」
「なら別に良い。あと捨てるとか捨てないとか訳のわからないことは言うな」
「じゃ、じゃあ一緒に家に帰れるの?」
「美柑が待ってるからな……」
「ぁ……り、リト……。あ、ありがと……ぅ……え、えへへ……」
宇宙人が龍帝に惹かれた瞬間なのかもしれない。
補足
リアスちゃん関連は大概地雷です。
好奇心で聞くものなら体感温度マイナス突破よ。
その2
なんとも皮肉にも、その地雷を踏んだことにより出てきたリトの態度で完全に自覚したララ様なのだった……。