新聞部の先輩に私も一緒に謝り倒し、何とか周囲からのイッセーへのイメージをそれ程崩さずに済ませる事には成功した。
これもひとえにあの先輩が許してくれたからに他ならず、あんな事をいきなり言われたにも拘わらず許していただけたのは本当に感謝しかない。
昔苛められっ子だったという誤解が生まれてしまったが、許して頂けた代償としては安いものだと私は思う。
しかし声だけを聞いてあれだけの反応をしてしまうのは何とか出来ないものなのか……。
確かにイッセーにしてみれば、死ぬほど嫌いな連中と酷似した声を聞いてしまうのは苦痛に感じるのかもしれない。
だがそれは声だけであって、容姿も中身も違うのだ。
この先また……あまり考えたくは無いが、同じ声をした者と出会したらと思うと心配だ。
いや、そんな都合よく居るわけ無いとは思いたいのだがな。
一夏がクラス代表になり、月末にクラス対抗戦の選手として出場する事になった。
経験を積むという意味では私としても大いに良い事だと思うが、クラスメートの者達に込められる期待はどうやらそれだけではないらしい。
「優勝できたクラスには、一ヶ月食堂のデザート食べ放題券が貰えるらしいのよ!」
「だから頑張ってね織斑君! デザートの為に!」
「あ、あぁ……ベストは尽くすよ」
デザート食い放題。
一夏に期待を込める者の大半の目的がこれであるのだ。
まあ、何かがアレばそれだけモチベーションも上がる訳だし、アリといえばアリだが、肝心の戦う本人にデザート食べ放題への執着が薄いので微妙な感じだ。
「期待されてるなクラス代表殿?」
「変にプレッシャーが掛かっただけなんだけど……」
「大丈夫だろ、皆ああは言うが、お前が試合する所を見るだけで多分満足するだろうし」
「…………」
そう一夏の背中を軽く叩いて激励するものの、一夏の表情は微妙なものだった。
「ご心配しなくとも、私のコーチがある限り一夏さんの優勝ですわ!」
それは多分、私なりの激励と共にやって来たオルコットにあるのだろう。
私は一夏やオルコットと違って専用機等無いし、また訓練機をおいそれと何度も借りられる訳でもない。
したがって専用機持ちのオルコットが一夏の指導役をしている…………のだが、その指導方法がまた理論的というか、ある程度感覚でものを覚えるタイプの一夏は四苦八苦する様な指導方なのだ。
しかも、何故か私に対してオルコットは妙な対抗心を持ってるせいで、今も妙に牽制するような言い方で言われてしまった。
「は、はは……」
「なぁオルコット、一夏は理論より感覚の方が覚えやすいから、少し変えた方が……」
「私の指導方法にケチ付ける気ですの!?」
「い、いやそうじゃなくてだな……。す、すまん余計な事だった」
あれだけ一夏に敵意を向けていたのに、今では一夏一夏となってしまったオルコットの剣幕に、これ以上突っついたら大変だと感じた私は謝るのと同時に、ある意味で一夏は凄い奴だと、他人を惹き付ける才能に感心してしまう。
もっとも、惹き付けるという意味では今こんなやり取りをしてるにも拘わらず後ろの席で辞書を引きながら英単語の勉強までし始めてる一誠――イッセーにも言える事なのだが……。
「それより風の噂なのだが、隣のクラスに転校生が来るらしいぞ?」
「転校生……?」
ともかくこの話を続けたらますますオルコットに誤解されてしまうと感じた私は、朝食堂で何も食わないで水だけ飲んで終わらそうとしたイッセーにうどんを食べさせた時に聞いた話を出してすり替える。
するとデマではなかったのか、私の言葉を聞いていた女子……たしか相川が話しに入ってきた。
「その話は本当らしいよ、なんでも中国の代表候補生なんだって!」
「へぇー」
「なんですの、気になるのですか一夏さん?」
噂は本当だったらしく、少し興味を示した一夏にオルコットが不機嫌そうな声を出す。
………前にイッセーが言ったが、そんな過敏に反応していたらいくら一夏でも困ると思うのだが――言うのはやめておこう。
「少しはな」
「このわたくしの存在を今更ながらに危ぶんでの転校かしら? ですが他のクラスの女子を気にする余裕が一夏さんにはおありなのですか?」
「な、何でそんな怒るんだよ……」
「何でもありませんわ!!」
一夏にしてみたら理由がわからないとタジタジになっている。
……やはりもう少し優しくしてやった方が良いと思うのだがな。
「まぁまぁ、どちらにせよ専用機持ちがいるのって私たちのクラスだけでしょう?なら余裕じゃない?」
上手くオルコットを宥めた相川の言うとおり、確かに一学年で専用機持ちはこのクラスだけらしい。
とはいえ、専用機だからと楽観視していたら足元を掬われかねないと私は思うし、オルコットもどうやら同じ事を思ってるのか、一夏への指導に熱を入れた顔だ。
そんな時だ。
「その情報古いよ!」
教室の入り口の扉のとこから声がし、私達……といってもイッセー以外が一斉にそちらを見ると、そこには黄色のイヤリングを揺らすツインテールの見慣れぬ少女がいた。
「今日から二組も専用機持ちが代表になったのよ。それで宣戦布告に来たってわけ」
なるほど、どうやら二組の者でさっき噂していた転校生の様だと考えていると、一夏が驚き混じりな声でその少女に口を開く。
「お前、鈴か!?」
「そうよ、中国の代表候補生で二組のクラス代表、凰鈴音よ。久しぶりね一夏!」
互いの口ぶりからして知り合いらしい。
さっきから驚きつつ怖い顔してるオルコットに気付いてない一夏は鈴なる女子とすっかり話し込んでしまってる。
だが話し込むは良いが、後ろに先生が立ってるのに早く気付かないと大変だぞ転校生……。
「おい」
「何よ! ……っ!? ち、千冬さん!?」
案の定、最初にイッセーを叩いた事でひしゃげて二代目となった出席簿で叩かれた転校生。
「織斑先生だ。もうHRの時間だ、クラスに戻れ」
「は、はい! 一夏! 逃げるんじゃないわよ!」
千冬さんと呼ぶ辺り、浅くは無い関係なのは伺えるが苦手らしい、まるで捨て台詞の様に一夏に言うとそそくさと自分のクラスへと戻っていた転校生に倣って私も席に戻る。
が、オルコットは戻らず先程の転校生との関係が気になって仕方ないとばかりに一夏に詰め寄り始めた。
「一夏さん、あの方とはどういう関係ですの!?」
「さっさと席につかんかバカ者が」
が、先生が居る前でそれはダメだし何度も同じ事をされているオルコットは叩かれ、渋々席に戻った。
そして授業中も集中力を欠いたオルコットは何度も叩かれた。
……うーむ、何やら大変になりそうな気がしてきたぞ。
「一夏さんのせいですわ!!」
「何でだよ!?」
昼休みとなった途端、午前中の千冬からのご指導について一夏に当たるオルコット。
いや、上の空で授業を聞かなかったのが悪いんじゃないのかとは私も思ったが、敢えて言うのはやめておいた。
「まあ、話ならメシ食いながら聞くから学食行こうぜ?」
「う……し、しかたありませんわね、一夏さんがそう言うのでしたら行って差し上げないこともなくってよ」
流石に少しは扱い方でも学んだのか……いや多分自覚無しだろう一夏の微笑みの一言にオルコットも落ち着く――
「っと、箒と一誠も行こうぜ?」
「なっ!?」
と思ったら思わぬ飛び火が……。
「お二人も誘いますの?」
「え、ダメなのか?」
「べ、別にダメという訳ではございませんが……」
なにかを察しろと言わんばかりの目を一夏に隠れてこっちに向けてくるオルコット。
「あー、すまない一夏、私とイッセーは弁当で別の場所で食べるから……」
「え、飲み物だけ買って食堂で食えば良いじゃん。というか弁当って何だよ? 買ったのか?」
「違う違う、今朝家庭科調理室を借りて作ったんだよ。イッセーは放っておくと水かカロリーメ○トしか食おうとしないからな、だから私が作ろうかと……」
しょうがないのでオルコットの後押しのひとつでもしようと、朝作った弁当二つを持った私は別の場所で食べるからと断るのだが、その瞬間聞いていたクラスメート達がキャーキャーと騒ぎ出す。
「篠ノ之さんったらだいたーん!!」
「何となく雰囲気感じてたけど最早ラブラブじゃん!」
「いや、そんなものでも無いぞ……」
まさかそういう面で騒がれるとは思わなかった私は、イッセーを見ながら誤解だと訴える。
単に私の自己満足だし、頼まれてもないからな……。
「良いなぁ……。
理由はわかったけどさ、やっぱり一緒に食わねぇ? セシリアも良いだろ?」
「ま、まぁ……」
流石に一夏に言われたら嫌だとは言えなく、オルコットは渋々頷くが、何故か余計に敵愾心の籠った目でにらまれてしまった。
「一誠も良いだろ?」
「ん」
割りと一夏に親身なイッセーも同席するのは良いらしい。
まあ私としてはイッセーに食べて貰えさえすれば場所なんてどこでも良いので構わないので、そのまま一夏と共に弁当片手に食堂へと向かうと、今度は今朝現れた転校生の凰が待ち構えていた。
「待ってたわよ一夏!!」
「ちょ、どいてくれ鈴。そこに居たら食券が買えねないだろ」
「む、あ、アンタが来るのが遅いからよ!」
「そんな事言われてもな……」
「何も買わないのは失礼だからプリンでも買うか?」
「胃に入りゃなんでも良い」
わいわいやってる一夏達の後ろで一品だけは買おうと食券を購入し、空いてる席に座る。
「それにしても久し振りだな。ちょうど一年くらいだが元気にしてたか?」
「げ、元気にしてたわよ。あんたこそたまには怪我とかしなさいよ」
席に座って昼食を取る。
今更だが、こうしてイッセーと普通の昼食を一緒に出来るだなんて夢のようだし、何より私の作ったものを食べて貰えるだなんて嬉しくてしょうがない。
「どんな希望だよ。
てかそういえばお前いつ日本に帰ってきたんだ? おばさん元気か? いつ代表候補生なんかなったんだよ?」
「質問ばっかしないでよ、あんたこそなんでIS動かしてるのよ? テレビで見て驚いたわよ?」
「ど、どうだイッセー?」
「普通」
「そうかそうか普通か! 不味くはないんだな!?」
「あ、あぁ……まぁ……」
「フフっ……♪」
しかも普通という評価までして貰えた。
幸せとはまさにこの事なのかもしれないな! と、今では得意になってる卵焼きを普通に食べてくれているイッセーを自分の弁当には手を付けず横から眺めていると、一夏やオルコット、それから凰が自分の頼んだものを食べずにこっちを見ていた。
「? どうした」
「いやさ……ホント仲良いよなと」
「そうか!? そう見えるか!?」
どうやら一夏達には仲良しに見えるらしく、ちょっとだけ自信がついた。
「………」
「アンタ確か一夏の次にISを起動させた人でしょ?」
「……………………」
「あれ? 聞こえなかった?」
「あ、いやイッセーは人見知りが激しくてな。不快に思ったのなら私が代わりに謝る。すまん」
別に人見知りなんてしないタイプなのはわかってるが、こうでも言わないと誤解されてしまうので私が代わりに謝ると凰は『ふーん?』とあまり興味なさげな態度だ。
「生で見ると意外と普通ね。週刊紙か何かで見た時は孤児院に保護されては脱走を繰り返す日本のストリートチルドレンだなんて書かれてたけど」
「………」
「鈴、そこに触れるのはやめようぜ。話してみれば普通に良い奴なんだから一誠は」
「そうね、確かに私が悪かったわ」
「じゃあこれでおあいこって事にしてくれ」
よし、これで上手くネガティブな印象も薄らいだな。助かったぞ一夏。
「こほん! そんな事より一夏さんはこの方とはどういうご関係なのでしょうか? まさかこの方と付き合ってますの!?」
そして更にオルコットのお陰で話題も逸らせた訳だが、この言葉に凰は分かりやすいくらい狼狽える。
「だ、誰が、いいい一夏とは付き合ってなんかないわよ!」
何となく予感はしていたが、どうやら凰は一夏に惚れているらしく、その狼狽え方から即座に見抜いたオルコットの目付きが変わる中、全く気付いてない様子の一夏は言う。
「そうだぞ、俺に恋人なんかいるわけないじゃねぇか。鈴はただの幼馴染みだよ」
「そ、そう……! 今はただの幼馴染みよ!」
この『今は』という含みにも気付かないのだろうなぁ……と、綺麗に完食したイッセーの弁当箱を片付けながら聞いていると、一夏がまた誤解されかねないことを口走る。
「そういや箒とは小4の終わりに引っ越してったろ? その後小5の頭に鈴が越してきたんだよ。ほら前に言ったろ道場の娘って。そしてこっちがセシリア」
「! へぇ……アンタがそうなんだ」
途端に探るような目で見てくる凰。
まさか話をされていたとは思わなかった私は取り敢えず挨拶だけはする。
「えっと、よろしくな?」
別にそんな目で見なくても何もせんぞ私は……と思っていると、軽く置いていかれ気味のオルコットがわざとらしく咳払いをした。
「おほん! わたくしを忘れてもらっては困りますわ!中国の代表候補生の凰鈴音さん?」
「は? アンタ誰?」
「なっ!? イギリスの代表候補生のこのセシリア・オルコットをご存じないと!?」
「アタシ他の国に興味ないし、アタシは強いしね。
あっ、そういえばさぁ一夏」
サバサバしてるな凰は。
オルコットが顔真っ赤にして怒ってるのに異にも返してないし。
「クラス代表になったんだって? あたしが操縦見てあげよっか?」
と、コーチを申し出た凰だがオルコットが軽く机を叩いて何かを言おうとした一夏よりも早く断る。
「結構ですわ! 一夏さんの訓練は私が見ることになっていますので! そもそもあなたは二組でしょう? 敵からの施しは受けませんわ。一夏さんにはわたくしがついてますし、今日の放課後も訓練ですわよ!」
コーチは自分だとこれでもかと主張しながら叩き斬ろうとするオルコットに一夏が口を挟む。
「ちょっと待て、今日俺一誠と箒と宿題する約束があるんだけど」
「はぁ!?」
またしても此方に火の粉が飛んで来る様な発言をした一夏によりオルコットはおろか凰までもが此方に火花を飛ばしてくる。
「アンタ、クラス代表なのに訓練しなくて良いわけ?」
「いや訓練はするけど宿題も大事だろ?」
「でしたら私が見て差し上げますわ! 篠ノ之さんと兵藤さんにご迷惑です!」
「別に迷惑とは思ってないとは思いたいけど……迷惑か?」
さて困った。一夏の質問に対して私やイッセー的には別に迷惑だなんて感情は無い。
だが此処でそれを言ったらあらぬ誤解が確定的になってしまう……どうしたものかと考えていると、食後のプリンを食べていたイッセーが口を開いた。
「別に迷惑とは思っちゃい無いし、キミ達が考えてる事もない。頭のデキの悪い俺にしてみたらありがたい話だしな」
「「………」」
「一誠……」
淡々と言ってスプーンを置くイッセー。うーん、普段あまり喋らないから妙に圧力のある言葉に聞こえるし、オルコットも凰も黙ってしまったぞ。
しかも一夏がキラキラした眼差しを送ってるし……。
「納得いかないなら彼に同席でも何でもすれば良い」
「そ、それは私も同席しても良いと?」
「それだったらキミも――いやキミ達だって納得するだろ?」
一夏に対しては本当にイッセーなりに親身なのが伺えるが落とし所にオルコットも何も言えなくなる。
「その言い方だとアタシも構わないって事?」
「まぁね、ただし喧しくしたらセクハラした挙げ句叩き出す」
「せ、セクハラって……」
「そうでもしないとキミを巡ってギャーギャー騒ぐだろ?」
「なっ!? 別に一夏を巡って騒がないわよ!」
「そ、そうですわ!」
「じゃあ是非そうしてくれ」
セクハラなんて欠片の興味も無い相手にはしない癖に、あまり性格を知られてない事を逆手に取った脅しは効果てきめんだ。
ただ、試しに私が騒いでみたらどうなるのだろう……とかちょっと思ってしまったのは内緒だ。
「一誠、助かったぜ……」
「ん、これで少しは大人しくするだろうぜ」
「あ、あぁ……けど本当にセクハラするつもりだったのか?」
「しないしない。興味無い相手にはしない主義なんでね」
ヒソヒソと一夏と二人で話し合うのが聞こえた私は思う、興味無い相手には……かと。
じゃあもし騒いでみてあの時眠ってた時みたいに思い切り掴まれたりしたら……なーんて、勿論騒がないけどさ私は。
「イッセー、総合評価は?」
「……ふつう」
「そっか、ならばもっと頑張らないとな……ふふふ」
「おい、一々撫でるのはやめてくれ」
こうしてイッセーの為にしてやれる事をする方が幸せだからな私は……。
「箒ってホント女らしくなったよなぁ……良いよなぁ」
「! へ、へぇ……篠ノ之さんが良いと?」
「ていうか距離近すぎよあの二人……。ある意味で羨ましいわ」
「だからやめろ! 俺はガキじゃないんだよ!」
「別に子供扱いのつもりじゃなくて、なんというか……うーん、言葉に表すのが難しいな」
「チッ……意味がわからない」
補足
一夏きゅんにはどうにも自然と親切にしがちなのはやはり唯一の同性だからなのと、彼の周りがヒステリータイプばかりで疲れてそうだからと思ってるからですかね。
その2
セッシーは一誠に対する好感度は低めです。
本人目線だと逃げ腰気味で、新聞部さんに怒鳴り散らしたのが原因です。
その3
ふつうとぶっきらぼうに言われても嬉しくてしょうがない箒ちゃま……。誰だよもう……