イッセーの強引さによりベルとヘスティアは上手いこと仲直り出来たのだが、その後ダンジョンに潜る度にベルの周囲にはチラホラと女性の影が出てくる事を知り、またしても微妙な空気になりかけだが、イッセーが仲介する事で腑に落ちないながらも上手いこと何とかなった。
しかしそのイッセーに新たな『問題』が浮上する。
別にヘスティアに対して殺戮衝動が爆発したとかでは無く、寧ろ人間以外には物凄く殺伐としているイッセーにしては破格すぎる対応をしてるので、そういう問題ではなかった。
では何か? それはある日の夜中から始まった。
「く……! ぐぅ……!!」
お世辞にも豪華とは言えないヘスティアの根城である廃教会。
その廃教会の部屋の一部を寝床にしていたイッセーは魘されていおり、全身から大汗を流しながら目を見開らくのと同時に身体を勢いよく起こす。
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
一瞬ここが何処かを忘れそうになってしまう程の強烈な悪夢でも見たのか、服にまとわり付く程の汗を吹き出したイッセーは夢である事を理解する事で乱れた息を整えようと大きく息を吸い込もうとしたのだが……。
「うっ!?」
その瞬間強烈な吐き気に襲われ、他の場所で眠るベルやヘスティアを起こさない様に注意しながら寝床から飛び出したイッセーは洗面場へと駆け込むと、そのまま嘔吐してしまった。
「げほっごほっ……!!」
胃液を吐き出す苦しみで視界が滲み、顔を上げた際に鏡に写し出される自分の顔は薄暗くともわかってしまう程に青白く、それはそれは酷いものだった。
「クソ……」
鏡に写る自分の姿が情けなく見え、嫌悪に歪むのと同時にあの悪夢の内容を思い出して身を震わせる。
「…………」
死す事で見なくなったと思っていたのに、ここ最近になって再び見てしまう事が多くなってしまった悪夢。
それは拭えぬトラウマであり、洗面場からフラフラとした足取りで出たイッセーは廃教会の天井の隅に放置された椅子に座ると、両手で顔を覆いながら項垂る。
「ちくしょう……ちくしょう……!」
吐き気を催す悪夢が異界にて生き延びてしまった今でもまた見なくてはならない現実にイッセーは悔しさを滲ませた低い声で何度も呟く。
「あのクソガキ……どこまでも俺の邪魔をしやがって……!」
あらゆる人では無い生物を殺し尽くした自分が最後まで殺せず、何度と無く奪われてきた白い猫の悪夢。
それがここ最近見なくなっていて落ち着きを持ち始めたイッセーの精神を削っていく。
「駄目だ、もうまともに寝らそうもない」
理解したくも無い、受け入れたくもない存在なのに最後までイッセーを求めて姿を現した白音という存在が悪夢となってまで自分を襲うせいで寝ることができない。
笑いながら近づき、触れようとする映像が頭の中でフラッシュバックするだけで気が狂いそうになる。
疲れた様に腰を下ろしたこの姿をベルに見られた事は無いし、見せる訳にもいかない。
「……」
長く留まる訳にはいかない。
ゼウスとの約束を果たした暁には一刻も早くこの世から消え失せなければならない。
そうすればこんな悪夢に苦しむ事も、白音の事も忘れられる。
今度は間違いなく死ぬべきだと改めて決意するイッセーは今は忘れる為に外へと出て身体を動かそうと頼りない足取りで立とうとしたその時だ。
「あ……」
「! ヘスティア……か」
祭壇の影から此方を見ている視線の主の声が耳に入り、心を落ち着かせる事でやっと気付けたイッセーは驚きながらもその声の主の姿を目で捉えると、気づけなかった自分に対して心の中で舌打ちした。
「えーっとね、イッセー君の寝てる所から物音が聞こえて……」
「……。どこから見てたんだ?」
「…………戻していた所から。べ、ベル君は寝てるみたいだけど……」
「ほぼ全部かよクソが」
しかも吐いてる所からみられていた。
ヘスティアのこの泳いだ視線とそわそわした態度を見れば自分の間抜けな独り言も聞いていたのだろう。
弱味を見られたとイッセーは毒づきつつ、ベルには見られてないと知りホッとする。
「ベル坊には黙ってろ。こんなしょうもない所を見られたらカッコ付かなすぎる」
ヘスティアに見られたのは誤算だったけど、口止めさえしてしまえば、ベラベラと他人に喋る様な性格じゃないし黙ってるだろう。
そう思ったイッセーは妙に心配した顔をするヘスティアに背を向けて外へ出ようと歩く。
「待ってよ、何があったの? …………違う、正直に言うよ。最近のイッセー君は毎晩魘されてる様だけど、何か嫌な夢でも見てるの?」
「……………」
イッセーの足が止まる。しかしヘスティアに振り向くことは無い。
「僕もベル君もイッセー君がどんな存在なのかを知ってるつもりだし、ドライグ君からある程度聞いてる。
……………魘されてる理由は元の世界での事?」
「……………………」
質問にイッセーは答えないが、その背中が言葉を発しなくても答えてしまっているし、ヘスティアも図星である事を悟る。
「その……僕に出来る事があったら――」
イッセーの過去はヘスティアも知っている。
本人が全部を語った訳では無く、中に宿るドライグを介して記憶を見て、何故そこまで人間以外の全てを嫌うのかも、イッセーが愛し、死に別れた二人の女性の事も知っている。
「無い。お前が気にする必要はどこにも無い」
「……っ」
粗暴で口は悪い。人間の異性にはだらしない顔をする。逆に自分にとってどうでも良い相手には攻撃的で喧嘩腰。
おおよそ集団生活に全く向かないナイフみたいな男。
だがそんな男でもヘスティアにとってはベルと並んでやっと獲られた『家族』なのだ。
確かに口も悪いのかもしれないし、他人に対して辛辣な罵声も浴びせるのかもしれない。
けどそれでも家族であり、イッセーの根っこは決して話の通じない猛獣では無い事をヘスティアは知っている。
だからこそ家族としてヘスティアは過去に魘されるイッセーの力になれたらと思っているのだが、それまで黙っていたイッセーから返ってきた言葉は、振り向き様に見せたのは冷たい目と言葉だった。
「心配しなくても鬱陶しいなら言え。夜は外に出るから」
「そ、そんなこと思ってない……! ぼ、僕はただ……」
必要ないと言われた気がしてヘスティアはズキリと心を痛めながら言葉の途中で俯く。
「あ? どうした?」
「……………。ゼノヴィアとイリナって子みたいにはなれないの?」
「……………は?」
ある程度マシな関係にはなれた。
けどベルとは違ってイッセーの場合はそれ以上の信頼関係が築けないのは、今ヘスティアが消え入りそうな声で口にした二人の名前。
それはかつて悪魔に力を勝手に奪われたイッセーを掬い上げ、生きる意味と進化の糧となった二人の女性の名であり、ベルの周囲に現れた色々な女性と同じ様に、イッセーのその気持ちのほぼ全てを占領しているゼノヴィアとイリナという存在にヘスティアは嫉妬していた。
「何でアイツ等の事を……。俺そこまで喋ってない筈だぞ?」
「ドライグ君を介してキミの記憶を見た時に一番多く見えたのがその二人だったから……」
「チッ、ドライグの奴め……」
勝手に教えすぎだと、さっきからまるで返答の無い相棒に対して毒づきながら椅子に座り直す。
「あの二人が何だ? ゼノヴィアもイリナもとっくの昔に死んだ別世界の人間だ。ヘスティアが何で気にする?」
「魘される理由だと思うあの白音って子とは違って二人に関する記憶は全部幸せそうだったから……」
正直辛くなるから名前を口にするのはやめていたイッセーが本当に久々に名を呼ぶと、ヘスティアは着ていた寝巻きの裾を強く握りながら答える。
「僕とベル君じゃ代われないの?」
「…………」
この言葉で漸くヘスティアが何を言いたいのか理解したイッセーは深く息を吐きながら天井の見上げ、先程の悪夢から来る吐き気を霧散している事に気づく。
独りだったからこそこんな居るべき存在では無い自分にまで拘ってる。
ゼウスの時といい、この世界の神は一々やりづらい――いや、ゼウスとこのヘスティアだけが特殊なんだろう。
「代わりね。イリナとゼノヴィアの代わりだなんて自惚れんなよヘスティア」
「……………」
「お前は人間じゃない。その時点で二人の土俵にすら上がれてないんだよ」
だからこそハッキリ言ってやるべきだと、二人とヘスティアは全く違うし代わりになぞなりえないと言い切っるイッセー。
その瞬間ヘスティアは目に見えて泣きそうな顔をする。
「そうだよね……。僕は人間じゃない」
神だからベルとイッセーと出会えて契りを交わせた。
けど神だからイッセーとは相容れない二律背反な現実はとても苦しくて悲しかった。
「分かったなら二度と俺の前で二人の名前を口にするな」
「うん……ごめん」
その言葉にヘスティア頷く他ない。
人で無い以上、ベルという間が無ければコミュニケーションすら叶わない。
ヘスティアは隠す様に再び俯き、涙を堪えると、それを見ていたイッセーが独り言の様に言う。
「俺は誰かを二人の代わりにするつもりないし逆もまた然りだ」
「え……」
思わず顔を上げでイッセーを見る。
するとヘスティアの目に映ったのは、冷たい表情では無く呆れた顔をしたイッセーだった。
「てか、何を勝手にシリアスになってんだお前? 当たり前だろ、ツラも背丈も違うんだぞ? 代わりもクソもあるかよ?」
バカなのか? と呆れた顔のイッセー
「そもそもオメーみたいなちんちくりんが二人の代わりとか無理ありすぎだろ笑わせんなっつーの」
「ち、ちんちくりん……」
「はぁ……ぁ、白ガキの悪夢には魘されるし、お前はお前でよくわからん拘りがあるしでメンドクセーにも程があんぜ? つーかお前何? 代わりとかほざいてたけど俺と寝るつもりなのかよ?」
首の関節を鳴らし、呆れたままの顔でかつて二人にしてもらってた事を話した瞬間ヘスティアは真っ赤になる。
「ち、違うよ!! べ、別に僕そんなつもりで言ったんじゃ―――」
「ほら無理だ。まぁ確かに白ガキの悪夢を見た時はしょっちゅう二人のおっぱいに挟まれてたけどよ―――はは、あの時は若かったなぁ俺も」
「ぼ、僕はそんな……!
あ、でも大きさだったら寧ろ勝てそうだけど……」
「それ以外は全部負けてるけどな?」
「そ、そこまでハッキリ言わなくても良いじゃないか!」
鼻で笑われて思わず怒るヘスティア。
さっきまでの変に暗い空気はどこへやら、イッセーもヘスティアと話すことで悪夢によるメンタルの削られも癒えたのか、何時もの調子に戻っていた。
「ホントお前相手にすると調子が狂う。
これでも昔だったら問答無用で生皮剥いでブタの餌にしてたんだぜ? なのにどうもお前見てると馬鹿馬鹿しくなる――不思議な奴だよ本当」
「あんまり誉められてる気がしないんだけど?」
「まあ、別に褒めてはいないからな」
しかしコレを境にほんの少しだけイッセーはヘスティアに対して心を開いたのかもしれない。
その証拠に後日以降――
「ヘスティアが土下座してベル坊の武器を――鍛冶屋の神とやらに懇願してるのを見てたらものっそいイラッとしてさ。まぁ何だ……取り敢えず上手く『交渉』した結果こんなナイフを手に入れたんだぜ」
「僕の為に? ありがとうございますヘスティア様!」
「あ、うん……れ、礼には及ばないぜー」
イッセーのヘスティアに対する接し方が変わった。
例えばヘスティアと親しいヘファイストスなる鍛冶屋さんの主さんに土下座交渉をしていた所を見られた時。
『ヘスティアが土下座してんの見てたら気分悪くなってきた。おい、慰謝料寄越せやボケが!!』
『ちょ、イッセー君!? これ違うから、悪いの僕だからね!?』
『アナタがヘスティアの言ってたもう一人の……。そう……思っていたより――いっ!?』
何故か急にキレ出したイッセーがヘファイストスなる神のテリトリーの中で弱体化したとはいえヤバイ龍帝の鮮血の様なオーラを全身から放出させ、そのオーラと同じ色の魔力とは違う純粋なエネルギーを両手に収束させる。
『喰らえぇぇっ! 10倍! ドーラーゴーン――』
『え! えぇっ!? わ、私何か悪いことした!?』
『イッセー君ストッ~プ!!』
下手したら都市の約半分が荒野になる程のエネルギーを自分に向けて構え出したイッセーを前に本能的なヤバさを感じたヘファイストスは困惑するしかない。
ヘスティアが後ろから飛び付いて止める事で何とかその場は収まったのだが……。
『金も無いのにベル坊に武器? なるほどね。
で、アンタは当然ウチの長がここまでやったんだから何かするんだろう? なぁ?』
『まともじゃないわよアナタ……』
『まともじゃ赤龍帝は務まらねぇ。
人間様ってのは欲張りで、残酷で、退屈してるんだよ』
『凄いわね、仮にも神相手にこんな暴君じみた啖呵切る人間初めて見たわ。良いわ、少しアナタを気に入ったから今回だけは望み通りにしてあげる』
『っしい! やっとベル坊のサポートらしいことが出来た!!』
『…………』
『ほ、本当にごめんね? 前にも言ったけど基本的に人間以外が嫌いだからイッセー君は……』
『みたいね、さっき本気の殺意を向けられたもの……』
等という所謂ひとつの交渉(物理)があって手に入れたのがこのヘスティア・ナイフだったとか。
補足
出会いによる心開きにより無意識にその者に対して弱さを見せてしまうせいでトラウマ悪夢が再発。
落ち着かせる方法は――――まー、シリーズご存じの方なら知ってる合言葉の『ちゅーちゅー』だけど、この世界にはそんは相手が残念ながらいねーぞ!!(すっとぼけ)
その2
まあ、何となくお察しの通り、イッセーくんは皮肉にも人間でない存在を惹き付ける性質があります。
まぁ大概は惹き付けてもドラゴン波でバキ折りしてましたせど。
その3
基本的にヘスティア様やゼウス様以外はマジで辛辣なのは変わらず、タイミング悪い所を見られたせいで危うく10倍ぇかめはめ波ならぬ10倍ドラゴン波をぶっぱなされそうになるは、理不尽な事叩きつけられるヘファイストス様はキレて良い。
その4
まともじゃ王様は務まらねぇ。
王様ってのは欲張りで、残酷で、退屈してるんだ。
パラダイス・キングは最高のファンキー悪役だと思う。