割りと早くフラグが訪れる
どれだけ思い出そうとしても、兵藤一誠の記憶に名瀬妖歌と古賀いたみというキャラクターは出てこない。
霧島だなどと名乗っているが、確実に口封じとして始末した筈のオリジナルの一誠なのはわかっている。
問題は生存していた事、またどうやって今まで親も何も無くした筈のオリジナルが生きてきたのか。
兵藤一誠の予想は、異様な風体で敬遠されてる名瀬妖歌とまるで前から親しい様なやり取りをしている事にあると考えていた。
名瀬か古賀のどちらかによって生き残った……。
その推測は当たらずとも遠からずであり、霧島という姓を治名乗り始めた一誠は名瀬妖歌――即ち黒神くじらと古賀いたみとの出会いを経てより強靭な存在として再臨できた。
ただし、別世界で……。
『兵藤一誠だったか? 見れば見るほど顔だけは似てるが、外見だけで中身は根本的に違うな』
『そうだね、あまりにも普通だし、少なくともアタシ達は一発で見分けつくよ』
『何を言ってるんだお前達は……』
以前、偶々話す機会があり、オリジナルが居ない隙に二人を探ろうとした時に言われたこの言葉が兵藤一誠の中に今でも残る。
「わりぃ、お宝を持ってこようと準備してたら二人に燃やされちまったんだ……」
「マジか……それは何というか、ご愁傷さまだな」
「古賀はともかく名瀬に燃やされたら文句言えないよな……怖そうだし」
「話し合いがまったく通じなかったぜ……」
「…………」
まるで自分の中身を見透かされている様な……そんな感覚が。
兵藤一誠がくじらといたみの正体と、言われた言葉で猜疑心を持ってる事に対して気付きもしないしどうでも良いと思ってる霧島の一誠は、そろそろどうやれば元の世界に戻れるのかを考えていた。
「精算ってさ、今更だけどどうすりゃ良いの?」
「兵藤一誠を殺せば良いんじゃねーの?」
「多分それだと思う。それかその人がイッセーくんに対して完全に心を折るとか?」
「やっぱりそうだと思うか二人も。
うーん、こっちで取り敢えず一年かけてパワーアップしたし、そろそろ仕掛けてみるべきかもしれないなぁ」
くじらといたみの意見に対して微妙な顔つきで話す一誠。
この世界のレベルが強いので、自動的に成長した兵藤一誠も半端ではないものを持ってると踏んで一年掛けて三人はその異常性を伸ばしてパワーアップを果たした。
恐らくそのパワーアップ自体もこの世界に飛ばした安心院なじみによる帰還の条件。
ともなれば、精算の相手――つまりかつて全てを奪ってイッセーに成り代わった兵藤一誠と名乗る何者かを潰す事が第一目的と考えるのが普通。
「とはいえよ、ほら俺も
すっかり三人の駄弁りと研究部屋となった応接室のソファーにだらしなく横になりながら左腕を軽く前に突き出すと、その腕には赤い装甲の様なものが纏われる。
「
「あの時は凄かったよねぇ? 志布志にはなんとか勝ったけど、名瀬ちゃんとアタシに泣きついて……」
「変な捏造すんな」
普通ならなんの仕掛けだよと思う筈が、この二人にとっては以前見せられた経験があるせいか冷静であり、のほほんと一誠曰くの捏造入りの思い出に浸っている。
「これって何でも使い手の力を時間と共に倍加させる……的な特殊能力があるらしいんだけど、この絞りカス状態でかなりアレだったから、ほぼ持ってる兵藤くんのこれは相当強いと思うんだよね。恐らく自覚した上で鍛えてるだろうし」
「まぁ、能天気なバカじゃない限りはイッセーの言うとおりだろうな」
「だろー?
中々骨が折れると思うんだよねぇ……心をへし折るのも、その殺すってのも」
「えー? でもイッセーくんの場合倍加どころか無限に成長するじゃん。
黒神の
「いやいや、完成させられないじゃなくて、完成したらそこで無意味となるスキルってくじらの兄貴がめちゃんこ悔しそうに言ってただけで、別にそんな大したものでもないだろ。寧ろ呆気なく模倣してオリジナルの上を行く黒神後輩ちゃんの方がエグいわ」
元の左腕状態に戻して再びグデーンとする一誠の言葉にくじらが反応する。
「その黒神を最後まで片手で完封してた奴の言う台詞じゃないな。
誰かが言ってたが、もしオメーが本気でフラスコ計画に協力してたら完全に計画が完成する可能性だってあったんだぞ?」
「えー……? でも俺頭悪いし、それはねーわぁ……」
黒神めだかの完成と霧島一誠の無神臓と呼ばれる異常性について何故かくじらが怒った様に一誠の肩入れをする。
それは彼女にとって一誠が最初で最凶の存在であると信じてるからこその言葉だが、言われた当人はそれに気付く素振りも無くやる気も無さげだ。
「ちょっとちょっと、あんまり黒神の事持ち上げないでよね? 名瀬ちゃんはずっとイッセーくんが一番だと思ってるんだから……」
「べ……別にオレはそんな事言ってねーし。ただコイツのこの自覚してない所に腹が立つ訳でだな……」
「そんな称号より、かわいくてちょっとスケベな女の子にキャーキャー言われるモテパワーが欲しいぜ」
さっきから赤龍帝の力のほぼ全てを持つ兵藤一誠の話から大分脱線してるが、当人達はそれ程までに正直彼という存在自体に興味が無いらしい。
「いやさ、向こうに居た時はたまに夢で見て気分悪くなったりもしたけど、こっちきて顔見せたら死ぬほど狼狽えたのを見たら……なんか色々と褪めたというか……てっきり殺しに来るのかなぁとか思ってたらそうでもないし」
「それは確かに言えてるけど、お陰でパワーアップは出来たんだしラッキーと思おうよ?」
「後は奴の戦闘データを得られれば動けるんだが、肝心の兵藤は全く戦おうとしないからな。
だがオレの予想じゃ恐らく今のイッセーで余裕だろ」
「どんだけ俺の事買い被ってんだお前……」
「あの人外女をおちょくってケタケタ笑ってるんだから、そう思うのも当然だろ? お前、あの人外女より奴が強く見えるのか?」
「うーん……確かに見えんな!」
挙げ句の果てには三人の言う人外女に呆気なくアボンされて終わりと断言されてそれ以降話題にすら上がらなくなった。
結局の所、三人にとって最早兵藤一誠よりもこの世界に蔓延る人ではない生物から色々と吸収してパワーアップの材料にする事しかないらしい。
そしてくじらといたみの推測の答えは割りとすぐ後にわかる事になる……。
具体的に何時仕掛けてみるか、まずは現状の兵藤一誠が持つ実力の観察から始めてみることにした三人は、正直時間の無駄かもしれないという予感を押し殺しながら、学園の外での行動等を観察する事にした。
「ねぇ、もしかしてあの夫婦がイッセーくんの本当の両親?」
「あー……うん、まぁ……向こうは俺という存在を忘れて彼を息子と思ってるけど」
「自分から捨てたオレとは違ってイッセーの場合はな――そのお陰でオメーという存在を知れた事は皮肉だな」
「だな。もし彼という存在がなかったら二人と知り合える事も無かったし」
その際、一誠にとっての本当の両親が成り代わりとしてなりきってる兵藤一誠と親子をやってるのを見て微妙に気まずくなった。
「でも俺は正直今となってはこれで良いと思ってたりはするぜ? お前等と居るの全然飽きないし」
しかし今の一誠の本心は割り切っている様で、人様の家の屋根から兵藤邸の様子を覗きながら語るその顔は確かに本心であることが二人にはわかる。
「俺はもうこの世界にとって外様だからな……ふふん」
だからこそ安心院なじみの出したクリアーの条件を満たす為に一誠は成り代わりの観察に没頭する。
ある意味成り代わりと両親の姿を見た事で踏ん切りが改めてついたのだとしたら、やはりそれはくじらの言った通り『皮肉』なのかもしれない。
そんな事を三人がそれぞれ思いつつも空気を読んで言葉に出さないまま、観察を切り上げて家に帰る。
そして次の日も兵藤一誠に悟られない程度に観察をしていると……。
「他校の女子に告白された……か」
「本当にモテるね、兵藤くんって」
「果てしない敗北感なんすけど俺……」
他校と思われる女子に正門前で告白される姿に絶望する一誠の背を無言で――されど若干ニヤつきながらポンポンと叩くくじらといたみは、ふと違和感に気付く。
「今告白した女……少し妙だな」
「うん、なんか普通の人間じゃないみたい」
「どっちにしろ黒髪の美少女にコクられた時点で勝利者じゃねーか……クソが」
物陰から見えた女子を見て、これまで研究発展の為に狩っていたはぐれ悪魔に遠い様で近い何かを察したらしい二人。
対して凹んでる一誠はまだ凹んでて全く役に立ちそうに無い。
「元浜と松田情報によると日曜にデートだと……ちきしょう」
「なるほど……にしてもよく聞き出したなあのふたり」
「兵藤くんの事目の敵にしてるのにねー」
「そういう情報を仕入れるのが上手いからなあいつ等……はぁ」
日曜に不審な女子とデートをするらしいとの情報を得たくじらといたみは、取り敢えずその様子を観察しようと提案する。
「兵藤というよりはあの女が気になるから、探るべきだ」
「なーんか怪しいし」
「何が悲しくて日曜日に他人の羨ましい現場を見続けなきゃならねーんだよ……はぁ」
受けが自分と違って良いのはわかってたが、直接告白された挙げ句デートまでする自分の顔を模倣しただけの男に悔しさしかない一誠は全く乗り気じゃない。
しかし帰る為のキーマンが成り代わりである以上は避けて通れない道なので、仕方なく嫌々日曜日のデートを尾行する事にした。
そして日曜日……。
待ち合わせた二人が繁華街に向かうのを少し離れた場所から付いていく三人の人影……。
「ちくしょう、めちゃんこ可愛いなあの黒髪ちゃん……」
「………」
「…………」
ブツブツ文句を言ってる一誠。
しかしその横には割りと気合いの入った服装のくじらといたみが居るのだが、悲しいことに全然気にしてない。
くじらに至っては素顔状態にも拘わらずだ……。
「ゲーセンに入った。ちくしょう……プリクラとかやんのかな……」
「ついでだし見失わずに気を付けながらアタシ達も遊ぼうよ?」
「うるせー所は嫌いだが、入って何にもしないと周りに変に思われるしな」
うざいくらいテンションの低い一誠の手を二人がそれぞれ左右から取って中へと引っ張ると、楽しげに微笑んでる黒髪の少女と満更でもなさげな兵藤一誠に気付かれない位置から様子を伺いつつ、三人は適当に両替した小銭でゲームをする。
「くじらァ!! さっきから何で落雷ばっか引くんだよ!? お陰で最下位じゃねーか!!」
「運も実力の内っつーだろ?」
「うぅ……ギリギリバナナの皮のせいで名瀬ちゃんに追い抜かれた……」
尾行のカモフラージュの為の割には三人して本気のゲーム対決をしてる様に見えなくもないが、それはきっと気のせいだ……。
「ヒャッハー!! 世紀末バスケの時間だぜ!!」
「なっ!? イッセーくんはジ◯ギなのに……こ、このままじゃ……!」
「つーかこの世界にもあったんだなAC北◯……」
例え世紀末スポーツアクションゲームでダイアグラム最弱のキャラを一誠が魔法戦士化させてはしゃいでても尾行は尾行なのだ。
そして……。
「今日はありがとうねイッセーくん」
「いや、こっちも楽しかったよ」
「…………。これ、最初に全部奪われた時より凹みそうな現場なんだけど」
「静かにしろ」
「結局普通のデートだったねー……」
散々遊んだ後、日も傾き始めた時間に二人が訪れたのは公園だった。
勿論その現場も観察の為に尾行して、今三人して腰くらいの高さの植木の影に隠れて覗いてるのだが、やはり一誠的には凹む案件だったようだ。
「はぁーぁ……これで普通のデートオチだったら敗北確定だぜ……」
「「……」」
ブツブツ言ってる一誠の背中を思い切りつねりたい気分を我慢しながら、会話してる二人のやり取りに耳を傾けるくじらといたみ。
すると、暫く普通に話していた黒髪の女子が急に媚びるような眼差しで兵藤一誠を見つめると……。
「あの、イッセーくんにお願いがあるの……」
「えっと、何?」
表情からして嫌な予感しかしない一誠は顔を背けて両耳を塞ぐ。
「お、俺は聞かないからな……!」
「バカはほっとくぞ古賀ちゃん」
「モテないのは自業自得なのに……」
ブツブツ言いながら後ろを向く一誠に呆れながら、黒髪の女……尾行の最中聞いた名前は天野夕麻は頬を紅潮させながら兵藤一誠を見つめると……。
「私の為に―――――――死んで?」
その表情そのままに死ねと宣う。
そして兵藤一誠の反応を待たずしてその手に光を放ち――
「やっぱりな」
「っ!?」
兵藤一誠の心臓を貫かんと抜き手を放った刹那、冷酷な声でそう呟いた兵藤一誠が天野夕麻の腕を掴んだ。
「お前が只の人間では無いことは最初から察していた……何者だ?」
「な、なんですって!?」
手首を掴まれ、人間では無いと看破して来た兵藤一誠に驚愕に顔を歪ませた天野夕麻。
「お、只の間抜けじゃなかったらしい」
「気付いてたんだね兵藤くんも」
「ブツブツ……」
その様子を見ていたくじらといたみは少しだけ感心した様な声を洩らすのは気付いていないのか、してやったり顔な兵藤一誠は天野夕麻と距離を置いた状態で対立する。
「大方俺の神器目当てなんだろ?」
「っ!? アナタ、自分が神器を持ってる自覚が……」
「あぁ、ある。
そしてこれが俺の神器さ」
得意気に話ながら左腕に一誠と同じ形の装甲を纏う兵藤一誠。
「龍の手……? いや、そ、それはまさか……!」
「赤龍帝の籠手――名前くらいは聞いたことがあるだろ?」
「ろ、神滅具ですって!?」
「お、空気が変わったな」
「イッセーくんに見せてもらったのとホント同じだね」
狼狽える天野夕麻とは正反対に物陰から見ている二人は兵藤一誠の左腕を見て軽いノリで呟いている。
「で、俺とやり合うのか? 此処は確か悪魔の領土らしいからあんまりおすすめはしないが」
「……チッ!」
そんな状況を知らずに兵藤一誠が挑発すると、天野夕麻は顔を歪めながらその背に黒い翼を広げて飛び上がる。
「確かに今こっちに悪魔が近づいてるわね。
良いわ、今は退いてあげる……。私の名レイナーレ――この屈辱は必ず返すわ」
そして捨て台詞を吐くとそのまま飛び去った。
「堕天使だな今の女」
「だね。というか戦って欲しかったんだけど」
「あぁ、奴の底を知る絶好の機会――って、オメーは何時までそうしてんだこのバカ」
「あてっ……!?」
一戦も交えずに去っていった事に不満を覚えながらまだブツブツ言ってた一誠をひっぱたいて正気に戻したくじら。
「なんだよ、告白されてウハウハなんだろどーせ」
「いや違う。どうやらあの女は堕天使だった様だ。
で、今兵藤を殺そうとして失敗し、そのまま去っちまった」
「よかったね、寧ろ殺したいくらい邪魔みたいだよ?」
「何だその展開?」
途中から全然見てなかった一誠が首を傾げながら、レイナーレが去っていった夕闇の空を見上げてる兵藤一誠を見つめる。
よくはわからないが、可愛い女の子とにゃんにゃんすることは無いのだけは理解した瞬間、あからさまにテンションが戻った辺りは現金な性格だ。
「よっしゃザマァ見ろ、俺のパクリなんだから俺よりモテモテなんて許さねぇぜ!」
「「………」」
ただの僻みで呆れられてるのも何のそのだ。
終わり
オマケ……寝ぼけ
半端無く寝相が悪い一誠。
それはどこの世界でも変わらないらしく、休日だからと寝坊しまくりな一誠をくじらが起こそうとすれば……。
「すぴーすぴー……」
「おい、早く起き――っ!? こ、このバカ! ど、どこに手ェ入れ――ひぁ!?」
人肌温いものを獲たのか、妙に幸せそうな顔してすやすやしてる一誠を、最早引きずり込まれたのは慣れた様子で起こそうとした抱き枕状態のくじらの声が突然として可愛らしい少女の声になる。
「んん……温い……」
「温いじゃ……ね……」
「い……い……匂いだ……」
「ぅ……!」
寝ぼけてるせいか、くじらにとってすればかなり恥ずかしい事をされるし耳元で言われるしで固まってしまう。
布団で見えないが、その下は完全に一誠に拘束されてしまってるので動けない。
「名瀬ちゃーん、イッセーくんはまだ起きな……」
「あ、古賀ちゃん……」
「………………。いや、うん……予想してたけど、本当にイッセーくん寝てるの?」
「ね、寝てはいるらしいが……」
「んぅ……やわっこい……」
「……みたいだね。名瀬ちゃんのおっぱいが現在進行形でイッセーくんにアレされてるけど」
普段入手したエロ本が燃やされても文句が言えない理由……終わり。
捕捉
きっと最初で最後の転生者無双なんだろーな……
その2
尾行はしてたけど、割りと自分達も気合い入れてしまった名瀬ちゃんと古賀ちゃん。
しかしイッセーくんは取り敢えず転生者のデートにグヌヌしてて総スルーという悲しさ。
その3
でも寝ぼけると抱き枕にするし、くんかくんかするしで
酷い奴なのだ。