只の筋肉ダルマじゃなく、殺人的な瞬発力と持久力をも兼ね備えたらそれはもう最強なのかもしれない。
現実には存在しないマッチョな上院議員に憧れし兵藤一誠少年のスペックはその領域に侵入してしまってる。
だから警戒されるのは仕方ないのかもしれないけど、本人はどこ吹く風だ。
「吹っ飛べ!!」
より強く。
何者も砕く鋼の肉体を。
「あ……新記録」
我を貫き通すだけの強さを。
「理由なんてねぇよ。
個人と個人の闘争こそ全ての生物の原点! 俺はそれを楽しみたいだけだぁっ!!」
本物の闘争……それだけを求めて一誠は今日も突っ走る。
筋肉信仰者である一誠は、どうであろうと立場としては所詮一般人であるので、悪魔やら堕天使やら天使が会合してようが関係ないし、そもそも知りもしない。
ゼノヴィアはイリナという伝で聞いては居たが、聞いただけで特に何もする事も無いのでデュランダルの完全な制御と戦闘能力の向上を一誠と共に積みまくっている。
「つまりこう言いたいんだな? コカビエルを始末したのが単なる人間で、その人間が神器でもなければ特殊な力も無く、単なる力技でコカビエルを黙らせたと?」
「妹の報告によるとね。
先日の授業参観日にチラッとその噂の少年を見たけど、良く鍛えられた身体だったよ」
「ですがそれだけであのコカビエルを真っ向からねじ伏せたというのはいくら何でも……」
「あぁ、コカビエルを回収させに向かわせたが、到着と共に見たのは全身が蛸みたいにぐにゃぐにゃに折れ曲がったコカビエルとへし折れた聖剣だけだったらしく、直接見たのはサーゼクスの妹とセラフォルーの妹……それから其々の下僕達だ。
つまり、裏付けを取るにはその本人に聞くしか無いって訳だ」
悪魔・堕天使・天使の三竦みを一纏めに三大勢力と呼ばれ、その三種族のトップを勤める実力者が集まった会合。
会合を行った理由というものそもそも堕天使の一人が勝手に行った騒動についての堕天使トップの見解を聞くためだったのだが、案の定内容はその堕天使を黙らせた只の人間の事についてだった。
「コカビエルを真っ向からねじ伏せたというのが本当なら、人間って種族は俺達にもわからない異質さを持ち始めたと考えても言いかも知れないな」
「かもしれない。だが今のところ確認できるのは妹が話したその少年だけ」
「聞けば我々の下部組織を追われたゼノヴィアというデュランダルを扱う少女と共に居るらしいのですが……」
「どちらにせよ今の所は何にもわからないって事だ。聞けば別に悪い奴じゃ無いんだろ? 筋トレ趣味が行きすぎてるってだけの」
「そうだね」
知らず知らずの内に名が人ならざる存在達へ浸透してしまっているというこの事実を勿論一誠は知りもしない。
恐らく自分がそこそこ名を覚えられたと知ったら知ったで逆に豪快に笑って『光栄だね』とでも言うので余り変化も無いのかもしれない。
そう――
「いやぁ、ホントありがたい。生徒会の皆さんのお陰でトレーニングルームを使わせて貰えるなんて」
「あぁ、完全下校時刻後一時間のみだろうとありがたいな」
「気にすんな。会長も兵藤のお陰で助かったって言ってたからな」
今日も学園の一室に備えられてるトレーニング器具を生徒会権限で少しだけ使わせて貰ってる最中で、嬉々としながらゼノヴィアと筋トレしてるのだから。
「ふんすふんす!!」
元は女子高なのに、誰が一体用意したかもわからない200㎏のバーベルを平然と、上半身を晒して上げまくる姿は実に暑苦しく、同行していた生徒会役員兼シトリー眷属兵士の匙元士郎は、転生悪魔じゃないのになんつー奴……とコカビエルを笑いながらぶちのめしていた光景を思い出して身震いしながら眺めている。
(ただの筋トレバカだと思ってたのに、コカビエルはぶっ飛ばすわ、聖剣は片手でへし折るは……コイツ本当に人間かよ? それにこのゼノヴィアって人も変だし……)
バーベルを上げる一誠の横でバタフライマシンを黙々とやるゼノヴィアにも目配せする匙少年は若干引いた顔をする。
確かに筋トレは大事なのかもしれないが、二人してアホみたいにやりまくるのは却ってどうなんだ? それに女の子のゼノヴィアがマッチョになったらそれはちょっと処じゃなく引く。
女の子が汗をかく姿は確かにグッとくるかもしれないし、敬愛する会長ことソーナ・シトリーが運動で汗でもかいてる姿を見たらそらドキッともするけど、それとは明らかにベクトルが違う。
いや、違いすぎるのだゼノヴィアの場合は。
「そろそろ時間だぞ二人とも」
「ぬ、もうそんな時間か……」
「時間が経つのが早く感じてしまうな。じゃあシャワー浴びるかイッセー?」
「だな」
話してみれば筋トレマニアってだけで悪い奴じゃないのはわかったけど、何か向かってる方向がおかしい気がしてならない。
揃ってシャワーを浴びにトレーニングルームの奥へと消えていった二人を見送った匙は小さくため息を吐くのだった。
「良い感じに筋肉が喜んでるぜ……ふふふ」
「そ、そりゃ良かったな兵藤。だからそんな見せつけなくても良いぞ?」
「今まで見せても引かれるか気色悪いと言われてきたらしいからな。少しだけ大目にみてやってくれないか?」
「それはよく知ってるよ。なんせ女子の殆どから煙たがられてたからな。
だからこそキミみたいなのが出てきて驚いてるんだよ皆」
「そうか、なら安心だな色々と……ふっふっふっ」
シャワーを浴び終え、制服へと着替えた二人を引き連れて見送る為に校舎内を歩く匙。
しかし騒動はもうすぐそこまで来ていた。
「っ!? な、なんだ!?」
突如校舎全体を揺らす大きな揺れと遅れてやってくる爆発音。
「お、誰か悪戯で花火でもやってるのか?」
「いやこの揺れはそんな生易しいものじゃない」
そんな揺れに一人慌てる匙の後ろで呑気にくっちゃべってる一誠とゼノヴィア。
「匙!」
緊張感が無い二人に突っ込みを入れる暇も無く、廊下の向こうから匙の仲間達である生徒会達が慌てながらやってくる。
「会長! こ、これは一体」
「侵入者よ、それもかなりの数……。恐らく三大勢力の会談を狙っての襲撃よ」
「な、なんですって!?」
どうやら侵入者が現れたらしく、会長ことソーナ・シトリー……学園在籍名、支取蒼那が匙を含めた生徒会達に指示を送る。
「匙は二人を安全な所まで送りなさい」
「は、はい!」
勿論、一般人でしか無い一誠達をどうであれ巻き込む訳にはいかないので、早速匙に対して二人を安全な場所までお送りしなさいと指示を飛ばしたのだが……。
「聞いたか二人とも! 俺に付いて……………あ、あれ?」
「兵藤君とゼノヴィアさんが居ない……」
「は!? なんですって!? ど、何処に!?」
今さっきまで後ろに居た筈の二人の姿が影も形も無いと気づき、ソーナも含めて慌てて名を呼ぶが返事は無い。
一体何処に二人は行ったのか? それはもう決まっている――
「見ろよゼヴィ、よくわからんけど沢山強そうなのが居て全員が殺る気満々で俺達を見てやがる」
「悪魔、堕天使……その他諸々。この集まりは一体何だ? どうもよろしい事をしようって雰囲気ではないな」
すっかり人ならざる存在との戦いが楽しくなってしまった一誠が黙ってこのまま帰る訳が無く、ゼノヴィアを隣に様々な種族達の友好的じゃない殺気を浴びながら堂々と向かい合っていた。
「おい、貴様等は人間か? そこで何をしてる?」
勘で『コイツらは間違いなく敵だろう』とニヤニヤが止まらない一誠に気づいた一人のはぐれが、若干――いや当然ながら見下した様子で話しかけてくる。
勿論同じく気づいたその他大勢もちっぽけな人間が出てきた事に対してバカにした様に笑いながらみている。
「この学園の生徒の一人なんだが、逆にアンタ等は何だ? どう見ても学園の者じゃあ無いよな?」
ニヤニヤニヤニヤと見下されてるのも関係なく嗤う一誠の見せる自分達人ならざる存在に『慣れてる』といった態度に若干眉を潜めたはぐれ。
「人間風情には関係ない話だ。見逃してやるからとっとと帰るんだな」
単にバカなのかとはぐれは考え、見逃してやるからとっとと消えろと促してみる。
しかし一誠はそんなはぐれの言葉を聞いてませんとばかりにニヤニヤした笑みを止めない。
「聞こえなかったのか? とっとと失せろ――死にたくなければな」
その態度が癪に触り、今度は人間が受ければまず恐怖に沈む殺気を向ける。
自分達はこの場所で会合してる三大勢力のトップを襲撃しに来たので、こんな人間風情と遊んでやる暇は無いのだ。
けれどそれでも癪に触る笑みを浮かべる一誠は――
「関係者でも無い貴様等に消えろと言われるのも滑稽な話だな、ふっふっふっ」
笑い続けながら自分の鍛え上げた胸元に軽く触れて腰を落とす。
「ふん……」
そして何の意図なのか軽く右足を上げて、下ろすという相撲の四股を思わせる動作を一度目に軽く……。
「フンッ!!!」
そして二度目は大きく、力強い四股を踏む。
それが何の意味があるのか、せっかく気まぐれで温情を与えてやったのにと呆れたはぐれ達はその瞬間まではわからなかった。
「…………………………は?」
最初に気付いた誰かが、思わずといった声を出す。
「ぬぅぅぅぅぅ!!!!!」
振り上げた足を大地に踏み込んだその瞬間、衝撃波の様なものが地面を伝い、一誠の身体には謎の緑色の光る何かが吸収される様にまとわりつく。
「ヌォァァァァッ!!!!!」
それが一体何なのか等わかる訳も無いし、暫くその緑色の光る何かを体内に取り込んだ一誠は耳をつんざく様な雄叫びと共に巨大な衝撃波を全身から放出。
その瞬間一誠にまとわりついた何かは霧散し、よく理由の分からない赤黒い謎のオーラを纏っていた。
それによりやっとこの人間風情がまともじゃないことを悟ったはぐれ達は身構えて睨み付けると、謎過ぎるオーラをまとった一誠は自身の拳と拳を強く重ねながら言う。
「全員まとめて『面接』してやる!」
逞しき肉体から織り成す面接(物理)を開始すると……。
勿論一人で面接するにはちと数が多いのだが、今の一誠には隣を任せるだけのパートナーが居る。
「勝手に巻き込んでしまった訳だが、やれるかゼヴィ?」
「まだ今の私じゃお前の邪魔になるだけかもしれないが、やれるだけやるさ」
デュランダルを抜いたゼノヴィアという理解者が。
「よし、じゃあ頑張ろうぜゼヴィ……!」
「オーケー……いざ参る!!!」
デュランダルを正眼の構えで持ったゼノヴィアと共に一誠は動揺する人ならざる存在達へと挑み掛かる。
すべては筋肉こそ最強である事を証明してやる為に。
「な、お、お前、ただの人間じゃ……!?」
「俺は普段から筋トレを欠かしてない! そこらの人間と一緒にされちゃあ困るなぁ!」
「ぐはぁ!?」
地面を殴れば爆炎の柱が噴き出し、空を飛ぶはぐれ達を飲み込み。
「カァァァッ!!!」
「ぎゃっ!?」
気合いの雄叫びを上げれば強烈な衝撃波で敵を吹き飛ばし。
「死にやがれ!」
「グッボバァ!?」
人ならざる存在達すらも目視不能なレベルのスピードで肉薄したかと思えば、豪腕通り越した殺人級の拳が相手を粉砕する。
己を過小評価したせいでこんなレベルになってしまった筋トレマニアは、既にヤバイ領域なのだ。
勿論ゼノヴィアもまだその領域では無いものの、デュランダルを使って次々とはぐれ達を切り落とす。
「あ、あの化け物を止めろ――っ!?」
「無視は困るぞ?」
「き、貴様……!」
「セァッ!!」
筋トレの果てに得た訳のわからないパワーは最早、人間を軽く超越していたのだ。
補足。
別に電力を吸収した訳でも、ナノマシンが搭載さへてる訳でもなく、言ってしまえば大気に存在する目に見えない気みたいななんかを吸収してる感じなのかもしれない。
その2
何か然り気無く某ムラサマ使いのミームが植え付けられてるゼノヴィアさん……。