正直に言ってしまうと、善吉は引っ込みが付かないでいた。
それは勿論、めだかに対しての態度についてだ。
「………」
「おい、げっそりしてるけど何かあったのか昨日?」
「精魂吸いとられたって感じだねー?」
「いえ、ちょっと色々……まあ、俺の事は置いておいて構いません。
それより善吉さんこそ大丈夫なんすか? 黒神さんに対しての態度が引っ込みつかなくなってるみたいですけど……」
「お、俺は……いや、うん。だって今更戻したら変になるだろうからよ」
「お嬢様的には効果てきめんってのが皮肉だよねー」
げそーっとした顔の一誠に言われ、善吉は罰の悪そうな顔で目を逸らす。
つい意趣返しのつもりでめだかに対して冷たくなってしまった善吉は、ただ今完全に引っ込みがつかなくなってしまい、引き続き彼女に対して淡白なのだ。
今更態度を変えても何か違う気がするという、善吉の生真面目さが見える。
「お、俺は大丈夫だ。この道選んで結果どなろうと構わないって覚悟も決めてるし! もうなるようになれだぜ!!」
と、いきり立つ様に宣言する善吉だけど、やはり強がりにしか見えない。
「それより今日も頼むぜ! 今日こそ一発当ててやる!」
「善吉さんは頑張り屋さんだなぁ……オーケー」
だがその覚悟は本物であり、今日も善吉は一誠による進化道を突き進む。
漫画みたいな奴。それが一誠という男だった。
何をしても越えられる気がしない大きな壁であり、そして道を与えてくれた……師。
「良いねぇ……ひぇひぇひぇ、アイツが次何時現れるかは知らんけど、居ない間に楽しめる事はどうやら多いみたいだぜ」
「飽きない奴だな一誠は……」
「おんにゃのにモテたいだけに生きてますからねぇ俺は……おおっ! あの子はDカップと見た! ええぃ
箱庭学園のおんにゃのこのレベルは化け物ばかりか!?」
少々――いやかなり女好きで、しかも胸が大きくないと駄目というしょうもない拘りを持ってる様な奴だし、本日開催の体育祭でも、競技に参加せず双眼鏡を覗きながら鼻の下を伸ばしちゃってる様な奴だけど、その在り方はある意味信用できると俺は思ってる。
「よーし……よぉぉっし!! ボインな女の子達よ、もっと派手に走れ、激しく動けぃ!! そしておっぱいを揺らせぇぇい!!」
「キャァァァッ!! 兵藤が双眼鏡で覗いてるわ!」
「痴漢、変態、スケベ!!」
「そうよ帰れ!!」
まあ、そんな性格だから女子にめっちゃ転校数日で既に嫌われちゃってるんだけどさ。
そのオープンさを何とかしようとは思わないのかと俺は思う。
「あぁっ!? 黙れ貧乳共! 貴様等のまな板なぞ見んわい! あーあ、これだから胸の少ない奴は嫌だねぇ。
おっぱいが貧しければ心も貧しいってかぁ? 見ろ、おっぱいの大きな方々を! 皆してのほほんと受け止めとるわい!」
「死ね! コンプレックスを刺激する男は死刑よ!」
「そうだそうだ!」
「わははは! 負け犬が何か言ってるぜー!!」
……うん、何とかしないだろうな。
自分からモテない要因作ってる事にも気付いてないし、寧ろ放って置いた方が良いのかもしれないと、ケタケタ笑いながら一誠の言うとおりの貧……いや、少なめの女子達を煽る一誠を横から見てため息を漏らすと、ふと視線を感じる。
その視線の正体はどうやらめだかちゃんらしく、体育祭実行委員に混じって鉄骨テントの下から何やら言いたげな顔をしているめだかちゃんと目が一瞬合ったが、俺は取り敢えず目を逸らした。
今のところ水面下では敵対しちゃってる事になってる体としては、これから更に強くなるだろうめだかちゃんに気を抜いては要られないのだ。
『次のプログラムはチーム対抗の騎馬戦です』
「お、騎馬戦だとよ。どうやら出番の様だぜ一誠?」
「みたいっすね。いやぁ、駒王学園の時の体育祭って二年の時で出場禁止食らって見学してたんでワクワク止まらんすわ」
「出場禁止って何したんだよ?」
俺は体育祭でも気は抜かず、めだかちゃんに勝つ。
壁になって受け止められる器になる為にな……!
男女混合騎馬戦。
紅白に別れて文字通りの騎馬合戦を行うこの競技に出場する善吉は、同じ色としてチームとなった一誠と一緒に馬となり――
「不知火、任せたぜ」
「土台は絶対に崩さないからな!」
「アタシってインドア派なんだけど、ま、今日だけは少し頑張るよ」
不知火半袖の土台となっての堂々のお出ましに、本来登校義務が無い十三組生徒、並びに生徒会達は一斉に警戒をする。
『ほぼ十三組で出場する中唯一の一組枠での出場となりますは、最近この学園に転校してきたドスケベ男こと兵藤一誠! 生徒会庶務こと人吉善吉! そしてまさかの不知火半袖ちゃんだぁぁぁっ!!』
「もうドスケベで通ってるってのもすげーよな」
「ふふふ、そう誉めんでくださいよ善吉さん。照れますぜ」
「ポジティブ~」
何時ぞやの水中競技大会の際に、解説を勤めた不知火の横で実況を勤めた眼鏡の放送委員の女子に早速箱庭学園にて広まってしまった一誠の悪行に苦笑いする善吉は、全身に感じる視線に程よい緊張をする。
「十三組+めだかちゃんからの視線が重苦しいね」
異常と呼ばれる十三組。阿久根と騎馬戦の為にスカウトしたスペシャルクラスの男子を土台に馬となるめだかが心底挑戦者じみた圧力を放ちながら見据えくるその視線に、今まで十三組の眼中すら無かった自分が警戒されているという現実を噛み締めながら、そして心の奥に沸き上がる沸々とした焔火を燻らせながら善吉は小さく口角を吊り上げる。
「今回は不知火さんがメインっすよ善吉さん。
俺達は何がなんでも不知火さんを担ぎ上げ………そっすね、白組だけどこの際目の前に出場する全員の鉢巻を奪いとっちまいましょう」
「めっちゃプレッシャーなんだけどアタシ?」
「大丈夫だぜ。不知火なら出来るさ……俺も一誠も信じてるからな!」
「…………。しょうがないなぁ。人吉と兵藤に言われちゃあやるしかねーじゃん」
この視線が、自分が成長しているという自覚を促せる。
今までその背を追いかけてきただけのめだかと対等の位置に立てているという現実を噛み締められる。
それだけでも善吉は嬉しくて…………。
「デビル・スイッチ入ったぜ……!」
ゾワッ……!
全身に力がみなぎる。
善吉の進化についてを噂でしか聞いてない十三組の生徒達全員が一斉に冷や汗を、めだかは目を鋭くさせる。
『ではでは………スタートです!!』
放送委員の合図と共に空砲が鳴り響く。
「行くぜ不知火さん! 善吉さん!!」
「おう!」
「あひゃひゃひゃ☆」
小さな事でも進化せよ。
超戦者である善吉は後ろを支える一誠と楽しげに笑う半袖を背に一斉に飛び出した。
まずは以前の自分が恐れていた十三組達……!
「チッ、来たぞ! 土台はともかくあの不知火は脅威じゃ――」
「ありまっせーん! って言いたい所げっーつ☆」
「――――な、なに!?」
異常な速力、異常な息の合いっぷりで、まるで単身で動いてるかの様なスピードで次々と十三組の騎馬達の鉢巻を土台になってる者含めて全て奪い取る半袖とそれをフォローする土台の善吉と一誠。
「よっ!」
「はい!」
「あひゃひゃ☆」
当然異常な認識力で即座に対応しようとする十三組達だが、それでもスイッチの入った三人は止まらず、次々と……それこそ同じ色の鉢巻まで奪われる。
「ふぅ……こんなもんだね」
『な、な、なんとぉぉぉっ!! あのインドア派筆頭で食いしん坊な不知火半袖さんが十三組チームの鉢巻全てをかっさらったぁぁぁっ!!」
「やったぜ不知火!」
「流石……ボインだったらデートに誘いたいくらいだぜ!」
戦利品の鉢巻を腕やら首やらに引っ掛けながらケタケタ笑う半袖達にわぁぁっとノーマルクラスの生徒達からの歓声が響き渡る。
何せ一組が十三組生徒の騎馬を落としたのだ。
これこそある種の下克上だった。
しかしこれだけには留まらず、善吉、半袖、一誠の視線は最後の砦であるめだか達に向けられており。
「おじょーさま? 次はアナタだよ?」
「…………」
右手で顔を隠し、左手でめだかを指差しながら無駄にスタイリッシュな格好というどこぞの吸血スタンド使いみたいな姿でめだかを挑発した。
「………………………っ! 行け!」
「くっ……!」
「俺場違いな気がしてならないんだけど……」
その挑発を受け、善吉からの視線もあってか余裕を失った顔でめだかは土台の阿久根と善吉の代わりにやとった生徒に指示を送り、三人に向かって突撃する。
『おおっと! 生徒会長が動き、対して不知火さんチームは余裕の表情! これは面白いことになりましたぁぁぁっ!!!」
実況もかなりハイになり、マイクが音割れする勢いのシャウトをバックにめだかは一気に不知火を落とそうと両手を突き出す。
「善吉と仲良くして羨ましいぞ!!!」
……結構個人的な感情爆発で。
「チッ、流石に不知火じゃめだかちゃんのパワーには勝てねぇ……!」
「だが当てさえしなければどうという事は無いぜ!!」
「そういうこと!」
目が色んな意味で怖いめだかがマジになってると察した善吉が一誠と息を合わせ、大きく跳躍する。
「っ!?」
「な!?」
「う、うそん……?」
騎馬となるめだかの頭上を易々と飛び越えるというめちゃくちゃな展開に慣れてない雇われ土台の男子は思わずそんな感想を呟いてしまう。
「高貴! 鹿喰二年生! 方向転換だ!」
「わかってます……!!」
「無茶だけど、やるきゃないっしょ!!」
だがそこは十一組所属のスペシャル。
運動能力は並みを越えたものを持ち、阿久根高貴にすら引けとらないレベルであったので、めだかの声に従い飛び越えて今まさに着地しようとしている三人の背後を取る。
『不知火さんチームが背後を取られた! これはピンチだぁぁぁっ!!』
観戦者も背後を取られた瞬間、不知火達の快進撃も此処までと思い悲鳴まじりの声が出る。
善吉とめだかの最近の変化を知らないからこそ、あ完璧超人生徒会長によくぞここまで食い下がったと寧ろ思うからこそ、ここまでだと思っていた。
「これで私の勝ち――――」
そう……。
シャクッ!!
「―――――――え?」
全力で突撃をし、半袖の鉢巻へとあと数㎝という所まで手が伸びていためだかの気の抜けた声と……。
「いっただき~☆」
ぐるりと振り返り、八重歯を光らせた半袖がささっとめだかの鉢巻をかっさらうその瞬間までは……。
「よーっし、とったどー!!!」
「っしゃあ!! よくやった不知火! 大好きだぜ!!」
「アタシもアタシが大好き~!」
しーんと静まり返る中騒ぐ三人。
だがやがて生徒会長の鉢巻を取ったという認識を徐々に受け止め始め、やがて大きな歓声となる。
『な、なんとぉぉっ!!! 誰もが予想すらしてない番狂わせが起こったぁぁっ!!
あの生徒会長・黒神めだかとの騎馬戦を制したのは一組チームだぁぁぁっ!!』
崩れ落ちるめだかの横でブンブンと無邪気にめだかから取った鉢巻を振り回す半袖と、それを見て笑う善吉と一誠。
たかが体育祭の一競技かもしれない。しかしそれでも黒神めだかを出し抜いたという事実は箱庭学園の生徒達にとっては革命を目にしたのと同義であり、誰もが大騒ぎをしていた。
「いやぁ、結構危なかったすね最後辺りは」
「あぁ、油断ってのはしちゃいけーな」
「お腹減っちゃったよ」
その声を受けながら三人は去ろうとした時だった。
「ま、待て……!」
三人を呼び止める声が聞こえ、振り返るとそこには異常に『疲弊』していためだかが阿久根に肩を借りながらやっとの思いで立っている姿を見せていた。
「……? 何だよ黒神?」
ぜぇぜぇ、とおかしいレベルで息を切らすめだかを支える阿久根が違和感を感じる中、絶え絶えにもなっていためだかは善吉……いや、一誠を鋭く睨みながら口を開く。
「先ほど、私が不知火の鉢巻を取ろうとした時、何かの租借音が聞こえた。
そしてその瞬間全身から力が奪われた……何かしたのか?」
「っ!? そ、そういう事か……!」
「え、何がそういう事なんだ?」
症状を訴え、それを一誠に問い掛けるめだかの言葉を聞いて阿久根はハッとし、全然何にも知らない雇われ生徒はキョトンとする。
「俺が? いえ、俺は何もしてないよ黒神さん」
「な、なに? ならアレ何だったんだ……!?」
異常なる疲労感の正体か掴めないめだかが声を荒げると、それに答えたのは――
「アタシですよおじょーさま……って言っても信じない?」
「なっ、に……?」
薄く笑いながら隠し持っていた魚肉ソーセージを『しゃくしゃく』と食べていた半袖だった。
「おじょーさまがアタシの鉢巻を取ろうとした瞬間、間に合わないと思って思わず食べちゃいました。
おじょーさまが私に向けた力……そして体力を」
「………!」
「私は食い改めるという正喰者があった。
けど、最近兵藤と人吉とよく遊ぶ様になってからちょっとだけ『食べ方』を変えてみた。
その結果……ちょっーと食べ方がお行儀悪くなっちゃったみたいで――」
しゃくっ! と小さくなったソーセージを口に放り込み、租借しながら半袖は笑う。
「ほんの少しだけだけど、進化しちゃいましたー☆」
一誠の特性を受けたという宣言をした。
「っ……う」
その言葉に絶句するめだか。
「まさか不知火さんに
「不知火が進化したら勝てる気しねーんだけど……」
「嫌だなー人吉も兵藤も。アタシはインドア派なんだってー☆」
本当に、過負荷だろうが進化させる事ができる一誠に、めだかは自分よりも早くそれも初めから善吉の近くに居る半袖に今まで以上嫉妬という感情を強く感じた。
「ま、そういう訳なんでーおじょーさま? …………………早くしないとアタシって悪食だから人吉の事つまみ食いしちゃいますよ?」
「し、不知火ぃぃぃっ!!」
ぽきゅんという擬音が付きそうな可愛らしい笑顔でとんでもない事をめだかに耳打ちする半袖は、とてもとても楽しそうだったとか。
終わり
補足
綱引きやる体力を根刮食べられたので、めだかちゃんは半袖たんにめっちゃ嫉妬しながら退場したのでした。
その2
ネオと違って見境なしって訳じゃないし、怖いのは喰ったそれを悔い改めて『変質』させて糧にするという、ある意味で物理的な完成タイプに進化しちゃった点。
だから善吉さんを後ろから……ばくん! っとね。