結論から言えば、なじみのお陰で例の男の所在は突き止められた。
人間界の日本のとある街にその男は質素に見える生活をしていたのだが、ハッキリ言ってしまえば一誠達にとってそんなものはどうでも良かった。
「サーゼクスさんに見せたらメンタルが大変な事になると思って俺達だけで来てみたけど、なるほどね……こりゃ最悪だ」
「そう、ね……」
とある街の繁華街に足を踏み入れた一組のペアは、人混みや電柱の影に隠れつつ気配を極限まで消しながら、目深く被った帽子の下から覗く鋭い目を、数メートル先を歩く一組のペアを睨み付けていた。
「流石にこんな状況は見せられないね」
「ええ……冥界に知れ渡ればそれだけで大騒ぎよ」
紅髪は目立つという理由でお団子状に結って帽子で隠すリアスと、嫌悪丸出しで視線の先のペアを睨む一誠。
何故こんな事をしているのかといえば、お察しの通り魔王の嫁さんであるグレイフィアの不倫相手の把握と場合によっての半殺しの為だった。
「チッ、腕なんか組みやがって……。誰の嫁さんか分かってんのか、あのカス野郎め……!」
とはいえ、既に物陰から浮気調査の如く様子を伺っている一誠の方は半殺しどころか全殺ししたい衝動に駆られており、周囲から様々な視線を受けつつ街を歩くグレイフィア…………に、腕を組まれてる謎の男を睨んでいた。
「背は180後半、容姿は不自然な程に整っていて、髪の色は銀色。おまけにオッドアイ……」
「どんだけ美容整形オプション付けてるんだよ、それで名前が日本人のそれとかギャグかこの野郎。フックだらけですかコノヤロー」
別にグレイフィアという存在自体、複雑な気持ちが入り交じる表情のリアスと違って接点も無かったのでどうでも良いと思うまでに無いものの、それでも関心は薄かった。
しかし前の綾瀬和正と同じく、やっと自分達にとっての不幸の象徴が居ない世界でのんびりと生きられると思ってたら、程度は違えど実はまた居ました……しかもサーゼクスの嫁さんと不倫やってました。
一誠は正直今すぐにでも目線の先に居るフックだらけの男の手足を引きちぎってサーゼクスの目の前で懺悔させてやりたい気分で、こそこそと楽しげにしている不倫カップルの後を付ける。
「ホテル街入ったけど……」
「ホントそれだけは踏みとどまってよグレイフィア……」
サーゼクスに言われ、決定的な証拠を取るまでは何もするなと言うので、解像度の高い携帯カメラでパシャパシャと証拠になり得そうな姿を撮りつつ尾行をしてから半日が経つ頃だった。
それまでは無駄に洒落た店やら何やらに入っては普通に不倫デートっぽい感じだったのだが、やはり夜という時間は開放的になってしまうのか……グレイフィアとそのグレイフィア相手に不倫を咬ましてる不倫フック男の進んだ先は、変色のネオン輝くホテル街だった。
「ねぇリアスちゃん、ここもやっぱり撮らないとまずいかな?」
「………。決定的どころか裁判で勝てるくらいの証拠になるし……」
「だよな……」
オーイエーというシャッター音を鳴らしながら、無駄に高性能な携帯カメラでホテル街の道を露骨にフック男にもたれながら歩くという姿を撮り続ける一誠。
リアスも最早見てられないと目を逸らしたくなっていたが、それでも確かめなければ前に進めないと押し殺しながら進んで行くと、案の定――――
「……」
「……」
「まぁ……その、尾行してみた結果、歓楽街のホテルに入ってました」
「正直それ以上はパンドラの箱を開けてしまう気持ちだったのですが、一応確認した所……その……はい」
「………………………。うん」
俺はやっぱり半殺しにしてからサーゼクスさんの足元に転がしてやれば良いと後悔していた。
というか、割りとサーゼクスさんって甘い部分がある。
こんな誰が見ても分かるくらいに落ち込むくらいならキッチリと殺してやった方が精神的にも楽だろう。
ぶっちゃけめっちゃ調査報告しにくいわ。
「本当かどうかなんて知りませんが、確かに相手の男は一応断ろうとはしてましたよ。ただの草食気取りかもしれませんが」
「本当かどうかはわかりかねますが、確かにグレイフィアの方から迫ってる様子でした。
……。そう『させた』からかもしれませんが」
「………。うん、そうか……クフフフ」
あ、ヤバイ。これヤバイよ。サーゼクスさんが焦点グラグラ目しながら笑いだしてるよ。
そりゃ二度に渡って嫁さん奪われもすればこうもなるし、もし俺がサーゼクスさんの立場だったら引きこもりになれるぞ。
「僕がいっそ引き摺り出してやろうかと言ったんだけど、サーゼクス君ったら『自分でケジメは付ける』なんて言うんだよ」
「いや、俺はサーゼクスさんの気持ち痛い程分かるよ。
自分の身内をテメーの欲で奪う奴なんざ、自分の手で八つ裂きにしなきゃやってらんないもん」
ミリキャスちゃんを膝に乗せながら頭なんか撫でてる安心院なじみの微妙に不満そうな言葉に俺は、奪われた者の代弁者として言う。
俺ですら今でも思い出せば、あの奪われた時の筆舌に尽くしがたい感覚には吐き気がするんだ。
それを二度も味あわされてるサーゼクスさんの心中は並大抵のものじゃないだろう。てか、もう既にノックアウト寸前だし。
それにだ……。
「あの、お兄様は『前』の綾瀬和正については勿論記憶に残ってますよね?」
俺達はこれを言わなきゃいけないと思うと、正直黙ってた方が良いのかもしれない。
でも言わなきゃこのままサーゼクスさんが折れてしまう可能性もあったので、俺達は――というかリアスちゃんが物凄く言い難そうに切り出した。
「はぐれ悪魔『黒歌』を覚えてますかお兄様? 今私の眷属である塔城小猫の姉である……」
「………………。リーアたんに一誠くん、まさかと僕は今思ってしまってるんだけど……」
「えー……っと、よく事情は知りませんけど、アンタの嫁さんと出てきた時にソレが現れ、何か取り合いしてました。フックだらけの男を」
「…………………………………………………………………………うぶ!?」
そう、そうだ……これ。
ぶっちゃけ人の嫁と不倫してるだけでもぶっ殺してやるに値する存在だというのに、リアスちゃんが今言った通り、俺達は偶々見てしまったんだ。
クソ野郎に靡いて居たあのはぐれ悪魔の女が、この世界でも似たような事になっていた光景を。
ハッキリ言ってあの時点で殺してやろうかと思える話した瞬間、サーゼクスさんは……。
「オロロロロロロ!!」
吐いた。めっちゃ吐いた。ギャグじゃない意味で吐いた。
幸い安心院なじみがサッとバケツを用意したお陰で大惨事にはならなかったし、俺達も笑えるわけも無かったので、半泣きになって胃のものを吐くサーゼクスさんの背中を全員して擦った。
「うぇ……な、なにそれ……? おぇぇっ……!?」
「わかる、わかってますよ。俺だってぶっちゃけあの場でぶっ殺してやろうかと思いましたよ! けど今回ばかりはアンタの手で始末付けないと駄目だろ!?」
「こ、これじゃあ前の時と変わらないよぉ……ぐすん」
「ミリキャス……ほら、私でよければ胸を貸すから泣きなさい……私だって泣きたいけど」
苦しくてなのか、それとも別の意味でなのか、目を真っ赤にして涙目のサーゼクスさんに俺は始末を付けるべきだと説得しながら背中を擦った。
「くひ! ぼ、僕って相当悪いことを前世でも前々世でもやったんだろうなぁ……あは! あははははは!」
「ヘナヘナするんじゃあない! い、いやぶっちゃけ俺もわかりますけど、のうのうと生きてるカス野郎をぶっ殺すんですよ! 俺達だって勿論手助けしますから!」
最早疑い様もない。
傍観者だか何だか知らねぇが、人様の嫁寝取った挙げ句他の女と関係持ってる時点でぶちのめす動機は充分だろ。
心配なのは、あの猫妖怪の妹が今リアスちゃんの戦車である事なのと、その戦車がもしかしたら既にカスフック野郎と会ってて堕ちてしまってましたというオチがあるかもしれないという懸念だ。
クソ野郎の時はそれがあったからな……取り敢えず名前も知ったし、この後リアスちゃんと戦車を呼び出して聞いてみようと思う。
「ふーふー……!!
ふふふふ、僕キレても良いかな? 完成体阿修羅で粉々に消し飛ばしても良いかな? 阿修羅っちゃって良いかな?」
「やりましょう。全員出動でぶちのめしましょう。切り落としましょう」
まあ、それが仮にだとして、クソ野郎の時みたいに庇う様なら、リアスちゃんには悪いかもしれないけど、段ボールに積めてカスフック野郎に送りつけてやる。
で、精々カスフック野郎が目の前でサーゼクスさんにグチャグチャにされるのを見て絶望させてやる。
幸い不老不死っぽいし、ちょっとやそっとじゃ死にそうも無いだろうしね……。
その日、塔城小猫はリアスの自宅に呼び出された。
個人で呼び出されるなんて珍しいな……なんて思いながら学園に通う為に借りてるリアスの自宅に行ってみると、そこに居たのはかなり重苦しい空気を放ちながらソファに座るリアスと……その後ろに控える一誠だった。
「あ、あの……?」
何だこの重い空気は? そう内心思いつつ、神妙極まりない顔をしていたリアスと『相も変わらずリアス以外』だと表情の少ない一誠とを少しビクビクしながら交互に見ながら、促される様にソファに座ると、まず一誠が無言で懐から写真をリアスに手渡し、それを小猫の前に差し出して見せた。
「この男に見覚えはある?」
その言葉と共に放たれたリアスからの質問に、小猫は一誠からの無言なる威圧に尻込みしつつも、差し出された写真を手に取り………。
「………!」
驚くかの様に目を見開いた。
その表情は誰がどう見ても『見覚えがある』といった態度だった。
「……知ってるのね? その男を」
「ど、何処に居たんですか?」
リアスの複雑そうな感情が篭る声に小猫は少し震えた声で質問返しをしたのだが……。
「その前にだ塔城後輩さんよ。
キミはこのフックだらけの男と何処で何時知り合ったのかを答えてくれ。居場所はその後にでも教えるから」
「ふ、フック男?」
何ですかフック男って……? と普段殆ど業務的な会話しかしてなかった一誠からの変わった呼び方に疑問に思う小猫だが、さっきから異常に怖い雰囲気を撒き散らしてるせいで聞き返す勇気が沸かず、小猫はこの銀髪・オッドアイの男を何故知っているかの理由を話始めた――
「この人、リアス部長と出会う前、まだ姉と行動を共にしていた時期に私たちの前に現れたんです。
そして『妙』に姉の面倒を見てたと言いますか、暫くしたら消えたといいますか――
――姉の想い人です」
アウト確定の情報を小猫は語った。
「……………そう」
「………………チッ」
複雑そうな顔で話した小猫に、リアスは気落ちした表情を、一誠は腕を組みながら忌々しそうにしたうちをした。
特に一誠に至っては、『何が傍観者だ、本当に只の傍観者気取りじゃないか』と、この小猫の姉はどうでも良いとして、サーゼクスの嫁さんと関係持ってるフック男に益々殺意を滲ませていた。
「あの、もしかしてこの人と会ったのですか? まさか姉も?」
「アナタのお姉さんは偶発的だったのだけど、別件でその男の事を調べてたらね……」
「そうですか……」
「何だ、キミもまさかこのフック男を想ってるクチか?」
やけに気にする素振りの小猫に、若干皮肉を込めて一誠は問い掛ける。
するとそれまで大人しめの態度だった小猫が突如急変――
「流石に先輩でもその冗談は笑えませんよ? 姉は知りませんが、私はあの得体の知れない人に何かを思ってるなんて微塵もありませんから!」
「こ、小猫?」
「っ!? ご、ごめんなさい……つい……」
「お、おう……?」
余りにも必死な否定に、予想してたのと違うとリアスと一誠はちょっと圧されてしまう。
「部長と先輩が知ってるなら今言いますけど、この人は不気味と言いますか、何故か私達の未来を言い当ててたといいますか……」
「………それを何時知ったの?」
「………。偶々その人が書いてたと思う日記を見た時に……」
「日記だぁ?」
「はい。思い返せばおかしな事ばかりな内容でした。
何故かその当時私が部長の眷属じゃないのに、後々リアス部長の眷属になるだろう的な事が書かれていたり、人間の筈なのに書き始めがかなり昔だったり、グレイフィア様の事が―――――あ、そういえばあの人グレイフィア様と知り合いかもしれません」
相当深い穴があるのか、小猫は二度と会いたくないといった顔で色々と話す。
しかもグレイフィアとの関係も思わぬ所で得られたのは大きかった。
「何でも幼少期には既に知り合いになってて、戦争時にそのまま死んだと装ってたみたいですあの人」
「かなり前から生きてるのか、あのフック男」
「そうなるわね……。お兄様と出会う前から既に知り合いであったことも確定ね」
「あ、あと所々に『原作』と書いてありました。
『原作通りなら小猫はリアス・グレモリーの眷属になる』とか……」
「……ほう?」
「前と同じね、タイプは違えど」
傍観者を気取りたいからかは定かでは無いが、少なくとも綾瀬和正とは違ってわかりやすい欲があるかどうかはこの時点で無い。
安心院なじみの調査結果と照らし合わせれば、本人にとってグレイフィアからの好意は想定外だったみたいだが……。
「まあ、だからといって無罪な訳が無いがね」
「ええ……」
それほどの未来予知があるなら、グレイフィアがサーゼクスの嫁になってるのも再会した時点で分かってた筈。
なのにあんなホテル街に行く時点でサーゼクスに殺されても文句なんて言えない。というか、小猫の姉とも怪しそうな時点で死んで詫びても足りないと一誠は至極真面目に考えていた。
「その、やっぱりグレイフィア様って……」
「誰にも言わないでよ。大騒ぎじゃ済まない」
「は、はい……わかってます。
でも姉がまだあの人を追い掛けてたなんて……」
一応疎遠だけど妹だからと、リアスがその男と黒歌が共に居た事を話すと、小猫は物凄く複雑な顔をして俯いた。
姉の力を恐れたのが疎遠の原因のひとつだったが為に、もう一人の不気味な男と関係があるかもしれないという話は彼女にとってもダブルショックなのかもしれない。
「で、でも魔王様のお嫁さんとこの人がもしそんな関係だったとしたら……」
「決まってるだろ、手足ひきちぎってからサーゼクスさんの前に出して懺悔させ、生きてる事を後悔させてやる」
「………」
何時に無く感情的にな顔して話す一誠に小猫はちょっと怖いと思いつつも意外な気持ちを持つ。
普段はロボットの如く雑用勤務をこなし、バレバレなのに隠れてリアスとイチャイチャしててとイマイチよく分からない部分が多かった。
が、どうもこの人はリアスだけじゃなくてサーゼクスをサーゼクスさんと呼ぶレベルには親しい様で、これはこれで何でかと疑問を抱いてしまう。
まあ、リアスに対しての忠犬じみた態度を見てると怪しいながらも信用は出来るので小猫としてもそれ以上の詮索はしないつもりだが……。
「決まりだねリアスちゃん。近い内にぶっ潰そう、こういうバカは死んでも直らない」
「そう、ね……。お兄様とミリキャスの為にも早く始末しないと」
敵にだけは回してはならない。小猫はそう思うのだった。
その日、堕天使と天使と妖怪チームは人外にこんな事を教えられ、真面目な顔して談義していた。
「グレイフィアがまた別の野郎にやられただと?」
「そういう輩がまた居たのか……よりにもよってグレイフィアとはな」
「程度は違えどやることは変わらないか……呆れる話だ」
秘密保持者であるアザゼル、コカビエル、ヴァーリ、ガブリエル……そしてひょっこりと現れるスキマ妖怪とその式神。
彼等の戦力は個々にして災害レベルであるのだが、平和な世界では極めて大人しくほのぼのライフをエンジョイしていた。
主にガブリエルとスキマ妖怪の小競り合いは一種の風物詩になってる程度に。
「決まりだな、サーゼクス達と一度合流しよう。
そしてその転生者に禊をしてやる」
「リアスと一誠も覚えてるようだしな。良い機会だ、全員で集まって紫の世界に旅行でもしてみるか?」
「あら良いわね。アナタ達なら別に来て貰っても構わないわ、何ならコカビエルには永住権を――」
「必要ありません! コカビエルの世界は此方なのですから……!」
軽口と小競り合いが横行する中、全員の心はある意味一つだった。
「よし、転生者なら久々に本気を出せそうだ」
「ああ、何せ不老不死らしいしな。頑丈そうだ」
「綾瀬和正以来の命の危機を感じる戦いか……ふふ、やってやろうじゃないか」
「私も見てみようかしら? ただ、危なくなったらフォローするけど」
「それに託つけてコカビエルをスキマに閉じ込めたら許しませんからね?」
「しないわよ。私そんな風に見えるのかしら? ほら藍からも言って?」
「……。そうなりそうなら私はガブリエル様に助太刀致します」
「………。あらー……自分の式神に軽く反逆されたわ」
そう………相手にとってのベリーハード……いや、ナイトメア――――――否、アンノウンという難易度の到来という意味で。
補足
はい、もう無理。どうあがいても無理。
一誠くんは最早殺る気マックス。
リアスちゃんも同時。
サーゼクスさん報復心は吐いてもマックス
なじみさんは寧ろ絶望も上乗せさせる気満々。
ミリキャスちゃんはなじみお姉ちゃんに前世込みで懐いてる。
コカビーグループは『転生者』だからと油断無く全力で潰す気満々。
ね、イージーゲーからUnknownでしょ?
その2
ちなみに最初はニアミスでフラグが立ってしまってました。
が、再会したらかなり無理に迫られてしまい、なし崩しにこうなってしまった…………と、転生者こと設定盛りのフック男は供述するつもりなのですが、そうなった時点でサーゼクスさんに土下座しない時点で言い訳にもならない。
というか、さりげに猫姉ともフラグってる時点でもう傍観者気取りもクソもない。