臨海学校以降、一夏が銀の福音から受けた傷は確かに癒えている。
しかしそれでも一夏には松葉杖が必要な状況に変わりは無かった。
そう、例の無人機の襲撃の際に負った傷が全く治らないのだ。
どんな治療を施そうとも、まるで奇病の様に……。
「我々には手に負えない。
何せ何をしようとも回復の見込みが全く無い傷など、聞いた事すら無いのですから……」
「……」
「このままだと彼は一生右半身に障害が残るやもしれません……覚悟だけはしておいてください」
「…………」
この宣告を受けた時、それまで何故か楽観視していた一夏が漸く絶望に染まり始めた。
「……。奴等のしわざだ……奴等の……!」
「一夏……?」
そして誰かに対してだと思われる憎悪の感情をたぎらせ始めた。
私としても、弟をこんな目に遭わせた奴を許すことはしない。
しかし一夏にその相手とやらを聞いた時、私は内心それは只の言い掛かりではないのかと思ってしまっていた。
「兵藤だよ千冬姉。あいつと、臨海学校の時に現れた兵藤一誠って奴がきっと………」
「あの場に兵藤も兵藤の兄も居なかったではないか。
それはいくら何でも無茶苦茶な――」
「千冬姉はわかってない!! 兵藤はともかくとして、兵藤一誠は……いや、兵藤一誠だけじゃなくて奴等は普通じゃないんだ!」
「一夏……」
兵藤一誠という奇妙な男達が現れてからというもの、一夏はまるで『何かを恐れている』かの様に、兵藤共々非難めいた言葉を吐くようになった。
昔から誰かの悪口を言わない子だった筈なのに、怨敵を相手にするかの様に呪詛の言葉を……。
その姿は、一夏に好意を持つオルコット、凰、篠ノ之にも違和感を覚えさせている位だ。
「頼む千冬姉、奴等にだけは気をつけてくれ。
束さんは兵藤一夏に騙されて……」
「何を騙されたというのだ?」
「っ……や、奴は俺と顔がそっくりだろ? それを利用して俺に成り済ましてる気があるんだ。
だっておかしいだろ? あの他人に興味の無い束さんがあんなに他人でしかない兵藤に……」
「………」
目を伏せながら束が騙されていると話す一夏に私は相槌も打たずに黙って聞きながら考える。
無人機の件は確かに束が絡んでいる可能性の方が高い。束の一夏に対する態度を見ても、怪我をしても知った事では無いとすら思ってる。
加えてあの支取蒼那とか言った少女は、『偶然』にも兵藤一誠の知り合い。
犯人云々は置いておいて、彼等を探る必要はあるのかもしれないという考えに私は傾いた。
………一夏にあまりにもそっくりなあの兵藤一夏の事を含めて。
「まあ、調べる価値はありそうだが、取り敢えずお前は安静にしていろ。
オルコットや凰、それに篠ノ之もお前を心配しているのだからな」
「あ、あぁ……わかったよ千冬姉」
……。弟にそう言った私は部屋を出ると、早速手元にある手段を使って、兵藤という存在についてを調べる為に動く。
一番手っ取り早く調べるには、やはり兵藤本人から聞いてみるのが一番だが、臨海学校でのやり取りを見ている限りだと、望みの方は恐らく薄い。
束に直接連絡をして聞いてみるのも考えてみたが、やはり反応からして教えてくれそうも無い。
さてどうしたものか……と自室目指して歩きながら考えていた私は、ふと一つ思い返して気付いた事が……。
「……。そういえば、更識の奴が兵藤一誠を兄と呼んで慕っている様に見えたな……」
それが当たり前だったから見落としていたが、更識家の次女の方は兵藤と異様に仲が良く、確か臨海学校の時も兵藤一誠の事を兄と呼んでいた。
……まさか兵藤一誠が趣味で呼ばせてるなんて勘繰ってしまうのは、私を見ていきなりナンパじみた真似をしてきたという先入観があるからなのか……。
「更識が兵藤一誠を兄等と呼んで慕っている事を、二年の更識達は果たして知っているのか? 知っていたとするなら、それは更識楯無達もまた兵藤一誠と繋がりがあるという事になる。
………。聞いてみる価値はあるな」
兎に角私は確かめてみなければわからないと、自室へのルートを変更し、二年の更識楯無が生徒会長として居座ってるだろう生徒会室へと向かってみる事にした。
考えてみれば、更識の次女が一般人という括りである奇妙な存在と浅くない仲というのも変な話だ。
一体何時からそんな仲になっていたのか……そしてあの男達は一体何者なのか……。
胸の中を駆け巡る『予感』の赴くまま……つまり自分自身の好奇心に駆られるがまま、ちょうど放課後となってる現在居るだろう生徒会室の扉を開けてやる。
「邪魔するぞ更識」
「? あら、織斑先生じゃないですか」
妹と同じ色をした髪の少女、更識楯無が私の来訪に珍しそうに目を丸くしながらも、従者である布仏に小さく声を掛ける。
多分茶でも淹れる様に命じたのだが、席を立とうとする布仏を制止する様に手を向けながら、私は言う。
「長居して邪魔をするつもりは無い。今日は一つお前達に確認をしに来たんだ」
「確認……?」
「それは一体何でしょうか……?」
要らないという意思表示が通じたのか、そのまま座り直す布仏の姉の方と共に首を傾げる更識。
更識家の名を受け継いでるだけあって、易々と情報を引き出せるとは思っていないが、一瞬のリアクションさえ確認できるだけでも私にしてみれば大きな情報。
だから前置きも無く私は……。
「私の受け持つクラスには、お前の妹である更識簪が居るのはわかってると思うが、単刀直入に聞くぞ? お前達はその更識が『赤の他人』である兵藤一夏――の、兄である兵藤一誠を何故か兄と呼んでいる事を知っているのか?」
さぁ言ったぞ。
これでもし知らなければ、寧ろ驚くようなリアクション。
そしてもし知っていたら――
「あら、そういえば一誠さん達は臨海学校の現場に行ってましたね。その時に会ったんですか?」
「あの人は大体がいい加減で、簪お嬢様達の宿泊先すら確認せず、海に行きたいからと適当に行き先を決めたらかち合ったと聞きましたが、なるほど、その時に織斑先生もあの人と」
「………え?」
……………。あれ、思っていたのと違う。
もっとこう、騙し騙されなやり取りを覚悟していたのに――というかコイツ等、何故兵藤一誠に対して気安い呼び方を……。
「あ、あぁ……その言い方だと知っているみたいだな、兵藤一夏の兄を」
「ええ……でも何で織斑先生が一誠さんを? 何か言われました?」
「何となく予想は出来ますけどね。あのだらしない人が織斑先生に何を言ったのか」
布仏のため息混じりの言い方に、私は初対面時に言われた事を思い出す。
そう……あれは――
『おおっ!? 織斑先生のお隣に居る子――じゃなくて方は、もしや山田先生では!?』
『うひょー!? マジかよ!? おいマジかよ一夏!? これスゲーぞおい!? やべぇよ! グレモリー先輩よりすげぇよ!?』
『先生! 山田先生! 一夏の学生生活を是非先生の口からお聞きしたいので、かき氷でも食べながら……ね! ねっ!?』
「………………」
あれ、私別に何もされてない?
「織斑先生……?」
「………ハッ!?」
思い返してみて、軽い挨拶されただけで何もされていない事を思い出した私は、更識からの声で現実に返る。
そう、そうだ……別に特に私はされてなかった。というか、あの時隣に居た山田先生にかなり興奮しながらナンパ紛いの真似をしてた……というだけで私は本当に見向きすらされてない感が……。
「いや、只挨拶されただけ―――」
「まあ、予想はできますね。あの人は美人で胸の大きな女性には所構わずだらしない真似をしますから」
「ましてや織斑先生だからねー……結構あるし~」
「………………え?」
あ、そう……なのか? 何気無く兵藤一誠の情報を引き出せてるが、あの男はそういったのがタイプだったのか。
なるほど、だから山田先生を……。しかし二人の言い方はまるで私がされてしまったみたいな……。
……………。
「あ、あぁ……うん、そんな、感じ、だったかなー……あははははー……突然の事で参ったものだ……わははははー……」
「? 織斑先生?」
「何で棒読み気味なのでしょうか……?」
見向きされずに山田先生ばっかり……と言っても良かったが、何故か妙な敗北感があったので、此処はひとつ被害者のふりでもしておこう。
うんそうだ……こう言っておけば同情して貰えて、尚且つ思いもしない情報を聞き出せるかもしれないしな。うん……山田先生に負けた気分に今更ながらなってるとかそんなのでは無い。
そもそもあの訳のわからん男なんてどうとも思っても無いし。
「へー……ナンパされたのかぁ……良いなぁ」
「え?」
「ゴホン! お嬢様……?」
「な、なによぅ……」
更識が妙に羨ましそうにしている? いや、気のせいか? だってあの男は30手前で、しかも幼女にあんな事まで……あれ?
「あの、話を戻すとだ。彼は一体どんな男なのかと……」
「一誠さんと知り合ったのは私と虚ちゃんも最近の事ですからね……。胸の大きな女の子が大好きな子供っぽい人……としか」
「あとニートでロリコンですね。その昔、インサイダースレスレな真似して一財産築いた後は自由気ままに幼い見た目の女の子と一緒に生きている……くらいですかね?」
「ろ、ロリコン……?」
布仏姉の妙に力説めいた言い方に私はちょっと困惑してしまうが、納得はしていた。
確かに考えなくてもあんな幼い子供に飛び付かれた挙げ句、あの支取蒼那だとか言った女と代わり番子にキスをされまくってた姿を見てると、ロリコンと言われても仕方ないのかもしれない。
だが、物凄く抵抗してたし、その後の彼のゲッソリした姿を見ると、微妙に違う気もしないでも無い気もするのだが……っと、また余計な事を。
「つまり、お前達も彼と知り合いという事で良いのか?」
「ええまぁ……でも更識とは無関係ですよ? 単純に個人的な付き合いです」
「それは私からも保証します。
一応彼は私達の師匠ですので」
「は? 師匠って……何のだ?」
「戦闘技術ですよ織斑先生。
一誠さんはISには乗れませんが、生身の戦闘技術は私達でも感嘆する程の腕前なんです。だから、妹の簪ちゃんがお世話になっていると知ってご挨拶に伺ったついでに私達も……」
戦闘技術……の師だと?
更識の当主継承者と従者が一般人に教えを乞うていて、更には個人的な付き合い? 意味がわからない。
信じられる確証なんて今の所無いが、あまりにも突拍子が無さすぎる。
そりゃあ確かに、ビーチバレーではしゃいでいた姿を見た時は、相手方を殺すんじゃないかとすら思える訳のわからない力で蹂躙していた様には見えたが、それにしてもあの男が……だと?
「えっと、他にありますか? 一誠さんの事なら別に何でも教えますけど?」
「っ!? じゃ、じゃああの男と兵藤の関係は何だ!? 私が見ても実の兄弟には見え無いし、何より私の弟と名前まで同じ兵藤は一体――」
「申し訳ありませんが、それは私達にもわかりません。
そこまで深い所までは私達もまだ知りませんから……」
「くっ……そ、そうか……」
やはりそこまでは知らなかったか。
だがこれで更識とまで繋がりがあるとまでは知れた。
……肝心の正体と兵藤一夏については解らないがな。
「そんなに知りたいなら、本人から聞けば良いのでは?」
「………は?」
いっそ思いきって今度は兵藤に聞いてみようか……と考え始めていた私だったが、会長席に座っていた更識の言葉にまたしても柄にもない反応をしてしまった。
「何を……」
「いえですから、そんなに知りたいのなら一誠さんに直接お聞きすれば宜しいんじゃないですか? 織斑先生の考えてる事が単なる推測で無ければ、あの人の事です、結構アッサリ答えると思いますよ?」
「まあ、基本的に能天気ですからねあの人は」
更識の言葉に布仏が頷いて同意する。
コイツ等は思っていた以上に兵藤一誠と親しいみたいだが……。
「……。まあ、今の織斑先生じゃあ教えてくれないとは思いますけど」
「なに? ならどうすれば……」
「あの人はバカなんで、軽く色仕掛けとか?」
「なっ……!?」
私にしてみれば物凄い躊躇を覚える手段を使わないと、どうやら難しいらしい。
い、色仕掛けだと……?
「私個人としては、織斑先生にして欲しくなんてありませんけどね……」
「私としてはお嬢様の目が覚めるなら、誰でも良いので人柱になって貰えれば御の字です」
「布仏お前……人を生け贄のように……!」
確かに有効かもしれないが……く、くそ! 山田先生に頼んで……いやダメだ! 確かあの夜山田先生は割りとハッキリ兵藤一誠は苦手と言ったから、こんな事は頼めない……!
「そうですね……私が今度オーフィスちゃんとソーナさんを誘って試そうとした案に、メイド服を着て『ご主人様♪ にゃんにゃん♪』とか言いながらお尻をフリフリと……」
「ふ、ふざけるなぁっ! そんな真似を私がしろと言うのか!?」
「それは私も初耳ですし、お嬢様には絶対やらせませんからね――いや、今のお嬢様だと直前で躊躇してやめるから必要ありませんか。
ムカつきますけど、一誠さんの前だと借りてきた猫の様に大人しくなりますし」
「うっ……ま、まぁ確かにやろうと考えただけだけど……」
えぇい、お前らの事情なんぞ知らん! そんな真似私は絶対にしない!
「もっと他には無いのか!?」
「無いですよ。一誠さんって肝心な所のガードが凄い固いですから。
……………でなきゃ、ソーナさんとオーフィスさんのアプローチを回避し続ける訳がない」
「ええ、私としてはお嬢様がとっとと目を覚まさせるのであれば、先生だろうとこれを推しますわ」
「くっ……ぐくっ……め、メイド服なんて……ぐぅ!」
いつの間にか妙に追い詰められてる気がしてならない。
でもそうでもしなければ奴の正体や束との関係もわからないまま。
私は……私は!!!
「ご、ご主人様……にゃんにゃん……」
「え、ほ、本当にやるんですか織斑先生?」
「あの男が女好きなのは初見でわかったからな……物凄く嫌だが、私はどうしても知りたいのだ。だから……やってやるよ。良い情報を感謝するぞ二人とも」
「え、え!? ちょ、虚ちゃんどうしよう?
わ、私が一誠さんにやる予定だったのに……予想外な事に」
「ふん、それで靡けばお嬢様だって目を覚ましましょう。
寧ろ私は推し続けますよ」
「そ、そんなぁ……言わなきゃ良かったよぉ……」
やってやる……化けの皮を剥がしてやる為にな……!
終わり
そんな訳で家庭訪問と嘯き、楯無と虚の案内で割りと豪勢な一軒家……つまり兵藤家へとやって来た千冬さん。
「か、家庭訪問です……」
「はぁ……そんな話聞いてないけど、まぁどうぞ……」
物凄く怪しまれつつも中へと入る千冬だったが……。
「あれ、ちーちゃんじゃん? どしたの?」
「タバネのお友だちでしたね」
「なっ!? お、お前達が何で!?」
リビングで普通に寛いでる親友と、怪しいと思ってる対象その2。
「一夏は学校でどうしてます? アイツ偏屈だから友達とか少なそうで……」
「い、いえ……中々クラスに溶け込めているみたいで……。
あ、あの……お手洗いは……」
「え? あ、失礼……この部屋出て右手直ぐです」
そして紙袋を持ってトイレへと駆け込んだ千冬は――
「ご主人様……ひとつ教えて欲しい事があるにゃん♪」
「……………………は?」
マジでやってしまった。通販で買ったミニスカメイド服姿で……。
「え……あの……え?」
「にゃん♪」
「は? いやあの……な、なんすか? ちょっとたっちゃんに虚ちゃん? どうしたのこの先生?」
「おいおいどうしたんだよちーちゃん? 頭おかしくなったの?」
「……何でしょう、見てられない気分とはこの事でしょうか……」
「…………。我の方が似合うもん」
当然こうなる。当たり前だ。
結果……。
「に、にゃん……にゃ………ふぇ……ふぇぇぇ……!」
「お、おい!?
な、泣き出したぞ!? 何なんだよ!? 意味が解らなすぎるぜオイ!」
耐えられなくなった千冬は泣き出した。
弟にすら見せたこと無い羞恥とか諸々含めたガチ泣きを……。
「ふぇぇ……!」
「ちょ、お、落ち着きましょう先生? 俺達も見なかった事にしますから、ね?」
「ノーリアクションで言われても信じられないよばかぁ!」
「え、えぇ……? 何だこの人……誰かに似たベクトルを感じるんだけど……」
「嫌ね一誠……そんなに見つめられたらお腹が熱くなるじゃない……」
似非・家庭訪問(嘘)
補足
まあ、似非だから。シリアスに軌道修正するからこれは似非だよ。
たっちゃんの覚醒した後のスキルを結構ガチで考え中。しかし浮かばんぜよ