長いことヴァーリのトモダチをさせて貰っている内に、俺はどうにも『喧嘩』が割りと好きになってしまっている。
といっても自分より明らかに弱い者に喧嘩を吹っ掛けたりは絶対にしていない。
自分の持てる力の全てを捻り出した、限界ギリギリの殴り合いが出来る相手との喧嘩が俺は楽しいと思っている。
死ぬかもしれないというスリルと、己の限界の壁を乗り越え、更に先の領域へと突き進む事が出来た時の快感を一度でも覚えてしまったからな。
つまるところ、自分の限界を乗り越えるという行為は俺自身の本能に基づいたものである訳で……。
同等の力を持つ親友との恨みっこ無しの喧嘩はまさにその俺の本能を満たしてくれるということなのさ。
だからヴァーリとの定期的な喧嘩はついつい熱が入ってしまい、気がつけば一日中殴り合ってしまっているなんてことはザラだったりする――――――というのは今は置いておく。
後腐れのない喧嘩を一日中繰り広げたことでお互いに割りとボロボロの姿でユミエラとアリシアちゃんの居る学校に帰った俺達は、てっきり怒っているだろうなと思っていたユミエラとアリシアちゃんがしょっぱい顔をしながら出迎えてくれた訳だが、そのすぐ後ろには見慣れない金髪の女の子が居た。
俺もヴァーリも初対面であるので、てっきり二人にやっとトモダチでも出来たのかしら? と思った訳だが、どうやらそうでも無いらしく、俺とヴァーリは互いに肩を貸し合い、ジャイ○ンパンチを喰らったの○太みたいな顔の状態で放心してしまっていた。
何故か?
それはその女の子の傍らに居る、軽薄そうな雰囲気を漂わせる男が……。
「「…………」」
「よー、また喧嘩か? 相変わらず元気だな悪ガキ共?」
実質俺とヴァーリにとっては育ての親である堕天使――アザゼルが当たり前のようにそこに居たのだから……。
顔中ボコボコに腫らせた姿でやっとこさ戻ってきたイッセーとヴァーリは、目の前に居る男の存在に一時的に放心してしまったままそれぞれユミエラとアリシアに引っ張られる形で、サロンへと連行され、そのまま治療を受けていた。
「ちょ、ちょっとヴァーリくん!? 腕が曲がってはいけない方向に折れてるんだけど!?」
「イッセーは脚が曲がってはいけない方向に折れているわ」
「ふっ、オレ達の喧嘩は常に全力なのさ」
「ちょっと寝れば治るし」
下手すれば死んでてもおかしくない大ケガを負っている二人がアリシアとユミエラの二人から甲斐甲斐しく世話を受けている最中、その視線はエレノーラなる女子生徒の傍からこちらを見ているちょいワル系の風体をしている男――アザゼルへと一点集中している。
「アンタ、本当にアザゼルなのか?」
「偶々のそっくりさんって訳じゃあないよな?」
思いもよらない人物の存在が少し信じられず、ついそんなことを口走るヴァーリと、同意するように頷くイッセーに、燕尾服という、着たら世界一似合いそうもない格好のアザゼルは『あー……』という声と共に口を開く。
「その答えはお前等が一番わかるんじゃあないか?」
「「…………」」
アザゼルのその言葉にイッセーとヴァーリは即座に目の前の男が正真正銘のアザゼルであることを確信する。
「……。何時からここに来ていたんだ?」
「8年くらい前だったか? そんくらいだな」
「は!? は、8年!? な、なんでそんな前から居るのに俺達に顔をみせなかったんだよ!?」
「そりゃあ二人ともが今治療してくれてるお嬢さん達と楽しそうに生きてるのを見たからだ。
お前ら二人ともが何故かガキの頃の姿に退化しちまってたとはいえ、放っておいても勝手にデカくなるだろうと……」
「「………」」
8年も前からこの世界で実は生きていたと聞いたイッセーとヴァーリは、その気配すら一切感じさせなかったアザゼルに対してちょっと感服してしまうのと同時に、要は面倒だから放置していたと言われてしょっぱい気持ちになる。
「そこのお嬢さん二人ならお前等を拒絶しなさそうだってのもある。
何より俺としてもこの世界の魔法の概念について調べたかったからな」
「じゃあそこの女の子は?」
「コイツか? コイツは俺のスポンサーみたいなもんだ」
「その似合わん格好はなんの意図だアザゼル?」
「スポンサーになって貰う為の対価って奴だ」
そう言いながら気安く隣に座るエレノーラの頭をポンポンと撫でながらヘラヘラと笑うアザゼル。
「ちょっと、子供扱いしないでちょうだい!」
「扱いも何もまだガキだろうがお前は」
「むー……!」
「「………」」
その軽率な態度に対して怒った顔をするエレノーラだが、イッセーとヴァーリは彼女が本気で怒っているわけでも気分を害しているわけでもないということが一瞬でわかった。
「「………ちっ」」
((え、舌打ち……?))
故にイッセーとヴァーリは無償に気に食わない気分となって小さく舌打ちをすれば、二人の治療をしていたユミエラとアリシアが目を丸くしながら驚く。
「ある程度理由はわかった。
アザゼル、オレ達が何故この世界に来てしまったのかはわかるか?」
「そこの所だが、正直俺もまだ見当もつかん。
お前等が突然失踪した後、オレは即座にグリゴリの代表をシェムハザに押し付け―――いや、譲った後お前等の行方を探し始めた。
そして二年経ってもお前等は見つからず、あの世界で起こった『ゴタゴタ』によってちとデカい戦いがあった訳だが……」
「「訳だが?」」
「そのデカい戦いの最中、気がつけばオレはコイツの家の庭で気ィ失ってた」
持ち前の回復力もあり、ある程度動けるまでに回復をしたイッセーとヴァーリは、アザゼルも自分達と似た過程でこの世界に来た経緯を聞き、『理由はわからない』という事を理解する。
「この世界はオレ達が何者なのかを知るものは居ない――ただの一般人だ。
正直言って元の世界よりは住み心地も悪くは無いし、何がなんでも元の世界に帰りたいって訳でも無いだろう?」
「それは――」
「まあ……」
「「?」」
アザゼルの質問に対して、イッセーとヴァーリはそれぞれユミエラとアリシアを見ながら、否定せずに頷く。
「話し半分にしか知らんし興味もそこまでは無いが、この世界の魔王とやらが二年後だったかに復活するなんて噂も、その魔王ってのも正味サーゼクス達より強いかも微妙だ。
つまりここに居る以上、鬱陶しい喧嘩を吹っ掛けられることも無いわけだ」
今の生活を割りと気に入っているので元の世界に戻る気も無いし、見たところイッセーもヴァーリも自分無しでも割りと生きていけると思ったから今まで放っておいたと話すアザゼル。
「お互いに色々あったのは理解した。
それで? こうしてイマイチ締まらん再会を果たした訳だが、今後はどうするつもりなんだ?」
「アザえもんがもし世界征服でもしたいってのなら手伝うけど」
「「「………」」」
互いにこれまでの経緯を理解し合えたということでめでたしめでたしという流れになりつつある最中、今後について訊ねるヴァーリとイッセー。
イッセーに至っては割りと笑えない事を平然と訊ねるのだが、アザゼルは苦笑いを浮かべながら首を横に振る。
「お前からその呼び方をされるのも久し振りだなイッセー?
だがオレが一度でも世界征服に興味があるだなんて話した事は無かった筈だが?」
「俺達からしたら10年くらいは会えなかったんだ。
10年もあれば考え方も変わる奴も居るでしょう?」
「ほう? お前なりに考えてはいるようだな?
ならば答えよう、当然そんなものはNOだ。
堕天使のアザゼル、白龍皇のヴァーリ、赤龍帝のイッセーを知るのはこの世界でも其々親しい者しか知らんし、わざわざ広める気も無い。
好きな研究をして、美味いモノを喰って美味い酒に酔うという結構楽しい生活を今更捨てる気にはなれんだろう、違うか?」
要するに緩い日常を過ごせればそれで良いと言うアザゼルに、イッセーとヴァーリはどことなく安心したような顔で頷いた。
「アザゼル、アンタがこの世界で生きていたと知った今、もうあの世界に未練は無くなったよ」
「ああ、また会えて嬉しいよアザゼルさん」
こうして元の世界への未練すら無くなったイッセーとヴァーリは、改めて其々世話になっている少女をアザゼルに紹介しようとした処で、先程アザゼルに子供扱いされて不満そうな顔をしていたエレノーラが、わざとらしく咳払いをする。
「んんっ! 再会を喜んでいる所に割り込むようで申し訳ありませんが……」
「? なんだ」
「キミがアザゼルさんのスポンサー主だってのは今聞いたけど……」
髪の色もあって煌びやかに見える少女に、イッセーとヴァーリは固い表情をする中、エレノーラはこう切り出す。
「このアザゼルからお二人の事は幼少の頃から伺っていますわ。
失礼ですが、お二人の年齢はおいくつでしょうか?」
「感覚的に17」
「恐らくは16」
突然年齢を訊かれたイッセーとヴァーリは、一瞬お互いの顔を見合わせつつ、この世界に飛ばされた際に肉体が子供の時期まで退化してしまった為、あやふやになっている自分の年齢を大体で答える。
するとそれを聞いたエレノーラはぶつぶつと『やはり二人とも私より年上ですわね……』と呟きながら何か考え事をする素振りを見せてから、ニコリと二人に微笑みかける。
「では今後はこの私を『母』と呼んでくださいな?」
「「……………………………………………。あ゛?」」
((早速言っちゃったよこの人……))
初対面の……それも間違いなく年だけは下である女子からいきなりそんな台詞をぶつけられたイッセーとヴァーリは、あまりの衝撃に変な声が出てしまい、傍で聞いていたユミエラとアリシアは軽く引いてしまう。
「すまない、キミの言ってることが分からないんだが……」
「イカれてるのか?」
そこそこ本気で目の前の少女の頭の中を心配する二人にエレノーラは特に気分を害した様子もなく、何故かドヤ顔だった。
「私は正気ですわよ。
寧ろ考えてもご覧なさいな? 貴方達二人は血の繋がりこそないもののこのアザゼルの息子。
であれば自動的に私の息子にもなるという事でしょう?」
「なにがどう自動的なのかがわからないんだが」
「頭脳が残念な女なのかお前は?」
それなりに気を使った言い回しをするイッセーとは正反対に、もろに暴言混じりであるヴァーリだが、やはりエレノーラはふふんと得意気だ。
「アザゼルさん、どういうことだ?」
「まさかアザゼルはこの女と……?」
「そんな訳ねーだろ。
コイツが勝手に言ってるだけだ」
ラチがあかないと判断した二人がアザゼルに説明を求めると、アザゼルはめんどくさそうに頭を掻いてエレノーラが勝手に言ってるだけだと返すと、傍に居たユミエラがイッセーに耳打ちをする。
「簡単に言えば、イッセーに対する私みたいな感じよ」
「なるほど、ちょっとだけわかった」
要するに轢き殺す勢いの一方通行なのだと理解したイッセー
イッセーの場合はその勢いにほぼ負け、なんなら最近はユミエラに見知らぬ男が近寄るだけでイラッとなるようになったので、一方通行とは言えなくなってはいる訳だが、エレノーラの場合、アザゼルとは文字通りに年が離れているせいもあってか、一方通行のままという事らしい。
「いきなり自分を母と呼べなんて言い出すから、マジで頭沸いてんのかと……」
「そりゃあそうだわ。
ただ、意外に思ったのは彼女を前にしても平静なのね? 結構好みの見た目じゃないの?」
「は? いや別に。そりゃあ見た目だけなら確かに美少女だなぁとは思わなくもないけどよ……」
アザゼルに『そろそろやめろアホ娘』と言われながら額を軽く小突かれているエレノーラは確かに数年くらい前までならナンパの対象内だったのかもしれないが、そもそもここ最近はナンパらしいナンパなんてしなくなったし、なんなら美女と出会しても特になんとも思わなくなっている。
「それ以上にユミエラに嫌われたくはないからな……」
何をどうしても一切『ブレが皆無』であるユミエラの存在がイッセーを変えたからこそなのだった。
こうして異界の堕ちた天使と、龍を宿す少年二人はちょいと緩めながらも再会を果たすのであった。
「イッセーさんがヴァーリ君と遊んでばっかりなせいで、ユミエラちゃんの元気が無くなっちゃったんだから、お詫びはしてあげてよね?」
「え? あ、うん……」
「そういえばイッセーお前、昔は女を前にしていたら誰彼構わず手を出そうとしていたのに、今のお前からそんな気配がまるで無いな。
そこの黒髪の娘のおかげか?」
「あー……」
「改めましてイッセーのお義父様。
私はユミエラ、近い内に息子さんの嫁になる者ですわ」
「ああ、一応知ってるぞ。
あのイッセーの性格を知った上でそんな台詞を言えるというその度胸は褒めてや――」
「む、それはつまり、イッセーさんがユミエラさんを娶れば自動的に私の同い年の義理の娘に……」
「ならねーよバカ」
「むー! いい加減私を受け入れなさいアザゼル! もう子供だって産めますわ!」
終わり
オマケ
年下の貴族娘に『ママと呼べ』と言われる男の片割れは、色々な思惑ありきながらも、ユミエラが絶妙にモテ始めてる現象に少しの心配があった。
「申し訳ございません。私は貴方の頭の先から足の爪先までの全てに興味がありませんので……」
ユミエラ自身は当然、イッセー以外の異性に興味ゼロな為に、そのような声は1秒未満で突っぱねるのだが、それはそれとしてでもイッセーは心配だった―――と同時に学習した。
「なるほど、ユミエラが昔の俺の行動に対してこう思ってたってのがよくわかったぜ……」
昔の己の行為に対するユミエラが抱いていた気持ちを。
「お前、それを今更理解するのは遅すぎやしないか……?」
「仕方ないだろうアザゼル。
昔のイッセーは女に嫌われ過ぎて自棄っぱちになっていた位だからな……」
「堕天使の女に対しても軒並み振られまくってたなそういや……」
「大丈夫ですよ。
ユミエラさんのお話を聞く限り、彼女の意識の全てがイッセーに向けられているようですから」
そんな事もあり、最近は授業かなにかで知り合った地方貴族の子息によく話し掛けられるようになった――と、アリシア経由で知ったイッセーが、こっそりユミエラの授業風景を覗くようになる。
「ぬ! ま、またアイツがユミエラに話し掛けてやがる……」
「ああ、例のか……」
「確か彼は地方貴族のアッシュバトン家の子息ですわね」
何故か授業をサボって一緒に覗いてるエレノーラからの情報を耳に入れるイッセーは、パトリック・アッシュバトンなる男子生徒に対して無用にも程がある警戒心を剥き出しにする。
「は? パトリック・アッシュバトン? 誰よそれ?」
結果、リタという正式な使用人と交代して以降は学園内のどこかで適当に寝泊まりしていたイッセーは、久し振りにユミエラの部屋を訪ね、例の彼について聞いてみた。
「誰ってお前……最近授業とかでよく話し掛けてくる男だよ」
「ああ、彼ってそんな名前だったのね。
記憶する意味もないと思ってたから聞いてもなかったわ」
「あれ……?」
しかし返ってきた言葉はイッセーの思っていた返しとかけ離れたものであった。
「ほ、本当に知らないのか?」
「ただのクラスメートでしょう? どこの誰かだなんて興味無いわ」
名前からなにから一切興味が無いときっぱりハッキリと宣言するユミエラに、イッセーの中で発生していたモヤモヤが消えていく。
「そうか……」
「え、ひょっとして気になってた……とか?」
「……ちょっとだけ」
少なくともユミエラはその彼にはなんの興味も無いというのがわかったイッセーが、あからさまにホッとした顔をしていると、今度はユミエラの方が驚いてしまう。
「それを聞けただけで良かったよ、それじゃあ――」
言われてみれば確かに最近になって同じ男子から話し掛けられるようになったと、改めて気づいたユミエラだが、そんな男子なんぞよりも、その事についてイッセーが心配していることの方が余程重要だ。
幸い実家が勝手に寄越してきた使用人のリタには部屋を出て貰っているからこそ、ユミエラの行動は素早かった。
「待って」
部屋から出ていこうとするイッセーの手を掴んで呼び止めたユミエラは、振り向いたイッセーの首に素早く腕を回すと、そのまま押し付けるようにイッセーの顔を自身の胸で抱いた。
「ごめんなさい、そんな事を思わせていたなんて。
でもそれ以上に……嬉しい」
目を離せばどこぞの女に鼻の下ばかり伸ばしていたあのイッセーが、自分に近づく男に嫉妬のようなものを抱いていたという事実はユミエラにしてみれば生きてて良かったとすら思える幸福だ。
「私の心は変わらない。
何があっても、どんなことをされてもね……」
「………」
「でも、イッセーに余計な心配をさせてしまったのは反省しないといけないわ。
だからこれはお詫び。リタが戻ってくるまでまだ時間はあるから……ね?」
そのままイッセーと共にベッドへと倒れ込むユミエラは、自分の胸に顔を埋めながら抱いてくれるイッセーの頭を撫で続けるのであった。
「お嬢様……」
「? なにか?」
「……。何故元副長とそのような格好になっているのかについては敢えて聞きません。
しかし、やはりお嬢様はもう少しご自身の立場を理解して頂きたいのです……」
「理解はしているわよ。
理解した上で私はこれを自分で望んで選んだのよ」
「しかし……」
「私の生き方は私が決める。
誰かの決めた正しさなんてものに興味はない。
私の生き方を否定し、阻むというのであるのなら、私は親であろうが魔王であろうが―――神であろうと殺すわ」
「…………」
「zzZ……」
「報告したくば好きにすれば良いけど、僅かながらの親切心で忠告しておくわ。
アナタ達程度では私とイッセーは止められないわよ?」
ユミエラさんの幸せポイントは現在カンスト中。
終了
補足
アザえもんさん的に、エレノーラさんの事はスポンサーだと思ってるし、というかまんま子供なので当然なんもしてない。
してないけど、エレノーラさんはリアルに『ロードローラだッ!!』レベルで押し込んでこようとする。
その2
いきなり初対面の女の子から『ママと呼べ』と言われたらこんなリアクションにもなる。
その3
最早単純にイチャついてるだけな二人。