オレの人生はずっと『マイナス』だった。
無意味な消耗をするだけで、まるで生産性のない戦争がやっと終わった俺は、出来ることなら表舞台から消え、以前から興味を持っていた神器の研究だけをして過ごす日々を目指していた。
それがどういう訳か、消去法で堕天使のリーダー的な存在に祭り上げられてしまい、他勢力を相手に政治的な駆け引きをする毎日を送る事になってしまった。
いや、一応その間も神器の研究はしていたものの、やはり圧倒的に『研究材料』が足りなかったので行き詰まりを感じてしまっていた。
そんなオレがひょんな事から二天龍を宿す子供達を拾った事で、運命というものが変わったのかもしれないと今なら思う。
どちらもその神器の力――そして自分自身に宿る『精神』によって肉親から拒絶された子供。
昔、小娘のような年齢にも見えた変な女に言われた――オレ自身にも――そしてこれまでの人生ではオレ以外は同族すらも持っていなかった精神――いや人格の力をこの子供達は持っていた。
だからきっとオレはコイツ等を拾ったのだと思う。
このまま見てみぬフリをしてしまえば、親というものに拒絶されてしまったコイツ等は間違いなく『真っ直ぐ』な成長は出来ないだろうし、何よりもコイツ等はオレの同類でありながら堕天使であるオレには持ちえないものを持っていた。
断っておくが、別に同情をしたからだとか善意で拾ったとかではない。
二天龍――つまり人間の宿す神器の中でも強力な力を持つとされる神滅具を宿しているコイツ等を近くにおけばオレの停滞していた神器の研究を進めさせる事が出来るという腹積もりがあったからに過ぎない。
堕ちた天使であるオレに善意なんてものは持っちゃいないのだから。
だがアイツ等は、アイツ等にとってすれば聞き心地の良い言葉を信じ、実験動物になれと言われているにも関わらずオレに懐いた。
こんなオレを……。
勝手に怠惰となって堕ちた天使でしかないオレをだ。
オレはその時初めて解ったよ。
ああ……オレにも罪悪感という感情がまだあったのだと。
アザゼルアザゼルと懐いた犬のように後をついて回り、オレと敵となる奴等をぶちのめし……。
オレは思わず言ってしまった。
『オレはお前らを善意で拾った訳じゃない。
ただお前らが神滅具を持ってたから、その研究がしたいからお前らを拾っただけに過ぎないんだ』
あまりの罪悪感にオレは言ってしまった。
だけどアイツ等は……イッセーとヴァーリはきょとんとしながら言ったのだ。
『そうだとしても、俺はアザゼルさん好きだぜ?』
『ああ、オレ達はアンタが好きだから付いていってるだけだ。
アンタがオレ達を拾った理由に後ろめたいものがあっても無くても、関係ない。
これはオレ達の意思なんだからな』
バカの極みだと思った。
ただの実験動物目的だったと言ったオレに返したイッセーとヴァーリの台詞にオレは何も言うことが出来なかった。
『建前でもなんでも、あの時アザゼルさんが俺に言ってくれた言葉があったからこそ俺は立ち直れた。
そこに嘘は一切無いと俺は思ってる』
『これまでも、これからもだ』
何があろうと変わらないと、夢見るガキのような戯言を至極真面目な顔をして言う二人のアホの子。
その言葉を――こんなオレに向けたバカな子供だからこそ、オレの腐り行くだけの怠惰な人生はコイツ等の『未来』の為に使おうと決めることが出来たのかもしれない。
他の勢力達から二天龍を兵器のように確保しているだろうと指摘されても、同族達からいつまであんなガキ共を使うつもりだと言われても……誰にからも後ろ指を差されても、オレはそんな奴等に向かってヘラヘラと笑ってやる。
イッセーとヴァーリの未来の為に……。
『マイナス』だったオレの人生を『ゼロ』へと引き上げてくれた二人の為に……。
イッセーとヴァーリと出会った事で腐り続けたオレの精神に火を灯してくれたこそが『ゼロ』となった瞬間であり、ゼロから『
アイツ等が忽然と姿を消しても、どんな世界に渡ろうとも――
『あ、アナタは誰……!?』
……。それはこっちの台詞だなお嬢さん? ここはどこだ?
ここに来て顔すら見たこともない親の干渉が入ってくるとは思わなかったが、屁理屈でどうにかなった。
元々屁理屈云々以前にユミエラとしての両親の戯言に耳を貸すつもりも言うことを聞くつもりも無かったりはするのだが……。
「おはようございますお嬢様……」
「………………」
「? どうかされましたか……?」
「………。イッセーのイケボじゃないと頭がしゃきっとしない」
「……………………」
親が寄越してきた監視役――と私は思っている使用人に起こされて朝を迎えた私は、長年イッセーに起こされてきたこともあってか調子が出ない。
何時もならイッセーに耳元で囁いて貰う形で起きて、髪の手入れやらお着替えやら何やらを手伝って貰っていた。
それが形式の上では無くなってしまい、このリタとかいう女の使用人(さりげなくイッセーに良さげなおっぱいおねーさんと言われていた)が代わりにやるのだが……まあ、しっくりもなにもない。
「ありがとう、あとは自分でやるわ」
「……………」
「イッセーはどこに居るのかしら……?」
「元・副長なら私に仕事の引き継ぎをし終えてから何処かへと行ってしまいましたが……」
途中から自分で手入れや着替えをすることにした私は、イッセーの行方を訊ねる。
どうやら彼女も行き先は知らされていないらしい……が、私は大体の予想がつくので『そう……』とだけ返して彼女に下がるよう命じておく。
「あー……イッセーに抱き枕にされながら眠りたい」
人間というものは実に欲深い生物なのだと、今ならより理解できる。
何故なら既に私はイッセーと触れ合いたい――そう思って仕方ないのだから。
「取り敢えず朝御飯を食べないと……」
やはり卒業……いや、卒業前にイッセーと共に国を出てしまうべきなのかと本気で悩みながら私は授業前の腹ごしらえを済ませる為に食堂へと向かう。
陛下との謁見以降、当初よりは頻度こそ減ったものの、私にしてみればそこら辺の畑に突っ立っている案山子同然と貴族の坊っちゃんに声を掛けられる訳だが、今日の私はイッセーボイスによる気持ちの良いモーニングを迎えられずに調子が悪い事を察して貰えたのか声を掛けられることは無くスムーズに朝食を食べられた。
「ど、どうしたのユミエラちゃん? 具合悪いの?」
「いえ、今まであったルーティンが無くなったせいか、調子がでないのよ。
別に体調不良というわけではないわ」
どういう訳かすれ違う生徒の一人一人が私を見るなり軽い悲鳴を上げるのだが、理由がわからない。
少し遅れてやって来たアリシアは特に恐がることもなく私と相席をするのだが、調子が出てない事を察したらしい。
「……それってやっぱりイッセーくん?」
頷く私にアリシアは周りに聞かれないように配慮しながら小声でイッセー関連なのかと訊ねてくるので私はそのまま頷く。
「毎朝イッセーに耳元で囁かれながら起こして貰ってたのが無くなってしまったせいか妙に調子が出てこないのよ……」
「そ、そんな起こされ方して貰ってたんだ……?」
「たまに私の方が早く起きたりする時もあるのだけどね……」
私自身、最早イッセーに依存しきっている事は自覚している。
それが良くないという感じる意見の方が恐らく世間的には多いだろうけど、それを変えるつもりも全くない。
「うーん、でも使用人としての立場が無くなっちゃった以上は、その新しい使用人さんに慣れるしかないんでしょう?」
「ええ……。
少なくとも学園に居る間はそうなる他無いわ」
「それなら授業が始まるまでの間にイッセー君と会えば良いんじゃない? たぶん今イッセー君はヴァーリ君とトレーニング中だと思うし」
「そうね。
今までは好きな時に無尽蔵に接種できていたイッセー成分を補給しないと、この先やっていける自信がまったくないわ……」
アリシアの提案に私も同意する。
はぁ……早くヴァーリと一緒に帰って来て欲しいわ……。
………………。そうしてさっさと朝食を食べた私は、授業が始まるギリギリの時間までアリシアと共にイッセーを待ったのだけど、イッセーは戻っては来なかった。
いや、イッセーとヴァーリがぶつかりあっている気配は確かに感じるのだけど、あの二人は既に5時間は殴り合っていて終わる気配がまるでないのだ。
「……………」
「お、お昼休みになれぱ帰って来てる筈だよ……!」
「……うん」
イッセー成分を朝から一切補給できていないという状況は出会ってから初めての事であり、補給無しではここまで調子が悪いものかと今になって知ることになった私は、アリシアに気を使わせてしまっていることに申し訳ないという気持ちを持ちながらも、実に精神が沈んだままの――まったく教師の言葉が頭にも耳にも入らない授業を受ける。
しかし昼になってもイッセーとヴァーリは戻って来ることはなく、なんなら遠くで戦っている気配が激しさを増している。
「…………………」
「か、帰ってきたらヴァーリくんにちゃんと言っておくね? イッセー君を引っ張り回さないでって……」
「良いのよアリシア。
イッセーだってたまには思いきり暴れたいのでしょうし……」
何時もは美味しいと感じるお昼ごはんも、全くもって美味しさを感じられない。
なんなら半日もイッセーと会えないだけでここまで貧弱になるものだと、己の情けなさと不甲斐なさにちょっと凹む。
「アリシアは寂しくないの?」
「うーん、故郷の村に居た時からヴァーリくんはマイペースだったし、目を離すとすぐに何処かに行っちゃうって知ってるからなぁ……」
「そう、アリシアは強い子ね……」
「そ、そんな事ないよ」
本当ならアリシアのようにどっしり構えるべきなのだろうけど……。
味気ない食事をなんとか済ませた私は、結局調子が出ないまま午後の授業を受け――そして放課後を迎えた。
その間の実技の授業の際、アリシアと私に対してエドウィン王子達とか、見知らぬ男子になんか話しかけられた気がしたが何を言われたのかは頭の中はイッセーに埋め尽くされていた私には覚えていない。
とにかく放課後にはイッセーも戻ってくると信じてたからこそ余計に。
しかし――
「い、一日中喧嘩し続けてるみたいだね……あの二人」
「………」
イッセーとヴァーリは寧ろ更に本気を出した喧嘩を続行しており、戻ってくる気配が無かった。
「ま、まあ放課後になったことだし、私達の方から二人のところに行けば……ね?」
「わかっているわ。
ふ、ふふふ……! 覚悟しなさいイッセー? 会った瞬間外だろうが無関係に押し倒してやるわ……!」
しかし先程までとは違って今は放課後で自由でもあるのでそこまで悲観はしていない。
何ならこの溜まりに溜まり続けたムラムラ――じゃなくて欲求不満を全力でぶつけられると思うと下腹部が熱くなるし、その熱に比例して一日中沈み続けていた私の精神も上がっていく。
「少し遠いけど気配はちゃんと感じる……」
学園からは約数百キロ――なんなら国の国境の外に居るようだが、私とアリシアが今から全力で走れば10分もあれば到着できる。
「行きましょうアリシア……!」
「やっといつものユミエラちゃんに戻ってきたね! よーし、本気で走っちゃうよ!」
眠っていた脳細胞が活性化していくと同時に全身に力が漲る感覚に身を任せるようにしてその場でクラウチングスタートのフォームとなった私は周囲の景色が灰色に染まり、動きがスローに見えるという――所謂ゾーンの状態となってからアリシアと共に全力のスタートを―――
「ユミエラさん!」
「!?」
―――切ることは出来なかった。
「え、ええと……?」
このタイミングで私の邪魔をする輩が出てくるとは、中々に良い度胸をしているなと、少々の苛立ちのまま声がした方向へと振り向くと、そこには同じ学年である金髪の女子生徒が堂々とした出で立ちで居る。
「あのー……? どちら様でしょうか?」
私はこの出で立ちの女性生徒の名前くらいはある程度把握しているが、アリシアはあまり知らないらしく、下手に出るように訊ねるとその女子生徒はアリシアを見やりながら名乗った。
「エレノーラ・ヒルローズですわ。
そういう貴女はアリシア・エンライトさんですわね?」
「は、はぁ……」
The・貴族の娘感満載な口調と態度に、庶民出のアリシア的には絶妙に合わなさそうだと察したのか若干及び腰になっている―――――なんて事はどうでも良い。
特に関わりなんてない同学年でしかない彼女が何を突然――それもこっちは今からイッセー成分の補給をしようとしていた私の前に現れたのか。
彼女なりに理由はあるのだろうが、その理由がしょうもない理由だったら――ちょっと本気でキレてしまいそうな程度には今の私は気が立っている。
「お二人がご一緒なら話が早いですわ。
私、是非ともお二人とお話がしたかったの」
そうか、なるほど。
話がしたかったのか……それはそれは――
「申し訳ありませんが、今物凄く急いでいるので……」
そんな理由で呼び止められたのなら返す言葉はひとつだけだ。
理由がなんであろうとも、私はこの女子と話す理由はないし暇もない。
「? なにか急を要するご用事でも?」
「ええ、ですのでお話ならまた後日ということで……。
行きましょうアリシア?」
「え、う、うん……」
確かヒルローズ家は過激派だったとか原作でも出てきては居たキャラだった気がしないでもないけど、今はそれどころではない私は、『え、大丈夫なの?』と言いたそうな顔をしているアリシアの手を取ってそのまま立ち去ろうとする。
「ふむ……急を要する用事ですか?」
この時私は思考がイッセーの事で埋め尽くされていて平常ではなかった為に気づかなかった。
原作でのエレノーラ・ヒルローズは常に女子生徒の取り巻きを引き連れている典型的な――なんならユミエラよりはステレオ悪役令嬢っぽいキャラをしていた。
「お察しのところ――」
しかし今目の前に居るエレノーラには取り巻きは居ない。
不覚にもその違和感に気がついたのは―――
「あの男性の使用人さんとアリシアさんと共にいる男性が留守であることになにか関係がおありなのではなくって?」
「………!」
「!」
エレノーラの口からあり得ぬ言葉が出てきたその瞬間だった。
「今……なんと……?」
思わず私とアリシアは、この学園でもほぼ存在を悟られていない筈のイッセーとヴァーリについて言及してきたエレノーラに足を止めて振り向いてしまう。
「だから言ってるでしょう? 貴女達と『お話』がしたいと? ふふ、ただの世間話では無いことは保証しますけど、いかがかしら?」
そんな私達に対して悪戯でも成功したかのような笑みを溢すエレノーラに、私とアリシアは一瞬だけ互いの顔を見合わせてから臨戦態勢を取る。
「そんなに警戒しないでくださいな。
諸々の理由等はちゃんとお話しますわよ?」
「「…………」」
私とアリシアの戦意を受けても平然と笑っているエレノーラ。
その時点で私の中では取るに足らない存在ではないという認識に変化してしまう。
くっ、イッセー成分の補給はしたいけど、それ以上にイッセーとヴァーリの存在を知っていると思われるこの女を野放しにする訳にもいかない。
「……。わかりました」
それにこの余裕。
単にレベル差がありすぎて感知出来ないだけなのか、それとも……。
「ではサロンにいらっしゃいな?」
「「…………」」
ここは彼女の間合いに入らなければならない……。
エレノーラ・ヒルローズという過激派貴族の娘の主催する『お茶会』に招待されることとなったユミエラとアリシアは、彼女の
(よく見れば原作では付き従えていた取り巻きが居ない……)
(なんでこの人、ヴァーリくんとイッセーくんのことを……)
この時点ではただただ怪しい存在としか見えないユミエラとアリシアはエレノーラに促される形でソファに座ると、少し遅れてエレノーラも優雅に腰を下ろす。
「セバスチャン! セバスチャン!」
(?)
(セバスチャン……?)
パンパンと手を叩きながらセバスチャンなる誰かを呼ぶエレノーラだが、返答は無い。
「むぅ……! また勝手にフラフラと出ていきましたわね?
まったくもう……!」
返答がなく、留守であることを理解したエレノーラはぷりぷりと怒ると―――なんとエレノーラ自身がお茶の用意を始めるではないか。
「え、エレノーラ様が自ら……?」
これには原作をプレイした事でサブキャラではあるもののある程度エレノーラのキャラを把握していたユミエラは純粋に驚く。
原作のエレノーラなら――というか貴族の娘の中でも典型的な彼女ならまず自分で用意するという行動は取らない筈なのだから。
しかしこの目の前のエレノーラは驚くユミエラにきょとんとしながらこう言うのだ。
「うちのセバスチャンが留守にしている以上、招待した私が用意しないといけませんでしょう?」
「………」
それが当然とばかりに席を立ったエレノーラが、これまた割りと小慣れた手付きでお茶の準備を始めるのを、ユミエラとアリシアはただ見つめることしかできない。
(一体何者なの……?)
思っていたキャラ像から離れているエレノーラに、皮肉にもイッセー成分不足を少し忘れてしまっているユミエラは、『どうぞ』という言葉と共に出された『お茶』と『お茶菓子』に今度こそ目を見開いて驚愕してしまった。
「こ、これ……は……!?」
別に出てきたものがゲテモノ系だったとかいう訳ではないし、確かにお茶とお茶菓子だ。
しかしその種類が……この西洋の国を舞台にしている世界には一切合わないのだ。
「こちらのお茶は『リョクチャ』というものですわ。
そしてそちらのお菓子は『おはぎ』というお菓子です―――珍しいでしょう?」
洋ではなく和のお茶とお菓子だったのだ。
しかもカップも湯呑みだし、立ち上る湯気から香る匂いも間違いなく懐かしき緑茶だった。
「う、少し苦いですね……?」
アリシアはどうやら知らなかったらしく、試しに一口飲んでみたところ渋い顔をしている。
「ええ、私も最初飲んだ時はこんなものがお茶なのかと思いましたが、慣れると癖になるといいますか、この渋みがあるからこそこちらのお菓子の甘さが引き立つのですわ」
「あ、本当だ。美味しい……」
「…………」
悔しいことに懐かしさもあって普通に美味しいと感じてしまうユミエラは、本格的にエレノーラに警戒の視線を向ける。
「貴女は何者なのですか……?」
「? 先程自己紹介をした筈ですが、私はエレノーラ―――」
「質問を変えます。
貴女はどこまで知っているのですか?」
取り繕うだけ無駄だと思ったユミエラのストレートな質問に、おはぎに嵌まっていたアリシアは、口許付いたあんこを拭き取りながら慌てて姿勢を正す。
「お二人の背後に居る二人の男性の事ならある程度は……ですが、何故知っているかについて言わないと納得はされませんか?」
「「………」」
頷くユミエラとアリシアにエレノーラは静かに湯呑みを置き、その名を口にしたのだ。
「うちのセバスチャン―――
―――いいえ、アザゼルから聞かされてましたから」
「「………え?」」
イッセーとヴァーリの口からしか聞いたことがなかったその名前を。
堕天使の男の名前を……。
「アザゼル……ですって!?」
「そ、その人はヴァーリくんとイッセーくんのお父さん……!」
「ええ、そのアザゼルで間違いありませんわ。
本当はここに招待した時に紹介しようと思ったのですけど、ご覧の通りフラフラと出掛けてしまいましたから……」
「な、何故アザゼルが貴女の……!?」
急すぎる事実の発覚にユミエラとアリシアは身を乗り出す勢いでエレノーラに問いかける。
「なんて事はありませんでしたわ。
8年程前に私の実家の庭に文字通り空から落ちて来たかのように降ってきたのがアザゼルでしたの。
当然侵入した盗人と思って捕らえようとしたのですが……」
「返り討ちにされた……と?」
「ええ、一瞬でしたわ。
実家の警備の者達を怪我すらさせることなく無力化させたアザゼルはまだ幼かった私に『ここはどこだ?』と訊ねてきた――のが始まりでしたわ」
8年前、つまりイッセーとヴァーリがこの世界に流れ着いてから約二年後にはアザゼルも居たのだという事実にユミエラは全身の力が抜けるようにソファに座り直した。
「行く宛が無いとわかった私は、周りの反対を押し切る形で、普段はセバスチャンと呼ぶことにしたアザゼルを使用人として雇うことにしましたわ。
怪しい部分はあれど警備の兵を一瞬で全滅させるだけの『力』を持っているのは本物でしたのでね」
「「………」」
『色々と教えられましたわアザゼルには……』と、過去を懐かしむように語るエレノーラ。
「イッセーとヴァーリはこのことを?」
「うーん……多分まだ知らないのでは? 私も何度かちゃんと会いに行きなさいと行って送り出しはしたのですが、すぐに戻ってきては『なんか楽しそうに生きてるみてーだから』と行って直接は会わなかったみたいですわね」
「え、えぇ……?」
「私もそういう反応でしたわよ? けれどアザゼルは『オレは放任主義なんだ』と言ってこの世界の魔法の研究を楽しんでましたわ」
「ああ……なんとなく言いそうではありますね」
イッセーとヴァーリから聞いている限り、どうも偽悪的なところがあると思っていたユミエラは少しだけ納得する。
「でもどうして突然私達に?」
「ここまで近くに居るのだからいい加減ちゃんと会ったら良いと思っただけですわ。
それに、貴女達とは『特殊な立場である者を知る者同士』として仲良くさせて頂きたいなと……」
「「………」」
つまり、ただ普通に仲良くなりたかっただけだったらしいエレノーラは、食べた終えて空となった二人の空の皿の上におはぎを出現させる。
「取り敢えずセバスチャン――いえ、貴女達の前では偽名も必要ありませんわね。
アザゼルが帰ってくるまでお茶を楽しみませんか? 遠くで戦っているお二人もそろそろ帰ってくるでしょうし?」
「! 気付いていたのですか……?」
「それに今、何もないお皿の上にあたらしいお菓子を……」
「ふふふ、言ったでしょう? アザゼルに色々と『教えて貰った』と?」
こうしてアリシアに続き、第三の『規格外』と邂逅を果たしたユミエラは、あのアザゼルの姿を一目見てみたいという欲にちょっとだけ負ける形でいきなり現れた新しいおはぎを食べるのだった。
「あの、エレノーラ様のレベルはいくつなのでしょうか……?」
「別に呼び捨てで構いませんわよ? レベルですか? 一応入学式の際に鑑定した時は5とかそこら辺でした」
「5……なのですか?」
「アザゼルが言うには、この世界内の力を上げないとレベルに反映されないらしいですの。
故に私はアザゼル達が生きた世界の技術のみを磨いてきたが故にレベルもその程度という訳ですわ」
「し、知らなかった。
そんなカラクリがあったなんて……」
「ヴァーリ君達の世界の技術とはなんですか?」
「例えば今お二人に見せた現象は魔法ではなく『
そしてもうひとつ―――私はアザゼルから受け取った事で宿した、人工的に作り出された
「え!? そ、それってイッセーくんとヴァーリくんと同じ……」
「あのお二人とは違って神滅具クラスではございませんがね」
「ちょ、ちょっと羨ましい……」
そしてその過程で次々と発覚する新事実に、ユミエラは裏ボスってポジションはエレノーラの方が相応しくないか? と思うのだった。
「ところでなのですが、イッセーさんとヴァーリさんはアザゼルさんの息子なのはご存じですわね?」
「あ、はい。
よく話してくれましたから…」
「それが?」
「いえね? つまりお二人は自動的に私の子という事になるのでは? と思っただけですわ」
「「……………………は???」」
「年上の子となるとどう接するべきか……。
実はお二人とお話をしたかったのは、彼等をよく知る者達だからというのもありますのよ」
その言動の吹っ飛び具合も含めて……。
補足
魔改造されているお嬢様。
レベルこそ5だが……。