最早魔王が二年後に復活しようがなんだろうが関係なんて無い。
王妃は王族であるエドウィンに倒させて箔がどうとか言っていたような気がしていたけど、それならそれで勝手にやってくれとすら思う。
今の今まで原作主人公であるアリシアとすらあまり関わりがなかったらしいこの世界のエドウィン達では返り討ちにされてしまう可能性は大いにあるけど、別にそれならそれで良い。
今の私と、アリシアやイッセーとヴァーリが居る以上問題はないのだ。
いえ、なんならイッセーと私で石○ラブラブ天○拳的な必殺技を開発して魔王をぶちのめしてしまえば良い。それがベスト。
後はさっさとドルクネスの姓を捨て、イッセーと結婚して――ふふふふ。
ああ、魔王よ。二年と言わず今すぐにでも復活して欲しいわ。
まさしく未来は明るい。
私の思い描くイッセーとの幸せ家族計画よはよ来い……なんてね。
だから。
だから――――
「旦那様のご命令により、本日よりイッセー副長に代わり、お嬢様のお世話をさせて頂く事となりましたリタです」
「………………………」
「え、交代……?」
私の生きる意味を奪う者は――――親でも許さない。
ユミエラとして生まれ変わって十数年経過しているわけだが、ユミエラ自身はこの世界の両親にあたるドルクネス夫妻とは会ったことすら無く、送られてくる手紙でしかその存在をまだ知らない。
なのでこの世界の両親への情は0を通り越してほぼマイナスだった。
送られてくる手紙の内容からして『権力欲』が高いという推察もできたユミエラも、正直今更顔を合わせる気にもなれない――他人という認識だ。
だからこそこれまで送られてきた手紙も流し読み程度だったユミエラは皮肉な事に、初めてまともに読む事となったのだ。
「イッセーをドルクネス家の使用人から解雇しろですって?」
「また急な話だな……」
「………」
リタなる使用人が両親からの手紙を持ってやって来たかと思えば、その手紙の内容もまた唐突なものであり、ユミエラは思わず読んでいた手紙を粉々にしてやりたくなる衝動と共に、抑揚の無い表情で佇む使用人服を着たリタという女性を睨む。
「この会った事すらない親はなんのつもりでイッセーを解雇しようというのかしら?」
「私には解りかねます。
旦那様のご命令をそのままお嬢様にお伝えしているだけですので」
「そんな一方的な話を聞かされて私が『はいそうですか』と頷けるとでも思っているの? この親とやらは?」
文字通りの『漆黒の意思』の炎がを瞳に灯すユミエラにリタは表情を変える事無く困った顔をしている一応年下の上司にあたる青年を見る。
「イッセー副長は現在おいくつでしたか?」
「え? ああ……17になりますけど」
突然割りと良いおっぱいをしているリタに年齢を訊ねられたイッセーが視線でバレないように努めながら今の自分の姿的に妥当だと思った年齢を口にする。
内心では『この世界に飛ばされる前の年齢を加えたら27くらいだろうけど』と思いながら……。
「副長はお嬢様が4歳になる前に突然連れて来たことは存じております、以来この日までお嬢様の専属の使用人として勤め上げてきたことも……」
「はぁ……」
「当然よ。
だってイッセー以外の使用人は私を明らかに腫れ物なように扱って、近寄ろうとはしなかったもの。
イッセーだけが私を私として見て接してくれたのよ」
「……………」
ふんと鼻を鳴らしながら皮肉を言うユミエラに、リタは自身も含めて自覚をしているのか、少しだけ表情が変わっている。
「それなのに外せだの解雇だのって……私を舐めているの?」
「旦那様からのご命令です。
そもそも15となられているお嬢様と17であり男性である副長を近くに置くとあらぬ疑いをかけられます。
旦那様としては貴族の子息との出会いを期待されております」
「……」
「これはあくまで私の勝手な推測ですが、お二人の関係を旦那様はよく思われていません。
背景も地位もない庶民である副長がお嬢様に近づくことを……」
絶妙に理由としては理解できてしまう理由を並べるリタに、イッセーは目を逸らしていると、それまで無言で聞いていたユミエラの全身から禍々しい黒い魔力がオーラのように放たれる。
「それ以上喋ったら、アナタはただ命令されただけで悪くないって理解してても八つ当たりをしてしまうわよ……?」
「っ……!?」
放たれる闇の魔力を前に、流石のリタも怯える。
しかしそんなユミエラにイッセーが頭に手を乗せながら一言言うだけで、ユミエラから放たれていた禍々しい魔力は一瞬で消え去る。
「落ち着けよユミエラ?
この人に当たってもなんにもならないだろ? 良いから落ち着け」
「イ、イッセー……でも……」
「大丈夫だ。
俺がそんな聞き分けの良いお坊っちゃんに見えたことがあったか?」
「……………」
明確な死の恐怖を肌で感じたリタだったが、あれだけの禍々しい殺意を剥き出しにしていたユミエラを一瞬で止めたイッセーにこそ驚愕してしまう。
使用人同士として直接会って話した事は無かったが、ここまであのユミエラをコントロール出来るものなのかと改めて――それこそ畏怖にすら近いものを感じてしまう。
「リタさん……でしたね? 俺は旦那様からの命令ならそれに従うつもりだ」
「っ!? そ、そんな……! 私は嫌よ!?」
いや、それどころか……。
イッセーの言葉を聞いた瞬間、まるでこの世の終わりを見ているかのような絶望の表情を浮かべ、涙すら流しているユミエラの反応を目にしたリタは、自分が予想していた以上に――しかもイッセーがではなくユミエラがイッセーに依存しきっていたのだと理解してしまう。
「今を以て俺はドルクネス家の使用人を辞める」
「………」
「そ、う……ですか」
食い下がるのかと思いきや、イッセーの方は割りとあっさりと了承するものだから二重の意味で肩透かしを喰らうリタだが、正直彼を解雇してしまったのは悪手だったのではとドルクネス卿に対して思ってしまう。
(ひょ、ひょっとして私はお嬢様に殺されるかもしれない……)
というのも、このまま彼から引き継いだところでユミエラは間違いなく自分を敵かなにかだと認識するだろう。
現にユミエラの目は恐ろしく漆黒の激情に燃えているのだから。
「そ、それでは今より――」
「ああ、今を以てドルクネス家の使用人は辞めた。
だが俺はユミエラの使用人を辞めた覚えはねぇ」
「…………………は?」
しかしその漆黒の炎は、使用人のネクタイを外し、ワイシャツのボタンを上二つ程外し、整えられた髪を手でグシャグシャに崩したイッセーの言葉で鎮火することになる。
「……ど、どういう意味ですか?」
「言葉通りの意味ですけど? そもそも勘違いしないで欲しいんだがね、割りと良いおっぱいしてそうなおねーさん? 俺は別にドルクネス家の使用人として元々働いてた訳じゃあない。
だから俺の雇い主はドルクネスの夫妻じゃなく……ユミエラだ」
「…………」
恐らくこれが『素』であろうイッセーの屁理屈にも取れる言い回しに、ユミエラはリアルに『メスの顔』をし、リタはといえば顔をひきつらせる。
「そ、それで旦那様が理解してくださるとは思いませんが……」
「別に理解なんぞ要らんな? 逆にそのクソ親父共に言っとけよ? 『俺に言うことを聞かせたかったら力付くで聞かせてみろよ?』ってね」
「き、貴族に逆らうつもりなのですか?」
言動からしてそこら辺のチンピラ臭さがこれでもかと滲みでているイッセーにドン引きするリタだが、直後にイッセーの全身から放たれる『人とは思えない圧力』に膝が折れてしまう。
「それも良いかもなー? いっそユミエラを拐ってどっか遠くに逃げちまうとか? ふふふ……」
「ぁ……あ……ぁ……」
何故あのユミエラの近くに平然と居られるのかをこの瞬間、頭ではなく心で理解できてしまった。
この青年もまた……『怪物』なのであると。
「お、お待ち……ください……!」
しかしリタもまた使用人としてのプライドを持っている。
年下の上司であった青年を止められる術なぞ持ち合わせてはいないが、ここで止めなければ本当にこの青年はユミエラを連れて消えてしまう。
別にそこまでの忠誠心は持ってないにしても阻止しなければ取り返しのつかないことになってしまうという予感があったリタは全身からユミエラ以上に禍々しい赤いオーラを放つイッセーに、懇願するように頭を垂れた。
「お、お二人のお気持ちはわかりました。
し、しかし私も命令された身です……退くわけにはいきません!」
どちらにせよここでドルクネス卿の命令に背いても未来はないとリタは必死になる。
顔をちらりと上げて自分を見下ろすイッセーを見れば、なんかリアルに目をハートにしたユミエラが後ろから思いきり抱き付いてるのだけど、最早突っ込んでる余裕なんてなかったリタに、イッセーは放っていた圧力を引っ込める。
「わかってるよ。
だからアンタはこのまま俺の代わりにドルクネス卿に言われて着任したユミエラの使用人という体になってくれたらそれで良い」
「……………」
「でもそうなったらイッセーは……?」
「ヴァーリと同じポジションになりゃ良いんじゃないか? 使用人じゃなくボディガード的な感じでよ?」
全身から滝のように流れ出る汗を不快と感じる暇もないリタはここで思う。
『最悪すぎる仕事だ』……と。
「で、では旦那様には『解雇』を受け入れたとだけご報告させて頂きます」
「ええ、ドルクネス家の使用人の解雇をね……。
まあ? その直後に『ユミエラの使用人』として再雇用してはならないなんて命令は無いのだし? 文句はないでしょう?」
「……。お二人はその……やはりただの主従関係ではないのでしょうか?」
「貴女にはどう見えるのかしら?」
「………………………。こ、恋人とか?」
「きゃー! イッセー今の聞いた!? 彼女から見ても私達って恋人に見えるみたいよ!?」
「なっはっはっはっ」
どっちに付いても地獄行きなのだから。
「という訳で再就職した」
「名実共に私だけのイッセーとして……そしてイッセーだけの私としてね!」
「それって今までと変わらないんじゃあないかな……?」
屁理屈こねてユミエラの傍から離れる状況を回避したイッセーとユミエラは、早速そのことをヴァーリとアリシアに自慢しつつ―――ヴァーリが出汁から作ったラーメン・パーティーをしていた。
「拉麺! 美味すぎる! 反省しろ!!」
「ヴァーリは何故こんなにテンションが高いのかしら?」
「それが今まで作ってきたラーメンの中では最高の出来だったみたいで……」
「前に色々あって半年くらいラーメン食えなかった時期があったが、その後急にデカい声で『そろそろラーメンを食べないと死ぬぜ!』って言いながら50杯のラーメンを一瞬で平らげた事あったからな……」
「クソ!! 今日も拉麺が美味いぜ!!」
中毒者みたいにラーメンを貪るヴァーリに、ユミエラとアリシアとイッセーの三人は普通に食べる。
「良いなぁユミエラちゃんとイッセーさんは。
ヴァーリくんって鈍いというかそもそもわかってないというか……」
「あー……ラーメンと戦闘大好き男だからなってか、それしか知らないまま育ってしまったからなぁ」
「でも時折抱き枕にされちゃったりはするのでしょう?」
「そうなんだけどなんか違うというか、ただ普通に寒いからって理由な気がしてならないというか……」
そんな状況の中、アリシアが一々ラーメンを食べる度にハイテンションに叫んでいるヴァーリとの関係性についての悩みを相談する光景は実にシュールだ。
「大丈夫よアリシア。
イッセーが言うには余程心を許さない限りはああはならないらしいわ」
「ああ、少なくとも抱き枕になんて絶対しないね。
それを考えたらアリシアちゃんは快挙だよ」
「うーん……」
ユミエラとしても、まさか関わる事なんてないと思っていた原作主人公の恋愛相談に乗るとは思わなかったものの、今となってはこれで良いと思える程度にはアリシアの事はよき友だと素直に思える。
「イッセーはよく抱き枕にした後、私の胸にあんなことやこんなことをするわ」
「そ、そうなの? わぁ……」
「そこまでしてもユミエラはキレないどころか普通に受け入れちゃってるもんだからつい……」
「だからアリシアもその内そうなるかもしれないわ」
「そ、そうかなぁ?」
「コイツ尻フェチだから、割りと撫でてきそうだな……尻を」
「あ、それならこの前あったよ?」
「あったのかい……。
じゃあもう間違いなくヴァーリはアリシアちゃんに好意持ってるよ」
原作の流れは最早粉々だけど、それでもユミエラは楽しかった。
補足
気付けば娘がよくわからん男の毒牙にかかりまくってた件。
しかも本気出したら国なんてデデーンされる程度には始末に終えない。
所謂詰みだ