やけっぱちに突っ走ったぜ
最早原作がどこかに行ってしまった世界を生きる私は、別世界のラノベの推し主人公とそのヒロインとのまさかの邂逅により、そして二人によって魔改造されたこの世界の主人公を知ることで、レベル99が限界値ではなく、更にその先の領域を体験することが出来た。
「……」
「……!」
この世界の知識をフル動員させた事で到達した99である私。
別世界のラノベ主人公とヒロインに鍛えられた事で99へと到達したアリシアは、数値的には同じ99なのかもしれない。
けれど実際こうして拳を交えてみれば、常にアリシアが私の一歩先に居ることがわかってしまう。
「………」
「! (アリシアが構えを変えた……)」
ユミエラである私が99になった方法は、とにかく魔物と戦って経験値を詰みまくるというもの。
対してアリシアは、聞くところによれば私に近い鍛練方法に加えて真の『殺し合い』の経験を持つイッセーとリアスから直接『戦闘技術』を叩き込まれた。
「フッ……!」
(右フック――いやフェイント……!?)
つまりレベルとステータスの高さによるゴリ押しである私とは違って、アリシアは私と同等のステータスにイッセーとリアスと二人から叩き込まれた戦闘技術がある。
その技術の差がそっくりそのまま私とアリシアの差となっているのだ。
「くっ!?」
「はっ!」
「うぐっ!?」
例えば今のアリシアは私が女子大生として生きていた頃で例えるなら、ボクサーなようなフェイントを織り混ぜた素早い攻撃で翻弄したりする。
これがまた嫌らしいというか、大概の相手を目で追うことに慣れすぎてしまっている私は見事にアリシアの変則的な動きに翻弄されてしまい、右フックと見せかけて放たれたローキックをもろに喰らってバランスを崩してしまう。
「チィ……!!」
「おっと!」
こちらの反撃も全てボクサーのようなフットワークで軽々と避けられ、その隙を突かれるような鋭い連打を浴びてしまう。
「ふふ、流石だねユミエラちゃん。
これだけ当てても全然倒れないんだもん」
もし何も知らず、何も気付かないままアリシアと敵対していたと思うとゾッとするのと同時に私は心の底からワクワクしていた。
「今度は私の番よ……!」
99となることが限界だと思っていた私に『その先の可能性』を教えてくれたのだから……。
引き受ければ暫くは食っちゃ寝の生活が確約されるだけの報酬に釣られる形で引き受けた『依頼』。
その依頼内容は、二年後に復活するであろう魔王を倒せるように、エドウィン、ウィリアム、オズワルドを鍛え上げること。
そして並の教師達では最早手に負えないだけの力を持った彼等を卒業までの間面倒を見るというものであり、要は復活する魔王を王族であるエドウィンが倒して箔を付けられるようにしてくれという国王と王妃からの依頼だった。
リアスとの今後の生活な為に、その報酬の破格加減につい乗ってしまったイッセーだが、実を言えば彼等を鍛える事に関してはそこまで悪い気はしていない。
特に……絶対に本人には言わないしリアスを口説こうとするのは腹が立つものの、何度ぶちのめしてもケロっとしながら立ち上がろうとするエドウィンの事は、そこら辺の温室育ち達よりかは骨があると、それなりに一目は置いているのだ。
絶対に本人には言わないし、隙あらばリアスに近寄ろうとするので、つい地獄の九所封じの刑に処してしまうけれど。
「何故ですかこの野蛮男! 私だけ訓練の相手をしないとはどういう了見ですの!?」
「……………………」
そんな訳でこの度教師達の厄介払い的な意味も実は含まれてるのでは疑惑もある『精鋭クラス』は、学園内に在籍す中でレベルが80を越えている生徒を対象とした特設のクラスである。
現在生徒はレベル99であるユミエラとアリシアを筆頭とし、レベル88であるエドウィン、87であるウィリアム、86であるオズワルドの計5名という、人数こそ少ないものの一人一人が下手をすれば世界征服か国をひとつ落とせる戦力を個人で持つ規格外の集まりであるのだが、そこについ三日程前から新たに入る事になった生徒が居た。
それが、現在うんざりし過ぎて死んだ魚のような目をしながらこの学園の教科書に目を通しているイッセーに、威勢良く絡みまくる金髪で巻き毛――そして口調から何から如何にもな上流階級の娘さんだ。
「うるさい……少し声のボリュームを下げて話せ。
耳障りなんだよ」
「ぬゎんですってぇぇっ!!?」
エレノーラ・ヒルローズ。
アリシアとユミエラ曰くエドウィンが好きで、この度新設された精鋭クラスに一緒に入りたいという理由で押し掛けてきたというのが最初の出会いだったのだが、当時のエレノーラは上流階級の娘の例通りにレベルが低すぎたことで入ることは不可能だと、軽い脅し混じりで説明してそれで終わりだと思っていた。
しかしそこから約一ヶ月の間、イッセーの知らぬ所でアリシアとユミエラ――そしてリアスまでもがエレノーラに協力して鍛え上げた事で5だったレベルを一気に83まで引き上げてみせたのだ。
そこまでエドウィンが好きなのか……と、当初こそその執念に対して昔の自分を思い出し、ほんの少しだけ感心してしまい、約束は約束だと加入を許可したのだが……。
「こんな小生意気な小娘に五月蝿く言われてる自覚があるのなら、あの時のように野蛮極まりない暴力性を剥き出しに私を黙らせてみなさい! もっとも? 今の私はそう簡単にアナタごときには屈しませんけど?」
「……」
なんか……思ってたのと色々と違うというのが、一気にレベルを引き上げて舞い戻ってきたエレノーラに対する感想だった。
てっきり同じクラスになったとリアスに近づく邪魔をする勢いでエドウィンに迫るのかと思えば、そうではないし、何故か自分にしつこく絡んでくる。
それもこれもユミエラがなにかを吹き込んだせいらしいのだが、はっきり言って迷惑にも程がある。
「俺に何のイメージを持ったのかとか、あのユミエラに何を吹き込まれたのかは知らないがな、俺の趣味じゃないんだよ」
「ほう? 聞き分けのない小娘を暴力で脅してきた男とは思えない理性的な台詞なこと? 『授業』の時は嗤いながらユミエラさんに馬乗りになってボコボコに殴っていた変態さんが言うには些か説得力に欠けるんじゃあなくって?」
「…………」
マウントを取った気でいるエレノーラの得意気な顔に、イッセーは微妙に言い返せない。
というのもエレノーラが色々と変だという理由がユミエラにあったと発覚した際、普段は訓練時でもそこまで叩きのめしたりはしないのだが、初めてユミエラに対してエドウィン並のスパルタ訓練を施してしまったのだ。
『あへぇ……』
『し、しまった……!? や、やりすぎちまった!? お、おい大丈夫か……? 流石に悪かった……』
かつてはリアスの事では、一度スイッチが入ると周りが見えなくなるほど狂犬化するイッセーが久々にそのスイッチを入れてついユミエラを半殺しにしてしまったあの時は流石にやりすぎてしまったと反省したのだが、半殺しにされたユミエラはそれはそれは『幸せそうに』打ち上げられた魚のようにびくんびくんとしていた。
今後は自分の短気さをコントロールしなければならないと考えさせられる一幕だった訳だが、思えばその時のエレノーラは何も言わずにこっちをガン見していた。
「俺はもう簡単にはキレない……」
「そう言いつつ今朝エドウィン様がリアス先生を口説こうとしている場面を見た瞬間に蹴り飛ばしていたじゃあありませんか?」
「あの小僧は例外だ。
アレは腹は立つが骨はあるからな……」
今後はリアスに近寄ろうとするエドウィンを張り倒す以外はスマートな人間になると宣言するイッセーだが、エレノーラの言うとおりそれは無理に近いだろう。
「エドウィン様は良くて私がダメなのは納得いきませんわ!」
「やかましい! 死ぬまで納得しろ!!」
「嫌ですわ! 先日のユミエラさんのように尊厳を破壊して虫けらのように踏みにじるような授業を私になさい! 今すぐここで!!」
「嫌だ!!」
切っ掛けはイッセーに始まり、そこにユミエラが横から変なスパイスを投入してしまったことで一人の少女の人生ひっくるめた何かが思いきりねじ曲げられてしまった。
それがエレノーラ・ヒルローズという少女の現在だった。
「てかお前、座学の授業はどうしたんだよ?
座学に関しては元々居たクラスで各自受けるって話だろうが」
「アナタに呼び出されたと言ったら快く送り出されましたわ」
「お前……!? くそ、後で他の教師に文句言われるの俺なんだぞ……ったく」
「ふっ、私がこんなに悪い生徒になったとお分かりになられたのなら、相応のお仕置きが必要になったのではなくって?」
「しつこい奴だなお前も……」
その男は今までの私の人生では会った事のない男だ。
他所の貴族の子息やエドウィン様とは真逆の、野に放たれた猛獣のような狂気を孕んだ目をした男。
私は話でしか聞いた事はなかったけど、かつてバルシャイン王国を襲った危機に赤髪の女と共に現れて救った英雄と呼ばれる男。
実際に言葉を交わせば、気品の欠片も無い粗暴な言動と行動しかない下品な男。
そんな男と共に居る赤髪の女は寧ろ私達のような気品を感じさせるのに、何故あの男はああも粗暴なのか……。
この私にですら平気で牙を向く猛犬のような男。
だけど、どこか……何故か、私はあの男の持つ獰猛さをもっと近くで――それこそ自分に向けてみて欲しいと思ってしまう。
それはきっと初めて言葉を交わした際、どうしてもエドウィン様と同じクラスに入りたいと喚いていた私に対して暴力による脅しで押さえ込まれたあの瞬間から始まったのだと思う。
今まで出会った事のない、どんな権力にも屈せず平然と牙を剥くその姿が。
そしてその狂暴さに裏打ちされた確かな強さで……。
「私は訓練とか以外ではイッセーに手を上げられた事は一度もないわよ?」
「リアスお姉ちゃんとイッセーくんが喧嘩している所なんて一度も見たことないもんね?」
「あの野蛮男がですか? にわかには信じられませんが……」
「イッセーさんは身内判定を下した相手には心底献身的でしょうしね……」
「むぅ……ではどうすればあの人を冷たい眼差しで見下されながら尊厳を粉々にされるまで踏みつけられるのでしょうか?」
「さ、さあ? 私からはなんとも……」
「え、エレノーラさんって……」
「うーん、私に匹敵するくらいイッセーさん限定にドMになってしまったわ」
私を壊して欲しい……そんな事を思ってしまうようになってしまいましたわ。
「先程エドウィン様がお受けになられた腹部への強烈な一撃は、一体どれだけの苦しみなのでしょうか?」
「リアルに内臓が壊れるくらいなんじゃないですかね?」
「ほ、ほほぅ……今後の参考として一度は貰ってみたいような気がしますわねぇ?」
「リアスお姉ちゃん、私ユミエラちゃんとエレノーラさんがたまにわからない……」
「大丈夫よ、私もちょっとわからないから……」
終わり
「と、いう訳で更なるレベルの向上の為に一発叩き込むことを許可しますわ!」
「なんのつもりだそれは?」
「見てわからないのですか!? 私のお腹ですわ! さぁ、早くしなさい! 身を貫く一撃を!! お腹が冷えてしまうでしょう!?」
「……………」
「ごぼぇ!? うぇぇ……!?」
「な、なにしてるんだ先生!?」
「し、しまった……またついカッとなってしまった」
「だ、大丈夫かエレノーラ? 今もろに……」
「ごふ……ぁ……え、えぇ……ご心配はいりませんわエドウィン様。
ふ、ふふ……とても痛くて、とても苦しくて死んでしまいそうですわ。
でも……あは……あはははは♪」
「せ、先生……。
え、エレノーラがちょっとどころではなくおかしい……」
「あ、ああ……。
お、おい……だ、大丈夫か? 今のは本当にすまんかっ――」
「はぅわ!?」
「「「「!?」」」」」
「な、何故急にそんな顔で謝るのですか? 今まで無視してた癖にそんな―――あぅぅ」
「「「……………」」」
「な、なんなんだよ……本気でわからない」
終わりったら終わり
補足
なんもかんもユミエラさんが要らんこと教えちゃったせいだ。
反省しろ!!(某寿司ゲー風に)
エレノーラ・ヒルローズ
エドウィン王子推しなお嬢様。
しかし王子が精鋭組に入ると知ったことで自分も入ろうと、レベルが5くらいしかないのに入れろ入れろと喚いたことで、イラッとしたイッセーに脅されてしまう。
それにより折れた――どころかその屈辱をバネにしてやらんとするその我の強さを見込んだアリシア、ユミエラ、リアスの三人による壮絶鬼畜トレーニングに耐えたことで約一ヶ月で83というレベルに到達し、改めて加入した………のだが、屈辱を晴らすという執念が行きすぎてちょっと色々と捩り曲がってしまった。