分かっていても進んでしまうジレンマ
やっぱりというかなんというか……。
俺とリアスちゃんはどうにもこうにも『転生者』とやらとは出来る事ならばご遠慮したくてたまらない『腐れた縁』というのがあるらしい。
思い付く限りの仕返しをして、世界から逃落ちたこの世界は確かに一般人にも魔法――というか魔力の概念が存在しているという時点でちょっとは不安だったりはしたが、十数年生きている間にその警戒も大分薄れていた。
そんな時に不意に現れた――あ、いや自分を転生者だと名乗る女が現れたともなれば警戒してしまうのは当然だった。
もっとも、その転生者を自称する女はどこか変というか……何かが違うというか。
なんだ、俺のファンって? 意味がわからない。
というより俺とリアスちゃんが生きたあのクソッタレな世界がラノベの世界って……。
なんだか色々とショックというかなんというか……。
「確実に言える事は、ええと……所謂原作というものにはお二人の言っていた様な男は存在しません。
そして兵藤一誠はリアス・グレモリーだけではなく、その眷属経ちとも深い仲となる――筈でした」
「そう……」
「そんな事を言われてもな。
その原作とやらがどうなってんだか知らないが、俺からすりゃああんな連中なんてリアスちゃんを裏切ったクサレ共としか認識出来ないんだが……」
「ええ、お二人のお話を聞く限り、その転生者という男は大分その――やらかしてくれたみたいですから」
本人曰く、前世はただの女子大生だったらしいユミエラとやらの名前の女から大体の話を聞き終えた俺――そして多分リアスちゃんも複雑な気分ではあるものの、今すぐ殺して綺麗サッパリ無かったことにするという考えは今はまだ無い。
この女が俺のファンだからだとかなんだとかあるからって訳ではないが、ただひとつ言える事は―――
「今となっては複雑というか、これで良かったと安心してしまうというか……」
「同感だよ。
冗談じゃない、俺は浮気なんて死んでもしない主義なんだ。
ハーレム王だって? どこまでも馬鹿馬鹿しいぜ」
「………………」
「なんだ? キミの知る本来の俺とやらとはまるで違うから幻滅でもしてくれるのかい?」
「そ、そんな事は無いです!」
俺とリアスちゃんがこの女の前世とやらの世界では漫画やらアニメの登場人物であるとか、本来ならこんな人生ではなかった筈だとか言われた所で今となっては最早どうでも良い事だ。
何を聞かされた所で俺は変わらない……それだけの事だ。
忘れていたミーハー心を大爆発させ、その結果なんもかんもベラベラと喋ったお陰でイッセーからの警戒度をある程度下げる事に成功したユミエラだが、ユミエラ自身のイッセーの知識と目の前に居るイッセーの性格の差異に関しては多少なりとも困惑と違和感を感じるのは仕方のないことだった。
とはいえ、そこはミーハーなユミエラなのでそんな違和感はさっさと自分の中で処理をしてしまい、さっさと割り切った。
結局のところ、思っていたより壮絶極まりない人生を経験したことでリアスただ一人を愛するというだけの事なのだ。
それはそれでユミエラ的には――そして恐らくアリシア的にも困る話ではあるのだが。
「なるほど、私の話を聞いていた時にあまり驚いた様子が無かったのは、エンライトさんもお二人から話をされていたと……」
「はい。
最初は信じられませんでしたけど、あの二人の『記憶』を見せて貰ったら――――まあ、信じるしかありませんでしたから」
「記憶……」
「そうです。
イッセーくんとリアスお姉ちゃんが生きていた世界での記憶です。
あまりいい気分はしませんでしたけど……」
あらゆる意味での運命的な出会いから翌日。
それまで互いにあまりかかわり合わなかったのが嘘だったかのように、アリシアとユミエラは学園の食堂にて、周囲のざわめいた声を気にせずに食事を取りながら、昨晩の話で割りと盛り上がっていた。
「ああ、そうだ。
放課後お時間はありますか? 良かったら―――」
「死ぬほど時間なら余ってます。
余ってなくても余らせます」
「あはは……。そう言うと思いました」
魔王の生まれ変わり疑惑の女子と、聖女と同じ系統の魔法を扱う女子がのほほんとしたトークをしているからこそ、既にどちらの噂を知っている生徒達は遠巻きに見ることしか出来ないのだ。
「そりゃあフラグなんて立つ訳がないわけだわ……」
「? 今何か言いました?」
「いえなんでも……。
ちょっと悔しいなと思っただけですよ」
放課後になれば再びイッセーと会える。
それを糧に周囲のドン引きする視線をガン無視して授業に全力で取り組んだユミエラは、聞けばアリシアの『護衛役とお手伝いさん』という形でアリシアの寮部屋で生活をしているらしいイッセーとの再会に、再びテンションが『ハイ』となる。
「凄いんだよユミエラちゃんって。
放課後になったらイッセーくんと会う? ってお誘いしたら凄い張り切ってお勉強してたんだよ?」
「魔法の実技授業で張り切りすぎて学園の上空にミニブラックホールを生成してしまい、後日陛下に謁見することになってしまいましたけど、些細な事ですわ」
「あぁ、あれはドルクネスさんの魔力だったのね。
凄いじゃないイッセー? この子本当にアナタのファンみたいよ?」
「ファンって言われてもな……」
あまりに張り切りすぎて、結果この国の王に呼び出しを喰らうという展開になってしまったことすらユミエラにしてみれば最早気にもならない些細な話となってしまっているらしく、話を聞いたリアスが微笑みながらイッセーに振るも、本人からすればリアクションに困る訳で。
「キミの言う一誠は、あくまでキミが読んだ――あー、ラノベの中での一誠の事だろう?
昨日大体は聞いたし、見ての通りそのラノベの中での一誠と俺はほぼ別人だろ……?」
「ええ、美少女ど女性の胸が大好きな男子高校生で、ハーレム王に俺はなる! と高らかに言ってました」
「高校生ねぇ……? 俺は高校どころか最終学歴が幼稚園中退なんだぞ。
まあ、言われてみれば女の胸は嫌いじゃないが……」
ユミエラの話すラノベの中での一誠と自分とは人生や価値観そのものがまるで違うのだから、最早別人だと―――女性の胸に関しては嫌いではないと言いつつ否定するイッセーの視線は然り気無くリアスの胸に向けられる。
「あいにく俺はリアスちゃん以外に興味なんてないんだよ」
「理由はある程度聞いていますわ。
でも、それでも私はどうにもこうにもアナタの見た目から中身全てが好き過ぎて頭がおかしくなりそうなんです」
「……………」
「昨日の夜も興奮し過ぎて眠れなかったといいますか……発情が抑えきれずにアナタを想像しながら自分の指で―――」
「やめろ、普通に迷惑だ」
イッセーに対してはなんでもかんでもベラベラ喋るユミエラが、別に言わんでも良いことまで表情こそあまり変わらない癖に頬を染めながら吐露する残念さというか、ぽんこつっぷりに、アリシアは『うっわー、わかるわぁ』的な顔をし、リアスはどういう訳かちょっと嬉しそうだ。
「うーん……私としてはイッセーをここまで好いてくれる子は珍しいから逆にちょっと嬉しいとすら思えてしまうわ」
「待て待てぃ! 俺は浮気はしないぞ!?」
「勿論わかってるわ」
自分の為だけに世界や転生者を敵に回しきったからこそなのか、それとも余裕の顕れなのか。
割りと潔癖なイッセーとは正反対の意見であるリアスに、ユミエラは心の中で小躍りだ。
「で、出来れば第三夫人的なポジションに―――それがダメなら愛玩動物枠でも良いのでどうぞよしなに!」
「ユミエラちゃんも卒業したら私の故郷に来たいんだって」
「あら……」
「キミ、貴族の娘じゃないのかよ……」
「必要なら姓は捨てます! どうせ両親とは今まで一度も会った事はありませんから!」
どうにかして、何としてでも、どんな手を使ってでもイッセーとの繋がりを永久にしたい。
その為なら名前すら捨てるとまで言いきるユミエラに、イッセーは『何故そこまでして……』と理解が出来ないのだった。
あまりにも私の知識とは違う人生を歩んだイッセーは、これまたあまりにも私と知識とは違う人生を歩んだリアス・グレモリーしか見えてないのは、彼の発言と態度でよく理解しているつもりだ。
しかしそれでも、こうして出会えたからこそ私は諦めたくなんてなかった。
どうにかして私も彼の傍に居れるようになりたい。
だからこそ私はアリシアと同じ稽古をつけて欲しいと頭を下げてみたところ、割りとあっさりと頷いて貰えた。
「なるほどね、少しだけ驚かされたぞ。
自己でレベル99に到達しただけの事はある」
そんな私は今早速、この世界の最高峰の領域なぞ、彼等の前では無意味であったのだと思い知っている最中だった。
「ハァァァッ!!!!」
「ふむ……?」
私の容姿と髪の色を恐れ、その力を知られる度に化け物扱いする人達が私に対して感じているであろう『差』を今私は彼を相手に感じている。
私の全力がまるで通じず、私の闇魔法の悉くが文字通り指一本で弾き飛ばされ、鍛えぬいた身体能力もまた彼の前では大人と赤子だった。
「はぁ……はぁ……はぁ……!」
全身から汗を吹き出し、疲労困憊で立っているのがやっとな私ととは正反対に、彼は――イッセーは涼しい表情で私を見据えている。
「攻めは中々。
じゃあ受けはどうかな……?」
「っ!?」
その表情は原作で描写されている一誠とは確かに違うモノなのかもしれない。
きっと彼にとっては戯れにもならない――されど私の目には消えているとしか思えない速度の拳をギリギリで避けつつ距離を取ろうと飛び退き、笑っている膝を抑えながらなんとか立つ。
「自己流でそこまでやれるんなら正直大したもんだと思う。
それも知識とやらが理由だとしてもね…」
「ど、どうも……。
で、ですが、こうまで差がありすぎると改めて現実を叩きつけられると色々と凹みますよ……」
ユミエラとして生きてきた上では無かった感情である無力感が私の心を折ろうとするのと同時に、実技の授業の時に一撃で私に沈められた男子生徒の気持ちがわかった気がした。
「やっぱり私程度では赤龍帝の籠手を使うまでもないですよね……?」
「…………。キミの知識とやらの中の俺がどう言うかは知らないが、別に殺し合いじゃないしね」
「よ、よかったです。今のところまだ私はアナタに嫌われては居ないと思って良いんですよね……?」
「さて……そうはどうかな?」
純然たる差があるからこその言葉であるのは私とて理解している。
「もう一度お願いします!」
理解しているからこそ、せめて幻滅だけはさせてはならないと疲労困憊である肉体に鞭を打った私はイッセーに肉弾戦を挑む。
「フッ……! ハッ! ダァッ!!」
「…………………」
80のレベルを超えた時点で『全力』を封印していたその枷を外し、レベル99としての全戦力を以て挑む私の思い付く限りの乱撃をしてもイッセーはその全てを捌く。
「そろそろおしまいにしようかお嬢さん?」
「うっ!?」
結局まともな一撃すらも当てることすら叶わず、最後の一撃を楽々と片手で掴まれてしまうと同時にイッセーがニヤリと――でも私的にはときめいてしまう意地悪そうな笑みを浮かべる。
「ふげっ!?」
そして空いていた方の手を使って額に発砲した弾丸のような鋭い音と共に放たれたデコピンを貰い、私の身体は地面を何バウンドもしながら吹き飛ばされてしまうのだった。
デコピン一発でKOされたユミエラは、額にくっきりと残る跡を見学していたアリシアとリアスに見て貰っていた。
「派手に腫れちゃってる」
「明日は陛下に謁見する様だけど大丈夫?」
「だ、大丈夫です。
寧ろ幸せだったりします」
明日は国王と会うというのに、額にギャグマンガみたいなたん瘤があるとなると不審がられるのではと二人に言われるが、ユミエラ的にはイッセーから全身を貫くような一撃を貰えた事への嬉しさが勝っているらしく、その台詞に偽り無しとばかりにニヘラニヘラとしている。
「そう言えばあのおっさんに呼び出されたんだったな」
「はい。今日の授業の際に学園の上空にブラックホールを生成したらそうなってしまいました―――――って、お、おっさん?」
そんなユミエラが明日この国の王と会うという話を聞いてはいたものの忘れていたイッセーの王への呼び方に一瞬流しつつ目を見開く。
「へ、陛下をご存じなんですか?」
「何年か前にちょっと色々あってね……」
「何年か前……?」
あまり詳しくは言おうとしないものの、国王をおっさん呼びしている辺り、自分の知らない間にこの国の王と知り合いになっていたのかと考えるユミエラに、リアスが苦笑いしながら説明する。
「この国の上層部しか知らない事なのだけど、数年前この国にちょっとした襲撃事件が発生したのよ。
それで偶々この国で観光旅行をしていた私達が手を貸したら、貴女のように陛下と謁見したわ」
「し、知らなかった。
襲撃事件の事もですけど……」
自分の知識にはない事件があって、それをイッセーとリアスが解決に手を貸していたことに驚くユミエラ。
「お陰様で陛下にはとても目を掛けて頂くようになってね。
庶民であるアリシアがこの学園に入学する際に『使用人』という形で同行できるように手を回せたのも、そういうコネが作れたからというのが大きいわ」
「なるほど、どうりで……」
「実は入学前に私も陛下とお会いしたけど、陛下ったらイッセーくんに爵位を授けようとしてたっけ……」
「ええっ!? そ、それでなんて返事を?」
「普通に断ったよ。
俺達は静かに生きたいからな。
地位なんて興味ないし」
「陛下は諦めてはないみたいだけどね。
最低でも大公の地位をどうのこうのって言ってたけど」
次々と明かされる知らぬ所でのイベントにユミエラは、イッセーが地位を貰うことを拒否したことに対して少し残念に思う。
「大公の地位ならば合法的に重婚できそう……」
「ホントに気が合うね? 私もそれ思ったけどイッセーくんはやっぱりリアスお姉ちゃんしか見えてないから……」
「そうなんだよなぁ……」
「「………はぁ」」
ある意味で原作通りのイッセーならワンチャンどころか全裸で土下座でもすればイケたかもしれないが、目の前のイッセーは過去が過去のせいかそこら辺に対して潔癖なところがある。
「見ろよリアスちゃん。
今日は月が真ん丸だ」
「昔もよくこうして空を見ながら身を寄せながら眠ってたわね……」
「あの時はお先真っ暗だったけど、なんやかんや楽しかったよなぁ……」
ただ一人リアスにだけという頑固な精神を軟化させるまでの道のりは果てしなく遠い……。
「でも好きなんだよなぁ……」
「それな」
嫌味な程輝く星空を見上げながら身を寄せ合う二人を前にしても諦めきれない少女達の歩く道はまだ始まったばかりだ。
補足
多分だけど、この悪役令嬢さんとアリシアさんはどこかの世界のたっちゃんと仲良くなれそうな気がする。