私は所謂転生者だ。
生前はただの女子大生で、事故で死んだと思ったら乙女ゲーの世界に転生していたのだけど、その転生先というのが問題だった。
ユミエラ・ドルクネス。
ゲームの進行ルート次第ではラスボス以上の強さを誇る裏ボスとなるキャラだ。
裏ボスに至るまでの経緯は、ユミエラの容姿にある訳で……。
簡単に言えば適正である魔法属性とこの黒髪によって『魔王の生まれ変わりであるのだと、周囲の人間達に後ろ指を指されるようになった――というのが主な理由である。
当然、ある程度のゲームとしての知識を持っている私としては裏ボスとやらになる気は更々無く、このゲームの主人公となる者達とは極限までに関わらずに生きていければそれで良いと考えている。
とはいえ、生きていく為には相応の力が必要なのはわかっているので、自身の適正魔法属性である闇と身体能力を鍛え続けた。
そして王立の学校に入学する頃にはこの世界では最強となるレベル99にまで至り、入学式に行われたレベル鑑定でも99という判定が出た。
まあ、ちょっとやり過ぎた感は否めなかったし、案の定私の鑑定結果に恐れる者や、逆に不正を疑う等という声が聞こえる嵌めになりそうだなと思っていたのだけど――
『…………』
「あ、あれ? 水晶玉が砕けてしまいましたけど……」
『…………』
私の後にレベル鑑定した女子生徒――というかこの世界の主人公が私の知る主人公と違う疑惑が出てきてしまったのだ。
今の時点で私と同じ――いやひょっとしたら私以上の強さを持っているという、さながらチートツールでも使ったかのようなナニかを感じさせられるとは私だって思わなかった。
しかもこの主人公は乙女ゲーの主人公の筈なのに、後に攻略対象となる男子生徒達との関わりがほぼ無く、寧ろ私と同じくらい不正やらなんだかんだと絡まれているだけだった。
そのせいか私と同じくらいクラスでは浮くようになったのだけど、どういう訳か本人はあまり気にしない様子だった。
「一番手はレベル99のユミエラ嬢だが、相手は――」
「あ、では私がお手合わせしても?」
「!!」
「へ? あ、ああキミは確かレベル測定が不明のアリシア・エンライトさんだったね……?」
そんな、色々と私の知識と記憶とは違う状況のまま始まってしまった学校生活だが、初めて明確にこの主人公を警戒せざるを得なくなったのは、実技(剣術)の授業での手合わせだった。
「では、よろしくお願いします!」
「え、ええ……こちらこそ」
正直こんな早くに直にこのバグ疑惑のある主人公とやり合うとは思ってなかった私だったが、逆にここで今の主人公の強さを知る事は大事になると思った。
「剣を使うのは初めてなのですが……!」
「っ!!?」
多少の覚悟はしていたつもりだった。
だけどこの主人公……アリシア・エンライトの強さは私の想像の遥か上だった。
「ハッ!!」
「ぐっ!?」
始める前に本人が言った通り、確かに剣を扱いそのものは同じく剣そのもの(木刀)を扱うこと自体ほぼ初めてな私よりも拙く見えた。
しかし彼女が振るう木刀から伝わるパワーはとても半端ではなく、私は気付けば全力で踏ん張りながらアリシアの剣を受け止めている。
「! スゴい……! 流石レベル99……!」
「ご、ご丁寧にどうも……!」
『……』
私が剣を受け止めた事のがそんなに意外だったのか、嫌味なくらいキラキラとした眼差しを向けてくるアリシアだが、私は想定外の膂力に焦るも、アリシアはまるで『本気を出しても大丈夫だね』と、新しい玩具を見つけた子供のような笑顔とは裏腹のえげつないパワーとスピードを解放する。
(う、嘘でしょ……。
こ、この主人公………)
「本当に凄い……! 結構本気だったのに……!」
それでもなんとか捌ききれたものの、私はこの時点で悟ったわ。
この主人公の身体能力は私と同等以上であることを。
「そ、そこまでだ!」
結局先生が止めた事で勝敗こそつかなかったものの、このまま続けていたらもしかしたら負けていたのは此方だったのかもしれない。
それほどまでの力をアリシア・エンライトから感じてしまった私は、転生してから初めて『悔しい』という感情を抱いたのと同時にますます疑問に思った。
彼女は一体どうやってこれほどまでの力を得ていたのかと。
「な、なんだあの二人……」
「あ、ありえない……」
ひょっとしたら彼女もまた私と同じ転生者なのか?
転生者で、この世界がゲームの世界であると知っているかこそ私のように鍛えてきたのかもしれない。
色々な疑問を抱きながら……当初は一切関わらないつもりであったのに、私は気付けば私と同じくらいボッチ生活をしていたアリシアの動向を常に目で追うようになってしまった。
気付けば周囲から其々生まれ変わった魔王と聖女だなんだと言われ始めたけど、最早そんな周囲からの声だ目だのはどうでも良くなっていた私は――――アリシア・エンライトの強さの秘密を知ってしまう。
「それでね、今日はドルクネスさんと魔法の実技の授業で競争したのだけど、あの人魔法も凄くて……」
「ほー?」
「イッセーくんとリアスさんに鍛えて貰った私と同じくらい強い人なんて居ないって思ってたけど、間違いだったみたい。
ふふ……おかげで最近は学校も楽しいって思えるようになったかな?」
「そりゃあ良かったな」
私と同等以上かもしれないアリシアを赤子扱いしている謎の男。
燕尾服を着ている謎の男。
その謎の男の容姿を見たその瞬間、私は忘れていた生前の記憶が鮮明に思い出してしまった。
私が生前読んでいたライトノベルの主人公―――
「兵藤……一誠……?」
アニメも原作も全て読み……そして私の中での推しだったあのキャラクターとあまりにも同じ声と顔。
「っ……!」
私は思わず物陰から飛び出して突撃したくなった。
理由なんて考えるのもどうでも良い……ただ、彼が誰なのか……。
本当の彼なのか……それとも偶々声と顔が同じなだけの別人なのか。
忘れていた感情に火がついてしまった私は―――
「あー……! あー……!! う、うっかり迷子になってしまいましたわー
ここはどこなのかしらー?」
その衝動そのままにへったくそな演技しながら、その一歩を踏み出すのだった。
アリシアの使う寮の部屋。
そこに初めてのお客さんを招く事になったのだが、その相手は噂のユミエラ・ドルクネスであり、何故かずーっとガチガチに緊張をしている。
「えーと改めて紹介するねイッセーくん。
この人がさっき話してたユミエラ・ドルクネスさん―――」
「名前一致したぁぁぁぁっ!?!?」
「!?」
「ひぇ!? ど、どど、どうしたのドルクネスさん!?」
何故そんなに緊張をしているのからわからないし、さっき鍛練に付き合って貰っていたイッセーと一切目を合わせないのは疑問だが、そんな緊張を和らげるつもりだったアリシアは、イッセーの紹介をした途端、普段はクールな感じであるユミエラが椅子をひっくり返す勢いで立ち上がりながら大声を出す。
「な、なんでもないわエンライトさん……。
え、ええ……私は常に冷静ですわ」
「そ、そう……?」
「………………」
既にイッセー共々ドン引きしているアリシアは、いそいそと座り直すユミエラに首を傾げるのだが、その反対にユミエラは内心パニックだった。
(な、名前がイッセーって明らかにこの国の人間ではない名前の ……!
いいえ落ち着け私……! まだそうだと決まった訳じゃあないわ……!)
(なんだこの子……?)
(今確実にイッセーくんの名前を聞いてからおかしくなったよね……)
己という例がある以上は1%くらいの可能性はある……等と考えるユミエラのあまりの挙動不審さに、どこか警戒してしまうイッセーだったが、ずっと俯いていたユミエラが初めて意を決したように顔を上げて目が合う。
「ユ、ユミエラ・ドルクネスですわ! しゅ、趣味は修行で! 好きな食べ物はデザート全般ですの!」
「………はい?」
何故かゆでダコみたいに顔を真っ赤にしながら、テンパった声で名乗り出すユミエラは、更に顔は赤くなり、やがてその瞳もギャグ漫画のように渦巻きのになっていく。
「ちなみにスリーサイズは上から―――」
「あの!」
「ひゃい!?」
「………。兎に角落ち着いたらどうです?」
一応相手はどこぞの貴族の娘らしいので、それらしい口調で落ち着けと言うと、ユミエラは限界だったらしく、恥ずかしそうに両手で顔を隠しながら小さくなってしまう。
「う、うぅ……!」
「……?」
「ねぇイッセーくん? ドルクネスさんとは知り合い?」
「いや? 初対面の筈だが……」
イッセーは気付かない様子だが、アリシアはユミエラの一連の行動やら言動からほぼユミエラがイッセーに対して何を思っているのか察知するのと同時に疑問に思う。
イッセーが言うように、今までイッセーはアリシアの故郷の村でリアスと共になんでも屋をしていたのだ。
つまりユミエラとはなんの面識だってない筈……。
しかしユミエラを見ていると、そう……まるで恋い焦がれた存在にやっと会えた女の子にしか見えない。
「自分とどこかで会った事でもありましたか?」
「い、いえ……わ、私が一方的にアナタを知っているだけです」
どうやら一方的にイッセーのことを知っているらしい。
知る機会があるとするなら、何年か前にこの国で起きたイザコザの時になるのだが……。
「イッセーさんは……その……」
色々な憶測を立てているその時、恥ずかしそうに顔を覆っていたユミエラがイッセーでも驚く事を訊ねる。
「赤龍帝……ですか?」
「!?」
「………!」
その瞬間、部屋の温度が一気に下がった。
何故ならその呼び名を知るものはイッセーとイッセーに近しい極一部の人間しか知らない名なのだから。
「……………………。何故お前がそれを知ってる?」
「っ……!?」
この瞬間、イッセーのユミエラに対する警戒度はカンストするのと同時に、ユミエラやアリシアをしても圧倒される殺意を剥き出しにする。
「う……」
「答えて貰おうか? いや、ストレートに聞くぞ? お前はなんだ?」
かつて転生者という存在によってそれまでの人生や尊厳――そして自由すらも奪われた。
その転生者は不気味な程に自分達を知っていた。
「答えようによってはこのままお前を殺さなくちゃならない……」
「ちょ、ちょっとイッセーくん! そんないきなり――」
「隙を見せるわけにはいかないんだよ。
お前とリアスちゃんの平穏と自由を奪う輩かもしれないんだからな……!」
「り、リアス……?」
そう殺意を剥き出しに席を立つイッセーはアリシアが止めるのも構わず左右の指を鳴らしながらユミエラを睨むのだが―――――
「に、睨まれてる。
お、おっふ……生のイッセーに睨まれてるわ私……」
「……」
「ド、ドルクネスさん………?」
何故か寧ろうっとりしているユミエラにイッセーは今度こそ引いた。
「キッ! ってされたわイッセーに。
うへへへ……もう死んでも良いかもしれない……」
「ちょ、大丈夫ですかー?」
「なんだこいつ……」
「今戻ったけど、どうしてイッセーが殺気立って―――あら?」
こうして地雷を踏んで爆発させるのを回避したユミエラは、この後戻ってきたリアスと共に嘘みたいになんでもかんでもベラベラと己の身の上話を含めた全てを話すのだった。
「つまり、アナタは事故で死んでユミエラという人間に転生していたのね?」
「は、はい……。
今度は死にたくないので鍛えるだけ鍛えていたらレベルが99になってまして。
べ、別に誰かをどうこうしようとは思ってません!」
「だ、そうよイッセー? 私から見ても彼女からはあの時の男から感じる邪気は感じないわ」
「この世界がゲームの世界で? 俺とリアスちゃんは別世界のラノベの登場人物だったってのはなんか嫌な話ではあるが……」
「改めて聞くと複雑……。
私別に主人公のつもりじゃないしなぁ……」
戻ってきた赤い髪の引くほど美女であるリアスがユミエラから色々と話を聞いている内に、本人の望まない形で転生したと聞いた時点で取り敢えず直ぐ様の排除をやめたイッセーは、自分とリアスが別世界の小説の登場人物だったと聞いて微妙に複雑だ。
「あの、お二人はどうしてこの世界に?」
「まあ、アナタと同じ―――ごめんなさい、同じではないわね。
その転生者に色々と壊されたの。
そしてある程度の報復を済ませた後に世界から逃げたのよ。
そうしたらアナタのようにこの世界に落ちて、このアリシアの故郷の村で生活するようになって……」
「そ、そうだったのですか? ……すいません」
「別にキミが謝る事じゃないだろ。
奴とキミが違うくらい、バカな俺でもわかるよ」
「そうそう、寧ろドルクネスさんがそこまで話してくれて嬉しかったですよ?」
生で見るリアスの美貌に、敗北感すら感じる暇もないユミエラは、どこからどう見てもイッセーとリアスが『そんな関係』としか思えない距離の近さのほうに絶望してしまう。
「や、やはりお二人はその――恋人同士なのですか?」
「うーん……どうなんでしょうね? 単に私が一方的にイッセーに依存しちゃってるだけで――」
「俺はリアスちゃんが大好きだぞ」
「………」
恐る恐る聞いてみればイッセーの方はほぼノータイムの返答だし、リアスもリアスで言葉通りにイッセーを好いているのが丸わかりだ。
「むー……私だってもう15歳だもん。
イッセーくんの事大好きだもん……!」
「はいはい」
「もー!」
「ふふふ……」
(か、勝てる要素がない……)
しかも言動からして既にアリシアはイッセーを好いている。
つまり昨日今日会ったばかりの自分なんてまるで話にならない………。
「アリシアが卒業して村に戻ったら一緒に住めば良いんじゃない? アリシアのお祖母さんは是非そうしてくれと言っているのだし?」
「だよね! だよね! リアスお姉ちゃん大好きっ!」
「あのなぁ……」
(いや、待て。
これは上手くすれば私も卒業後に同棲生活が……?)
しかしリアスの言動からして、ワンチャンあると感じ取ってしまったユミエラのミーハー心に再び灼熱が灯る。
(この時点で魔王なんてアリシアと二人でさっさと抹殺してしまえるでしょうし……)
何となく死にたくないからと生きてきたユミエラはこうして生きる意味を見つけてしまうのだった。
「驚いたわ、自己流でアリシアと同じくらいの強さなのは本当だったのね」
「はぁ……はぁ……はぁ……! (か、彼女も強すぎる……!)」
「しかも気質は私に近い……。
アリシアと同じく更に強くなれる素質もあるわ」
リアスが強すぎてちょっと泣きそうになるものの……。
補足
ミーハー心が爆発し過ぎてなんでもかんでもベラベラ喋った。
でもあまりにもなんでもかんでも喋るもんだから、攻略対象(仮&既に嫁同然持ち)からの警戒度は下がる。