少し――いやかなりおかしい令嬢の使用人がそれ以上におかしかった。
使用人とは思えぬ粗暴さ。
使用人とは思えぬ他への敬意の無さ。
使用人とは思えない理解不能の力は、どの系統にも属さない魔法のようで魔法ではない光線で山をも消し飛ばす。
男は気付けばバルシャイン王国の現国王と個人的な友好条約を結ぶようになり、気がつけば爵位を持ち、気がつけば魔王と聖女の生まれ変わり疑惑のある女子二人を手下にしていた。
そんな男を誰が言い出したのか、こう呼ぶのだ。
『魔王すらも支配する大魔王』と―…。
国王を脅して今の地位についた蛮族だの。
気に食わない相手は誰彼かまわず噛みつく狂犬だのだの。
一応爵位を持つようになったイッセーが王立学園の生徒となった今でも、ほぼ全ての教師と生徒達はイッセーに近寄ろうとすらしない。
そんな状況においても、ある意味めげずにイッセーに近づかんとする者も居るには居る訳で。
「地爆天星!」
この日のイッセーはユミエラとアリシアが孵したドラゴン達と遊んであげて実に機嫌良く、そのままユミエラとアリシアのトレーニングにも付き合っていた。
「私の闇魔法を軸に、昔読んでた忍者漫画の術を思い出して再現してみたわ」
「忍者漫画ってーと………あぁ、主人公の名前がメンマだっけ?」
「ナルトよ」
闇魔法が極まり過ぎて、その闇魔法を応用した別世界の漫画の忍術を再現させてみせたユミエラは、自身の魔力で生成した小さな黒い球体を空へと投げ放ち、その球体から発生する重力場により大地を抉り、やがて巨大な球体へと変わるその様はまるで月のようだった。
「相手の動きを封じるという手段としてはかなり有効でしょう? 問題があるとするなら、発動する度に地形が変わってしまうのと、発動するまでに時間がかかってしまうところかしら」
上空に生成された巨大な岩の球体を見上げながらユミエラがリスクを話す横で、同じく球体を見上げていたイッセーがふんふんと頷きつつ、その球体に向かって赤い光線を放つ。
「外からなら割りと簡単に壊せるな」
放った赤い光線があっさりと球体を貫くと同時に大爆発を起こす様を見ながら呟くイッセーにユミエラも頷く。
「ユミエラが月のような球体を作り出したかと思えば、ヒョウドウが呆気なく破壊したぞ……」
「改めて常識外れな……」
「ぐ、これくらいでは動揺なんてしないぞ……!」
他所から見たらまさに神のような所業に見えるというのに、本人達は平然と雑談をしているのを、イッセーのせいですっかり名物三人組扱いされかけているエドウィン、ウィリアム、オズワルドは、イッセーの放った光線によって破壊された事で落ちてくる瓦礫をユミエラが見たこともない大剣で次々と細切れにしていく様を悔しげに見つめていると、席を外していたアリシアが軽食の入ったバスケットとティーセットを抱えながらやって来る。
「イッセーくん、ユミエラちゃーん! そろそろお昼にしようよー!」
実にのほほんとしているアリシアが手を振っているのを、エドウィンとウィリアムとオズワルドは実に複雑な表情をする。
当初は光属性の魔法を扱うだけの庶民出の素朴な少女で、そんな彼女の性格を好ましく思っていたのが、なにをどう間違えてしまったのか、たった二週間足らずでレベル99のユミエラと真正面から殴り合うようになるわ、放つ魔法の規模が今のユミエラと同等のそれだったり。
それもこれも――間違いなくあのヒョウドウ・イッセーとかいう男のせいで素朴だった少女が三人の手の届かない所まで走り去られてしまった訳で……。
「あれ、エドウィン王子にウィリアムさんにオズワルドさん? どうしたんですか?」
「……いや」
「今日もトレーニングをしているのかと思って見学に……」
「目の前でユミエラが月を作り出してたのを見せられて色々とめげそうになったがな……」
「ああ、最近ユミエラちゃんが開発した――えーと、チバクテンセイって魔法ですよね? いやぁ、私も模擬戦の時に初めて受けたのですが、一度発動されたら最後、完全に動けなくなっちゃうんですよねー」
「「「…………」」」
ニコニコヘラヘラと、あの謎魔法を受けたと言うアリシアに、三人は『じゃあなんで無事なんだ?』と思いきり突っ込みたくなる衝動をグッと堪えていると、イッセーとユミエラがやって来るのであった。
そして当初よりはほんの少しだけイッセーからの当たりがマイルドになっていたりする三人も流れで同席する形で昼食を食べるのであった。
ユミエラとアリシアとイッセーの雑談に時折混ざりつつアリシアが作ったらしいサンドイッチを食べるエドウィンが不意に思い出しつつ、とても言いにくそうに口を開く。
「あの……少し良いかヒョウドウ?」
「あ?」
「パトリックの事なのだが……」
「……………………」
言いにくそうにしていた理由は、恐らくこの世に生きる全ての生物な中でもぶっちぎりでイッセーに殺意を持たれている可愛そうな青年ことパトリック・アッシュバトンの事だった。
つい先日、またしてもパトリックがイッセーの地雷を踏んだことで半殺しにされ、そのまま謹慎となった訳だが、その後の彼がどうなったかについてはイッセーもユミエラもアリシアも知らないし、なんなら興味もないし、なんならイッセー的には名前すら聞きたくない存在だったので、遠慮がちにその名をエドウィンが出したその瞬間、イッセーが持っていたカップをそのまま握りつぶした。
「飯時に虫けらの話か? 行儀悪いなぁオイ?」
(((む、虫けら……)))
最早嫌悪すら隠さないイッセーの暴君めいた態度に三人も、最近のパトリックの行動の事もあって微妙に同情できないと思いつつも、その後パトリックがどうなったかについてを一応話す。
「アッシュバトン家が取り潰されるかもしれない」
「へー……? で?」
本人はあまり自覚が無いが、イッセーを敵に回すくらいなら貴族のひとつや二つは呆気なく潰す方を選ぶ程度にはイッセー一人の戦力を恐れていると話すエドウィンに、何故かユミエラとアリシアがふんすと薄めの胸を張って得意気になる。
「父上が言うには、アッシュバトン家の後釜としてその家が治めていた領地を治めてほしいとの事だ」
「わっ、すごいよイッセーくん! また出世しちゃったね!」
「これでますます嫁げる為の口実が出来たわ」
最早誰もパトリックの心配なんてしないという、あまりにもあんまりな状況だが、イッセーはといえばそんなに乗り気ではなさそうだった。
「キミの親父がそこまでして俺と喧嘩したくないってのはわかったが……」
「あまり乗り気ではなさそうだな?」
「まあ、見ての通り俺は貴族とやらの生き方とは真逆の生き方してきたからな」
堅苦しそうな肩書きなんてこれ以上要らないと思っているイッセーに、エドウィン達はなるほどと頷く。
「ならパトリックを許すのか? もしキミが許すと言えばアッシュバトン家の解体の話も白紙になるが……」
「あの虫けら一匹をぶち殺して良いならそれで良いぞ」
「そこはブレないのかよ……」
「パトリックェ……」
パトリックの実家はどうでも良いが、パトリック個人はぶち殺してやりたいと言い切るイッセーにエドウィン達は苦い顔をしながら愛想笑いをするしかできない。
「まあ、どちらにせよパトリックに関しては復学したところで我々とは違うクラスに組み込まれるだろう……」
「あら、そうなのですか?」
「そりゃあな……。
逆に聞きたいのだが、お前は何故パトリックに対して無防備なのだ?」
「え? そんなつもりは無いですけど……」
「というより、パトリックさんがどういう訳かユミエラちゃんをつけ回しているし……」
「も、もしかしてパトリックはユミエラ嬢に想いを――」
「よし、やっぱあの虫けらは今すぐ殺す」
ウィリアムの軽いジョークにすら過剰反応するイッセー。
こうしてパトリックは、本人の知らぬ所でますますユミエラに近づけなくなるのだった。
オマケ……ずっこけ野郎共
なんやかんや学園の生徒の中ではイッセーと関わりが多いエドウィン達は、ユミエラとアリシアのような本格さではないものの、なんやかんやイッセーに鍛えられていたりする。
「ま、前が見えねぇ……」
「は、歯が折れた……」
「い、生きてるのか不思議だ……」
殆どイッセーからサンドバッグよろしくにタコ殴りにされてばかりの三人は今日も涼しい顔をしているイッセーの前に大の字で横たわっている。
「しかし、最初の頃は気絶していたが、今では気絶しなくなったぞ……」
「最近レベルの鑑定をし直したら75にまで上がっていたからな……」
「それでも傷ひとつつけられないし、ユミエラ嬢とアリシアには片手で負けるんだけどね……」
殆ど男の意地的な精神で食い下がり続けた結果、然り気無く三人のレベルが75辺りを越えているのだが、その上に君臨する怪物三人に毎度ボコボコにされてしまうせいで微妙に卑屈な発言が目立つ。
「なんだろう、レベルが99になってもアリシアとユミエラ嬢に負けるイメージしか沸かんぞ……」
そんな卑屈モードとなる三人組に、無傷のまま見下ろしていたイッセーが口を開く。
「その推察は当たりだ。
キミ等が仮にこのままレベル99に到達しても、ユミエラとアリシアには勝てない」
「やはりか……しかし何故だ?」
「数値上では99だが、あの二人は既に99の限界を越えたからな。
今の二人はレベル換算で200くらいはあるんじゃないか?」
「そ、そんなバカな……」
「じゃあ逆に聞くが、俺が99に見えるか?」
「「「…………」」」
イッセーの言葉に、三人はイッセーが転入という形で学園の生徒になった初日のレベル鑑定の儀式の事を思い出して口を閉じる。
というのも鑑定に必要な水晶玉にイッセーが触れた途端、その水晶玉が粉々に砕け散ったのだ。
入学したてのユミエラですら『99』という結果を出したあの水晶玉がまるでイッセーの「負荷」に耐えきれずに自壊したように。
「あの二人にはその壁を乗り越えられるだけのモノがあったってだけの事だ」
「なるほど、レベルの数値だけは近づけても尚二人に片手で負ける訳だ……」
「な、なぁヒョウドウ、オレたちもその限界を越えられるのか?」
「さぁな、限界を越えるだけなら当人次第だろうよ」
当初よりは三人に対してマイルドな態度になっているイッセーが、以前とは違ってこれまたマイルドな言い方をすると、ボコボコに顔を腫らせた三人の瞳に光が宿る。
「それなら、ここで立ち止まっている場合でないな……!」
「ああ……絶対にオレ達もその壁って奴を超えてやる!」
「遣り甲斐があってこその人生さ……!」
「…………………」
実にわかりやすすぎる目標が三人も居るお陰か、折れずに居る三人の少年にイッセーは昔の自分を少しだけ思い出すのであった。
「はぁ……エドウィン様らしからぬ暑苦しさもまた素敵……」
「エレノーラ様も意外と私達寄りですね……」
「私達もうかうかしていられないね」
オマケその2・魔が刺した
エドウィン達が人外へと至る扉へと進む中、その扉を破壊し、順当に人外街道を爆心するユミエラとアリシアは最近しょっちゅうエレノーラのお茶会に呼ばれては、推しのエドウィンについて語られてばかりだった。
別に聞き手になるだけならなんの問題はないのだが、あまりにも同じような話ばかりなので段々と飽きてきたので、今回はユミエラとアリシアが推しであるイッセーについて語り尽くしてやることになった。
が、あまりにも内容がアダルティー過ぎたせいで、エレノーラやその取り巻きの女子生徒達はこれでもかと赤面することになった。
「お、お待ちなさい! あ、アナタ達は既にそこまでの関係なのですか?」
「ええそうですが?」
「な、なんてふしだらな……」
「あー……そう思っちゃいます? でもイケナイ事をしてる気がして逆にすごいコーフンしちゃうんですよー」
やれ挨拶胸を揉まれるだ。
やれ寝ぼけたイッセーに抱き枕にされてから色々な箇所を吸われまくるだの。
「ほら、私のここに赤い跡があるでしょう?」
「た、確かに虫に刺されたような赤い跡が……」
「これ、イッセーくんがちゅーってするからよくできちゃうんですよ」
「ほわぁ!? す、す、吸われるということですか!?」
『お、おぉう……』
泥酔した場合はもっとスゴい事をされたと、自慢気にペラペラ話すユミエラとアリシアの猥談を当初は下品だと思っていたエレノーラ達だが、気付けばすっかり嵌まってしまったらしく、寧ろ興味深々だとばかりに身を乗り出している。
「そ、そこまでされたとあれば最早責任を取らせるべきですわね……」
赤裸々に語りすぎたせいで、すっかり変な空気となったお茶会。
しかし後日、エレノーラが直接イッセーに聞くという展開になってしまい、偶々同席していたエドウィン達が鼻血を吹き出して気絶するというハプニングが起こるのだが……。
「ち、違うのよイッセー!? え、エレノーラさんがあまりにもエドウィン王子がどうのこうのって話しかしないからつい……!」
「う、嘘は言ってないもん!」
「そういう問題じゃねぇぇぇっ!!」
当然ユミエラとアリシアは思いきり怒られるのだった。
「わ、わかったわ! 罰として今から私とアリシアは自分の手足をベッドの上で縛るわ!」
「だから許してよ! 痛い事とかしないでよー!」
「…………………………」
「あー手足が動かせないわー……! こ、これからどんな酷い目に逢わされるのかと思うと怖くて仕方ないわー(チラッチラ)」
「うぅ……怖すぎてお腹のおくが奥が熱くてせつないよぅ……(チラチラ)」
「き、きっとこのまま服を引き裂かれて獣のようにめちゃくちゃにされちゃうんだわー……でも耐えるのよアリシア? 悪いのは私達なんだからー(チラッチラ)」
「う、うん。私、負けないもん(チラッチラ)」
途中で怒る気力を失せる程度には、ユミエラとアリシアはぶっ飛ぶような真似をするのだが……。
「おはようござい―――まっ!?」
「うへへぇ……おはよーございまーしゅエレノーラしゃまー」
「今日も良い陽気で……うぇひぇひぇひぇ」
「ちょ、ちょっとお二人とも!? 女性がしてはならないお顔になってますわよ!?」
以上、割りと肉食系女子に変な入れ知恵されかかっているお嬢様。
補足
地味に魔改造されてるずっこけ三人組。
後もう少し頑張れば99になれるかもしれない。
その2
現主要人物のレベル
ユミエラさん・99(実質230くらい)
アリシアさん・99(実質225くらい)
エドウィン王子・76
ウィリアムくん・75
オズワルドくん・74
パトリックェ……・20くらい
イッセー・99(実質3500程度)
その3
既に泥酔モードのイッセーに襲われたので大人にされてるユミエラさんとアリシアさん。
でも素面じゃ胸揉まれるくらいしかされないので、わざと喧嘩売って『お仕置き』されようとか考え始めた結果、変な誘い受けをやり始める。
………に、乗ってしまう辺りチンピラでもイッセーはイッセーだった。