いや、その後か?
南雲ハジメという人間に生まれ変わったのだとしても、俺という記憶がある限り、俺はその南雲ハジメの皮を被っただけの男でしかない。
しかも生まれ変わった世界には悪魔もなにも――それこそオカルト研究部だった仲間達は存在していないのだ。
そんな世界を生きることになんの意味があるのか。
そんな世界を生きようと思える気力なんて沸くわけもない。
だから俺は全てを捨てたつもりだった。
兵藤一誠というどうしようもない大馬鹿だった頃の全てを捨て去り、南雲ハジメとして無意味に生きて、無価値に存在して、無気力に死んでやるつもりだった。
それが例え、ラノベ的な展開が現実となって体験させられても変わらない。
……というか、今になって考えてみりゃあ兵藤一誠として生きていたあの頃は割りとラノベ的な人生だったのかもしれない。
突然学校のクラスメート達と共に異世界に召喚されたかと思えば、戦争の手伝いをしてくれみたいな事を言われてしまった。
要するに頼んでもないのに呼び出しておきながら人殺しの手伝いをしろと言われたも同義である。
しかし、そんな事をストレートに言えば断られる事ぐらいは向こうの方も分かっていたらしく、如何にもな言葉を並べて、自分達を持ち上げつつ誘導しようとしている。
その事に端的に気づいたのは全てに無気力となったことで、今の状況をも他人事のように見ていたハジメだというのはなんたる皮肉か。
そんな、自分達を召喚したと宣う異世界の人間達の言葉の全てを茶番だと一人冷めた目をしながら眺めているハジメを他所に、いつの間にか天之河光輝という、所謂クラスにおけるカーストトップの男子がこちらに確認も無く勝手に了承をしてしまったせいで、見事に戦争の加担をするハメになってしまった。
『魔人族というのは、オレ達の知る悪魔に近い種族なのだろうか……』
(さてね。
困った事に全く以て興味というものが沸いてこないんだよなぁ……)
『つまり、お前はオレ達やガキ共をこの世界に招いたと宣う人間共には従わないというのか?』
(ふっ、なんならその戦争とやらのどさくさに紛れて死んだふりでもしてそのまま行方を眩ませてやろうかなってね。
そして誰も居ない所で干からびるまでニートしてやるのも悪くないと思わないか?)
『………今のお前をリアス達が見たら泣くぞ?』
天之河光輝の言葉を受けて、偶々教室に居たことで召喚に巻き込まれた社会科教師の言葉虚しく徐々にクラス全体がやる気を見せ始める中、ハジメだけはその戦争とやらを利用して死を偽装して姿を消してやろうかと画策するのを、相棒である赤い龍はかつての気力を完全に喪失させた相棒の体たらくを嘆く。
(寧ろ今の俺を見てリアス部長達が張り倒してくれるなら是非そうして欲しいよ。
それが無理なのは嫌でもわかってるからな……)
こうして誰もが今から『どこの誰ともわからない他人の為なんかに他を殺しまくります』という現実に気づかない、もしくは気付いたが気づかないフリをして異世界での生活を余儀されなくなることになった。
異世界であるトータスに召喚されてしまった南雲ハジメとクラスメート達がまず始めに行った事は、ステータスプレートというものの作成であった。
簡単に言えば、RPG系統のゲームの能力をわかりやすく示す道具のようなものであり、基本的にこの世界における身分証代わりににもなるものだった。
ハイリヒ王国の騎士団長の厳つい風体であるメルド・ロギンスなる男性から其々プレートを配られ、自身の情報をそのプレートに血を数滴垂らす事で情報を与えてみれば、其々の能力が浮かび上がる。
「どこかで聞いたようなモノだな……」
ちなみに、世界での一般人の初期ステータスはオール10らしく、上位世界等と呼ばれる召喚された者達は基本的に基礎からして数倍から数十倍は高いらしい。
「天之河光輝、ステータスは全て100で、技能とかも何かたくさんあります」
『おぉー!』
そんな中でも抜きん出て居たのが天之河光輝というカースト上位の男子であり、この周りが驚いていた。しかも天職も勇者であり、まるで主人公みたいでメルドも抜きん出た才能の光輝に嬉しそうだった。
『あのガキがトップらしいが……』
「…………」
誰も彼もが光輝を持て囃す中、自身のプレートを中身を確認していたハジメは彼のステータスであるALL100がトップである事を知りつつ、取り敢えず完全に腑抜けた状態の自分のステータスがちゃんと反映されていることに少しだけ安心していると、背後から持っていたプレートを掠め取られてしまう。
「よぉ南雲~ お前のプレート見せろよ?」
そう数人の取り巻きの男子と共にニヤつくのは、クラスメートの中でも特にハジメにしつこくちょっかいをかけ、そのハジメから内心『半チク小僧』と揶揄されている檜山であった
「うわっ!? なんだこのステータス!? オール1って最早カス以下じゃねーかっ!? ヒャハハ! お前真っ先に死ぬな!」
確実に自分達の下と断定しているからこそ絡んできた檜山が、表記されているハジメのステータスの数値が全て1であると知った途端、周りに聞こえるように嘲笑う。
「………………………」
『鬱陶しいガキだ。
いい加減張り倒してしまえば良いだろうに……』
常日頃から檜山達からの暴行に対してハジメが一切の抵抗をしなかったことを苦々しく感じていたドライグがウザそうに言うが、ハジメはそんな檜山を元から『そこら辺に落ちた菓子パンの欠片』としか認識していないせいか、騒ぎが聞こえたメルドに注意されてプレートを返却されるまで無表情でスルーをし続けるのだった。
「「………」」
そんなやり取りをドライグの他にずっと見ていた二人の視線にも気づかず。
白崎香織と八重樫雫にとって南雲ハジメという男子は不可思議な男子だった。
常に目が死んでいて、常にやる気というものを感じられなくて、何に対しても興味がない。
つまるところ、特に気になる要素もない男子の一人という認識だったのだ。
本来のハジメに惹かれる要素である優しさからくる心の強さなんて感じなかったというのに、どうして香織は南雲ハジメが気になるのか。
それは南雲ハジメという男子があまりにも不可思議だから――としか説明ができなかった。
例えばとある放課後の帰り道、親友である雫と共に偶々何時ものように死んだ魚のような目をしながら苛められっ子から無抵抗に殴られていた現場を見てしまった時。
満足して帰っていった苛めっ子達が完全に居なくなったのを見計らい、その場に崩れ落ちているハジメを雫と一緒に助けに行こうとした時……。
「あー……制服が泥だらけだわ」
何でもないと言わんばかりに、全然痛くなんてございませんよとばかりにあっさりと立ち上がり、制服の汚れを払うその姿に雫と共にギョッとさせられた。
「おおっと、早く本屋に行かないと……。
新刊が売り切れてしまうぞ」
そればかりか足取り軽く自分達に気づくことなくさっさと帰ってしまった。
またある時は学校近くの寂れた神社のある公園にて、白と黒と二匹の野良猫と戯れている姿を偶々見つけたこともあった。
「お前らどっちもメスか。
うーん、じゃあ白いお前は今日から白音で、黒いお前は黒歌って名前だ」
「「にゃー♪」」
「おう、その名前は俺の昔の後輩とその姉ちゃんの名前なんだ。
ちょうどお前等みたいな姉妹でなぁ……」
常に死んだ目をしているのが嘘のように、懐く白と黒の二匹の野良猫に対してとても優しげに笑いながら撫でるその姿に衝撃を受け、そこからそのハジメの表情が寝ても覚めても頭から離れなくなり……。
「フッ……! シィッ!!」
ごく稀に、苛められっ子とは思えない――それこそ親友の雫が完全に目を奪われるトレーニングを目撃してしまい、その力強さに余計頭から離れなくなってしまったり等など。
たまに目撃するハジメの普段とは違う側面を少しずつ知るにつれて香織と雫は気付けば特に話し合うこともなく自然とハジメという男子の事が知りたくて仕方なくなり――やがてハジメの趣味や趣向を把握したり、必ず実現させると誓った会話の為に猛勉強までした。
そして高校に入る頃には香織と雫はハジメと話が出来るようになり、その頃には立派なストーカー気質を揃って覚醒させるまでに至った。
というのも、香織も雫も他の男子と話せばその男子が挙動不審になったりするというのに、ハジメの場合は寧ろ嫌そうな顔を隠そうともせず、そして一切挙動不審にもならない―――というのが却って二人には新鮮であり、等身大の自分として見てくれているような気がした。
早い話、無愛想なのだが話すと割りとお喋りなハジメの事が二人はかなり好きなのだ。
つまり――
「こんばんわ南雲くん?」
「ごめんねこんな時間に……。ふふ、来ちゃった?」
割りと二人の少女の押しは強い方なのである。
具体的には召喚者用に用意された宿の――ハジメが使う部屋に押し掛ける程度には。
「……………」
そんな見てくれからして文句無しの美少女二人の来訪に、大昔の自分なら手放しではしゃいでいたハジメはといえば、寧ろ不審者でも見るような目を二人にしながら一言。
「新聞なら間に合ってるので……」
新聞屋の勧誘の断り文句と共にそのまま扉を閉めようとしたのだ。
しかしほぼストーカー同然にハジメの普段の無気力さ加減を把握している香織と雫にとってすれば寧ろ予定調和であり、そのまま香織が閉まりかかっていた扉の間に脚を捩じ込んで閉まるのを阻止する。
「もー、わかってたけどそんなあっさりな反応されると傷つくよ?」
「別に閉めても良いけど、アナタがいれてくれるまで一晩中この部屋の前でアナタを呼び続けるわよ?」
「なんの嫌がらせだそりゃあ……」
『やはりアグレッシブな小娘共だな……。
昔のリアス達のようだ』
無理矢理脚を捩じ込み、ぐいぐいと扉をニコニコしながら開けようとする香織や半ば脅しにも聞こえる事を微笑みながら宣う雫に、本人達には聞こえないドライグがどこか感心するような声をあげる。
「あのな、俺を珍獣か何かと思ってるからなのかは知らないがな、仮にも年頃の女がこんな時間に野郎の部屋に来ようとするなよ。
てかよ、ただでさえキミ達はクラスじゃ人気者側だし、こんな所を他の誰かに見られたら鬱陶しいことになるんだが……」
「そんなの気にしないでしょう? 私達も気にしないし興味もないよ」
「そういうこと、さぁ中に入れてちょうだい」
「………チッ」
何言っても聞きやしないし、なんなら以前割りと罵倒に近い暴言と共に『二度と近寄るな』と言ったその五秒後には普通に後ろをついてこられた事もあったことを思い出したハジメは渋々閉めかけていた扉を開けると二人を中へと招く。
「それで、話ってなに?」
「あ、この枕南雲くんの匂いがする……♪」
「なんだか急に自分の部屋に戻るのが面倒になってきてしまったわ。
うん、仕方ないから今晩はこのままここで寝てしまいましょう」
「…………………………おい」
仕方なく二人を入れ、仕方なくお茶は出してあげつつ話は何なのかと訊ねるハジメだが、部屋に入れた途端香織も雫も無遠慮に先ほどまで横になっていたベッドにダイブして枕を抱くわシーツにくるまるわでやりたい放題をしているので、ついイラッとなってしまと、其々枕を抱いた香織とシーツにくるまる雫が、説得力の欠片もない真剣な顔つきで口を開く。
「南雲くんって……この世界に来る前から隠していることとかある……よね?」
「……は?」
人の枕の形を滅茶苦茶にしながらこのほんわか女は何を言い出してるんだ? と首を傾げるハジメに、シーツを被る雫が今度は口を開く。
「主に南雲くんの強さとかについてよ。
ステータスプレートの数値がオール1ってなっているけど、私達ちはそれが嘘にしか思えないのよ」
「嘘だぁ?」
じーっと、こちらの感情の揺れを一切見逃しませんとばかりに見てくる香織と雫にハジメは揺れこそはしなかったものの少しだけ驚いてしまう。
「なにを馬鹿な。
俺がプレートの情報を偽装してるとでも言いたいのかい?」
「ええ、私の予想では初期段階で光輝以上のステータスを持っている筈なのよ南雲くんは」
「オール100の天之河より? それこそあり得ん話だろ。
アレの天職とやらは勇者とやらで俺の天職は錬成師って普通らしいものなんだぞ。
買い被りにもほどがある――」
「それに、明日の訓練の時に南雲くんが私達に何も言わずに永遠に居なくなりそうな気がして……」
「!」
ステータスの偽装云々は馬鹿馬鹿しいと取り合わない態度だったハジメは、香織のその言葉には流石に動揺してしまう。
「……………なんでそう思った?」
咄嗟に誤魔化すつもりで聞き返したハジメだが、その言葉そのものが当たりであることを吐露するのと同じであり、香織と雫も即座に見抜いてしまう。
「意外と嘘が下手なのはわかってるのよ南雲くん?」
「やっぱり……私と雫ちゃんにも言わずに遠くに行っちゃうつもりだったの?」
「………」
明日の訓練の際に事故と見せかけて自分を死んだ事にして雲隠れしようという計画をこの二人にまさか見抜かれてしまうとは思わなかったハジメは上手い誤魔化しの言葉が見つからずに黙ってしまう。
「行かないよ。
行く宛も無いのにそんな事できるわけがないだろう?」
「「………」」
計画の実行を少し伸ばさなければらないと考えたハジメは、少なくとも今は……という言葉を隠してどこにも行かないことを二人に宣言する。
「そう。
今はそういうことにするわ」
「本当に行かない?」
「行かないよ……」
「……。わかった、それなら信じるね?
でも本当にどこか遠くに行く時はちゃんと言ってね? 私と雫ちゃんはついていくから」
「ええ……どこに行こうともね」
「……。俺が言うのもアレだけど、キミ等やっぱり頭沸いてるんじゃないか?」
何故そこまで……。
二人の少女の考えがまるでわからないハジメは心底理解ができないと苦い顔をする。
思えば何故か突然絡んできたかと思えば犬みたいに後をついてくるし、割りと図々しく居座るし。
「取り敢えず信じるけどやっぱり不安だから今日はこのまま南雲くんのお部屋で寝るからね?」
「ええ、私達が大丈夫だと判断するまでは監視しないとね……」
「……………」
わらない。今まで会ってきた異性の中でもぶっちぎりでこの二人がわからないと、図々しくベッドを占拠する香織と雫にハジメはイッセーとしても含めてまったく理解ができなかったのだった。
「あ、そういえばこのお部屋には困った事にベッドはひとつしかないよ雫ちゃん?」
「ええそうね。
けど三人分くらいは余裕はあるから、仕方ないので三人でならんで並んで――」
「本当に馬鹿かキミ等は? 俺は床で寝るから二人で使えよ……ったく」
「わ、私は全然大丈夫だよ! ね、だから! ほら!」
「と、香織が言う以上は私も我慢できるわ。だから、ね?」
「ほらもねもねーわ、さっさと寝ろアホ共」
「Zzz……」
「す、凄い……。
殆ど勢いだったのにこんなに上手く成功しちゃったね雫ちゃん? 南雲くんの寝顔がこんなに近くで……」
「ええ、寧ろ勢い任せに押し掛けて正解だったわ。
確実に南雲くんは何かしらの手を使って私達の前から消えるつもりだったし、牽制できてよかったわ」
おわり
補足
最初から好感度がバグり散らかしてるせいで、詰め方が半端ない。
というより、こうでもしないと何時まで経っても距離感が縮まらないと二人は学習したからなんですけど。