白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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10話*移ろう憧憬②

 

 

 

「こんなところから飛ぶのか…。」

 

 飛んでいるときと同じような景色を見せるのは塔のてっぺん。そこからは遠く世界樹も臨める。本来、旗が昇り優雅になびいていると言うが、その日は残念なことにその姿は見えなかった。

 

「遠くに出掛けるときは高いところから飛べば高度が稼げるからね。」

 

 隣で得意気に解説してくれるのはこの世界のパートナーであるリーファだ。右も左もわからない世界で出会った彼女。キリトはその存在に強く感謝した。

 出会ったばかりの初心者プレイヤーの道案内(ナビゲーター)をかって出てくれるなんてお人好しもいいところだ。おまけにセツナと出会っていたのだと言うから驚きだ。暗中模索するのはずの旅が確かな光を見せる。

 現実世界に戻ってまだそう長い時間は経ってはいないけれど、2年近くも行動を共にした相棒と言葉を交わせないことに大きな喪失感を抱いていたところに、目撃情報が入ってからはトントン拍子だ。自分の調子が戻ってきた時期だからまた丁度良い。

 

―この世界のどこかにセツナがいる

 

 それだけで世界が輝いて見えるのだから現金なものだ。遠くそびえる世界樹は元々光を放っているのか、光の粒が見える気がする。特にこの場所は空が近くどこへでも行けそうだ。得意気なリーファの表情にはこんな意味合いも有ったのかも知れない。出会って間もないが彼女が翔ぶことに魅せられていることはキリトにだって分かった。

 

「リーファちゃーん!!」

 

 いざ行かんとすると、ここまで上がってきたエレベーターから新しい相棒を呼ぶ声がした。少年らしさを多く残す少し高い声。振り返れば緑色のおかっぱ頭のさほど体の大きくはない少年が息をきらしていた。

 

「…レコン。」

 

 やや力の抜けたように彼の名前を呼ぶリーファ。その様子から親しい間柄であるのはすぐに分かった。レコンと呼ばれた少年はリーファの奥にキリトの姿を認めると、警戒するように、拳法の構えのような姿をとってみせた。

 

「ぅわわ! スプリガン!? …ってことはリーファちゃん本当にシルフ領を出るの?」

「耳が早いわね。成り行きみたいなもんだけどね。大丈夫、この人は強いし、いずれは…って考えてたことだもの。」

 

 成り行き。リーファのその言葉を聞いてキリトはやや申し訳無い気持ちになったが、彼女の表情に陰りは全く無かった。晴れやかな表情の彼女にレコンも小さく笑みをこぼした。

 

「…あんたはどうするの?」

 

 リーファのその問いにレコンは力強く頷く。

 

「パーティなら僕も抜けるよ! 僕の剣はリーファちゃんに捧げてるんだから!」

「…あんたの剣なんか要らないわよ…。」

「本当なら僕もついていくって言いたいところだけどね、ちょっと気になることがあるから残ることにするよ。」

 

 彼女の冷たい視線を気にすることはなく、自分のペースで会話を進める。レコンとリーファの関係性が見えてくる。レコンからリーファに向かう気持ちは自分やディアベルからセツナに向かう気持ちと同じものだ。更に言えば関係性はディアベルとセツナに近いのかもしれない。…セツナの向きが自分に向いていると言う前提で。

 キリトが微笑ましく二人を見守っていると、レコンは急にキリトに向き直るとツカツカと歩を進めてきた。

 

「…彼女、トラブルに突っ込んでいく気があるんで気を付けてください。」

 

 まずは不本意そうに一言。

 

「言っときますけど彼女は僕の…っっ!!」

 

 そして本来言いたかったであろうことを勢いよく口にするもそれはリーファによって遮られた。

 

「よけいなことは言わんでよろしい。」

 

 ドカッと脛に蹴りを一発。

 遠慮の無い彼女からの攻撃にレコンはキリトの方向へ向かって倒れ込む。キリトとしても初めて会う男性プレイヤーに抱き付かれるのはゴメンだ。それは持ち前の反射神経で回避をした。ー結果、ととっと歩を進め、両腕で空をきることでなんとかその場に踏み留まる彼の姿があった。

 転ばなかったものの、想いを寄せている相手からの心ない言葉に彼の心情を推し測る。…があまり気にした様子は見られないことからいつものことなのかもしれない。あまつさえリーファはさっさと飛び上がって、その場を去ろうとすらしている。

 

「暫くは中立地帯にいるからなんかあったらメッセでね!!」

 

 そう言って飛び立つ彼女を見失っては大変だ。キリトも彼女を追って慌てて飛び立った。リーファちゃーん、と背に聞こえるレコンの彼女を呼ぶ声に気の毒に思いながら。目の前に広がる樹海、その先にそびえる天まで届くような樹を目指して。

 

 

 

「良かったのか?」

 

 暫くしてからキリトは尋ねた。するとずっと姿を隠していたユイもひょっこりとキリトのポケットから顔を出した。

 

「コイビトさんじゃないんですか?」

 

 ユイのストレートな質問にリーファは顔を真っ赤に染め上げる。

 

「ちっ違うわよ!!」

 

 キリトとしてはレコンの片想いにしか思えなかったがユイには違って映ったようだ。遠慮の無いやり取りに、レコンのストレートな感情。なるほどそう取れなくもない。キリトもそれに乗っかってしまいたくなる。

 

「それにしては親しげだったけど?」

 

 弛む口元を抑えることが出来ずに尋ねればリーファは真っ赤な顔に口を尖らせそっぽを向いてしまった。

 

「リ…リアルでも知り合いってだけだから。」

 

 なるほど、と思う。キリトにはリアルの知り合いとMMOを共にする経験は無かった。それはあの世界に囚われるまでは今の自分からは少し想像出来ないような、人付き合いの苦手な子供だったからだ。人との距離感の取り方はSAO(アインクラッド)で過ごした2年間が無ければ取り戻せていなかっただろう。リアルに親しい友人などいなかったのだからそれは当然のことだった。

 

「…なんか良いな。そう言うの。」

「…私にはお姉ちゃんとお兄ちゃんとの違いが分かりません。」

 

 リアルの知り合いとMMOをする。レコンにとってはそれも好きな子と。キリトは純粋にそれが羨ましかったがユイにはそうは映らなかったようだ。やっぱり普段の振る舞いに違和感はなくともAIと言うことか。

 そんなユイの反応にリーファが驚くのも無理はない。

 

「プライベートピクシーって随分と賢いのね? その子ALOでセツナと会ったの?」

「いっ…いや…俺が言って聞かせてるだけさ。こいつは特に変なんだよ!」

 

 ユイの存在はイレギュラー以外のなんでもない。もうお前寝てろ、とキリトはぼろが出る前に再びユイをポケットに押し込んだ。

 

「言って聞かせるほどの存在か…。良いね。」

 

 明るかったリーファの表情に出会って初めて陰がさした。ただ誰にだってそういう一面はある。キリトはただ一言肯定の言葉だけ返して、気付かないフリをした。

 

 

 

 

 

 ーしまった…。

 

 レコンは変なこと言うし、ユイとか言うプライベートピクシーも無害な顔して変なこと聞くからつい表の問題を持ち込んでしまった。

 リーファ漏らしてしまった言葉に後悔した。覆水盆に返らず。溢した言葉を無かったことには出来ない。

 ネットワークゲームのマナーとしてリアルは持ち込まない。…勿論当人同士が了承していればそれも無くはないだろうが、少なくともリーファはそれがルールだと思っている。

 キリトもセツナもリーファが出会ってきたプレイヤーたちとはどこか違う。人はそれぞれ個性を持っているのは当たり前のことだが、ゲーム内の振る舞い方としてみんなどこか割りきりがある。ここは現実じゃない。ダメだったらやり直せばいい。そういう思考が根底にあることで共通した物がある。しかし二人はまるで現実かのように振る舞う。表情も非常に豊かだからそう感じるのか。だから…そんな二人と出会ってしまったからここが現実であると混同し、そんな言葉が漏れてしまったのかもしれない。自分の奥底に眠らせているはずの焦がれる想いの欠片が。それは決して表に出してはならない自分でも気付かぬフリをしているものだった。人に言えるようなものではない。AI相手とは言え、人に大っぴらに言えると言うこと自体が目映く映った。だからつい、羨ましさが口をついて出てしまった。キリトが受け流すだけで強く反応しなかったのが幸いだった。

 

 それにしても…即席コンビにしては中々のコンビネーション。キリトが初撃で大きくダメージを与え、取りこぼしたものをリーファが魔法で追撃する。パーティを組む者でこんなにも戦闘が変化するのかと今更ながら思い知った。

 いつもならリーファは前衛の役割のことが多い。レコンは魔法使いタイプだしシグルドにしても普段のクエストではカウンタータイプのスタイルだ。シグルドの取り巻き二人も武器の使い方が下手ではないが補助魔法に長けている。そのためアシストを受けながらリーファが切り込んでいく、と言うのがいつものスタイルだ。

 キリトはこの世界に来たばかりで魔法スペルをまだ覚えていない。しかしたとえ使えたとしても、自分はサポートに回っていたとリーファは思う。相手の攻撃などお構い無し。突撃型の彼をどうして邪魔できようか。何より嘘みたいにイキイキとして剣を振るう。…こちらまでわくわくするような。

 キリトはセツナを戦友と言った。二人はどのように一緒に戦っていたのか。たった1度ではあるけれども見た彼女の戦闘。彼女なら目の前で戦う少年にも合わせられる。そして彼も。

 なぜかチクりと痛んだ気がした胸にリーファは気付かないフリをした。戦闘の高揚と、レコンやユイが変なことを言ったからだ。そうに違いない。

 

 

 

 

 そんなキリトとの旅は一度のローテアウトを挟み、至極順調に進んだ。それもキリトのバーサクっぷりが有ってのことだが。あっという間に央都へのダンジョン、ルグルー回廊を進み、中間部の鉱山都市ルグルーに辿り着いた。

 二時間程もダンジョンを歩き続ければさすがに疲れる。隣のキリトが平気そうにしているのがリーファには考えられなかった。強い強いとは思うがただの廃人か。学生であるから節度を弁えてプレイしてる自分にはかなりの長さだったと言うのに。頼もしいやら呆れるやらだ。

 

「あれ?」

 

 街に入るとポコンとメッセージがポップした。

 

【やっぱり思った通りだった! 気をつけて、s】

 

 それは旅立ちを妙なイベントにすり替えてくれたレコンからのものだった。

 

「どうかしたのか?」

 

 意味深なメッセージにリーファが足を止めていると、キリトもすぐにそれに気付き足を止めた。

 

「いや、レコンが出発前になんか言ってたでしょ?」

「あぁ、気になることがあるって?」

「…うん。多分その話じゃないかとは思うんだけど…。」

 

 ただそのメッセージには肝心なことは書かれていなかった。書かなかったのか書けなかったのか。それすらも図ることは出来ない。

 

「うーん…。」

「彼はリアルでも友だちなんだろ? 落ちて連絡してみるのはどうだ?」

 

 意味深なだけに放っておいてはいけないような気がした。リーファはキリトに促されるままに一旦ログアウトすることに決めた。それが旅の行き先を変更させることになるとは、その時は予想すらしていなかった。

 

 

 




どれぐらいの方が待っていてくださったのか分かりませんが前回に続きお待たせしました…。
リーファは好きなキャラクターなので大切に書きたいのになんだかうまくいきません。
あまり原作沿いになってしまうのもあれなので少しずつ改編しながら割愛しながら…

セツナが早く出せと怒っております。
…ちょっと待ってくれ…。

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