白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

68 / 104
6話*偶然の確率①

 

 

 イレギュラー過ぎる。

 

 エギルの店でディアベル…本名、風間 弘貴と会って、ALOに二人でセツナをはじめ、現実に帰還出来てないプレイヤーの情報を集めに行こうと思った矢先だ。…リアルでも憎たらしいぐらいにイケメンだった。やや長髪だった青い髪は上品なアッシュブラウンで、タレントかと思うような絶妙な長さに切られていた。…イメージカラーからディアベルはウンディーネ、キリトはスプリガンでログインすることに決めた。幸い、スタート地点も隣のようだったし。夕飯を食べて、ナーヴギアにソフトを差し込んだ。そこまでは良かった。

 しかし何故かログインした場所は妙な森の中だった。状況が分からないおまけにアイツとの待ち合わせ場所にもいけない。頼りになるのは肩の上にいる存在だけだ。

 

「…おそらく、位置情報が破損したか回線が混線したんでしょうね。ここはシルフ領の側の森のようです。」

 

 ライトマゼンダのふわりとなびく服をまとい、手のひらサイズまで小さくなった(ユイ)はそう言った。

 

 

 御徒町から帰り、キリトはまず初めにユイに話をした。ユイにとっては大切な()()()()()()であるセツナ。そしてユイの命はセツナによって助けられた、残されたと言っても過言ではない。そのためセツナの意識は戻っていなくとも、命が失われていないことを知った際にはとても喜んだ。だから今回も話をすると

『私も行きます!!』

 と言って譲らなかった。ALOにセーブデータを持たないし、互換性も分からないためそうして連れていける確証はなかったが、展開したプログラムをナーブギアのローカルメモリヘ収めたところ狙いは当たった。ユイが解析したところによると、ALOサーバーはSAOのシステムを流用しているという。そのため難なくユイもALOに入り込めたと言うわけだ。…予定外なのは自分のSAOデータまでもほぼ再現されたことだが。初期装備に恐ろしく強いデータ。特典ディスクでも使って最強データを呼び出した気分だ。"キリト最強、アイテム全部(コンプリート)"なんて笑えない。これじゃただのチーターだ。まぁアイテムデータは破損してしまっているが。

 

「どうすっかなぁ…約束は守れそうにないな。」

「仕方ありません。現実に戻ったら謝りましょう。私の警告モードでも距離が遠すぎて連絡はとれそうもありません。」

 

 キリトが同行予定者を思いやるも、ユイに一蹴される。ユイにとっては会ったこともない人よりもセツナが最優先なのだろう。残念ながらユイの言うとおりにするしかなさそうだ。logoutボタンは確認できたものの、こんなフィールドではどうしようもない。せめてどこかの街に着いてから脱出しなければ。ドライな人間が傍にいると判断が早くて助かる。誰に似たんだか。

 

「取り敢えず情報収集も含めてせめてどこかの街にいかないとな。」

「ここから一番近いのはシルフ領のスイルベーンと言う街みたいですね。」

 

 そう言われ、向かおうとした時に大切なことを思い出した。

 

「…そう言えば飛べるんだっけ?」

 

 目の前にはふわふわと浮かぶユイ。背中には半透明な翅が生えている。

 

「そうですね。補助コントローラーが左手にあるみたいです。」

 

 そう言って自由に飛び回るユイは当然コントローラーなんて使っていない。プレイヤーではないため比較するのが間違っているのだが、それは羨ましい。

 取り敢えずキリトは背中に翅を開くと言われるがままに左手をたて、補助コントローラーとやらを握った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 ー最近こんなことばっかりだな…

 

 パーティメンバーと狩りをして、シグルドたち3人とははぐれた。残っているのは自分とリアルでも友人のレコンだけだ。サラマンダーたちの好戦的な姿勢は日に日に強くなっているように思う。クエストの帰り道に襲撃されるなんて最悪だ。3人も無事ではないだろう。絶えず追撃してくる火球にもう逃げられないと踏み、リーファはその魔法が飛んでくる方向へ向き直った。

 

「レコン、戦闘準備!!」

「えぇ!!」

 

 急に動きを止めたリーファにレコンは慌てる。そもそも同じくして始めたにも関わらず生来の運動神経のせいかレコンは戦闘が得意ではない…特に空中戦闘(エアレイド)は。

 1ヶ月ぐらい前にこんな目に遭ったときは妙な闖入者のおかげでなんなく切り抜けられた。紙っぺらのような初期装備で、屈強なサラマンダーの戦士3人をあっという間に屠ってみせた。彼女がまた来てくれればな…なんて一瞬現実逃避をしながらリーファはしっかりと剣を握り直した。今はレコンと二人でなんとか切り抜けねばならない現実は変わらない。

 

「1人ぐらい倒してよねっ!」

「リーファちゃん!!」

 

 それだけ彼に投げかけると赤い鎧の追撃者に向かっていった。レコンから悲痛な声が聞こえたけど知るもんか。みんな同じ格好。モブみたい。そんなプレイヤーには意地でも負けたくなかった。

 

「てやぁぁぁっ!!」

 

 現実では全国8位まで上り詰めた剣道の腕。それはこの世界でも顕在だ。上段から勢いよく剣を振り下ろす。リーファにとったらその辺のプレイヤーの剣技など遊びに等しい。的も同然だ。AIのモンスターは倒せているのかもしれないが彼女にすれば隙だらけで剣の振るい方も甘い。

 斬りかかってくるリーファに戦士タイプのプレイヤーは対処できずにHPを減らしていく。これなら人数差はあるがなんとか切り抜けられそうだ。レコンもなんとか一人を相手に奮闘してくれている。…後の問題は遠くに控えているだろう魔法使いタイプだが。なんとか1人、また1人と残り火(リメインライト)へ変えていく。

 

ーこれならいける!

 

 思った通りそんなに強くない。多勢に無勢と言うハンデさえなければ。

 後ろを振り返ればレコンも善戦しておりどうにか1人を倒そうとしていた。戦闘では良いとこなしが多いレコンだが頑張ってくれたようだ。しかし相手は1人ではない。遠方から飛んできた魔法に虚を突かれ、動きが止まった。

 

「バカ! レコン! 止まるな!!」

 

 そう動作をすぐに再開し、避けられるほど彼は器用ではない。未だに補助コントローラーなしでは飛べないぐらいなのだ。

 

「わっわわわっ!!!」

 

「レコン!!」

 

 魔法が直撃した彼に気を取られ、自分も隙だらけになってしまっていたことにリーファは気付いていなかった。当然そんな彼女を相手が放って置くわけはなく、すかさず火球が襲いかかってくる。…しまった! は時すでに遅し。魔法の直撃をくらいリーファはバランスを崩してそのまま落下した。

 

 

 ガサガサッと音を立てて木のクッションに衝撃を緩和されながら落ちる。翅の輝きも淡くなり、もうそう長くは飛べそうにもない。HPも減り、空中戦闘もそう長くはできず、おまけに一対多数。形勢は一気に悪くなったため再び逃げ切ることを考えなくてはならない。

 小声で、でも確かにシステムに認識されるように隠行魔法を唱えた。

 

Pik(シック) sér(シャール) óvíss(オービス) grœnn(グロン) lopt(ロプト)

 

 淡い緑のカーテンのようなものに包まれ、これで彼らの視界には映らなくなった筈だ。高位の索敵スキルか魔法に看破されない限りは。

 抜き足差し足。これでなんとかやり過ごせれば良いのだけれど。

 しかしそんな願いは空しく、目の前には蜥蜴の様なサーチャーが飛んできて、緑の膜に触れた。炎属性の看破魔法のそれは一気に燃え上がり、忌々しいことに相手プレイヤーに場所を教える。

 

「いたぞ!!」

 

 そんな言葉を背に聞き、仕方がないので一気に走った。残念ながら努力の甲斐はなく、まだまだ飛行の出来る相手に呆気なく退路を塞がれてしまった。

 サラマンダー3人。飛べさえすれば問題はなかったかもしれない。翅が回復しきってないためあまり飛べない。機動力で劣ってはいくら剣技で優っても分が悪い。

 それでも諦めて投降…なんて言うのはリーファの辞書にはなかった。再びしっかりと愛剣を握りしめ、上段に構えた。

 

「…1人は必ず道連れにする…! デスペナルティの惜しくない人からかかってきなさい!!」

「…気の強い子だ。」

 

 リーファの口上にリーダー格のプレイヤーが肩を竦める。それを合図に3人はふわりと間を開き、三者同様のランスを各々構えた。

 絶対に諦めない。リーファは強い視線を3人に向けると攻撃の間合いを見計らった。現実ならたらりと冷や汗が流れそうな緊張感にギリッと奥歯を噛み締める。

 

「う、わぁぁぁあっつ!!!」

 

 そんな中、緊張感のない叫び声と共に、自分と同じように木をクッションに物体が落下してきた。思わず目の前の敵を忘れ、その方を向く。あちら側も呆気にとられ、盛大な音を立てて落ちてきたプレイヤーに釘付けになっていた。

 ツンツンと逆立った髪にやや浅黒い肌。落下したわりにはまだ輝きを失っていない翅はクリアグレー。影妖精族(スプリガン)の少年だった。スプリガンの領地は東に位置する筈なのでこんな南西の中立地帯に姿を見せるのは珍しい。しかも少年の装いは簡素な剣に金属色の欠片もない衣服。初期装備のソレだった。

 なんだか既視感のある展開だったが、そう都合の良いことは2度は起こらないだろうと、リーファは気を引き締め直した。

 

「いててて…着地がミソだな。」

 

 少年は呑気に体を起こしのんびりと起き上がる。戦闘域に紛れ込んだことを理解していないのだろうか。

 

「なっなにやってるの!? 早く逃げて!!」

 

 形勢不利な自分は棚上げ。自分の後…もしくは先かもしれない、初心者の彼が狩られる場を見るのは忍びなくリーファは少年に叫びかけた。しかし本人は至ってマイペースに肩を捻った。

 

「…重戦士3人で女の子1人を襲うのはちょっとカッコ悪いなぁ。」

 

 なんだか聞いたことのあるような台詞にリーファは肩の力が抜けた。あの時の少女も、セツナも初期装備でそんなことを言ってサラマンダーたちをあっさりと倒してしまった。でも、そんなプレイヤーそうそういるはずはない。それでも少年の纏う雰囲気はどこか彼女と似ていて、なんとかしてしまいそうな期待を抱かせた。

 

「あの人たち、斬っても良いのかな?」

 

 初期装備の貧弱な剣をだらりと垂らし、やる気の素振りすら見せない態度で尋ねる少年にリーファは頷いた。

 

「…あちらは、そのつもりだと思うわ。」

「じゃっ遠慮なく。」

 

 片方の口角だけ上げてニッと笑った。態度だけは立派だが見るからに初心者の彼にサラマンダーのプレイヤーたちは激昂する。

 

「初心者が舐めた口利いてんじゃねぇぞ!! 望み通り狩ってやるよ!!」

 

 そしてサラマンダーは一気に飛びかかってきた。その瞬間、ズバァンッと言う大きな衝撃音と共にそれまでだらだらとしていた少年は消えた。勢いに頬を風が掠める。

 

ーまさか…!!

 

 再び少年の姿を確認できたかと思うと、それは数メートル先。そして、その進路には残り火(リメインライト)があるばかりだった。

 

「次は誰かな?」

 

 リメインライトの先でそう言って不敵に笑う少年に畏怖すら抱く。自分が捕捉すら出来ない動きをするプレイヤーにまた出会うなんて。彼女に出会った時以来の興奮に、リーファは鼓動が高鳴るのを感じた。

 

 

 

 




本編沿い回です。
セツナエッセンスをポトリ。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。