白銀の証―ソードアート・オンライン―   作:楢橋 光希

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3話*新たな出会い

 

 

 星の明かりを頼りに方角を確認するとあと少しで森を抜けていたようだった。この先の草原、更には荒野で落ちていたら少なくともクッションはなかった。嫌な()()()に背筋が凍る。木々が衝撃を和らげ、あのダメージ。ネガティブな想像を首を振り、振り払う。

 

ーもうちょっと慎重に行動しよう。

 

 セツナは肝に銘じた。

 何れにせよ、翅を動かそうにも何故か動いてはくれず、飛び上がることはできない。心なしか光を失っているように見える。さっきまではキラキラと鱗粉まで放っていたと言うのに。

 仕方なしに徒歩で目的地を目指す。山だろうが谷だろうがそうして75層まで踏破してきているのだから、飛べないのは大した問題ではなかった。…勿論寂しさと名残惜しさはあるものの。

 歩き始めると、慣れているせいか異変に気が付く。ザクザクと言う、自身の砂を擦るような足音の他には目立った音はない。それなのに気配がするのだ。それはもうシステム外スキルとでも言うべきものか。説明はできない。ただ感じるのだ。いくつか欠損してはいるものの、SAOのステータスが引き継がれているため《策敵》のスキルはカンストしている。しかしそのスキルに裏付けされるものではない。システム的な反応はないのだから。

 右手を背に回し、柄に触れされ周囲の様子を窺う。カチャリとたつ無機質な音が小さく響いた。

 

Ek(エック) fleygja(フレイギュア) svarmr(スヴァームル) breiðr(ブレイジャア) hamarr(ハマー)

 

 その音に誘われてか、岩壁の様な巨大な物体が群れをなして襲ってきた。ゴォッと音がしそうな程の猛スピードに神経が覚醒していく。

 

「っ! 何これ!?」

 

 セツナは一気に剣を引き抜き、それに向かって振り下ろした。

 

「くぅっ…。」

 

 メリメリッと言った音と共に買ったばかりの剣がしなる。こんなに重たい攻撃…ヒースクリフ並だ。それでも屈するわけにはいかない。それがたとえ魔法であろうとも、何者とも知れぬ者に負ける気がしないのはトッププレイヤーを歩んで来た者のプライド。

 

「はぁぁぁぁあっ!」

 

 気合いの咆哮と共に左手を柄から刀身に添えると一気に押し返した。1枚を跳ね返すとそれは他の岩とぶつかりあって粉々に砕けていく。欠片に巻き込まれるのはゴメンと1歩大きく後ろへ飛ぶ。

 剣を前に構えていると次に飛んできたのは炎の塊だった。いつの間にかそこには7人のプレイヤーと一匹の竜が姿を現している。その姿にセツナは驚かされる。

 

「猫耳!?」

 

 竜の口からはタバコの煙のように煙が漏れている。これはブレスか? 仰け反りながらも一か八か炎に剣を切り上げた。ゴウッと大きな音をたて、風圧に一瞬強く燃え上がったかと思うと、それはそのまま空気中へ四散していった。

 そんな型破りの行為。7人は目を見張った。セツナには自覚がないせいかどこ吹く風と相手が驚いていることにすら気付かない。そんなことよりセツナは現れたプレイヤーたちに釘付けだ。個人差はあるものの獣の耳に尻尾。体は平均して大きくなく、随分と愛らしい。あれはなんて種族なんだろう、そんな興味に埋め尽くされていた。

 2回の魔法攻撃を軽くいなしておきながら隙だらけ。猫耳のプレイヤーたちはならばと今度は得物を握る。ただ竜の隣の小麦色の肌の少女を除いて。小さい体を活かした攻撃か、クローやダガー。スピード型と判断し、セツナは薄く笑った。

 自分よりも高さのある剣をくるりと片手で回し、腰脇に構える。重心を低く右半身を前に大きく足を開く。ただ当然に武器の握りは槍だ。腰脇に抱えながらも刃先は相手に向いている。

 

タッ

 

 相手が地を蹴るが早いかセツナが地を蹴るが早いか。その音は同時に響いた。ただしそれと共に彼女の姿は残像となって消える。そして次に姿を確認できたときには4人が炎に姿を変えていた。黄色い炎が闇夜に浮かび上がる。

 

「まだやる?」

 

 炎の中央で不敵に笑うセツナに初めて相手側が口を開いた。それは竜の隣で様子を見ていた少女だった。

 

「いや、やめておくヨ。」

 

 両手を挙げて飄々と。なんだか既視感のあるその様子にセツナの肩の力も抜ける。その脇では残りの二人が呪文を唱えていた。攻撃する雰囲気は感じられなかったため、セツナはそのままバトンの様に剣を回し、背にしまった。

 そんなセツナの姿に少女はパチパチと手を鳴らす。

 

「いやーお見事。プーカにそんな武器使えるのかと思ったけどスゴいネ、キミ!」

「どうも。」

 

 水着のような戦闘スーツを身に纏い、健康的な肌を惜し気もなく露出させているがそこに厭らしさはなく、彼女のキャラクターをよく表している。猫のような耳をピンと立て、興味の証拠か尻尾が軽く左右に動いている。セツナはセツナで彼女のそんな様子に興味をそそられる。

 

「それ…それも種族の特徴なの?」

 

 そう尋ねると、少女は大仰に驚いて見せる。

 

「えっ!? キミ…もしかして…?」

初心者(ニュービー)なの。」

 

 そう言ったところで状況が変わるわけではなし、セツナは素直に告白する。すると少女はくりっとした目を更に丸くする。

 

「はぁー…滞空制限を知らないみたいだからおかしいなーと思ったけど…そっかぁ…。」

「滞空制限?」

 

 また新しい言葉にセツナは困惑する。すると少女はニカッと愛嬌のある笑顔を浮かべた。

 

「いいヨ! キミ、気に入ったにゃ。ついでおいで。ボクはケットシー領主のアリシャ・ルー。」

 

 金髪の短いウェービーヘアを揺らし、少女、アリシャは竜にまたがった。気が付けば魔法の力か4つの炎はプレイヤーに戻っていた。

 

「つっ…ついておいでって…どこに? それに私飛べな…。」

 

 竜と共に飛び上がったアリシャを見上げると彼女はまた笑った。

 

「うちに案内するヨ。それにもう飛べるよー! 翅開いてごらん。」

 

 言われるがままにセツナは再び翅を開いた。するとさっきまでは輝きを失っていた翅はまた淡く光っていた。月明かりを反射して確かに。明らかに墜落したときとは様子の違う翅にセツナは背中に力を込めた。くんっと背から足が持ち上がり力が働くことを感じる。そのまま地を軽く叩き飛び上がる。

 

「ほんとだ…。」

 

 思わず漏れた声にアリシャはまた笑った。

 

「不思議な子だネー。あんなに強いのに。」

 

 それには曖昧な笑顔を浮かべて返すしかなかった。

 慎重に行動しよう、そう決めたはずだったのに謎のプレイヤーについていく。これは大丈夫なのだろうかと一瞬過るもそのままアリシャに従った。竜は彼女の意のままに動くようで、実に優雅にその翼を動かす。自分で飛ぶのも気持ちいいが、竜に乗って…なんていかにもファンタジーみたいでそれに憧れる。

 

「ケットシー領はここからすぐ西だヨ。途中海があるから落ちんなよー!」

 

 竜にはその滞空制限はないのだろうか。きっちり警告をしてくれる彼女に信じても大丈夫だろうと頷く。飛行の調子は落下したのが嘘のように調子良い。それにアリシャ以外のプレイヤーたちは自分の翅で飛んでいるため、同じくして飛び上がったからには周りの様子を伺ってさえいればさっきな様なことはないだろう。

 力を入れぐんっと前に出る。

 

「ねぇ! まっすぐで良いの。」

「うん。まっすぐだヨ。」

 

 答えを聞き、そのまま更に力を込める。スピードをあげると荒野の先に海が見え、島の中央に先端の尖った建物が見えた。

 スイルベーンは彫刻のような全体が統一された美しい街だった。先に見えるのがケットシー領であるならばそこは確かに生物の息吹を感じるような、生活の見えるような街が広がっていた。愛らしい耳を持つものが生活するのに相応しいようなおとぎ話に出てくるようなその街。小振りのカラフルな建物が立ち並んで見える。海を挟んで橋の向こうにあることが、また特別な場所であるような演出をしている。

 

「ケットシー領の首都、フリーリアだヨ。良い街だろ。」

 

 いつの間にか隣に来ていたアリシャにそう言われセツナは強く頷く。それはSAOの11層タフトを想起させる。思い出深く、懐かしさすら醸し出す雰囲気がスイルベーンよりも気に入った。

 近くなったところでやや減速し着陸に備えた。潮風がきっちりと再現されており、少し飛行が乱される。そんなリアルさはもう慣れっこのため、特に気にはならなかった。フワッと今度は落下することなくしっかりと着陸をした。

 広がる景色は上から見たものと同じくどこかのどかで、穏やかな空気が流れていた。

 着陸したのはそんな街の一番高い、先端が尖った塔のような建物のテラススペースだった。隣ではアリシャが竜から飛び降り労っている。潮風を感じながら街を見下ろせるのは非常に心地良い。飛行の疲れなどすぐ忘れさせてくれるぐらいには。

 

「フリーリアにようこそ!」

 

 冗談めかしてそう言うアリシャ。彼女には聞きたいこと、教えてもらいたいことが沢山ある。

 

「アリシャさんは領主…って言ったよね?」

「アリシャでいいヨ。それよりキミは?」

 

 そう言われてまだ自分が名乗ってすらいないことに気付かされる。そんな相手によくついてきた…と言うよりもよく同行させてくれたと言うべきか。セツナは慌てて口を開く。

 

「ご、ごめん! 私はセツナ。」

「セツナね。まぁまぁ取り敢えず中に入りなよ。」

 

 名乗ればアリシャはご機嫌に尻尾を振りながら建物の中へと進んでいった。当然にセツナもその後を追う。

 建物の内部はまた可愛らしい作り…かと思いきや意外と機能重視なのかさっぱりとした部屋だった。窓際に執務机。中央には応接セット。目立った装飾品はなく、必要最低限の調度品だけが並んでいた。

 彼女に進められるがままにベロア素材のようなエンジ色のソファーに腰を下ろすと、沈み込むような軟らかさで座り心地は最高だった。アリシャも目の前のスツールにどかっと足を組んで座る。

 

「さてさて、さっきの質問に答えようかね。」

 

 鼻唄混じりに独特なテンポで会話を進めるアリシャ。完全に主導権はあちらに握られどうしていいのかわからない。

 

「ボクはケットシー。この耳と尻尾はその証だヨ。」

 

 ピクッと動く耳はセツナの興味を引いて離さない。まるで本物の猫かのように動く。

 

「へぇ…いいなぁ…私もそれが良かった。」

「キミはケットシーじゃなくても性格がケットシーっぽいよな。」

 

 本気で羨ましがるセツナにアリシャはカラカラと笑った。

 

「どういう意味!?」

「猫っぽいってことさ! ケットシーは猫妖精族だからね。」

「猫…。」

 

 それは以前にも言われたことがあった。確かサチにだ。

 

「まぁいいじゃないか。褒めてるんだヨ。」

「う、うん…。」

 

 釈然としないが取り敢えずは頷いておく。

 

「さて、ボクからも質問をしたいんだけどにゃー…」

「なに?」

 

 特に警戒をしていないセツナに今度はニヤリと笑う。それはまるでなにかを知っているかのような表情だった。

 

「キミは何者だ?」

 

 漠然とした質問が逆に見透かされているようで、ビクリと体が震える。くりっとした真っ直ぐな視線からはどうやら逃れられそうにもない。…失敗したかな。そんなことを思いながら何をどうやって答えようか思考を巡らせた。

 

 

 




ドラクエ8買いました…積みゲーにしないように…

さて、アリシャ・ルーとの出会いです。
どこかの誰かと混同しそうな感じが…
作中の呪文は捏造です。

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